ダイヤモンドについて、これまでたびたび紹介してきましたが、再度取り上げることにします。新しい産状のダイヤモンドが発見されました。今回は、科学的に予測されて見つかったものです。なかなかおもしろいアプローチです。
このエッセイでは、ダイヤモンドについて何度かシリーズで紹介してきました。一番新しいものとしては、昨年紹介したオフィオライトからダイヤモンドが発見されたという話題でした(3_128~13_132のシリーズ)。そのちょうど1年後にまた、日本人を含む研究グループがダイヤモンドに関する新しい成果を報告しました。それをシリーズで紹介していきます。
その概要を紹介する前に、ダイヤモンドの形成条件と実際の地球で発見されているものを、まとめておきましょう。
ダイヤモンドは、宝石の一種で、透明で硬いことが特徴です。炭素が高温高圧条件になったときにダイヤモンドは形成されます。低温低圧(地表の条件)になると、ダイヤモンドではなくなり、炭素からなる別の結晶に変わってしまします。そのため、地表でダイヤモンドで存在するためには、他の結晶に変わる前に、一気に低温低圧(地表)に達する必要があります。深部からダイヤモンドのまま、地表まで上昇するためには、1時間ほどで上昇する必要がありました。それは、時速100kmや200kmなどの非常に高速でなければなりません。
そのような条件を満たすのは、キンバーライトと呼ばれる火山岩です。そのような火山噴火は、非常に激しいものであったはずです。古い大陸地殻内で活動したもので、幸いながら現在はそのような火山活動は起こっていません。キンバーライトには、大きなサイズのダイヤモンドも含まれ、宝石として利用されています。キンバーライトは古い時代に活動したもので、現在は起こっていない火山活動です。ですから宝石にできるような天然ダイヤモンドも、有限な資源なのです。
超高圧変成岩と呼ばれるものでも、ダイヤモンドが見つかります。ただしそのダイヤモンドの大きさは0.1mm程度の小さいもので、宝石にはなりそうもありません。大陸同士の衝突によって高温高圧条件が出現したものです。別の鉱物が変成作用を受けることにより、ダイヤモンドができる条件に達します。ただし、圧力は高くなるのですが、温度はそれほどではなかったとされています。変成岩は、変成作用の受けた後、再度地表に上がってくることになります。大地の営みですので、ゆっくりとしたもので、本来であれば上昇するとき別の鉱物に変わるはずです。しかし、変成作用の温度自体が低かったので、別の鉱物に変わるためには、長い時間が必要だったためダイヤモンドのまま上昇できたと考えられます。
また、高温高圧の発生条件として、隕石の衝突場が考えられます。隕石が衝突すると、瞬間的ですが高温高圧条件が発生します。そのような場を詳しく調べると、高温高圧で形成される各種の鉱物ができていることが知られていました。そこを詳しく調べてダイヤモンドも発見されました。
このように地質学の進歩によって、いろいろな条件や場所でダイヤモンドができることがわかってきました。他にも予想に反する場所からの発見がありました。以前紹介したものですが、次回はその概要を紹介しましょう。
・初雪・
月初めには、街からみえる山並みが初冠雪でした。
そして、とうとうわが町でも初雪が降りました。
週末に冬型の気圧配置になり、
嵐とともに雪になりました。
アラレだったり雪だったりでしたが、
朝起きたら、道路や畑は白く雪景色でした。
まだ、紅葉が残っているのですが、
今年は、少々早目の初雪でした。
・年賀状の季節・
今年も郵便局から
年賀状の購入紹介のダイレクトメールが届きました。
書店にいったら、年賀状を印刷するソフトとイラスト集が
400円、500円で山積みになっていました。
私のもっているソフトとは違っているのですが、
一番安いものを購入しました。
あまりに安い。
これでいいのでしょうか。
多分商品で並んでいるということは、
これでも成り立つビジネスモデルあるのでしょう。
無理のない経済活動であればいいのですが。
2015年10月29日木曜日
2015年10月22日木曜日
4_126 残念シリーズ 5:横倉山
このシリーズも今回が最後になります。最後は四国の残念をお送りします。横倉山は、2度の失敗に終わっているところです。そのうちなんとか目的を達成したいと考えているます。いつになるかは未定ですが。
今まで、このシリーズを、9月に出かけた九州の地で進めてきたのですが、今回は5月にいった四国の話になります。紹介するのは横倉山です。高知県高岡郡越知町にある山です。標高は793mですが、下から見るとけっこう険しい山稜となっています。この山が石灰岩からできている山だからです。
険しい山なのですが、車で標高600m付近までいけ、登山道もしっかりしているので、登りやすい山でもあります。
ここには2度訪れ、2度とも途中で調査を断念しています。いずれも横倉山の調査が一番の目的ではなかったためでした。ついでに寄ったり、条件が悪くて、出直す時間もなくて途中で断念してしまったのです。
一度目は、2010年でした。いの町に向かう途中、はじめて横倉山の近くに来たので、地質学では有名な地なので、立ち寄りました。でも十分な下調べもせず、車で向かう途中で軽く石をみていこうかな、と思っていました。その日は、午前中移動で、午後に付近の石灰岩のカルスト(少々残念でした)、佐川町の佐川地質館、越智町の横倉山自然の森博物館を見た後、横倉山に車で行けるところまで行こうと進んでいました。あわよくば岩石が見ることができればと思っていました。何箇所かで岩石の露頭をみましたが、風化が激しいものでした。
駐車場に車を停めたのは、午後のかなり遅い時間でした。そこから少し山を歩いてみようと思い、急いで歩き出し杉原神社まで行きました。そこは、静かな落ち着いた場所で、神々しさや荘厳さを感じるところでした。古い杉が林立しているので暗く、日もだいぶ傾いてきたので、急いで撮影だけして、降りることにしました。結局、目的の石灰岩をみることなく、山を降りることになりました。
2度目は今年の春でした。今年は、層状チャートを見るつもり時間がとっていたのですが、予定が変わったので、横倉山に登ろうと考えました。一番上の駐車場まで車で上がり、そこから登りました。その日は、あいにくの雨でした。傘をさして、杉原神社を過ぎ、さらに上の横倉宮までいきました。宮の周辺では石灰岩の露頭をみることはできました。時折激しく降る雨のために、この時も横倉宮で断念して引き返しました。
