2006年11月30日木曜日

2_50 生命の起源3:バイオマーカー

 生命誕生の化石探しは成功しませんでした。他の手段としてバイオマーカーが利用されています。今回はバイオマーカーについて紹介します。

 生命誕生の頃の化石を見つけるのは、なかなか困難でした。しかし、化石本体がなくても、生物の痕跡を見つけることができます。例えば、生物しか作れない化学物質があり、それを古い岩石から見つけたとしたら、それは、生物の痕跡、あるいは一種の化石とみなせるはずです。
 1968年、エグリントンとカルビンは、「過去の堆積物中に残されている有機物」を化学化石と定義しました。
 ここでいう有機物とは、生物しか作れないようなものなります。そのような有機物には、アミノ酸、タンパク質、DNAやRNA、炭化水素、などがあります。では、それぞれの有機物は、どれほどの期間、地層の中に保存されているのでしょうか。
 1954年、アメリカのアーベルソンによって、デボン紀のオハイオ頁岩の板皮類の化石から、7種類のアミノ酸(グリシン、アラニン、ズルタミン酸、ロイシン、プロリン、アスパラギン酸、バリン)が検出されましたた。この研究によって、化石中に有機物が残っていることがわかりました。この研究を契機にして、1960年代に古い時代の岩石で、有機物探しがはじまりました。
 南アフリカ、トランスパールのフィグツリー層群から、31億年前のアミノ酸が検出されました。ところが、1969年に、アーベルソンとヘアーは、カナダのスペリオル湖北岸のガンフリント層(19億年前)のチャートのアミノ酸が、すべて現生生物の汚染であることを指摘しました。ですから、今までの研究が、すべて再検討しなおさなければならなくなりました。
 このため生命の起源の化石探しは、一時挫折しました。しかし、チャートに中であればアミノ酸は安定に保存され、実験によれば、少なくとも19億年前のチャートには、アミノ酸が保存されている可能性があると考えられています。
 いくつかのアミノ酸が集まって多種のタンパク質ができます。ヒトの体には、500万種のタンパク質あるといわれています。そのうち最も多いのは、コラーゲンとよばれる線維のタンパク質です。コラーゲンは全タンパク質の3分の1を占めているのですが、コラーゲンは、象牙質、骨、軟骨、腱、皮膚の真皮、内蔵の膜などを構成しています。コラーゲンとは、安定した物質なのです。古いコラーゲンとしては、現在、島根県日御碕沖の海底から見つかったナウマンゾウの牙(3万8500年前)から、コラーゲンが検出されています。これが、現在最古のコラーゲンの記録です。
 その他のタンパク質として、カルボキシル基はジュラ紀後期(1億5000万年前)の恐竜の骨から検出され、酸性ペフチドはジュラ紀中期(1億6500万年前)のカキの化石から検出されました。
 DNAは、今まで400万年以上は保存されないとされていました。しかし、特別な条件(フェノールやタンニンの存在下やコハク中)では、DNAは安定に存在できることがわかってきました。フェノールやタンニンの存在下では、1700万年前のモクレンのDNA化石が発見されています。現在、一番古いDNAは、レバノン産の白亜紀前期(1億4000万年前)のゾウムシの仲間の昆虫からリボゾームRNAが検出されています。
 やはり有機物では、生命の起源に迫るのはなかなか難しいようです。そこで、化学的に安定な炭化水素(炭素と水素の化合物)を、生物の指標として用いる方法が考案され、バイオマーカー(生物指標化合物)とよばれています。さらに炭化水素の炭素同位体は、生命起源の研究には、非常に有効です。このような炭化水素は、現在生命起源の化石として非常に有力な指標として利用されています。
 最古の生命活動の痕跡、あるいは化石探しが、地球最古の堆積岩である38億年前のグリーランドのイスアのものでおこなわれました。1978年、ドイツのフラッグは、イースト菌状の丸いものを化石としました。その後、それは、石英中の液体包有物と判明しました。次いで、ドイツのシドロウスキーは、石墨の炭素同位体組成が、生物起源の炭素であるとしました。しかし、そのような炭素同位体は無機的(生物によらず)に合成できることをが証明されました。最近では1996年、モージスらが堆積物中の燐酸塩鉱物(アパタイト)中の炭素同位体組成が、生命活動の痕跡であると、指摘しました。しかし、2002年、その岩石が火成岩で、堆積岩でないことがわかり、否定されました。
 現在バイオマーカーをもってしても、なかなか生命の起源に迫てません。しかし、科学者たちはいくつもの失敗によって、いろいろな知識を得ました。そしてその失敗から学び、より高精度の生命誕生探しへと進んでいきています。
 さて最初の生命の化学化石はいつ見つかるのでしょうか。

