2011年12月29日木曜日

6_95 2011年を振り返る

今年は、ニュースや話題も、すべて東日本大震災とそれに起因する人災である福島第一原子力発電所の深刻な事故が、占めているのではないでしょうか。震災から、皆さんはどんな教訓をえたでしょうか。災害に会われた方は、今後も長い戦い続くでしょう。幸い震災を免れた方も、いろいろなかたちで、教訓は残さていくでしょう。今年もそして来年も、それぞれの人が震災をかみしめていく必要があるでしょう。2011年を振り返ります。

 2011年も残りわずかになりました。今回は、今年一年を振りかえろうと思います。
 私事ですが、2011年3月まで愛媛県西予市に滞在していて、4月からは北海道に帰ってきて、大学での通常生活に戻りました。それが、私の身辺では一番のニュースになるはずだったのですが、実際の記憶は違っています。多くの人が、各自の私事以上に、共通の自然災害と人災が、一番の記憶になっているのではないでしょうか。
 2011年は、1月19日の新燃岳(しんもえだけ)の噴火のニュースから始まりました。このニュースも、ずっと遠くの記憶となってしまいました。3月11日14時46分、太平洋三陸沖を震源として発生した東日本大震災。それに続く津波、各地での余震。さらに、福島第一原子力発電所の深刻な事故。震災や事故、放射能汚染に対処する政府の醜態。メディアのおよび腰。東京電力の不正常な運営内容。原子力行政の閉鎖性。震災をきっかけにした、自然災害と人災が、強く記憶に残る年でした。
 地震や津波の自然災害は、かずかずの映像として、国民の前に提示されました。多くの人がショックを受けるような映像が、多数撮影されており、公開されてきました。その衝撃的な映像は、なによりも世界や後世への教訓となることでしょう。
 自然の脅威の前では、人はあまりに弱いことを痛感しました。自然災害を拡大させるのは人災であることも学びました。指導者の力のなさが国民に与える不安も感じました。人の弱さ、人災の怖さを感じました。
 一方、窮地に落ちた時の弱者に対する人の優しさ。人のつながりの強さ。知らない人同士の絆。そんな人間の力強さも感じました。
 自然災害を前の人の無力さ、差し伸べられた人の手の力強さ、人と人のつながりの温かさなど、自然と人の大きさの違い、異質さを感じました。大きな教訓として受け止めるべきでしょう。
 自然災害からの復興は、まだ終わっていず、続いていることも忘れてはいけません。3.11から、人それぞれの行動や考え方として、残すべきでしょう。その教訓によって、今後の生き方が変わることも、多々あるはずです。
 読者の皆様も、いろいろな教訓を学んだ一年となったと思います。私も、その教訓を噛み締めながら、今年一年の終わりを迎えたいと思います。そして、忘れる事のないような工夫をすることにしましました。それは、以下のメモで紹介します。

・予行演習・
12月28日は大学の御用納めの日で午前中で終わりです。
27日で講義は終わったのですが、
私のゼミの4年生は、1月にある発表会の予行演習を
28日の午後からします。
一部の学生は予行の準備のために午前からはじめるそうです。
このエッセイは、28日の午前中に発行しますので、
まだ予行演習はしていなのですが、
9名のゼミ生全員が発表をする予定です。
うまく準備ができていれば、
安心して正月を過ごせるでしょう。
うまくいかなくても、
どこに手を加えればいいのかわかるので、
安心できるでしょう。
発表後、夕方から忘年会となります。
私も今年最後の飲み会となります。