横倉山は、黒瀬川構造帯と呼ばれるもの岩石類がでているところです。黒瀬川構造帯は、九州から四国、紀伊半島まで、点々と分布する地質体で、非常に古い岩石から構成されています。大陸を構成した岩石、火山噴出物、浅海堆積物、熱帯の海で形成された石灰岩などがその構成岩石です。不思議な構成の岩石で、その起源についはまだ決着をみていません。
横倉山では、古い時代(シルル紀)のサンゴ、三葉虫、層孔虫、腕足類などの化石がでることで有名でした。それを見たいと思っていました。しかし、残念な結果に終わったままです。なかなかチャンスに恵まれないのですが、次回は横倉山を目的に登りたいと考えています。いつになることでしょうかね。
・優先順位・
今回の残念ながら「残念シリーズ」は終わりです。
いろいろ調査にでかけますが、
すべての目的が達成できるとは限りません。
調査では、優先順位をつけています。
今回の横倉山も優先順位が低かったのです。
そのうち、優先順位を上げて、
きっちりと見る日が来ることを願っています。
優先順位は研究テーマと深い関わりがあるので、
研究計画にもとづいて決めています。
今年は、層状チャートが中心になっていました。
近いうちに黒瀬川構造体も重点テーマにする予定もあります。
そのときはぜひ見に来たいと思っています。
いつかは、まだ未定ですが。
・深まる秋・
我が家では、ほぼ毎朝ストーブをたくようになりました。
夜は気温次第でたかない日もありますが。
この1週間ほどで、北海道に一気に秋が深まりました。
紅葉も進み、落葉の一気に進んでいます。
晴れの日があまり続かないので
少々物足りない秋に感じます。
しかし、着実に秋は深まっています。
今まで、このシリーズを、9月に出かけた九州の地で進めてきたのですが、今回は5月にいった四国の話になります。紹介するのは横倉山です。高知県高岡郡越知町にある山です。標高は793mですが、下から見るとけっこう険しい山稜となっています。この山が石灰岩からできている山だからです。
険しい山なのですが、車で標高600m付近までいけ、登山道もしっかりしているので、登りやすい山でもあります。
ここには2度訪れ、2度とも途中で調査を断念しています。いずれも横倉山の調査が一番の目的ではなかったためでした。ついでに寄ったり、条件が悪くて、出直す時間もなくて途中で断念してしまったのです。
一度目は、2010年でした。いの町に向かう途中、はじめて横倉山の近くに来たので、地質学では有名な地なので、立ち寄りました。でも十分な下調べもせず、車で向かう途中で軽く石をみていこうかな、と思っていました。その日は、午前中移動で、午後に付近の石灰岩のカルスト(少々残念でした)、佐川町の佐川地質館、越智町の横倉山自然の森博物館を見た後、横倉山に車で行けるところまで行こうと進んでいました。あわよくば岩石が見ることができればと思っていました。何箇所かで岩石の露頭をみましたが、風化が激しいものでした。
駐車場に車を停めたのは、午後のかなり遅い時間でした。そこから少し山を歩いてみようと思い、急いで歩き出し杉原神社まで行きました。そこは、静かな落ち着いた場所で、神々しさや荘厳さを感じるところでした。古い杉が林立しているので暗く、日もだいぶ傾いてきたので、急いで撮影だけして、降りることにしました。結局、目的の石灰岩をみることなく、山を降りることになりました。
2度目は今年の春でした。今年は、層状チャートを見るつもり時間がとっていたのですが、予定が変わったので、横倉山に登ろうと考えました。一番上の駐車場まで車で上がり、そこから登りました。その日は、あいにくの雨でした。傘をさして、杉原神社を過ぎ、さらに上の横倉宮までいきました。宮の周辺では石灰岩の露頭をみることはできました。時折激しく降る雨のために、この時も横倉宮で断念して引き返しました。
横倉山は、黒瀬川構造帯と呼ばれるもの岩石類がでているところです。黒瀬川構造帯は、九州から四国、紀伊半島まで、点々と分布する地質体で、非常に古い岩石から構成されています。大陸を構成した岩石、火山噴出物、浅海堆積物、熱帯の海で形成された石灰岩などがその構成岩石です。不思議な構成の岩石で、その起源についはまだ決着をみていません。
横倉山では、古い時代(シルル紀)のサンゴ、三葉虫、層孔虫、腕足類などの化石がでることで有名でした。それを見たいと思っていました。しかし、残念な結果に終わったままです。なかなかチャンスに恵まれないのですが、次回は横倉山を目的に登りたいと考えています。いつになることでしょうかね。
・優先順位・
今回の残念ながら「残念シリーズ」は終わりです。
いろいろ調査にでかけますが、
すべての目的が達成できるとは限りません。
調査では、優先順位をつけています。
今回の横倉山も優先順位が低かったのです。
そのうち、優先順位を上げて、
きっちりと見る日が来ることを願っています。
優先順位は研究テーマと深い関わりがあるので、
研究計画にもとづいて決めています。
今年は、層状チャートが中心になっていました。
近いうちに黒瀬川構造体も重点テーマにする予定もあります。
そのときはぜひ見に来たいと思っています。
いつかは、まだ未定ですが。
・深まる秋・
我が家では、ほぼ毎朝ストーブをたくようになりました。
夜は気温次第でたかない日もありますが。
この1週間ほどで、北海道に一気に秋が深まりました。
紅葉も進み、落葉の一気に進んでいます。
晴れの日があまり続かないので
少々物足りない秋に感じます。
しかし、着実に秋は深まっています。
2015年10月15日木曜日
4_125 残念シリーズ 4:阿蘇山
9月に阿蘇山が噴火したというニュースは記憶に新しいものです。特に私はその直前に阿蘇山を訪れていのたで複雑でした。ほんの2、3日の差でした。噴火は恐ろしいものですが、地質学者としては、その瞬間に立ち会いたいものでもあります。阿蘇山での残念を紹介します。
阿蘇山の中岳が、9月14日、9時43分に噴火しました。噴煙が2000mにも達する噴火となりました。阿蘇山は、昨年11月から噴火活動は活発化していたので、警戒レベル2となっており、火口周辺への立ち入りが禁止されていました。9月10、11日にも活発化していて、小規模な噴火が起こっていました。今回の噴火に対しては、それなりの対処がなされていて、なおかつ大きな噴火ではなかったので、事なきを得ました。
私が阿蘇山を訪れたのは、9月7日と8日でした。その時も噴煙は出ていました。幸い7日は天気もよかったので、たなびく噴煙を見ることができました。噴煙の変化をしばらく眺めながら、かなりの数の撮影もしていました。8日も再度訪れたのですが、朝のうちは雲がかかっていたので、残念ながら噴煙を見ることができませんでした。
