2016年12月22日木曜日

1_152 K-Pgの絶滅 3:酸性雨

 いよいよ大絶滅の連鎖のシナリオ部分の紹介になります。その一番のトリガーは、石灰岩に含まれてたいイオウの成分に由来する酸性雨でした。連鎖のシナリオを支える傍証もいくつかあるようです。

 K-Pg境界での隕石の衝突を最初に提唱したアルバレスたちは、隕石にる事件を次のようなシナリオを考えました。衝突によって巻き上げられたホコリが太陽光をさえぎり長く暗い状態が続いたため、植物の光合成が停止し、そして寒冷化も起こり、急激な生態系の破壊で大絶滅に至ったとしました。
 しかし、ホコリは植物が絶滅するような長期間は大気中に滞留ないことがわかりました。その後もいろいろな仮説が唱えられてきましたが、陸地だけでなく、海洋まで大絶滅を起こすような説明をできる仮説は、なかなか提唱されませんでした。
 今回のような、隕石はユカタン半島のイオウを含んでいる石灰岩が多いことに着目した仮説もありました。イオウの成分が、衝突により二酸化硫黄(亜硫酸ガス)ができ、酸性雨として降ったと考えられていました。しかし、二酸化硫黄では、海洋全域の生物を絶滅させるような酸性雨を形成することが、難しいことがわかってきました。
 大野さんたちは、その難点を衝突実験を通じて、解消するシナリオを提案しました。実験によると、イオウの変化は、二酸化硫黄ではなく、三酸化硫黄でした。三酸化硫黄は、硫酸になりやすいという性質をもっていました。
 これらの実験結果を利用して理論計算をしてみると、三酸化硫黄は、短時間(数日以内)で、酸性雨として地球全体に降ることがわかってきました。そのような酸性雨が海洋全域に降ってくると、海洋は酸性になっていきます。通常の海水は、pH8ほどの弱アルカリ性ですが、大量の酸性雨が降ってくると、pH6の弱酸性になります。その結果、海面付近に生息する炭酸カルシウムの殻をもつプランクトンは大きな影響を受けるような、海洋酸性化が起こったと考えました。そこから大規模な環境変化と生態系の連鎖が起こります。このような酸性雨が原因として大絶滅を起こしていくというシナリオを提案しました。
 しかし、酸性海水の影響は、深海底にはまでは強く及びません。ですから、深海生物は絶滅を免れました。また、絶滅のあと、陸上植物で最初に復活してきたのは、シダ類でした。山火事などがあると、シダが真っ先に開拓的に生えてくることは知られていて、パイオニア・プラントと呼ばれています。さらにシダには、酸性の環境に強いという性質もあります。火事だけでなく、酸性雨に汚染されていても、生えてくることができます。これらは酸性雨を支持する傍証となりそうです。
 さて、この仮説は、石灰岩に含まれていたイオウの成分が、大絶滅の重要なファクターであったというものです。説としては、筋が通って成立しています。多くの科学者がこの仮説を信じるか、否かは、説のもっている「信憑性」にかかっていると思います。ここでいう「信憑性」とは、感覚的に信じられるかどうかです。理屈や論理でも、科学的でもありませんね。でも、科学も人間がするものなので、多くの人がその説を信じて、採用して、それに基づいた研究が進められるかどうかが、重要になってきます。真実はどこかにあるのでしょうが、それまでは人はいろいろと考えながら進んでいくのです。

・信憑性・
仮説やモデルには、合っている間違っているという
論理的判断も必要なのですが、
感覚的に信じられるかどうかという
心の部分も、重要になってくるように思えます。
人は、大きな話しは、信じやすく、
小さな話は、信じにくく、感じてしまいます。
K-Pg境界の大絶滅も、隕石の衝突という説は信憑性をもっていたため
大論争は起こったのですが、最終的には信じられるようになりました。
石灰岩の中のイオウ成分が酸性雨を生み出し、
それが大絶滅の重要な要因であったというのは
どこまでの信憑性を得られるかは、今後の課題でしょうね。

・京都へ・
週末には、私用で京都を往復しました。
急ぎ足での所用をすまだけの、往復でした。
帰りは、空港に早く着いたので
便を一便早いのに乗れる時間でした。
空席待ちをしていたのですが、満席だったので、
空席は出ませんでした。
予約どおり、最終便に乗って帰ることになりました。
帰りの便も満席でした。
小さな機種を使っているようで、残念でした。
やはり経済性や効率優先ですよね。

2016年12月15日木曜日

1_151 K-Pgの絶滅 2:新仮説

 隕石の衝突によって起こったいくつもの観察事実があります。衝突による連鎖的出来事を考える時は、それらの観察事実を説明する必要があります。すべての説明するのは、なかなか難しいようですが、新たな仮説が提唱されました。

 K-Pg境界で起こった大絶滅の直接の原因は、隕石の衝突だと突き止められました。絶滅のシナリオを明らかにするために、絶滅の特徴をまとめておきましょう。
 K-Pg境界の絶滅は、陸上生物と海洋表層に生息しているプランクトンで大きかったことがわかっています。海洋プランクトンでは、浮遊性の有孔虫は石灰質殻をもつものが種のレベルで80%以上絶滅していることが知られています。一方、陸地の淡水中や海洋底では、それほど大きな絶滅率ではなかったとされています。隕石が落下したクレーターは、半分がユカタン半島の石灰岩の多い地質の陸地になり、あとの半分は海洋になっていました。大絶滅が起こったあとに最初に復活してきた陸上植物はシダ類でした。これらが前提条件になります。
 連鎖的事件に関する仮説を提唱する時には、前提条件を説明する必要があります。隕石衝突によって起こる直接の絶滅は、衝撃波、津波、山火事などによるものだとされていますが、遠くの海底まで起こるような現象は、なかなかいい仮説はありませんでした。
 千葉工業大学惑星探査研究センターの大野宗祐さんたちによる共同研究が、2014年3月10日発行のNature Geoscience誌に報告されました。隕石の衝突にともなっておこる現象に関する実験による検証と、計算機実験を組み合わせて、新しい仮説が提案されました。
 仮説は、酸性雨に注目した研究でした。酸性雨のなかでも、硫酸を含むものを想定しています。隕石が衝突したユカタン半島には、石灰岩には、石膏(硫黄を含む)も含まれていたと考えられています。それか酸性雨の素材になると考えられました。
 隕石の衝突によって膨大なエネルギーが放出されます。ある見積もりによると、衝突地点の岩石は数千度から1万度以上になるとされています。そのようなエネルギーが一点に集中すると、周辺の岩石が蒸発していきます。岩石に含まれていたイオウ成分が、硫黄酸化物ガスとして撒き散らされたのではないかと考えました。
 それを実証するために、大野さんたちは、現地にあった硫酸塩岩に、レーザー光を用いて金属片を高速(約20km/秒、隕石の衝突と同じ条件とされる)でぶつけました。すると三酸化硫黄ができることがわかりました。想定されていた二酸化硫黄ではなく、三酸化硫黄であることが重要です。三酸化硫黄は、理論的には数日程度で強い酸性雨となって降ることがわかってきらからです。
 その説明は次回に。

・大雪・
週末に北海道には強い低気圧が発生し、
強烈な冬型の気圧配置になり、
各地で大雪になりました。
週末の冬型が一旦収まったったと思ったのですが、
月曜日の朝にも、大雪になりました。
地域により雪の量は違っていましたが、
各地で大きな影響を受けました。
しかし、北海道は大雪に慣れているので、
交通の乱れは有りましたが、
大きなトラブルもなく、ただ除雪を繰り返し、
冬に対抗しています。

・処世・
冬も本番となってきましたが、
私はいつものように慌ただしい師走を過ごしています。
もともと校務が多い時期でもあるのに、
今年は仕事もいろいろ重なっているので
慌ただしさがいつもより多いようです。
でも、時間は待ってくれませんので、
日々優先順位をつけて進めていくしかありません。
近年は、身辺が慌ただしくても、
淡々とした心の持ちようで
生きていく術を身につけられたようです。
処世術でしょうか、それとも手抜き、保身でしょうか。

2016年12月8日木曜日

1_150 K-Pgの絶滅 1:原因は分かったが

 絶滅の話題が続きます。大絶滅でもっとも有名なのは、恐竜絶滅を起こしたK-Pg境界での事件でした。この事件を起こした原因ははっきりしているのですが、プロセスはよくわかっていません。そこに新しい仮説が提案されました。

 恐竜の絶滅が起こったのは、白亜紀の終わり(約6550万年前)、K-Pg境界(かつてはK-T境界と呼ばれていました)とされている時代です。K-Pg境界の絶滅は、恐竜だけでなく、陸上でも海洋でも多くの生物が絶滅をしていました。そのためK-Pg境界の事件は、単に恐竜の絶滅だけでなく、大絶滅として扱われています。このように大絶滅とは、多くの種類が絶滅することです。多種類の絶滅が起こるためには、「いろいろな環境」で、「同時」に異変が起こらなければなりません。
 「いろいろな環境」というのは、陸だけでなく、海でも絶滅が起こるということです。陸は大気と接していますので、環境の変化が伝播しやすいという条件があります。一方、海は液体の水を介して起こるので、変動の伝搬がしにくくなります。浅海から深海、内湾や極や赤道の海など、多様な海の環境が存在します。ですから広域での生態系の破壊は、非常の大きな異変を想定しなければなりません。
 また、「同時」というは、地質学的にみたとき、時間の差が検出できないほどの短い期間に起こったという意味です。現実には時間の前後あっても、それが検出できない程度の差であれば、地質学的には「同時」となってしまいます。近年は分析精度が上がっていますので、100万年以上の差は検出できるので、大絶滅は数十万年以内の誤差でおこっている現象となりそうです。
 数十万年というと、広域で生態系が崩壊するのには充分な時間といえます。例えば、氷河期の繰り返しは、約10万年周期だとされています。氷河期のような現象は、氷河期と間氷期の数万年の間に、地球の平均気温が10℃以上の変動を起こします。氷河期のような自然現象として起こる激しい変動でも、環境変化は短期間に起こることがあり得ることが納得できます。でも大絶滅とは、もっと大規模な生態系の破壊が短期間(10万年程度の期間)に起こるものとなります。
 K-Pg境界の大絶滅は、このエッセイでも何度か取り上げていますが、メキシコのユカタン半島に落ちた隕石が原因であったことがわかっています。K-Pg境界の絶滅の原因も、2010年3月のScience誌の41名の連名によって、決着をみたという論文が出されました。
 直径約15kmの隕石(小惑星といったほうがいいかもしれません)が落ちて、膨大なエネルギーを開放しました。この隕石の衝突が、そもそもの原因、すべての引き金であったことは、確かなことになりました。そこから連鎖的な現象によって多様な環境での異変が起こり、生態系の破壊が起こったはずです。
 隕石の衝突から起こる連鎖的現象については、まだ定説がありません。それに対して、一つの仮説が提案されました。それを次回に紹介していきます。

・師走は・
師走は、いつも忙しいのですが、
今年は、特に忙しくなっています。
それは、担当ゼミの学生が例年の倍いることと
依頼されている論文がいくつもあったためです。
でも、忙しさは、歓迎すべきと考えています。
本来の自分のすべき計画があるのですが、
それを横に置いてもやるべき仕事もあります。
しかし、努力や工夫をすれば、
やるべき仕事の一環、一部として
位置づけることもできるかもしれません。
そんなことを考えながら、
つぎつぎ迫りくる締切をこなしていくことにあります。

・メディアは・
北海道は、気温変化の激しい日々が続いています。
週末は部屋はストーブを切らなければ
暑くなるほどの暖かさでした。
道の雪もすべて溶けてしまいました。
っと、思ったら、一気に数cmも積もる大雪になりました。
目まぐるしく移り変わる天気が繰り返します。
でも、これは11月はじめから続くような
変動の激しい天気です。
こんな変動をみると天変地異をいう人が出てくるかもしれません。
でも最近のメディアはだいぶ落ち着きをもっていて
そんなデマを流すことは少なくなりました。
ところが、問題を起こした人物を見つけると
徹底的に叩くというやりかたは、
未だに継続、いやエスカレートしているようですが。

2016年12月1日木曜日

2_143 三畳紀の大絶滅 6:宇宙塵

 層状チャートの中から大量に見つかる宇宙塵に注目した研究を紹介します。もしこの研究による仮説が正しければ、いままでの層状チャートの成因がまったく違ったものになります。真実はどこにあるのでしょうか。

 今回紹介している層状チャートからの衝突の証拠は、丸い粒が多数見つかっていました。しかし、これらは通常の宇宙塵ではないようです。隕石の衝突によってできた粒子や成分が飛んでいるうちに、丸くなった粒子とされています。
 チャートを研究している研究者は、層状チャートから化石を抽出するとき、宇宙塵がたくさん見つかることがあるのを、以前から知っていました。この宇宙塵は、地球外から落ちてくる小さな粒子のことです。
 多量の宇宙塵を、層状チャートの形成メカニズムの解明に利用する堀さんたち(1993)や池田たち(2010)の研究があります。三畳紀の大絶滅とは違った話題になりますが、まったく違った見方を提示しているので、シリーズの最後に紹介していきましょう。
 宇宙塵は、かなりの量が定常的に地球には降ってきていることがわかっています。その量は、毎年100トンほどと見積もられています。ただし、その量は、地質時代の長期に渡ってみていくと、変化していることがわかっていきています。ただしひとつの地質時代の中では、大きな変動はないとみなせます。
 このような前提から、ある時代の層状チャートができる期間では、宇宙塵の降っていくる量には変化がないと仮定できます。チャートと粘土の部分で宇宙塵の量を見積もっていきます。宇宙塵を取り出して数えるのは難しいので、宇宙塵に多い鉄などの化学組成に注目して、宇宙塵の量を見積もっていきます。宇宙塵の量から、チャートと粘土の堆積速度が計算できます。その結果、チャートの堆積速度は、粘土のものより二桁速いことになりました。これは、何を意味しているのでしょうか。
 層状チャートの一般的な形成メカニズムは、チャートと粘土の二種類が堆積量の変化によってできると考えられています。チャートの材料は深海底には定常的に珪質プランクトンの殻が堆積しててきます。粘土層は、量は少ないのですが、陸源の粘土粒が海流や風に乗って定常的に混じってきます。通常時は形質殻の方が多いので、チャート層ができます。生物の大絶滅が時々起こり、その絶滅期間に珪質殻の堆積はストップします。絶滅の間、粘土成分だけが堆積します。それが粘土層になります。大絶滅の非常時に粘土が堆積し、通常時にはチャートが堆積します。これが、層状チャートのでき方だと考えられています。
 ところが堀さんたちの説は、珪質殻が短期間に一気に堆積していくという説です。これは、従来の層状チャートの成因とは全く違ったものです。では、現在海底に堆積している珪質堆積物は、チャートになるはずですから、珪質プランクトンの繁栄の時期なのでしょうか。では前回の不活発な時期はいつでしょうか。氷河期なのでしょうか。疑問はわきます。
 実は層状チャートの成因はまだ確定していなので、いろいろな可能性が提唱されています。生物の大絶滅はあったことは確かなのですが、「なぜ」という原因究明は、K-Pg境界以外は、まだまだの状態です。今後も研究を進めなければらないですね。

・層状チャート・
堀さんたちは、岐阜県の犬山にある
層状チャートの連続したルートで調べました。
時代は、後期三畳紀から前期ジュラ紀のものです。
層状チャートから3000個以上の宇宙塵を見つけています。
そこから統計的な処理もしています。
大量の金属の粒(宇宙塵)が
深海で堆積したチャートから見つかるのは不思議ですね。
理屈ではわかっているのですが、
不思議さを感じます。

・師走・
今シーズンは、何度目の積雪でしょうか。
北海道は週末から週初めにかけて、雪模様です。
まだ根雪には早いと思います。
ですから暖かくなれば、すぐ溶けると思いますが、
真っ白な雪景色は厳冬のように見えます。
12月になったのですが、
論文と卒業研究の添削に追われて走り回っています。
師走ですね。

2016年11月24日木曜日

2_142 三畳紀の大絶滅 5:衝突クレーター

 三畳紀の層状チャートから衝突の証拠が見つかりました。その衝突の記録が陸地のどこにあるかを調べると、似た時代にできたいくつかのクレーターが見つかります。これはいったい何を意味するでしょうか。

 前回まで、層状チャートから見つかった宇宙塵や化学組成の特徴から、隕石の衝突事件が推定できることを紹介しました。三畳紀後半は、繰り返し生物大量絶滅イベントが起こった時代として知られています。その原因のひとつが、この発見で説明できるかもしれません。
 津久井と坂祝で隕石の証拠を発見した佐藤さんらはその成果を2010年から2013年にかけて報告してきました。それら一連の成果をもとに紹介していきましょう。
 これまでのエッセイで、従来の年代の見積もりによれば、時代がずれているようだと紹介しました。しかし、佐藤さんらは、両地域のチャート中の微化石を比較して、津久井と坂祝の化石は一致しているとしました。もし佐藤さんらの指摘のように時代的なズレがないとしたら、同じ衝突の証拠を見ていることになります。もし時代がズレていたら、2度の衝突が起こっていたことになりす。
 小さな隕石の落下は、かなり頻繁に起こっています。宇宙塵も定常的に降ってきていることが明らかになっています。しかし、佐藤さんらは、層状チャートの間にある粘土層から、衝突によってできた特異な鉱物の発見などもされており、化学組成だけでなく、大きな衝突があったことが明らかにされていきました。三畳紀後期の衝突は、層状チャートの形成場あるいは形成メカニズムを考えても、地球全体に及ぶような大きなものだったと考えられます。
 では、その衝突は、いったいどこで起こった、どのようなものだったのでしょうか。それを探っていきましょう。
 衝突の証拠は、直接知るには、その時代にできたクレーターを探すことです。もちろんそれは陸地にできたものしか残っていなのですが、それが見つかれば有力な証拠となります。三畳紀後期には、いくつかの大きなクレータが見つかっています。カナダのマニゴーガン・クレーター(直径100km、2億1400±100万年前)、フランスのロチャエチョウア・クレーター(直径25km、2億1400±800万年前)、カナダのセイント・マーティン・クレーター(直径40km、2億1900±320万年前)などがあります。時代が近いため、連続的に衝突が起こったことになります。その原因はこの際おいておいて、このようないくつかクレーターが存在することが重要です。
 クレーターは衝突イベントの証拠でもありますから、層状チャート中の三畳紀後期の衝突の証拠に、どれが対応するを突き止める必要があります。それぞれに対応する衝突の証拠が、いくつかの別の層準(時代)から見つかっても不思議ではありません。今後、年代の対応を厳密にしていき、衝突がどの時代、どの層準に当たるのかを明らかにしていく必要があります。
 佐藤さんらの報告でのさらなる新知見は、衝突した隕石の大きさが推定されている点です。その方法は、隕石由来の成分が地球の表層に撒き散らされたとした時、ある箇所の地層の成分から、全地球にばらまかれたとして、成分の総量を割り出します。隕石の種類を限定して、既存の隕石の成分比と比較すれば、隕石のサイズが推定できるという方法です。
 K-Pg境界で用いられた成分はイリジウム(Ir)でしただ、佐藤さんたちは、オスミウム(Os)量から、隕石の大きさを推定しました。ただし、海中でのオスニウムの堆積なので、溶けてしまった量などを補正して正確を期しています。その結果、隕石の直径は3.3~7.8kmだったと推定しました。この推定サイズは、K-Pg境界の隕石のサイズ(直径6.6~14km)に次ぐほどの、大きなものだとなります。では、なぜ絶滅と対応しないでしょうか。なかなか難しい謎ですね。

・若い頃の苦労・
佐藤さんは、大学院生のころに
層状チャートを研究されたのですが
大変な苦労をして、化学分析をしてきました。
論文として成果を投稿しましたが、
受理されるまで再度分析をしたりしています。
そんな苦労の末の成果を、
今回利用させていだきました。
彼女が大きな成果を上げるにあたっての
苦労を書いたエッセイもあります。
http://www.geosociety.jp/faq/content0477.html
はじめてのことは何事も大変ですが、
それが二度目、三度目となると
馴れてくることも書かれていました。
状況は違いますが、私も若い頃のことを思い出しました。

・パンサラッサ・
古生代ペルム紀はパンゲアというひとつの超大陸と
ひとつのパンサラッサという超海洋という
単純な陸海の配置にあった時代です。
海は広く深海も単調だったかもしれません。
三畳紀末にはペルム紀にできた
超大陸パンゲアが分裂をはじめます。
パンサラッサのような巨大な海の深海底で
層状チャートはできたのです。
そこには陸地に落ちた隕石の
衝突の証拠があったのです。

2016年11月17日木曜日

2_141 三畳紀の大絶滅 4:層状チャート

 三畳紀の衝突の証拠が見つかったのは、いずれも日本列島の層状チャートからです。その証拠は、目で見えるサイズではないので、実験室で分析して、はじめてわかるものです。そんなところにも日本の研究者の努力が光ります。

 いよいよ三畳紀に起こった隕石の衝突の話です。大分県津久見市の層状チャートから、さらに岐阜県坂祝町にある木曽川の河床の層状チャートからも衝突の証拠が見つかりました。いずれの層状チャートからも、多数の宇宙塵がでてきたことが、発見のきっかけになっていました。
 津久井の層状チャートからは、小さな金属粒(宇宙塵)が300個ほどでてきたということです。またその地層からは、別の隕石の証拠が見つかっています。オスニウム(Os)という鉄隕石に多く含まれている元素が、通常地層と比べて、20倍から5000倍の濃度になっていることがわかってきました。K-Pg境界ではイリジウム(Ir)の濃集が発見のきっかけなりましが、三畳紀中期の地層では、オスニウムでした。
 また、坂祝の層状チャートからも、宇宙塵がみつかりました。泥岩の部分には白金族(platinum group element:PGEの略される)の濃集があったことがわかりました。特に、ルテシウム(Ru)やイリジウム(Ir)に富んでいることが特徴でした。イリジウムは、K-Pg境界を見つけるきっかけになった元素でもありました。
 このような大量の宇宙塵やPGEの濃集などの証拠は、大きな隕石が衝突した事件があったことを表しているとされました。ただし、その場所は、現在分布している岐阜県や大分県ではなく、もともと層状チャートが堆積していた場所になるはずです。
 層状チャートの堆積場は、陸から遠く離れた大洋の深海底になります。層状チャートは、珪質部と境界になっている薄い粘土層からなります。珪質部には大陸起源の砕屑物がまったく含まれていないことから、陸から遠く離れた堆積場であることになります。そして、粘土は陸源の細粒物質ですが、風や海流にのって、少量ですが海洋にもたらされることは知られています。また、珪質部には、放散虫などの化石がよく見つかることから、珪質の殻をもったプランクトンが集まってできたことがわかります。
 このようなことから、層状チャートは陸から遠く離れた大きな海洋の深海底でできたとされています。そんな層状チャートに、衝突の証拠があるということは、地球のどこかで、大きな隕石が落下したことになります。
 ただし、注意が必要なのは、津久井の層状チャートの形成年代は約2億4000万年前で、坂祝の層状チャートは約2億1500万年前です。年代には少々誤差があるようですが、それにしても両地域の層状チャートの形成時代が、なかりずれていることになります。別時代の事件と考えてよさそうです。さらに、注意が必要なのは、この宇宙塵が見つかっている時代に、生物の大絶滅が起こっているわけではないろいうことです。
 では、これらの証拠から、いったい何が考えられるのでしょうか。それは次回としましょう。

・寒波が緩む・
寒波が少し和らいで雨となりました。
しかし、一度寒さのために厚着をすると、
なかなか薄着にもどることができないのは
私だけでしょうか。
日当たりのいい部屋で天気がいいと
暖房がいらないくらいの室温になります。
しかし、もちろん朝夕は冷えるので
暖房なしには過ごせんませんが。
冬も少し足踏みのようです。

・層状チャート・
私は岐阜県の坂祝へは行ったことがありません。
近くの犬山にはいったころがあるのですが。
一方、大分県の津久井には、一度訪れたことがあります。
そして、来年の冬には、再度行く予定をしています。
その時、詳しく見たのですが、
もう一度見てみたいと思っています。
現在、層状チャートについて
いろいろ考察を巡らせています。
その成因論は、多様で複雑で、わかりにくいもので、
現在、奮闘中ですが、なかなか答えはでません。

