2007年2月22日木曜日

6_55 天災は忘れたころにくる:諺・慣用句1

 「天災は忘れたころにくる」という有名な警句があります。今回は、この警句について考えていきます。

 「天災は忘れたころにくる」という警句は、誰もが聞いたことがあるはずです。これは、寺田寅彦がいったといわれていますが、彼が書いた文章の中には見つかっていません。ですから、現在のところ、彼がいったものだという証拠はありません。
 1923年(大正12)9月1日11時58分に伊豆大島付近から相模湾にかけて発生した関東地震は、マグニチュード7.9の強烈なものでした。この地震は、関東地方に大きな被害をもたらし、関東大震災と呼ばれています。
 同クラスの地震が、今後、起こると予想されています。例えば、マグニチュード7クラスの神奈川県西部地震には、過去の歴史から73年±0.9年の周期があり、マグニチュード8クラスの東海地震には100年~150年の周期があります。経験的で科学的に根拠は少ないのですが、次回の地震が起こりそうな時期が計算できます。
 次回の神奈川県西部の地震発生は、統計によれば1998.4±3.1年となり、その時期はもう10年近く過ぎています。また、前回の東海地震は1854年に起こった安政東海地震で、すでに144年が経過しています。いずれも、いつ起こってもおかしくない時期ではありません。一方が起これば、それを景気に他方も起こることもありえます。
 1923年の関東地震が起こった当時、寺田寅彦は東京帝国大学の教授でした。同大の地震学の今村明恒教授とともに、震災の調査をおこなっています。その今村が書いた『地震の国』(1929年)の中で「故寺田寅彦博士が、大正の関東大震災後、何かの雑誌に書いた警句であったと記憶している」と述べています。これが、寺田寅彦のいったのいう根拠となっていますが、該当する雑誌は見つかっていません。
 以上が、寺田寅彦が「天災は忘れたころにくる」といったとされている経緯ですが、その警句をそのまま使ったかどうかは、今となっては定かではありません。しかし、寺田寅彦が、類似の警告を発していることは、多くの文書からわかっています。
 人間からすると非常に長いスパンで起こる巨大地震のようなものは、なかなか対処も難しいものです。いくつ来るかわらなかいものに、人間は常に注意を払うことはできません。それに、地震という自然現象をとめることはできません。しかし、その自然現象で起こる災害は小さくすることができます。
 それを寺田寅彦は、1948年の「災難雑考」の中で「『地震の現象』と『地震による災害』とは区別して考えなければならない。現象のほうは人間の力でどうにもならなくても『災害』のほうは注意次第でどんなにでも軽減されうる可能性があるのである」と述べています。
 しかし、1931年の「時事雑感(地震国防)」の中では、「人間も何度同じ災害に会っても決して利口にならぬものであることは歴史が証明する」ともの述べています。もちろん注意を呼びかけているものでしょうが、もしかするとこれは、真理かもしれませんね。

・諺シリーズ・
地質や自然現象に関する諺や警句、格言などを探そうと考えています。
見つかったらそれを題材にする諺シリーズとしたいと考えています。
しかし、なかなか題材が集まらず、とりあえず、
今回の「天災は忘れたころにくる」を取り上げました。
継続できるかどうか分からないのですが、
不定期ですが、気にかけていこうと思います。

・まるごとデジタル記録・
現在、「地層をまるごとデジタル記録するシステム」を考えています。
このシステムの開発は、既存の技術を組み合わせていくことになります。
従来、数が多すぎるために、間引かれて記録されていたものを
間引くことなく、全データを記録していこうと考えています。
そして詳細で膨大な記録と定量化から、
今まで見えてこなかったこと、今まで見過ごしてきたこと、
例えば、時間変遷などを読み取るための手法を開発することを目的とします。
デジタル記録するものは、地層の構造、走向・傾斜、
デジタル画像から層厚、粒形、粒度、色などを読みとる仕組みです。
デジタル画像から読み取るために
撮影カメラのとり方やジグが必要となるでしょう。
それも同時に考えていくことになります。
さてさて上手くいくのでしょうか。今思案中です。

2007年2月15日木曜日

6_54 組織の力

 人は昔から、一人ではできないような巨大なものや、長いもの、高いものなどをつくってきました。そこには、智恵と技術が必要ですが、それ以上に重要なものがあったような気がします。