・早わかり地球と宇宙・
このたび、日本実業出版社から
「早わかり地球と宇宙」(ISBN4-534-04156-X C0044)(定価1470円)
という本を執筆、出版しました。
高校で習う地学の内容を網羅する構成になっています。
しかし、一般人にも分かりやすい内容を心がけていました。
2ページの見開きで一つのテーマを扱っています。
各テーマは、イラスト、写真などでの説明をしています。
103個のテーマから構成されています。
このメールマガジンで書いている内容を基にしている部分も多数あります。
書き方も、このメールマガジンと同じく、
平易で分かりやすいものを心がけました。
よろしければ、書店で手にしてください。

・師走・
11月も、もう終わりです。
北海道は雪が降っては溶けるの繰り返しです。
この繰り返しで冬へと季節は巡っていきます。
今年もあと一ヶ月と聞くと、ついついあれもしていない、
これもやり残しているとことが思い浮かび、ついついあせります。
私も落ち着かなくなって走り出したくなるような気分です。
師走となると落ち着きがなくなるのですが、
あせることなく、着実にいきたいものです。

2006年11月23日木曜日

2_49 生命の起源2:砂漠の化石

 前回、最初の生命探しの方法で、直接的アプローチと間接的アプローチがあるといいました。そして直接的アプローチでもっと分かりやすいのが、化石を見つける方法でした。化石による最初の生命探しを紹介しましょう。

 もし、最古の化石が見つかったとしましょう。最初の生命が、その化石ということはまずはないでしょう。ですから、最初の生命が誕生した時期は、最古の化石と同じ頃か、それより古いということになります。では、最古の化石は、どの時代のものなのでしょうか。
 現在最古の化石として、確実なものは、約35億年前の地層から発見されたものです。
 1978年、ダンロップ(J.S.R. Dunlop)が、西オーストラリアのマーブルバーという町の西方、ノースポールというところからみつけました。ノースポールのダッファー層から、直径数μmの球状の化石を数百個発見しました。その化石は、シアノバクテリア(藍藻類)と考えました。化石の中には、2つや4つに細胞分裂しているものも発見されています。
 1987年にショップとパッカー(J. W. Schopf & B.M. Packer)が、同じ地域のタワー層とアペックス玄武岩層中のチャートから、球状のコロニーと繊維状のシアノバクテリアの化石を発見しました。
 生物であるという証拠として、ダンロップは細胞分裂している化石を見つけていました。また、ショップとパッカーは、形態(細胞)の特徴だけでなく、化学成分も証拠としてあげています。それらは、いずれも説得力のある証拠であるために、生物の化石であるというのは、多くの研究者が認めています。
 では、その化石はどのような生物だったのでしょうか。それは、まだ論争中なのです。
 ダンロップもショップらも、化石の形やサイズ、そして化石が出てくる岩石がストロマトライト状の構造をしていることなどから、シアノバクテリアと推定しました。
 この推定は重要な地質学的意味があります。もし、この化石の生物がシアノバクテリアであれば、光合成をする生物であることになります。光合成は、生物としては、かなり高度な機能となります。高度の機能を生物として獲得するためには、進化において長い時間が必要となります。もしこの化石がシアノバクテリアであれば、35億年よりもっと前に生物の誕生は起こっていたことになります。
 もし38億年前の最古の海で生命が誕生しても、たった3億年間で光合成の機能を持つまでに進化しなくてはなりません。これは、進化におては、かなりきつい時間的制限となります。
 ですから、ショップらのシアノバクテリア説には、多くの研究者も納得できませんでした。
 その後の日本の研究者が、ノースポール周辺を詳細な地質調査をおこないました。地質調査の結果、ノースポール周辺の地層は、深海の海嶺付近でできたものであることが突き止められました。そして、中央海嶺の火山活動や熱水噴出孔、地下の熱水の通り道なども復元していきました。
 このような環境は、深海で深度も3000m以上もあり、光が届きません。ですから、光合成生物であるシアノバクテリアは生息することはできません。もしそこでシアノバクテリアのような形の生物がいたとしても、それはシアノバクテリアではありません。
 日本の研究者は、そのような熱水噴出孔で住むような生物は、高熱性嫌気性古細菌の仲間だと考えました。ストロマトライト状構造も、水平に溜まった地層が変形によってそのような構造になったと考えました。
 古細菌は、生物の中でももっとシンプルな機能しかもたない生物で、最初に出現した生物と考えても、おかしくありません。古細菌であれば、進化の時間的制約はなくなります。
 まだ、この化石について完全に決着はみていませんが、どうも日本人研究者の主張の方が、分がよさそうです。