2016年11月10日木曜日

2_140 三畳紀の大絶滅 3:生物の繁栄

 古生代の終わりには、生物史上、最大の絶滅が起こりました。三畳紀から中生代がはじまりますが、大絶滅からの回復が起こるとともに、新しい生物たちの多様化が起こります。しかし、三畳紀末にも再度絶滅が起こります。

 三畳紀末(約1億9960万年前)には、多くの種類が絶滅が起こっていることは、古くから知られていました。三畳紀とは中生代の始まりの年代です。ビック5のもっとも激しい絶滅であるペルム紀末(約2億5100万年前)の大絶滅が起きてから、生物相が回復してきた時代です。
 それまで古生代型と呼ばれる生物が繁栄していたのですが、古生代の主要な生物種は絶滅をして、絶滅を免れた数少ない生物たちが、競争相手がいなくなった新しい環境に生き残った生物たちが一気に繁栄していきます。
 古生代にもサンゴあったのですが三畳紀からは六放サンゴの仲間が繁栄します。これの例をみてもわかるように、大きな絶滅の後には、あらたしいいタイプの生物が多様化が起こります。他にも翼形二枚貝、セラタイト型のアンモナイト、ベレムナイト(矢の形をしたイカの近縁)、ウニ類、ウミユリ(棘皮動物)などが多様化していきます。また、微生物ですが放散虫やコノドント(現在のヤツメウナギなどと類縁)などが大繁栄し多様化を遂げました。
 微生物の多様化により、ある時代に一気に繁栄し、次の時代には別のタイプが発展するというな変遷が微生物では起こります。放散虫やコノドントではこのような多様化が起こり、チャートや石灰岩の中から発見されると、示準化石として年代決定に利用されるようになります。
 大きな絶滅があると、その原因に隕石衝突が起こっていないかが、まずはチェックされるようになりました。それは、白亜紀末(K-Pg境界)の絶滅が、隕石衝突が原因であったため、他でも同じような現象があったのではないかという推測がなされます。しかし、なかなか証拠が揃うことなく、隕石衝突説が証明されいてるのは、K-Pg境界だけなのです。ですから、ビック5の絶滅のうち、K-Pg境界以外で、原因が究明されているのはまだないのです。
 しかし、逆の場合があります。逆とは、ある地層から隕石衝突の証拠が見つかっているのですが、それは絶滅を伴っているような特別な時代境界ではない場合です。地球外からの衝突の痕跡があったので、その時代に何が起こっていたのかを探っていこうというものです。隕石の衝突が、絶滅を起こしていたかどうかは、検討の余地があります。
 三畳紀中期からそのよう証拠がみつかりました。時代は、三畳紀末より1540万年も前の約2億1500万年前のことです。発見の舞台は日本です。詳細は次回としましょう。

・末から中期へ・
今回からシリーズのタイトルが
三畳紀末から三畳紀に変わりました。
これは、三畳紀中期の隕石衝突の発見の話題を
中心にしようと考えていました。
しかし、つい三畳紀末の絶滅から話を始めるつもりだったので
ついそのまま書いてしまいした。
そのことに気づいていたのが
今回のエッセイを書いているときでした。
間違いに気づいたのでシリーズの途中ですが、
今回から修正させていただきます。

・吹雪・
北海道では先週末から吹雪になりました。
今年の冬は、少々早い多くの積雪と吹雪となりました。
我が家の車は、すでに冬タイヤにはしていたのですが、
先週末の日曜日の午後から1泊の出張がありました。
激しい降雪と吹雪で道が心配だったので、昼前に自宅を出ました。
高速も圧雪状態で、急ハンドルは確実にスリップしそうです。
スリップする車も見かけたので、びくびくしながら運転でした。
月曜日の朝には、峠が完全にアイスバーンになっていました。
私の車がスリップましたのですが、見ると、
後ろのトラックもスリップしながら走っていました。
もし対向車がいたなら、事故は免れなかったでしょう。
冷や汗をかきました。
昼前に同じ道を通ったのですが、その時には、氷は解けはじめていて
スリップをすることはありませんでした。
帰りの高速道路も乾いていたので、速度規制も解除されて、
予定通りに自宅に帰り着くことができました。
ただし、交通量の少ない自宅周辺は今も雪道ですが。

2016年11月3日木曜日

2_139 三畳紀末の大絶滅 2:ビック5

 今回は、大絶滅の順位付けを、どのように考えてきたのかをみていきます。正確で客観的な順位付けをするには、統計的検討に十分たえるデータが必要になります。そのためには、多数の研究者の地道な努力が不可欠です。

 生物の大絶滅といっていますが、大絶滅の「大」をどのように決めるのでしょうか。時代境界がその「大」に当たっていればわかりやすいのですが、必ずしもそうはなっていません。なぜなら時代境界は地質学が構築され、過去の時代を区分してきた歴史的経緯を反映しているので、大絶滅を根拠にしているとは限らないからです。それに大絶滅を、どのように客観的に示すかも、問題となります。
 客観的に示すには、絶滅した種数が多い順に並べて決めていけばいいわけです。この原理は簡単で、誰もが納得できますが、そのためには長い準備期間と多大な努力、そして科学の普及が必要なります。
 絶滅の頻度を決めるには、信頼性のある大量の化石のデータが必要になります。その量は、統計的に検討して、はっきりの順位付けができる量がなければなりません。つまり古生物学の進展とともに、データの蓄積がなければならないのです。また大絶滅はある地域だけの現象ではないので、全世界的にひろがっているという現象のはずです。これは一部の地質学先進国の研究だけで決定することはできません。世界中の多くの地域、いろいろ時代で研究を進めていく必要があります。そのためには、古生物学が世界的に広がり、古生物学に関わる多くの人材が必要になります。それらの成果が集まって、大絶滅が定量的に客観的に示せるようになるのです。
 セプコフスキー(Sepkowski)が先駆者となって進めました。セプコフスキーは海の動物に関する大量の化石データのデータベースを構築して、時代ごとにグラフにして、どの時代にどの程度の絶滅があったかを、一目瞭然にしてくれました。セプコフスキーの研究によって、客観的に大絶滅を論じることができようになりました。必要であれば、植物、陸上生物などを加えたり、区分して検討することもできる道筋をつけたのです。
 このような検討から、化石を用いた大きな絶滅のうち、ベスト5(ワーストと呼ぶべきでしょうか)が決められるようになりました。時代順にみていくと、オルドビス紀末(約4億4400万年前)、デボン紀後期(約3億7400万年前)、ペルム紀末(約2億5100万年前)、三畳紀末(約1億9960万年前)、白亜期末(6550万年前)になります。絶滅の規模は、研究者や着目する分類群によって違っているのですが、絶滅の大きさの順にみていくと、ペルム紀末、オルドビス紀末、デボン紀後期、三畳紀末、白亜期の順になります。ある基準の数値でいうと、最大の絶滅であるペルム紀末では95%の種の絶滅が起こり、5番目の白亜期末では70%になったとされています。
 白亜紀末の絶滅は、K-Pg境界(かつてはK-T境界)と呼ばれ、恐竜やアンモナイトなどの絶滅があり、非常に大きな絶滅であったと考えてしまうのですが、実は5番目なのです。そして、現在このK-Pg境界の大絶滅は、隕石の衝突が原因であったとされています。でも、他の時代はまだ、絶滅原因は不確かでした。
 今回注目している三畳紀末の大絶滅は、ベスト4になります。次回からの三畳紀末の絶滅の進展を見てきましょう。

・P-T境界・
すべての種の5%しか生き残れないような
P-T境界の絶滅とは、どのようなものか気になります。
しかし、その実態はまだよくわかっていません。
P-T境界の研究は、日本が中心になり進んでいます。
境界のいつかが日本にあること
それを日本の研究者たちが中心になって
発見、調査研究していきたことから
一日の長があります。
今後、その実態が少しずつ明らかにされていくでしょう。
ただし、絶滅の原因となった地質現象が
日本列島にはないことが残念です。
そもそもその時代に日本列島は存在してなかったのですが。

・冬の訪れ・
11月になりました。
北海道は肌寒い日が続いています。
里にも雪が、何度もちらつき、
少し積もることもありました。
でも雪で車が動けなくなようなことはまだありません。
まあ、北海道の人はいち早く冬タイヤにしていますが。
我が家も、先週交換しました。
長距離の出張があり、峠越えの可能性もあったので、
早目に冬タイヤに変えていました。
足回りは、いつ降っても大丈夫なのですが、
はやり冬の訪れは、心が重くなります。

2016年10月27日木曜日

2_138 三畳紀末の大絶滅 1:大絶滅とは

 生物の大絶滅は何度も起こっています。その原因の究明はなかなか困難なようです。研究者の努力によって、K-Pg境界のように原因が明らかにされてきたものあります。今回、新たな時代での原因が、明らかになりつつあります。そんな成果を紹介します。

 ワシントン条約や絶滅危惧種、レッドデータブックなど、生物の絶滅にかかわるニュースを時々耳にすることがあります。絶滅原因が人間の営みが関係していることを、それを暗に陽に問題としている語り口のニュースが多いと思います。
 生物の絶滅は、ある生物種が絶滅することです。このような絶滅は現在もニュースになっていますが、いつの時代にも起こっていたことです。なぜなら、生物は進化していることは、化石から明らかだからです。現在は存在しない多様な種(化石種といいます)が見つかっています。化石種から現在種までの過程が解明されているものがあり、それが進化実在の有力な根拠となります。存在の証明はたったひつとの証拠でいいのです。
 絶滅がある時代に集中的に起こることがあり、そのような現象を大絶滅といいます。大絶滅は相対的なものです。生物誕生以来、さまざまな程度の大絶滅があったはずですが、地球上の生物がすべていなくなるような規模のものは、地球史ではなかったことになります。なぜなら、生物が長い時間かけてきて、進化してきたことが証拠のひとつです。
 生物の絶滅は、本来、進化論とも関係しているもので、その原因は生物間の生存競争や、自然環境の変遷などの自然の営みとして起こっているもののはずでした。しかし人間の営みが他の生物や自然環境に大きな影響を与えることになってきて、問題が顕在化してきました。たとえば、人間による乱獲、過度の伐採、開発で生物の生存領域の減少や消滅、人間によって持ち込まれた帰化生物による今までにない競争が起こりました。環境問題といわれている温暖化や海水準変動など、環境変化による生物の絶滅も起こっているのかもしれません。環境問題のからの生物大絶滅が起こるかどうかは、将来の話となります。
 では過去の絶滅、それも大絶滅と呼ばれるものは、原因はどのようなものだったのでしょうか。人類がまだ種として誕生していない時のことですから、現在のような人間活動の影響はありません。ですから、自然現象の中に絶滅の原因を求めなければなりません。ただし、大絶滅ですから全地球的な変化でなければなりません。
 これまで多様な絶滅原因が考えられてきました。氷河期や砂漠化のような気候変動、海水変動、山脈や海の形成などの地形変化、新しいタイプの生物の出現による激しい生存競争、巨大火山活動など地球内部の現象、隕石や彗星の衝突などの地球外部の現象・・・。いろいろな原因が唱えられています。どれも一長一短があります。
 研究が進むつれて、すべての大絶滅がひとつ原因で説明できないことがわかってきました。それぞれの大絶滅について、固有の原因があるようです。それぞれの時代の大絶滅に関しての個別の原因究明が、現在進行中です。K-Pg境界のように(かつてはK-T境界と呼ばれた恐竜絶滅の時代)原因がある程度確定されたものもありますが、多くは未だに不明です。今回のエッセイはそれに関するものです。
 少々長い前置きになりましたが、今回は、絶滅の原因を考えていきます。それも三畳紀末の絶滅原因に関する話題です。その前に、三畳紀末がどの程度の大絶滅があったかが気になるところですが、それは次回としましょう。

・絶滅の認定・
絶滅の原因を見極めるのは困難です。
それは、生物の絶滅が、
時代境界で、多数の生物種の消滅し、新たな生物の出現を
化石からみていくことになります。
ある時期に絶滅が一気におこれば、
化石の違いがわかりやすくなります。
隕石や火山のような急激な現象であれば、
地層にその痕跡もくっきりと残る可能性があります。
それ以外の原因の場合、
特に長い時間がかかって起こるものは
地層に証拠が残りにくくなります。
このような絶滅の認定自体の困難さも、
原因究明が困難につながっているのかもしれませんね。

・出張が続く・
今週は校務での出張が何度あります。
卒業研究の添削で忙し時期でもあるのですが、
校務ですので、仕方がありません。
気持ちを切り替えて、対応することになります。
気持の切り替えには。慣れています。
こんな時は、気分転換だと思って出かけることにしています。
だた研究時間が減り、進まなくなるのが問題なのですが。

2016年10月20日木曜日

4_131 南紀の旅 5:橋杭岩

 南紀の旅シリーズも、最後になります。今回は、奇岩の紹介です。大地の景観や名勝の多くは、地質学的背景と現在至るまでの自然現象によって造形されます。今回の奇岩も、マグマと津波によってできた景観でした。

 南紀の先端は、本州最南端でもある潮岬(しおのみさき)です。潮岬は、台風などが来ると中継によくでてくるところです。潮岬の東側には大島があり、橋が渡されていて、今では簡単にアプローチできるようになっています。
 潮岬の付け根に、不思議な岩が乱立しているところがあります。橋杭岩(はしくいいわ)と呼ばれているものです。岩石の柱が、何本も海(大島の方)に向かって、一直線に並んでいます。非常の不思議な光景です。
 柱の東側は深い海になっているのですが、西側は浅くなっており、柱がくずれたと思しき残骸の岩が多数ころがっています。杭のような岩の柱が、橋桁のように連なっているところから、橋杭岩とよばれたそうです。25の岩には、形に基づいてすべてに名称がつけられています。国指定の名勝天然記念物に指定されており、ジオパークのジオサイトにもなっています。
 橋杭岩は、幅15m長さ900mにわたって岩石が直線状に並んでいます。周辺の岩石は泥岩とよばれる黒っぽい堆積岩なのですが、橋杭岩は火成岩からできています。石英の斑晶が多数入っている閃緑岩(石英斑岩とも呼ばれます)という火成岩で、このような大きな斑晶と粒の粗い石基が混在している岩石は、マグマが上昇してきた時に、地表付近の割れ目に添って形成されたもので、岩脈とよばれています。マグマが上昇してくるときは、地層の割れ目(断層)があればそこが一番通りやすいので、断層にそって貫入ることよくあります。ですから、火成岩が直線的で板状になっているのです。
 南紀にはこのようなマグマの活動が、1400万年前ころにかなり広域に渡って起こり、「熊野酸性火成岩類」と呼ばれています。前回紹介した那智の滝をつくっている岩石も、同じ起源のものでした。
 さて時代が進み、このあたりの地層が上昇して地表に顔をだすると、侵食を受け、柔らかい泥岩が削られていきます。一方、硬い火成岩は、柱状のまま残っていきます。現在の地形は、岩脈の東側は少し深くなっており、西側が浅くなっています。ですから崩れた岩が西側だけに残って見えます。
 西側に海岸に散らばった岩を詳しく見ていくと、柱に近い所で岩が非常に大きく、離れていくとだんだんと小さくなっているように見えます。まあ、壊れた近くに大きなもの、離れれば小さくなるの当たり前のように思われますが、ここは平らな海岸です。斜面ではありません。それに小さいとはいっても一抱えもある岩です。通常の波や台風なの高波では動きそうもないサイズでもあります。このような岩の配置は、津波によってなされたものだと考えられています。
 橋杭岩は、今では駐車場や観光施設も整備され、多くの観光客が訪れるところとなりました。以前は潮が引いている海岸へ、多数の人が歩いて見学にいったのですが、今では海沿いの施設から見学するようになっています。海岸に入っていいかどうかわからなくなっていました。本当は入っていきたかったのですが、多数の観光客がいるので、入ることは遠慮しました。残念。

・人目を気にして・
自然景観を売りしている観光地は、
そこまでのアプローチがよく、
駐車場や解説板やトイレ、歩道などの施設
地質や地形を観察するのに適しています。
特にジオパークのあるところでは、
地質を観察する時が便利になりました。
ただし、前回も書いたのですが、人目が多いと、
たとえ許されていたとしても
コースから外れて石を見たり、
詳細を確認するために
露頭に近づいたりすることが
はばかれることがあります。
今回もそうでした。

・霜の降りる日・
北海道の山では、かなり早くに初冠雪の便りを聞き
数日前の快晴の日の冷え込みでは、
里でも霜の降りるような日が続きました。
そのためでしょうか、一気に周辺の紅葉が進みました。
でも、また暖かい日がくるという
気温変化の激しい気候が続きます。
冷え込みのせいで、秋が一気に深まりましたが、
このまま冬になるのでしょうか。
里の初雪まだまだ先だと思いますが。

2016年10月13日木曜日

4_130 南紀の旅 4:那智の滝

 南紀の旅は、前回の天鳥褶曲は知る人ぞ知る地質ポイントでしたが、今回は白浜、白崎に続いて、まただれもが訪れる観光地です。観光地ならではのよさもありますが、不都合な部分もあります。地質学者側の都合を紹介します。

 和歌山の海岸からは山に入るのですが、那智勝浦町には、有名な那智の滝(那智滝と表記することあるようです)があります。幅13m、落差133mの圧倒されるようなサイズの滝です。落差が日本1位だそうで、日本三名瀑としても有名でもあります。もともと宗教の場でもあったのですが、観光地としても有名なところです。
 私は、今回2度目の訪問となります。那智の滝は、周辺が熊野那智大社の社有林でもあり、滝自体は飛瀧神社のご神体となります。さらに周辺は、「那智原始林」と呼ばれて、古くから(1928年より)国の天然記念物に指定されています。そして2004年には、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」が決まり、那智の滝はそのひとつに加えられています。そのため、より観光客が多くなっているようです。
 人が多く訪れる観光地なので、狭く険しい山沿い場所なですが、周辺は整備されていて、滝を見るまでの道も整っていて、足下を気にすることになく見学ができます。ただし長い石の階段があるので、足腰の弱い人、足の不自由な方には、少々大変かもしれません。ただ多くの観光客が訪れているところなので、アクセスは非常にいいところだと思います。
 ところが、整備された観光地や通路は、地質学者にとっては、あまりありがたいことではありません。なぜなら、通路以外への立入禁止、石を詳しく見るため叩くこともできません。石の表面には風化、植生があって、本来の色や組織などの特徴が見づらくなっていることが多いです。「本当の地質学者」は、石を叩いて新鮮な面を出したいのですが、叩けないと観察に困ります。さらに保護されているところからは、石を採取したくてもできないので困ることになります。地質調査をするには、特別な許可が必要になります。
 しかし、私は「変な(偽の?)地質学者」なので、石や露頭は「みる」ことを中心にしています。記録を残すために、「とる」のは写真だけにしています。ですから、観光地でアプローチが良くなっているのは歓迎です。でも、石の新鮮な面が見えないは少々困りますが、まあなんとか石が見れれば、諦めがつきます。
 那智の滝に来たのは、石を見るためでした。ここには熊野酸性岩類が出ています。地質についての詳細は、別のエッセイである
http://geo.sgu.ac.jp/geo_essay/2009/53.html
を参照いただければと思います。
 那智の滝を構成している石には、近づけないのはわかっていました。ですから、ただ「みて」、自然や景観を「感じる」ことが目的でした。その目的は達成できました。

・本当と偽・
「本当の地質学者」であっても、
保護されていないところでも
やたらと石を叩いて割ったりするのは
控えるべきでしょう。
景観だけでなく、重要な露頭を損ねるような
試料採取は他の地質学者、後世の地質学者に対して
チャンスを減らしてしまうからです。
今では強くそう思うようになりました。
以前の私の姿がそうだったからです。
同業の地質学者の案内で
珍しい石の見学にいくと、
その度に試料を採取していました。
多くの地質学者にも同じような経験があると思います。
採取された試料の内どれくらいが、
その地質学者の研究材料になったのでしょうか。
なったとしたらそれは問題ないと思います。
私も博物館時代は、博物館の標本として
展示に使えるように採取しことはありました。
しかし、博物館以前は、研究材料としてというより
見聞を広げるため、土産代わり、
皆が採るからなどという、
今思えは無駄な、無謀な試料採取をしていたと思います。
もちろんいくつは薄片にして顕微鏡で観察し
研究に使用したものもあります。
しかし、多くの試料は死蔵されていました。
その石も、転居、転職によってどこかにいきました。
今思えば、貴重なもの、珍しいもの、
少ししかないものもありました。
いずれも「欲しい」という気持ちで採取していました。
反省しています。

・同じ画像なのですが・
観光地には、人を惹きつける何かがあります。
私は、観光地で石や地質がよく見られるところで
撮影することが多いです。
以前は人がいない瞬間までまって
シャッターチャンスを狙っていました。
最近では、人も景観の一部だと思うようにして、
対象物が隠れない限り、
人の存在をあまり気にしなくなってきました。
私自身が自然体になってきたのでしょうか。
それともよりよいものを目指す気力が
衰えてきたのでしょうか。
結果としては同じ撮影なのですが、
前者であることを願っています。

2016年9月29日木曜日

4_128 南紀の旅 2:白崎海岸

 交通網や道路網が発達してきて、高速の自動車道や鉄道での移動が主になってきています。そのため、かつての交通路が、現在では不便になってきて、目的がないとなかなか観光客が訪れないところになってきているところも多いのではないでしょうか。そんなところをひとつ紹介しましょう。

 和歌山の海岸線は複雑で、海沿いの道路はくねくねとしていて、場所によっては狭いところもあるので、車での移動で急ぐときには、なかなか大変になります。しかし、近年は高速道路が充実してきて、あっという間に目的地についてしまいます。和歌山では内陸を通っているので、海岸線を見ることはなかなかできなくなっています。でも、海沿いには、いろいろな見所があります。
 和歌山日高郡由良町は、町の中心の近くをJR(紀伊本線)も国道(42号線、別名熊野街道)が通り、町の山側には高速道路(湯浅御坊道路)も通っています。町と外部への交通からすると便利ですが、観光客は目的がないと、なかなか海岸線の道を通ることはなくなったと思います。そのため、海岸沿いにみられる思わぬ景色や名勝を見逃してしまうことがあります。
 由良の町から、県道24号線は、海岸線を通る道になっています。北に向かって進むと海岸に突き出た白い崖の岬がみえてきます。その特徴通り地名で、白崎(しらさき)と呼ばれています。道の駅もあります。私が訪れた時は、台風の影響で道路の補修が何ヶ所があり、白崎から先も交互通行になってますます通行が不便になっていました。
 さて、この白崎ですが、白い色は石灰岩の色です。石灰岩をよく見ると化石を含んでいることがあります。石灰岩からは、紡錘虫やウミユリなどの化石いろいろ見つかります。そのうちいく種類かの紡錘虫によって、時代を決めることができました。このような化石を示準化石と呼んでいます。その時代は、ペルム紀(2億5000万年前)とよばれ、古生代最後の時代になります。かなり古い時代です。
 一方、石灰岩の近くで接してでている泥岩や礫岩からは、別の種類の化石が見つかっています。ウニや貝なのですが、その時代は、中生代最初のジュラ紀(約1億5000万年前)で、石灰岩と比べて、明らかに若い時代のものです。
 これは、非常に不思議なことです。1億年も形成年代の違う岩石が、すぐ近くにあるのです。このような現象は、付加体やメランジュなどの結果だとされています。もともと熱帯付近の海洋の真ん中の海山や海洋島で形成された石灰岩(サンゴ礁のようなもの)が、海洋プレートの移動に伴って海溝まできて、その後海溝で海山が崩れて、泥岩の中に石灰岩の塊として取り込まれたという考えです。
 海で形成された岩石類が、海溝で陸に付加していくものを付加体といいます。付加体の中に取り込まれる時に、もとの構造が残されずに取り込まれ、起源の違った岩塊(ブロック)が混在しているものを、メランジュと呼んでいます。白崎の石灰岩は大きなブロックとして、付加体の中に取り込まれたものです。
 白崎は、周辺の岩石とは全く違っているため、非常に不思議な景観が目に入ってきます。白崎には道の駅も設置されていますので、もし近くに行かれることがあれば、足を伸ばしてみられればと思います。天気が良ければ、石灰岩の白と、海と空の青のコントラストがきれいです。

