2026年9月10日木曜日

1_249 スノーボールアース 7:衝突原因説

 このシリーズでは、全球凍結の発見やその原理に関する研究を紹介してきました。以降は、最近発表された論文を2編紹介していきます。まずは、その発生原因についての新しい仮説の論文です。


 全球凍結への契機を、超大陸分裂による二酸化炭素の減少、巨大火山の活動や生物による急激な酸素形成など、いろいろな仮説がありました。
 それぞれに課題がありました。風化による二酸化炭素の減少による寒冷化モデルでは時間のかかりすぎ、巨大火山も年代が必ずしも一致してない、ケイ酸塩の風化は寒冷化へ向かわない(負のフィードバック)、また低緯度の大陸配置は条件を整えるだけで直接原因ではないとうい可能性もあることなど、いろいろ課題があることも指摘されていました。
 巨大衝突によって地表全体の反射率(アルベド)が急激に変化すれば、全球凍結が起こる可能性が示唆されていました。今回紹介する論文では、全球凍結に至る原因として、天体の衝突のモデルでのシミュレーションがなされました。フー(Fu)さんたちの共同研究で、2024年のScience Advances誌に掲載された
Impact-induced initiation of Snowball Earth: A model study
(衝突によって誘発されたスノーボールアースの発生:モデル研究)
というタイトルの論文です。
 天体としては、K-Pg境界で恐竜などの大絶滅を起こした天体(直径10km程度)が衝突したと想定しています。衝突で、硫黄を含む岩石の成分が、成層圏へと吹き飛ばされ、日光を反射する硫酸塩エアロゾルが形成されます。その結果、太陽光の入射量が減ります。その状態を前提として、その後の変化を、4つの条件でシミュレーションがおこなわれています。
 4つの条件とは、工業化がおこなわれる前(前工業期)の状態、最終氷期のもっとも寒冷な状態(最終氷期最盛期)、白亜紀のような高い二酸化炭素の濃度の温暖な状態、そして原生代後期(7億2000万年前)頃の高い二酸化炭素濃度(1500 ppm と 750 ppm の2つ)の状態で、それぞれでシミュレーションがなされています。
 もともと地球が温暖な時期(前工業期や白亜紀など)であれば、熱容量が大きいため深海は温暖なままで、海洋全体が凍結温度に達することなく、異変も10年ほどで回復することがわかりました。原生代後期でも二酸化炭素が多ければ、全球凍結には至りませんでした。低緯度の大陸分布状態でも全球凍結に至らないという結果は、大陸分布よりも海洋温度が支配的要因であることになりそうです。
 また、最終氷期最盛期の寒冷な時期や原生代後期で二酸化炭素が少なければ、全球凍結に至ります。その暴走冷却は速く、わずか10年足らずのうちに、海氷が赤道まで到達します。いったん海洋全体が氷で覆われると、太陽光の大部分(60%程度)が、宇宙へ反射されてしまいます。天体衝突に舞い上がった塵が収まっても、極寒の状態が維持されます。数100万年以上にわたる全球凍結へと突入します。
 このような主張に対して、大型天体の衝突の確率が低いこと、新期原生代には隕石衝突の痕跡がない、などの反論が想定されます。それに対して、論文で事前に説明しています。
 衝突の発生確率については、直径5km以上の天体は4000万年に1回は起こると推定されています。衝突は珍しい現象ではないことになります。衝突の地質学的痕跡ですが、海洋で衝突したらその痕跡は残りませんし、クレーターができても浸食や沈み込みなど地質学的改変で失われる可能性が高いはずです。もっとも確実な証拠となる、衝突で飛び散った放出物は、発見されていません。これは、大きな問題点となります。
 硫酸塩や炭化水素に富む岩石は、地表では13%程度を占め、そこに衝突すればエアロゾルとなって強い冷却を起こせます。顕生代には、5000万年ほどの氷期となっている条件があるので、それを地球史でみれば、33億年に1回は氷期の起こる確率となり、25億年前以降に少なくとも53%の確率で、1回はなっていた考えられます。
 全球凍結の他のメカニズムと比べると、衝突によって誘発されると、堆積物の蒸発から、大気中の二酸化炭素が急増しますが、1000 ppm程度が増加しても、海氷形成に影響しないという結果がでてきました。そして、全球凍結が一気に進むことで、中緯度の氷河堆積物が乏しい可能性が指摘されています。
 これまでスノーボールアースの原因は、超大陸の分裂による二酸化炭素の減少と巨大火山活動などが主流でしたが、天体衝突という要因の可能性が提唱されたことになりました。

・確率の値・
この論文の条件では、第四紀の更新世で、
もし10kmの天体の衝突が起きていれば
全球凍結にになった可能性が指摘されています。
その確率は250分の1だとのことです。
この確率は低いのでしょうか。
数値を示されても判断できるのでしょうか。
これは、地震の発生確率の提示と
似た状況ではないでしょうか。

・風邪の不調・
術後の体調不良がある上に
風邪による体調不良も加わりました。
わが町では、インフルエンザが流行っているようですが
ここ2週間、自宅を一歩もでていません。
熱もでていませんし、筋肉痛もありません。
インフルエンザではなさそうです。
ただ、風邪気味での不調です。
まあ、無理をせず、安静にしていくしかないようです。

2026年9月3日木曜日

1_248 スノーボールアース 6:原生代前期の全球凍結

 全球凍結に関する研究の精度が高くなってくると、一度ではなく、二度の氷期があったことがわかってきました。また、原生代前期にも大規模な氷期があったかもしれないこともわかってきました。


 全球凍結の時期は、地質学的証拠から、7億から6億年前の間におこっていました。地質時代としては、原生代後期のクライオジェニアン(Cryogenian 約7億2000万〜6億3500万年前)と呼ばれる時期でした。この時期には、超大陸ロディニアが赤道付近に広がっており、海がそれ以外の極地まで広がっていました。そして、超大陸が分裂をしていくという特別な状態にありました。そんな時、全球凍結が起こりました。
 全球凍結の研究が進んていくと、年代測定の技術の進歩で年代分解能が上がってきたことで、この時期に、全球凍結が2回起こっていたことがわかってきました。最初はスターティアン氷期(Sturtian)で、後はマリノアン氷期(Marinoan)と名付けられています。
 スターティアン氷期は、7億1700万から6億6000万年前に起こった、非常に規模な氷河期だと考えられています。マリノアン氷期は、6億5000万から6億3500万年前で、こちらの全球凍結は確実性が高いと考えられています。
 そして、もうひとつ、もっと古い時代にも、全球凍結があったあったのではないかと考えられています。それは、原生代前期の24億4000万から23億年前に起こった、ヒューロニアン氷期と呼ばれています。
 20世紀初期に、カナダ(オンタリオ州周辺)の地層の研究で、氷河性堆積物(氷堆積物、モレーン様堆積、氷成砕屑など)や氷河に伴う層序などが発見され、大規模な氷期があったと考えられました。その後、1970年代までには、氷河性堆積物が、カナダだけでなく南アフリカや西オーストラリアなどでも発見されたことから、広域に分布することが明らかになり、「原生代前期の大規模氷期」としてヒューロニアン氷期が提唱されてきました。
 1980年代には、ジルコン年代やより詳細な層序の研究が進み、少なくとも3回の氷期が繰り返されたと考えられるようになってきました。さらに、この時期以前までは、二酸化炭素が主となっていた大気から、急激に酸素が増える出来事(大酸化事変:GOE Great Oxidation Event)が起こっていました。そのような大規模な環境改変が、冷却のきっかけのひとつとなったと考えられました。
 21世紀になるとGOEと氷期の関連が詳しく調べられてきました。関連は強くあったようなのですが、それだけが原因でなく、大陸配置、火山活動、海洋循環などが複合的に関与していたと考えられるようになってきました。現状では、完全な全球凍結であったかは議論中です。局所的か半全球くらいの氷床の広がりであったという証拠もあるようで、未解決です。
 シリーズで全球凍結に関する研究を見てきました。現在の地球を調べる斉一説では、説明できない出来事が、過去には起こっていることがわかってきました。地質学では、ある時代の地層が証拠として存在するために、斉一説にとらわれることなく、詳細に調べていくことができます。それが過去の実物を対象とする学問の強みです、ただし、証拠がない時代や地域については、検証不能です。

・未踏の領域・
1837年にアガシーが氷河期を提唱して、
190年ほどしか経過していません。
そこから、氷河期と間氷期の繰り返し、
また現在の氷期を遥かに越える全球凍結、
そしてその繰り返し、
さらに20億年も前にも起こっていた
全球凍結らしきものまでわかってきました。
地質学は地球の過去を探求してきました。
その探求はまだまだ未踏の領域が
多くありそうです。

・安静中・
9月になりました。
予想以上に、術後の回復が長引いています。
まだ、不調が続いています。
退院後、ウォーキングにて体調を崩して以降、
デスクワークを無理せずみして、
疲れたすぐに横になるようにしています。
2週間は、自宅で安静にしています。
多分体力が落ちているのでしょうね。

2026年8月27日木曜日

1_247 スノーボールアース 5:暴走冷却

 全球凍結は、地球の大陸配置が、特別な状態であった時に向かうと考えられます。すべての大陸が赤道付近にひとつに集まり、海もひとつで広がっている状態です。そのような陸と海の配置で、暴走冷却が起こっていくようです。