訪れた時すでに噴火警戒レベルが2だったので、火口への有料道路も閉鎖され、ロープウェイも動いていませんでした。しかし、ロープウェイ駅にある施設(阿蘇スーパーリング)は開いていて見学できました。その数日後に、噴火しました。警戒レベルも3になって、火口から4.5kmへの立ち入りが禁止されました。草千里にある阿蘇山火山博物館は見学できますが、そこより先へは進めず、ロープウェイ駅のある山頂近くを経由して阿蘇山をめぐる道は通ることができなくなりました。
私にとって阿蘇山では2つの残念がありました。ひとつは、カメラの設定ミスをしていたことで、7日の撮影が全滅していたことです。訪れる前日、夜に撮影したので、ASA感度を変更していたのですが、間違って露出を変更したのを気付かずに、翌日も撮影を続けていました。そのため、露出不足の暗い写真しか取れていませんでした。そこで翌日、同じコースを巡って撮影することにしたのですが、雲がかかっていたので噴煙を撮影できませんでした。他の景観は補うことができたのですが、残念でした。
2つ目の残念は、少々不謹慎かもしれませんが、噴火を見れなかったことです。今回の噴火はそれほど大きなものはなく、被害がほとんどなかったので、落ち着いてみることができたはずです。ほんの少しの差で、噴火に遭遇できなかったことが残念でした。10日にも少し噴煙を上げていました。私がいた時と、ほんの2日の差でした。14日の大きめの噴火があり、噴煙が上がりました。もしその時期に、阿蘇山に滞在してたなら、きっと予定を変更して見ていたはずです。もちろん、近くにいくことは難しいでしょうが、遠くから観察することはできたはずです。噴火に居合わせていなかったのが残念でした。
規模が大きければそれどころではなかったでしょうが、今回は小さい噴火だったので、比較的近く(草千里などから)からでも、観察できたようです。火山博物館も14日は休館しましたが、15日からは通常通り開館していました。
阿蘇山は、雄大な火山です。その中央火口の中岳での噴火です。まだ噴火警戒レベル3が継続中のままですから、安心はできないでしょうが、火山国に住んでいることを感じさせる出来事でした。
・雪虫・
北海道は一気に冷え込んできました。
朝夕のストーブは当たり前になってきました。
ただ、天候が不順なので、紅葉の秋を楽しむより、
肌寒さと寂しさを感じる季節になっています。
先日の晴れ間に雪虫を見ました。
雪虫は、北国の冬の訪れを告げます。
ただ、まだ数は少なかったので
もう少し秋が続きそうです。
・感覚・
昨年来でしょうか、
各地で噴火が続いているように思えます。
まあ、これは感覚的なものなので、
本当はきちんと統計を取る必要があります。
人も生きものなので、
どうしても日常生活では
感覚を頼り考えてしまいます。
私のように、通勤で長時間、外を歩くと
寒暖や気候への感覚が
より一層印象付けられます。
今年は天候不順で秋が短い気がしています。
本当はどうでしょうかね。
阿蘇山の中岳が、9月14日、9時43分に噴火しました。噴煙が2000mにも達する噴火となりました。阿蘇山は、昨年11月から噴火活動は活発化していたので、警戒レベル2となっており、火口周辺への立ち入りが禁止されていました。9月10、11日にも活発化していて、小規模な噴火が起こっていました。今回の噴火に対しては、それなりの対処がなされていて、なおかつ大きな噴火ではなかったので、事なきを得ました。
私が阿蘇山を訪れたのは、9月7日と8日でした。その時も噴煙は出ていました。幸い7日は天気もよかったので、たなびく噴煙を見ることができました。噴煙の変化をしばらく眺めながら、かなりの数の撮影もしていました。8日も再度訪れたのですが、朝のうちは雲がかかっていたので、残念ながら噴煙を見ることができませんでした。
訪れた時すでに噴火警戒レベルが2だったので、火口への有料道路も閉鎖され、ロープウェイも動いていませんでした。しかし、ロープウェイ駅にある施設(阿蘇スーパーリング)は開いていて見学できました。その数日後に、噴火しました。警戒レベルも3になって、火口から4.5kmへの立ち入りが禁止されました。草千里にある阿蘇山火山博物館は見学できますが、そこより先へは進めず、ロープウェイ駅のある山頂近くを経由して阿蘇山をめぐる道は通ることができなくなりました。
私にとって阿蘇山では2つの残念がありました。ひとつは、カメラの設定ミスをしていたことで、7日の撮影が全滅していたことです。訪れる前日、夜に撮影したので、ASA感度を変更していたのですが、間違って露出を変更したのを気付かずに、翌日も撮影を続けていました。そのため、露出不足の暗い写真しか取れていませんでした。そこで翌日、同じコースを巡って撮影することにしたのですが、雲がかかっていたので噴煙を撮影できませんでした。他の景観は補うことができたのですが、残念でした。
2つ目の残念は、少々不謹慎かもしれませんが、噴火を見れなかったことです。今回の噴火はそれほど大きなものはなく、被害がほとんどなかったので、落ち着いてみることができたはずです。ほんの少しの差で、噴火に遭遇できなかったことが残念でした。10日にも少し噴煙を上げていました。私がいた時と、ほんの2日の差でした。14日の大きめの噴火があり、噴煙が上がりました。もしその時期に、阿蘇山に滞在してたなら、きっと予定を変更して見ていたはずです。もちろん、近くにいくことは難しいでしょうが、遠くから観察することはできたはずです。噴火に居合わせていなかったのが残念でした。
規模が大きければそれどころではなかったでしょうが、今回は小さい噴火だったので、比較的近く(草千里などから)からでも、観察できたようです。火山博物館も14日は休館しましたが、15日からは通常通り開館していました。
阿蘇山は、雄大な火山です。その中央火口の中岳での噴火です。まだ噴火警戒レベル3が継続中のままですから、安心はできないでしょうが、火山国に住んでいることを感じさせる出来事でした。
・雪虫・
北海道は一気に冷え込んできました。
朝夕のストーブは当たり前になってきました。
ただ、天候が不順なので、紅葉の秋を楽しむより、
肌寒さと寂しさを感じる季節になっています。
先日の晴れ間に雪虫を見ました。
雪虫は、北国の冬の訪れを告げます。
ただ、まだ数は少なかったので
もう少し秋が続きそうです。
・感覚・
昨年来でしょうか、
各地で噴火が続いているように思えます。
まあ、これは感覚的なものなので、
本当はきちんと統計を取る必要があります。
人も生きものなので、
どうしても日常生活では
感覚を頼り考えてしまいます。
私のように、通勤で長時間、外を歩くと
寒暖や気候への感覚が
より一層印象付けられます。