・昔は・
以前来た時、和歌山の海岸線を通るために、
高速道路を降りて、海岸線を車で進んだことがあります。
そのときは、なかなか目的地につかなくて
慌てたことがあります。
しかし、今ではコースさえ選べば
高速や国道の幹線道路から容易に
足を伸ばして、目的地に到着できるようになりました。
でも、目的地としなければならないのですが。

・コントラスト・
白崎の石灰岩には、昔の採掘跡の穴があいています。
今は、入ることはできませんが、
金網越しに跡を見ることができます。
明治20年代に肥料用として採掘がはじまり、
その後、セメント原料などに使われたそうです。
戦後もかなり採掘されていたようです。
今では、その痕跡だけですが、
昔の栄華を少しだけですが、偲ぶことができます。
私が訪れた日は幸い天気が良くて、
化石や石灰岩の白と海と空の青の
コントラストに魅せられましたが。

2016年9月22日木曜日

4_127 南紀の旅 1:白浜

 和歌山に野外調査に行きました。いくつかの調査ポイントがあったのですが、ほぼ予定通りにこなすことができました。今回はその中から、地質の見どころをいくつか紹介していきましょう。

 しばらく「地球地学紀行」のシリーズを配信していませんでした。8月末から9月上旬にかけて、和歌山に調査に出かけたので、久しぶりにシリーズにして書くことにしました。まずは、有名な観光地である、白浜からはじめましょう。
 白浜は、和歌山県西牟婁(にしむろ)郡にあるのですが、関西からは古くから熊野詣での道中になっているので、道路網や鉄道網ができていました。しかし海岸を走る道路は曲がりくねってなかなか大変な行程だったのですが、最近では、白浜までは高速道路ができているので、比較的アプローチが楽になってきました。
 白浜には、地質によって織りなされている名勝がいつくかあります。白い砂が目に鮮やかな白良浜(しららはま)、ラクダ背のような形の島に丸く穴の空いた円月島、海岸に広がった平らな岩の千畳敷、すごい断崖絶壁の三段の崖などがあります。狭い地域に多様な景観があり、見ごたえがある地です。その上温泉があるので、古くから観光地として多くの人が訪れていました。
 白浜温泉は、熱海温泉と別府温泉と並んで日本三大温泉とも呼ばれ、道後温泉と有馬温泉とともに日本三古湯のひとつに数えられています。かつては、白浜は地域の古い名称である「牟婁(むろ)の湯」と呼ばれていました。
 この有名な白浜温泉ですが、実は、近くに火山がないのです。つまり熱源となものが見当たらないのに、温泉がわいています。ただし、温泉の定義には、温度が低く(20℃以下)でも、定められた成分が一定量以上含まれていれば温泉と名乗れます。しかし、白浜温泉は、78℃という高温の熱湯が湧いていますので、温度においても立派な温泉になっています。紀伊半島には、白浜温泉の他にも、湯の峰温泉(92.5℃)などの高温の温泉が豊富に出ているところがあります。熱源となる火山がないのに温泉がでています。少々不思議な温泉です。
 火山が以外に、どこかに、何らかの熱源となるものがあるはずです。周囲には、中新世に活動した火成活動(熊野酸性岩類と呼ばれています)が起こっているので、そのマグマが熱源ではないかと、かつては考えてられていました。しかし、その因果関係は確かめられたわけではありませんでした。それに、1200万年前のマグマなので、あまりにも古すぎるので、熱源となっているかどうかには疑問もありました。
 近年の地電流の調査から、地下10から15kmに、高温の部分があることがわかってきました。その高温部は、深度30kmに沈み込んているフィリピン海プレートから絞り出された高温の熱水を含んでいる領域であることがわかってきました。地下水が、その高温部分によって温められたものが温泉として出てきているのではないかと考えられるようになってきました。似たような起源として、兵庫県の有馬温泉があります。
 実はそんな理屈を考えることもなく、白浜の温泉につかってきました。

・核燃料開発機構・
ここで示した温泉の起源の成果を出したのは、
核燃料開発機構が2004年に調査報告したことでわかりました。
科学にとっては重要な成果がでたのですが、
その調査の目的はわかりません。
核燃料開発機構は、
さまざまな組織改編を繰り返しています。
原子燃料公社
→動力炉・核燃料開発事業団
→核燃料開発機構
→独立行政法人日本原子力研究開発機構
→国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
・・・・など流転しています。
この変遷は、日本の原子力行政の躊躇や迷いを
表しているような気がするのは、私だけでしょうか。

・後期授業のスタート・
後期の授業がはじまりました。
初日は、めまいがするほど忙しさでした。
夕方、研究室の席についた時は、
ぐったりしていました。
まあ、こんな日もあるのでしょうが、
最初だけにしてほしいものですが
どうなることやら・・・・。
なお今日22日は秋分の日で祝日ですが
我が大学は通常授業をしています。

2016年9月15日木曜日

1_149 隕石と大気 4:矛盾

 27億年前に大気上層部で反応した隕石の溶融物が見つかりました。そこから推定された大気組成と、今までの知見とは矛盾しているものでした。その矛盾を解くには、特別なモデルを考える必要がありそうです。そのモデルは納得できるものでしょうか。

 地球の大気は、地表付近が一番濃く、上空に行くにしたがって、大気の密度は小さくなります。対流圏(10数kmまで)はなかり大気がありますが、成層圏(10から50km)はかなり少なく、中間圏(50から80km)より上空では大気は千分の1以下になっていきます。
 そんな薄い大気でも、隕石が大気圏に突入すると、大気との摩擦により高温になっていきます。その時、熱によって隕石が融けます。隕石のサイズにより、溶融部分が表面だけの場合と、全体が融けることもあります。いずれにしても、いったん溶けた隕石の部分は、大気と反応しながら再度固まっていきます。
 今回の報告では、現状の大気の状態だと、砂粒ほどの「微小」な鉄隕石は、75から90kmの上空で溶けたと考えています。かなり薄い大気ですが、摩擦で溶けたようです。これは、現在の隕石の観察から推定されています。
 溶けた部分が固まるとき、周りの大気との反応が起こり、反応物に大気の組成を記録しているというのです。溶融物では急激な冷却があったようで、隕石には急冷によってできた樹枝状や羽毛状の組織があります。このような組織は、マグマが海水などで急冷した時によくみられるものであります。急冷は間違いないものです。
 急冷してできた鉱物は、ウスタイト(FeO)と金属を伴った磁鉄鉱(Fe3O4)でした。もともと隕石は、金属鉄からできていたので、このような酸化状態の鉄は、大気との反応でできたことになります。鉱物の酸化状態から考えると、大気の酸素濃度は、現在ものに近かったと推定されます。酸素と一酸化炭素の比率は、一酸化炭素による酸化よりずっと高い状態であったと考えられます。
 一方、海底の堆積物のイオウの化学組成からは、無酸素状態の環境であるデータが出ています。また一般に地表付近の大気も、まだ酸素が少なかったと考えられるので、今回の報告されたデータは、今までの知見と矛盾することになります。
 現在の考えでは、酸素はストロマトライトを形成したシアノバクテリアのような光合成生物が酸素を一気に形成した(24億年前)とされています。その証拠は多数あります。それ以前(27億年前)には、地表付近には酸素はほとんどなかったとはずですが、大気の上層部だけ大量の酸素があったということになります。
 このような矛盾を解決するひとつのモデルとして、太古代には大気の上層と下層の混合が少なかった、と考えれば解決できそうです。このモデルをどう考えるかは、今後の課題です。謎はすぐには解けそうにありません。

・いよいよ講義が・
今年は、北海道には、何度も台風が上陸し
例年とは違った天候でした。
しかし、この1週間ほどで、秋は着実に進んできました。
朝夕は涼しくなってきました。
朝大学に来る時は上着が必要になります。
そろそろ大学の夏休みも終わります。
来週からは授業がはじまります。
また慌ただしい日々がはじまります。

・外壁の塗装・
現在、自宅の周りに足場が組まれています。
外壁の塗装のためです。
10数年に一度の外装工事です。
先日の日曜日に、屋上を見るチャンスなので
その足場をつたって屋上に上がろうと思いました。
今まで自宅の屋上を見たことがありません。
ところが、3階の足場で足がすくみ、上がれませんでした。
屋根までは階段はなく足場をよじ乗る必要があります。
同じ日に2度チャレンジしましたが、だめでした。
でも、足場のあるうちのなんとか
再チャレンジして、屋根の上に出たいのですが、
どうなるでしょうかね。

2016年9月8日木曜日

1_148 隕石と大気 3:27億年前

 隕石と大気、それも過去の大気との関係を調べた報告を紹介します。今回の報告では、27億年前の大気組成を推定したというものです。直接過去の大気組成の測定はできないので、どうしても間接的になりますが、なかなかニュニークな方法です。

 イギリスの科学雑誌「Nature」の5月12日号に、
Ancient micrometeorites suggestive of an oxygen-rich Archaean upper atmosphere
(酸素に富んだ太古代の上部大気を想定させる古い微小隕石)
という表題の論文として、オーストラリアのモナシュ大学のトムキンズと共同研究者たちによって報告されました。
 隕石(宇宙塵)は、オーストラリアのピルバラ地域の27億年前の石灰岩から発見されました。調査した岩石からは、60粒の隕石が見つかりました。隕石の保存状態も良かったようで、落下時の化学組成が残されており、27億年前の情報が読み取ることできました。
 27億年前という時代も、地球の歴史におては重要な意味がありました。というもの、地球に酸素が急激に増えてきたのは、24億年前あたりからで、それ以前は、大気中に酸素はほとんどなく、今とは全く違う大気の組成の時代でした。現在の大気中の酸素と比べると、その量は0.001%以下だったと考えられています。
 そもそも過去の大気組成を、直接分析することは、なかなか困難なことです。残された地層の状況から間接的な情況証拠で示されたり、シミュレーションなどによる推定によるものになっていきます。
 27億年前という時代は、落下した隕石の年代としても最古(これまでの記録より10億年近く遡る)となり、それだけでも価値があります。しかし、報告には、それ以上の意義がありました。隕石から、当時の大気組成を見積もったことです。
 では、どのようにして、過去の隕石から大気組成を見積もることができたのでしょうか。それは、この微小隕石ができる過程に秘密があります。
 もともとは大きな鉄隕石だったものが、地球の大気圏に突入する時、摩擦で溶けて、小さな粒になったというのです。今日と同じような大気の密度であれば、隕石は75から90kmの上空で溶けたと考えられます。溶けた後、冷えて固まった時、大気と反応して、その状態を記録したと考えられるのです。
 その詳細については、次回に。

・野外調査・
和歌山の調査から5日(月)に帰ってきました。
台風の合間の晴れの期間が、調査の日程とピッタリと合いました。
予定していたところは、一通り回ることができました。
非常に幸運でした。
1週間も調査していると、何日かは雨に降られます。
そんな時は、予定通りに、調査は進みません。
重要な場所を見る時は、天気が非常に心配になります。
時には干満の様子も調べていかなければなりません。
干潮でも、海が荒れていたら行けないところもあります。
今回もそんな所があったのですが、
なんとか無事たどり着くことができました。
満足できる調査になりました。

・著書出版・
ライフワークにしている研究のひとつが
この度、成果として実を結びました。
2月から執筆していた著書が、野外調査中に印刷され納品されました。
出勤して、早速、受け取りました。
少部数の印刷ですので、最初は自費出版を考えていたのですが、
公費で賄うことができました。
PDFでも、データを貰う予定ですので、
一般にも配布しようと考えています。
少々、専門的になりますが、
「地質学における分類体系の研究」
というタイトルの本です。
PDFファイルが送られてきたら、アドレスをお知らせします。

2016年9月1日木曜日

1_147 隕石と大気 2:宇宙塵

 隕石の落下は、だれもがどこかであったことを聞いて知っています。映像でみた人も多いでしょう。地球全体とすると、よくある現象に思えます。しかし、地層から見つかる隕石は稀です。この違いは何によるものなのでしょうか。

 隕石がどの程度の頻度で落下しているのかを考えていきましょう。現在の地球での隕石の落下頻度は、かなり多く思えます。もし人の住んでいるところに隕石が落ちてくれば、ニュースになります。ロシアに落ちた隕石は有名ですし、日本にも人家に落ちた隕石が、ニュースになったことは何度かありました。
 ロシアの隕石のように人が住んでいるところに大きな隕石が落ちれば、今では、どこかでだれかが画像や動画を撮影しています。それをメディアが大々的に流がれる時代になりました。そのような状況が、隕石落下の頻度を実際より多く思わせている感があります。
 ひとつの地域に限れば、隕石落下は稀な現象です。しかし、地球全体でみれば、人の住まないところの方が圧倒的に広くなり、比率を考えると、年間にかなりの数の隕石が落ちてきていると推測されます。多分過去も、同程度の頻度で落下していたはずです。
 地球表層全体として考えれば、隕石の落下は稀なことではなさそうです。しかし、地層中から隕石がみつかることは稀なことです。地層中の隕石など聞いたことがある人は、専門家以外にはいないでしょう。現在の地球に落下している隕石の頻度と地層中に見つかる隕石の頻度には、どちらも隕石の落下ですが、どうも違いがありそうです。
 これは少し考えればわかることなのですが、それは私たちがみている地層面積と、現在情報収集できる地表の面積の違いがあるからです。
 地球表層全体として見ると隕石は、毎年多数落ちていると言えるかもしれません。またすでに落ちているものを見つけることもできます。南極のように隕石の集積メカニズムがあるところや、砂漠のように隕石が見つけやすい場所からは、多数の隕石が発見されています。そのため、最近隕石は市場に多数出まわるようになってきました。このようなことから、隕石は珍しいものではあるのですが、個人でも簡単に手にできるほどの存在になってきました。
 またサイズを問わなければ、チリのようなサイズ(宇宙塵と呼ばれる)のものなら、結構多数落ちてきています。人工衛星の観察によれは、年間4万トンも降り注いでいると見積もられています。特に金属製の宇宙塵は比較的簡単に見つけることができます。しかし、宇宙塵は顕微鏡サイズの隕石です。
 一方、地層から見つける場合はそうもいきません。ある地層のある断面を考えてみましょう。現在見えている地層は、風化、侵食作用によって、ある断面が地表に露出しているものです。ですから、隕石が表面に出ている期間は限られています。また、地層の堆積している場(堆積盆といいます)全体の面積で、ある断面に隕石が見つかるかということです。現在の堆積盆に線を引いて、そこを切ってみた時、その断面に隕石が見つかるかどうかです。断面は露頭の長さです。多分そんなに長い断面ではないはずです。なかなか難しいはずです。可能性は、非常に稀なことだと推定できます。ですから地層断面から見つかる隕石は、非常に稀なものといえます。
 ただし、隕石が小さく、宇宙塵のようになれば、見つかる頻度は大きくなっていきそうです。あまりに小さいと今度は引き出せる情報は限られていきます。まあ、それは実際によみとった事例をみていけばいいのでしょう。
 隕石の痕跡は、どの時代まで見つかっているのでしょうか。長々と述べてきましたが、ここまでが今回のシリーズの前置きです。世界最古の微小隕石の発見と、そこから読み取られた報告を紹介するシリーズです。

・森へ行くと・
本エッセイが発行されているいる時は、
私は、和歌山の方で調査をしています。
このエッセイはの発行は予約をしていたものです。
天候が不安なのですが、こればかりはいつものことで
心配してもしょうがありません。
ただいって、そこで臨機応変に、考えていくしかありません。
野外調査にはいくつもの目的を持ってでかけますが、
自然の中に入り気分転換できることも隠れた重要な目的です。
私は、森の中に入りるとホッとします。
先日も短い調査で、森にはいったのですが、
緑の中の林道を車で走っていると
ホッとした気分になり癒やされます。
今回の調査でも。味わえるでしょうか。

・冪乗則・
小さいものは多く、大きいものは少ないという規則性があります。
このような規則は指数関数になっているため
冪乗則(べきじょうそく)と呼ばれています。
隕石の落下の頻度も冪乗則に従っています。
大きな隕石の落下はめったにありません。
小さくなれば頻度は大きくなり、
宇宙塵のようなものになれば
かなり当たり前のことになります。
地震のマグニチュードの頻度、
生物のスケーリング則(アロメトリー)も冪乗則です。
また自然界だけでなく、所得の分布などのように、
人間界にもこのような規則性が当てはまります。
不思議な規則性ですね。

2016年8月25日木曜日

1_146 隕石と大気 1:過去の隕石

 今回から隕石のシリーズになります。古い時代の隕石を見つけて、そこから読み取った情報から、過去の地球の様子を見出そうとするものです。まずは、隕石がどこから、なぜ地球に堕ちてくるのか、からはじめましょう。

 地球は、もともと太陽系に存在していた物質が、凝縮、集合、衝突、合体してできたものです。太陽の形成初期に太陽風が強まる状態になり、その時に気体物質が遠くに吹き払われたと考えられています。固体物質は、吹き飛ばされることなくその軌道に残ります。ただし、ひとつの軌道には大きな惑星があり、その惑星が公転を繰り返していくと、軌道周辺の小さな固体は、引力で吸収されていくか、弾き飛ばされることになります。最終的に、現在の太陽系のように、惑星空間から大きな天体以外は、掃き掃除をしたようにきれいになります。多分、太陽系誕生の数億年のうちに、そのような状態になると考えられます。
 ただし、太陽系の場合、小惑星帯と太陽系の外縁には多数の小天体が存在するゾーンがあります。そこでは多数のさまざまなサイズの天体が、ばらばらの軌道を巡っていて、時々相互作用で軌道が変わることがあります。そして時には弾き飛ばされたものが軌道を変え、太陽の引力に引っ張られて内側に入っていくることがあります。
 そのような天体が、氷でできているものなら彗星(太陽系の外縁)になり、その通ったあとを、地球が横切ると流星群になります。また固体でできているもの(小惑星帯)は、特異小惑星と呼ばれる天体となり、小惑星帯の天体とは区別されるようになります。そのうち、地球の軌道と交差するものは、地球近傍小惑星や地球横断小惑星と呼ばれます。地球の軌道を横切っているとき、たまたま地球がそこにあれば、衝突します。
 天体が十分小さければ、隕石となります。小さな隕石はしょっちゅう落下しています。大きな天体の衝突はめったにありません。例えば10kmを超えるものは、カンブリア紀(5億4100万年前)以降、白亜紀に終わりに一度あっただけです。まあ、1km以下の衝突は何度もあったようですが。
 白亜紀の衝突の場合は、ご存知のように、恐竜などの多くの生物種の絶滅があり、メキシコのユカタン半島にクレーターの存在も明らかになりました。なにより古生物学的証拠として、異変があったことは事前に知られていました。ただし、大絶滅が隕石によるものであることは、1980年代になってからでした。その後、多数の研究者がこの事件に注目して研究をしたので、隕石や衝突の痕跡も多様なものが、地層に残されていることがわかってきました。
 では、もっと古い時代、異変があったかどうかわからない時代に、どこまで隕石の証拠あるのでしょうか。そして見つかった過去の隕石から、何が読み取れるでしょうか。それが今回のシリーズのテーマです。

・台風・
北海道に2つ連続で台風がやってきました。
今週末から月曜日にかけて、台風の上陸の合間に、
台風の近くで調査をしていました。
行きも帰りも大雨の中を移動していました。
幸い調査地では雨が小降りだったり、
一時に晴れ間もありました。
しかし、川は増水し、海は大荒れでした。
今回の調査は天候に恵まれませんでした。

・高湿度の日々・
台風の影響もあるでしょうが、
蒸し暑い日が続きました。
連続して来ているので、
台風一過の爽やかが望めませんでした
ただ夜はなんとか気温が下がるので
高湿度でも耐えれます。
しかし昼間はぐったりしています。
今年の夏は蒸し暑い日がつぎつぎと訪れます。
例年とは少々違っているようです。

2016年8月18日木曜日

5_145 最古の星 4:鉄が決めて

 古い天体を見つけるために、いろいろ工夫がなされています。古い天体を見つけるためには、いくつか手がかり必要です。しかし、一番の問題は年代を決めることです。それが問題です。

 このシリーズのはじめに、最古の星の話題が、今回はふたつあるといいました。前回はひとつ目の報告を紹介して、もともと見つかっていた古いとされてたい星を、観測しなおして計算したら、古い年代になったというものでした。ただし、その誤差は大きものでした。もうひとつは、最も古い天体が見つかったという報告です。これは、イギリスのネイチャー誌に2014年に掲載されものです。
 この星は、SMSS J031300.36-670839.3という標識がつけられているもので、SM0313と略されています。この星の年齢は、約136億年前となりました。宇宙の誕生が138億年前ですから、宇宙の誕生してからたたった2億年程度しかたっていないときに形成された星です。
 宇宙の誕生間もない時期に形成された天体なので、特別な性質をもっているはずです。それは、前回も述べましたが重い元素が少ないというものです。本当に最初の天体は、水素のヘリウムだけから形成されるはずです。これはまだ発見されていない仮説上の星で、前回も紹介した種族IIIとされています。
 種族IIIがあるのなら種族IIも種族Iもあるはずです。種族Iは、私たちの太陽もこれにあたりますが、ごく普通の恒星で、「重い元素」を多く含む天体です。「重い元素」には、ヘリウムより重く鉄よりは軽い「重い元素」という意味と、超新星爆発で形成された金属と呼ばれる元素で、鉄より重い元素が多い「重い元素」の二通りの意味があります。種族Iは、鉄より重い元素が多い「重い元素」を含んでいます。
 種族IIは、IとIIIの中間的な特徴の星になります。重い元素も少し含むのですが、鉄より重い元素はほとんど含まないという星です。ただし、小さな超新星爆発できる鉄より軽い「重い元素」は比較多く含んでいます。また、このタイプの星は、年齢が古いということも特徴となっています。
 古い天体において鉄が重要な元素と考えられます。星が超新星爆発をへて世代交代を繰り返すたびに、鉄の含有量が増えていきます。鉄が少ないほど古い星ということになります。
 さて、SMSS J031300.36-670839.3ことSM0313です。SM0313は、みずへび座にあり、地球からは約6000光年離れている星です。この星を調べると鉄が検出できませんでした。この星には、炭素、マグネシウム、カルシウム、そしてメチリジン(CH)という化合物も検出されました。酸素や窒素は検出されず、鉄も観測装置では検出できないことから、種族IIの星であることがわかります。そしてこれは、古い天体であると推定できます。
 今回調べた装置において、鉄の検出限界は、太陽に含まれる鉄の量のおよそ100万分の1です。この装置で検出できないということは、鉄が太陽の100万分の1以下となります。この量は、今まで見つかっている恒星と比べても、60分の1にも満たない少なさです。そこから年代を推定すると、約136億年前という値を得たわけです。
 でも、天体の年齢の求め方、あるいは精度には、直接求めたもののではなく、いくつかの仮定をおいて求めているため、どうもしっくりこないものがあります。いずれにしても、最古の天体の報告は、精度がまた不確かな部分があるので、宇宙の創生モデルに変更を迫るまでには至っていません。

・スカイマッパー・
今回の発見は、オーストラリアにある
スカイマッパーとよばれる望遠鏡によってなされたものです。
南半球の空を主に調べる装置です。
オーストラリア国立大学の
サイディング・スプリング天文台に設置されています。
スカイマッパーは完全自動化されている装置だそうです。
5年にわたって観測を続けているそうです。
骨の折れる仕事でも、
たんたんと継続しなければならない作業もあります。

・今年のお盆は・
お盆はいかがお過ごしだったでしょうか。
私は、ふだんとかわりなく
いつもの同じような日々を過ごしました。
いや少々、大変でした。
そして、13日には学科の10周年記念式典でした。
卒業生の顔を久しぶりに見ることができました。
懐かしかったです。
この式典は私が主担当だったのですが、
有能な職員が何名も手伝ってくださったので
だいぶ楽でした。
しかし、記念文集は私が編集をするので、
少々大変ですが。