 シミュレーションでは、全球凍結にはいけるが、そこからは戻れないという結果でした。しかし、地球の歴史では、全球凍結になり、それが溶けていき、氷床がないか少しだけの状態に戻ったという地質学的証拠と、そのメカニズムがあることを紹介しました。
 今回は、なぜ、全球凍結へと進めるのかについて考えていきます。もし、簡単に全球凍結へいけ、簡単にもどってこられるであれば、地球史において、もと頻繁に起こっていていいはずです。例えば、現在の氷河期と間氷期の繰り返しがあるように、全球凍結の繰り返しも起こっていてもいいはずです。しかし、全球凍結は、稀な現象であったようです。
 なぜ、原生代後期に全球凍結が起こったのでしょうか。
 まず、大陸と海の配置が重要となります。極地域に海があり、その海が赤道付近までつながっている必要があります。
 現在は、繰り返し氷河期が訪れていますが、高緯度に氷床ができるだけです。それは、南極には大陸があり、北極に海がありますが陸地に囲まれています。このような極地に海がなかったり、大陸に囲まれていると、海全体が一気に凍っていくことはないようです。
 全球凍結に至るには、極地から赤道まで海がつながっている必要があるようです。そのような状態になっていると、海面が凍りはじめると、暴走冷却が起こり、一気に全球凍結状態に向かっていきます。
 原生代後期、一つの巨大な大陸(超大陸と呼ばれます)としてロディニア(Rodinia)が、赤道付近にありました。大部分の陸地は、ロディニアに集まっていたので、周辺は大きな海洋として原始パンサラッサ海(Proto-Panthalassa)がありました。このような特別な状況が、全球凍結へ向かわせました。
 熱帯域に大陸が分布していると、化学風化が強まりCO2が大量に消費されていき、温暖化の効果が弱まっていきます。
 そして、超大陸が、7億7000万年前ころから、分裂をはじめました。大陸プレートの分裂によって、多数のリフト帯ができました。そこには、浅い海ができ、塩分や温度の分布が不安定になります。海洋全体として、海流の大規模な再編成されていきます。また、深海での循環もが弱まり、極域への熱輸送が減少し、極域が冷えやすくなり、暴走冷却が起こっていきます。
 また、多数のリフトができる時、そこには多数の火山が形成されます。分裂当初は、火山活動が増えたことでCO2が増加しますが、分裂後期には、風化の方が勝り、このバランスの乱れが、気候の不安定化が起こります。
 大陸に氷床ができ、海洋の凍結が起こると、地球表層が氷に覆われ、白っぽくなります。そうなると、太陽光は、大陸や海を温めることなく、はね返され、寒冷化に拍車をかけます。この連鎖(正フィードバック)が、暴走冷却を起こします。
 超大陸の赤道付近での分布と、その位置での分裂が、全球凍結へと進めました。ですから、現在はこのような大陸配置ではないので、全球凍結には向かわないと考えられます。
 では、そのような大陸配置は、地球史において一度だけだったのでしょうか。実は・・・・

・震度3・
先日、寝入りばなに
地震がありました。
震度3だったのですが、
寝ていたのに目が醒めました。
幸い、周辺や自宅には、
大きな被害はありませんでした。
2018年の北海道胆振東部地震の時は
夜中でしたが、その時のことを
一瞬思い出しました。
近年、日本各地で
大きな地震が起こっています。
不安ですね。

・体調不良・
退院後、ウォーキングすると
自覚症状はないのですが、
不調になっていました。
ウォーキングも止め、
無理をしない生活をしています。
そのため朝起きるのも遅くなり、
最近、8時間以上寝ています。
体調が戻るまで無理しないようしています。

2026年8月20日木曜日

1_246 スノーボールアース 4:二酸化炭素の蓄積

 理論的では、全球凍結から戻れないことがわかっていました。地質学的証拠は、全球凍結が起こったことを示していました。全球凍結から、どのようにして戻ってきたのでしょうか。その証拠はあるのでしょうか。


 全球凍結が理論的に可能であったとしても、そこから如何に、氷河がない、もしくは部分的にしかない状態に戻ってくるかが問題となりました。
 ホフマンは、全球凍結を火山活動による二酸化炭素(CO2)の大気中への濃集することによって、温室効果が働いて脱出すると考えました。
 現在の火山活動で噴出されるガスにはCO2が含まれています。ところが、火山噴火による、大気中へのCO2の蓄積することはありません。なぜなら、大気中のCO2を、海水が吸収したり、CO2が溶け混んだ雨水や河川水が大陸の岩石を風化する時に使われているためです。
 全球凍結状態になっていると、海洋は凍っているため、海水中へのCO2の吸収が起こりません。また、水蒸気が発生せず雨も降るともなく、陸地も氷で覆われているため、岩石の風化にも使われません。そのため、火山噴火で放出されたCO2は、使われることなく、そのまま大気中に蓄積されていきます。現在の火山噴火から推定すると、数100万年かけて、CO2の大気中の濃度が、0.1から1気圧(現在の数100倍)になる見積もられています。
 そうなると、強烈な温暖化へと向かっていきます(暴走温暖化と呼ばれます)。海氷や氷床の溶融が進んでいきます。いったん、融解がはじまり、海面が広がると、太陽熱が吸収され、一気に温暖化が進みます。暴走温暖化は、シミュレーションでも推定されていたことです。
 ここまでは、仮説に基づいた推定なのですが、融解が起こったあとの状態を示す証拠が見つかっています。ホフマンが、ナミビアで発見した、「迷子石」を含む地層や、その地層の50mの厚さの縞状炭酸塩岩の地層(キャップカーボネイト)などです。迷子石などは流氷による堆積物です。赤道付近にも流氷が流れてきたことは、急激な温暖化を示しています。また、世界中で、急激な温暖化を示すものとして、氷河堆積物(ティライト)や、蒸発岩(ドロマイト、方解石)が急激に堆積します。また、粘土鉱物などの風化堆積物もみつかります。
 ホフマンが示した炭素同位体組成(δ13C)の異常(大きな負の値)は、海洋循環が急速に再開したことで、それまで海中に蓄積されていた有機物が急激に分解していき、海洋の化学組成の再編成が起こった証拠となります。
 全球凍結状態の直接の地質学的証拠はないのですが、全球凍結から急激な温暖化で回復した時期の証拠が見つかっています。そこから、全球凍結から案外簡単に回復できることがわかってきました。
 では、なぜ、そもそもその時期にだけ、全球凍結へと向かったのでしょうか。それは、次回としましょう。

・入院中は・
入院中は、横になっていることが多く、
することがないので、読書をしていました。
これまでなかなか読めなかった
本を一気に読みました。
Kindleにてマンガも一気読み、
長編小説もかなりの冊数を読むことができました。
また、病室で動けるようになったら、
PCとWIFIも使えたので、30分や1時間ほど、
論文のためのデータ集めをしていました。
ただ、あまり集中はできなかったので
単調な作業が向いていたようです。
それが、現在執筆中の論文のデータとして活きています。

・回復期・
手術入院のため、前回までの2回分は
予約配信としていました。
無事、先週の水曜日の午前中に退院しました。
10日間の入院となりました。
退院してすぐに、通常生活に戻しました。
当日から、食事も通常に戻し、仕事もはじめました。
翌日からはウォーキングを再開しました。
すると、体調不調になりました。
ウォーキンを中止し、食事も脂っこいものや
消化に悪そうなものは止めました。
体調に注意しながら、無理せずに
少しずつ生活を戻していこうと考えています。

2026年8月13日木曜日

1_245 スノーボールアース 3:理論的課題

 全球凍結は、理論的には可能であることは、気象学のシミュレーションからわかっていました。ところが、全球凍結にはならなかったと考えられていました。それも気象学的に推定されていました。


 スノーボールアースが、科学的に課題があると、前回述べました。その課題についてみてきましょう。課題は、気象学の理論によるものでした。
 地球の気象条件をシミュレーションしていくと、無氷床状態、部分氷床状態、そして全球凍結状態の3つが安定していることがわかっていました。
 まずは、「無氷床状態」とは、地表にまったく氷床が存在しない状態です。ここでいう「氷床」とは、夏になっても残っている氷のことです。中生代の白亜紀や新生代前半が、この状態になっていました。極地でも、夏には氷が溶けていました。恐竜が越冬でき、南極では森林があったと考えられています。
 次が、「部分氷床状態」で、高緯度(極地付近)や高山には、氷床や氷河が存在します。現在は、この状態です。氷河期と間氷期の繰り返しは、この部分氷床のできる緯度が、赤道に向かって、周期的に変動していることになります。周期性はあっても、気象学的には安定しています。
 過去の地質学的証拠から、現在は、氷河期になっても、また間氷期に戻ってきているので、部分氷床状態だと考えられます。その原因は、ミランコビッチ・サイクルと呼ばれる地球の天体としての運動の周期性に依存していると考えられています。
 3番目が「全球凍結状態」です。地球全体が氷床で覆われた状態となります。地表の水がすべて凍っている状態で、赤道までも氷床で覆われています。海も、海面から1000mを越える厚さの海氷に覆われると推定されています。陸上にも氷床や氷河ができた状態となります。
 現在は、もっとも暖かい間氷期からだんだん寒冷化が進んでいることがわかっています。
 現在の大陸と海の配置で、寒冷化が進むとしてシミュレーションをしていくと、だんだんと氷床が低緯度まで形成されていきます。そして、緯度30度くらいまで氷床でができてくると、一気に赤道まで凍る全球凍結状態へと進みます(気候ジャンプと呼ばれます)。
 全球凍結状態になると、太陽光と地球の自転で、地球表層の温度を平均化する役割を果たしてきた海洋が、その機能を果たさなくなります。いったん海が凍ると、水蒸気もほとんど形成されることがなく、雲もなくなります。海洋から、大気への水蒸気の供給はほとんどなくなり、雨や雪も降らなくなります。そして、大気は、乾燥していきます。
 昼間は雲がないので、常に太陽光に照らされる状態ですが、地球は氷で真っ白で、太陽光を反射してしまい、地球の大気を温めることなく、宇宙空間に逃げてしまいます。夜は、放射冷却で熱が宇宙空間に放出されていき、ますます冷えていきます。平均気温-40℃のごく低温の状態へとなっていくと推定されています。
 いったん全球凍結状態になると、抜け出すことができなくなります。ですから、理論的には存在しえても、現実的には起こらないと考えられていました。
 地質学的記録では、どの時代にも、海があり、堆積岩が形成されていたことがわかっているからです。シミュレーションと地質学的記録から、過去に全球凍結状態にはならかなったと考えました。
 ところが、ホフマンは、全球凍結があったと提唱しました。そのためには、全球凍結状態から脱する方法を考えて、地質学的証拠があることを示さなければなりません。次回としましょう。