 ダニエル・デフォーの小説の主人公ロビンソンクルーソーは、無人島で28年間を過ごしました。そこではたった一人で色々工夫しながら生きていきました。これは非常に特別な例です。だから小説のテーマになったのです。
 普通の人は一人では生きていけません。人は集まって生きています。人が集まると、いろいろな集合ができます。しかし、単に集まっただけでは、烏合の衆と同じで、あまり生産的な行動はできません。
 子供たちが教室で、思い思いに好き勝手に遊んでいる時は、何も起こりません。しかし、その教室で誰か一人が、「皆で、かくれんぼうをしようよ」といって、多くの子供がかくれんぼうに興味を示したとたん、烏合の衆から、目的を持った集団へと変わります。このような目的を持った集団は、組織というべきものです。
 かくれる範囲を、教室のある階や、校舎全体、学校全体にするなどの意見が出るでしょう。そのうち、誰かがリーダー役となって意見をまとめ、鬼の決め方、隠れ方などのルールや役割分担を決めていくでしょう。その過程ではいろいろな意見がでるでしょう。足の骨折している子は鬼には選ばないとか、校舎全体を隠れる範囲にするとか、鬼は1000ゆっくりと数えるとかが決まっていきます。このようなことが短時間で決定され、そしてかくれんぼうへと入っていくことでしょう。
 ここで、かくれんぼうという例を出しましたが、これは目的さえ持てば、どのような組織であっても、似たような力を発揮していきます。目的を持った組織は、非常に活発に自発的に意見が出てきて、つぎつぎと重要なことが決まり、そして実行に移されます。
 一人の人間にはできないような内容でも、目的をもった組織では力を合わせることで、成し遂げられることがあります。明確な目的をもった組織では、能力や個性に応じたいろいろな役割分担や仕事内容が自発的に決められていきます。このような組織をつくること、そして目的を達成することは、智恵ある人間だからできることなのかもしれません。
 自然界でも、組織立った行動をする生物がいろいろいます。アリやハチなどは、役割分担がはっきりしてます。しかし、その集団の行動は、目的を意識して、目的を共有して行われているものではありません。生きる、食べる、子孫を残す、縄張りを守るなど、さまざまな行動が一見組織的になされることがあります。しかし、それは本能というものがその動機となっています。ですから、自発性や工夫などは生まれません。同じ条件なら、同じ繰り返しがなされていくはずです。
 人が文明として作り上げてきたものには、一人では決してできないものも多数あります。エジプトのピラミッド、万里の長城、ナスカの地上絵、法隆寺、古墳など、目的はさまざまですが、古くから素晴らしいものが多数つくられてきました。多くの人の智恵と力が、このような巨大で後世に残るようなものを生み出したのです。これは、明確な目標があったためできたことだと思います。

・airpen・
私は、B5のノートをいつも持ち歩いて使っています。
そこにその日にすべきこと、会議のメモ、
アイディアなどなんでも書き込んでいます。
B5のノートにしたのは、どこでも手に入るからです。
そしてノートの裏表紙には、月々の自作のA4カレンダーを半分に折って
予定表を入れてあります。
B5のノート自体はB5の薄いバインダーにはさんでいます。
バインダーにはルーズリーフに打ち出したものがとじられています。
これが、いろいろ試してきてたどり着いた私のノートの方法でした。
これで今まで満足していました。
ただ、欠点が唯一ありました。
それは、デジタルにするときに手間がかかるということです。
あるとき、airpenという装置を見つけました。
(http://www.airpen.jp/index.html)
見つけた瞬間に試してみたいと思いました。
これはアナログとデジタルの融合する装置です。
もちろんスキャナと手書き文字識別ソフトを使えば、
デジタルにできなくはありません。
手書き文字識別ソフトを購入すれば、今すぐにでも実現可能です。
しかし、それはめんどくさいのでしていません。
めんどくさいということは、よほどの必要性がないと
長続きせず、実用的でないといえます。
今回みつけたairpenというものは、その両者の欠点を補っています。
ノートに書いているものをデジタル装置で
常に読み取っていくというハードウェアです。
A5で100枚分の記憶容量、A4で50枚となります。
それをUSB接続でパソコンに送れば、デジタル画像として読み込めます。
さらに手書き文字識別ソフトで、読み取っていくというものです。
現在このAirpenを試しています。
しかし、なかなかまだ使い方がなじまないでいます。
現在いろいろ試行錯誤の段階です。

