2012年4月26日木曜日

6_102 生命の起源6:科学へ誘い

このシリーズで紹介しまたように、生命の起源については、いろいろな説が提唱され続けています。それぞれの説で、今でも新しい知見が示され、新しい論理が展開されています。生命の起源は面白いテーマで、なかなか目の離せないものであります。シリーズの最後に未知からの科学への誘(いざな)いを紹介します。

 海は、現在も精力的に探査され、500ヶ所以上の熱水噴出孔が発見されてきました。500ヶ所は多いでしょうか。少なくはないのですが、海洋の広さからすれば、ほんの少しかも知れません。探査が及んでいる地域も、ほんの一部ではないでしょうか。海には、まだまだ未知の領域がいっぱいあるはずです。
 ある熱水噴出孔からほんの数メートルしか離れていない別の噴出孔で、全く違う生態系が見つかっています。噴出孔の熱水は、黒いもの(ブラックスモーカーと呼ばれています)がいくつも見つかっていました。その後、硫化物や金属の少ない白い熱水をだすもの(ホワイトスモーカー)も見つかりました。さらに、海嶺以外のマグマの活動のない地域から、冷水が噴出するところも見つかり、そこではメタンを利用している微生物(メタン酸化細菌)を基盤にする生態系があることがわかりました。
 未発見の不思議な生物や生態系が、地球上にはまだまだありそうです。新しい発見のたびに科学者は驚かされていますが、そんな驚きこそが科学の楽しさではないでしょうか。
 生命の誕生は、地球形成以来、もっとも古く大きなイベントでしょう。そのため多くの研究者が興味を持ち、チャレンジしてきました。
 最初に誕生した生命の化石は、たぶん残っていないでしょう。なぜなら最初の生物は、あまりに儚(はかな)く、あまりに脆(もろ)く、あまりに少なかったはずだからです。最古の生命の化石があったとしても、その化石が現在の生物の直接の祖先とは限りません。何度もの生命の誕生のチャンスはあったはずです。たった一度のチャンスを地球の生命がものにしたとは思えません。ですから最古の化石が、私たちの祖先との関係は不明なのです。過去の唯一の物証ともいうべき化石でさえも、祖先として証拠能力は危うのです。
 地球の広さ、海の広さ、時間の長さに対する、これが現在の私の科学の到達点です。この到達点は、地球の45億年の時間の流れの中の「現在」という切片にすぎません。私たちは知っていることは、まだまだ少しかないのです。地球や生物の歴史は、奥深くもっと多様で知りえないものでしょう。私たちは、もっと謙虚に自然をみ、調べ、理解していく必要があります。驕(おご)ってはならないのです。
 生命の起源が古いが故に、実証が困難で、今も謎として残っているます。そんな未知だからこそ、私たちを科学へ誘います。生命の起源から、そんなことを感じました。

・新情報・
生命の起源に関する情報は絶え間なく出てきます。
火星の生命が30年前に見つかっていた、
大不整合の形成はカンブリア爆発を引き起こした、
などの報告もありました。
それぞれ興味をそそる内容ですが、別の機会としましょう。
科学のテーマは大きな流行もあります。
そのようなテーマは、資金も人材もつぎ込まれ
一気に研究が進み多様な発見や体系化が進みます。
一方で、ひとつのこと、マイナーなテーマを
こつこつと飽くことなく続けていく研究もあります。
そんな研究から大発見や新しい分野が生まれることもあります。
どちらの研究も大切ではないでしょうか。

・ゴールデンウィーク・
あれよあれよという間に、
4月もあと少しです。
今回のメールマガジンが4月最後の号となります。
次号から5月となります。
今年は、新入生の担当の講義は後期からで、
前期は大人数の講義に混じっているだけです。
でも、せっかくの長い休みですから
リフレッシュしたいものです。

2012年4月19日木曜日

6_101 生命の起源5:熱水噴出孔

生命の起源の本命ともいうべき深海の熱水噴出孔が今回の内容です。1977年に熱水噴出孔が発見されて以来、多数の研究がなされてきました。それは生命誕生の場として、有利な点が多々あるためです。しかし、それでもまだ未知はいっぱいあります。