・長男の帰省・
今年も、長男が帰省しています。
1週間ほど滞在する予定です。
2日間はフェスにいくので不在となります。
夜は帰ってくるかはと思いますが、
どうなるのかは不明です。
長男がいる時には、
いつも訪れている中華料理屋さんには
顔をだそうかと考えています。
年に一度の顔見世のようなものです。

・予約配信2・
これも予約配信としています。
予定では、退院しているはずなのですが、
術後の回復は不明で、
病院や自宅で作業できるかどうかわからないので
事前に配信しておきます。

2026年8月6日木曜日

1_244 スノーボールアース 2:全球凍結

 よく知られている氷河期を、はるかに凌駕するものが、かつての地球にはありました。わかったのは1998年のことで、まだ30年もたっていません。地球の歴史には、未知のことがまだまだありそうです。


 アガシーが氷河期を唱えてから、まだ200年足らずですが、その氷河期とは比べ物にならないほどの寒い時期が、あったことがわかってきました。
 その時期の地球を宇宙から見たら、真っ白な雪玉に見えたであろうと推定されています。そのためスノーボールアース(Snowball Earth)、日本語では「全(地)球凍結」とも呼ばれています。スノーボールアースは、地球表層の水がすべて凍ってしまうような状態です。
 最初に見つけたのは、ハーバード大学のポール・ホフマンでした。ホフマンは、アフリカ南東部のナミビアを調査していました。そこには、不思議が地層がありました。約7.2億〜6.4億年前、赤道付近で堆積した地層があったのですが、その中には直径1mくらいの巨大な丸い石が多数ありました。その石は、地層を構成している岩石や周辺の岩石とは、全く異なった関係のないものでした。このような岩石は、「迷子石」と呼ばれていました。通常の堆積作用では決してできないものでした。
 また、迷子石を含む地層の上には、50mの厚さの炭酸塩の地層が重なっていました。キャップカーボネイト(日本語では縞状炭酸塩岩)と呼ばれています。海水中に大量に炭酸塩が溶け込んで、それらが化学的に沈殿してできた地層です。これも不思議な地層でした。
 ホフマンは、赤道付近の海底に溜まった地層内に、迷子石ができたのは、氷河が海に流れ込んで流氷となり、氷が溶けたことで、中に含まれていた岩石が海底に落ちてできたと考えました。
 この地層は赤道付近でたまったものだったので、流氷が赤道まで流れてくるということは、当時赤道まで寒かったことになります。そこからホフマンは、スノーボールアース、全球凍結があったと考えました。
 ホフマンは炭素同位体組成を測定して、生物活動の程度も調べました。炭素同位体の値が低いと生物活動が低下し、高いと活発であることになります。氷河期の前には、値は上昇していたので、この時期、活発な生物活動が起こっていたことになります。
 氷河期直前から値が低下しはじめ、やがてマントル起源(火成活動によって海洋へ炭素が流入)の値に近づいていきました。そして、氷河期終了後も、低い値のままになっていました。氷河期とその終了後には、全地球的に海洋の生物活動がほぼ完全に停止していて、しばらくは回復できなかったことを意味しています。
 温かさがもどって海氷が溶けると、大気中に大量に蓄えられた二酸化炭素が海洋に溶け込んでいきます。海洋の炭酸塩濃度が高くなると、炭酸塩の化学的沈殿が起こり、キャップカーボネイトができたと考えました。
 1998年にホフマンが発表した当時は、信じる人は少なかったのですが、議論や論争を通じて、浸透していき、だんだん信じられるようになってきました。そして、地球史上最大の氷河期として、スノーボールアース、全球凍結が認知されるようになりました。
 認知されるまで、長い時間がかかったのは、科学的に困難さがあったからでした。その問題は時間としましょう。

・ホフマンの業績・
ホフマンの地質学的業績は多数あります。
1988年の論文は、「United Plates of America」というものでした。
プレートテクトニクスで20億年前まで遡ったもので
地質学的には重要な論文でした。
しかし、最初投稿した学術誌では不採用となりましたが、
別の学術誌では高く評価されて掲載されました。
1991年の論文は通称「inside-out」論文と呼ばれています。
3~2 億年前に出現した超大陸パンゲア以前に、
複数回の超大陸の形成・分裂が繰り返される
超大陸サイクルがあることを示しました。
そして、1998年には「Snow Boll Earth」論文が発表されました。
ここでは、大量の地質学的データに基づいて示しされました。
ホフマンは、その業績により
2024年に京都賞を【基礎科学部門】で受賞しています。

・予約配信1・
現在、入院中です。
予定としては、一昨日手術を受けているはずです。
自由に動けているかと思います。
病院でもインターネット環境があるので、
配信可能かもしれませんがどうなるかは不明です。
このメールマガジンは、
事前に予約配信しています。

2026年7月30日木曜日

1_243 スノーボールアース 1:アガシー

 氷河期があったことは、今では誰もが知っています。氷河期の存在がわかったのは、200年足らず前の1840年ころに過ぎません。氷河期が受け入れられるには、いろいろな人が関わってきました。


 ここ1500万年ほど、地球は寒冷化が進んでいることが地質学的にわかっています。そして、数100万年間は、氷河期と暖かい間氷期が繰り返されています。現在は間氷期にあたり、縄文時代(約1万6000年前〜約2300年前)の約7000〜6000年前が最も暖かい時期になっており、年の平均気温が現在より2℃ほど高かったことがわかっています。その結果、日本では、縄文時代に海進(縄文海進と呼ばれています)が進み、海面が現在より約2〜4mも上昇していたことが、関東平野の貝塚の遺跡でも示されています。
 現在は、縄文時代より、平均気温は下がっていますが、まだ間氷期の時期になっています。
 一方、氷河期は、生物にとっては過酷な時代となります。暖かいところへ移動するか、寒さに適応していくしかありません。人類も火を利用して乗り越えました。もし、現在の社会に氷河期が訪れた、文明社会は、深刻なダメージを受けることになっていくでしょう。
 このように氷河期の話題をしても、多くの人は基礎知識として知っていため、理解できます。ところが、かつて氷河期があったことがわかってきたのは、それほど昔ではありません。
 スイスアルプスの民間技師のヴェネツ(Ignaz Venet)は氷河期の証拠を集めていました。中でも迷子石(erratic boulder)の由来が大きな問題となっていました。迷子石とは、周囲の地質とは全く異なった巨大な岩塊が、本来あるはずのない場所に、まるで迷子のようにぽつんと存在しているます。ヴェネツは、迷子石から氷河期説を唱え、報告しましたが、誰にも信じてもらえませんでした。
 ヴェネツは、鉱山技師のシャルパンティエ(Jean de Charpentier)を、最初に説得しました。そして、1836年夏、ヌーシャテル大学教授のアガシー(J. L. R. Agassiz)が、アルプスを訪れた時、シャルパンティエとおそらくヴェネツも同行して、周辺を案内をしました。そして、アガシーに氷河期説を納得させました。
 アガシーは、自身でも野外調査を開始して、先行研究などもまとめ、1837年のスイス自然科学界の年次総会で氷河期について発表しました。その発表は、北半球全体が一つの巨大な氷河で覆われていたという内容でした。発表を聞いた会場は騒然とし、反対意見が多く、論争は3日間続いたとされる「ヌーシャテルの講演」として伝説となっています。
 ヴェネツが正しい説を唱えた時は、だれも見向きもしせず、普及することはありませんでした。ところが、当時すでに著名であったアガシーが発表したため、このように大きな反響が起こり、多くの議論が生まれ、最終的には水戸ラメれることになりました。科学にも、名声が必要ば場面があるようです。
 アガシーは、1840年に「氷河の研究(Étude sur les glaciers)」を出版して、氷河期を理論化や体系化を進めました。この著者は、氷河期を世に広める重要な役割を果たしました。アガシーが野外調査で集めた証拠とは、氷河が下流に向かって移動する時、周囲の岩盤を削ったり(氷河擦痕)、流路の周囲には氷河が溶けて土砂が残ったり(モレーン)、溶けた周辺の地質とが全く異なった迷子石がありました。これらさまざまな証拠から、かつては大陸全体を巨大な氷床が覆っていた時代(氷河期)があったとしました。
 アガシーが氷河期を唱えてから、まだ200年もたっていません。それでも、多くの人は、氷河期が繰り返すことも、現在は間氷期で、もっとも暖かい時代が過ぎたことも知っています。ところが、現在繰り返されている氷河期とは比べ物にならないほどの寒い時期があったことがわかってきました。その詳細は次回としましょう。

・斉一説・
かつて西洋では「大洪水(ノアの箱舟)」などの
聖書に示された考え(激変説)が主流でした。
激変説は、宗教的背景が強くありました。
科学は、観察事実に基づく帰納によって、
現在には想像もできないようなことも証明できる
科学的方法論を構築しました。
これは、斉一説による発見と呼ばれるもので、
近代地質学の基礎ともなりました。
科学による斉一説は、激変説との長い論争を経て
確立されてきました。
氷河期も斉一説に基づく科学的証明でした。

・来週から入院・
来週から、手術のために1週間から10日ほど入院します。
そのため、エッセイを書きだめしています。
2回分は予約配信していくつもりです。
現在の症状は、薬を飲み続ければ対処できます。
しかし、手術でほぼ完治するそうです。
手術は高齢者でも負担が少ないとのことで
講義のない時期に受けることにしました。
現在、常用している薬をやめられる日が
早く来ること願っています。

2026年7月23日木曜日

2_234 アスガルド古細菌 5:marumarumayae

 新たに培養されたアスガルド古細菌は、marumarumayae(マルマルマヤエ)と呼ばれています。MK-D1と似た形態や共生をしていました。より短期間に、より高精細な形態を明らかにし、一歩進んだ解明となっていました。