2007年2月8日木曜日

3_52 コマチアイト:思い出の石ころ1

 思い出の石ころシリーズの第一回目はコマチアイトという石です。コマチアイトにはどのような思い出と意味があるのでしょうか。


 地球上には、色々な石があります。石に興味のない人にとっては、単に路傍の石に過ぎません。でも、石の専門家でなくても、あるいは銘石、水石や盆石が好きな人でなくても、心に残る石ころを持っている人もいると思います。
 そんな石ころで、地質学者として興味を持つと、どのようなことを見て、どのようなことを調べていき、どのようなことを考えていくのでしょうか。そんな私の心に残る石ころを紹介していこうと考えています。
 最初に紹介するのは、現在私の研究室のガラス引き戸のロッカーの中にある黒っぽい石です。この石は恩師の遺品です。今エッセイを書くために、久しぶりに取り出し、眺めています。
 この石は、半面は採取したままの状態で風化して黄褐色になっているところや、ハンマーで叩いた割れ目なども残っています。後の半面はきれいに磨かれています。そしてこの石は、半分に切るときか磨いている途中に割れたらしく、接着剤で固めてあります。そして石のある面に、サンプル番号と日付、とった場所が書かれています。
 この石の特徴は、そのつくりにあります。数cmの長さの針状の結晶が放射状にたくさん集まっています。そのつくりは、スピニフェクス組織と呼ばれています。スピニフェクスとは、オーストラリアの乾燥地に生えている鋭い針状の葉をもつ草のことです。その草のようなつくりをもつことが特徴です。
 スピニフェクス組織は風化面でも見ることができますが、磨いた面ではよりよく見えます。この石と同じ種類のものは、南アフリカ共和国バーバトン山地の太古代(38億~25億年前)の露頭から最初に見つかりました。バーバトン山地の南側を流れるコマティ川にちなんで、コマチアイトと呼ばれています。英語ではkomatiiteと書きます。
 コマチアイトは、南アフリカ共和国以外でも、カナダ、オーストラリア、ジンバブエなどでも見つかっていますが、残念ながら日本では見つかっていません。なぜなら、コマチアイトは、太古代から原生代(25億年前~5.6億年前)にしかできなかったもので、日本にはそんな古い岩石がほとんどないからです。
 コマチアイトは、地球の歴史を考える上で非常に重要な意味を持つと考えられています。
 コマチアイトは溶岩が地表に噴出して固まった火山岩です。その化学成分の特徴として、酸化マグネシウム(MgO)を非常にたくさん含んでいることがあげられます。コマチアイトのMgOの含有量は、重量で18%以上あり、マグマからできた火成岩は、特殊な濃集作用の起こっていないものは、10%以下しかありません。これは、コマチアイトがカンラン石を非常にたくさん含んでいるためです。スピニフェクスもカンラン石がマグマが急に冷えたためにできたつくりです。
 このようなMgOの多いマグマは、非常に高温(1650℃以上)の条件で形成されます。これは現在のマグマのできる温度よりかなり高いものです。また、地表近くまでマグマが上がってくると、冷却にともなってカンラン石ができてマグマから取り除かれ、MgOの濃度は下がっていきます。しかし、コマチアイトは溶岩として地表に流れていいます。これは、昔の地球内部が今よりももっと温度が高かったためだと考えらています。コマチアイトのスピニフェクスにはそのような意味があったのです。

・思い出・
今回から月に一度程度の頻度で、石シリーズをお送りしようと考えています。
私が出会った石ころで、思い出深いものや
興味を持って調べてきたものなどを紹介していこうと思います。
このコマチアイトは、私の恩師である
田崎耕市先生の形見としていただいたものです。
私は1982年8月に田崎先生と
この岩石の産地のカナダに一緒に行き、この標本を採ってきたのです。
私の標本は転々と移動している間になくなってしまったのですが、
田崎先生はこのコマチアイトだけは、
大切に自宅に保管され、飾られていました。
お葬式で自宅に行ったとき、飾られていたこの石を見て、
私は非常に懐かしく眺めていました。
すると奥さんがこの石と何冊かの本を持っていくようにいわれました。
この石は、私とって標本以上に意味のある非常に大切な石となりました。
標本メモには
A2-3, Munro Town, Komatiite, Col. Taz. 1982.8
と書かれています。
そのメモは、私にとって重要な意味のある言葉でもあります。