 ここまで「生命の起源」のシリーズで起源について、いくつかみてきました。生命の起源説は、地球外と地球内に大別されました。地球内説として、地表の陸や地下温泉の最新動向を紹介しました。主流派は、なんといっても海、それも深海の熱水噴出孔です。では、シリーズの最後に、熱水噴出孔での生命誕生説の概要をまとめておきましょう。
 かつて深海は、未知世界ではあったのですが、静かで暗く冷たいところで、生命活動のない、変化のない「死の世界」のよなところだと考えられていました。1970年代から、深海の実体は、潜水艇で調査できるようになって、明らかになってきました。
 深海には、活発な場があることがわかってきました。最初の熱水噴出孔の発見は、ガラパゴスの海嶺に潜ったアメリカのアルビン号で1977年のことでした。各地の深海に潜水艇がもぐり、調査をすすめていくと、熱水を噴出しているところが、多数あることがわかっていました。今では500ヶ所以上の噴出孔が見つかっています。
 なによりの驚きは、生態系の発見でした。陸地のものとは全く違う生態系が、そこにはありました。微生物だけでつくっている生態系ではなく、貝、エビ、カニ、魚類などの多様な生物種が織りなす生態系でした。
 地上の生態系における生産者は植物で、太陽光をエネルギー源とする光合成を基盤にしています。深海底では太陽光は届かないので、別のエネルギーを用いている生態系でした。エネルギー源は、噴出している熱水でした。深海の海水温は2℃ほどなのに、熱水の温度は400℃ほどにも達するものもありました。熱水が、エネルギーとなり必要物質の供給源でした。
 生態系において、熱エネルギーと熱水に溶けているさまざまな成分が重要な役割を果たしています。噴出孔では、高温の熱水に溶けていた成分が、周りの冷たい海水に急激に冷やされることで、析出、沈殿をします。それが噴出孔のまわりに付け加わって、煙突状(チムニーとよばれています)になります。チムニーの周りに、深海の不思議な生態系が形成されていました。
 生産者としての微生物は、熱水に含まれている硫化水素を利用するもの(イオウ酸化細菌)です。酸化還元の化学反応によって生じるエネルギーを利用しています。酸素がまったくない環境(嫌気性)で、りっぱな生態系が成り立つことがわかってきました。
 噴出孔の環境は、酸素と太陽エネルギーを中心としている地表の生態系と比べて、効率は悪いのですが、地球初期を想定すると、生命誕生の有力な場といえます。なぜなら、まず酸素は地球では20億年前ころに形成されたものですから、酸素を利用する生物が最初の生命とは考えられません。また、地表は初期の生物にとって、変化の激しい環境、有害の太陽光(紫外線)など、非常に過酷な環境です。深海は、地表に比べると安定した環境だといえます。そして、生命活動のエネルギーとしてだけでなく、生命誕生のための化学合成の環境として充分なりうるものです。
 多数の生物起源にかんする研究が、深海の熱水噴出孔でなされてきました。熱水噴出孔を前提にした実験もいろいろなされてきました。その結果もあって、今では多くの研究者も、深海の熱水噴出孔が生命の誕生の場ではないかと考えるようになってきました。
 しかし、残念ながら、熱水噴出孔が生命の誕生の場という決定的証拠はまだ見つかっていせん。現在の生態系はあくまで、現在生きている生物によるものです。最初の生物によるものが継続しているわけではありません。地球のように、多様な生物があらゆる環境にいる星では、もはや原始の生物はいないでしょう。証拠が見つかるかどうかも疑問です。また、今までの生物と関係なく独自に新たな生物が生まれることは、生存競争の激しい地球では難しいのではないでしょうか。

・永遠の謎の魅力・
自分の由来が、あるいは自分の祖先が
どのようにして出現したのかは、
興味の尽きないテーマです。
しかし、上で述べたように、
生命誕生の謎は、なかなか実証できない難問です。
永遠の謎かもしれません。
そんな謎だからこそ、
より興味を惹かれていくのかもしれません。

・4月も中旬・
新学期がはじまったと思ったらもう4月も中旬です。
時の流れは早いものです。
来週末からはゴールデンウィークがはじまります。
もう少し講義が進んで
大学の日常になれてからの方がいいと思いますがが、
現状の日程ではきついようです。
ゴールデンウィークは慌ただしい環境変化をした
学生にとっては一息の時期かもしれません。
自分を取り戻すいい機会かも知れません。
ただ、5月病になっては元も子もないのですが。

