2015年5月28日木曜日

2_128 ハビタブル・トリニティ 2:生命とは

 唯一生命が確認されている地球を例にして、生命誕生の条件を考えていくのは正攻法といえます。そのためには、地球で生命が、いつ、どのようにして誕生したか、あるいはその必要条件などを知っておく必要があります。そんなアプローチとして、ハビタブル・トリニティがあります。

 ハビタブル・トリニティ(Habitable Trinity)というのは、生命が存在できるための3条件ということです。最初に考えたのは東京工業大学の丸山さんたちでした。その詳細は、丸山ほか(Maruyama, Ikoma, Genda, Hirose, Yokoyama, Santosh, 2013)やドーム・丸山(Dohm, Maruyama, 2015)で紹介されています。
 これらの論文は、生命の起源に対して、不思議なアプローチをしています。地球生命の一番本質的なものとして、化学組成、あるいは栄養素を考え、それが地球のどのようなところに定常的に供給されているかを概観し、生命の誕生の場や時期、条件を考えています。その時にでてくると考え方として、ハビタブル・トリニティが提案されています。なお、2013年にはハビタブル・トリニティの考えは提示されず、2014年の論文で強く提唱された考えでした。
 丸山ほか(2013)の論文は、
 The naked planet Earth: Most essential pre-requisite for the origin and evolution of life.
(裸の惑星地球:生命の誕生と進化に最も必須の必要条件)
というタイトルです。地球全体の変化や表層環境を総括的にとらえ、地球での生命誕生の条件をみていくものです。そして、地球からの学び(Lesson)として、太陽系外の惑星において、生命や文明のある星を探す方法を提案しています。
 丸山さんらしい非常に壮大な構想の論文です。その内容は後にして、ここでは、ドーム・丸山の論文に基づいて、ハビタブル・トリニティとはどのようなものかを、詳しく見ていきましょう。
 まずは生命の定義からです。一般に生命の定義として、3つの条件が提示されます。
・膜:水などの生体に不可欠な成分が出入りでき、外界と分けるもの
・代謝:取り入れた成分からエネルギーを生み出す一連の化学反応
・自己複製:生命が続くかぎり継続する自己再生
の3つです。
 しかし、丸山さんたちは、これだけでは十分ではないといいます。なぜなら、生命は継続的な化学反応(radical reaction、遊離基反応)がなければならず、そのためには水以外の成分も、恒常的に供給されなければならないからです。
 それらの成分を探るために、ヒトを例に、構成元素をみていくと、多い順に、酸素(重要比で65%)、炭素(18%)、水素(10%)、窒素(3%)、カルシウム(1.5%)、リン(1%)、その他(1.5%)となります。ただし、順番やその量比は生物種によって、少々変わってきます。一番目の酸素と三番目の水素は、水の素材になります。ですから、それ以外の炭素、窒素、カルシウム、リンなどが問題となります。
 では、これらの成分の由来は?ということが、ハビタブル・トリニティの核心につながります。それは、次回としましょう。

・退職・
丸山さんは、よく知っている研究者で
何度もお世話にもなりました。
4月に退職の祝賀会がおこなわれました。
私は、校務があったので
出席はできなかったのですが、
記念品代だけはお送りました。
すると、今回紹介している論文でも使用されている
地球史の図がそのままデザインされた
バスタオルが送られてきました。
その他にも、丸山さんの顔の金太郎飴などもありました。
まだまだ現役で研究者を続けられるでしょうが、
これからも壮大なアイディアを
尽きることなく提示して、
学界を刺激していって欲しいものです。

・腰痛再発・
完治したと思った腰痛が、
先日の日曜日に、再発しましました。
重い荷物を持ち上げなければならなくなったときです。
気をつけないと思っていたのですが、
予想通り腰に来ました。
前回ほどひどくはないのですが、
やはり痛くて治療に通いました。
癖にならないように
気をつけなればなりませんね。

2015年5月14日木曜日

5_129 APT 5:意義

 今回の報告は、11名の著者による共同研究です。その対象は、小さな鉱物の部分を針のように尖らせ、ナノメートルのレベルの測定をおこなっています。小さい部分の測定ですが、そこから得られる意義は、大きいものだと考えられます。