・新しいコマチアイト・
顕生代にできたコマチアイトも、最近では見つかっています。
例えば、オマーンのオフィオライト(約1億年前)とよばれる岩石群の中や
コロンビアのゴルゴナ島(約9000万年前)などからも見つかっています。
しかし、新しい時代のコマチアイトは、
古い時代のものとは違ったメカニズム、
特殊な条件によってできたと考えられています。
コマチアイトには、地球の不思議が詰まっています。

2007年2月1日木曜日

3_51 地下は暗くない

 思い込みとは恐ろしいものです。間違うはずのない条件が整っていたのに、思い込みで間違いしたことがありました。


 夜は暗いものです。それは太陽光がないからです。太陽があたるところだけが明るく、当たらないところは暗くなります。夜が暗いのは、そのためです。これは、当たり前のことです。
 地下にもぐると、太陽光が当たらなくなり、昼間でも暗くなります。鍾乳洞に入れば、人工の明かりがないと、真っ暗になります。これは、照明のない鍾乳洞に入れば、誰でも体験できます。私は以前、照明のない鍾乳洞に入って、その暗さを経験したことがあります。本当に真っ暗で、明かりがなければ、一歩も歩けませんでした。
 地下深くなっても、太陽光がなく暗いことには変わりません。では、もっともっと深くなったらどうなるでしょうか。
 もちろん太陽光はとどきません。地球内部は熱がありますので、深くなると共に暖かくなります。温度は、深さと共に上昇していきます。このような地球内部へ向かっての温度の上昇率を、地温勾配と呼んでいます。
 深くなるとともに、周囲の岩石の温度は上がります。それは、地球の中心部には、今もエネルギーが蓄えられているためです。そのエネルギーが熱として、地球内部から外に向かって放出しているからです。ただし、マントルは岩石からできているため、熱をなかなか伝えません。ゆっくりとした対流(マントル対流と呼ばれています)によって、その熱が外に向かって放出されています。
 温度は上部マントルの底で1000℃、マントルと核の境界で4600℃、外核と内核の境界で5900℃ほどだと見積もられています。非常に高温です。私は地質学を研究していますから、もちろんこのような温度上昇は、知識として知っています。
 話はかわって空です。明かり元となっている太陽は、なぜ明るいのでしょうか。それは、核融合エネルギーによって膨大なエネルギーを放出しているからです。太陽は1億5000万km離れた地球から見てもまぶしく輝いています。
 太陽から届くエネルギーを地球表面で測定すれば、太陽の放出しているエネルギーを計算できます。もし太陽が理想的な黒体放射(すべての波長を放出できる物体)だとすると、放射は温度のみに依存するという法則があります。ですから、求めたエネルギーから太陽の温度を決めることができます。プランク定数とよばれる物理学の重要な定数も、黒体放射から決められています。ですから、高温のものからは、一定の放射エネルギーがでることも知っていました。
 私は、地下は暗いと信じていました。一方、知識として、地球内部は深くなると温度が上がる、高温のものからは放射エネルギーが出る、ということを知っていました。それらの知識から考えれば、地球深部で高温のところは、温度に見合った放射をする、つまり輝いているということが簡単に推定できるのに、地下は暗いという先入観を消せなかったのです。
 この先入観による思い込みは、私の未熟さを常に思いこさせる教訓となっています。

・暖冬・
北海道は1月31日に雨が降りました。
1月の平均気温が平年よりだいぶ高いという記事ができいましたが、
それを象徴するような雨です。
早朝から雪が融け、そして雨です。
雪が一気に融けていきます。
まるで春ような陽気です。
多分今発生しているエルニーニョによる暖冬だと思いますが、
こんな冬は北海道に来て5年目ですが初めてです。
昨年の大雪とは大違いです。
まあ、まだ2月、3月があるので、寒さは戻ってくると思いますが、
私にとっては暖かい冬は過ごしいいです。