2016年8月11日木曜日

5_144 最古の星 3:メトシェラ恒星

 今回から最古の星の話になります。まずは、一番古い星の話です。その星は昔から見つかっていた星でした。年齢を正確に測定しなおしたら、もっとも古いものになりました。でも、問題もありました。

 最古の星の報告は、2013年にありました。宇宙最古の星は、HD 140283という標識が付いています。しかし、この星は、今回、新たに見つかったものではありません。以前から知られていた星でした。
 HD 140283は、てんびん座に位置する恒星で、地球からは190光年という「近い」ところにあります。主成分はヘリウムと水素からできているので、宇宙の初期にできた天体(種族IIIの星と呼ばれます)であることは確かです。非常に古いと考えられる天体は、「メトシェラ恒星」とも呼ばれています。ちなみに、メトシェラとは、聖書に登場するもっとも長寿の人の名前です。
 HD 140283は、かなり以前から知られていた星だったのですが、最近までその年齢は正確にわかっていませんでした。2000年に、やっと年齢が推定されました。その年齢は、若く見積もっても140億年、古い方の年代では160億年前という値でした。どれほど年齢の幅を考えたとしても、宇宙の誕生の138億年前より古い年代は、明らかに間違いです。それに誤差も大きなものでした。
 ですから、この年齢の見積もりには問題があることは明らかでした。古い星であることは、確かです。正確な測定をすれば、かなり古い年代がでてくるはずです。そこで、正確な観測をするために、ハッブル宇宙望遠鏡を用いて、再度観測をし直しました。
 その方法は一種の三角測量でした。年周視差と呼ばれるもので、「近い」星だけに適用できる方法です。地球が公転しているときの直径を一辺として、それぞれの星の角度を正確に測ります。三角形の一辺とその両側の角度がわかれば、三角形が決定します。両者の角度に違いがあれば、年周視差が見いだせ、その差を利用して、星までの距離も求めることが可能になます。ただし、その角度の違い(年周視差という)は非常に小さいので、「遠く」の星では観測が難しくなります。
 ハッブル望遠鏡を用いた年周視差を測定して再計算した結果、144.6億年±8.0 億年という値になりました。若ければ136.6億年、古ければ152.6億年という幅があります。ハッブル望遠鏡を用いても、なお±8億年という誤差の大きな値でした。この誤差の精度を信じれば、宇宙の誕生が138億年前なので、もっとも古い星の一つであることは確かです。
 しかし、矛盾があります。HD 140283は、最古の星のひとつになりそうなのですが、星の成分を詳しく調べると、問題があります。成分として、水素とヘリウムが主なのですが、量は少ないのですが、金属元素を少し含んでいることがわかっています。金属は超新星爆発で合成される元素です。この星の材料には、超新星爆発した星の元素が混じっていることになります。この星は、本当の第一世代の星、種族IIIではないことになります。
 しかし、本当に種族IIIというものは仮説です。本当に存在するかどうは、わかりません。もしかすると、宇宙創生のシナリオ、あるいは最初の星の誕生のシナリオ、最初の星が水素とヘリウムからできるというモデルなど、今までの仮説を考え直さなければならないかもしれませんね。

・集中できる時間・
北海道は暑い日もあるのですが、
すでにピークは過ぎたようです。
湿度が高いとつらいですが、
湿度が低ければ心地よい夏の日になります。
私は、今週が一番忙しく、いろいろなものに追われています。
ですから、暑いのは一番つらい条件になります。
私の研究室はに向きに窓が全面にあり、
天気のいい日の午後は暑くてたまりません。
早々に逃げ出すしかありません。
ですから、昼過ぎまでが集中できる時間で
大切に使わなければなりません。

・科学の評価・
天文学は、観測技術や装置が日々進歩しており、
宇宙空間からも、地上からも、地下からも
日夜、宇宙の観測努力が続いています。
大きな装置であるので、
底から得られる成果は、
宇宙の神秘や天体の謎を解き明かすことに繋がります。
自分の日常や、社会への貢献とは
まったく関係ない成果が多いと思います。
しかし、だれもがその成果に興味を覚え、
その努力に敬意を払うことができるものではないでしょう。
これが科学の正当な社会的評価ではないでしょうか。

2016年8月4日木曜日

5_143 最古の星 2:宇宙の年齢

 最古の星の年齢が妥当かどうかを知るためには、宇宙の年齢がわからなければなりません。宇宙の年齢は、人工衛星の観測によって、ほぼ確定されました。138億歳、つまり138億年前に宇宙が誕生したのです。

 宇宙の年齢の決め方を紹介してきましょう。まずは、単純に観測で古い天体を見つけます。当然のことながら、最古の天体より宇宙の誕生は以前のはずです。最古の天体の年齢が、宇宙の誕生の下限(もっとも新しい側の年代の限界)を決めることができます。
 天体までの距離が分かれば、天体の正確な明るさが見積もられます。明るさが決まれば、星の内部構造や核融合の理論から、天体の年齢を推定することが可能です。この方法はいろいろな誤差が入ってくる上に、どうして天体までの距離を決めるのかも問題です。もちろん、いろいろな工夫がなされて求められています。
 宇宙の年齢で一番よく用いられるのは、宇宙の膨張の速度から求める方法です。現在銀河同士は、距離に比例して離る速度が大きくなっています。これは宇宙が膨張しているから起こる現象で、宇宙の膨張速度はハッブル定数として表現されます。この膨張のスタート時点が、宇宙の始まりです。ハッブル定数の逆数で求めることができます。ハッブル定数の観測で、精度を上げていけば、宇宙の年齢がより正確にわかってきます。
 もうひとつは、宇宙の密度から求める方法です。宇宙の膨張は、ビックバンのときのエネルギーによるものです。宇宙に内にある物質は万有引力が働くので、宇宙を縮ませる力が働きます。宇宙の全物質量の平均密度がΩとして、Ωが1の時は釣り合い、1より小さければ膨張の力が勝ち、大きければ収縮に転じることになります。ですから、宇宙の物質量を正確に求めれば、Ωの値が決まります。
 ところが、宇宙はもっと複雑な仕組みがあり、宇宙の膨張を加速させる力(宇宙斥力と呼ばれています)があり、その力を生み出すものは、ダークエネルギーと呼ばれ、その実体は未だに不明です。ただし、宇宙の背景放射を正確に観測すること(非等方性)によってダークエネルギーが推定でき、そこから宇宙の年齢を計算できます。現在、背景放射の観測は、COBEやWMAP、Planckなどの人工衛星によって正確に定まってきました。
 まず、COBEは宇宙の背景放射にムラがあることを発見しました。その後、2001年にアメリカ合衆国が打ち上げ、2010年8月まで観測を行ったWMAPによって、137.72±0.59億年という宇宙の年齢が求められました。さらに、欧州宇宙機関(ESA)は、2009年にPlanckを打ち上げ、2013年まで観測した結果、137.98±0.37億年前という値を得ました。138億年前が、現在もっと正確とされる宇宙の年齢となります。
 宇宙の年齢は、かなり正確に決まってきました。これで、準備ができました。では、次回から最古の天体の話題に移っていきましょう。

・予想外・
多数の人工衛星が打ち上げられ、
それぞれが重要な目的、任務をもって運用されています。
それぞれの機体の運用には多数の科学者がかかわり、
得られるデータに一喜一憂しているはずです。
人工衛星のような莫大な費用を投じておこなわれる研究は
成果を得ることが義務付けられています。
これはかなりのプレッシャーになるはずです。
予想に反したデータが出てくればどうなるでしょうか。
人によっては、苦痛に感じることもあるでしょう。
そもそも科学は予想通りにはいかないことも楽しみだったはずです。
予想外だからこそ、新しいものが見つかり、生み出されるはずです。
しかし、巨大科学になってからは
予想外が嫌がられるようになってきたようです。
残念ですね。

・蒸し暑さ・
北海道は蒸し暑い日が続いています。
北海道の人は暑さに弱いので、
暑い上に蒸したりすると
すぐにぐったりとなってしまいます。
私ももう北海道人になりました。
2日ほど蒸し暑い日が続いているので、
ぐったりとしています。
夜も湿度が高いのですが、
気温が下がっているので、
なんとか寝れる状態になっています。
今年は天候が不順で、体調を崩しそうなので
気をつけなければなりませんね。

2016年7月28日木曜日

5_142 最古の星 1:最古の意味

 今回のシリーズは、古い、最古、若い、新たらしい、最近とかいう、新古にかかわる言葉がいろいろできてきます。少々混乱してしまうかもしれませんが、最古の天体の発見にかかわるいくつかの話題を紹介してきます。

 最古の星についての情報を紹介していきます。情報自体は少々古いものになりますが、最古の星にかんして2つのニュースがあります。一つは、2013年の話題で、宇宙最古の星「HD 140283」の年齢を計算しなおしたら、もっとも古い年代になったというものです。ただし、これにもまだ問題がありそうです。もう一つは、最も古い天体「SMSS J032300.36-670929.3」が見つかったという2014年のニュースです。
 この2つの話題を紹介する前に、宇宙の年齢について考えいきます。宇宙の年齢とは、宇宙が誕生したときのことです。現在の宇宙創生のシナリオでは、宇宙がビックバンではじまります。ビックバンにより膨張を続けて、誕生から現在もその膨張は続いています。宇宙創世の超高温高圧の状態から膨張をすると、温度も圧力も低下していきます。3分ほどするといくつ種かの原子核や電子ができます。38万年後に電子が原子核につかまり原子が完成し、宇宙に満ちていたエネルギーの雲が晴れ上がります。そして4億年ほどすると最初の星ができる。というのが、現在の宇宙創生のシナリオです。
 このシナリオによれば、4億年以降、天体が宇宙には存在することになります。存在した天体がすべて観測できるかどうかはわかりませんが、宇宙の年齢より最初の天体は、4億年ほど若いことになるはずです。
 もし最古の星が、宇宙誕生より古い年代となれば、矛盾となります。実は一つ目のニュースが、それに関係しています。観測によって宇宙の誕生と矛盾する値がでてきたら、観測の方の間違いか、ビックバンのモデルの間違いかになります。モデルの間違いも、モデル自体が問題なのか、それともシナリオのどこかに問題があるのか、ということを検討していかなければなりません。
 観測が進めば、最古の天体の年齢は、限りなく宇宙の誕生に近づいていくはずです。でも、最初の天体の年代が、宇宙創生のシナリオに反するものなら、ビックバンのシナリオに対して修正をせまることになります。二つ目のニュースがこれに当たります。
 最古の天体の年齢を決め、それがどのような天体であったかを探っていくことは、宇宙の始まりや、天体の誕生を知る上でも意味で重要性があります。次回は、宇宙の年齢がどれくらいかをみていきましょう。

・夏休み・
北海道も札幌の小学校も夏休みになりました。
我が大学の前期の授業も終わり、
定期試験の期間となりました。
8月4日の定期試験終了後、
学生たちはいよいよ夏休みです。
私は、そうもいきません。
私はお盆明けまで、校務が次々よあり
自分の時間がなかなかとれそうにありません。
8月から9月にかけては、1週間ほど野外調査にでます。
それがリフレッシュできる
数少ないチャンスとなりそうです。

・夜空の星・
夏になると、山や海などにでかける機会も
増えるのではないでしょうか。
そんなとき、夜空を見上げれば、
星いっぱい見えます。
その時の感動はいいものです。
特に街の明かりが少ないことろでは
より一層、星が沢山見えるはずです。
ぜひ味わっていただければと思います。
私はそんな経験が最近すごく減りました。
完全な朝型で過ごしているため、
夜はすぐ寝てしまいます。
さらに、調査に出ても同じよう生活パターンで過ごします。
夜空を見上げる機会はあまりありません。

2016年7月21日木曜日

1_145 第二の月 2:準衛星

 今回報告された第二の月は、衛星ではありません。準衛星と呼ばれています。そもそも衛星とは、あるいは準衛星となんなんでしょうか。今回は第二の月は、どんな天体なのでしょうか。

 今回報告された地球の第二の月は、NASAが発表したものですが、実は「衛星」ではありません。月は衛星のことですから、第二の月であり、衛星ではないというのは、少々矛盾しています。ですから今回の発表では、「準衛星」と呼ばれています。
 準衛星というものには、いくつかの天体があります。準がついているというには、何らかの理由で、真の衛星ではない点があるということになります。
 まず、地球から見て、地球の周りを回っているように見えても、本当は地球の周りを回っていないものもあります。少々複雑なのですが、地球の近くを公転している(地球近傍軌道)天体で、円ではなくつぶれた楕円(離心率が大きいといいます)の軌道をもっているもので、太陽に近いところ(近日点)で地球を追い越し、遠いところ(遠日点)で地球に追い越されるような軌道をとると、地球を回っているようにみえます。このような天体を準衛星と呼ぶことがあります。本当は地球と似た軌道をもった小惑星のことですから、真の衛星とは違います。
 あるいは、一時的に地球の近くを通っているため準衛星となっているものもあります。遠くから飛び込んできた小天体が太陽の引力にとらわれて、やがては太陽から離れていく軌道をとるのですが、一時的に太陽の周りを軌道をずらしながら、周回する天体があります。太陽のこのような準衛星は、2011年現在、15個の準衛星が知られています。これらの準衛星は、数10年から数100年間は、準衛星として振舞う軌道もっていますが、将来は軌道がはずれていくものです。
 もうひとつタイプの準衛星としては、地球の周りを回っているのですが、小さすぎるもの、あるいは離れすぎているため衛星とはいいがたいとものもあります。
 今回見つかったのは、「2016 HO3」という分類名が付けられています。2016 HO3は、直径が約37~91mで、地球にもっとも近づいたときにでも1400万km(月は38万kmほど)にしかならないので、かなり離れています。ただし、地球を回っています。その軌道は、半年は太陽に近づき地球よりも先行して、あと半年太陽から遠ざかり地球より遅れて公転します。また、地球の軌道より傾いているため、1年間に地球の軌道より上がったり下がったりを繰り返すことになります。
 この天体は、ハワイの小惑星探査望遠鏡の「Pan-STARRS 1」で最近見つかったのですが、100年ほど前からこの軌道をまわっていたようです。小さいのでやと見つかったのです。そして、今後も数100年にわたって地球のそばの軌道を回ると考えられています。安定した軌道を持っているようです。
 このような特徴から、真の衛星ではなく準衛星と呼ばれることになります。蛇足ですが、地球にぶつかるような軌道にはないということです。ご安心ください。

・蒸し暑さ・
北海道も7月になって暑くなりました。
ただし、天気が悪い日は、蒸し暑く、
まるで梅雨のような不快さがあります。
でも、本州の梅雨と比べれば、涼しい、
過ごしやすいといわれそうですが、
北海道の人間にとっては、
ぐったりとしてしまう天候なのです。
ただし、天気がよくなり
湿度が下がってくれば最高なのですが。

・夏休み・
小・中・高校は、いよいよ夏休みに入るのでしょう。
大学も今週から来週の講義で前期が終わります。
ただし、そのあと定期試験の期間となります。
8月の上旬まで定期試験が続きます。
いつも思うのですが、
なぜ一番暑い時に定期試験をするのか、
暑いから夏休みではないのか。
北海道では、7月下旬から8月上旬が一番暑い時期です。
お盆以降は涼しくなります。
ですから、7月の一月を夏休みにするのが、
一番本来の夏休みの意義を満たすと思うのですが。
まあ、現状と慣習の不一致は
どこにでも転がっているのでしょうが。

2016年7月14日木曜日

1_144 第二の月 1:月もいろいろ

 前回の「地球の歴史」のシリーズは月の新しい起源の説を紹介しました。今回も続いて、月について話題です。「第二の月」が発見されたという話題です。しかし、第二の月は少々注意が必要なようです。

 地球には異常に大きな月がありました。実は、他にもうひとつ「月」が見つかった、という報告が今年の4月27日にありました。「2016HO3」という名称で呼ばれる「月」が公表されました。
 新たに見つかった2016HO3は、地球の周りを回る軌道を持っているのですが、いくつか注意が必要なようです。軌道とサイズが、衛星というには少々問題がありそうなのです。
 一気に新しい月の話題に入る前に、まずは月について、概要を紹介しておきましょう。
 「月」というと、地球の衛星のことを指します。地球には衛星は1つですが、同じように岩石からできている水星と金星にはなく、火星には小さいものが2つあります。一方、大きなガス惑星の木星には67個、土星には少なくとも62個、そのうち53個には正式名称があります。氷惑星である天王星には27個、海王星には14個あります。さらに準惑星になった冥王星にも1つ衛星があります。
 月や火星の惑星は岩石できていますが、ガス惑星や氷惑星の衛星は氷を主成分としているようです。
 1610年、ガリレオが望遠鏡で木星の4つ衛星を発見してから、望遠鏡で観測することで、衛星が多数発見されてきました。現在では探査機が惑星に近づいた時に、新たな惑星がいくつもみつかってきました。観測が進むと、衛星にもいろいろな個性があることがわかってきました。今後も新たな探査があると、衛星が見つかっていくことでしょう。
 このように多数の、そして多様な衛星があるのですが、惑星の特徴によって衛星のタイプも違ってくるようです。
 一般的には、比較的小さな(岩石)惑星には衛星がないか小さいものが1、2個あり、大きな(ガス、氷)惑星には多数の衛星がある、といえます。この一般論からいうと、地球はあるいは月は例外になります。それは、母星となる惑星に対して、衛星の月のサイズが異常に大きい点です。月の起源については前回のシリーズ「月の新起源説」で紹介しました。地球の月の起源が、他の衛星の起源と同じものかどうかは不明です。
 そもそも衛星とは、なにか、からはじめましょう。なぜなら今回報告された新衛星は、その定義から外れるからです。
 衛星は、惑星の周りを公転する天体のことをいいます。もちろん、惑星は太陽の周りを公転していますので、衛星も太陽の周りも惑星に伴ってまわっています。これは前提条件になりますが、他にもいろいろ区別すべき条件があります。
 まず、人間のつくったものは人工衛星といい、自然の衛星とは区別しています。サイズも問題です。人工衛星は小さいものも衛星と呼んでいますが、自然の衛星は、小さいものは衛星にしていません。なぜなら、ガス惑星には無数のさまざまなサイズの氷や岩石の母惑星をめぐる「衛星」があるからです。一定の大きさ以上のものを衛星と呼ぶことになります。ただし、衛星の大きさにかんする定義はないようです。
 次回は、いよいよ新しい月の概要を紹介していきましょう。

・涼しい日々・
先日京都に住んでいる母から、
37℃もあって暑いという連絡がありました。
本州は暑い日が続いているようですが、
北海道は比較的涼しい日が続いています。
昼間は窓を開けますが、
朝夕は窓を閉めなければ風邪をひきそうです。
また今年の夏は、日照時間も少ないようで、
農家は大変になりそうです。
しかし、暑さに弱い私には、こんな北海道は快適です。

・参議院選・
前日、参議院選挙がありました。
我が家では長男が初めての投票になりました。
あまり興味はなさそうでしたが、
親がいくので、一緒に行くことにしていました。
投票に行くとなって、選挙公報をみて、
いろいろ考えていました。
どこにだれに投票したかは知りませんが
国政に関して、政治家を選ぶということ、
自分の一票の軽さと重さについてなど
いろいろ考えたことだと思います。
次男はまだ投票権はないのですが、興味がありそうです。
高校生全員に投票権を与えて欲しいといっていましたが、
どこまで深く考えているかはわかりませんが。

2016年7月7日木曜日

6_139 STAP細胞 3:特許申請

 STAP細胞のシリーズの最後となります。春にもうひとつ、興味深いニュースが流れていました。日本のSTAP騒動の裏で、STAP細胞の存在を前提とした、あるいは期待して、進められていたものでした。

 STAP細胞の存在の可能性が、ドイツで新たに示されたことを、このシリーズでは紹介してきました。もうひとつのニュースが、似た時期にありました。STAP細胞の日本での事件をあったとき、ひとつのグループがSTAP細胞の存在、存在した可能性を前提にして、ある手続きが進んでいました。
 アメリカのハーバード大学の附属病院が作成方法に対して、特許を出願していました。ハーバード大学は、特許出願を、アメリカはもとより、カナダ、EPO(欧州特許庁)、オーストラリアなど世界各地でおこなっているようです。特許の更新料や維持料も、支払われているとのことです。
 ハーバード大学は、小保方氏がアメリカで研究をおこなっていた大学です。一番STAP細胞の可能性を知っている組織でもあるはずです。小保方さんのSTAP細胞の論文では、小保方さんが担当した実験の方法には「オレンジジュース程の酸性の液に細胞を浸すと細胞が初期化する」というニュースになったものだけでなく、他にもいろいろな手法が示されていました。特許には、それらの多様な方法を広く申請しているといいます。STAP化の可能性があるすべてを方法に対して、広く特許としておさえているということです。多くの手間や費用をかけて特許を、申請し維持するということは、STAP細胞の存在を前提としているように思えます。
 前回まで紹介したSTAP細胞成功の論文は、2016年3月10日に報告されました。その約一月後の2016年4月22日に、日本でも出願審査の請求がハーバード大学から提出されています。一説によると出願に必要な費用は、1000万円ほどもかけているともいわれています。そこに「本気」さを感じます。
 もし特許が認定されると、出願後20年間は、その国での工業的な独占権を、ハーバード大学が持つことなります。そしてSTAP細胞の実用化がすすめば、巨万の利益を生み出すことも確かです。STAP現象が本当に起こるかどうかは、今後の科学が検証していくことでしょう。科学も人が行うものなので、そこには何やらドロドロしたものがあるようです。
 私たち当事者ではないものにとっては、iPS細胞やSTAP細胞のような技術がすすむと、再生医療などの医学の新天地を拓くことには理解できます。そこには大きな利権が生じることも。
 医学の中身についてはよくわかりませんが、このような事件にはついつい興味が惹かれますね。

・快晴と寒空・
今年も半年が過ぎ、暑いはずの7月になっていますが。
北海道は、なかなか暑い日差しが戻ってきません。
曇りの日は肌寒いくらいです。
天候不順が続いています。
日照時間も少ないようです。
快晴の日、北国特有の快晴の青空は
ものすごく快適でありがたいものと感じます。
そんな繰り返しが続く天候です。

・ドロドロ・
理研や早稲田大学は、小保方さんに
ハーバード大学時代におこなった実験にかんする
実験のノートやデータを提出を要求しましたが、
それらは提出されませんでした。
実は、本当にSTAP現象があったとすると、
そのノートに重要なノーハウがあったのかもしれません。
少なくとも特許をおさえる時の根拠となっているはずです。
特許の審査には、この実験ノートが
信憑性を示すデータになっているのかもしれません。
重要な根拠資料なとなれば、公開はできないはずです。
偽造に対する隠蔽ではなく、
特許がらみの秘密だったのかもしれません。
ひとつ出来事も裏からみると全く違った見え方がします。

2016年6月30日木曜日

6_138 STAP細胞 2:条件変更

 STAP現象が起こったという新たな報告を見て、どのような視線で研究をみるかが大切だと思いました。功を焦って虚偽に走るか、素直に愚鈍に納得するまで実験を続けるか、他人の失敗を利用するとか、いろいろな行動があるようです。

