2010年3月25日木曜日

3_85 トモグラフィー:マントル3

 断層撮影は、体を傷つけることなく、体内を見ることができます。非常に優れた技術です。一種の非破壊検査ともいうべきものですが、その原理を地球と地震波を利用しておこなわれています。地震波トモグラフィーと呼ばれています。地震波トモグラフィーが見せてくれた地球内部を紹介します。

 プレート・テクトニクスの原動力は、地球内部の熱が外に出ようとするマントル対流です。そのマントル対流が、地震波トモグラフィーという手法で見てくるようになりました。地震波トモグラフィーとは、医療で使用されているような断層撮影(Tomography)を、地震波でおこうものです。
 地震波トモグラフィーは、現代の地震学の基礎を築いた安芸敬一(当時マサチューセッツ工科大学教授)が、1978年にカリフォルニアで上部マントルに用いたのが最初でした。1980年代になると、コンピュータの進歩と地震計波測網の発達などによって、地球全体の地震波トモグラフィーがおこえるようになりました。現在においても、まだ海洋域の地震観測は陸地に比べる手薄になっていますが。
 地震波トモグラフィーは、地震波の性質を利用しています。地震波には、いくつかの種類があるのですが、固体を地震波が通過するとき、固体の状態によって地震波の伝播速度に違いがでます。その違いを精度よく測定すれば、地球内部の状態が見えてきます。
 地震波速度の伝播の仕組みから、速度が速いところは物質の温度が高く、遅いところは低くなっている、と解釈されます。いろいろな前提や仮定をおくことになりますが、地震波速度の違いが、マントルの温度の差を反映しているとみなすことできるのです。地震波速度の1%の速度差は、温度に換算すると100℃の温度差に相当することになります。
 地震波トモグラフィーによって、マントルの温度分布を見ることができるようになったわけです。プレート・テクトニクスに基づけば、プレートの下降部(沈み込み帯)では、冷たいマントル物質が落ち込み、海嶺のようなプレート形成部では、温かいマントル物質が上昇していることになるはずです。海溝や海嶺がマントル内の温度分布とが一致しているはずです。
 地震波トモグラフィーは、大雑把には、そのような結果を示しましたが、実は、もっと別の情報も含んでいました。マントル物質の下降部と上昇部の様子が、単なる対流ではないことがわかってきたのです。
 マントルの下降部では、沈み込んだプレートが、そのままマントルの底までいくのではなく、マントルの670kmあたりでしばららく留まっている様子がみえてきました。一番顕著であったのでは、日本列島の海溝で沈み込んだプレートが日本海から大陸の下部に溜まっていたのです。そして、そのさらに下のマントルの底には、まだ完全に温まっていない、かつての冷たいプレートの残骸のようなものがみえていました。
 マントルの上昇部も、単に対流の上昇流があるのではなく、温かいマントル物質が670kmあたりで留まっていました。南太平洋に大きな暖かいマントル物質があります。また南アフリカの下では、マントルの底に暖かいマントル物質があり、これから上昇しようとしているかのようなマントル物質にみえます。
 このようなマントルの姿は、どうも単純なマントル対流ではないようです。それを取り入れて、新たなテクトニクスが考えられるようになりました。

・里帰り・
現在は私は、京都に帰省しています。
このメールマガジンは予約機能によって
配信しています。
京都に帰省しているのは
長男が中学生になると、
家族そろって里帰りがしにくくなるため
最後の家族全員での帰省となるかもしれません。
その日程にあわせて、父に13回忌も行うことになっています。
まあ、うちうちのことですので、気苦労はありません。
時間があれば、京都や奈良も回りたいのですが、
子供たちは、初日と2日目に行く予定の
海遊館と大阪城が一番の目的でもあります。

・法要・
父が死んで13年目となります。
長男が生まれてすぐ3ヶ月に
病床の父を見せに帰省しました。
3回忌には次男の誕生を見届けて
すぐに私は長男だけを連れて帰省しました。
7回忌は、長男の入学式でした。
父の死やその法要と、我が家の節目の年が
重なっています。
たまたまなのですが、
子供たちに父の影を見てしまいます。