 ストロマトライトのマットの下層のアスガルド古細菌に着目して、培養されました。2026年4月、ノブス(Nobs)さんたちによって、Current Biology誌に
An Asgard archaeon from a modern analog of ancient microbial mats
(太古に類似した現代版の微生物マットからのアスガルド古細菌)
として公表されました。
 ノブスさんたちも、井町さんたちと同様に、苦労して培養に成功しています。嫌気性の環境で、さまざまな炭水化物やアミノ酸、微量栄養素に、抗生物質も加えて、5年にも渡って培養されてきました。その結果、アスガルド古細菌が濃縮されてきました。その中に、ロキ城の熱水噴出孔でみつかったアスガルド古細菌(MK-D1)と似ているものが見つかり、Loki-ASV2と命名されました。
 また、新種となるアスガルド古細菌(Nerearchaeum marumarumayae)も見つけて、最大89%の高濃度で培養することに成功しました。この新種は、Nerearchaeum marumarumayaeと命名されました。
 Nerearchaeum(ネレアルカエウム)がギリシャ神話の海神Nereusと、古細菌を意味するarchaeumを組み合わせたもので、marumarumayae(マルマルマヤエ)は、シャークベイ地域の先住民であるマルガナ人(Aboriginal Malgana)の言葉で「古代の故郷、または古代の家」を意味しています。
 そして、このmarumarumayae古細菌は、硫酸還元バクテリアと共生していることも明らかになりました。marumarumayaは、水素(H2)、酢酸、ギ酸、亜硫酸などがつくれました。共生している硫酸還元バクテリアは、アミノ酸やビタミンを合成していることもわかりました。
 電子線クライオトモグラフィーという手法が用いて、marumarumayaeの形態も、明らかにされました。この手法は、液体窒素や液体ヘリウムで、生きた状態のままの細胞や高分子を氷で包み込み、電子顕微鏡で三次元的に撮影して立体構造として表現していきます。ナノメートルスケールで、細胞と構造体を可視化しました。
 前に紹介したMK-D1と同様に、marumarumayae古細菌は、小胞を多数放出し連なり、繊維状の突起が小胞とつながっていました。新たにmarumarumayae古細菌と硫酸還元バクテリアが「細胞間ナノチューブ」で直接つながっていることもわかってきました。これは、両者が細胞間の管状繊維を通じて、硫酸還元バクテリアが、直接相互作用できることが明らかになりました。
 そこから上記のmarumarumaya古細菌は水素や亜硫酸などを与え、バクテリアはアミノ酸やビタミンを供給していると考えられるようになってきました。共生の実態が、より詳しくわかってきました。
 井町さんたちが示した、アスガルド古細菌が真核生物へと進化していく途上の姿を示しているというモデルを考えました。井町さんたちのモデルでは、ミトコンドリアを取り込むタイミングや必然性が未解決でした。ノブスさんたちのモデルなら、ストロマトライトのマットがあるので、好気性と嫌気性の境界付近には酸素が少量存在する環境(微好気性)があります。そこでは、ミトコンドリアの祖先となるバクトリア(アルファプロテオバクテリア)が生存可能となり、アスガルド古細菌と共生すれば、真核生物へと進化できます。
 後発のノブスさんたちのモデルが有力そうに見えますが、まだまだわからないこともあります。しかし、今回紹介したように、現生の生物を用いて、大きな進化の過程を明らかにできるのは、非常に興味深いですね。

・資金力・
電子線クライオトモグラフィーという手法は
使ったことはありません。
論文に示された図を見ていると、
高解像度で、まるで生きている状態で
観察しているような写真が
多数掲載されています。
すいごい説得力のある画像となっています。
しかし、このシステム本体も高額で
維持費も膨大になるそうです。
いい研究にも資金力がものをいう場合もありますね。

・マンパワー・
古細菌の培養には、大学院たちのチームとして
長年培養を続けてきたそうです。
このようなチームワークのおかげで、
5年で単離できたのかもしれません。
井町さんは、ほぼひとりで培養を継続していたので、
12年以上かかっています。
研究を一気に進めるには
マンパワーも重要ですね。

2026年7月16日木曜日

2_233 アスガルド古細菌 4:ストロマトライト

 新たにアスガルド古細菌の培養に成功例が報告されました。その古細菌は、西オーストラリアに生きているもので、ストロマトライトと呼ばれる生物マットの中にいました。ストロマトライトは不思議な生態をもっています。


 前回、MK-D1と呼ばれるアスガルド古細菌の培養には成功していましたが、他の種でも成功したという報告がなされました。その古細菌は、西オーストラリア海岸のシャーク湾内のハメリンプールと呼ばれる海岸に生息していていました。ストロマトライトと呼ばれる微生物マットの中にいました。
 ハメリンプールのストロマトライトについて、まずは説明しておきましょう。
 西オーストラリアの北に位置するシャーク湾は、湾の北側がインド洋に開き、南に長く伸びた内湾で、水深が浅くなっています。西オーストラリアの内陸は乾燥した気候で、気候も亜熱帯で、海水の蒸発が激しく、もっとも内側に位置するハメリンプールの海水の濃度は7%ほどで、通常の約2〜3倍の濃度になっています。このような濃い海水には、生物の生息しずらく、限られた生物しか住めなくなっています。
 そんな過酷な場所に、ストロマトライトと特異な堆積構造をもった微生物のマットが多数形成されていました。マットは、直径50cm、高さも50cmほどのマッシュルームのような形状となっています。このようなマットが、浅い海岸にマッシュルームのように多数生えています。非常に不思議な光景の海岸になっています。
 マットの上面は、満潮には海面下になり、干潮になるとマッシュルームの頭の部分が海面から頭が出てしまいます。マット全体は農い緑青色のものが覆っています。それは、光合成をして酸素を出すシアノバクテリアです。シアノバクテリアとは、光合成をする生物で、太陽光を浴びて酸素を出します。また、海水に巻き上げられた砂を捕まえて粘液で固定します。長い年月を経ると、成長によって薄い層が同心円状に成長していって層状構造をもった岩石となっていきます。
 マットをさらに詳しくみていくと、シアノバクテリアの下には、嫌気性バクテリア(硫酸還元バクテリア、メタン生成バクテリアなど)や古細菌(各種のアスガルド古細菌)がいることがわかってきました。下層は、嫌気性環境(酸素濃度が低く)、硫酸還元バクテリアが生息できる硫酸塩濃度が高い条件となっていることになります。
 ストロマトライトという名称は、20億年前ころ、海岸付近で形成された堆積岩の中によくみられた岩石につけられました。マッシュルーム状の形態をもちち、その内部にはマッシュルームの上面の形に沿って同心円状の層構造がありました。マッシュルームの周りは、それらが壊れた破片が埋めていました。
 非常に変な構造の岩石でしたが、世界各地で大量に見つかっていました。その正体や成因はよくわかっていませんでした。ところが、ハメリンプールで「生きているストロマトライト」が見つかったことで、微生物の集合体マットが、ストロマトライトになっていったことかわかってきました。
 20億年前に大量のストロマトライトが形成されたことから、その頃に、急激に酸素の生産され、大気中に加わっていたと考えられました。太古代に海洋や大気が、還元的(酸素が少ない状態)から酸化的環境へと、急激に変わったと考えラえます。
 現在のハメリンプールのマットの構造として、表層は好気性(酸素を好む)で内部には嫌気性(酸素が少ない状態を好む)の生物がいることから、太古代に酸素が形成されつつあるころの海の環境に似ていると考えられます。
 このストロマトライトのマットの下層のアスガルド古細菌の培養をして、詳しく調べられましょうた。その詳細は次回に。

・運動と睡眠・
北海道もやっと気温が上がってきました。
やっと半袖になりました。
昼間は、窓を開けるとちょうどいいのですが
夜には窓を閉めて寝ています。
夜も過ごしやすく、熟睡できるのでいいです。
最近、やっと妻も私も体調が整ってきたので
プールにいって、ウォーキングだけでなく
水泳も少々するようになりました。
それもあって、ぐっすりと眠ることができています。

・ハメリンプール・
西オーストラリアのハメリンプールには
これまで2度訪れています。
一度目は、妻と一緒に観光ツアーでいきました。
ガイドに頼んで少々長めに滞在してもらいましたが
満潮時だったので、海水の中にいる状態での観察となります。
よく見ることができませんでした。
二度目は、調査でいったので、
海水が引いた干潮時間も調べていったので、
じっくりと見ることができました。

2026年7月9日木曜日

2_232 アスガルド古細菌 3:バクテリアとの共生

 アスガルド古細菌で培養に成功したMK-D1は、他の生物と密接な共生をしており、特異な形態変化をしていました。そこから、古細菌から真核生物が進化してきたのではないか、と考えられるようになってきました。