2012年4月12日木曜日

6_100 生命の起源4:熱い泥沼

生命が地表でできたという説が、最近出されました。新しい説では、火山地帯で熱水が流れる泥の沼のようなところを想定しています。もちろん似た考えからは以前からありましたが、新しく提唱するために、最新のデータが提示されています。それなりの説得力もあります。さて、この新しい説を信じることができますか。

 地球内の生命起源説で、陸地での誕生の可能性を指摘する論文が発表されました。もちろん、なにもない陸地では、生命は誕生しません。それなりの条件が必要です。有機物を無機的に合成するのですから、材料と合成のためのエネルギー源が必要です。そして、多様な試行錯誤が必要なので、その条件がありふれた場で多数存在すべきでしょう。さらに重要なのは、そのような条件の方が、他の説より有利だという証拠も提示されなければなりません。
 2012年2月13日にムルキジャニアナ(Mulkidjaniana)たちが発表したもので、「Origin of first cells at terrestrial, anoxic geothermal fields(陸地の無酸素の地熱地帯での最初の細胞の起源)」というタイトルでした。陸地でそのような条件を満たすところは、火山地帯でした。熱い温泉が湧き出し流れ、泥の沼をつくっているような場所です。熱い泥沼を想定したのは、いくつかの化学成分を根拠にしています。
 深海の熱水噴出孔を取り囲んでいる環境は、海水です。しかし、細胞内に蓄えられている液体は、海水とは化学成分が違っています。一般の細胞内の液体には、現在の海水より、はるかに多くのカリウム(海水の10倍)、リン酸塩(1万から1千万倍)、および遷移金属(鉄やマンガン、亜鉛などが数桁倍)を含むのに対し、ナトリウムは海水の1/40ほどしかないという特徴があります。実は、以前からこのような化学成分の違いは、問題とされていました。
 この問題を解決するには、細胞の体液が変化した、細胞が周りの環境から必要な成分を選択的に取り込んだ、原始の海水と現在の海水とは違っていた、などという打開策があります。しかし、そのためには、何らかの進化、仕組み、変化のためのプロセスを提案し、その根拠も示す必要があります。
 一方、素直に、細胞ができた環境と似た液体を体内にもっているはずだとする考えもあります。そのような場を、海以外で探そうというアプローチになります。海水はナトリウムが多く、カリウムが少ないのですが、火山の熱い泥沼ではカリウムが多く、ナトリウムが少ないところもあります。最初の細胞の「孵化場(hatchery)」として、陸地を考えるのであれば、現在とは違う原始大気のもとで考える必要があります。原始大気は、酸素がなく二酸化炭素の多い成分であったこと考えられています。さらに温泉がわいているような場であれば、成分や合成のエネルギーも調達可能です。
 有機物の合成と細胞内の化学的特徴をつくるには、蒸発の激しい浅い泥の池(金属硫化物と多孔質ケイ酸塩鉱物がまじっている状態)であれば、先ほどの化学成分の条件を満たす環境ができそうだとされています。実際に火山の熱い泥沼にみられる濃縮された蒸気に似ていることがわかりました。
 さて、陸地の熱い泥沼ですが、説得力あるデータが出されています。それでも、地表は生命の「孵化場」としては、過酷に思うのは私だけでしょうか。酸素のない大気ではオゾン層ができないので、DNAを鎖ができてもすぎに切ってしまう紫外線も強かったはずです。植生のない大地は、大雨や洪水があれば、地表は簡単に洗われ、せっかくの泥沼も一時的に消えてしまうこともあるでしょう。火山は移ろいやすいものです。火山活動はやがては終わりを告げます。せっかく合成された最初の細胞も、絶滅してしまわないでしょうか。また、できた生命をどのようにして海に運び、どのようにして組成の違う冷たい環境に耐えられるようにするのでしょうか。そんな困難さが、この説にはありそうです。

・誕生場論争・
生命の誕生の場として、
ダーウィン以来、地表は候補になっていました。
そしていろいろな候補地が挙げられました。
しかし、地表は多様な環境がある分、
その環境の周辺は過酷で、維持も難しく、
海まで移動しなければなりません。
そんなハンディをいつも抱えています。
その点、海中や深海底は穏やかな環境が保証されます。
そんなせめぎあいが、生命の誕生場論争には
常につきまとっています。