 前回、STAP細胞に関する新しい報告があった、ということを紹介しました。この報告では、ある種のガン細胞(ヒト急性白血病T細胞)をある条件にしたら、万能性を持った、つまりSTAP現象(万能細胞化)がおこったというものでした。
 報告したハイデルベルク大学の研究グループは、なんらかのSTAP現象がおこったのであろうという前提に立って研究を進めようです。小保方氏のSTAP細胞の論文は撤回されましたが、それはSTAP現象がなかったということを意味しないと、彼らは考えたのです。もしSTAP現象が起こるのであれば、ガン研究や再生医療などに大きな可能性を秘めています。つまり、成功すれば大きな成果が期待できるのです。
 彼らの要領の良かったところは、すでに報告されている成果を利用した点です。小保方さんとハーバード大学の手法、また小保方さんの方法を理化学研究所が膨大な費用と人材をかけておこなった再現実験を有効に利用しました。そこからすでにわかっていた問題だけを抽出し、その問題点だけを突破する実験をしたのです。小保方さんらが使用していた液(緩衝液)が、充分に機能(緩衝能)していなかったので、その点を改良すれば成功する可能性が高いと考えました。
 独自に修正した酸性ストレスをかける方法(pH3.3という条件)で処理をした結果、STAP現象が起こったのです。ある種の細胞に死にそうなストレスがかかると、万能性を獲得するか死ぬかような極端な状態になるようです。細胞は万能性と死の境界をさまようことになります。何がその原因なのかという点が、今後の重要なテーマになります。
 もちろん、これからも手法やSTAP現象の再現性や再現率などの課題があるかと思います。小保方さんの手続きや報告の方法に問題が合ったのかもしれませんが、そもそもSTAP現象があるのかないのか、という一番根本的な点で「ある」と信じて研究を進めました。
 日本の世論は、小保方さんスキャンダルばかりに眼を向けていたような気がします。そもそもSTAP現象があるのかないのか、小保方さんは「STAP細胞はあります」の公言していました。しかしマスコミに踊らされて、もしそれが本当であったらという立場で、STAP現象を見なくなっていました。
 私は小保方さんという人は全く知りません。しかし、科学に携わる人は、根本的には好奇心にかられて研究をしている信じています。もし今までにない現象を見つけたら、それが本当かどうか、間違いではないかを自身で確認していくはずです。そして確認できれば、現象の存在を確信するはずです。
 もしその後、再現しなくなっても、最初の確信があったら、なんとか再現をさせようとするはずです。その点でもしかすると小保方さんは功を焦ったのかもしれません。もしそうなら小保方さんは反省すべきでしょう。しかし根本であるSTAP現象があったかどうか、の点は、ハイデルベルク大学の研究グループは信じたのです。そのが今回の報告となっていったようです。
 以前、私はエッセイで書きました。「もし、最初の痕跡が本当で、それを捉える試みが、今回の事件でタブーになったら、人類は大きな金脈を見過ごす可能性があります」と。

・発見のきっかけ・
科学の大発見のきっかけは、いろいろです。
私は、以前ある実験しているとき、
誤差(汚染程度)がどの程度あるかを調べていて、
ものすごくいいデータが出てきたので驚いたことがありました。
データは正しかったのですが、原因を追求しました。
すると原因は、学会発表の準備で
実験室の人の出入りが少なくっていたため
実験室が清浄な条件が出現したのです。
そのような状況があったので
原因を簡単に気付きました。
現象には、なにかの要因が働いて、
ある特別な条件が出現することが起こりえます。
原因がわかれば、その条件を利用、
改善すればいいのですが、
そこいたるまで、非常に労力を使うこともあります。
小保方さんは、それを端折ったのかもしれませんね。

・天候不順・
北海道は、先週末には大荒れで、
寒いほどの天気でした。
その後は、心地よい初夏の天候となりました。
北国の突き抜けるような青空が心地いいです。
ただし週末はまた天気がよくないようです。
今シーズンは、これまで天候不順で日照時間は少なく、
晴れの日も少ないという予測もでているようです。
どんな夏になるかが心配です。
ですから、今の青空を心ゆくまで味わっていきましょう。

2016年6月23日木曜日

6_137 STAP細胞 1:その後

 最近、STAP細胞について、いくつかのニュースがありました。しかし、日本のメディアでは、なぜか全く話題になりませんでした。少々不思議な気がします。ですから私の専門ではないのですが、あえてSTAP細胞の話題を取り上げたいと思います。

 STAP細胞の事件は、2014年1月、イギリスの一流科学雑誌「ネイチャー」に掲載された論文が発端になります。その合成率や機能などすごい成果で、今後の展開がだれもが期待できるようなものでした。その上、研究中心となった小保方さんは若い女性でキャラクターもメディア受けしたので、一気に話題の人物になりました。
 一方、STAP細胞の研究をフォローしていた研究者間では、論文の画像などに不正や捏造などの疑いがあることがささやかれていました。やがてそれが公になり、メディアも取り上げ、小保方さんはヒロインから一変でしたスキャンダルの中心人物になりました。
 メディアに促されるようにして、理研がSTAP細胞の再現実験したところ、STAP現象は、再現できませんでした。また小保方さんのいくつかの論文において、捏造、剽窃などがあったことなども明らかになりました。その結果、小保方さんは、社会的にひどい制裁を受けることになります。
 2014年末、私は、「6_125 2014年を振り返る:STAP細胞はなんだったのか」というエッセイを書きました。「小保方さんも、なんらかの漠たる証拠をとらえたのではないでしょうか」として、本当は最初の段階でSTAP現象があったのではないかとも書きました。
 2016年1月に小保方晴子さんの著書「あの日」が出版されました。私は読んでいないので、内容についてコメントは差し控えます。この著書については、一部マスコミがとりあげましたが、あまり大きな話題にはなりませんでした。
 一時の過剰なマスコミに反応により、日本ではSTAP細胞に関する研究については、アレルギーやタブー視されているようです。研究成果があったとしても、ほとんど報道されなくなりました。
 そんな中、STAP細胞で最近重要な成果がありました。2016年3月10日に、ドイツのハイデルベルク大学の研究グループが、STAP細胞について論文を発表しました。タイトルは、
Modified STAP conditions facilitate bivalent fate decision between pluripotency and apoptosis in Jurkat T-lymphocytes
(修正されたSTAP条件がジャーカット T Tリンパ球における多能性とアポトーシスに二極化した運命的決定を促進する)
というものでした。
 ジャーカット T リンパ球とは、ヒトの白血病T細胞のことで、一種のガン細胞です。多能性とは、将来どんな細胞にでもなれる能力のことで、万能性もった細胞、STAP細胞と呼ばれるものです。アポトーシス(apoptosis)とは、より良い状態に保つために積極的に起こる自滅的な細胞の死のことです。
 この研究によると、ある条件(STAP条件と呼んでいる)にすると、細胞は死んでしまうものもあるが、多能性をもつものもできるということです。つまり、STAP現象があったということを報告したのです。
 この報告には、いろいろ考えさせれられることがありました。それは次回としましょう。

・天候不順・
北海道は、天気が悪く肌寒い日々が続いていました。
ここ数日、やっと暖かくなってきました。
この時期に天気がよくなると、
エゾハルゼミがいっせいに鳴き出します。
エゾハルゼミミの大合唱が北海道の初夏の風物です。
今年のエルニーニョの影響が
まだ残っているのでしょうか。
少々不安定な天候が続いています。
夏は暑くなるのでしょうかね。

・教員採用試験・
教員を目指す学生は、
今週末が北海道や札幌の教員採用試験があります。
そのため、4年生は落ち着かない日々を過ごしています。
現役生は、筆記でなんとか合格を勝ち得ることが
最初の一歩になります。
2次試験は努力も必要ですが、
経験も問われるので、
現役生にはなかなか難しくなります。

2016年6月16日木曜日

5_141 太陽系外物質 4:超新星のシャワー

 これまで太陽系外の物資について、いくつかの報告事例を紹介してきました。今回紹介するのは、今年春の最新情報です。太陽系外の物質の発見でも、素性や年代などが、かなり限定されたものでした。

 このシリーズの最後は、2016年4月7日付のイギリスの科学雑誌ネイチャーで、ワルナーたち(Wallnerほか)報告した、太陽系外物質の発見についてです。報告は最新のものなのですが、現象が起こった時期は、古いものでした。物質が由来した現象が、なかり限定されたものでしたので、重要性があります。
 報告は、太陽系の近くで起こった超新星爆発の痕跡を発見したというものです。この報告の解説では、地球が超新星爆発によるシャワーを浴びたと表現しています。ただし、太陽系外物質を見つけて分析したというわけでありません。物質を限定しないまま、ある元素を見出し、超新星の痕跡を見つけているのです。多分、何らかの物質として飛来したのでしょうが、物質を分離することなく元素の分析だけされました。
 60Feという放射性核種があります。この60Feの半減期は260万年なので、もともとの太陽系の素材にもあったかもしれない核種ですが、今ではすべて崩壊してなくなっています。つまり、地球では存在しない核種になっています。もし地球のいずれかの物質から発見されれば、それは「最近」飛来したことになります。
 60Feが形成されるような現象は、宇宙空間では超新星爆発です。このような超新星爆発は、確率的には地球近傍、約100パーセク(300光年ほど)内では、100年に2回ほど起こる比較的頻発する現象だと考えられています。超新星爆発で60Feが合成され、なんらかの粒子(著者らは星間粒子を想定しています)として、太陽系、そして地球に飛来したと考えています。
 この60Feの半減期は260万年で、現在の分析精度では1000万年前くらいのものまでなら検出できます。そこで、ワルナーたちは深海底の堆積物の60Feの分析をしていき、検出に成功しました。60Feが見つかった地層の年代は、150~320万年前と650万~870万年前でした。その時代に超新星爆発があったこと、なおかつ何度も起こっていることが、実証されたのです。
 天文学から超新星爆発の確率は推定されていて、実際に超新星爆発という現象も、歴史時代から近年まで、何度も確認され観察もされています。ですから超新星爆発が現実に起こっていることは、みんな知ってはいます。でもあまりに遠くの出来事なので、なかなか実感することができない現象でもあります。そもそも超新星爆発という現象で、物質として地球にまで到達するのかどうか、まして検出できるものが地球に存在するのかどうはだれも調べていませんでした。それを今回の報告が実証したのです。
 地球、あるいは太陽系は、やはり銀河の一員であり、隣近所からの影響を、現在も受け続けていることを、再確認させてくれる報告でした。

・銀河の一員・
今回、着目されたのは、放射性元素でした。
半減期が短かれば
地球にもともとあったものの影響(汚染)は除けます。
同様の発想をすれば、
もっと他の元素でも同様の痕跡を発見できるはずです。
核種を用いれば、多様な超新星爆発などの現象を
見出することもできるかもしれません。
そんなチャレンジをする研究者もきっといることと思います。
そしてそんな報告が増えれば、
地球は銀河の一員で、近隣の天体との関係が
過去から現在、そして未来に渡って続いていることが
もっと鮮明に描かれることでしょうね。

・出張続き・
6月から7月の頭まで、出張が続きます。
1泊のものもありますが、
日帰りの出張も多く、体力的には疲れます。
長短いれれば、毎週どこかに出ています。
今週は2回あります。
肉体的な疲れは寝れば治まります。
でも、精神的疲れはなかなか抜けません。
ですから私は出張は気分転換でもあると
割り切って出張しています。
もちろん手抜きをするという意味ではありませんよ。

2016年6月9日木曜日

5_140 太陽系外物質 3:スターダスト

 太陽系外からの物質が、かなり以前から隕石から見つかっていたことは、前回紹介しました。今回は、新たな場所から太陽系外粒子が見つかったという報告です。これまでも、そしてこれからも長い時間をかけて研究されます。

 昔におこなわれプロジェクトの成果が、かなり後になって成果として報告されることが時々あります。今回紹介するものも、長い時間をかけてでてきた成果です。
 1999年に打ち上げられた無人探査機「スターダスト」がというものがあります。スターダストは、彗星(ヴィルト第2彗星)の尾の中に入りこんで、観測するというものです。そのとき観測だけでなく、試料を採取することも目的としていました。さらに、太陽系の星間にただよっている物質も採取するプロジェクトもおこなわれました。
 採取容器は、アルミホイルとシリカエアロゲルでできており、アルミホイルにぶつけシリカエアロゲルで停めて採るという仕組みです。問題は試料をいかにして地球に送り返すかですが、2006年1月15日に試料を入れたカプセルが、無事アメリカのユタ州のグレートソルトレーク砂漠に無事、着陸し回収されました。すごい高速での突入だったので、大気との摩擦でカプセルは火球になり、衝撃波も発生したのですが、少々風に流されましたが、ほぼ予定通りの位置に落下しました。すごい技術でした。
 届いた試料は、岩石の主成分(カンラン石、不明の珪酸塩、集合物)やアミノ酸の一種(グリシン)などがあったことはすでに報告されていたのですが、長年分析が続けられて、2014年8月15日にその結果がサイエンス誌に多数の共同研究者の連名で報告されました。
 50個以上の試料が採取されました。他にも、微小の粒子がぶつかった痕跡があったのですが、高速すぎたので収集容器内で蒸発したと考えられものがあります。しかし、ホイルの中には、まだ微小の粒子が残っているかもしれないと考え、今後も探していくとのことです。
 見つかった試料の内、7つは太陽系外から飛んできた可能性があるものだということです。見つかった7つのうち4つは、直径1μmにも満たない微小なものなのですが、そのうち3つには太陽系の星間物質には存在しないと考えらるイオウ化合物を含んでいました。これらは太陽系ができる数百万年前におこった超新星爆発によって形成されたものではないかと考えられています。
 7つのうち3つの粒子には、大きいものから「Orion」と「Hylabrook」、「Sorok」と名付けられたものがあります。いろいろな分析がなされているのでが、その量は、4から3ピコグラム(pg)です。ピコはマイクロ1000分の1のことなので、非常に微量だということです。それでも分析して成分を割り出しています。すごい技術だと思います。
 微小のものでは酸素同位体まで測定されていますが、大きな粒子についてはこれからの分析んなります。貴重な試料は、なくならない限り、さまざまな研究素材になります。ですから、最初の非破壊の分析で、データをとりつくしたら、消費、破壊する分析へと進みます。酸素などの微量成分では試料を蒸発させて使用していきますので、分析に用いたものは消滅します。
 眺めるだけでは、答えは得られません。勇気をもって分析をする必要があります。結果に期待しましょう。

・プレッシャー・
長年、化学分析に携わっていると
非常に貴重な資料を分析をするという
経験をすることがあります。
どんなに慣れ親しんでいる分析であっても、
それなりに緊張します。
慎重の上にも慎重におこないます。
私も、数週間かけて分離した貴重な鉱物が
一回の分析量しかないことがありました。
その分析は、失敗すると
今までの苦労がすべて水泡に化すという状況でしたが
幸いにも成功に終わりました。
私の場合は失敗しても、自分の苦労が無駄になるだけなのです。
今回のような試料は、巨額の国家予算を投じて得たものが
一度しか使えないのです。
それを、ひとり、あるいは数人の研究者に託されるのです。
託された研究者は、失敗ができないという
プレッシャーはいかほどのものでしょうか。
その先には大発見があるかもしれませんね。

・エゾハルゼミ・
今、エゾハルゼミがけたたましく鳴いています。
エゾの名称がついていますが、
本州から九州まで広く分布しているそうです。
本州にいる時は気にしていなかったのですが、
北海道では、街の近くでもけたたましく鳴きます。
最初に鳴くセミなので、かなり目立ちます。
音の風物としては、早朝にカッコウの鳴き声も
聞こえることがあり、なかなかいいものです。
そんな鳴き声が、北海道の初夏の風物詩となっています。
初夏といえば、YOSAKOIソーランです。
8日からはじまりました。

2016年6月2日木曜日

5_139 太陽系外物質 2:プレソーラーグレイン

 太陽系外物質は、かなり古くに発見されています。しかし、実際にその物質が太陽系外ものであり、その実態が明らかにされるのには、少々時間が必要になります。今回は最初の太陽系外物質となったプレソーラーグレインを紹介します。

 太陽系外からの物質の可能性は、1960年代には指摘されていましたが、1972年のシカゴ大学のクレイトン(Claytonほか)が、分析してアメリカのサイエンス誌に掲載されたものが、確たる地球外物質の発見となります。その後、1990年代になってからその実態が詳しく報告されてきました。
 その地球外物質がみつかったのは、ある種の隕石(炭素質コンドライトというタイプ)からでした。地球外物質は、プレソーラーグレイン(presolar grain)と呼ばれるもので、太陽系(ソーラー)ができる前(プレ)の粒子(グレイン)という意味です。以前にも、「1_25 プレソーラーグレイン」(2003年8月28日)のエッセイで紹介したことがあります。
 太陽系はできた直後に多くの粒子がいったん溶融するような高温の状態になり、太陽系の素材となった物質が均質化され、太陽系ブレンドができました。しかし、そんな条件の中でも、溶けることなく生き残った粒子がありました。それがプレソーラーグレインとなります。
 通常の隕石は、太陽系の高温時にとけた物質が、結晶化したものが集まってできています。高温のものから結晶化していき、隕石中に各種の鉱物の組み合わさった塊(コンドリュールと呼ばれている)が含まれています。そしてその周囲に最後まで結晶化しなかったような物質が集まり、隕石となっています。このような最後に集まった基質の部分は、マトリックスと呼ばれています。これらのいろいろな段階に形成されたものから、隕石の形成過程を知ることができます。
 では、プレソーラーグレインはどこに存在するのでしょうか。最後まで小さな粒として存在したようで、隕石ができたとき周辺の細かな物質が集まった基質の中から発見されました。
 最初は3つの種類の鉱物が発見されました。炭化珪素(シリコンカーバイト、SiC)、ダイヤモンド(Diamond、C)、そしてグラファイト(Graphite、C)でした。その後、新たにコランダム(Al2O3)や炭化チタン(TiC)なども発見されてきました。非常に小さな鉱物で、数μmから数nm(ナノメートル)くらいしかありません。プレソーラーグレインが地球外の成分であることは。酸素(O)の同位体以外にも、キセノン(Xe)、ネオン(Ne)、炭素(C)、窒素(N)、けい素(Si)など、いろいろな元素で異常が見つかっていることから、検証されました。
 プレソーラーグレインは、太陽系の材料が、どのようなものから由来しているかを知るためには重要な情報になります。プレソーラーグレインからは、多様な星の終末の状態のものが見出されました。ひとつの起源ではなく、どうも太陽系の材料は、いろいろなものが混在していたようです。
 小さな粒子ですが、分析技術が進んできているので、「もの」さえあれば、かなり詳しく分析が可能となってきました。ですから、まずは探すための目的意識からスタートして、そして実際に「ものを見つける」努力と幸運さも必要なのようです。知恵と幸運の両者がそろって、はじめて成功を納めることができるのですね。

・結びついた思い出・
私が博物館にいたときプレソーラーグレインを展示に使うために
クレイトンと共同研究者でもあった、
甘利さんと連絡をとりました。
プレソーラーグレインは顕微鏡や電子顕微鏡でし見えない、
非常に貴重な資料です。
甘利さんは、快く電子顕微鏡の写真を提供いただきました。
私は、小さいので直接プレソーラーグレインを
見たことはないのですが、
プレソーラーグレインのことを考える時はいつも
会ったこともないのですが、
なぜか甘利さんのことを思い出してしまいます。

・心地よい季節・
いよいよ6月です。
北海道は5月中旬から一気に春から初夏になり
心地よい青空が広がります。
早朝の畑の中を歩いてくるのですが、
そんな快晴の日は、本当に心地よくなります。
北海道に住んでよかったと思える季節です。
先週末同窓会で支笏湖畔の温泉に一泊しました。
両日とも雲ひとつない快晴で、
高原のカルデラ湖ごしに見る山並み、
そんな景色が一番のごちそうでしたが、
もちろん、40年ぶりの同窓生のと邂逅も
勝るとも劣らない感動でしたが。

2016年5月26日木曜日

5_138 太陽系外物質 1:不均質

 ケプラー衛星は、多数の系外惑星の発見で、大きな成果を上げました。その中でも重要なのは、太陽系の形成シナリオも見直しだと、私は考えています。完成していたかに見えたシナリオが、この成果によって御破算になりました。研究者にとっては楽しい時でもあるはずです。

 前にも紹介したのですが、ケプラー衛星は、太陽系外の惑星系、中でも地球型惑星を探すという目的で打ち上げられました。2016年5月11日、NASAは、約15万個の恒星を観測した結果、惑星であることが2325個で確定したことを発表しました。解析が進めば、多分今後も数は増えていくことでしょう。
 ケプラー衛星の示した惑星の姿は、非常に多様なものでした。私たちの太陽系は、もしかすると少数派かもしれないという可能性もでてきました。いずれにしても、私たちの太陽系の形成プロセスも見直す必要がでてきました。その内容については別の機会として、今回は太陽系外からもたらされた物質についてです。
 私たちの太陽系の惑星形成のシナリオは、これから二転三転していくことでしょうが、変えることができない条件(束縛条件と呼ばれます)があります。それは、現在の太陽系で観測される結果がその主なものです。惑星ごとの位置や特徴、または太陽系の化学組成についてもいえることがあります。
 太陽系をつくった物質は、宇宙空間に漂っていたもので、不思議なことなのですがは均されて一定の値を持っていることがわかっています。地球では非常の均質な値を持つことが確かめられています。また地球の岩石だけでなく、月の岩石、隕石や惑星間塵などの分析からも均質性が確かめられています。特に、主要な元素の同位体組成は、極めて一様なことが知られています。同位体組成は非常に有効で、多くの物質で起源の探求に利用されています。
 その均質性の原因は、太陽系形成論の中で説明されるべきです。現在、太陽系形成論の見直しがなされているので、今後どうなるかは予断が許されません。これまで考えられてきたモデルがありますので、その紹介をしましょう。
 太陽系形成の初期には、高温の状態がありました。ほとんどガスでしか存在できないほど高温で、その時、激しく混ぜられる状態があったと考えられています。つまり原子レベルでブレンドおこなわれ、非常に均質になったと考えられています。その均質な太陽系ブレンドのガスが冷えてくると、そこからできる固体物質は、たとえ鉱物ごとに化学組成は違ったものになっていても、同位体組成には違いが生じないということになります。これで、均質性の説明とされています。
 もし均質性をもっている太陽系物質の中で、ある物質だけが不均質な同位体組成を持つものがあったとしたら、どうなるでしょうか。それがどうして形成されたか、あるいはどこから来たかを考える必要があります。通常は均質ですから、惑星や天体内であれば、なにかの特別な作用を想定しなければなりませんし、惑星空間の物質であれば、上のブレンドモデルを変更したり、別のできからを考える必要があります
 最近、いくつかの物資で不均質なものが見つかってきました。まず隕石の中から、そして惑星空間にあった物資からです。隕石の中のものは比較的前から見つかっています。まず、プレソーラーグレインと呼ばれるものと、CAIと呼ばれるものです。最近では無人探査機から得られた惑星空間の粒子でも見つかりました。
 次回から、その概要を紹介していきましょう。

・ライラック・
先日末に、札幌の大通り公園で行われている
ライラック祭りにでかけました。
予想通り、多くの人出でした。
その日は非常にいい天気で、
日向を歩いていると、
暑さでぐったりしてしまうような陽気でした。
街の温度計をみると25℃でした。
北海道の人は、この温度でもぐったりしてしまいます。
疲れて木陰で休む人も多数いました。
木陰に入ると、北海道は湿度が低いので
ひんやりとして気持ちがいい涼しさです。
暑さと涼しさを味わいながら
満開のライラックを楽しみました。

・同窓会・
5月下旬から7月にかけては、
でかけることが多くなります。
今週末は同窓会があり、泊まりとなります。
この同窓会は大学時代の学生寮の集まりで
すべての人が私にとっては40年ぶりの再会になります。
ほとんど姿形がわからない人ばかりになっていることだと思いますが、
会えば懐かしく思い出すことでしょう。
何人か旧友の名前も見かけました。
あまり飲み過ぎないようにしないといけませんが。

2016年5月19日木曜日

3_153 マントルの内部構造 6:現在の課題

 このシリーズでは、従来の考えと新しい考えを合わせて紹介するようにしてきました。新しい考えは最新の根拠に基づいて提案されています。それらはいずれも、実証されて研究者全員の合意を得ているわけではありませんので、別の考えもあります。シリーズの最後に、総合的な現状の課題を紹介しておきましょう。