 環境DNA解析で、古細菌にも、ロキ古細菌(Loki archaeota)などの新しいタイプの古細菌が、多数見つかってきました。それらを特異な生物群をアスガルド古細菌と呼ぶことにしました。
 そららの実態は不明でした。実態を知るには、目的の種の個体だけを集めて(単離といいます)、その性質やDNAを調べていかなければなりません。ところが、古細菌などの微生物では、他の微生物と共生しているものも多く、単離が難しいものが多く、詳しく調べることができませんでした。
 2020年に海洋研究開発機構(JAMSTEC)の井町寛之さんたちの研究グループが、培養に成功しました。2020年のNature誌に、
Isolation of an archaeon at the prokaryote–eukaryote interface.
(原核生物-真核生生物の境界の古細菌の単離)
として報告されました。その概要は、このエッセイの「2_196 LUCA 5:渾身のMK-D1」(2021.08.05)で紹介したことがありました。再度、概要を紹介しておきましょう。
 2006年、紀伊半島沖の2500メートルの海底から採取した「アスガルド古細菌」の一種を、井町さんたちは、培養に挑戦していました。ひとつの種だけでの培養はできず、共生させたままの状態で他の種の減らして培養(共濃縮培養)をしていきました。そして、なんと12年以上の歳月をかけて、分離することに成功しました。
 培養された古細菌はMK-D1と命名されました。培養によって、MK-D1の形態の明らかにかってきました。増殖しているときは、単独の球やそれらが集まった塊をつくっていました。増殖が終わると、触手のような長い突起をつくり、細胞外に小胞を放出していました。
 また、MK-D1は、メタン生成バクテリアや硫酸還元バクテリア(真正細菌)と共生していました。MK-D1は、自身でつくれないアミノ酸を硫酸還元バクテリアやメタン生成古細菌がつくったものを利用していました。硫酸還元バクテリアやメタン生成古細菌は、MK-D1がつくった水素を受け取って利用していました。
 MK-D1は、真核生物に近いことがわかっていたので、井町さんたちは、観察された形態の変化と共生関係から、進化モデル(Entangle-Engulf-Endogenize:E3モデルと略されています)を提唱しました。
 E3モデルでは、あるアスガルド古細菌が、酸素を代謝し栄養をつくれるバクテリアを取り込んで共生をはじめたと考えました。そのバクテリアを長い突起で巻き込み、のみ込み、内部で発達させる、というモデルです。その間、バクテリアと共生しながら、バクテリアを取り込んで一体化していきます。取り込まれたバクテリアは酸素を代謝し栄養をつくるミトコンドリアとなりました。そして、真核生物になったというモデルです。
 アスガルド古細菌は真核生物へと進化する前段階で、MK-D1は、その途上の過程をいまだに留まっていると考えました。ただし、これはMK-D1という一種のみでの結果からの推定なので、他のアスガルド古細菌でも検証していく必要があります。

・雑草との戦い・
今年から、妻とともに家のメインテナンスに
力を入れることになりました。
夏は雑草との戦いになります。
以前は妻が一人でやっていたのですが、
大変なので、すべてアスファルトにして
雑草を生えないように対処しました。
ところが、アスファルトを割って
スギナが次々と生えてきています。
新しくはったアスファルトの至るところで
何度も対処したことで、
だいぶ抑えることことができました。
ところが古いアスファルトには
長年生えていたスギナが、
何度抜いても、除草剤をまいても生えてきます。
繰り返し戦うしかないのでしょうね。

・快適な夏空・
6月の北海道は涼しいようでした。
7月になるとだいぶ夏らしくなってきましたが、
昨年の暑さと比べると
今年はまだまだ快適な北海道の夏の状態です。
先日、近所の大学の大学祭に出かけました。
昨年は暑くて、エアコンのある室内へ避難しました。
今年は、外にあった模擬店やキッチンカー
行事などに参加しながらも
快適に過ごせました。
これからは暑くなっていくのでしょうが、
今は快適さを味わっていましょう

2026年7月2日木曜日

2_231 アスガルド古細菌 2:環境DNA

 かつての分類は、形態などの目に見える特徴で分類されてきました。RNAなどを用いた遺伝子レベルの分類は、分析データでの類似性や差異から、分類していきます。微小な生物にも適用できる分類法となりました。


 RNAによると、古細菌(Archaea)は、細菌(Bacteria)と真核生物(Eukarya)より、かなり異なっていることがわかり、それぞれがドメインとされました。3つのドメインのうち、古細菌と細菌がモネラ界に入っていました。これは、真核生物内で見られる違いより、古細菌と細菌が大きことがわかってきました。これまでの目に見える違いによる分類とは、明らかに異なったレベルの分解能をもった分類体系となっていきました。もちろん、私たちヒトは、真核生物ドメインに属することになります。
 分類された生物がどのように分岐してきたかを考えることは、生物の進化過程と大きく関わっていました。もっとも大きな分類体系となるドメインが、どのような順に分岐(分岐分類学)してきたかは、最初の生命(共通祖先と呼ばれています)から、どう進化してきたかに直結していきます。
 古細菌ドメインが、分岐において重要な鍵を握っていることがわかってきました。これまでは、共通祖先から、まず細菌が分岐し、その後古細菌と真核生物が分岐したと考えられていました。つまり、古細菌と真核生物は、細菌よりあとに分岐、進化したという考えです。
 ところが、新しい技術である環境DNA解析(eDNA解析、メタゲノム解析とも呼ばれます)技術の発展により、新しいタイプの古細菌が多数見つかってきました。環境DNAとは、環境(海水、土壌、河川水、大気など)に散らばっている多様な生物のDNAだけを調べる方法です。環境から採取した試料から、フォルターや薬品でDNAだけを回収していきます。そのDNAから、特定の遺伝子をもった部分を選んで、増殖させていきます(PCR装置)。それを解析装置(次世代シーケンサー)で配列を読み取ります。読み取った膨大なDNAデータは、コンピュータでデータベースと照合作業をしながら、生物種を特定していきます。環境DNA解析のが可能になった背景には、このような分析装置とコンピュータの発展がありました。そのおかげで、簡便に迅速できるようになってきました。
 2015年以降、環境DNA解析で、これまで知られていなかった地域から、新種らしき古細菌が多数発見されました。
 そのうち、新しいタイプの古細菌を、まとめてアスガルド古細菌(Asgard archaea アスガルド上門)と呼ばれるものが区分されました。アスガルド古細菌が区分されたのは、古細菌なのに、真核生物の特徴と考えられていた固有のタンパク質(Eukaryotic Signature Proteins、ESPsと略されています)を多数含んでいました。そこから、アスガルド古細菌から真核生物が分岐したのではないと考えられるようになりました。
 これは、真核生物が古細菌の一部、つまり古細菌は真核生物をも含むような多様性がある可能性がでてきました。そこから、2ドメイン説が提唱されるようになってきました。その詳細は次回としましょう。

・台風と地震と・
九州は本州では、2つの台風が
相次いで通過したため、
場所によっては激しい風雨で
被害もあったようです。
大きな地震もありました。
被害に合われた方、お見舞い申し上げます。
北海道は、台風ではないのですが、
低気圧が連続して通過していったため、
雨が続きました。
そのため、涼しい日が続いています。
6月を通じて、涼しかったです。
エアコンは、今もカバーがかかって
まだ一度も使うこともなく、休眠中です。
でも、7月になったばかりです。
これから暑い日がくるのでしょうね。

・市営プール・
いよいよ7月になりました。
通っている市営プールでは、
市内の小学校で、プールがないところが2つあり
水泳学習を市営プールで実施します。
その日は、一般解放がなくなります。
6月中旬から7月中旬まで
市営プールは週に2回休みとなります。
体調が許し、所用がない限り
平日は毎日でかけるようにしています。
それでも、平均すると3、4日程度になります。
そこに週2日いけなくなると
ますますいけなくなりそうですね。
まあ、夏はしかたがありません。

2026年6月25日木曜日

2_230 アスガルド古細菌 1:ドメイン

 アスガルド古細菌(Asgard archaeon)という種類の生物がいます。近年、注目され、研究も進んできました。最新研究の紹介をする前に、まずは、古細菌とは区分を見ていましょう。


 私たち人類は、ホモ・サピエンス(Homo sapiens)という生物種に分類されます。この名前の付け方は、リンネが提唱した生物学の分類では共通の方法となっていて、属名(属名の頭文字は大文字)・種小名(すべて小文字)で書くことになります。印刷物ではイタリック体(斜体)で表記されます。ですから、Homo sapiensは、ホモが属名、サピエンスが種小名で、合わせて種名となります。
 属から上の分類体系をヒトを例にしてみていきましょう。ホモ属(Hom)、ヒト科(Hominidae)、霊長目(Primate)、哺乳綱(Mammalia)、脊椎動物亜門(Vertebrata)、脊索動物門(Chordata)、動物界(Animalia)となります。
 最後の界は、動物界、植物界、菌界、原生生物界、モネラ界(原核生物界)の5つに分けられています。ところが、最近では、さらに上の分類体系としてドメインが設けられてきました。5界のうち、モネラ界以外の4つは、すべて真核生物で、モネラ界は原核生物となります。
 真核生物とは、DNAが核の中に幕(核膜)で囲まれて、まとめられています。原核生物は、DNAが細胞全体にあります。これの違いに伴って、細胞が分裂する時、真核生物は、細胞だけでなく核も分裂(有糸分裂)していきます。また雌雄がある真核生物では、DNAが半分になって分裂(減数分裂)していきます。これ以外の違いとして、真核生物は、大きくなり、細胞内に各種の小器官(ミトコンドリア・小胞体・ゴルジ体など)が多数あります。ですから、4界ごとの違いよりも、モネラ界との違いが大きいことになります。
 界までの分類は、形態などの類似性で分類されていたのですが、微小な生物を観察分析できる分子生物学の発展により、より詳しく分類できる可能性ができてました。そこから、モネラ界も、細菌と古細菌に区分できることがわかってきました。
 遺伝子レベルで分類を考える分野が生まれました。1977年、カール・ウーズが、RNA(16sリボソーム)の配列を比較して、3つの大きな違いで区分でき、その区分としてドメイン(domain)が導入されました。ドメインという分類を詳しくしらべていくと、生物進化に重要な意味があることがわかってきました。それは次回としましょう。

・網戸張替え・
現在、我が家では、網戸の張替えを少しずつ進めています。
以前、ひどくなっているところは
3分の1ほど変えました。
それ以外のところが、破れがでてきました。
今回、古い網戸を全部交換することにしました。
夫婦でのんびりと、
一日、一枚ずつ交換しています。
ほぼ終わりましたが、網が余りそうなので、
以前変えたところで古そうなところ、
今回交換したのですが、
端っこが破れたところなども
張り替えられればと思っています。