2010年3月18日木曜日

3_84 水平か上下か:マントル2

 かつて、大地の営みは上下運動によって説明されていました。プレート・テクトニクスの登場によって、水平運動によって説明されるようになりました。プレートの運動は、地表で見ると水平運動に見えますが、マントルまで含めてながめると水平運動だけでなく、上下運動も含まれています。

 マントル最上部と地殻が、硬い岩石(リソスフェア)のプレートとして振舞います。プレートの下にあるマントルは、可塑性がある岩石からできているアセノスフェアと呼ばれています。アセノスフェアの上を、プレートがスムースに動くことができるます。リソスフェアとアセノスフェアによるプレートの動きが、プレート・テクトニクスとして体系されて、地球の表層における大地の営みの原理だと考えられています。
 プレート・テクトニクスは、地向斜とよばれるテクトニクスのアンチ・テーゼとして、1960年代後半に登場してきました。テクトニクスとは、大地の営み(運動)の仕組みのことで、運動論とも呼ばれています。
 地向斜テクトニクスとは、大陸内で堆積物がたるような盆地(これが狭義の地向斜のことです)の沈降運動から始まります。地向斜が堆積物がたまってくると、その重さで地向斜はますます沈降します。堆積物が厚くなってくると、地向斜の深部が高温高圧になり火成作用や変成作用がおこします。マグマの活動で、地向斜は上昇運動へと転換します。この上昇運動が山脈を形成していきます。このような山を形成する運動を造山運動と呼びます。地向斜形成に端を発し、造山運動にいたる運動論を、地向斜テクトニクスと呼びます。
 一方、プレート・テクトニクスは、地表では、プレートが水平運動するという考えで、大地の営みを説明することになります。プレート同士の衝突で造山運動を説明することになります。厚い堆積物は、沈み込み帯における付加体で説明されます。プレート・テクトニクスの提唱当初は、地向斜テクトニクスと論争が起こり、水平運動と垂直運動の対立ともいわれました。
 地向斜テクトニクスに対して、新しくプレート・テクトニクスが提唱されるに当たり、いくつかの理由がありました。
 ひとつは、地向斜テクトニクスでは説明できない現象があったことです。たとえば、上下運動の原動力の問題です。地向斜の下降運動や花崗岩の上昇運動の原動力を、浮力(もしくはアイソスタシー)で説明しようすると、どちらかの運動で矛盾をきたします。
 もうひとつは、新しい証拠として、海底探査によって得られたデータありました。海嶺やトランスフォーム断層などの海底固有の地形が発見されたり、海底の古地磁気の探査によって海嶺に対して対称な縞模様が発見されたりしました。
 地向斜かプレートかで、当初いろいろ論争があったのですが、上述のような理由に加えて、超長基線電波干渉計(VLBI:Very Long Baseline Interferometer)と呼ばれシステムで、年間数cmから十数cmという非常に小さいなプレートの動きが、測定できるようになりました。まさに、プレートの水平運動が実測されたのです。
 これらの証拠や根拠によって、プレート・テクトニクスは、その地位を不動のものにしました。
 プレート・テクトニクスの原動力は、地球内部の熱が外に出ようとする、対流という単純な原理に基づいています。プレートの動きは、地球表層では、水平運動にみえますが、地球全体を通してみると、マントル物質の対流による上下運動が不可欠なものになります。ですから、マントル深部まで考えると、プレート・テクトニクスは、マントル物質の上下と水平の両方の成分を持った運動ということになります。
 ところが、肝心のマントル対流は、なかなか見ることができませんでした。地震波を用いた地震波トモグラフィーと呼ばれる手法ができて、やっと対流の証拠となるようなものが見えるようになってきました。それは次回としましょう。

・旅立ちの季節・
いよいよ3月も半ばが過ぎて
卒業のシーズンとなりました。
今日は長男の卒業式ですが
私は所用で出席できません。
明日は、大学の卒業式です。
それには、校務ですから出席しなければなりません。
その後の、謝恩会が2つも連続でありますが、
いずれも出席することになります。
3月は旅立ちの季節です。
皆さんの周りでは、
旅立ちがあるのでしょうか。