・淡々と・
4月もあれよあれよという間に過ぎていきます。
新入生で大学は賑やかになりました。
今日からはもう授業が始まります。
半年で15回の講義ですから、
7月一杯まで講義がぎっりしつまり
8月に定期試験です。
夏休みにも集中講義が入ります。
教員も大変ですが、学生も大変です。
まあ、年度当初からグチをいっても仕方がありません。
淡々とことを進めてきましょう。

2012年4月5日木曜日

6_99 生命の起源3:地下温泉

生命の起源として、地球外の可能性は論理的には否定できませんが、やはり地球内の起源を探ることは不可欠でしょう。生命の地球内起源説で一番有力な説は、深海の熱水噴出孔ではないかと考えられていましたが、最近、地下の鉱山内の温泉で、古いタイプの生物が見つかり、初期の生物の可能性が指摘されました。

 生命の起源を地球外に求めた研究をいくつか紹介しました。次に、地球内起源の新しい研究結果を紹介します。
 地下鉱山の内部に流れる温泉に生息する微生物で、非常に古いタイプの生物が発見されました。実は、その研究結果は、熱水噴出孔の可能性を示すものでした。
 海洋研究開発機構の髙見英人さんらが報告した研究です。「A deeply branching thermophilic bacterium with an ancient acetyl-CoA pathway dominates a subsurface ecosystem(深くで分岐した古いアセチルCoA経路を持つ好熱性バクテリアが地下生態系では支配的である)」というタイトルで、2012年1月に公表されました。
 髙見さんたちは、海底の熱水噴出孔と似た環境を想定して、地下鉱山で70°Cほどの温泉の流路を探しました。そして、その温泉の中に棲んでいる微生物群を見つけて、採取されました。微生物の群れの中から、好熱性バクテリア(Candidatus Acetothermus autotrophicumという名前、以下アセトサーマスと呼びます)を見つけ、ゲノムの解読をされました。
 生命の誕生は、熱水噴出孔だとするのが主流の考え方です。熱水噴出孔の環境は、比較的温度の低く、アルカリ性の熱水のあるところだと考えられています。そのような環境では、水素と二酸化炭素からエネルギーを得るための代謝が、もっとも古いタイプになります。そのような代謝は、論文のタイトルにあったアセチルCoA経路というものになるはずです。
 それを検証するために、髙見さんたちは、アセトサーマスを選び、ゲノムの解読をされました。
 解読の結果、アセトサーマスは、初期の生物(コモノートと呼ばれている)が持っていたと考えらえているエネルギー代謝機能であるアセチルCoA経路であることがわかりました。知らているバクテイアの中では、始原的なもので、もっともコモノートに近いことがわかりました。つまり、アセチルCoA経路がもっとも古いタイプの代謝であることを、髙見さんたちは、検証したことになります。
 この研究は、地下の熱水で生物が発生した可能性を示すことにもなりますが、そのような環境には、原始的な代謝形態を残す生物が今も生息していることも示しています。ということは、深海の熱水噴出孔より試料採取や多様性の確保がしやすくなります。研究しやすい場を得たことなります。そんな研究の可能性も拓いたことになります。今後も地下の坑道で研究が進められることが期待できます。
 生命の地球内起源説では、地下だけでなく陸地での誕生の可能性を指摘する研究が発表されました。次回はそれを紹介しましょう。

・科学の宿命・
過去の記録に残りにくい現象や事件を研究するとき、
いくつもの可能性が提唱されます。
それらのどの可能性が正しいのかは、
最終的な決着を見る場合は少ないはずです。
なぜなら再現性のない過去の出来事ですから、
正しいかどうか検証不可能だからです。
生命の起源の研究は、証拠の過多や論理の優劣で
追求されていくことになります。
論理的ではないのですが、
歴史性を含む科学の宿命なのかもしれません。
その点では科学的なのかも知れませんね。

・新入生・
いよいよ4月の新年度です。
大学も入学式を終え、
新入生がキャンパスを賑わせています。
教員もこの時期になると気分一新します。
なにより新入生の顔をみると
清々しい気分になります。
そんな新入生を見ながら、
いつものことですが、
新しい講義の準備に追われています。