・我が家の教訓・
エッセイで述べたのですが、
我が家の教訓として、
自宅の改修をすることにしました。
9月頃に打ち合わせをして、
当初12月の中頃の予定だったのですが、
年末になってしまいましたが、
なんとか自宅の改修が終わりました。
幸い自宅を立ててくれた馴染みの大工さんが
その改修を受けて下さいました。
6日間もかけて、板からすべて手作りをしていただきました。
腕のいい大工さんなので
安心して任せることができます。
改修の目的は耐震です。
今まで自宅内に、市販の本立てや棚を利用して
本をいろいろなところに収納していました。
3.11の地震を教訓として、
壁と天井にきっちりくっついた棚を
家にあわせて作っていただくことしました。
ついでに作業机もその棚の一部として作って頂きました。
こちらの希望を聞きながら
その場でどのようなものがいいかを相談しながら
作って頂きました。
きっちりと丁寧な仕事をしていただいたので、
満足のできる棚が、5ヶ所のデットスペースにできました。
膨大な収納ができるようになりました。
そして一番の目的である耐震性が増しました。
これで、震災でものが倒れて自宅内で圧死するような
危機はなくなるはずです。
生命はお金では買えません。
ですから、少々出費が大きかったのですが、
3.11に対する我が家の教訓として
棚を見れば地震の危険性を思い出せるようにしました。

2011年12月22日木曜日

2_101 単純な多様性:古い化石 3

34億年前の化石は、最古ではありませんが、かなり古い生物の痕跡には違いありません。どのようなタイプの生物で、どのような環境で生息していたのかという情報は、地球の生物史にとってだけでなく、宇宙全般にまで広げた生命の起源を考える上においても、非常に重要な情報となります。杉谷さんたちの研究が、宇宙生物の雑誌に報告されたのは、そのような意図があったからなのでしょう。

 名古屋大学の杉谷さんたちの古い化石の発見が、2010年に「Astrobiology(宇宙生物)」という科学雑誌に報告されたことを、はじめに紹介しました。ではなぜ、総合科学雑誌や生物学や古生物、地質学などの雑誌でなく、このような一見分野の違うような雑誌に、発表されたのでしょうか。このシリーズの最後に、その意義を考えてみましょう。
 原始の地球には酸素はなく、大量の二酸化炭素と少しの窒素からなる大気がありました。窒素の量は今と変わらなかったはずなのですが、二酸化炭素は今の大気の量の何倍、あるいは何十倍もあり、その分、大気の圧力も高かったはずです。地球の表層は、今はとは、かなり違った環境でした。
 もちろん海水中にも酸素はありませんでした。酸素のない環境で、最初の生物は生まれたことになります。そもそも酸素は、20億年前ころに生物が光合成によって生産したものです。酸素のある環境が今では当たり前になっていますが、20億年前以前は酸素のない環境が「当たり前」なのです。酸素のない環境は、今も少しは残っていて、そこにも生物は暮らしています。酸素を嫌う「嫌気性」と呼ばれる性質をもつような微生物です。
 最古の生物が、嫌気性生物だとしても、どのような温度を好むのか、どのような場所で生活していたのか、どのような代謝システムをもっていたのかなど、いずれも生物の起源を考える上で、非常に重要な情報となります。
 今までの情報からは、34億年前の生物は、当初いわれていたような光合成をするような生物ではなく、深海の熱水噴出孔の嫌気性環境でひっそりと暮らしていたようです。そこでは、硫黄を代謝に用いていたり(杉谷さんたちやワーシーらの研究)、代謝によってメタンを生成していたような生物(上野さんたちの研究)がいたようです。いずれも嫌気性古細菌だと考えられます。
 このような古い化石から得られる生物像は、海という環境さえあれば、案外簡単に生物が発生できそうだということを示しています。
 できたての惑星であれば、天体の内部に熱も多くあり、マグマの活動も活発だったはずです。そのような天体で海さえあれば、熱水噴出孔は、至るところにできたはずです。つまり、どんな天体でも海さえあれば、地球タイプの生物が簡単に発生した可能性を、間接的ですが示しています。このような推定が地球の化石からわかります。
 その成果を、だれに伝えたいのかによって、発表される雑誌は変わってきます。杉谷さんたちは、天文学者や宇宙の生物の研究者に伝えたかったのです。そのモデルの最初の検証の場は、火星が最適でしょう。その一方で、太陽系外に、水惑星が存在するかどうかが、生物の存在に重要な決め手となるです。火星に生物の痕跡や化石みつかれば、他の天体で海の痕跡があれば、そこには生物発生している可能性が大きくなります。
 熱水噴出孔は、ただひとつの生物種だけではなく、何種類からの生物からなる生態系をなしていたはずです。化石で見つかっている以上の、もっと多様の生物がいたことでしょうが、まだ解明されていません。ただし、現在の熱水噴出孔でみられるような賑やかな生態系ではなかったでしょう。多様性はシンプルであったはずです。初期の生物による生態系だからです。また、多様性が少ないのなら、熱水の温度や成分など少し違っていれば隣同士の環境でも、生態系も違っていたかもしれません。熱水噴出孔ごとに違った生態系をもっていたかもしれません。そんなまだ見ぬ世界に思いを馳せてしまいます。