・年度末・
今週末から、京都への帰省をします。
途中大阪に立ち寄ります。
そして、3月最後の週は、
引越しがあり、どたばたになりそうです。
3月下旬の帰省とどたばたのために
原稿を書きだめておかなければなりません。
また、研究費の申請も取り急ぎすることになりました。
まあ、いつものごとくあわただしい年度末になりそうです。

2010年3月4日木曜日

6_79 持続可能:エネルギー問題6

 これまで、エネルギー問題について5回にわたって考えてきました。前回と今回、最後に、解決策について検討しています。前回は、その解決策の一つを提案しました。今回は、策というより考え方、姿勢について考えていきます。問題解決には、従来のアプローチではなかなか困難のようです。原則、予測、対処、姿勢などが重要なキーワードになりそうです。正攻法ですが、問題解決の道を探っていきましょう。

 エネルギー問題の根底には、現在文明はエネルギーの多くを化石燃料に依存していること、そして有限の資源を消費すればなくなること、このような動かしがたい事実があります。この事実を受けとめ、どのような解決策を取るかということです。前回示した解決策は、物理学に反しないで、小さくて安価で効率的な発電蓄電装置を一人の天才が発明できればというものでした。実現すればいうことはないですが、現状では夢にすぎないので、現在でも目指せる目標を考えていきましょう。
 資源は、科学技術を背景にし、経済学に基づいてコントロールされています。ですから、将来見通しや見積もりには、不確定要素がどうしてもでてきます。しかし、やがてはなくなることは誰にでも理解できるはずです。問題は対処です。口で言うのはたやすいのですが、実行がなかなか大変なのが一番のボトルネックになっています。そこで科学技術や経済以外の視点で、このようなやがて来る問題に望むべきではないかと考えています。
 現在の文明が、「持続可能」な文明ではなく、消費型文明だからこのような問題が起きるのかもしれません。持続可能性にこだわるのであれば、太陽エネルギーと生物、そして循環可能な水や大気などに基づいた文明を再構築する必要があります。もちろん、その手段として、最先端の科学技術を導入し、最小限の資源物質で、耐久性のある、できれば再利用可能な道具を用いておこなうべきでしょう。
 最優先すべきは、経済性ではなく、資源やエネルギーの有効利用です。人はいったん手に入れた快適さや安楽から抜け出るのはなかなか大変でしょう。しかし、上で述べた事実を理解するのであれば、少々の苦労はしなければならないことを誰でも納得できるはずです。そのような納得を得るためには、教育による知識や教養やそして倫理観などを身につけた人が前提となります。
 人類が改変している自然環境は、実はそれほど大きなものではありません。地球はもっと大きな環境改変を行ってきました。このエッセイを読み返していただければわかるはずです。現在の環境問題は、人類の問題です。ですから、他の生物種や自然などを持ち出さなくても、自分たちの問題として考えればいいのです。エネルギー問題は、環境問題では一番分かりやすい例ではないでしょうか。
 残された資源や時間は、どれくらいか分かりません。でもたとえ長い時間が残されていたとしても、やがてエネルギー危機はくるはずです。そのときにあわてても手遅れです。資源のある今のうちに考えれば、資源を燃料としてだけではなく、多方面に使える資源として有効活用できるはずです。
 人類は、ほんの数百年前までは、太陽エネルギーと生物、そして循環可能な水や大気などに基づいた生活をしていました。今さらその時代に戻る必要はなく、科学技術を導入して、もっと安全で豊かな生活が営めるはずです。太陽エネルギーと生物、そして循環可能な水や大気があれば、生きていくの必要な衣食住はまかなえるはずです。そこにこそ、活路と、幸せや充足感を見つけるべきではないでしょうか。
 カロリーと栄養は必要最小限の量を旨とし、余すことなく、飽食することなく、足るを知りことを生活の基調とすべきでしょう。そのために、調理法や調理技術を、調理器具を駆使し、今まで蓄積してきた科学を注ぎ込むのです。エネルギー効率の悪い肉食は最小限にすべきでしょう。贅沢な食べ物なたまにしか食べられないかもしれません。それでも満足できる精神的な充足感を得るために、科学を利用するのです。
 幸福感を満たすに必要充分な衣食住を得ることが目標です。それこそ人類が一致団結して目指すべき持続可能な目標に違いありません。少々の困窮は受け入れるべきです。困窮を忍ぶために、人間性と文化を豊かにすればいいのです。
 春の心地よい草原、夏の川原の木陰、秋の紅葉に囲まれた林の中、森の雪原に残された生き物の足跡、そんな中にいるとき困窮を感じるでしょうか。癒しや心地よさを感じるはずです。忙しい時間の合間の休息、親しい友人の会話、家族との何気ない触れ合い、そんな瞬間に幸せを感じることでしょう。
 もっと精神性や文化、自然を重んじる知性を身につけ、その知性を背景にした文明を築かなければなりません。そんな社会ができ、数世代を重ねればきっと豊かな文化も育むことになることでしょう。
 ちょっとSF的な結論になりましたが、こんな解決策、未来像はいかがでしょうか。