・節分・
いよいよ2月です。
節分ですが、ここ数日、我が家では豆を食べています。
大豆と黒豆、ピーナッツなど食べています。
ピーナッツが食べなれていておいしいのですが、
大豆も噛みしめるとなかなかうまみがあっていいものです。
年の数だけ食べるのだと子供たちに言うともっと食べたたがります。
いくら食べてもいいが、最初は年の数だけ食べてることにしました。
節分には豆まきをしますが、
後のことを考えると殻付のピーナッツが便利で
スーパーでは節分に合わせて売っています。
しかし、もともとは大豆だったでしょうから、
大豆を年の数だけ食べることにしましょう。

2007年1月25日木曜日

6_53 ロケットガール

 ロケットガールとは、ロケットに関わる少女のことです。小説の世界のような話ですが、実際にロケットガールが養成されています。

 ロケットに乗って宇宙空間を飛行することは、多くの人が一度は夢見たことがあるでしょう。それを実現できた人は、それほどたくさんはいません特には日本では少数の選ばれた人だけが大気圏外にたどり着いています。でも、ロケットの製作、打ち上げに関わっている人なら、多くの人がいます。そして、大学生もその一員となっています。そんな一員にロケットガールと呼ばれる人たちがいます。ご存知でしょうか。
 SF小説、ゲーム、アニメなどに詳しい人は知っているかもしれません。SF小説、ゲーム、アニメに「ロケットガール」というタイトルものがあります。野尻抱介さんが生みの親です。もとは、SF小説から生まれたものです。
 科学者やエンジニアで、ロケット製作に興味のある人は、多分ご存知でしょう。文部科学省がおこなっている平成18年度の「女子中高生理系進路選択支援事業」の一つとして、秋田大学工学資源学部附属ものづくり創造工学センターが「ロケットガール養成講座」としておこなっているものがあります。
 ロケットガール養成講座というものは、女子中・高生が自分達の手で実際にロケットや缶サットを製作して、打上げまでを行い、広く科学の楽しさを伝えることを目的としています。もちろん大気圏外に出るほど大掛かりなものではなく、可能な限り高く打ち上げて、ゆっくりとパラシュートで落下するようなロケットや缶サットです。
 ロケットガール養成講座は、女子中・高生のロケット・缶サットの製作を支援する人たちも、女子大学生が中心です。純粋に科学の普及活動のために女性たちが中心となって、女性のためにおこなわれているという点が特徴です。
 ここで紹介した2つのロケットガールですが、あまり接点がないように思えます。ところが、そうでもないのです。
 女子中・高生で宇宙やロケットなどに興味を持っている人には、アニメやSF小説が好きな人がたくさんいることでしょう。多分、アニメやSF小説が好きな人の方が、宇宙に興味を持っている人より多いことでしょう。アニメやSF小説に興味を持っている人にとっては、ロケットガール養成講座が、アニメやSF小説と同一線上に先にあるように見えるかもしれません。
 その点を考えてのことでしょう、ロケットガール養成講座では、アニメ番組ともタイアップしているようです。メディア・webサイトを通じて、ロケットガール養成講座の様子を全国に公開していくことも、重要な方法と考えられています。
 ロケットガール養成講座に参加できる女子学生は、せいぜい数10名程度です。ですから、文部科学省が目指している、女子中・高生への理系進路選択のための支援事業としては、効果が少ないように思えます。それを、アニメとのタイアップや情報公開によって、同世代の多くの女子学生に興味を持ってもらおうということです。
 昨年末に秋田大学でおこなわれた講演会では、宇宙飛行士の山崎直子さんやSF小説を書かれた野尻抱介さんも参加されています。
 今年はじめからロケットは製作がスタートして、現在も製作中だそうです。そして今年の3月20日から25日にかけて、能代市において、最中調整の後、実際にロケット・缶サットの打上実験がおこなわれる予定です。
 実験の成功もさることながら、ロケット製作にかかわりながら、宇宙や科学技術の面白さに気づいていくことが一番の目的です。このミッションを通じて、ひとりでも多くのロケットガールが生まれることを祈っています。