・遅々として・
いよいよ今年も残すところあと少しとなりました。
今年中にすべき課題(原稿)があるのですが、
まだ終わらず、あがいています。
データはそろいつつあるのですが、
大量の画像処理をしなければならず、
なかなかはかどりません。
なんとかシなければならないのですが、
遅々としてすすみません。
努力はしているのですが。
無限の仕事量ではないので、
毎日少しでも進めていけば、
きっと終わるはずです。
それを信じて進めています。

・予行演習・
大学の授業は27日までで
28日の午前中は教職員の御用納めで終わりとなります。
ただし、私の4年生のゼミは
28日の午後に3、4時間かけて
卒業研究の発表会の予行演習をします。
発表会は1月中下旬です。
年末正月を心穏やかに過ごせればという
親心ですが、さて理解していくれているでしょうか。
28日の発表会後、打ち上げの忘年会となります。
いまのところ全員出席の予定ですが、
なにせ年末のことなのでどうなることやら。
風邪をひかなければいいのですが。
ちなみに私は今、風邪気味です。

2011年12月15日木曜日

2_100 嫌気性細菌:古い化石 2

地質学では、同じような地域で、何度も似たテーマで議論が沸き起こることがよくあります。そんな地域は、地質学において、重要な役割があり、潜在的な可能性をもっているため、今後も同じような議論を湧き起こすことになるはずです。今回の古い化石の見つかったピルバラも、そんな重要な地の一つです。非常に広大ですが。