・教育を・
現在の政治をみていると、
経済だけが議論されています。
環境問題も背景に経済があります。
人類の幸せも経済がなければ生まれないような口ぶりです。
しかし、みんなは知っているはずです。
金がすべてではないし、
金が幸せを与えてくれるものではないことを。
でも、皆、目先の金が気になってしかたがないのです。
このような精神を構造を改革する
構造改革こそ重要ではないでしょうか。
これは、もはや政治ではなく、
教育の範疇になると思います。
そしてその目標達成には
数10年でのスパンでの時間が必要となります。
教育とはそれほど、時間と手間のかかるものです。
でも、その成果は、金では得られないものです。
それも皆、知っているはずなのですが。

・燃料電池・
前回のエッセイで示した私の究極の解決策は
実は「燃料電池の仕組みそのもの」で
「エネルギー分野で最も盛んに開発が行なわれている」
ものだというご教示をSkaさんから受けました。
それに対して私は、次のような返事を書きました。

このアイディアがかなり長い期間検討され
今が旬の研究とは知りませんでした。
貴重なご指摘でした。
水素と酸素の仕組みが検討されていることは
おぼろげに知っていましたが。
それはまだまだの途上の技術や
始まったばかりの研究だと思っていました。
認識不足でした。
でももし、大きなブレイクスルーがあれば、
ものになる可能性ある思って今回のエッセイを書きました。
もちろん背景に多くに人が努力し、知恵を絞った後、
ある人のブレイクスルーを起こすのを理解したうえです。
「現実には、結局、石油から水素と酸素とを製造するのが
経済的に一番安価なのが現状だと数年前に聞きました。」
ですが、もしブレイクスルーとして触媒か特殊膜などの新素材で、
電気分解のように水から水素と酸素ができれば、
価格の問題は解決されるかもしれません。
また、大気の酸素を利用すれば、
水素だけを安全にコンパクトに保存運搬できれば、いいはずです。
たとえば、ブレイクスルーで白金やポリマーのようなものに
吸わせるとかできれば解決できるのではないか、
などいろいろ想像したわけです。
もちろん私が思いつくようなことは、検討されているでしょうが。
既存の技術ではなく、今はない理論や技術があればというのが
私の想像でのエッセイでした。
それと次回のエッセイの話題にするのですが、
「経済的に一番安価なのが」
という点を考えたいと思っています。
経済を中心にした考え方を問うことです。
現状の生活を維持することと
困窮に耐えて幸せを求めるのかという選択が
今後、重要になるということです。

というものでした。
Skaさんに対するさらなる答えが
今回のエッセイもであります。

2010年2月25日木曜日

6_78 天才:エネルギー問題5

 エネルギー問題の理想的な解決とは、どんなものでしょうか。できるかどうかはさておき、理想の解決策を考えてみましょう。解決には、一人の天才の誕生が必要かもしれません。その天才を人類は待っていられる時間があるのでしょうか。時間との勝負がはじまっているのかもしれません。