・大学のあわただしさ・
今年の北海道は、やはり暖かくて雪も少ないです。
そんな1月もそろそろ終わりに近づいてきました。
わが大学の後期の講義も今週で終わります。
そして来週からは定期テスト、
2月の第2週は一般入試となります。
大学は年度末のあわただしさがはじまりました。
教員がどたばたする時期となりました。
しかし、我を忘れないでいたいと願っています。

・サイト・
秋田大学のロケットガール養成講座の公式サイトは
http://www.mono.akita-u.ac.jp/rocketgirl2/index.html
です。
ロケットガール養成講座のサイトは
ロケットガールたちが運営しています。
そしてブログでは、女子高生たちや女子大生が
ロケット製作をしている感想が、現在進行中で述べられています。
ちなみに、
アニメのロケットガールの公式サイトは
http://www.rocket-girl.jp/link/link.html
野尻抱介氏自身のホームページ
http://njb.virtualave.net/web/
です。
興味ある方は覗いてみてはいかがでしょうか。

2007年1月18日木曜日

3_50 エルニーニョ

 今年の冬の前半は、北国としては雪が少なく、暖かい日々が続きました。しかし、ここ数日の大雪や冷え込みで、一気に冬らくしなってきました。暖冬の原因について考えましょう。


 今年の北海道は雪が少なく、12月から1月上旬にかけて暖かい日が続きました。暖かい天候が続くと、すぐに温暖化がいわれます。でも、それは早計です。
 温暖化が本当に起きると、世界各地で異常気象が起こり、陸にある氷が解けて海水が増加するということが起こると予想されます。これらが温暖化現象の一番の問題となります。
 異常気象によって、暖かくなる地域もあるでしょうが、寒くなる地域も、大雨、旱魃などが起こる地域もあります。ですから、暖かくなったからといって、温暖化現象が起きたというわけではないです。
 気象庁によれば、2006年秋からエルニーニョ現象が起きているようです。北海道の暖冬は、このエルニーニョ現象が起こしている可能性があります。
 エルニーニョ現象とは、太平洋の赤道付近での海水温度の変動によるもので、赤道の中央から南アメリカのペルー沖の海面温度が平年より高くなることをいいます。
 赤道付近では貿易風と呼ばれる東から西への風が、定常的に吹いています。赤道付近の暖められた海水が、貿易風によって太平洋の西側に吹き寄せられます。その結果、インドネシア沖では、暖かい海水が、数100mもの厚さで集まります。
 暖かい海水が西に移動すると、ペルー沖では深い海から、冷たい海水が上昇します。この冷たい海水は、栄養分が豊富で、海面近くに上がってくるとプランクトンの大量発生が起こります。食物連鎖によって魚もたくさん育ちます。ペルー沖は良い漁場となり、ペルーは世界第2位の漁獲高を誇っています。
 これが通常の状態です。
 この通常の状態が起きず、暖かい海水が西に移動しないことがあります。これがエルニーニョ現象です。エルニーニョ現象が起きると貿易風が弱まるか、貿易風が弱まるからエルニーニョ現象が起こるか、その因果関係ははっきりしていません。
 エルニーニョ現象が一度発生すると、1年から1年半の間、持続しますが、昨年秋にはじまった今回のエルニーニョは、春には終わると予測されています。
 前回は、2002年夏から2003年冬までエルニーニョ現象が起きました。ここ数年は、4年ごとくらいに発生してます。
 エルニーニョ現象が起きると、世界各地で異常気象が起きます。地域差や特徴にばらつきがあり、一概には言えないのですが、日本では一般に冷夏、暖冬になります。降雨量はさまざまです。いずれにしても、エルニーニョ現象が起きると、各地で平年とは違う気象現象が起こります。時には大きな災害が起こります。
 でも、エルニーニョ現象は、規則性はあまりよくないですが、繰り返し起こります。ですから、エルニーニョ現象は、平年的な現象として考えた方がいいのかもしれません。そうなると、エルニーニョ現象でおこる気象変化も、異常というべきではなく、平年のこととして受け入れるべきなのかもしれませんね。