・マーブルバー・
私は、マーブルバーまでいきました。
マーブルバーは町で、モーテルも食堂もガソリンスタンドもあります。
ただし、ひとつも店ですべてやっています。
でも、マールバーがノースポールに一番近い町なのです。
しかし、ノースポールはアウトバック(道路のない地帯)を
長距離、進まなければなりません。
乗用車では無理で、4WDで2台以上でいかないと
何かあったときに死んでしまいかねません。
ですから、私は、ノースポールにはいかずに、
同じような地層がでるマーブルバーで観察することにしました。
秋だというの、非常に暑い日が続いていました。
でもここではこれが当たり前の日々なのです。
亜熱帯の砂漠地帯ですから乾燥していて過酷なところなのです。
マーブルバーとは、何色かのチョコレートをねじって
棒状してあるお菓子のことです。
この地域の地層(チャートと呼ばれています)が
そのように見えたためでしょう。
また、ノールポールとは北極という意味です。
人は住んでいませんが、地名だけでも涼しくということなのでしょうか。

・真実・
ノースポールを詳しく調べたのは、磯崎さんたちのグループでした。
暑い砂漠地帯を何年もかけて、詳細な調査をしました。
そして何トンもの大量の試料を採取してきました。
その結果が、上で示したような成果となりました。
後発の研究のせいもあるのですが、
明らかにデータ量、データの質も磯崎さんたちの説の方が
勝っているように見えます。
しかし科学の正否は、物量は努力量でありません。
一つの真実を明らかにしたほうが正しいのです。
しかし、真実へは、証拠と論理が確かなほうが近いと、
科学は考えて進められています。