 西オーストラリアのピルバラ地域から発見された約34億年前の化石は、20年来、科学者の間でもいろいろな議論がありました。近年では、化石であることが多くの研究者から認められてきました。その認定のプロセスは、なかなか大変なものでした。
 恐竜の歯や植物の葉などの化石であれば、化石どうかの疑問はでません。形だけで、だれもの化石だと認めてくれます。しかし、最古とか、非常に古い化石では、それが生物かどうかは、いろいろなプロセスを経なければ認定されません。最初の頃(一番最初かどうかは永年に謎です)の生物は、微小で、単純な形態の単細胞生物のはずです。このような化石は、化石らしいものではありません。逆に化石ぽく見えても、化石でない結晶や自然の産物の可能性があります。生物と無生物との区別が、大切になります。以下ではそのような化石の認定について考えていきます。
 化石であると判定するためには、形態、サイズ、サイズのばらつき、そして生化学的化学組成などの客観的データが必要となります。
 形態とは、生物がもっているべき形のことです。未知の形態は、説得材料にはなりません。現世の既知の生物との類似性が必要です。形態は、直感的、視覚的ですので、重要な根拠です。しかし、決め手にはなりません。球状や繊維状などの形態は、無機的に、つまり生物のかかわりなく化学反応としてできることがあるからです。生物も、簡単で単純な形態を持っているのです。研究者は化石らしきものを、見つけようとしているのですから、そのような形態のものが、まずは候補となります。研究者自信も、それなりの先入観をもって化石探しをしています。ですから、第一歩は形態からでもいいのですが、さらなる証拠は不可欠になります。
 形態がもっているサイズも、生物として持ちうる大きさでなければなりません。火星の生物化石の報告は、化石っぽく見える写真で、インパクトがあり、真実味もありました。しかし、DNAが入らないほどの小さいサイズしかないことが、否定的な見解を生みました。生物がもっているべきサイズは、確保されていなければなりません。むやみに大きのも問題ですが。
 サイズのばらつきは、ある一定の範囲でおさまっているべきです。似た形態の化石が多数見つかっているのであれば、そのサイズの統計的ばらつきは、その生物種が持っている一定の大きさに収まるはずです。統計的に大きなばらつきがあるものは、無機的な成因を反映している可能性があります。初期のピルバラの化石の報告でも、このようなサイズが正規分布している状態を根拠の一つとして示されていました。
 生化学的化学組成とは、今では当たり前になりましたが、化石の構成物質から生化学的にデータを発見することです。生物しか作りえない化学成分(バイオマーカーと呼ばれています)を見つければ、化石が生物であったことの重要な根拠になります。しかし、それはそれでなかなか難しい問題もあるのですが。
 以上のような証拠をいろいろ積み重ねて、化石かどうかを判定していきます。 杉谷らやワーシーらの両グループは、電子顕微鏡や化学分析値などを根拠に化石であること主張しています。化石のサイズはわずか10μmほどで、細菌の細胞の形状をしているといいます。鉄と硫黄からなる結晶(黄鉄鉱(pyrite))もあることから、硫黄などを用いて代謝していたと考えられています。
 そして最後に、化石から得られた生物像と地質調査から得られた形成環境が一致しなければなりません。
 ピルバラの化石は、ストロマトライト(最初に提唱された生物像)が形成される浅海ではなく、メタン生成菌(東京工業大学の上野たちが最初に提唱)やイオウ細菌などの嫌気性細菌が生息していた深海底の熱水噴出孔ではないかというものになりました。このような生物像は、地質調査から得られた環境とも一致して、議論は収斂しつつあるようです。

・いよいよ年末・
師走も中旬となり、
世間はクリスマス気分なのでしょうか。
大学では、卒業研究の提出など、
ばたばたしているので、
そのような浮かれ気分はありません。
もちろん、4年生を担当している教員だからでしょうが。
今度の週末に、久しぶりに家族で街に出ます。
私は、先日の忘年会で街にでたのですが、
なんとなく、まだクリスマス気分になれません。
今週提出が終わります。
ただ、1月末に発表会があるので、
12月末に予行演習をおこなう予定です。
それが終われば、私たちは一段落となります。
御用納めのある28日ですが。

・根雪・
北海道は、今年は定期的に積雪があり、
一度に激しいドカ雪は、局地的に有りますが、
広域には今のところありません。
歳ごとに積雪の状態は違います。
12月中旬なのですが、
もう根雪の様相を持っています。
こんな雪景色が、北海道の冬らしくていいです。
ただ、寒いのはつらいですが。

2011年12月8日木曜日

2_99 先取権:古い化石 1

もう師走ですが、今回のシリーズは、今年の夏に流れたニュースからです。本当はもっと前から、その研究の口火は切られていました。研究の先取権とも関わっていますが、新しい発見は名誉なことでありますが、それよりすごいものが見つかると、その名誉もほんの一時のものとなります。あるいは以前のすごい発見に新しい発見を付け加えるとき、どう売り出すか。そんことが背景にある古い化石をめぐる話題です。