今年は天候不順で秋が短い気がしています。
本当はどうでしょうかね。
2015年10月1日木曜日
4_123 残念シリーズ 2:祇園山
今回は、宮崎の山奥での残念の話です。五ヶ瀬に10年ほど前に一度きたことがあるのですが、その時は、祇園山には来ず、通り過ぎただけででした。今回は、祇園山周辺を見に行きました。
黒瀬川構造帯という地質体があります。黒瀬川というのは愛媛県西予市城川町にある地名や川の名前に由来しています。この地域に分布する岩石の際立った特徴から、地名を地質学の名称として用いられました。では、そこにどんな特別な岩石が出るのでしょうか。まわりにある岩石とはまったく起源や形成年代の違う岩石が出るのです。それも、日本で一番古い化石が見つかったのが黒瀬川構造帯からでした。その後もっと古いものが見つかっていますが。黒瀬川構造体の重要性は今も健在です。
黒瀬川構造帯の岩石は、城川町の黒瀬川だけでなく、点々とですが、東は紀伊半島から、西は九州まで断続的に続いています。私は、各地で見るようにしています。四国では何箇所か見て、紀伊半島でも見ています。しかし、九州では、まだ見ていませんでした。それを見たいと思っていました。
9月に九州に調査に行った時、九州の黒瀬川構造帯を見ようと、半日とりました。分布している場所は、宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬(ごかせ)町にある祇園山(ぎおんやま)というところでした。祇園山の位置はわるのですが、どこでどのような石がでるかは、詳しくはわかっていませんでした。
岩石としては、石灰岩と酸性凝灰岩が主体です。その石灰岩から、シルル紀のサンゴや三葉虫、貝などの化石が出ることで、古くから有名でした。それを見たいと思っていたのですが、あいにくの雨で、分布地帯の林道を車でうろうろしたのですが、きれいな露頭がないので、諦めました。一箇所で酸性凝灰岩を見たのですが、いかにも新しそうなので、違うもののように見えました。
他の地域でもそうですが、山の中に出ている古い地層は、一般に黒瀬川構造帯も含めて、露出があまりよくないことが多いのです。古いものは長く侵食を受けているからです。ただし、古くても、石灰岩だけは、露頭として露出することが多いのです。
石灰岩は、化学的侵食には弱く、機械的、物理的侵食には強いという特徴があります。化学的侵食が起きやすく、成分(炭酸カルシウム)が単調で栄養が少ないので、植生がつきにい岩石です。一方、機械的侵食には耐えるため、雨や川の侵食には強く、リッジ・メーカーと呼ばれ、峰や崖をつくることが多くなります。
実は、今回も、そんな露頭を期待していたので、急峻な地形を見つければ、そこにあるだろうと思って探したのですが、見つけることができませんでした。場所が違ったのか、川沿いを丹念に歩く必要があったのかもしれませんが、残念な結果に終わってしまいました。別の機会になりそうです。
・先人たちがみた露頭・
祇園山の石灰岩から化石が発見されたのは、1959年のことでした。
前の職場で館長をなされていた浜田氏が、その発見者でした。
露頭は、開発が入ると一気に様相が変わります。
露頭が見やすくなる場合と見れなくなる場合があります。
見やすくなる場合は、道路が新しく拓かれ露頭がきれいになる場合で
見れなくなる場合は、露頭にコンクリートがまかれる場合です。
ただし、あまり開発がはっていないところは、
昔のままの露頭が今もみることできます。
黒瀬川構造帯でいうと、高知県の横倉山がその条件にあたります。
祇園山も同じような条件ですので、先人たちがみた露頭を、
今も見ることができると思ったのですが、残念でした。
・北国の秋・
北海道は、シルバーウィークは変わりやすい天気でした。
昼間は暑いくらいでしたが、突然雨がぱらついたりしました。
ただ、朝夕は秋が感じられる季節になりました。
9月16日にはすでに、旭岳で初雪が観測されています。
例年、札幌では、10月下旬から11月上旬になります。
あと一月もすれば、冬の気配が近づきます。
今は、北国の秋を堪能しましょう。
黒瀬川構造帯という地質体があります。黒瀬川というのは愛媛県西予市城川町にある地名や川の名前に由来しています。この地域に分布する岩石の際立った特徴から、地名を地質学の名称として用いられました。では、そこにどんな特別な岩石が出るのでしょうか。まわりにある岩石とはまったく起源や形成年代の違う岩石が出るのです。それも、日本で一番古い化石が見つかったのが黒瀬川構造帯からでした。その後もっと古いものが見つかっていますが。黒瀬川構造体の重要性は今も健在です。
黒瀬川構造帯の岩石は、城川町の黒瀬川だけでなく、点々とですが、東は紀伊半島から、西は九州まで断続的に続いています。私は、各地で見るようにしています。四国では何箇所か見て、紀伊半島でも見ています。しかし、九州では、まだ見ていませんでした。それを見たいと思っていました。
9月に九州に調査に行った時、九州の黒瀬川構造帯を見ようと、半日とりました。分布している場所は、宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬(ごかせ)町にある祇園山(ぎおんやま)というところでした。祇園山の位置はわるのですが、どこでどのような石がでるかは、詳しくはわかっていませんでした。
岩石としては、石灰岩と酸性凝灰岩が主体です。その石灰岩から、シルル紀のサンゴや三葉虫、貝などの化石が出ることで、古くから有名でした。それを見たいと思っていたのですが、あいにくの雨で、分布地帯の林道を車でうろうろしたのですが、きれいな露頭がないので、諦めました。一箇所で酸性凝灰岩を見たのですが、いかにも新しそうなので、違うもののように見えました。
他の地域でもそうですが、山の中に出ている古い地層は、一般に黒瀬川構造帯も含めて、露出があまりよくないことが多いのです。古いものは長く侵食を受けているからです。ただし、古くても、石灰岩だけは、露頭として露出することが多いのです。
石灰岩は、化学的侵食には弱く、機械的、物理的侵食には強いという特徴があります。化学的侵食が起きやすく、成分(炭酸カルシウム)が単調で栄養が少ないので、植生がつきにい岩石です。一方、機械的侵食には耐えるため、雨や川の侵食には強く、リッジ・メーカーと呼ばれ、峰や崖をつくることが多くなります。
実は、今回も、そんな露頭を期待していたので、急峻な地形を見つければ、そこにあるだろうと思って探したのですが、見つけることができませんでした。場所が違ったのか、川沿いを丹念に歩く必要があったのかもしれませんが、残念な結果に終わってしまいました。別の機会になりそうです。