 これまで、エネルギー問題を4回にわたって考えてきました。そして、今回から2回にわたって解決策を検討したいと考えています。荒唐無稽かもしれませんが、私には解決のためにひとつのアイディアがあります。もしできれば、画期的な、そして誰もが得する解決策となります。それを紹介しましょう。
 まずは、解決のために、いろいろな条件を考えていきましょう。非常に効率的な理想のエネルギー発生装置でエネルギー問題を解決することを想定しましょう。理想の装置は、どのような仕様を持つべきでしょうか。
 利用すべきエネルギー源は、太陽エネルギーでしょう。あと50億年近くは今と同じように地球にエネルギーを注いでくれます。これがエネルギー源です。ただし、太陽エネルギーは利用しにくいので、私たちが利用しやすいエネルギーの形にしなければなりません。生成とともに、蓄積もできなければなりません。もちろん、充分なエネルギー量も必要でしょう。
 そのエネルギー装置のメカニズムは、地表を循環している物質、埋蔵量が多く使用量が少なくてすむ素材によるものがいいでしょう。たとえば、海洋の主成分の水(H2O)や空気の成分である酸素(O2)、窒素(N2)、あるいは生物の燃焼から生じる二酸化炭素(CO2)などは、地表付近を循環している物質として利用できるでしょう。
 この素材を聞いて、思い浮かぶのが、H2とO2があれば爆発的な酸化が起こるという現象です。つまり、水から太陽エネルギーを用いて効率的にH2とO2に分解でき、それを蓄積して緩やかに酸化させてエネルギーを生み出せばいいのです。廃棄物H2Oの水ですから、安全です。この仕組みが、根本的なエネルギー問題の解決になるかもしれません。
 そんな仕組みを達成する装置ができればいいわけです。ただし、装置は小型で、大量生産でき、堅牢で、安価でなければなりません。一部の金持ちや特権階級の人だけが益を得るような装置では問題解決にはなりません。人類全体の幸福に繋がらなければなりません。
 携帯電話や100円ライターのようなサイズ、価格で恒久的に利用できるものが、全世界で販売、利用されれば、エネルギー問題を解決する方法となるでしょう。その装置に水を入れ、一日太陽のもとにおいておけば、個人が2、3日使うエネルギーが確保できる。また、大型の装置を屋根につければ、その家にすむ家族が必要とするエネルギーをまかなえるものがあればいいのです。
 その装置は、科学の力を総動員して、開発していかなければなりません。太陽光をあてれば、水が簡単に水素と酸素の分解するような特殊な触媒や有機膜、新素材などを発見しなければなりません。水素と酸素を小さな装置の中に効率的に安全に充分な量を蓄積できる装置も、酸化作用から電気エネルギーを効率的に発生させる装置も、これからです。まだまだ未完成な理論、未開発の技術ばかりです。
 もしこれが究極の解決策であれば、人類はそれを目指すべきでしょう。ブレイクスルー(飛躍的な発展や進歩)をもたらすためには、今までの技術や科学の延長線ではだめでしょう。ブレイクスルーには、天才的な才能や能力が必要です。そんな人を約70億人の人類の中から、たった一人でいいから生み出さなければなりません。
 ただし、残念ながら分母は70億人の人類すべてではありません。そんな発想ができるのは、若者です。多分20歳代から30歳代の若者でしょう。これで、分母は20億くらいに減るでしょう。
 また、すばらしい発想をしたり、その発想を現実に試すためには、その日に食うに困るような環境で生活している若者では無理でしょう。さらに、飛躍的な技術や科学を生み出すためには、高度な教育を受けていなければならないでしょう。たとえば、先進国で大学や大学院での教育を受けたような人です。
 このように考えていくと、分母がかなり数億人、あるいは数千万人くらいの少ない数になっていくでしょう。もちろん、日本の大学に通っている学生は、その分母に入るでしょう。
 その天才が誕生し、なんとか装置をつくり上げても、それは非常に大きな装置になるでしょう。原理だけが実証できた状態です。製品化するためには、効率化、小型化、なにより安全性を高めるために、長い時間をかけて改良しなければならないはずです。
 天才や改良を何世代にわたって待つわけにいきません。あと何年待てるかは、エネルギー資源の残量にかかっています。もしかすると、もう時間との勝負がスタートしているかもしれませんが。
 今回は、少々理想論的な解決策でしたが、次回はシリーズの最後として、もっと根本的な解決を考えていきましょう。