 地球深部のマントルの内部構造を中心に紹介してきました。その時、従来の考えと、新しい説もいくつか紹介してきました。どの説も一理ありましたが、それぞれに弱点もありそうです。まだまだ地球深部は、情報不足の状態のようです。
 東京工業大学の岩森光さんが、今年、マントルの現状を概観しています。「マントル対流と全地球ダイナミクス」という総説(その分野を総括するような論文)で、現状の課題として、以下の3つを挙げています。
・プレートの実体とその運動の原動力と応力分布
・マントル対流の大局的構造(2層対流か全マントル対流か)
・コアとマントルの相互作用
 一つ目は、今回のシリーズで紹介していないことを述べています。プレートが運動していることは、多数の傍証と実測がされているため検証されています。しかし、地殻からマントルのどこまで移動するプレートなか、海洋プレートではだいぶわかってきているのですが、列島や大陸地域では、必ずしも充分わかっていません。また、プレートがなぜ動いくのか(原動力)ということに関しては、有力な説はありますが、まだ実証はされていません。またプレート内で地域や状態にによって、どのような力かかっているのか(応力分布)も必ずしもよくわかっていません。
 2つ目は、プレートテクトニクスを取り込んだプルームテクトニクスと呼ばれるものがあります。これは今回紹介した、スーパーホットプルームを上昇流とし、コールドプルームを下降流とする大きな対流(全マントル対流)による熱運搬を考えるのがプルームテクトニクスです。プルームテクトニクスはまだ仮説であり、細部には議論の余地があります。その対案として、上部マントルと下部マントルがそれぞれ別の対流をしていると考える2層対流があります。そのどちらかは本当かは、まだ決着を見ていないということです。
 3つ目は、このエッセイでも紹介したのですが、核と、D"や下部マントルは熱のやり取りをしているのはいいのですが、熱以外になにがやり取りをしているのかということです。それを相互作用と呼んでいますが、どのようなことが起こっているのかが、まだわかっていないのです。
 科学者は、基本的に謙虚で慎重です。論文では結論として大胆な仮説を述べることがあります。その仮説が成立するための前提条件や適用の限定は、論文ではしつこく述べています。でも、大胆な仮説だけが一人歩きすることがよくあります。これは科学だけの話ではなく、いろいろなところで起こっている現象ですので、注意が必要となります。

・総説・
金森さんの総説はマントル対流と
そこから導かれる全地球の仕組み(ダイナミクス)
について、まとめられています。
22ページに及ぶ大部の総説です。
いろいろな専門的な議論がなされています。
なかなか参考になります。
総説とは、その分野に詳しい専門家が、
自分の考えより、現状のまとめや課題を整理している論文です。
ですから、総説は非常に役に立つ重要なものとなります。

・ライラック祭り・
北海道の春から初夏を告げる
ライラック祭りがはじまります。
なかなか行く機会がないのですが、
通勤の道にもライラックがあります。
淡い紫の可憐な花だ。
ライラックはリラとも呼ばれ、
北海道ではリラ冷えという言葉があります。
5月下旬でも、時々寒い日があります。
そんな日をリラ冷えといいます。

2016年5月12日木曜日

3_152 マントルの内部構造 5:核

 マントルの内部構造の紹介だったのですが、この際、核も紹介していきます。とはいっても、核はまだわからないことが、多いようです。それでも、新しい仮説は、今も提示されています。

 このシリーズは、マントルの内部構造についての紹介なので、核については書く予定をしていませんでした。しかし、ここまでマントル内部の深い部分までみてきました。前回は、マントルー核境界(CMB)やその直上に存在する謎のD"についても紹介してきました。そうなると、次はどうしても核について知りたくなります。ということで、今回は核の概要を紹介していきましょう。
 残念ながら、核については、マントルの下部よりさらに分からないことも多くなっていきます。深くなると、高温高圧の合成実験も難しくなります。地震波の解像度にも限界があります。そしてなにより、実証がしにくくなります。それでも、新しい仮説は生まれています。
 まず今まで知られている核の概要を、紹介しておきましょう。すでに紹介しましたが、地震波の縦波と横波の伝わり方の違いから、外核が液体で、内核が固体であることがわかっています。地震波の速度から推定される核の物質の密度は、岩石よりずっと大きいものからできています。さらに、隕石と比較から、金属鉄を主としてニッケルを少し含むと考えられています。精度の高い地震波速度の測定から、純粋な鉄ーニッケル合金よりは、密度が小さいことがわかってきました。密度を小さくするための成分として、硫黄や酸素、珪素、水素などが候補になっています。
 外核で、伝導性のある金属鉄が流動するので、電気の流れが生じ、それが磁力を発生していると考えられています。このような仮説を地球ダイナモ理論と呼ばれています。地球では磁力が、昔から常に存在していたことが古地磁気学からわかっています。そのことから、外核は、古くから液体として存在し、継続的に対流していることになります。
 対流の原因は、何度もでてきましたが、熱の放出です。核の熱放出は、当然、マントルを通じておこなわれます。核の熱が、マントル対流の原因ともなります。ただしCMBは物質境界であり、物質移動はほとんどないと考えられています。ですから、CMBでは、熱の受け渡しだけが、おこなわれる境界となります。
 核内とマントル内の熱の運搬は、対流によって起こります。しかし、CMBでは熱だけが受け渡されることになります。ここからが、新しい考えが導入されます。それはプルームテクトニクスです。プルームテクトニクスでは、マントル内の物質の対流は、定常的ではなく間欠的に起こることになります。このCMBの物質の不連続と、マントルの対流運動の不連続性が、なかなか複雑なメカニズムになります。少し説明しましょう。
 核からマントルへの熱の流れは、このシリーズで紹介してきたスーパーホットプルームになります。このプルームは、一度形成されると数千万から1億年のスケールで活動を続けます。一方、核を冷ますためのプロセスは、コールドプルームが担うはずです。コールドプルームも数千万年から億年で、冷たい沈み込んだプレートが、相変化により、遷移帯から落下していきます。
 落ちるコールドプルームから上昇するスーパーホットプルームは、どちらが原因で、どちらが結果かわかりません。しかし、物質の運動が、プルームテクトニクスでは、連続的はなく、間欠的な運動になっているのです。
 さらに、マントル内の遷移帯から落ちてくるコールドプルームは、2000度ほどだと推定されています。通常は4000度ほどあるCMBにおいて、コールドプルームの落下が起こると、大きな温度勾配ができます。この温度差が、外核を冷やしていきます。これが核の対流に、大きな影響を与えているはずです。その影響は、まだ充分観測されていないようです。
 CMBでは、連続的な熱の流れではなく、コールドプルームが温まると対流を起こす効果は減少します。そして新しいコールドプルームが別のところに落ちてくるたびに、核の対流に大きな変化が起こるはずです。
 この複雑さ不規則は、地球表層で地質現象として残っていないのでしょうか。それは、核や古地磁気の観測精度が悪いためでしょうか。それとも、このマントルの熱対流システムと核の関係の理解が、間違っているのでしょうか。まだ謎のままです。

・夏に向かって・
北海道はゴールデンウィークがあけけてから
急に暖かくなりました。
ゴールデンウィークには、少々肌寒い日があると
我が家ではストーブをたいていました。
しかし、今は、もう半袖の学生を見かけます。
うちの次男も、暑い暑いといって
自宅内では、もっと前から半袖と短パンでしたが。
いよいよ、北海道も夏に向かっています。
春の花、新緑と非常にいい季節になっていきます。

・好奇心・
核については、地質学者や岩石学者はあまり口出しできません。
でも、気になるところでもあります。
なぜなら、マントル対流の原因が
核にあることは明らかだからです。
そして、核とマントルの物質のやり取りが
全くないのか、それとも少しでもあるのか。
もしあるとすると、スーパーホットプルームで
どうのような成分として検出できるだろうか。
そんなことを考えてしまいます。
手の届かない深部や、見えないところを
なんとか覗きたいという気持ちが誰にもであるはずです。
深部は、好奇心がくすぐられるテーマでもあります。

2016年5月5日木曜日

3_151 マントルの内部構造 4:D"層

 マントルの底の不思議な層の存在は、地震波のデータから証拠付けられています。その解釈として、前回紹介した説が新しく報告されました。他にも、いろいろな考え、またかつて考えられていた説も否定されたわけではありません。それらの説を概観していきましょう。

 前回は、マントルと核の境界にある不思議な部分に関する、最近の研究成果を紹介しました。それは、マントルの底には、マグマオーシャンの残存物が残っているのではないかという説でした。この説は、昔からある考えに対して、新しい考えとして出されたものでした。このマグマオーシャンの残存物に対しても、別の考えもあります。昔の説、現在の他の説などを、まとめて紹介しましょう。
 核は液体の状態にある金属の鉄で、マントルは固体の岩石のカンラン岩です。その境界は、地球におていは非常の特異なものとなっています。核とマントルの境界は、状態(相)でいうと固体ー液体、物質の化合物でいうと岩石(珪酸化合物物)ー金属、酸化状態でみると酸化物ー還元状態の金属、密度でみると低密度ー高密度、という大きな違いのあり、決して連続しないものです。いろいろな特徴で比べてみても、非常に特異な境界といえます。これらの物質が、接しているのは、非常に奇異な状態です。
 地震波で非常に明瞭な境界となっており、1926年には見つかっています。発見者にちなんで、地震学ではグーテンベルク不連続面(Gutenberg discontinuity)と呼ばれ、地球科学では単に核ーマントル境界の略でCMB(core-mantle boundary)と呼ばれています。
 さて、CMBの境界部でマントルの底にあたるところは、地震波でみると特異な物質、あるいは部分が存在することは、前回も紹介しました。その特徴は、地震波速度が急激に遅くなるということでした。この層は、D"(ディー・ダブルプライム)と呼ばれています。D"は、CMBに全域に存在するものではなく、200km以下の薄い層が、局所的に、特にスーパーホットプルームの周辺に見つかります。このD"をどうとらえるかが問題となります。
 マントル全体はカンラン岩という岩石ですが、マントル下部では主たる鉱物が、ペロブスカイトというものになっています。ところがD"では、もっと高密度の鉱物(ポストペロブスカイト相)ができると考えられています。ポストペロブスカイト相の鉱物は、熱の伝導を効率よくおこなう性質をもっていることが、高温高圧条件での合成実験で確かめられています。ただし、核が高温だった昔は、この鉱物は存在できず、熱放出によって地球がある程度冷めてくると、形成される条件となります。
 さて、地球の温度が下がり、D"にある時期からポストペロブスカイトができると、それまでより核の熱をマントルに伝えやすくなります。その結果、マントル対流がさかんになると考えられます。D"がポストペロブスカイトからできているとなると、このような説も成立するでしょう。
 さらに、そのポストペロブスカイトの材料となったのは、沈み込んだ海洋プレートだと考える研究者もいます。前回紹介したように、マントル下部の一部が溶融していると考える説もありました。液体は地震波の速度を遅くするのでD"の特徴が説明できるというわけです。その説によれば、マグマオーシャンの残存物ではないかという考えでした。さらに別の考えとして、地球初期の大陸物質(変成を受けたアノーソサイトと呼ばれる岩石)が沈んでいるのではないか、と考えている研究者もいます。
 D"の特徴を説明する説については、まさに百花繚乱の状態です。

・休みには・
ゴールデンウィークも、今日で終わります。
皆さんは、金曜日も休みにして、
ゴールデンウィークの後半も
連続した休みとしてお楽しみでしょうか。
私は、野外調査の予定が、熊本地震で中止になったので、
いつものように、自宅と大学の往復をしていました。
ただし、2日だけは、家内と小樽に散策に出かけました。
小樽は、天気は良かったのですが、風が冷たく寒い日でした。
それに平日にもかかわらず。
かなりの人出で賑わっていました。
それ以外は、のんびりと研究三昧をして過ごしました。
連休は、研究室にこもっていたことになります。
いつもと同じ状態に見えますが、
私自身の気持ちとしては、自分の好きな研究に、
何事にも煩わされることなく、没頭できるので
満足感は大きなものとなります。

・異質な境界・
CMBは、非常に異質な境界でした。
しかし、大きな異質な境界が
身近にあるのに気づいているでしょうか。
それは、大気と大地の境界、大気の海洋の境界です。
物質的には非常に大きな違いがあります。
前者は気体ー固体境界、
後者は気体ー液体境界になります。
私たちは、今、前者で生きていますが、
かつては液体の中から誕生し、進化してきました。
これらの境界は、あまりに当たり前の存在なので、
私たちは気にならないようになっていますが。

2016年4月28日木曜日

3_150 マントルの内部構造 3:暗いマントル

 地球深部は、謎、多きところです。深部の概略はわかっているのですが、本当の姿、確かな実態は、定かには見えていません。でも、かすかな手がかりをもとに、最新の技術と知恵を使って、研究は進められています。

 マントルは半径で、地球の半分以上を占めていることになります。私たちは、地球の表層からしか、内部を探ることができません。深部になればなるほど、その実態は不確かになります。ですから、マントル下部や核については、地震波の分解能は、あまりよくありません。正確にはわからないことが、多々あります。しかし、研究の進展はあります。
 前回紹介したコールドプルームとスーパーホットプルームは、地震波でその存在は見えてきています。ただしプルームの動きは非常に遅いので、運動自体は見えているわけではありません。
 遷移帯に留まるコールドプルームと、その下には核の直上にコールドプルームが見えています。このような分布から、断続的にコールドプルームが落ちていると推定されます。また、スーパーホットプルームでも似たような状況がみえます。以上の推定から、対流の運動自体は捉えてないのですが、プルームによるマントル対流のモデルには、それなりの説得力があるようにみえます。
 スーパーホットプルームの周囲に、少々不思議な部分があることが、地震波からわかっていました。スーパーホットプルームのある南太平洋とアフリカ大陸の真下に、核との境界、つまり下部マントルの底に、地震波速度が異常に遅くなっている領域が、小さいのですが存在することが観測からわかってきました。
 その部分が何かということは、これまでよくわかっていなませんでした。東北大の村上元彦准教授らは、2014年「Nature Communications」誌で、実験によって、ある可能性を提示しました。ダイヤモンドアンビルとレーザーを利用した高温高圧発生する装置でマントルの底の条件を生み出します。その高温高圧の状態のまま、Spring-8(大型放射光施設)でその場、観測をしました。高温高圧にした物質は、マントル底部に存在する可能性がある重いマグマを想定した成分でした。その成分を、下部マントルの底に条件して調べたものです。
 すると、深くなるとともに、試料の色が「暗く」なっていきました。試料の色が「暗く」なるのというは、圧力とともに鉄の電子状態が変化するためだと、村上さんたちは推定しました。
 暗くなると、熱は伝わりにくくなります。周囲のマントル物質より5~25倍も熱を伝えにくい(熱伝導度が小さい)ことを示しました。その結果、そのようなマグマが少量でもあれば、核からの熱を伝えにくい部分ができ、熱の不均衡が生じ、周辺や隙間から熱が出ていこうとします。それが、スーパーホットプルームの上昇流を生んでいると考えました。
 そして、この重いマグマ(液体)は、地球創世時代の表層を覆っていたマグマオーシャンの名残だというのです。ここ以外のマグマオーシャンはすべて固まってしまったのですが、その名残がまだ固結せずに、残っているのではないかという前提で、村上さんたちは実験を行いました。
 さて、まだこれは仮説です。実験に用いた物質も、想定されたもので、確証のあるものはありません。他の可能性もあるかもしれません。いろいろと実験や観察技術は進んできているので、マントルの底まで見られる状態に近づいてきました。しかし、その可能性を検証するための地震波のデータが、まだ精度が足りないようです。現在のように進んだ科学技術を持ってしても、まだまだわからないことだらけなのです。地球は、それほど大きいということでしょう。

・アイディアの実証・
マグマオーシャンの名残とは
なかなか魅力ある考え方です。
この異常に地震波の遅い領域を
単に何らの物質が溶融して
重たいマグマできていると考えることもできます。
これが一番単純な考え方ではないでしょうか。
いろいろな自由なアイディアを出して、
それを検証していくことができれば楽しいのですが、
実験や観察には、大きな、あるいは高価な装置が必要になり、
誰にでもできるわけはありません。
一部の限られた実績のある研究者だけができます。
そんな研究者に期待したいものです。

・研究を進めよう・
いよいよ世間はゴールデンウィークになります。
私も少し休むつもりですが、
校務が忙しくて、これまで研究ができずに、
少々ストレスが溜まってきています。
熊本への地質調査もキャンセルとなりました。
ですから今年のゴールデンウィークは
たっぷりと自分の時間ができました。
この間にしっかりと研究を進めたいと思います。

2016年4月21日木曜日

3_149 マントルの内部構造 2:スーパーホットプルーム

 地球内部にはマントル対流があります。かつては仮説だったのですが、現在ではその実態をみることができるようになってきました。明らかになってきたマントル対流は、私たちが日常目にしている単純な対流ではないことが、わかってきました。

 地球深部を直接掘って調べることはできないので、地震波や合成実験など間接的な方法で探求していことになります。それでも、科学者のたゆみなき努力やさまざまな工夫、地震計、実験装置、解析用のコンピュータなどの技術の向上により、地球深部の実態が少しずつ解明されてきています。
 地球内部の運動として重要な仕組みは、マントル対流です。マントル対流が、プレートテクトニクスの原動力となっています。プレートテクトニクスとは、大地の変動を起こしているもので、10数枚の硬い岩盤からなるプレートが移動することで、大地の営み(地質現象、地形形成など)を起こすメカニズムです。しかし、対流とはいっても、私たちが日ごろ目にしている水が温まるときに起こる対流よりは、もっと長い時間をかけて移動する、そしてより複雑な対流となっていることがわかってきました。
 マントル対流の基本は、中央海嶺で形成された海洋プレートが、海底下で冷やされて重くなり、海溝で沈み込みマントルにどもっていきます。沈み込んだ物質の反動として、下部マントルの底から、温かく、軽いマントル物質が上昇していきます。この物質循環が、対流となります。
 さらに、冷たいマントル物質が地球内部に戻りマントルや核を冷やし、温かいものが地球外部に移動して、熱を地球表層から宇宙空間へと放出していきます。マントル対流は、地球の冷却過程を見ていることにもなります。このような地球内部の熱の放出とマントル物質の循環を、マントル対流と呼んでいることになります。マントル対流の原理は、わかりやすいものです。
 マントル対流の下降流は、沈み込んだ冷たいプレートの集合体として地震波では見えています。同じマントルの岩石でも、温度差があると地震波の速度に違いが現れ、検出できるようになってきました。冷たいプレートは遷移帯でとどまり、しばらくすると落ちていくことが見えています。この冷たいマントル物質の下降流をコールドプルームと呼んでいます。
 また、上昇流も地震波でとらえられています。その上昇流の形は、下部マントル内をキノコ状になって遷移帯まで上がっていきます。そのような上昇流をスーパーホットプルームと呼んでいます。スーパーホットプルームは、地震波の観測により、南太平洋とアフリカ大陸の下に存在することがわかってきています。
 遷移帯から先は、カーテン状や小さいプルームとして、上部マントルからプレート下部まで上昇していきます。それが海嶺やハワイの長期にわたる火山群(ホットスポットと呼ばれています)、あるいは巨大な火山活動(デカン高原やコロンビア川沿い、シベリアなどの大規模な火山活動)の原因となっています。スパーホットプルームのうち海嶺の火山活動が、海洋プレートの始まりとなります。
 コールドプルームもスーパーホットプルームも連続的な対流ではなく、ある時期に間欠的に落下、上昇をし、その影響は長期間にわかって継続するという現象です。地球時間で見ると、これをマントル対流としてとらえることができるわけです。
 しかし、どこから、なぜ上昇流が発生するのか、その上昇流はどのような物質なのか、などの実態は必ずしもよくわかっていませんでした。その解明が現在進められて、新しいこともわかりつつあります。

・熊本地震・
14日から16日を中心に
熊本から大分にかけて発生した地震は、
大きな被害を与えました。
2011年の東日本大震災とくらべる
津波の発生がないのがまだ救いですが、
これから雨や梅雨の季節にむかっているので
水や地すべりなどの災害も心配です。
まだ、発生直後の混乱が続いていると思いますが、
被災された方へお見舞いを申し上げます。

・野外調査のキャンセル・
私は、夜早く寝て、朝もニュースを見ずに大学にでます。
今回のニュースは、15日の昼頃、
ネットのニュースをみて初めて知りました。
その後、いろいろ情報を見るようにしてきました。
実は、私はゴールデンウィークの6日間、
熊本から大分にかけて、野外調査をする予定でいました。
もちろん、すべての手配を終えていました。
今回の地震発生域の断層付近に分布する
地層の中の層状チャートを調査していく予定でした。
ニュースをみて、調査どころでないので、
月曜日にはすべてをキャンセルしました。
一日も早い復興を願っています。

2016年4月14日木曜日

3_148 マントルの内部構造 1:覗く技術

 宇宙の探査は宇宙望遠鏡、地上でも高性能の望遠鏡などが開発され、遠くを、広くを、詳細に観測できるようになっています。その成果はニュースとしてよく目にします。地球内部の成果は地味なのでしょうか、ニュースになる頻度が少ないような気がします。しかし、技術は確実に進歩しています。

 地球内部の構造は、研究が進むとともに、より詳しくわかるようになってきた。地球深部を掘って直接調べるという方法は今でも重要なですが、まだ10kmほどで、地球の6,400kmの半径に比べると、ほんの一部にしか達していません。地球内部を探査するときの主要な手段は地震波です。ほかにも地域ごとの重力の差、地磁気、熱流量、地震の影響による地球自身の振動(地球振動)や、合成実験によるものなど、いろいろな方法で探査されています。それぞれ一長一短があります。
 地震波は、文字通り、地震の振動を利用して探査する方法です。地震は自然現象なので、いつどこで起こるかがわからない現象を利用しているという欠点があります。大きな地震が時々しか起こりませんが、小さな地震は多数起こりますので補えます。地震波の長所は、地球深部を通ってくる経路がわかっているので、他の方法より地球深部を正確に探査することができます。さらに、地震波には、いくつかの波の成分があり、それぞれが地球内部の違う性質の検出に利用できます。
 地震計の感度の向上と、観測データのネットワーク化や地震波解析にコンピュータの導入などにより、マントルの内部構造が3次元的に、より詳しくわかってくるようになってきました。これらの技術は日々進歩していますので、解析精度は向上し、内部構造もより詳しくわかってきています。
 地球内部の概要は、表層5~70km(海洋域で薄く、大陸域で厚い)の岩石でできた地殻が、その下には地殻より密度の大きな岩石からできたマントルがあり、最深部には鉄でできた核(コア)があることがわかりました。また、地震波の性質から、核の鉄には溶けた鉄の外核と固体の鉄の内核に分かれていることもわかってきました。
 マントル内の構造は、410kmより浅い部分が上部マントル、410から660kmまでは遷移帯となり、660kmから核の境界の2900kmまでは下部マントルに区分できることわかってきました。
 マントル内のそれぞれの物質の様子の違いを検証する方法として、高温高圧実験が有効になります。実験室の装置で、想定されるマントルの物質を、調べたいマントルの部分の温度圧力条件を発生させ、その条件での物質合成をします。その結果、どのような結晶か、どんな性質を持っているのかなどを調べるものです。以前は装置から取り出していましたが、今では、高温高圧の条件に置いたまま調べる方法もあります。
 地震波によって限定されたマントルの条件が重要になってきます。また、高温高圧実験の結果が、地震波の解析にフィードバックされ、解析の精度をより向上させることにもなります。
 そのような研究の結果、マントル対流の実態やマントルと核の境界の詳細などもわかるようになってきました。その概要は次回からとしましょう。

・新陳代謝・
いよいよ大学の講義も本格的にはじまりました。
大学の日常になりました。
しかし、学生は、毎年新しく加わり卒業してきます。
新陳代謝をしているのです。
これが大学の一番の特徴です。
そして卒業生は社会へと羽ばたきます。
今は新入生と在学生に集中しています。
教職員の新陳代謝は少ないですが。

・海洋調査船・
海洋調査船「ちきゅう」は最新鋭のものです。
正式には、地球深部探査船というそうです。
実験室も完備されていて、
一流の研究装置、スタッフなど
充実した環境が整えられています。
残念ながら、私は「ちきゅう」には乗ったことがありません。
大学院時代に、別の調査船には1ヶ月ほど乗船したことがあります。
その間は、研究に没頭できますが、
生活のスケジュールはなかなかハードでした。
でも、乗船中は非常に充実した時間となります。
これは、今も変わらないことだと思います。
私は、今では地質研究の最先端からは引退していますので
もう乗れませんがね。

2016年4月7日木曜日

5_137 ケプラー衛星 3:課題

 ケプラー衛星は、姿勢制御装置の故障があったのですが、アイディアで克服しました。その結果、現在も観測を続けています。衛星の成果により、私たちの太陽系形成のモデルの変更が迫まられています。