・先人たちがみた露頭・
祇園山の石灰岩から化石が発見されたのは、1959年のことでした。
前の職場で館長をなされていた浜田氏が、その発見者でした。
露頭は、開発が入ると一気に様相が変わります。
露頭が見やすくなる場合と見れなくなる場合があります。
見やすくなる場合は、道路が新しく拓かれ露頭がきれいになる場合で
見れなくなる場合は、露頭にコンクリートがまかれる場合です。
ただし、あまり開発がはっていないところは、
昔のままの露頭が今もみることできます。
黒瀬川構造帯でいうと、高知県の横倉山がその条件にあたります。
祇園山も同じような条件ですので、先人たちがみた露頭を、
今も見ることができると思ったのですが、残念でした。
・北国の秋・
北海道は、シルバーウィークは変わりやすい天気でした。
昼間は暑いくらいでしたが、突然雨がぱらついたりしました。
ただ、朝夕は秋が感じられる季節になりました。
9月16日にはすでに、旭岳で初雪が観測されています。
例年、札幌では、10月下旬から11月上旬になります。
あと一月もすれば、冬の気配が近づきます。
今は、北国の秋を堪能しましょう。
2015年9月24日木曜日
4_122 残念シリーズ 1:上村
調査シリーズがしばらく続きます。今回のシリーズは、その地にはいったのだが、所定目的が達成できずに断念したものを紹介します。実はこんあことが何度がありました。そんな残念なシリーズとして、いくつか紹介したいと考えています。
9月上旬に、大分県とその周辺に1週間ほど野外調査にでかけました。私の調査は、いくつかの目的を持ってでかけ、それにあったいくつかの露頭を探し、そこをしっかりと見ることにしています。
一番いい露頭で、見る、記録、撮影することが中心で、実物試料の収集はしません。見て、感じ、考えることを重視しています。ですから、一度で目的が達成できなれば、何度でも日や時間帯を変えていくこともあります。一度の野外調査では、そんな目的をいくつかもって出かけることにしています。
ちょっと変わった野外調査で、地質調査とも違っています。ですから、人とペースを合わせるにくいので、基本的に一人で出かけることになります。出かける前に下調べはして行くものの、優先順位をつけ、その順に目的を達成しようと努力することになります。優先順位が上でも、ダメなら再度そこを訪れることになります。2度もチャレンジでもダメならどうするか、悩ましいところでもあります。
今回、紹介する上村(かむら、かみむら、とも)は、2度目でした。優先順位は、今回の調査ではそれほど高くないのですが、以前見れなかったので再度行くことにしました。
上村には、秩父帯に区分される地層が分布し、ジュラ紀に付加した石灰岩があります。この石灰岩は、当時のたった一つの大きな海洋(パンサラサと呼ばれています)にあった海山の、山頂部の浅い海に溜まったものです。石灰質の破片が集まったもので、大陸からの物質はほとんど含まれていません。ですから、この海山は陸から遠く離れた海洋でできたもの(ハワイのようなところ)と考えられます。上村の石灰岩は、ペルム紀中期と後期をまたいだ(G-L境界と呼ばれている)時代(約2億6000万年前)に形成されたものです。
さて、ペルム紀と三畳紀の時代境界は、古生代と中生代の境界にもなっており、地球史上最大の絶滅があったことがわかっています。しかし、P-T境界の絶滅は、単独の事件ではなく、その1000万年ほど前にも先行する大絶滅があったことがわかってきました。上村の石灰岩は、G-L境界の異変が記録されているところになるわけです。
その露頭を見たくてでかけました。一度目は、位置をカーナビでだいたいのころとを指示していったところ、小さいな野良道に入り、場所がわからなくなり、うろうろしてしまい迷い、結局は時間切れで諦めました。今回は、地図と以前の巡検の調査の記録などをざっと読んでいたのですが、いくつかの露頭はみて、試料が多数採取されたのは発見したのですが、境界位置がよくわかりませんでした。雨上がりのヤブの斜面をずぶ濡れになりながらはいったのですが、見つかりませんでした。
本来であれば、行く前にきっちりと調べておくべきでしたが、いい加減な下調べは無駄足をすることになります。帰ってきてから調べて、他にも別の沢筋や別の道路脇などにも露頭があることがわかってきました。後悔先に立たずでしょうか。しかし、優先順位が低いとそんなこともあります。
帰ってきてからですが、今ではしっかり調べたので、次回行く機会があれば、きっと目的の露頭は見かるでしょうが、あまり明瞭ではなさそうで、いくかどうはチャンスが巡ってくるかどうかです。
・私のやり方・
上村が優先順位が下だったのは、
他の時代の境界にあたる層状チャートを見ることが
優先順位の最上位にあったためです。
また、午前中に山奥に初めて行くところで
ある種類の岩石を見る予定でした。
そのちらの方が優先順位が上でした。
ところがあいにくの雨でいったのですが
ダメになったのです。
それは次回の紹介します。
まあいろいろあって、
こんな事態になったのです。
案内者がいない地域を一人いくと
このようなハンディがあります。
これもした方がないことです。
でも、このようなやり方を私は選んだのです。
・旅行気分・
調査の目的は果たせなかったのですが、
その夜は高千穂の民宿に宿泊しました。
おかげで得することがありました。
宿のご主人から、夜神楽を毎日やっていること
さらに高千穂の真名井の滝が夏の間ライトアップがされていて
その夜が最終日だという
ことを聞きました。
さらに、宿のご主人が送迎をしてくれるというのです。
調査をした後には晩酌のビールがつきものなのですが、
車だとそれができません。
しかし、送迎していただけるので
一杯やったあとで神楽と夜景を堪能しました。
想定外ですが思わぬ旅行気分を味わえました。
悪いこともいいこともあるのです。
9月上旬に、大分県とその周辺に1週間ほど野外調査にでかけました。私の調査は、いくつかの目的を持ってでかけ、それにあったいくつかの露頭を探し、そこをしっかりと見ることにしています。
一番いい露頭で、見る、記録、撮影することが中心で、実物試料の収集はしません。見て、感じ、考えることを重視しています。ですから、一度で目的が達成できなれば、何度でも日や時間帯を変えていくこともあります。一度の野外調査では、そんな目的をいくつかもって出かけることにしています。
ちょっと変わった野外調査で、地質調査とも違っています。ですから、人とペースを合わせるにくいので、基本的に一人で出かけることになります。出かける前に下調べはして行くものの、優先順位をつけ、その順に目的を達成しようと努力することになります。優先順位が上でも、ダメなら再度そこを訪れることになります。2度もチャレンジでもダメならどうするか、悩ましいところでもあります。