2006年11月16日木曜日

2_48 生命の起源1:アプローチの方法

 生命の起源は、まだ不明です。しかし、最初の生命探しへの努力は続けられています。その様子を紹介しましょう。

 「私たちはどこから来たのか」という哲学的な疑問を、多くの人は一度は考えたことがあるでしょう。「私たちはどこから来たのか」という問いを、哲学ではなく、自然科学の世界で突き詰めていくと、生命の起源へとたどり着きます。では、生命の起源は、どのように探ればいいのでしょうか。
 生命の起源は、科学者にとっても興味のあるテーマです。ですから、いろいろな科学的アプローチが試みられてきました。しかし残念ながら、まだ生命の起源は不明です。
 生命の起源とは昔に起こったことです。昔、それもかなり昔に起こったことを、調べ、答えを求めるなどということなんて、そもそもできるのでしょうか。そして、もしなんらかの答えが出たとしても、その答えが正しいかどうか、何によって検証すればいいのでしょうか。
 まず、一般論の話をしましょう。ある謎があるとします。その謎にいろいろな方法で取り組んで、答えを求めようとしました。ところがその答えが得られませんでした。でも、そのおかげで、それぞの取り組みごとに、いくつかの重要なヒントや条件がえられたとします。まったく別の考え方、方法で得られたものであれば、独立したアプローチといえます。独立とは、お互いに依存することなく、独自の方法で得られたものであるということです。もしそれらのヒントや条件が、すべて同じ方向を示しているのなら、答えはその方向にあると考えてよさそうです。
 実は、このような方法で、生命起源に関するシナリオができるようになりました。ですから、完全な答えを得られない、そして検証もできないのですが、一番もっともらしいシナリオを描くことはできるのです。
 さていよいよ本題ですが、生命起源の謎を解くためにとられた方法は、直接的なアプローチと間接的なアプローチに分けることができます。直接的なアプローチとは、生命の誕生の現場証拠を探そうというものです。間接的なアプローチとは、生命の起源に必要な条件や環境、プロセスなどを絞って探っていく方法です。それぞれをもう少し詳しく見ていきましょう。
 直接生命の誕生の証拠を探すという方法は、分かりやすいものです。直接の証拠とは、誕生直後生物の痕跡、つまり化石を探すことです。それは、最古の化石探しが重要な方法となります。もし、誕生直後の化石が、証拠として見つかれば、説得力のあるものとなります。
 間接的なアプローチには、いくつかの方法があります。現在手に入る素材から、推定していこうという方法です。生命を実験室で合成していく方法(合成実験とよばれます)、現在の生物から推定する方法(比較生化学)、材料物質からの推定する方法(隕石の有機物)などがあります。
 次回から、その中身を詳しく紹介してきましょう。

・生命の起源シリーズ・
今回から、生命の起源シリーズをはじめます。
予定では、7回ほどのシリーズになりそうです。
今年一杯かかりそうです。
まあ予定ですから、どうなるかはまだわかりませんし、
いろいろ変更もあるでしょうし、
別のエッセイを急遽書くこともあるかもしれません。
まあ、のんびりと着実にいきましょう。

・風邪・
私の町にも、日曜日の夜から朝にかけて、初雪が降りました。
しかし、月曜日の朝には、道路の雪はとけていて、
その後暖かい天気が続いたので、街の雪はすっかり解けてしまいました。
木々の葉もすっかりなくなりました。
いよいよ冬です。
そんな冬の便りを、私は、風邪とともに味わいました。
先週の後半に風邪で寝込んでしまいました。
月曜日まで休み、火曜日から動き出したのですが、まだ不調です。
家内と私が風邪で、子供たちは一応大丈夫です。
今週末にインフルエンザの予防接種を予約しているのですが、
受けられるかどうか微妙です。
今年の我が家は、次々と風邪にかかり、
全員が元気なときはあまりなかったような気がします。
そんなときもあるのでしょう。