・廃雪・
我が地区では、廃雪という作業が現在行われています。
これは、自治会費の積み立てと市の援助によって、
年に一回だけ、道路の雪の廃雪をおこなうものです。
廃雪とは、雪を、雪捨て場に持っていくということです。
自治体が積雪のたびにおこなっている除雪は、
道路の雪をよけるだけで、
雪を捨ているわけではありません。
道の両側に雪をよけるわけです。
必然的に、道路は狭くなっていきます。
車一台通るのがやっとという道路だらけになります。
地区ごとに、狭い道路も一気に
廃雪作業が年に一回行われます。
廃雪のあとの道路を歩くと、
こんなに広かったんだという気がします。
2、3度雪がふれば、すぐに元に戻るのですがね。
でも、もう、春は近いです。

・準備・
春から愛媛にでかけるので、その準備をしています。
すべき作業を淡々と進めています。
細々したことがいろいろあるのですが、
大事なことから順番に進めています。
もちろん、新生活で必要なものの用意などありますが、
それは3月になってからです。
荷造りは直前の予定です。
今こちらでしておかなければならないこと、
今しておかなければ、愛媛で困ることを中心にしています。
家族にかかわることも、いろいろ同時に進めています。
なかなか大変ですが、
予定をたてて、漏れがないように進めています。

2010年2月18日木曜日

6_77 資源:エネルギー問題4

 資源とは、回収可能な濃度があるかという技術的問題と、採算がとれるかという経済的問題を解決できたものです。有限のものを使えばやがてはなくなります。エネルギー問題は広義に考えると、資源の枯渇問題といえます。やがてはなくなるものに依存しているのが現在文明なのではないでしょうか。

 エネルギー問題の本質は、化石燃料という有限の資源に頼っているためです。これは、なにもエネルギー問題だけでなく、現代文明は地下資源を利用しています。ですから、どれかの重要な資源がなくなったり、高騰して自由に使えなくなると、現在文明には危機が訪れます。すべての地下資源は有限ですから、エネルギー問題を広義にとらえると、資源の枯渇という問題となるのではないでしょうか。
 注意が必要なのは、資源とはなにかということと、その資源が代替が可能かどうかです。
 ある種の元素、たとえば鉄(Fe)や金(Au)、銀(Ag)・・・などは、地球外に出さない限り、どんなに使っても、地球上のどこかに存在するはずで、元素としてなくなるわけではありません。ですから、ある元素をすべて使ったとしても、そんなに元素の形や形態が変わったとしても、質量保存則により地球のどこかに存在するはずです。ですから、元素はなくならないのです。
 ところが、資源とは、回収可能でなければなりません。ある元素が、回収可能な濃度としてあるかどうか、そして回収しようとしたとき採算がとれるかどうかということです。資源とは、存在の有無だけでなく、回収可能な濃度という技術的問題と、採算がとれるかという経済的問題がクリアーされたとき、はじめて資源となりえます。
 携帯電話などの電子機器の廃棄物から、金などの貴重金属を回収しようということが技術的にも経済的にも可能になってきるようです。携帯電話が大量に回収され、効率的に分解して、目的の元素を回収し、採算がとれるシステムができるようになってきたためです。
 元素は使っていけば、薄まった状態や回収不可能な状態で大地にもどっていきます。そうなれば、もはや資源とはいえません。ある元素の性能を利用してているとき、その元素が枯渇したら、同等の性能の代替となる物質を見つければいいのです。しかし、それで問題は解決するのでしょうか。
 代替物質も何らかの元素を用いてつくられています。その元素は資源から由来するはずです。資源であれば、やがてはなくなるという原理が適用されます。問題の先送りでしょう。
 膨大な量があって、充分長い時間使えるものであれば、心配しなくていいのでしょうが、すべての資源は必ずしも豊富にあるわけではありません。いずれにしても、原理的には、有限のものは使えばなくなるのです。
 そのような現代文明のシステムは、やがて崩壊しそうな気がします。他の生物が生きているのと同じようにと、動植物と地表で循環する水や空気などだけですべての生活がまかなえればいいのです。しかし現代人は、そのような原始の生活様式では生きていけません。どうするかを、危機が訪れる前に、皆で考える必要があります。