今回、紹介する上村(かむら、かみむら、とも)は、2度目でした。優先順位は、今回の調査ではそれほど高くないのですが、以前見れなかったので再度行くことにしました。
上村には、秩父帯に区分される地層が分布し、ジュラ紀に付加した石灰岩があります。この石灰岩は、当時のたった一つの大きな海洋(パンサラサと呼ばれています)にあった海山の、山頂部の浅い海に溜まったものです。石灰質の破片が集まったもので、大陸からの物質はほとんど含まれていません。ですから、この海山は陸から遠く離れた海洋でできたもの(ハワイのようなところ)と考えられます。上村の石灰岩は、ペルム紀中期と後期をまたいだ(G-L境界と呼ばれている)時代(約2億6000万年前)に形成されたものです。
さて、ペルム紀と三畳紀の時代境界は、古生代と中生代の境界にもなっており、地球史上最大の絶滅があったことがわかっています。しかし、P-T境界の絶滅は、単独の事件ではなく、その1000万年ほど前にも先行する大絶滅があったことがわかってきました。上村の石灰岩は、G-L境界の異変が記録されているところになるわけです。
その露頭を見たくてでかけました。一度目は、位置をカーナビでだいたいのころとを指示していったところ、小さいな野良道に入り、場所がわからなくなり、うろうろしてしまい迷い、結局は時間切れで諦めました。今回は、地図と以前の巡検の調査の記録などをざっと読んでいたのですが、いくつかの露頭はみて、試料が多数採取されたのは発見したのですが、境界位置がよくわかりませんでした。雨上がりのヤブの斜面をずぶ濡れになりながらはいったのですが、見つかりませんでした。
本来であれば、行く前にきっちりと調べておくべきでしたが、いい加減な下調べは無駄足をすることになります。帰ってきてから調べて、他にも別の沢筋や別の道路脇などにも露頭があることがわかってきました。後悔先に立たずでしょうか。しかし、優先順位が低いとそんなこともあります。
帰ってきてからですが、今ではしっかり調べたので、次回行く機会があれば、きっと目的の露頭は見かるでしょうが、あまり明瞭ではなさそうで、いくかどうはチャンスが巡ってくるかどうかです。
・私のやり方・
上村が優先順位が下だったのは、
他の時代の境界にあたる層状チャートを見ることが
優先順位の最上位にあったためです。
また、午前中に山奥に初めて行くところで
ある種類の岩石を見る予定でした。
そのちらの方が優先順位が上でした。
ところがあいにくの雨でいったのですが
ダメになったのです。
それは次回の紹介します。
まあいろいろあって、
こんな事態になったのです。
案内者がいない地域を一人いくと
このようなハンディがあります。
これもした方がないことです。
でも、このようなやり方を私は選んだのです。
・旅行気分・
調査の目的は果たせなかったのですが、
その夜は高千穂の民宿に宿泊しました。
おかげで得することがありました。
宿のご主人から、夜神楽を毎日やっていること
さらに高千穂の真名井の滝が夏の間ライトアップがされていて
その夜が最終日だという
ことを聞きました。
さらに、宿のご主人が送迎をしてくれるというのです。
調査をした後には晩酌のビールがつきものなのですが、
車だとそれができません。
しかし、送迎していただけるので
一杯やったあとで神楽と夜景を堪能しました。
想定外ですが思わぬ旅行気分を味わえました。
悪いこともいいこともあるのです。
2015年9月17日木曜日
4_121 竜串 4:見残し
四国の竜串シリーズも今回で終わりとします。竜串は、きれいな地層と構造がいろいろみられるところです。しかし、すぐ近くにも、あまり人目にふれずに地質学的な見どころもあります。そこを紹介しましょう。
竜串は、国道321号線から、すぐにアプローチできるところにあります。近くには足摺海底館とよばれる海中に伸びた塔があります。海底館を降りると、海底を見学することができます。もちろん、団体さんが気軽に訪れることができるように、道路も整備されています。
竜串は足摺宇和海国立公園なのですが、このような海底を見せる施設があるのは、国立公園に海中公園が6ヶ所ふくまれているからです。そして竜串も海中公園に指定されています。
この周辺では、竜串が一番の観光地になっているのですが、実はもうひとつ重要な地質学的な見どころがあります。「見残し」と呼ばれるところです。
見残しは、竜串の南東にある千尋岬(ちひろみさき)の奥にあります。道はないので、グラスボートで向かうことになります。「見残し」とは不思議な地名ですが、弘法大師がこの地を見残したということで名付けられたと案内されています。本当のところは、明治時代の日本画家の川田小龍が、竜串だけをみて帰る人が多いので、この地を見残しているようだということで「見残しの景」と名付けたそうです。
さて見残しですが、竜串と同じ地層がでています。ただし、こちらの地層には、きれいな化石漣痕(れんこん)をみることができます。漣痕(ripple mark)とは、堆積物の表面に水や空気の流れによって、規則的な波模様のことです。砂丘や海岸の砂浜に風によって形成される風紋が、その典型です。海底でも流れがあれば、波模様が海底に形成されます。
それらの表面の模様は、次の流れがあれば消えてしまいます。しかし、地層が上をうまく覆って形成されると、漣痕がそのまま地層の境界に残ることがあります。それが化石漣痕となります。地層境界に繰り返し化石漣痕が多数みられることもあるので、そのような条件はまれなことではなく、よくおこる作用のようです。
地層境界に残された化石漣痕が、見残しではいろいろと見られるところなのです。見残しの化石漣痕は、学術的にも重要だとされ、「千尋岬の化石漣痕 」として、1953年に国の天然記念物に指定されています。
グラスボートで見残しまでいって、そこから歩道の遊歩道を歩きながらみることができます。コースは途中でくずれて、すべてを進むことはできませんが、もっと先まで化石漣痕があるようです。時間があればぜひ行ってみたい気がしますが、それは別の機会としましょう。
・阿蘇噴火・
先日、九州の大分を中心に
近くの宮崎と熊本もまわりました。
阿蘇山も、2日間めぐりました。
そこに先日の噴火したというニュースでした。
もともと火山活動が活発化していたので、
噴火の危険性はありました。
今回の噴火は、帰札直後だったので少々驚きました
もし時期が一致していたら、
予定を変更して、いろいろ見て回ったかもしれません。