 ケプラー衛星は、2009年3月6日に打ち上げられました。これまで述べてきたように、太陽系外の惑星系、それも地球型惑星を探すという目的でした。そして、約15万個の恒星を観測し、1000個以上の太陽系外惑星を発見し、地球型惑星や、ハビタブルゾーンにある惑星も発見しました。
 ところが、2013年8月15日には望遠鏡の位置を調整する4つの装置(姿勢制御用ホイール)のうち、2つが壊れてしまいました。いろいろな試みがなされたのですが、修理は不可能でした。しかし、ホイールの故障であって、望遠鏡や本体の故障ではありません。もったいない話です。しかし、観測において、姿勢制御できないのは、致命的な故障でもありました。
 そこで、いろいろなアイディアを募って、「K2ミッション」を行うことが決定されました。K2ミッションとは、太陽光パネルに光をあてることにより、その圧力で3つ目のホイールの代わりに制御用に利用する、というアイディアでした。K2ミッションを行えば、壊れたものが補われることがわかり、なんとか観測が再開されました。運用はうまくいっており、新たな地球型惑星も発見でき、現在もケプラー衛星は働いています。
 ケプラー衛星のミッション以外でも、太陽系外の惑星は、発見されていました。その数は約800個ほどでした。ところが、ケプラー衛星の成果は、約1000個という太陽系外惑星の発見でした。倍以上の惑星の情報が、手に入ったのです。
 その結果、私の太陽系は必ずしも典型的なものではないこと、言い方をかえると、惑星系は多様だということがわかってきました。
 太陽系外惑星の発見までは、私たちの惑星系が典型的なものとして、太陽系形成のモデルが作成されてきました。いろいろなモデルの中で、私たちの太陽系が形成できるモデルだけが、正しいものとして作り上げられてきました。
 現状では、ケプラー衛星の観測結果には、観測限界によるフィルターがかかっているはずです。それにしても、地球型惑星もハビタブルゾーンの惑星も、それほど普遍的なものではないことがわかってきました。想像を越えるような惑星系も多数発見されてきました。
 ケプラー衛星の観測結果は、惑星系の形成モデルを、大きく考え方を変える必要を迫ってきました。この考え方の変更こそが、ケプラー衛星の一番の功績ではないかと、私は思います。ケプラー衛星からの課題ですね。この課題は、いつ解けるでしょうか。

・新入生・
4月1日に新入生を迎えました。
1週間で、何度か顔を合わせ、
挨拶をして、少しずつ面識ができてきました。
1年生同士では、かなり仲良くなってきた学生も
すでにでてきているようです。
なかには、背伸びしている学生、
少々調子に乗りすぎている学生、
自分の居場所を探している学生、
たんたんとマイペースの学生、
あるいはこの機会に再出発を考えている学生もいるでしょう。
リーダーシップを取れそうが学生もいます。
人それぞれ、毎年ごとに、それぞれの個性があります。
それを早く見分けかなればならないのですが。

・4年生・
4月早々、土、日曜日も使って、
新4年生のための集中講義がありました。
実習のための事前の講義でした。
かなりのストレスであったが
全員なんと乗り越えられました。
到達点は、人それぞれだが、
明らかに、この集中講義で成長できました。
目つきや表情をみているだけで
その成長ぶりがわかります。
その変化が、教える側の大きな楽しみです。

2016年3月31日木曜日

5_136 ケプラー衛星 2:成果

 ケプラー衛星は、4年間の探査により、多くの成果を上げました。その成果とは、地球型惑星を発見すること、ハビタブルゾーンの惑星を発見することでした。その成果は達成されました。

 ケプラー衛星は、私たちの太陽系が一般的なものではなく、多様なものがあることを教えてくれました。
 ケプラー衛星が探そうとしていた惑星は、遠い天体で、自らは光を発していません。実際には、母星の恒星の光しか見えません。観測すべき惑星は、直接見ることはできないので、他の方法を使って調べなければなりません。その方法とは、惑星が母星の前を通り過ぎるとき、明るさがほんの少しですが変化します。惑星の影響で恒星の明るさが変化するのであれば、周期的な変化がおこるはずです。その明るさの変動を捉える方法を用いて惑星を発見しようとするものです。トランジット法と呼ばれています。長期にわたってトランジット法で観測することで、仄かな明るさの変化を捉えようとするものです。
 ケプラー衛星は、微弱な明かりの変化を観測しねければなりません。そのため、私たちの太陽の光や、地球からの反射の影響の一番少ない方向で観測しています。また、太陽系内の小天体、火星と木星の間や外縁部にある小惑星帯(エッジワース・カイパーベルトと呼ばれています)の影響がない方向であるべきです。北の空のはくちょう座の方向でした。
 その領域は、狭いもの(105平方度)で、腕を伸ばして握りこぶしをふたつ並べたほどのところを、1.4mの反射鏡を用いて、9460万画素のCCDカメラで観察しています。CCDカメラとはいっても、撮影するためのものではなく、光を集めるために使われています。
 このような装置で、ケプラー衛星は、4年間に約15万個の恒星を観測しました。そこから、4000個以上の惑星候補を発見し、そのうち2015年4月28日の時点で、1019個が惑星であることが確認されています。
 観測当初は、大きな惑星の発見でしたが、後には小さな惑星も見つかってきました。その中には、地球と同程度や地球より小さな惑星もありました。
 ケプラー衛星の成果として、恒星ケプラー37には3つの惑星が見つかり、その内、最も内側で地球の約3分の1のサイズの岩石惑星と考えられるものを発見しました。ケプラー62eとケプラー62f、ケプラー186fでは、それぞれ地球の1.6倍と1.4倍、1.11倍の大きさで、「ハビタブルゾーン」に存在する惑星が見つかりました。地球に似た惑星がいくつか見つかり、生命誕生の条件を持っている惑星があることがわかってきました。
 また、ケプラー444には、地球型惑星が5つり、これは宇宙誕生から30億年ほどしか経ていないのに、岩石惑星が形成されていることを示しました。ただし、これらの惑星は太陽に近いためにハビタブルゾーンにはありませんでした。
 他の恒星にも惑星系が多数あり、それは多様で、異形のものがあることがわかってきました。そして多様性に中には、地球に似た惑星があることもわかってきました。ただし、現在のところその数は少ないのですが。

・注意が必要・
ケプラー衛星の成果の取り扱いは注意が必要です。
15万個の恒星で惑星が確認されているのは1000個とすると
惑星の存在は、非常にまれなものにみえます。
これは、間違った印象です。
なぜなら、地球から観測しているので、
地球からたまたま「見えた」ものしか
判別していないからです。
「見えない」、「見えにくい」ものは
観測結果には反映されていないのです。
例えば、15万個の恒星の内、
惑星をもっているは、1000個ではないのです。
惑星を観測できたのが、1000個であって、
もっと多数の恒星に惑星はあるかもしれないのです。
注意が必要です。

・新年度・
今日で、3月が終わります。
学校はいよいよ新学期を迎えます。
我が大学は、4月1日が入学式です。
私は、新年度そうそう、土、日曜日も使って
担当している集中講義があります。
今年度からはじめて参加する講義なで少々不安ですが、
与えられた担当科目なので、
がんばってできる範囲ですすめるしかありませんね。

2016年3月24日木曜日

5_135 ケプラー衛星 1:地球型惑星

 太陽系外惑星を探査するケプラー衛星は、実は私たちの太陽系や地球のことをよりよく知るために、打ち上げられたものです。その成果によって、私たちの太陽系や地球の見方をどのように変えてきたのでしょうか。

 ケプラー(Kepler)と名付けられた探査機があります。2009年3月6日に打ち上げられた探査機で、地球を追いかけるような軌道で、太陽の周りを回っています。ケプラー衛星は、実は今回がはじめてではなく、3年前(2013.05.16)の「5_109 地球型惑星 2:ケプラー」でも紹介しています。少し重複する部分があるかもしれませんが、紹介していきましょう。
 ケプラー衛星は、宇宙望遠鏡で、太陽系外の惑星を探すために打ち上げられたものです。太陽系外惑星を発見するだけにとどまらず、より正確に惑星を探査し、地球型惑星、あるいはハビタブルゾーンにある惑星が、どの程度、どのようなものがあるかも、調べようという目的もありました。
 ここで、地球型惑星とハビタブルゾーンという聞き慣れない用語が、でてきました。まずはその用語の説明をしておきましょう。
 私たちの太陽系には、いくかの惑星があります。太陽に近い、内側の軌道には、水星、金星、地球、火星まで、硬い地表と、薄い大気をもつ(水星にはない)小さい惑星があります。惑星の本体は、岩石と金属鉄からできています。金属鉄は、コアとよばれ、惑星の中心部にあります。岩石からなる多数の小天体からなる小惑星帯を越えると、木星と土星の巨大なガス惑星(木星型惑星)、天王星と海王星の巨大な氷惑星(天王星型惑星)があります。太陽系の内側の、地球似た惑星を地球型惑星といいます。
 ハビタブルゾーン(habitable zone)とは、惑星空間で、生命が誕生しうる環境をもっている領域のことです。「生命居住可能領域」などと訳されることもありますが、生命が生存、居住可能な惑星空間のことです。主には、母天体(太陽)の明るさと、その距離によって限定されます。わかりやすくいうと、ハビタブルゾーンに惑星があると、惑星表面にH2Oが水として存在しうる条件となります。
 生命が誕生するための前提条件のひとつとなるものです。他にも、そこに惑星が存在すること、惑星が存在したとしても大きさ、環境、経過時間などの条件を満たさなければ、生命誕生はないはずです。
 ただし、ハビタブルゾーンをはずれた生命は存在しえないかというと、そうとは限らないかもしれません。木星や土星の衛星でも、生命の誕生の条件があるのではないか、と考えている研究者もいます。
 さて、これらの惑星の種類とその並び方は、私たちの太陽系の特徴でもあるのですが、かつてはこれらが惑星系の一般的な姿だと考えられていました。ところが、必ずしも一般的なものでないことが、ケプラーの多数の惑星の発見によって確かめられました。
 ケプラーは、宇宙には、非常に多様な惑星があることを教えれくれました。それは次回としましょう。

・行事・
先週の水曜日に、学部の教員の送別会がありました。
金曜日には大学の卒業式がありました。
その後、大学の祝賀会と学科の祝う会が連続してありました。
学生有志との二次会も続きでありました。
その月曜日には、大学で高校生を招いての
オープンキャンパスがありました。
私は、それらのすべての行事で
校務として、司会や挨拶をしました。
少々くたびれましたが、
それぞれ目的や対象者が違っているので、
頭の切り替えがなかなか難しいものでした。
そのため、精神的に疲れました。
家庭内でひどい風邪がはやっているので
無理をしないようにしなければなりません。

・区切りの年・
次男の卒業式も大学と同日に行われ家内が出席しました。
長男はもっと前でしたが、今月に卒業式がありました。
我が家でも、今年は、区切りの年となりました。
それぞれが、新たな目標に向かって
進んでいってくれればと思いますが、
親としては、心配は尽きませんが。

2016年3月17日木曜日

6_136 重力波の観測 5:重力波天文学

 シリーズの最後として、今回の観測の意義を考えていきましょう。最初の観測の成功は、仮説の確かさを示しており、研究は次なるステップに発展していきます。研究実績が積み上げられれば、新しい学問分野が発展していくことになるでしょう。

 重力波を発生し、観測されそうな天文現象には、いくつかの候補がありまひた。それらの現象については、事前にシミュレーションがなされていました。重力波を見れば、それはどの天文現象だということがわかるまで、事前に推定されていました。
 今回の重力波は、2つのブラックホールの合体した現象で発生したものでした。2つのブラックホールが、ぶつかる時の相対速度は、光速度の半分以上にまで達していました。そのブラックホールは、太陽質量の29個分と36個分のものでした。そして最終的に合体してきたブラックホールは、太陽質量の62個分でした。
 ここまで読んで、気づかれたでしょうか。足し算が合わないのです。2つのブラックホールの質量は、29+36=65なのですが、できたブラックホールは62になっています。太陽質量の3個分が消えています。この消えた質量分が、重力波として放出されたのだと考えられています。想像を絶する天体現象です。それが、わずか0.2秒足らずのほんの短い時間に起こったのです。
 今回の観測された現象は、数百年に一度くらいの頻度で起こるものだと考えられています。それほど稀な現象が、よくも観測早々発見できたものだと思います。幸運に恵まれていると思いますが、幸運だけでなく研究者たちの努力があっても賜物です。
 さて、今回の発見には、どんな意義があるのでしょうか。
 重要な意義があります。それは新しい学問分野ができる可能性が生じたことです。最初の発見ができれば、観測できることが証明できたわけです。仮説としては可能であっても、本当に実証されるまでは確かではありません。いったん実証された後は、技術的な向上があれば、感度を上げることができます。理論的に技術開発を進めていって、確実な成果を得られることが証明できたことになります。改良が進めば、計算通りに、より小さい重力波の現象を捉えることが可能となります。たとえば、感度を10倍にすると、1年に数回の重力波の現象が捉えられると考えられています。
 重力波観測装置は、重力波望遠鏡となります。観測が進めば、多数の現象がとらえられ、多様性の把握できるでしょう。重力波現象に基づく天文学が発展することでしょう。
 日本の小柴さんたちがカミオカンデで最初に行ったニュートリノの観測により、望遠鏡として利用できることを示しました。そこから、新しいニュートリノ天文学が生まれました。それと同じような大きな進歩が起こり、重力波天文学が拓かれていくことが期待できそうです。

・別れ・
別れのシーズンです。
大学では、教職員の送別会、卒業式が
今週、立て続けに行われます。
教員で親しい人の退職は、寂しいものです。
学生との別れは、寂しさだけでなく
彼らは期待に満ちた希望があります。
彼らには新しい世界へ旅立つが不安もあるでしょうが
希望に満ちた未来があります。
そんな卒業生たちにエールを送りたいものです。

・時の流れ・
今年度もあと少しです。
学校では、次年度の準備が着々と進んでいます。
一日、一週間、一ヶ月、一年があっという間です。
光陰矢の如しで、時間がまたたく間に過ぎていきます。
校務が忙しくて、研究の時間がとれずにストレスがたまっています。
精神状態にも波があるので、
時間があるから研究できるとは限らないのですが、
時間がないと研究できないのは確かです。
人が感じる時の流れは、
忙しさに比例するのでしょうか、
それとも年齢に比例するのでしょうか。
私の場合は、両者だなのでしょうね。

2016年3月10日木曜日

6_135 重力波の観測 4:そして発表

 信号を観測してからの検証作業は、地道で表には出ないものです。しかし、結果が重大であるため、その時の研究者のストレスは想像以上でしょう。大きなストレスの乗り越えて、今回の発表となりました。

 重力波を観測したLIGOは、2005年から観測をスタートし2010年まで観測しました。しかし、この間の観測では、検出能力が足りなく、信号をキャッチすることはできませんでした。その後、装置に検出感度を高める改良がおこなわれ、2015年から観測が再開されました。
 改良されたLIGOが、2015年9月12日に重力波の観測を開始したところ、わずか2日目の2015年9月14日9時51分(アメリカ東部時間)に、重力波をキャッチしました。LIGOの感度でとらえられる現象は、数百年に一度のものにすぎません。それをとらえることができたのです。これはLIGOの観測のスタート時期が、非常に幸運だったのでしょう。
 今回観測した重力波は、波長が3ヘルツから250ヘルツの間で、波の変動幅は10^-21のレベルでした。信号は、0.2秒足らずほどで終わりました。非常の微小で短時間の信号でした。その信号のS/N比(信号とノイズの比)は、24もあり、他の現象の可能性さえ排除できれば、確実な信号になります。
 データを得たあと発表まで、さまざまな検証がなされました。ありとあらゆる他の信号やノイズの可能性を排除されていきました。なにより異なる場所で観測された重力波の波形がぴたりと一致したことが、一番有力な検証となりました。別の2箇所で波形が一致するような他の現象が起こる可能性は、20万年に1度という確率にすぎないことも確かめられています。ありとあらゆるノイズの可能性を消していき、重力波でしか説明できないという論考がなされました。
 今回は、あまりにも重要な結果なので、極秘裏に検証作業がなされていたそうです。その検証のために、観測後、4ヶ月の時間がかけられました。研究者にとっては、そのストレスは非常に大きかったようです。
 論文は、今年の2月11日に公開されています。論文は物理学では権威のあるPhysical Review Lettersという雑誌の116号で公開されました。
http://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.116.061102
というサイトで、重要な論文なのでオープンにされています。難しい内容ですが、論文のタイトルは、
Observation of Gravitational Waves from a Binary Black Hole Merger.
(2つのブラックホールの合体からの重力波の観測)
です。興味ある方は、直接ご覧になられればと思います。
 論文の著者は、B. P. Abbott et al.(et al.とは「その他」という意味)となっています。通常論文の著者が多人数になっても、全員の名前や所属を明記します。しかし、この論文はあまりに多くの研究者が関わっているので、論文の末尾に著者名が列記されています。同姓の人も多数います。著者名だけで、3ページ弱もあります。何名の共著者がいるかを、数える気にならないのほどの人数です。著者名の後には、著者が所属している施設が示されているのですが、133ヶ所あり、2ページ半になっています。16ページの論文のうち、本文は8ページ余りで、報告の半分にすぎません。他は文献と著者に関するものです。巨大科学による成果はこのような報告になってしまいます。
 さて次回は、重力波の意味するところをみていきましょう。

・情報漏れ・
この論文を見たのですが、分野が違うので、
検証に関する評価はできませんでした。
しかし、その慎重さは、うかがい知ることができました。
そして、この論文でなにより驚いたのは、
本文でも書いたのですが、著者の多さです。
近年の巨大科学のせいでしょうが、
中枢にいた研究者たちは、組織運営、維持だけでも
非常に大きな苦労があったと推測されます。
秘密保持は、非常の難しいものでしょう。
仲間内では漏れていたのかしれませんが、
私は門外漢なので情報は届いていませんでした。
以前、別の重要論文では、論文が投稿された段階で
情報漏れがあり、私にも届いたことが有りました。
その時は、内容は不明でしたが、
その分野に関する重要な発見があった
という情報だけが漏れていました。
今は、ネット時代ですから、
情報漏れが起これば、一気に広がってしまいます。
注意が必要ですね。

・三寒四温・
北海道は、三寒四温でしょうか、
変動の激しい天気が続いています。
ある時は道路がガリガリに凍りついたり、大量の積雪があり、
またある時は、グチョグチョに溶けたり、
乾いた道路が出ていたりしています。
寒暖の変化の著しさは、例年以上ではないでしょうか。
来週はいよいよ卒業式です。
グチョグチョでなければいいのですが。

2016年2月25日木曜日

6_133 重力波の観測 2:干渉計

 重力波をとらえれば、ノーベル賞確実といわれているような研究でした。ですから、多くの国で先を争うように、観測を進めていました。その中でアメリカの研究グループが、最初に重力波をとらえることに、成功しました。

 今回、重力波を発見したのは、アメリカのカリフォルニア工科大学(Caltech)とマサチューセッツ工科大学(MIT)を中心とする研究グループです。Caltechのキップ・ソーンとMITのロナルド・ドリーバーらが中心となって観測しました。The Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory(LIGO)という施設で検出されました。LIGOは、レーザー干渉型重力波天文台の略です。
 まずは、この観測装置の原理を説明しましょう。重力波は時空間をゆがめるので、そのゆがみを距離の変化として観測すればいいことになります。
 ゆがみをとらえるにはいくつかの方法があるのですが、今回検出した装置は、レーザー光の干渉を利用しています。レーザー光を発生させ、ひとつのレーザー光を、半透明のガラス(ビームスプリッターと呼ばれている)で、半分を透し、半分を反射させ90度に曲げます。つまり、直交する2方向に分けます。そして、長い距離(空間)を飛ばします。それを鏡で反射させてもどってこさせて、ビームスプリッターで再びひとつのレーザー光にします。その時空間にゆがみがなければ、レーザー光は合成され、もとの状態にもどり、変化なしとなります。もし、時空間にゆがみが生じたとすると、合成されたレーザー光には、ゆがみを反映した周期にずれが生じ、レーザー光に干渉が起き、検出でます。
 干渉計の原理は、もともとアルバート・マイケルソンとエドワード・モーリーが光速度を調べる実験に用いたものです。現在では、マイケルソン干渉計と呼ばれています。今回も、その原理による装置を用いられました。マイケルソン干渉計は光を伝える媒体(エーテルと呼ばれていました)が存在するかどうかを調べるための実験で、物理学においては非常に重要な成果となりました。この実験結果によって、光速度は一定であることが示されました。光速度一定という結果は、アインシュタインは相対性原理の基本としていました。そこから、重力波の予言が生まれてきました。今回、重力波の存在を示したのが、同じ原理を利用した干渉計でした。少々因縁めいたものを感じます。
 装置の原理は簡単です。しかも、時空間の変動による重力波は、いつでもどこでも発生しています。質量のあるものが、運動していれば、重力波を発生しているのです。それが重力です。しかし、その変動は非常に小さいもので、波として検出は不可能です。ですから、できるだけ大きな質量で、変動しているものからでる、大きなゆがみを検出することになります。そのような大きな時空の変化を起こす天文学的イベントして、超新星爆発、重い連星(中性子星同士やブラックホール同士)の衝突などがあります。
 そのような天文現象は、非常の稀なできごとです。そしてなおかつ、そのゆがみは非常に小さなものです。そのような大規模な現象の重力波であっても、時空間のゆがみの幅は、10^-21というスケールになります。ちょっと想像できないものですが、地球と太陽の距離(1億5000万km)においてこのゆがみが発生したとにすると、0.1nm程度(水素原子核ほどのサイズ)の変化が起こることになります。このスケールのゆがみをとらえる技術が必要になります。
 重力波は、これらは非常のまれな現象の、非常に小さな変化なので、とらえるには、大きな装置と、長い時間、観測する必要があります。しかし、そのような膨大な国家的予算と研究者の労力、そしてたゆまぬ知恵と工夫が必要になります。その結果、今回の発見となりました。

・先陣争い・
大きな装置には、多くの費用がかかります。
そのために多くの研究者グループがかかわることになります。
観測のために原理はある程度わかっているので
いくつもの国の研究グループが
それぞれに装置をつくって検出をしようとしています。
そして先陣争いをしていると思います。
どれくらいの精度で観測するのか、
いつからスタートするのかによって、
成否に大きな影響があるはずです。
遅れを取ったグループは、
非常に残念な思いをしているはずでしょうね。

・変化の時・
いよいよ短い2月も終わります。
私立大学の第一陣の合格発表がでています。
そして、現在、国公立の入試が行われています。
そして、大学に入試は第二陣に入っていきます。
大学の在学生たちは、
卒業へ向けて秒読み段階になります。
大学は出入りの人が起こる
変化が起こる時期でもあります。

2016年2月18日木曜日

6_132 重力波の観測 1:時空間のゆがみ

 重力波の観測がなされた、というニュースが流れました。このニュースは、他のいろいろな科学ニュースと同列に考えられる方も多いと思いますが、実は今後の天文学の進展に、革命的な影響を与える可能性をもっているものでした。

 先日(2016年2月11日カリフォルニア時間)、世界中に大きなニュースが流れました。重力波を観測したというニュースでした。あちこちでニュースが流れたのですが、その重要性をメディアは、必ずしも十分紹介していなかったように思えます。ここでは、そのあたりを紹介していきましょう。
 そもそも重力とは、質量をもった物質同士が起こす相互作用でした。高校の物理でも、力学で中心的な役割を果たすのは、質量や重力でした。その規則性はニュートンが解明しています。重力は距離の自乗に反比例します。あらゆる物質を通りぬけることができます。通り抜けても、影響をうけることも、減衰することもありません。そんな不思議な性質をもった重力は、どのようにして伝わのでしょうか。
 重力を伝えるものは、波だと考えられていました。それは、今からちょうど100年前に、アインシュタインが予測していたものでした。アインシュタインは、1915年11月に一般相対性理論を発表しました。その後、1916年に、その一般相対性理論から重力波の存在することを予測しました。それからちょうど100年目の記念すべき年に、重力波の存在が証明されたことになりました。
 さて、そもそも重力波とは、なんでしょうか。重力とは物質から発生する力です。アインシュタインは、質量をもった物質があれば、その周辺に質量に応じた時空間にゆがみが生じることを示しました。そのゆがみに変動が起これば、時空間を伝わることになります。時空間のゆがみが、波として伝わります。それが重力波です。重力が伝わる速度は光速です。時空間のゆがみなので、どんな物質の影響を受けることなく伝わることになります。
 その重力波をなんとか捉えたいと、科学者たちが努力してきました。
 重力波は、間接的に捉える方法で、すでに見つけられています。お互いの周りを回る連星は、時空間をゆがませ続けています。そこからは変動する重力波が連続的に発生しているはずです。重力波を発生している分、エネルギーを失っていることになります。そのエネルギーのロスは、連星の回転周期に反映されているはずです。その周期の減速分を計算しました。その計算を証明するために、実際の観測をして、予想通りに結果を得て、証明しました。これにより、重力波の存在が、間接的ですが、証明したことになりました。
 さて、今回の発見は、直接観測でした。その詳細は、次回以降としましょう。