2006年11月9日木曜日

5_58 宇宙から調べる7:数値地図と地形解析

 宇宙から調べるシリーズも今回が最後です。私が宇宙から眺めて最後には自分たちの身近なスケールへと戻ってきます。そんな等身大への旅を紹介しましょう。

 標高データや地図画像のデータがデジタル化されています。そのようなデータを数値地図と呼んでいます。数値地図であれば、コンピュータを利用して、さまざまなことに利用できます。
 紙の地図では、なかなか困難なのが、地名からの位置探しです。しかし、地名がデジタルとして登録されていれば、検索すればその地点に一気にジャンプすることも可能です。また、紙の地図では縮尺の違うものは、別に用意してなければなりませんが、デジタル地図では、同じデータを拡大縮小することで、自由に縮尺を変えることができます。またデジタルですから、パソコンさえあれば、かさばらないですし、いつでも手軽に見ることができます。
 このように数値地図は、便利ではありますが、上で述べたようなことは、紙の地図でもできたことです。デジタル地図でしかできないこともあります。標高に応じて色を塗り分けることと、地図上に引いた直線沿いで断面図を作成することなどです。これも手作業ですれば、時間がかかりますが、可能です。
 数値地図では、専用のソフトを利用すれば、自由な地点・高度・画角で3Dの鳥瞰図を作成すること、GPSと連動させてナビゲーションすること、GPSのデータを保存し、移動経路や地点の記録を残すことなど、紙の地図や手作業ではできない、さまざまな利用法が可能となります。
 現在私が主に利用しているのは、標高データを、ある手法で数値処理をして、地形の特徴を際立たすことで、地形の背後にある地質の特徴を読み取ろうというものです。これは、地形解析と呼ばれているものです。
 いつも使っている地形解析の方法として、地下開度、地上開度、傾斜量などがあります。地下開度とは、空の見通しの度合いをあらわすもので、尾根の地形の分布や密度がよくわかります。地下開度とは、空が地表に遮られる度合いをあらわすもので、谷地形の発達状況や河川の分布・密度、溶岩ドームなどの凸地形やカルデラのような凹地形がよくわかります。傾斜量とは、ある地点の最大傾斜方向から傾斜の度合いを求めたもので、地質の違いや断層の判読、浸食の程度、崩壊地形などが区別しやすくなります。その他にも、斜面方位、斜面形、起伏量などさまざまなものがあります。
 地形解析には、標高データのメッシュによる違いが如実に現れます。国土地理院が公開している全国を網羅しているもので、一番精度のよい標高データは50mメッシュです。50mメッシュで表現される地形の特徴は、当然のことですが50m規模以上の数百mのものを見ることになります。このスケールでは、中規模から大規模な地形をみるのに有効です。
 50m以下の数十m規模の地形の特徴はメッシュが粗くて、表現されません。じつは小規模な地形は、火山地形、河川地形、海岸地形など、私たちに日ごろ目にする身近な地形は、数十m規模の程度のものが多くなっています。ですから、この精度のメッシュでの数値標高データが一番欲しいところであります。
 精度を上げればいいかというとそうではありません。数m規模の地形は、実は、標高データを作成するのは非常に大変になります。なぜなら地表には植生や建物などがあり、上空から読み取ったものでは、本当の地形をあらわしていいないからです。数mメッシュの標高データを作成するには、植生や建物などの効果を取り除くために、膨大なる労力が必要となります。
 国土地理院では一部の都市部のみで5mメッシュの標高データを作成しています。これは、都市開発として需要があるからです。しかし、日本全土では手間がかかりすぎ、需要も少ないことから、今のところつくる予定はされていません。
 現在日本全土分としある数値標高データとして一番精度のよいものは、10mメッシュです。北海道地図株式会社が2万5000分の1地形図から独自に作成したものです。商品として有料で販売されています。
 地形をみるとき、10mメッシュが最適だと思えます。なぜなら地質を反映した地形は10mメッシュ程度のものからはじまります。5mや1mメッシュになると植生の影響の除去が本当なのか、人為や災害、気候による一時的な改変はないのかというチェックぬきには、議論がはじまりません。その点10mであれば、地質を反映した地形本来の特徴を示しているとみなせます。現在、私は、10mメッシュによる地形解析を利用して、地質と地形の関係を示している典型的な地域をピックアップして紹介しています。
 宇宙から眺めることで、より広くを見られることからこのシリーズははじまりましたが、最終的には自分たちに一番身近なものを見直すということに戻ってきました。やはり人間は、等身大のものからスタートし、より大きなもの、あるいはより小さなものへと向かっても、最後には等身大へと戻ってくるような気がします。やはり自分が気になるのでしょうか。