 ヴァレリー(John W. Valley)らの研究は、別の研究グループが求めた地球最古の鉱物(ジルコン)の年代を、最新の装置を使って検証することが目的でした。これは、非常に重要な意義があることです。その意義を紹介しましょう。
 ジルコンは、変成作用にも強い鉱物で、多少の熱の受けても成分や構造を保持できます。ただし、ある程度以上の熱を受けると、原子レベルの移動は起こります。しかし、放射性核種であるウランを2種(235Uと238U)を用いて年代測定をする方法であれば、その変化の影響を回避できます。形成後の変成作用の影響は、U-Pbの年代測定(「1_126 最古の認定 3:コンコーディアとディスコーディア」を参照のこと)として利用されているものです。ある時代に起きた熱変性の事件として読み取ることができ、変成作用の年代も求めることができます。
 それでも、年代測定には、誤差がつきものです。鉱物の微小部分の年代測定(SIMSという装置)では、多数の原子を測定して平均化することで誤差を減らすことができます。SIMSでは1000μm^3の範囲の原子を分析します。しかし、APTでは0.02μm^3の体積しかなく、SIMSの10万分の1ほどしか原子の量がありません。APTは、年代測定より原子の分布状況を見ることが主たる目的の装置なのです。
 ただしこの報告の目的は、年代測定の精度を検証することでした。古い年代が得られた試料の同じ部分から6個の針状の試料を削りだして、結晶面を求めて測定に用いています。測定されたのは、直径100nmほどの針状の部分を1μm(1,023nm)の長さに渡って核種(Si、Zr、Y、Yb、Pb、Al)の測定しています。
 結晶の中には、目的の元素である鉛(Pb)が集まっているクラスターがあり、そこには50個ほどの原子ありました。
 注目されたのは、Uが放射性崩壊してできたPbです。質量数の比をみると、そのクラスターは異常に高い207Pb/206Pb比をもっていることわかりました。形成後、熱変成による変化を受けたこと(ディスコーディアを形成するような事件)を示しています。これは、すでに得られていたSIMSの年代と同じ値でした。
 以上のことから、原子レベルで古いジルコンの年代測定は、信頼性があるということを検証したことになります。この試料から得られた地球最古の鉱物年代が、44億0400万年前と確定したことになります。
 同じような検証が、履歴やタイプの違うジルコンでなされ正しいことが判明したら、今後ジルコンにおけるSIMSの年代測定は、すべて信頼できるものであることになります。今回の報告は、鉱物のナノメートルレベルの小さな部分の報告ですが、彼らが目指している目的には大きな意義がありました。

・極小と極大の連結・
小さな部分の最先端の測定ですが、
その検証が目指しているものは、
非常に大きく重要なゴールなのです。
同じようなことが、違う分野でも起こっています。
巨大な実験装置で未知の素粒子を探したり、
大きな天文観測装置でビックバンの名残を探したり、
地下深部の巨大なプールに水を入れたカミオカンデで
陽子の崩壊やニュートリノの素粒子の挙動を観測したり
しています。
そこで得られる成果は、大きな意義を持っています。
このような極小と極大の連結は
それぞ研究の醍醐味といえるものではないでしょうか。

・心残りままに・
ゴールデンウィークは、研究の時間をとるつもりでした。
3日と5日は自宅で家事をいろいろしていましたが、
それ以外は大学に弁当持ちできていたのですが、
研究はあまりできませんでした。
調査の準備と校務が入り込んできました。
このエッセイも予約送信しておくことにしていたので、
その原稿もいくつか書いていました。
Maさんへの返事も書いていません。
考えること、することがいろいろあり
なかなか思ったようにことが進みませんでした。
どうしてでしょうか。
まとまった時間取れるはずだったのに、
少々心残りのまま調査にでました。

2015年5月7日木曜日

5_128 APT 4:装置

 今回からやっと、APTの仕組みを紹介していきます。その原理は比較的わかりやすいのですが、原子ひとつひとつになされる操作なので、そこにはいろいろなアイディアと、極限的な技術が組み込まれています。