・感覚的判断・
人は繰り返し起こることは、前回のことを思い出して、
今回はどう違うかを考え、判断し、評価します。
その良い例が、季節ごとの比較です。
今年の冬を話すとき、前回の冬と比べらて語られることが多くなります。
今回のエッセイも、それではじめました。
もし比較の結果、今回のものに大きな違いや異常があれば、
そんな経験が今までにないかを思いこしてみます。
記憶とは、特別なことが起きた場合をよく覚えています。
それと比べてどうだったかを考えるわけです。
そんな経験がないときは、今回は異常だと思ってしまいます。
このようなプロセスは、非常に感覚的な判断といえます。
現在では、気象に関しては気象庁が、
科学的で正確な判断ができるような情報を提供しています。
ですから調べさえすれば、異常かどうかは誰にでも判断できます。
特別とか異常というものは、比較による判断です。
その比較で、データがないこともあります。
それが、時候の挨拶程度ならいいのですが、重要な判断は、
くれぐれも感覚だけで下さないように、注意しなければなりませんね。

・経験を活かす・
いよいよ大学の講義も残すところ、あと1週間ほどとなりました。
その後には定期試験があります。
大学受験生は、今週末にセンター試験があります。
我が大学も600名の受験する会場となっています。
2月になるといよいよ一般入試がはじまります。
来年度は、入学者数と大学入学定員が一緒になります。
ということは、選り好みさえしなければ、
受験生はどこかの大学に入ることができるということです。
全入時代と呼ばれています。
しかし、希望の大学や希望の分野の学部、学科に
必ずしも全員が入れるわけではありません。
ということは、人気のある大学や分野では、やはり競争が起こります。
それはしかたがないことです。
しかし、団塊の世代や、その後の子供の多い時代に育った大人は、
もっと厳しい受験戦争を生き抜いてきたわけです。
しかし、その受験勉強、その大学、その専門が、
どの程度、社会に出た役に立ったかは、本人が一番知っているはずです。
自分の経験を活かして、子供に伝えるべきでしょう。
私の子供たちには、大学へいかなくて良いといっています。
手に職をつけ、衣食住などの人間になくてはならない職業の
職人になるよう薦めています。
長男は大工、次男はコックなるといってましたが、
次男は幼稚園の保育士になるというのに変わったようです。
まだまだ長い人生ですから、いろいろな可能性を探ってもらいましょう。