・筋肉痛・
朝のウォーキング、午後のプールと
日々、運動してきました。
ただし、あまり無理せずに、のんびり、
ゆっくりと、継続していくことにしていました。
ところが、網戸の張替えには、
1時間から1時間半ほどかかります。
いつもの運動量と変わらないのですが、
腹筋や背筋で筋肉痛がでてきました。
多分、違う筋肉を使っているためだと思いますが、
妻は、筋肉痛はでていないようです。
いつも家事で複雑な作業をしているので
体を常に鍛えている状態のようです。
家事は重要な運動だったのですね。
体で味わいました。

2026年6月18日木曜日

4_209 登別 2:ウポポイ

 登別の旅の2日目には、隣に位置する白老にあるウポポイを訪れました。大きな敷地にある施設で、アイヌ文化を楽しみながら、学ぶことができます。一日いても、飽きない施設です。


 登別温泉に1泊した翌日、白老のポロト湖のほとりにあるウポポイを訪れました。以前にも登別で泊まった時に、訪れたことがありました。もう一度来たいと思っていた場所でした。展示物を見るだけでなく、各所で、アイヌの人が、舞踏や文化を紹介するエベントがあり、楽しめる施設になっています。
 ウポポイは、アイヌ文化を復興し発展させ、新たなアイヌ文化の創造なども理念にしてい国の施設で、民族共生象徴空間とも呼ばれています。解説をされるアイヌの方は、語る時、最初に「ここの公用語はアイヌ語です」といわれたのが印象的でした。確かに、言語は重要な文化なので、それを絶やさず使っていくことは重要です。解説は、アイヌ語を交えていましたたが、見学者の多くが、日本人なので日本語でも説明されていました。ここでは、日本語が第二公用語なのでしょうね。
 ウポポイの中核施設として、国立アイヌ民族博物館があり、中ではアイヌの歴史や文化が大規模に紹介されています。ウポポイには、博物館だけでなく、外にも伝統的コタンの建物や体験交流ホールなど施設、アイヌ料理を提供する食堂、もちろん土産物もあり、アイヌ文化をいろいろと楽しむことができます。体験交流ホール(ウエカリ チセ)で、歌や踊りの公演を見学し、伝統的コタンの屋外でも子守唄と説明を見ました。
 ムックリが演奏されているのは2個所で聞きました。今回の見学で、一番興味深かったのは、ムックリの演奏でした。今回聞いたのは、いずれも女性の奏者でしたが、すばらしい演奏でした。まるでジャズのアドリブ音楽を聞いているような演奏で感動しました。
 ムックリとは、竹を薄くして、切れ込みを入れ、弁状の構造をもった簡単な楽器です。両側に2個所にヒモをかけてあります。ムックリを、開けた口に当てて、ヒモを引っ張ることで、弁を振動させ音を出します。弁が一つだけなので、音程はひとつしか出ない単純な楽器です。ところが、呼吸法や口の大きさを変えることで、多彩な音が出せます。
 訪れた日は、外国人観光客も多かったのですが、修学旅行や園児の遠足などの団体が多数訪れていました。賑わっていましたが、広い敷地なので、混雑してはいませんでした。好天の半日を、ウポポイで楽しむことができました。

・ムックリ・
自宅にも、ムックリが2個あります。
これらは、以前家族で、開拓記念館にいったとき
体験講座で、子どもたちが作成したものです。
最初は音と出すのも難しいのですが、
慣れてくれば、音はでるようになります。
練習すれば、口の大きさを変えることで、
いくつかの音色を出せるようになります。
しかし、演奏までには至りませんが。

・同窓会・
最近、大学の同窓会のメンバーによるメール交換が
活発になってきています。
しばらく連絡をしていなかった人からも連絡があり
近況がわかり、楽しみになっています。
定年後の、各人各様の近況です。
体力の衰え、老化もありますが、
若い頃を彷彿とさせる行動的な人もいます。
ノスタルジーともに、いろいろと刺激も受けています。

2026年6月11日木曜日

4_208 登別 1:マリンパークニクス

 先日、登別に1泊2日で出かけました。夫婦での旅となります。幸い、両日とも北海道らしい快晴で、日向は暑かったのですが、日陰は涼しいという、行楽日和となりました。


 6月上旬のある平日、午前中遅めに自宅を出発して、高速道路の途中のサービスエリアで昼食を摂って、昼すぎには、登別マリンパークニクスに到着しました。江別からは車で来ると近いです。ここには、何度も来ているのですが、チャンスがあれば訪れることにしています。
 駐車場に向かうと大量観光バス止まっていました。妻が数えていたのですが、何台あったかが忘れてましたが、確か10数台あたっといていました。あまりのバスの多さに圧倒されました。登別は、冬には観光客が殺到しており、オーバーツーリズムになっているのですが、春になると少ないとは聞いていました。ですから、最盛期と比べれば、まだましなのでしょうが、それでも多くの観光客が訪れていました。外人観光客は少なかったのですが、修学旅行の高校生の団体が一杯きていて、賑やかでした。
 登別マリンパークニクスは、道内でも最大の水族館で、1990年に第三セクターとして発足したのですが、開館数年にして赤字となり、経営危機に陥りました。その後、民間主導で再建が進められ、人員のスリム化や集客を意識した経営などの努力で、今では経営も順調なようです。近年のインバウンドの集客もあり、経営も安定してきているようです。2026年3月には、登録博物館と認定されています。
 マリンパークは、入場すると、広場の先に「ニクス城」が目に飛び込んできます。北欧デンマークのイーエスコウ城をモデルにしてたものです。周辺には堀があり、湖に浮かぶ古城を模しています。
 4階建て各フロアーの中に、多数の水槽や展示があります。城内の水族館だけでなく、外にも、イルカ、アシカ、アザラシ、ペンギン、イワシの群れなどのプールもあり、それぞれのアトラクションがなされています。通年で実施されているペンギンのパレードは、眼の前で散歩するペンギンを見学することができます。じっくりの見ていくと、それなりに時間かかります。
 それぞれの展示で工夫が凝らされ、裏方を見るツアーもあります。子ども小さい時、箇所か申し込んで見学させてもらいました。今では、一般の見学コースからみるだけになりました。
 学校行事への対応も熱心されており、各種のレクチャーやワークシートもあります。大学の非常勤での授業で、博物館教育について担当しているので、興味があるところです。
 午後、のんびりと時間かけて見学してから、登別の温泉宿に向かいました。

・関西からの修学旅行者・
団体客として、修学旅行の学生さんたちが
バスを連ねて多数見学していました。
駐車場の人に尋ねると
例年これくらい訪れているようです。
中には関西から来た高校の修学旅行もあり
ネイティブな関西弁を一杯聞きました。
京都出身なので、なつかしさを覚えながらも、
うるさくも感じましたが。
京都を離れて長く、北海道の今の町が
もっとも長く暮らしている地となっています。

・夫婦の時間・
退職に向けて、年賀状も、学会も、
大学とも、付き合いをゆっくりと消していきました。
定期メールも、可能な限り
送信停止の手続きをとってきました。
退職して1年半がたって、
外界との交流が非常に少なくなってきました。
退職してから、自宅以外では、
常に夫婦での移動となっています。
妻は買い物や用足しに車で一人で出ています。
私も、朝のウォーキングも
非常勤講師のための外出も一人で移動しています。
しかし、基本的に、夫婦二人の生活を
淡々の静かに過ごしています。

2026年6月4日木曜日

4_207 北九州の旅 2:博物館へ

 北九州では、訪れたい博物館が2つありました。規模もテーマも、まったく異なっており、なかなか興味深いところでした。時間的には厳しいものがあり、案内の長男には、迷惑をかけてしまいましたが。


 北九州では、2つの博物館を訪れました。ひとつは、北九州市漫画ミュージアムでした。この博物館、北九州出身の漫画家を紹介するためのものでした。なんといっても松本零士氏がビックネームです。小倉駅の各所には、松本零士氏の漫画の登場人物のモニュメントがあります。モニュメントには多くの人が記念写真を撮っていました。
 博物館はビルの5階と6階にありました。ビルの「あるあるCity」全体がポップカルチャー(アニメ、漫画、ゲーム、アイドルなど)のショップやイベント会場となっているので、総合的にまとまっています。前回訪れたときも、博物館の存在は知っていましたが、時間がなく訪れませんでした。今回やっと訪れることができました。こじんまりとしていましたが、松本零士氏に関連した展示が充実しており、大量の漫画が開架で置かれ、自由に読むことができるようになっていました。
 もうひとつ、以前から訪れたかった博物館として、「北九州市立いのちのたび博物館」がありました。長男は訪れたことがあったのですが、じっくりとはみたことがなかったようです。今回は、じっくり見ることにしていたようです。平尾台を見て昼食を摂ってから訪れたので、この博物館についた時には、1時を過ぎていました。
 「いのちのたび博物館」では、大規模な展示には圧倒されました。一階には、長く広い自然史の展示がありました。地球の歴史にそって、地球誕生から、古生代、中生代、新生代の順に展開されていました。なんといっても、圧巻は大型の恐竜化石や骨格標本が大量に展示されているところです。奥からは、生命の展示コーナになり、二階からは一階の展示場が眺められる構造になっています。三階には、生命から続きと、歴史ゾーンの展示になっていました。
 2時間ほどで見てまわるつもりでしたが、自然史の展示が面白かったので、じっくりと見学していたら、そこだけで2時間半を使ってしまいました。慌てて、生命から歴史ゾーンの展示を、駆け足でみてまわることになってしまいました。3時間ほど見たことになったのですが、再度、訪れて、じっくりみてまわりたいと思っています。
 博物館の見学時間が、予定より1時間もオーバーしたので、そこからホテルに向かいました。日曜日の夕方で道路が混んでいて、着いたのは5時を過ぎていました。一日中、長男の車の運転で案内をしてもらっていた上に、ホテルから2時間以上かかって帰宅したようです。ご苦労さまでした。
 もう一館、訪れたいところがあったのですが、いける日程のときが休館日だったので、訪れることはできませんでした。次回とします。