・好奇心・
連星の観測は、アメリカの天体物理学者の
テイラー(Joseph H. Taylor)とハルス(Russell A. Hulse)によって、
1974年におこなわれました。
彼らは、重力波の間接的存在を証明した功績で
1993年にノーベル賞を受賞しました。
今回の観測も、ノーベル賞の呼び声が高いですが、
どうなることでしょうか。
賞や名声を求めて研究している人は、
少ないのではないでしょうか。
一番の動機は、好奇心だと思います。
ただし、研究の規模が大きくなり、
巨額の予算を使うようになります。
そうなると、成果を出さなければならないという
責任感、義務感も強くなってきます。
それに追われる以上に、好奇心が優っていることを願っています。

・合否判定・
大学は一般入試が終わり、
現在、合否判定が進んでおり、
その発表がおこなわる時期になりました。
受験生は、その結果に悲喜こもごもでしょう。
最近は、AO入試や推薦入試で
すでに大学を決定している学生も
多くなっているようです。
最近は、高等学校の卒業生の多数が
大学にいくようになってきています。
しかし、18歳人口が年々減っているため、
大学はなかなか厳しい時代になっているのですが。

2016年2月11日木曜日

2_137 最古のヒト属化石 2:アフリカにて

 古いヒトの化石の出る場所はアフリカが多くなっています。そもそもヒトはアフリカで生まれ、そこから世界各地に広がっていきました。ヒトは、未知の地に向かい、探検する性癖をもっていたのでしょうか。

 今回、報告されたヒトの化石は、属という分類の階層で最古となるものでした。属とは、種の上位のグループになります。ヒトを、人類の進化として扱うときは、ヒト属という分類でもちいることが多く、ここでもヒト属で考えていきます。なお、生物の分類は、種からはじまり、大きな階層に向かって、属、科、目、綱、門、界、ドメインとなっています。
 現在の私たち人類は、ヒト属(ホモ属とも呼ばれています)のホモ・サピエンスという種に区分され、現生人類と呼ばれることがあります。現生人類を分類名でいうと、真核生物ドメイン、動物界、脊索動物門、哺乳綱、サル目、ヒト科、ヒト属、サピエンス種となります。
 ヒト属は、230万年~240万前ころのアフリカで、アウストラロピテクス属と分かれて現在にいたります。同じ属の中には、有名なネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス、2万数千年前に絶滅)のように、さまざまな種を経て、現在のサピエンスという種に至ります。それが、今から40万から25万年前ことです。現在ヒト属に分類されている種は、私たちホモ・サピエンスの一種だけ、他のすべての種がすでに絶滅しています。つまり私たちの祖先につながる種は化石でしか探すことができないのです。
 ヒト属の中で、いろいろな化石が発掘され、それを元にヒトの進化が考えられています。ヒトの化石は、産出はまれです。それは、陸上の大型動物全般にいえるものです。化石の多くは、体の一部、それも破片の場合が多く、一部分から進化を考えるのは、なかなか難しいことです。今回見つかった化石(標本番号LD 350-1)は、エチオピアのアファール州(Ledi-Geraru調査区域)で見つかりました。下顎の左下の骨で、5本の歯がついていました。どのような種であったかはまだ確定していませんが、280万年前のものでヒト属ので最も古いものとされています。
 この年代は、現在見つかっている最古のものより40万年ほど古い時代のものでした。ヒト属のもっとも初期にいた種となります。この時代の化石の発見はあまり多くなり、進化の道筋がよくわかっていない部分でした。ヒト属がどのようにして進化してきたかを考える上で、この化石は、重要な情報を提供することになりそうです。

・氷点下・
先日、帯広に出張にいきました。
冬の帯広は、はじめての経験でした。
雪の痕跡はあるのですが、
道路も乾いていて、車も走りやすそうでした。
幸い天気には恵まれたのですが、
帯広は内陸にあるので、
真冬日で氷点下になっていました。
強い寒波の来た時期にあたっていました。
タクシーの運転手は、
「今日の気温は、16度や20度だ」
などといっています。
帯広の冬は、氷点下が当たり前なので
マイナスをつけることなく温度を表現するとのことです。
ところが変われば、温度の表現方法も変わるのですね。

・文化の記録・
ネアンデルタールの時代以降の人類は
埋葬の習慣がでてきます。
これにより、ヒトの化石は多くなり、
生物としての特徴が明確になります。
また、石器や土器などの製作もするようになり、
多数産出するようになります。
それを手がかりに、文化や時代の細分化が可能になります。
詳細な変遷の記録がつくられることになります。
しかし、そちらは考古学の世界になるのですね。

・2月の大学は・
2月になり、大学の入試が真っ盛りになりました。
北海道の私立大学は早い日程で進みます。
また、大学は後期の成績評価の時期も重なっています。
さらに来年度の講義のシラバスの準備もする必要があります。
講義は終わったのですが、
なにかと慌ただしい時期もであります。

2016年2月4日木曜日

2_136 最古のヒト化石 1:ヒトの源流

 ヒトの化石が稀ではありますが、時々発見されます。新しい化石が見つかり、時に今までない情報が加えられると、ヒトの進化のシナリオに変化が加わることがあります。今回の発見はどのような影響を与えるでしょうか。

 報告は少し前なのですが、人類の最古の化石が発見されたという話題を紹介します。なおこのエッセイでは、生物学的な種として人類を扱うので、「ヒト」という用語を用いることにします。
 過去の生物を調べるとき、化石が非常に重要な素材になります。化石の年代が決まれば、その時代にその生物種が存在していた確かな証拠になります。ただし、生物がいつ出現し、いつ絶滅したかを正確に決めるには、生存を期間を通じで化石が残っている必要があります。
 大量に出る種(例えば、海棲のプランクトンの仲間、貝、葉など)の化石を含む地層もあるので、その生物種がどれくらいの期間継続していたのは、かなり正確に示すことができます。しかし、化石があまりでない種(陸棲の大型動物など)だと、存続期間を決めるのは、なかなか難しい問題となります。
 ヒトの化石は、一部の例外の除いて、産出が非常に少ないので、種の存続期間を決めることは困難です。古いものになるほど、数少ない化石、それも不完全な化石から、その実態や進化の道筋を解き明かすことになります。時間の流れの中で、一つの化石を点として考えると、数少ない不確かで、まばらな点の情報から、ヒトの進化という連続性を考えていかなくてはなりません。
 化石が発見することは、昔ながらの発掘調査になります。現地にいってときには過酷な環境で、長時間の労力をかけて見つけなければなりません。貴重な化石からいろいろな情報を読み取られます。年代を測定する技術、化石の内部を破壊することなく透視したり、3次元的に詳細に計測したりできます。非常に小さな化石の破片からでも、定量的なデータを読みっていくことができます。
 報告されたのは2015年3月ですが、化石は2013年に発見されていました。ですから、報告まで、2年近く時間をかけて調べられてきました。また、発見にどれくらいの労力が払われたのかはわかりませんが、苦労して発掘されたとそうぞうできます。
 産出の少ないヒトの化石では、新しい種の化石がみつかると、ヒトの進化の流れを知る重要な情報になります。その化石が、流れの源流に近いものであれば、その重要性が増していきます。
 今回紹介するヒトの化石は、生物の分類でいうと「属」という体系で見た時、もっとも古いところに位置するというものでした。ヒトの「属」で最古の化石となります。ただし、私たち現世人類の源流に近いのですが、直系の祖先ではないようですが。

・大発見・
外から見た時、ひつとひとつの変化の度合いが小さくて
ほとんと変わっていないようにみえるものが、
積み重なっていくうちに、ある時気づいたら、
かなり変わっていたということあります。
まあ、これはどの研究分野でも同じことがいえるのでしょう。
一方、ひとつの大きな発見によって、
誰もが大きな変化が起こるだろうと思えることもあります。
いわゆる大発見です。
ただし、研究者は、自分の業績を重要だというために
大発見として伝えがちです。
外の人は、そのあたりを冷静に見る必要があります。
ヒトの進化については、化石が少ない割に、
非常に複雑で、いろいろな考えもあります。
ですから、新しい発見があると
進化も大きく道筋も変わることもあります。
今回の発見は、どうでしょうかね。

・気分転換・
このエッセイの発行時には、
大学の入試で出張しています。
少々寒いところへいくことになるので、
天候なので交通機関が遅れることが心配です。
ところで、校務いくのですが、
別の場所に出かけると、それは大いに気分転換になります。
帰ってからまた元気に、仕事に戻れることを願っています。

2016年1月28日木曜日

5_134 113番目の元素 4:命名権

 113番目の元素発見の最後の話題は、元素の命名権についてです。実は命名権争い、あるいは第一発見者の争いがおこなわれていたのです。ライバルは米ソの合同チームでした。理研のチームは、熾烈な競争を勝ち抜きました。

 新しい元素の発見は、日本の研究者だけが取り組んでいる研究だけではありませんでした。他の研究機関でも行われています。最大のライバルは、アメリカ・ロシアの共同研究をしているグループでした。アメリカとロシアの研究グループは、アメリカのローレンス・リバモア国立研究所、オークリッジ国立研究所、そしてロシアのフレロフ核反応研究所でした。
 彼らの方法は、カルシウム(Ca、原子番号20、質量数48)のビームを用いて、アメリシウム(Am、原子番号95、質量数243)、バークリウム(Bk、原子番号97、質量数249)、カリホルニウム(Cf、原子番号98、質量数249)に照射するというものでした。その結果、115番、117番、118番目の元素を合成ができました。それらの元素が崩壊していく過程で、113番目の元素も見つけたと主張しています。
 米ロ研究グループの合成件数は多いのですが、崩壊過程が、これまで知られている元素になっていません。そのため113番目の元素が、本物かどうかの確証が得られないという問題点がありました。
 一方、日本の理研は、元素の合成件数は少ないのですが、6回のアルファ崩壊と4回のアルファ崩壊と自然崩壊までのすべての手順を確認していることから、確実性はありました。それをもって、理研の研究者たちは、2004年からこれまでに3度合成した「113番元素」を新発見の元素であると主張しました。その結果昨年末に、113番目の元素に対しての命名権が理研に与えられました。
 今まで、元素の発見に関する研究は、すべて欧米のものでしたが、今回はじめて日本が命名権を獲得しました。アジアで初めてのことだそうです。
 命名権を与えられると、元素名とともに、元素記号も提案することになります。今のところ、どちらもまだ決まっていなようですが、野次馬はジャポニウム、リケニウム、ワコニウム、ヤマトニウム、ニシナニウムなどが候補だと囁やいていますが、どうなるでしょうか。
 忍耐を伴った、多大な努力された発見者が、研究の最後のまとめとして、命名をされるので、素晴らしい名称が付けられることと信じます。承認までに、1年ほどかかるそうですが、承認されれば、それが正式に教科書や周期律表に掲載されることになります。その日を期待したいと思います。

・年中行事・
あっという間に1月も終わりそうです。
今年度の後期の講義も終わり、
定期試験のシーズンとなりました。
2月には一般入試に突入します。
日常の仕事に忙殺されているのですが、
年中行事として、このような区切りになるものが
次々とあると、時間区切りが改めて確認できます。
そして、焦りを感じるのですが。

・積雪量・
今年は暖冬がいわれていますが、
先週の大雪で一気に平年を越えた地域もでてきました。
しかし、わが町は、今回の大荒れのゾーンからははずれたようで、
積雪量は例年より、かなり少なくなっています。
先週に少々雪がふったのですが、
それでも、例年よりはかなり少ない積雪となっています。
まあ、ここままの積雪で今年の冬が終わるとは思えませんが、
少ないのは北国の人にとっては助かることです。

2016年1月21日木曜日

5_133 113番目の元素 3:合成3個

 前回、113番目の元素の発見には、最強の装置や独創的な検出装置が必要だということを紹介しました。今回は、発見において、なによりも目標を達成するまでの、たゆまなき努力が必要だっということを紹介します。

 113番目の元素の合成は、2003年9月に、実験が開始されました。加速した亜鉛の粒子(ビーム)をビスマスにあてる(照射といいます)という実験です。1秒間に2.4兆個の亜鉛ビームを、79日間、ビスマスに照射されました。その結果、約50兆回の衝突が起こりました。
 そして、2004年7月23日に、やっと最初の一個ができ、それが113番目の元素であることが確認されました。ただし、その元素の寿命は約1000分の2秒と非常に短いものです。その元素一粒の性質を、調べなければならないのです。非常の困難な作業です。113番目の元素は、崩壊して他の元素に変わっていきます。その時に4回の連続したアルファ崩壊(へリュウムの原子核の放出)が起こります。それを観測していきます
 4回のアルファ崩壊が起こると残った原子核は、原子番号が8小さくなり、質量数が16小さくなります。それは、ドブニウム(Db、原子番号105、質量数262)という元素になります。この原子核も放射性元素なので、時間がたては崩壊します。その崩壊のしかたは、自発核分裂(原子核が分裂すること)か、アルファ崩壊することも知られています。その確率は、自発核分裂が1/3で、アルファ崩壊が2/3程度となっています。自発核分裂をせずに、連続した6回のアルファ崩壊を観測できれば、133番目の元素であるという決定的な証拠となります。
 1回目の発見では、自発核分裂が観測されました。これで、113番目の元素であることがわかりました。しかし、6回のアルファ崩壊ではなかったので、1つの観測では確実性がないので、さらに実験がなされる必要があります。1回目の合成が10ヶ月ほどでできたので、2回目以降の1年以内にみつかるでしょう。そして予想どおり、100日間の照射により、2005年4月2日に2個目がみつまりました。これも、4個のアルファ崩壊の後、ドブニウムの自発核分裂が観測されました。
 研究チームは、この2回の合成で新元素発見の報告をしたのですが、2回では回数が少ないなどの理由で、新元素とするには不十分であるとされました。そのため、3回目の実験が必要になりました。できれば、自発核分裂をせずに、連続した6回のアルファ崩壊を観測したいところです。
 三度目の合成への挑戦が、はじまりました。ところが、3回目の合成まで350日間の照射が必要となりました。最終的に2012年8月12日になって、やっと3個目の合成が起こりました。2回目の合成から6年間、合成ができませんでした。3個目の113番目の元素は、6回のアルファ崩壊が起こりました。これで確実な証拠がでたことになります。
 たった3個の証拠ですが、工夫をこらした大きな装置を用いながらも、大変な苦労の後にできた発見なのです。

・本来の反応・
先日、全国的に大荒れで、
北海道も大雪の予報でしたが
わが町の積雪はそれほどではなく、ホッとしました。
予報がはずれると、少々不満をもってします気持ち持ちます。
私もそうでした。
しかし、予報通りにならなくて安心することが
本来の反応となるべきでしょう。
なぜなら、警告をもらったが
それほどひどくなく過ごせたという結果になったのです。
結果としては、喜ぶべきことでしょう。
このような本来すべき反応とは、逆にものは、
人の本性にかかわっているのでしょう。
しかたがないことかもしれませんが、
本来の反応をするようにはどうすればいいのでしょうか。
教育でしょうかね。

・試験・
センター試験が終わりました。
大学では後期の講義がもうすぐ終わり、
来週から定期試験がはじまります。
続いて2月になったら一般入試がスタートします。
他の私立大学も同じ時期に入試がはじまります。
大学は在学生と新入生のための試験が
並行して行われます。

2016年1月14日木曜日

5_132 113番目の元素 2:最強と独創

 人が達成していないことを新たに成し遂げるには、それなりの装置、時には強力なものが必要になります。ただし、そこには工夫や独創性が不可欠になります。そんな装置を用いて、元素の合成はなされました。

 113番目の元素の合成は、理化学研究所(理研と略されます)でなされました。理研にはいろいろな目的の施設が日本各地あるのですが、今回の発見は、埼玉県和光市にある仁科加加速器研究センターでおこなわれました。
 加速器とは、電荷をもった粒子(イオンの状態の原子核や素粒子など)を放出し、電場や磁場などを利用して、移動させ、加速して、目的の物質にぶつける装置です。粒子の加速には、丸形に加速するサイクロトロンや直線的に加速させる(線形加速器)タイプなどがあります。加速した粒子を、対象とする物質に当てて、反応を人工的に起こすことができます。
 仁科加加速器研究センターの重イオン加速器施設には、RIビームファクトリー(RIBF)と呼ばれるものがあります。RIBFには、何種類かの加速器があります。リング状に加速する装置(RC、IRC、SRC)と直線的に加速する装置(理研重イオン線形加速器RILAC)などがあります。リング状加速装置は、多段階に加速していく装置となっています。最終的な加速をするためのSRCは、世界で最初の装置で、総重量8300トンにもなる世界で最大、最強の装置となっているそうです。これらの装置を用いると、ウランまでのすべての元素で、最大の強度のビーム(加速された粒子)を発生させることができるます。大きな原子同士の粒子の衝突が起こせることになります。
 今回の実験は、113番目の元素をつくるために、原子番号30の亜鉛(Zn)と83番のビスマス(Bi)をぶつけてくっつけば、30+83=113となり、113番目の元素ができることになります。これは2種類の原子核が合体するので、核融合を起こす実験になります。亜鉛のビームをつくって、ビスマスに当てて核融合を起こして113番目の元素をつくるという方法がとられました。
 ところがその核融合の確率は、100兆分の1という小さいものです。ですから、長い時間、ビームを当て続けて核融合を起こし、核融合したものを逃すことなく捉え、元素の種類を調べるという一連の実験をしなければなりません。検出にも、いろいろな工夫が必要になります。
 ビスマスに当たる確率が低いため、大量の亜鉛がビスマスを通り抜けて飛び出してきます。そしてその中に113番目の元素も混じっています。113番目の元素だけを選び取れる装置が必要になります。それが気体充填型反跳分離器(GARIS)と呼ばれているものです。
 ビスマスを通り抜けてきた原子を、磁場で粒子を曲げて分けるのですが、質量と電荷によって曲がり方が決まります。ところが113番目の元素の質量は決まっているのですが、電荷が決まっていません。ですからこの装置だけでは、うまく分けることができません。
 電荷をもった粒子がヘリウムガスの中を進むと、原子の電荷がならされて平均的な値をとることが知られています。1113番目の元素は+11.9になります。GARIを用いて、質量(278)と+11.9の電化をもった粒子だけを取り出せば、目的の元素を分けることができます。
 このような最強の装置を用いて113番目の元素が作り出され、独創的な工夫された検出システムで測定されました。その様子は次回としましょう。

・センター試験・
いよいよ大学は入試の季節になりました。
今週末にセンター試験が行われます。
我が大学は、会場になっています。
教職員は総員体制で望むことになります。
大雪や荒天で試験の開始期が
遅れることがないように毎年、願っています。
しかし、こればかりは、人智を超えています。
ただ、何があっても準備を怠なきようにすること、
もし起こったら対処することです。
これしかありません。

・真冬日・
北海道は1月になってから、
何度も真冬日が訪れています。
真冬日とは、昼間も氷点下のままのことです。
エルニーニョのせいで暖冬だといわれています。
確かに現在のところ、積雪量は例年より少ないです。
大きな道は除雪が行き届い、交通量も多いので、
雪は溶けて走りやすくなっています。
もちろん、暖かい日もあります。
暖かい日のあとに、冷え込みがあると
脇道には雪が残っているので
雪が降らないとアイスバーンになります。
しかし、きっと雪はまだまだ降るのでしょう。
時には大雪も降るのでしょう。
それも受け入れるしかありません。

2016年1月7日木曜日

5_131 113番目の元素 1:人工元素

 明けましておめでとうございます。2105年12月31日に、日本の研究者が発見した元素が、新元素として認定されたという、めでたいニュースが流れました。今年は、この話題からスタートしましょう。新しい元素とは、どのようなもので、どのように発見され、そしてどのように新元素と認定されるのでしょうか。

 すべての元素は、周期律表に示されています。この世を構成している物質すべてが、この周期律表にのっているのです。100個弱の構成物が、この世を作り上げているというのは、単純といえば単純です。
 さて、「水兵リーベ、僕の舟・・・」などという語呂合わせで周期律表を覚えていった記憶を、多くの人はお持ちでしょう。でも、周期律表の下の方になるとあやふやになっていくのではないでしょうか。
 私も、岩石に含まれている元素で、1列から3列あたりから、4列目の亜鉛(Zn)あたりまで分析することあるので覚えています。しかし、それより重い方の元素では、Rb、Sr、Sm、Nd、Pb、U、Thなど、年代測定で分析していた元素の周辺は覚えていますが、それ以外の元素は、はっきりと覚えていません。
 現役の化学の関係者はさておき、かつて元素分析していたものですら、この程度ですから、一般の方は、きっとほとんど記憶から消えていることでしょう。そんな重い元素での日本の科学者が大きな成果をあげました。
 それは113番目の元素の発見です。新しい元素の発見とはいっても、天然には存在しないものです。人工的に合成して新元素であることを確認したということになります。
 天然に存在するもっとも重い元素は、U(ウラン)で原子番号は92番です。61番目のプロメチウム(Pm)とウランより大きな元素は、天然には存在しないことがわかっています。112番目までの元素はすでに合成実験により発見されていました。さらに、原子番号114番目のフレロビウム(Fl)と116番目のリバモリウム(Lv)も発見されていました。ですから、113番目と115番目を飛ばした114個の元素が、これまで確認されていました。
 そして今回、113番目の元素が確認され、そして認定されました。この認定が重要になります。

・不特定一人のあなたへ・
昨年はエッセイをお読みいただき、ありがとうございました。
本年も引き続きよろしくお願いします。
ただし、このエッセイは、購読を強要するものではなく、
読む人の好奇心に任せています。
宇宙のこと、自然のこと、地球のこと、地質のことなどに
興味を持っていただけたらと思ってお送りしています。
興味がなくなれば、購読を中止して頂いて結構です。
興味を覚えたら登録しただけばいいと思っています。
一人でも、どれかのエッセイに興味を持ってもられる方がおられたら
このエッセイを書き、お送りすることに意義があると思っています。
多数の読者を期待して書くのではなく
「不特定一人」の「あなた」へのエッセイとして
書き続ける気持ちは、今も変わっていません。
よろしければ、本年もお読みいただければと思います。

・こころを認めたい・
今回の重い元素を見つけるために
多大な労力をかけ、エネルギーも資金も投じられています。
大きな成果があると、
すぐに「その研究にどんな意味があるの」などという
質問がよくされのを耳にします。
「意味」のところが、「価値」や「人の役に立つ」などに
変わることもありますが、
たとえノーベル賞受賞者にも同じ質問がなされます。
質問者が求めているのは、
すべて社会や自分たちへの見返りを聞きたいのでしょう。
成果が、直接の自分への見返りがなくても、
見返りがあるという答えを聞くことで安心したいのでしょうか。
確かに多くの研究は、国費を使用しています。
研究は、本当に役にたたねばならないのでしょうか。
私は、役に立たなくても、変な理由をこじつけなくても
単に心の赴くまま、好奇心にしたがって科学してもいいと思います。
芸術も人文科学も社会科学も、営利や打算がない
止むに止まれぬ気持ちでなされているものが
いっぱいあると思います。
そのようなものに、社会への貢献を無理やりひねり出させるのは
純粋な心を汚しているようで、どうも好きなれません。
いつから日本人は、そんな打算的な成果を
「こころ」が生み出される成果に
求めるようになったのでしょうか。
少々残念です。