 今年の夏に、最い化石が発見されたというニュースがあちこちのメディアに流れました。ニュースを見た方もおられるでしょう。しかし、このニュースは最古の化石の新発見ではなかったのです。最古の化石は、以前にも別の研究者たちが、発表しているものなですが、このたびイギリスの科学雑誌「Nature Geoscience」のオンライン版にニュースが出たので、大きく伝えられることになりました。今回は、その化石をめぐるニュースを紹介しましょう。
 最古の化石探しの舞台に、グラーンランドのイスア周辺の38億年前の堆積岩が、たびたび登場していました。このエッセイでも何度か紹介しました。しかし今のところ、確実に化石だと認定さているものは、まだ発見されていません。
 少し時代は新しくなりますが、西オーストラリアのピルバラ地域も、最古の化石探しの舞台として、何度か重要な役割を演じました。ピルバラ地域には35億年前から29億年前の堆積岩が分布しています。グリーンランドより地の利があるのと、露出がいいので、調査はしやすい地域ではあります。ただし、荒野で岩石砂漠のような地帯なので、過酷な地でもありますが。
 1993年にピルバラの35億年前の地層から、小さな化石の発見の報告がありました。その後の再検討によって、化石の根拠、化石の種別や堆積環境の推定に疑問が起こり、一時はその信憑性が危ぶまれました。しかし、2000年代後半になって、相次いでこの地ので、化石の研究がなされてきました。最も古い化石として、2006年10月23日の科学雑誌「Nature」に、約35億年前のものが報告されました。東京工業大学の上野たちが発見されたもので、深海底の熱水噴出孔で生息するメタン生成菌であることを示されました。
 名古屋大学の杉谷や三村さんたちも調査を継続されてきました。杉谷さんたちは、2007年にはその成果を発表され、その後も研究を継続されてきました。2010年にはアメリカの科学雑誌「Astrobiology(宇宙生物)」で発表され、その重要さから、雑誌の表紙にもなっています。そのような地道な研究の結果、それらが化石であることが、受け入れられるようになりました。35億年前には化石に残るような生物がすでにいたことを、多くの人に認知されつつあります。
 今回のニュースは、西オーストラリア大学のワーシー(Wacey)らとイギリスのオックスフォード大学の研究グループによるものです。化石は、34億2600万から33億5000万年前に浅い海でたまった堆積岩(Strelley Pool層)からみつかたものです。杉谷さんたちが調べた地層と同じものです。ただ、杉谷さんたちは、チャートから化石を見つけました。一方、ワーシーたちは、チャート層より下にある砂岩から化石を見つけています。地質学的には下にある地層の方が古いので、ワーシーたちの化石の方が古い可能性があります。
 両チームの化石の産地は、数10kmも離れたところだそうです。地層の比較から、時代差は5000万年程度あるのではないかと、ワーシーらは見積もっていますが、そこには正確さはありません。ワーシーたちの成果は後発なので、発見した場所と岩石の種類の違いと、なによりも時代がより古いことを強調しています。そして、より権威のある雑誌に掲載されることで、ニュースバリューを持たせることに成功しました。
 どんな化石であったかは、次回、紹介しましょう。

・研究動機・
この地層での化石発見の先取権は
杉谷さんたちにあります。
もちろん地域が違うので別物という見方はできるでしょう。
後発の報告は、より大きな成果を謳わなければなりません。
その一つが、より古いことをより有名な雑誌で、
強調することになったのでしょう。
でも、杉谷さんたちの発見した化石の多様性の方が
多くなっています。
これはより詳細な調査を繰り返してきた証でもあります。
まあ、科学的にはだれが記録したかより
その化石が本物かどうか、
あるいはその化石の数や、多様性のほうが重要です。
しかし、科学は研究者がおこなうものですから、
人の営みには、動機が必要になります。
先取権は大きな動機になります。

・宇宙生物学・
杉谷さんたちの発表の舞台が
宇宙生物学の雑誌であったことは、
なかなか興味深いものです。
なぜなら、最古の化石は、
生命誕生に直結するような証拠となります。
最古の化石の発見された環境が
ある種の惑星でも達成できそうなものであれば、
地球以外でも生命が誕生した可能性を示せます。
ですから、最古の化石は宇宙に関わる研究者も
大きな関心を持っているのです。

2011年12月1日木曜日

5_97 新定義への期待:キログラム 4

今までの質量の定義には、問題がありました。質量の新しい定義を決めることになりました。ところが、その定義の方法は、まだ決まっていません。手順が逆のような気がしますが、これは、人類の英知や将来にかけた決定ともいえます。私たちは、その期待を叶えられるのでしょうか。