・コンセプト・
「いのちのたび博物館」は総合博物館なので、
人文系の展示もされています。
この博物館の自然史のコンセプトは
以前勤めていた神奈川県立「生命の星・地球博物館」と
似たものになっていました。
「生命の星・地球博物館」は
自然史だけの博物館でした。
人文系の展示は、神奈川県立歴史博物館として、
別の場所に別の施設としてありました。
ですから、全体の規模はだいぶ異なっていますが、
その圧倒的な化石や骨格の資料で
地球と生命の歴史を示すというコンセプトは似ていました。
なかなか興味深い博物館でした。

・登別へ・
このメールマガジンは日曜日に
予約配信しています。
毎週月曜日を配信日にしているのですが
夫婦で登別温泉にでかけます。
高速道路を使えば、1時間半ほどでいけるので、
数年に一度は、訪れています。
今回は、広告チラシでみつけた安いパックがあったので、
それに申し込みました。
今回は、マリンパークニックスと
ウポポイを訪れるつもりです。

2026年5月28日木曜日

4_206 北九州の旅 1:平尾台

 昨年の11月に続き、5月にも北九州にいきました。3泊4日ですが、北九州の小倉と志賀島、そして博多を巡りました。まずは、長男から景色がいいと聞いていた、平尾台のカルデラをを巡りました。


 ゴールデンウィーク明けに、九州を訪れました。幸い、千歳から福岡へな直行便があるので、一気にいけるので助かります。今回も長男に、一日、車を出してもらって、北九州を巡りました。今回は、小倉周辺の平尾台(ひらおだい)カルストにでかけたので、紹介してきましょう。
 平尾台カルストは、小倉の真南の山地に、大きな石灰岩が分布しています。日本三大カルストのひとつに数えられています。日本の三大カルストは、山口の秋吉台、愛媛と高知にまたがる四国カルスト、そして福岡県の平尾台になります。前の2個所は、何度か訪れたことがあるのですが、今回はじめて、平尾台カルストを訪れることができました。これで、やっと3つすべてのカルストを訪れたことになります。
 平尾台は、大規模なカルスト台地で、国の天然記念物にも指定されており、国定公園や県立自然公園にもなっています。侵食により、石灰岩地帯固有の景観やカルスト地形をみることができます。カルスト固有の尖ったピナクル状の風化面や、羊の群れのように見える地域(羊群原 ようぐんばる)あります。ドリーネと呼ばれる大小のすり鉢状のくぼ地や穴もあり、鍾乳洞も多数見つかっており、入ることもできます。
 平尾台の石灰岩は、約3億6000万年前〜2億5000万年前(石炭紀〜ペルム紀)に形成されたものです。南の暖かい海の海洋島の周囲にできたサンゴ礁や有孔虫などの遺骸が起源になっています。石灰岩をともった海洋島が、海洋プレートと一緒に移動して、アジア大陸の縁にまでたどり着きます。海洋プレートは海溝で沈み込むのですが、石灰岩は陸側に削ぎ取られていきました(付加といいます)。平尾台の石灰岩は、時代的にも秋吉台も同じころできました。四国カルストのでき方は同じですが、より新しい付加体となっています。
 約9000万年前(白亜紀)、平尾台の石灰岩に、花崗岩質マグマ(角閃石黒雲母花商岩マグマ)の貫入しました。花崗岩は、現在では、石灰岩台地の北東側に残っています。花崗岩のすぐ近くでは、石灰岩が変成作用を受けており、結晶質石灰岩に変化しています。時には、鉱床帯(スカルン)ができているとこもあります。平尾台カルストの石灰岩全体も、熱変成を受けて石灰岩が再結晶して、大理石となっています。そのため、あったはずの化石も消えていしまっています。
 平尾台カルデアは、きれいな景観や名勝として、保護されています。そしてカルスト特有の自然と保つために、例年2月中旬には野焼きがおこなわれています。ところが、西側では大規模に石灰岩が採掘がされています。石灰岩は、セメントの材料にもなるので、日本で数少ない自給できる資源です。ですから、露天掘りできる石灰岩は、重要な資源となります。平尾台も採掘されています。
 いずれも、平尾台の現在の姿です。平尾台には、開発、発展と保存、保護が接していました。

・施設・
カルストに至るまでの道は狭く
険しかったのですが、
カルスト台地の上まで登れば、
素晴らしい展望が開けます。
平尾台には、自然観察センターがありました。
カルストや自然の生い立ちが紹介されていました。
休息を兼ねて映像をたくさんみました。
ソラランド平尾台という施設もありました。
展望もすばらしいのですが
野外で子ども向けの施設やステージ
売店や体験教室などの施設も充実していました。
日曜日だったので、多くの家族連れが訪れていました。
この施設が入場料が無料なので驚きました。

・一席・
長男が月曜日に休みが取れれば、
日曜日に宿泊できればよかったのですが、
外せない用事がありました。
一日だけの動向となりました。
車を運転させるだけでは大変なので、
土曜日の夜に、夕食を一緒にとりました。
翌日の運転があるので、2軒めぐりましたが、
あまり飲まないようにしました。
楽しい時間となりました。
春はいろいろと仕事が忙しそうなので、
次回は秋にしようと話していました。

2026年5月21日木曜日

5_226 太陽系の移動 6:障壁の突破

 天の川銀河には、棒状構造があることがわかってきました。その形成時期や運動の様子もわかってきました。太陽系が、銀河の内側でできて、外側に移動してきたこともわかってきました。


 太陽系近隣に多数ある太陽双子星のスペクトの特徴と年齢から、種族Iに区分されました。種族Iの星とは、金属量が多く(1~3%)、世代を重ねた場で形成された若い(数10億歳以下)恒星で、銀河のディスク(円盤)や渦状腕に多く見つかります。種族Iの星は、銀河の内側(中心から1万6000光年)に多く存在しています。
 太陽双子星のような種族Iの恒星は、天の川銀河では、現在の位置よりもっと内側で誕生していたようです。ですから、太陽双子星たちは、銀河の内側から、外側へ移動してきたのではないかと考えられました。もし同時期にできた恒星が、銀河内を外にむかって移動してきたとすれば、銀河全体になんらかの仕組みが働いていたことになります。
 別の研究で、天の川銀河の中心付近に棒状構造できる時には、その周辺では星の形成が活発化していき、できた星が効率的に外側に移動する可能性が指摘されていました。もし天の川銀河の中心付近の1万6000光年の辺りでできた恒星たちが移動したとすると、現在の2万7000光年まで、1万光年も距離を移動しなければなりません。
 これまで、そのような移動は困難だとされていました。なぜなら、共回転バリアがあるためだと考えられていました。共回転バリアとは、銀河の棒状構造の回転と恒星の公転の速度が一致する半径のところ(共回転半径)に、星の移動を妨げる障壁ができるという効果のことで、それが働くためでした。いったん棒状構造ができてしまうと、共回転バリアが生じるため、星が内側から外に移動することができなくなります。
 そうなると棒状構造ができた時期と恒星が移動した時期が重要になります。棒状構造ができた時期は、いろいろ議論されてきましたが、これまで80億年前以前だという説が主流となっていました。もしそうなら、80億年前にできた恒星の年齢のピークができているはずです。ところが、今回の論文では、40~60億年前の太陽双子星があることが明らかにされてきたました。棒状構造の形成時期とは一致していません。
 もし、天の川銀河の棒状構造が60~70億年前できたとしたら、その周辺には40~60億年前に多数の恒星が形成されたと考えられます。棒状構造の形成とともに、銀河の内側で多数の太陽双子星も誕生し、すみやかに大移動してきたと考えればよさそうです。
 ただし、そうなると、太陽双子星は、銀河の中を高速で移動してきたことになります。本当でしょうか。他の証拠はあるのでしょうか。さらなる探求が必要でしょう。
 もっとも身近な天の川銀河の様子も少しずつ明らかになり、いろいろな事件が起こっていたことも新たに明らかになってきました。でも、まだまだわからないことも多そうです。

・福岡の訪問・
先週、旅行で福岡を訪れました。
北九州市を中心に、博多も少し見て回りました。
ただし、体力が落ちているので、
無理はできず、少しずつ見て回ることになります。
まだまだ見残したところがありますので
北九州に長男がいるので、
これからも、案内してもらえるチャンスはあります。

・Quality of Life・
最近、医者に掛かる機会が多くなってきました。
一時的なものもありますが、
加齢による衰えは、今後一生、
飲み続けていかえればならない薬も
いく種類もあります。
外科手術ので対処できる症状もあるので、
おいおい検討していこうと考えています。
Quality of Lifeを考えると、
常用薬より、手術による根治が望ましいでしょう。
医者と相談しながら検討していきます。

2026年5月14日木曜日

5_225 太陽系の移動 5:銀河の衝突

 天の川銀河には、他の銀河が、通過(衝突)するということが、現在も起こっていました。通過(衝突)の現象は、何度かあったことがわかってきました。その銀河は、現在も恒星の筋として天の川銀河の周りを取り巻いています。