・私の旅・
7回にわたり紹介してきた宇宙から調べるシリーズも
今回が終わりとなりました。
エッセイでも紹介したのですが、10mメッシュの数値地図を使って、
どのようなことができるか、いろいろ試しています。
より広くを見ることから、やがて宇宙から地球を眺めることになり、
宇宙からどのように見るのか、どれだけ詳しく見るかということになり、
やがて人間にはなじみのある、数十mの単位のものへとたどり着きました。
このような前提をもとに、どんなことが見えるのかを探し求めることが、
宇宙から眺めることの本当の目的だったはずです。
ですから、エッセイとしては、長い旅でしたが、
私の旅が、ここからはじまるのです。

・共同研究・
私の旅がはじまって、もう2年近くなります。
北海道地図株式会社から北海道全域の10mメッシュ標高地図を
購入したのが、3年前でした。
北海道地図は旭川に本社があり、
札幌の営業の人が、我が大学の出身者でもあることから
旭川本社を見学させてもらいました。
そのとき、北海道地図との共同研究をしましょうという話がまとまり、
2005年1月からスタートしました。
その共同研究はお互いがボランティアで行うもので、
金銭の授受はしないことにしました。
そのかわり、お互いのもっているデータを無償で提供しあい
新しいものを生みだそうという目的の共同研究でした。
共同研究の手段は、毎月1回のメールマガジンの発行と
作成した画像のホームページでの公開でした。
北海道地図は、データ提供です。
私は、調査資料の提供、画像作成、ホームページ作成、
エッセイ作成、メールマガジンの発行などを担当としています。
そして、このたび北海道地図が販売促進用の来年のカレンダーで、
私がホームページで作成したものを素材にして作成されました。
もちろん私も、無償で働きました。
共同研究は、とりあえず1年のつもりでしたが、
今年で2年目になり、3年目の来年も、
継続していくことになりました。
私は、調査計画で本州を順番にめぐっています。
沖縄、屋久島、九州、四国まできました。
まだ、中国、近畿、東海、中部、関東、東北など
半分以上が残っています。
しかし、現実の旅とデジタルの旅が融合して、
はじめて豊かなものになると考えています。
ですから、私の旅はまだまだ続きそうです。