 前置きが長くなりましたが、いよいよ本題のAPTという装置についての説明に入りましょう。前にも紹介しましたが、APT(atom-probe tomography)の用語の意味として、アトムとは原子のことで、プローブとは束(たば)で、トモグラフィとは断層撮影のことで、直訳すると原子束断層撮影となります。名称はこれくらいにして、装置の仕組みと原理をみていきましょう。
 APTによる分析は、2つの技術を合体させたものです。電界イオン顕微鏡(Field Ion Microscope:FIMと略されます)と、飛行時間型質量分析器(Time-of-Flight mass spectrometer;TOF、あるいはリフレクトロン;reflectronとも呼ばれることがあります)を組み合わせたものです。
 FIMでの分析は、試料を鉛筆のように尖らすことからはじまります。ただし、鉛筆は比喩で、実際の試料の直径は100 nm(ナノメートル、100 nm=0.1μm)ほどの尖った針のようにします。この技術もいろいろ工夫があるのようなのですが、ここでは略します。この針状の試料を、真空中で高電圧をかけると、先端の原子がイオン化されて飛び出していきます。この現象を電界イオン化と呼びます。ここのいろいろ複雑な技術がありますが、省略します。
 針の先から放出されたイオンが、電極に向かって飛んでいきます。電場によって反対極に向かうのですが、飛び出した原子は放射状に広がります。この広がったイオンをマイクロチャネルプレートとよばれるもので検出します。検出の結果、試料の針の先端の原子を凹凸や分布状態を観測できます。これが電界イオン顕微鏡の原理です。観測するときの倍率は、試料の半径(50 nm)と倍増管までの距離の比によって決まるので、100万倍ほどになります。
 つぎに、マイクロチャンネル・プレートに穴(プローブ・ホールと呼びます)のあけて、イオンの一部を通過させます。プローブ・ホールは2 nmほどです。穴を通りぬけたイオンを、後ろに置いた飛行時間質量分析計に入れて、別の原理での測定に利用します。
 TOFは、原子の種類を質量数を測定することで調べる装置です。試料を飛び出たイオンに一定の電場がかかっていると加速されます。加速されたイオンが、定まった距離を飛ぶのにかかった時間(飛行時間)を測定すれば、イオンの電荷と質量数に応じた値(質量電荷比といいます)が得られます。この値から質量数、核種の判別ができます。
 APTは、FIMとTOFの組み合わせによって、原子レベルの分布状況と同時に一部ですが核種をも決定していきます。この測定を、連続的に時間かけておこなっていくと、試料の針が減っていきます。減っていくということは、試料の針の深さ方向の原子の構造と種類を調べていくことになります。これが、一次元APTと呼ばれる装置になります。
 この方法は、効率の悪いものです。なぜなら大量にでたイオンの大半はマイクロチャンネル・プレートでとらえられますが、原子の種類は判別できません。質量分析されているのは、プローブ・ホールを通り抜けたものだけです。できればすべてのイオンで質量分析したいものですが、この仕組では原理的に無理です。
 技術の進歩が、この困難を解決しました。位置敏感型検出器(position sensitive detector)というものが開発されました。この検出器は、面でイオンを捉えながら、イオンが衝突した位置と飛行時間を同時に決定できるものです。つまり、飛んできたイオンを質量分析する微小装置を平面的に並べたものです。位置敏感型検出器が導入されたとことにより、針から飛び出した全イオンを面的、つまり2次元で測定することが可能になりました。この仕組みで連続的に時間をかけて測定を続けていくと、試料の3次元的な原子の分布が、核種の識別をしながら、測定することが可能となります。
 この分析装置は、原理はわかりやすいのですが、実際に分析をするにはいろいろ困難なことがあります。例えば、試料の準備で、目的の場所をいかに尖らせるか。尖りぐあいが分析の精度を左右していきます。多元素の場合、質量数が同じでも別元素が含まれる可能性もあります。
 それらの困難を克服したのが、ヴァレリー(John W. Valley)らの研究成果でした。彼らの成果には、非常に高度な技術的背景があったのです。

・続く議論・
前回紹介したMaさんとの議論は、じつは、今も続いています。
その前に、メールマガジンでMaさんの略号を
WoやMoなどミスタイプをしていました。
Maが正しい表記でした。
Maさん、申し訳ありませんでした。
Maさんからは、冥王代にシミュレーションと
私の別のエッセイで論じた
「時間」に関する話題へのコメントも頂きました。
冥王代については、私が比較的よく知る内容なので
とりあえず、そのちらの返事は書きました。
別のエッセイで「時間」に関する議論では
私の物理学に関する考え方に対して、
誤解やご指摘いただき、別の見方をご教授頂きました。
物理に関しては、Maさんの方がよくご存じで
いろいろ深い考察をご教示いただきましたが、
それに対してどう答えるかは、まだ考え中です。
連休中か、またはもっと時間がかかるかもしれませんが、
考えていきたいと思っています。
よき読者に感謝します。

・製品化・
この3次元APTは実はもう商品化されています。
Cameca製のLEAP 5000という装置があります。
ヴァレリーらの研究は、
この装置の前のバージョンのLEAP 4000で
おこなわれたものです。

・野外調査・
このメールマガジンが発行される日に
私は野外調査のために高知に向かっています。
11日までの4泊5日です。
移動に時間が必要なので、調査は実質、3日間です。
天候が心配ですが、いつも気にしていますが、
こればかりは心配しても詮無きことです。
楽しんで、リフレッシュしてきます。