 今回のシリーズでは、ふたつの論文が同時に報告されました。ひとつは、前回紹介した谷口さんたちの研究で、もうひとつ論文として、辻本さんが筆頭著者になっている共同研究になります。
Solar twins in Gaia DR3 GSP-Spec II. Age distribution and its implication for the Sun's migration
(Gaia DR3 GSP-Specにおける太陽双子星 II. 年齢分布と太陽の移動への影響)
というものです。
 谷口さんたちの研究によって、観測による偏りのない太陽双子星の年齢が正確にわかってきました。そして、この辻本さんの研究で、太陽双子星の年齢分布を調べると、いくつかの特徴があることがわかってきました。
 太陽双子星の年齢分布に偏りがあることで、約20億前のあたりに狭い年齢のピークがあり、もうひとつは40~60億前に広くゆるやかなデータの膨らみが見つかりました。
 1つ目の年齢ピークには、数千〜1万光年の範囲内の近い領域にある太陽双子星も含んでおり、銀河円盤内で星が急激に形成されたことを意味します。2つ目のゆるいピークは、太陽の形成時期(46億年前)と一致しています。これは、太陽系の近くに、太陽双子星が多数あることになります。
 若い太陽双子星があるということは、以前から知られていました。その理由として、別の銀河が、天の川銀河に通過(衝突)という、全く異なった現象で説明されるかもしれません。
 天の川銀河の周りには、小さな銀河(伴銀河と呼ばれています)ものがいくつか巡っています。大マゼラン銀河や小マゼラン銀河もその仲間です。そのうち、「いて座矮小楕円銀河(SagDEG)」もあり、天の川銀河を通過していることがわかってきました。
 その現象の詳細は、ガイア衛星のデータに基づき、シミュレーションされたもので、57億年前、約19億年前、そして約10億年前の合計3回、天の川銀河の円盤を通過したと推定されてきました。このような通過の現象が起こっている時、星の形成が、通常時の4倍ほどになることがわかってきました。
 この内、57億年前の衝突がもっとも大規模でしたが、これが恒星年齢の40~60億前のゆるやかなピークが一致し、多数の太陽双子星の形成が起こったと考えられています。約19億年前にも通過しているので、その時も星の形成が進んだと考えられています。1つ目の約20億前の恒星年齢ピークは、この銀河の通過で説明できそうです。
 しかし、それだけでは、太陽系近隣に多数ある太陽双子星を説明できないことが、この論文で指摘されています。それは、次回としましょう。

・予約配信・
このメールマガジンは、
ゴールデンウィーク中に予約配信しています。
それは、火曜日まで旅行にでているのと
帰ってきてすぐに、講義の準備と
医者にいかなければならないので
バタバタしそうなので
心配事は事前に終わられせておくためです。

・福岡へ・
今週末から来週にかけて、旅行にでかけます。
昨年秋に続いて、北九州を訪れます。
長男が住んでいるので、
日曜日に車をだしてもらい、
周辺の観光地を巡ろうと考えています。
もし月曜日に休みがとれるようなら、
日曜日に一緒に一泊できればと思っていましたが、
抜けられない業務があるようです。
できれば、土曜日の夜に
夕食でも一緒にとれればと思っています。

2026年5月7日木曜日

5_224 太陽系の移動 4:モデル駆動型

 太陽双子星のカタログをつくるため、観測に生じる偏りを減らす方法に工夫がされています。異なったモデルを複合して、偏りを取り除いていきました。信頼度の大きな太陽双子星のカタログがつくられました。


 前回、谷口さんたちの研究で、膨大なデータベースから太陽双子星を探すに当たり、恒星パラメータ(温度・重力・金属量・年齢など)の推定が重要になることを紹介しました。しかし、このような作業を進めていく時、明るい星、近くの星ほど見つかりやすく、集まったデータに偏りが出てしまいます。そのような偏りを取り除いてくための方法が重要になります。
 推定の方法として、大きくモデル駆動型とデータ駆動型の二通りのやり方があります。2つは、理論をどの程度重視するかの違いとなりますが、もう少し詳しく見ていきましょう。
 モデル駆動型とは、理論からか恒星のパラメータを計算し、恒星の大気モデルから、理論的に恒星スペクトルを多数の計算していきます。理論からえられた仮想の恒星スペクトルと、実際の観測データと比較していきます。観測値ともっとも合っているパラメータを抽出していきます。
 この方法は、観測データと理論的に求めた恒星パラメータとが一致しているので、観測データの意味が解釈しやすくなります。ただし、理論に基づいて計算しているので、えられた恒星パラメータは、理論に依存していきます。そのため、他の理論で説明できる可能性が常に存在しています。また、理論計算にも、大量の観測データを扱わなければならないので、コンピュータのパワーや多くの計算時間を要します。
 一方、データ駆動型とは、観測データからの恒星スペクトルや恒星パラメータとの関係を、機械学習をしていきます。ガイア衛星のデータベースが大量にあるので機械学習には適しています。学習の結果でえられた恒星パラメータを、未知の恒星に適用していきます。
 この方法は、実際の観測データで学習しているので、推定の精度がいいものになります。ただし、精度が保証されているのは、学習したデータの範囲内だけです。そのため、学習範囲を越えた場合は、類似性がわかっても、その結果に対する信頼性の判断が困難となります。
 この論文では、巧みな方法を用いています。モデル駆動型で理論的にスペクトルで恒星パラメータを決めていきます。モデルから、7万5588個の人工的な太陽双子星を計算して、模擬カタログをつくって、実際の観測データと比べています。さらに恒星パラメータの精度を上げていくため、正確な観測値がある太陽類似の天体で補正していきます。この観測データとの比較という方法は、データ駆動型でパラメータの改善をしていったことになります。
 モデル駆動型による恒星パラメータを求めて、データ駆動型によって、より適用範囲を広げて検証されたことになります。このような方法によって、観測データによる偏りの影響の少なく、信頼性の高い恒星パラメータをえたことになります。
 そこから、年齢が高精度に求められた6594個からなる太陽双子星のカタログができました。太陽双子星の年齢を見ていくと、広い範囲に渡っていることが明らかになりました。この詳細は次回としましょう。

・春なのに・
北海道の桜は、
ゴールデンウィークのはじまる前に
満開を迎え、近隣のあちこちで眺めることができました。
ゴールデンウィーク以降からは
一気に花の季節になってきます。
5月だというのに、天気の悪い日は、
少々肌寒く、ストーブを短時間ですが
つけてしまいました。
夫婦ともども、高齢者になってきたので
無理をせずに、体が望む方向に
向かっていこうと思います。

・ゴールデンウィークは・
例年、ゴールデンウィークは、
近隣でも観光地では、人出が多くなるので
例年、自宅や周辺で、
のんびりとしていることにしています。
今年は、天気が不安定な日もあったので、
外出はあまりできませんでした。
自宅や餅つきやパン焼きをして、
天気のいい日には
近隣でサイクリング、散策など
こじんまりと楽しみました。

2026年4月30日木曜日

5_223 太陽系の移動 3:双子星の条件

 今回のシリーズでは、膨大なデータベースから、太陽と似た恒星「太陽双子星」を、どのように見つけ出し、太陽の移動を推定していくかを考えています。2つの論文が報告されています。まずはひとつ目から紹介していきましょう。


 太陽系の移動を考えるとき、今回の報告では、「太陽双子星」を手がかりにして、検証していきます。そのためには、太陽双子星を見つけていくことが、重要になります。まずは、その方法が、2026年3月12日発行のAstronomy & Astrophysics(天文学と天体物理学)誌に、2つの論文として掲載されています。
 谷口さんが筆頭著者になっている共同研究として報告された、
Solar twins in Gaia DR3 GSP-Spec I. Building a large catalog of solar twins with ages
(Gaia DR3 GSP-Specにおける太陽双子星 I. 太陽双子星の年齢別の大規模カタログの構築)
から見ていきましょう。谷口さんたちの研究では、ガイア衛星のデータベースから、太陽双子星の年齢別のカタログを作成したというものです。
 太陽と似た恒星の条件として、有効温度、表面重力、金属量をもとに比べています。
 「有効温度」は、天体そのものの表面温度(太陽は6000℃)とは異なった考え方で、少々難しい概念なのです。恒星が放射する総エネルギーをもとにして(同半径の黒体からの放射)計算された温度(約5500℃)のことです。恒星の放射エネルギーを比べるための基準となり、星の色に反映されます。太陽の温度と比べて±200度の範囲のものを太陽双子星としていきます。
 「表面重力」は、恒星の表面における重力の値です。ただし、重力加速度(g)では示さず、その対数(log g)で示されます。その理由は、星の種類によって重力加速度の値の桁が異なるほどの差となります。そのため、logをとることで桁で比べていきます。太陽の表面重力のlog gは4.44です。巨大な星(例えば、赤色巨星)になるほど、半径が大きくなるため、log gは小さくなります(0~2程度)。データベースから、log gで±0.2のものを太陽双子星とします。
 「金属量」とは、恒星の金属量(Metallicity)の意味なのですが、少々誤解されそうな表現です。元素としての金属ではなく、天文学では恒星の化学組成において、水素・ヘリウムより重い元素を、すべて「金属」と呼んでいます。ですから、星の金属量(M)と水素(H)の比(M/H)として、やはり対数の値を用います。太陽と同じ値なら0、金属が多ければプラスの値、少なければマイナスの値となります。対数スケールで±0.1となるものを太陽双子星と判断します。つまり太陽の0.8倍から1.25倍までの範囲です。
 恒星で金属量(重い元素)が多くなるのは、恒星の材料ができた場に、重い元素が多くなっていることになります。重い元素は、恒星の超新星爆発で形成されていくので、世代を重ねた星であること、つまり古い星になります。
 恒星は金属量によって、種族に区分されます。種族Iとは、金属量が多く、世代を重ねた場で形成されたので、年齢が比較的若い恒星になります。種族Iは、銀河のディスクに多く見つかり、太陽もこれに属します。種族IIは、金属量が非常に少ない星です。世代を重ねることなく、宇宙ができてすぐに形成された年老いた恒星になりますです。銀河では、ハローや球状星団を構成しています。
 有効温度、表面重力、そして金属量の3つで比べると、恒星の特徴が把握でき、そこから太陽双子星を見つけることになります。ただし、この論文では、データ駆動型だけではなく、モデル駆動型という方法を組み合わせています。その詳細は次回としましょう。

・桜の満開・
北海道の暖かくなってきて、
桜が咲きはじめました。
今週には満開になります。
4月上旬に横浜で桜を見たのですが、
今年二度目の花見ができればと思っています。
いつもでかけている神社の桜を
晴れた日に見に行ければと思っています。
桜の花は青空に映えるので。

・ゴールデンウィーク・
ゴールデンウィークがはじまります。
遠くに出かける予定はありません。
ただ、毎年、この時期に開演する
植物園を訪れたいと考えています。
ゴールデンウィーク中になるので、
人出が多くなりそうです。
出かける日は天気したいで、
変更するつもりです。