2006年11月2日木曜日

5_57 宇宙から調べる6:世界地図

 前回までは画像を中心とした見方をいろいろ紹介してきました。今回は、地球全体を同じ精度の数値データの地図を作成しようという試みを紹介します。

 日本では、紙に印刷された地図は、大きな書店にいけば手軽に購入できます。また、国土地理院から数値標高データとして、1kmメッシュ、250mメッシュ、50mメッシュというものが発行されています。さらに、地形図もデジタル化されています。1/2.5万、1/5万、1/20万など縮尺の地形図も公開されています。
 ある縮尺で自分の住む国土を地図で自由に見ることができるのは、日本では当たり前にように思えます。しかし、世界で考えると地図が手に入らない国も多数あります。それは、軍事上の問題や、発展途上で正確な地図をつくる余力がない国などいろいろな事情によるものです。日本のように地図が、それも数値地図まで、誰もが自由に利用できるというのは、非常に恵まれた条件の国であるといえます。
 そこで、地球観測衛星から、国の事情や地理的条件に関係なく、一気に地図をつくってしまおうという計画ができ、実行されました。
 まずは、最初に作成されたのは、標高データの作成です。標高データであれば、地表で調べることなく、一様な精度で作成することができます。動く人工衛星から、地上の同じ地点を、見る位置を変えて、つまり違う角度で記録します。するとその角度の違い、つまり視差を利用して、地表の標高を機械的に、しかし正確に読み取ることができます。
 このようにして全地球の標高データが作成されて、公開されています。そのようなものとしてSRTMと呼ばれているものがあります。SRTMとは、Shuttle Radar Topography Missionの略で、スペースシャトルによって観測された全世界の標高データのことです。標高データには、SRTM-30、SRTM-3、SRTM-1などがあり、いずれも無料で公開されています。
 SRTMの後の数字は、角度における秒の単位(1秒=1/60度)での地表の広さを表しています。この角度とは、緯度と経度における値のことです。地表をある角度で等間隔に区切ったもので、この区切られた網目状のものをメッシュと呼んでいます。緯度経度ですから、北や南になるほど、メッシュのサイズは小さくなっていきます。標高データは、メッシュの各点の標高の値で示されています。
 SRTM-30とは、角度30秒のメッシュで、メッシュサイズは約900mになります。SRTM-3は3秒メッシュで約90mになります。アメリカ合衆国内だけですが、SRTM-1(約30mメッシュ)も公開されています。もちろんアメリカの情報ですが、インターネットを通じてどこの国の人でもそのデータを利用することができます。
 一応このSRTMで全世界中の標高データが一定の精度でそろえることができました。次のステップは、地形図です。地形図には、いろいろな情報を書かれています。例えば、日本の地図には、各種の境界(国境、行政境界)、河川、鉄道や道路、建物、地名、植生、土地利用などが記録されています。これらは人工衛星だけでは読み取れない情報もたくさんあります。ですからこのよう地図を作成するのは、地表の情報も必要となり、容易なことではありません。
 しかし、国際的におこなおうと日本が中心になって「地球地図」プロジェクトが進められています。地球地図では、地球の全陸域をカバーし、統一された仕様で、誰にでも安価に提供される解像度1kmのデジタル地図情報を目指して進められています。
 地図情報としては、標高はもちろんですが、植生、土地利用、河川、海岸線、土地被覆、交通網、行政界、人口集中地区が統一形式でデジタル化されます。
 現在、この地球地図プロジェクトには、151ヶ国が参加しています。
 日本が2006年1月24日打ち上げた地球観測衛星「だいち」は、地形情報を正確に測定することができます。「だいち」で地表の1/2.5万の精度の地形データを集め、「日本国内やアジア太平洋地域など諸外国の地図の作成・更新」することが、重要な目的のひとつとなっています。「だいち」の試験は終わり、定常観測運用がはじまり、2006年10月24日より観測データの一般提供もはじまりました。
 このよう地球観測衛星によって、陸域全部が同じ精度で記録されていく仕組みができました。あとは地道にデータを収集していくことです。今は、その段階になってきました。

・志・
アメリカ合衆国は、ランドサットの画像データや、
SRTMの標高データ、地形図など、自分たちの収集したデータを
国民だけでなく、人類全体に対して無償で提供しています。
日本でも無償の提供はありますが、
手続きが煩雑だったり、メディア代が請求されたりすることあります。
ところがアメリカのデータ提供者は著作権は保持していますが、
自由に使っていいことになっています。
見返りを求めない、無償での提供は、国民性によるものなのでしょうか。
いずれにしても、立派なことです。
無償のデータを使用したときすべきことは、
メリーランド大学のGLCF(The Global Land Cover Facility)の場合は、
「user acknowledge」つまり利用者としての謝辞を送ることだけです。
素晴らしい志ですね。
このような違いはなにによるものなのでしょうか。
志の違いでなければいいのですが。

・だいち・
私は、最初、「だいち」の性能を見たとき、
特別すごいとは思いませんでした。
「だいち」は最新の地球観測衛星ですから、
センサーの性能は、日本として衛星としては、
かなり素晴らしいものです。
でも、国際的に見ると、特別すごいと思えるものではありませんでした。
その目的のひとつに、世界中の2万5000分の1の地形図作成である
と聞いて納得しました。
既存の安定した技術を用いて、
全世界をその精度で調べるというのは、
地表からの観測では、外交や軍事的な理由、
あるいは経費や日数の問題で、実現は困難であろうと思えます。
しかし、「だいち」のような人工衛星のデータを用いて行えば、
短い時間内で効率よくできると思いました。
「だいち」のような使いかたをすれば、
その装置の素晴らしさが人類全体に及びます。
このような志がもっと必要だと思いました。