まあ、校務があるので、
あまり自由に振る舞えはしないのですが。
・河田小龍・
河田小龍は、
ジョン万次郎がアメリカから帰国した時
取り調べにあたりました。
その間、自宅に住まわせ、
一緒に暮らしながら、
役所に出頭させました。
その間、万次郎に日本語の読み書きを教え、
自分は英語を学びました。
そんなやり取りを通じて
友情も芽生えたようです。
竜串は、国道321号線から、すぐにアプローチできるところにあります。近くには足摺海底館とよばれる海中に伸びた塔があります。海底館を降りると、海底を見学することができます。もちろん、団体さんが気軽に訪れることができるように、道路も整備されています。
竜串は足摺宇和海国立公園なのですが、このような海底を見せる施設があるのは、国立公園に海中公園が6ヶ所ふくまれているからです。そして竜串も海中公園に指定されています。
この周辺では、竜串が一番の観光地になっているのですが、実はもうひとつ重要な地質学的な見どころがあります。「見残し」と呼ばれるところです。
見残しは、竜串の南東にある千尋岬(ちひろみさき)の奥にあります。道はないので、グラスボートで向かうことになります。「見残し」とは不思議な地名ですが、弘法大師がこの地を見残したということで名付けられたと案内されています。本当のところは、明治時代の日本画家の川田小龍が、竜串だけをみて帰る人が多いので、この地を見残しているようだということで「見残しの景」と名付けたそうです。
さて見残しですが、竜串と同じ地層がでています。ただし、こちらの地層には、きれいな化石漣痕(れんこん)をみることができます。漣痕(ripple mark)とは、堆積物の表面に水や空気の流れによって、規則的な波模様のことです。砂丘や海岸の砂浜に風によって形成される風紋が、その典型です。海底でも流れがあれば、波模様が海底に形成されます。
それらの表面の模様は、次の流れがあれば消えてしまいます。しかし、地層が上をうまく覆って形成されると、漣痕がそのまま地層の境界に残ることがあります。それが化石漣痕となります。地層境界に繰り返し化石漣痕が多数みられることもあるので、そのような条件はまれなことではなく、よくおこる作用のようです。
地層境界に残された化石漣痕が、見残しではいろいろと見られるところなのです。見残しの化石漣痕は、学術的にも重要だとされ、「千尋岬の化石漣痕 」として、1953年に国の天然記念物に指定されています。
グラスボートで見残しまでいって、そこから歩道の遊歩道を歩きながらみることができます。コースは途中でくずれて、すべてを進むことはできませんが、もっと先まで化石漣痕があるようです。時間があればぜひ行ってみたい気がしますが、それは別の機会としましょう。
・阿蘇噴火・
先日、九州の大分を中心に
近くの宮崎と熊本もまわりました。
阿蘇山も、2日間めぐりました。
そこに先日の噴火したというニュースでした。
もともと火山活動が活発化していたので、
噴火の危険性はありました。
今回の噴火は、帰札直後だったので少々驚きました
もし時期が一致していたら、
予定を変更して、いろいろ見て回ったかもしれません。
まあ、校務があるので、
あまり自由に振る舞えはしないのですが。
・河田小龍・
河田小龍は、
ジョン万次郎がアメリカから帰国した時
取り調べにあたりました。
その間、自宅に住まわせ、
一緒に暮らしながら、
役所に出頭させました。
その間、万次郎に日本語の読み書きを教え、
自分は英語を学びました。
そんなやり取りを通じて
友情も芽生えたようです。
2015年9月10日木曜日
4_120 竜串 3:海岸の堆積物
竜串のシリーズではじめたのですが、実はタイトルだけで竜串は今回がやっと登場となります。竜串のような海岸の堆積物は、堆積場の形成には付加体が関連するのですが、地域性が現れれやすいところでもあります。さらに環境変化も激しいので、なかなか面白い地層がたまるところでもあります。
さて、前置きが長くなりましたが、やっと竜串の話しになります。
竜串の海岸には、海に向かってまっすぐに地層がつきだして広がっています。アプローチも便利なので、見学しやすいところです。ただし海岸なので、波の影響を受けるので、見学は天候や干満に注意する必要があります。
竜串の海岸では、地層の断面を見ることができます。いろいろな地層の構造を見ることができます。前回紹介したタービダイトとは、一味違う地層です。
竜串の地層は、付加体の上にたまった地層です。下にあるはずの付加体は、漸新世後期(5000万~4000万年前)から中新世(3000万~2000万年前)のものですが、その上にたまった地層は、化石が少なく時代はあまり明らかになっていないようですが、前期中新世の化石が地層の下(基盤といいます)の方からみつかっています。竜串層はもっと新しい時代のもののはずです。
竜串に分布する地層は、竜串層と呼ばれていますが、三崎層群のもっとも上部になります。三崎層群は非常に厚くたまった地層で、3000m以上もあると考えられています。付加体の上、大陸斜面の海岸付近にまたった地層だと考えられています。堆積物が大量にたまる場だったようです。
このような環境は、よく形成される環境です。それは、海溝から離れて陸に近いところでは、プレート(竜串ではフィリピン海プレート)に押されて、付加体が盛り上がり、隆起する部分ができるためです。この隆起が堆積物を貯める場(堆積盆といいます)となります。ただし、場所ごとに特徴が形成されやすくなります。
三崎層群の環境は、上に向かって堆積物が粗いものになっていくことがわかっています。堆積物がたまった堆積場として、海岸の沖で日常的な波浪の影響を受けず台風などの影響でしか受けない浜(沖浜)から、波の影響を受ける海岸近くの浜(外浜)、そして陸域の河口へと変わっていったと考えられています。
竜串層は、もっとも陸に近い、あるいは陸域の堆積場であったと考えられます。地層は砂岩の多い互層になっています。そして、地層内や境界部(もともとの海底面)には、生物の生活していた跡(生痕化石といいます)がよくみつかります。これが、大きな特徴となっています。
生痕化石には、パイプ状や表面にコブ状突起をもっている奇妙な形のものがたくさん見られます。これらの生痕は、オフィオモルファ(Ophiomorpha)とよばれるもので、甲殻類の巣穴の跡です。干潟から海岸の砂地(前浜)に住む生物の跡です。
生痕化石から、竜串層は、蛇行する河川や網状河川などの環境が考えられてきました。ある地層には、楕円型あるいはアーモンド型の生痕化石も、多数見つかるところがあります。こちらは、二枚貝があわてて逃げた跡(逃避痕とよばれます)だと考えられています。これらの生痕化石の研究から、竜串層は、砂がたくさん供給されているところで、網状の河川で、蛇行する川などの場に限定されてきました。