2007年1月11日木曜日

2_56 生命の起源9:誕生のストーリ

 生命起源の話も、いよいよ最終回となりました。生命起源のストーリを概観しましょう。

 生命誕生の謎は、今までみてきたどのアプローチからも、解明することでできませんでした。それぞれのアプローチは、独立した考え方、調べ方でありました。ですから、そこから導き出された条件や可能性が一致すれば、生命誕生のストーリを考える上で重要な参考になります。
 生命誕生のストーリを考える前に、ひとつ重要なことがあります。それは、セントラル・ドグマ(中心教義)とよばれているものです。DNAの構造を発見したフランシス・クリックが1958年に提唱したものです。
 セントラル・ドグマとは、すべての生命に共通する仕組みとして、遺伝情報の流れが、
 DNA→RNA→タンパク質
となっていると考えるものです。DNAに蓄えられた遺伝情報は、RNAに複写され、RNAからタンパク質に翻訳されていきます。これが生命の営みにおける遺伝情報からみたじゅうような原理だと考えられました。確かに多くの生命で、遺伝情報はこう流れていき、証拠もいっぱいあります。一杯あるからといって、この仕組みが生命誕生のストーリを規定するものではありません。
 このドクマは、いまや潰れてしまいました。それは、情報の流れや逆行するものがあることがいろいろわかってきたからです。例えばRNAからDNAに遺伝上を書き込む作用をする逆転写酵素が発見されたり、タンパク質からRNAをつくるもの見つかりました。
 また、遺伝情報が常にこのような流れしかないとすると、生命誕生では、DNAが最初に生まれなければなりません。DNAは非常に複雑な構造で、それを最初につくらなければならないことを意味します。しかし、逆転写できるとなると、比較的単純な構造のRNAからDNAをつくることができます。遺伝情報の保存のためにDNAがあとからできればいいことになります。誕生以降の話ですから、生命の進化の過程で生まれたことと合理的に考えられます。こんようなことから現在では、セントラル・ドグマという考えは、用いられていません。
 タンパク質かRNAかのどちらかができれば、他方が合成できるということです。ここまでストーリができると、どちらがつくりやすいか、どちらの証拠が見るかるかということでストーリが決まってきます。残念ながら、その決着はまだついていません。
 地球最初の冥王代におこったはずの化学的進化とは、どのようなものだったのでしょうか。
 まず、原始の地球のどこか(多分、深海の熱水噴出孔だろうと考えられています)で、原料の分子の合成されていきます。あるいは、隕石や彗星か由来するものもあるかもしれません。
 種々雑多な分子量の小さい有機物が合成されて、集まっていきます。そのうちの一部は、高分子へとなっていきます。まるで有機物ががらくたのようにいっぱ集まった状態(がらくたワールドと呼ばれています)が出現します。
 がらくたワールドの次に起こることとして、2つの可能性が提示されています。一つはンパク質ワールド、もうひとつはRNAワールドタです。
 がらくたワールドから、アミノ酸の合成が先に起こったなら、タンパク質ワールドが最初に現われます。タンパク質ワールドでは、いろいろなタンパク質が合成されていき、その中のあるものが、RNAがつくる機能を持てば、RNAをつくることができます。
 RNAが最初に合成されれば、RNAワールドが出現します。各種のRNAが合成され、その中からタンパク質が合成するものが生まれます。
 タンパク質ワールドとRNAワールドのどちらが先でも、タンパク質とRNAの両方を合成できます。
 別のプロセスとして、膜の合成が起こります。実は、比較的簡単な合成過程で、丸い液滴(コアセルベートと呼ばれています)ができることが実験でわかっています。多様な膜が合成され、その中のあるものが、外の特別な成分のみを通すような性質を持つものが生まれます。
 最後に、膜の中にRNAとタンパク質がおさまり、代謝や複製をすることができれば、生命誕生といえます。
 最初の生命は一種類だったのでしょうか。まだ確証はありませんが、科学者たちは一種類と考えて、そのような生物をコモノートと呼んでいます。
 その後、いろいろな試行錯誤(もう生存競争というべきかもしれません)がおこなわれて、多様な生物が生まれ、特別な条件で、化石として残る生命の誕生すれば、私たちはそれを発見することができます。
 これが現在考えられている生命誕生のストーリです。

・難問・
9回にわたった生命誕生シリーズがやっと終わりました。
生命誕生の研究は進んでいますが、
いまだに、解明されていない謎です。
多くの分野の研究者が取り組んでいます。
生命誕生とは、それほど魅力ある研究テーマなのでしょう。
今後も多くの研究者が努力を続ければ、
この謎は本当に解けるのでしょうか。
生命の誕生とは、「私たちはどこから来たか」という問い
への答えともなる重要なものだと思います。
研究が進めば、どの時点で生命誕生しとえるのかが問題になるでしょう。
そこでは、生命とは何かという問題が新たに生じることでしょう。
これは突き詰めると「私たちとは何か」という問いになるでしょう。
現在のこれほど進んだ科学をもってしても、生命の定義すらできません。
ですから、生命誕生の問題も、もしかすると、
なかなか解決しない難問としてずーっと残るのかもしれませんね。

・コモノート・
最初に誕生した架空の生物をコモノートと呼んでいます。
コモノートは、あるひとつの種類の生物だと考えられています。
私は、多数の生物がいてもいいのではないかと考えています。
一つの環境だけで生物が誕生するとは思えないからです。
熱水噴出孔は多数あったはずです。
その環境は同じようでしょうが、緯度や深度、熱水の成分、温度など、
多少の条件は違っていたはずです。
そうなれば、その違いを反映した
多数のコモノートが生まれたかもしれません。
そのちょっと違う生命が、いく種類も生まれ、
やがて生存競争で、生き残ったものが私たち現在の生命につながる
共通の祖先、コモノートだったかもしれません。
コモノートは、生存競争を勝ち抜いた勝者であったのです。
勝者である現在の生物からは、敗者を探ることは困難でしょう。
敗者を探すには、合成実験や化石から見つけるしかないでしょう。
あるいはどこかに隠れているのかもしれません。