・読者から・
ある読者の方から、
「石油価格が上がるとマスコミが書きますが、
もう何十年も前から石油の埋蔵量は30年とか40年とか
言われていますが、いつまでたっても変わりません。
石油の採掘はだんだん難しくなっているのは確かですが、
石油価格との関係で、埋蔵量はどんどん増えると思います。」
という指摘を受けました。
ご指摘とおり、原油価格が上がれば、
今まで採算がとれないような油田も採掘可能となります。
技術が進めば今まで掘れなかったところが採掘できます。
今後も新しい原油は出現し埋蔵量は減ることはないかもしれません。
しかし、それがいつまで続くでしょう。
原理的は「必ず」資源は枯渇するはずです。
1000年、2000年先であれば、
そんなこと気にしなくていいのでしょう。
まだ産業革命以降、300年も経過していませんから
充分な時間があります。
数百年でも、まだまだ余裕で、
子孫に問題を先送りしてもいいでしょう。
では、100年、あるいは50年先だったらどうでしょうか。
身近な問題になってきます。
そのためには、科学的に正確なデータに基づいた推測
たとえば、地球全体の欠く資源の埋蔵量を
正確に推計すべきでしょう。
これは危機感をあおるためではなく、
やがてはなくなるはず資源に備えて対応や対策、
心積もりをするためです。
そして、いろいろな人が、いろいろな専門や立場で
充分議論していくべきでしょう。
どんな小さなコミュニティでもいいので、議論が必要です。
もし、そこからいいアイディアが生まれれば
人類にとって、それは福音となるはですから。
そんな内容の返事を、私は書きました

・準備・
2月は、時間があっという間に流れていきます。
やることがいろいろあるからでしょう。
多分、今まで溜め込んできたことをこなすことと、
単身赴任の準備を一緒にしているからでしょう。
でも、今まで遣り残してきたことをやり始めるというのは
心の奥に残された不安を整理をするようで
ひとつやればそれなりにすっきりとします。
精神的に大いに意義のありそうです。
事前にいろいろスケジュールを決めて
いろいろやっているのですが、
ついつい遅れてしまいます。
でも、出発の日が決まっているので、
その日はやがてきます。
それに備えて、いろいろ追われる日々を過ごしています。

2010年2月11日木曜日

6_76 代替:エネルギー問題3

 人類は、より便利なもの、より安全なものを求めて、そして生み出してきました。かつては危険であったものも、安全なものへと代替もされました。今問題になっているエネルギーは、代替が可能なのでしょうか。それは、安全だけでなく、持続可能なという希望も託されています。化石燃料に変わるものが見つかるのでしょうか。