前に紹介したように、付加体は、多様な起源の岩石が混在させられるメカニズムがありました。また、タービダイトにも、たまる場所なや流れこむ土砂の量、それらの重なりぐあいにより、形成される地層は、多様性が生まれました。そして、付加体の上、あるいは海岸付近でも特徴的な堆積物がたまります。それらが複雑に絡み合っているとことが日本列島なのです。
さて、竜串の不思議さは、ここだけではありません。少し場所は離れますが、まったく起源の違う岩石を、次回は紹介しましょう。
・竜串が少ない・
このシリーズは、5月に調査にいったときの話を書くため
竜串とタイトルでスタートしました。
竜串周辺の地質の話をしているのですが、
もともと、竜串だけでシリーズを
まとめるつもりではなかったのですが、
付加体やメランジュなど
ついつい興味のあることから書き始めてしまいました。
そのため、前置きが長くなってしまいました。
次回は、竜串というより足摺に近いところの話しになります。
まだ、紹介をしたことのないところなので
書こうと考えています。
・調査中・
実は、前回と、今回のエッセイの発行は、
予約を配信したものでした。
野外調査にでています。
このエッセイの発行する日に帰ってくる予定なのですが、
発行が間に合わないので、予約配信しました。
その調査の話は、近うちにしていきたいと思っています。
今回の調査は、大分から宮崎北部を中心としています。
何度かいっているのですが、
再度調査したいところ、
まだ見ていないところなど
いくつか調べたいポイントがあります。
それを順番に見ていくことになります。
予定通りに見れるかは不明ですが、
天気が心配ですがどうなったいることでしょうか。
さて、前置きが長くなりましたが、やっと竜串の話しになります。
竜串の海岸には、海に向かってまっすぐに地層がつきだして広がっています。アプローチも便利なので、見学しやすいところです。ただし海岸なので、波の影響を受けるので、見学は天候や干満に注意する必要があります。
竜串の海岸では、地層の断面を見ることができます。いろいろな地層の構造を見ることができます。前回紹介したタービダイトとは、一味違う地層です。
竜串の地層は、付加体の上にたまった地層です。下にあるはずの付加体は、漸新世後期(5000万~4000万年前)から中新世(3000万~2000万年前)のものですが、その上にたまった地層は、化石が少なく時代はあまり明らかになっていないようですが、前期中新世の化石が地層の下(基盤といいます)の方からみつかっています。竜串層はもっと新しい時代のもののはずです。
竜串に分布する地層は、竜串層と呼ばれていますが、三崎層群のもっとも上部になります。三崎層群は非常に厚くたまった地層で、3000m以上もあると考えられています。付加体の上、大陸斜面の海岸付近にまたった地層だと考えられています。堆積物が大量にたまる場だったようです。
このような環境は、よく形成される環境です。それは、海溝から離れて陸に近いところでは、プレート(竜串ではフィリピン海プレート)に押されて、付加体が盛り上がり、隆起する部分ができるためです。この隆起が堆積物を貯める場(堆積盆といいます)となります。ただし、場所ごとに特徴が形成されやすくなります。
三崎層群の環境は、上に向かって堆積物が粗いものになっていくことがわかっています。堆積物がたまった堆積場として、海岸の沖で日常的な波浪の影響を受けず台風などの影響でしか受けない浜(沖浜)から、波の影響を受ける海岸近くの浜(外浜)、そして陸域の河口へと変わっていったと考えられています。
竜串層は、もっとも陸に近い、あるいは陸域の堆積場であったと考えられます。地層は砂岩の多い互層になっています。そして、地層内や境界部(もともとの海底面)には、生物の生活していた跡(生痕化石といいます)がよくみつかります。これが、大きな特徴となっています。
生痕化石には、パイプ状や表面にコブ状突起をもっている奇妙な形のものがたくさん見られます。これらの生痕は、オフィオモルファ(Ophiomorpha)とよばれるもので、甲殻類の巣穴の跡です。干潟から海岸の砂地(前浜)に住む生物の跡です。
生痕化石から、竜串層は、蛇行する河川や網状河川などの環境が考えられてきました。ある地層には、楕円型あるいはアーモンド型の生痕化石も、多数見つかるところがあります。こちらは、二枚貝があわてて逃げた跡(逃避痕とよばれます)だと考えられています。これらの生痕化石の研究から、竜串層は、砂がたくさん供給されているところで、網状の河川で、蛇行する川などの場に限定されてきました。
前に紹介したように、付加体は、多様な起源の岩石が混在させられるメカニズムがありました。また、タービダイトにも、たまる場所なや流れこむ土砂の量、それらの重なりぐあいにより、形成される地層は、多様性が生まれました。そして、付加体の上、あるいは海岸付近でも特徴的な堆積物がたまります。それらが複雑に絡み合っているとことが日本列島なのです。
さて、竜串の不思議さは、ここだけではありません。少し場所は離れますが、まったく起源の違う岩石を、次回は紹介しましょう。
・竜串が少ない・
このシリーズは、5月に調査にいったときの話を書くため
竜串とタイトルでスタートしました。
竜串周辺の地質の話をしているのですが、
もともと、竜串だけでシリーズを
まとめるつもりではなかったのですが、
付加体やメランジュなど
ついつい興味のあることから書き始めてしまいました。
そのため、前置きが長くなってしまいました。
次回は、竜串というより足摺に近いところの話しになります。
まだ、紹介をしたことのないところなので
書こうと考えています。
・調査中・
実は、前回と、今回のエッセイの発行は、
予約を配信したものでした。
野外調査にでています。
このエッセイの発行する日に帰ってくる予定なのですが、
発行が間に合わないので、予約配信しました。
その調査の話は、近うちにしていきたいと思っています。
今回の調査は、大分から宮崎北部を中心としています。
何度かいっているのですが、
再度調査したいところ、
まだ見ていないところなど
いくつか調べたいポイントがあります。
それを順番に見ていくことになります。
予定通りに見れるかは不明ですが、
天気が心配ですがどうなったいることでしょうか。
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