 前回も紹介しましたが、質量の定義が、見直されてることが、決まりました。2011年10月21日、フランスでおこなわれたた国際度量衡総会で、その決議がなされました。キログラム原器が、現代の科学技術の精度や扱いにおいて、もはや充分な役割を果たしえないということになったからです。質量の基準に関わる問題は、多くの研究者も知っていました。新しい基準を定義しなおすことが、この度やっと決まりました。しかし、非常に困難な障壁が、そこには待ち構えています。
 質量の定義をどうするかは、実は現在でも、まだ決まっていないのです。現代の技術を持ってしても、質量の定義は、困難なものであることを意味します。
 もちろん、いくつかの方法は提案されています。
 ひとつは、原子を正確に数えていくという方法です。元素としては、ケイ素が候補となります。かつては炭素が候補でしたが、今ではケイ素が候補になっています。ICTにかかわる各種の技術の進歩が背景にあります。ケイ素の純度は高い結晶がつくれるようになっています。ケイ素の原子を、一個ずつ扱える技術もあります。ただし、大量の個数を扱うことになるので、どのように数えるのかが問題となります。そのための技術を開発していくために、日本と米国、英国、ドイツが共同で取り組んでいますが。しかしそこには、競争もあります。
 ある質量数のケイ素(28)をアボガドロ数(6.022 141 29×10^23)、集めれば、1molになります。1molとは、質量数のグラムになります。ケイ素であれば、正確に28gになります。それを質量の基準とする方法です。
 操作中に原子の数が変動しないようにしなければなりません。さらに、アボガドロ数を正確に定義しておく必要があります。モルは、もともと12Cでつくられた定義ですから、そちらを正確にしていく必要があるかもしれません。
 もうひとつの方法は、非常に精密な天秤をつくって、コイルに電流を流した時の磁力と、分銅を釣り合わせるというものです。その過程で、コイルの動き(距離とスピード)と電流と電圧を精密に測り、質量を定義していこうというものです。これは、アンペアを定義するのに用いられテクニックの逆用でもあります。1Aの電流が流れたときの質量を、1kgと定義していこうというものです。
 距離とスピードは長さと時間の測定なので、厳密さを持っています。ところが、電流は質量が用いられている単位となっています。これは、自己矛盾しているようにみえます。まあ、それなりの解決策があると思います。この方法は、即効性はありますが、将来性は少々危うい気がします。
 アインシュタインのE=mc^2という式を用いる方法もあります。ある振動数の光子のエネルギー(E=hν)と等しいエネルギーを持つ物体の質量から、1kgを定義しようとするものです。
 今後、数年かけて決定していく予定となっていて、いろいろな提案がされています。私は、原子を数える方法が、大変ですが、シンプルでいいと思います。まだ、技術も確定されていないものでに定義を委ねています。未来の技術に委ねたことになります。さて今の人類は、その期待を叶えることができるでしょうか。非常に困難な技術だと思いますが、日本の貢献にも期待したいと思います。

・卒論が佳境・
学生の卒論が佳境となりました。
あと10日ほどで提出なります。
連日、だれかの卒論の添削をしています。
やる気の問題で進展ぐわいは違います。
でも、やればやるだけ、内容は前進していきます。
本来ならもっと早く、
自分の置かれている状態を
気づいて欲しいのですが。
人間とは、切羽詰らないと
気付けないのものでしょうね。
できれば、生涯最高の達成感を
味わって欲しいものです。

・師走・
とうとう12月になりました。
本当に1年の経過は早いものです。
昨年は四国にいましたから
師走も例年とは違っていました。
今年はいつもの師走です。
そして、いつものように
私は、時間に追い回されています。
いつになったら、時間を
気にせずに生きていけるのでしょうか。
時間は、正確に定義されていますが、
体感時間は変化します。
せめて気持ちだけは、
ゆったり流れる時間を味わいたいものです。