 前回、化石燃料について、現時点での可採年数を紹介しました。可採年数とは、ある資源において、現在の年間の使用量で、確認されている採掘可能な埋蔵量で割って得られる数字です。あと何年その資源が使用可能かということを意味する値です。その結果は、石炭は192年、天然ガスは67年、石油は41年となりました。ちなみにウランは85年となっています。
 化石燃料では、石油の41年が問題です。この数字は厳密な値ではなく、社会状況や技術、経済、鉱業などさまざまな要因で変動します。数値の厳密性が問題なのではなく、これくらいの石油しかない残されていないということが、問題なのです。
 節約して使っていても、数十年後、あるいは長く見積もっても100年もすれば、石油はなくなってしまうことになります。エネルギー資源の枯渇が、問題の本質なのです。
 石油がなくなると、エネルギー源がなくなるだけでなく、現代文明では欠くことのできない重要な資源がなくなることも意味します。石油は、アスファルトやプラスチック、化学繊維などの原料となり、化学工業において不可欠の溶媒や潤滑油、表面活性剤なども石油からつくられています。ですから、石油は、文明社会において、非常に基礎的で重要な役割を担っている資源です。
 石油だけでなく、文明社会において、重要な資源が一つなくなると、社会において非常に大きな影響を与えることになります。現代文明は、いろいろな資源に依存しています。ですから、資源の面から考えると、文明を支えるのに不可欠な資源のどれか一つでもがなくなると、文明が崩壊する危険性をはらんでいます。
 そこで危機回避のためには、代替の資源や道具を考えなければなりません。かつて、人工の便利な化合物である各種のフロンが、大量に使われました。しかしフロンがオゾン層を破壊するということが分かって以来、フロンを使用しないことにしました。フロンの代替のものを、人類はつくり上げてきました。もちろん、それは地球に優しいものでした。
 このような事例をみて、多くの人が漠然と、「人類は賢いから代替エネルギーを見つけるできるのではないか」と、考えているのではないでしょうか。あついは、資源の枯渇、エネルギーの枯渇が、自分事とは思えないからでしょうか。化石燃料の枯渇は、代替が可能で他人事なのでしょうか。
 エネルギー問題は、化石燃料に頼らない代替燃料を見つければいいわけです。たとえば水力発電や太陽光発電、風力発電などで電気を供給し、現在の文明を支えているエネルギーを、電気エネルギーとしてまかなえればいいのです。そのゆな発電は、太陽エネルギーを基にしています。無尽蔵ではないですが、50億年間は地球に降る注ぎ続けるエネルギーです。それを代替のエネルギーにできれば、エネルギー問題は解決されます。
 各国の技術者が代替エネルギーを生み出す努力を続けています。しかし、まだ満足できるものはできていません。石油に代わるものが、まだできていなののが現状です。ですから、石油はしらばくは使い続けられていくわけです。
 この状況が続ければ、やがて化石燃料は、私たちの世代、遅くとも孫の世代にはなくなるでしょう。そのとき、多くの人に、エネルギーの節約はもとより、移動の制約、さまざまな活動の制約がでてくるはずです。これは、国家や政府による強制ではなく、経済的な物理的な困難さによるもののはずです。私たちは、自由に生活、行動できなくなるのです。
 自由はなくなってそのありがたさを感じるものかもしれません。そうなってからでは遅いのです。自由を奪った悪者がいないのです。本当の自由は、努力して手元に留めておくべきことのはずです。

・不景気・
世間は、不景気だといいます。
景気を回復するには、
更なる大規模な公的資金を導入や
消費の拡大がいわれています。
しかし、かたやこのエッセイで述べているように
エネルギー危機が厳然としてあります。
また化石燃料を使えば、二酸化炭素を排出します。
二酸化炭素の排出を減らすには、
化石燃料の使用を減らすしかありません。
景気回復とエネルギー問題の解決は、
矛盾した行為を意味します。
多くの人は、景気を気にしていますが、
私は、景気よりエネルギー危機が気になります。
本当にエネルギー危機が訪れたら
社会的弱者はどうなるのでしょう。
武力や政治力、資金力を持たない国や民族は
どうなるのでしょう。
恐ろしい将来が思い浮かびます。

・まだまだ忙しい・
大学では、後期の定期試験が終わり、
一般入試も終わり、一段落です。
ただし、教員、あるいは私は
のんびりしていられません。
3月末の引越しと、新しい地での生活の準備、
そして、出かけるまでにすべきことも
いろいろ残っています。
それをスケジュールをにらみながら
こなしていくしかありません。

2010年2月4日木曜日

6_75 可採年数:エネルギー問題2

 エネルギー問題は、将来、化石燃料がなくなるという予測から発生しています。その予測値は、現状まま進めばという但し書きがつきますが、単純な計算で導かれるため、説得力があります。危機が身近に迫っているのに、見て見ぬ振りをしているかのように、多くの人は同じ生活を営んでいます。


 化石燃料は、前回述べたように、「化石」の定義の点で、少々問題がありそうですが、広く使われています。古い時代の生物を起源としてエネルギーとして現在利用されているものを化石燃料と呼ばれています。
 実際に使われているものは、石炭、石油、天然ガスです。海底で見つかるメタンハイドレイトが、最近、注目されています。しかし、メタンハイドレイトは、石油や天然ガスと同様に、無機的な起源だと考える研究者もいます。ここでは、化石燃料は、成因が生物起源と確定されていないものも含む、広義なものとしましょう。
 さて、化石燃料で一番の問題は、その持続時間がどれほどあるかです。エネルギーの使用可能期間、または持続時間を計算するのは、簡単です。予想されている総埋蔵量、あるいは正確を記すなら採掘可能な埋蔵量(確認可採埋蔵量)を、年間使用量で割ると、あと何年使用可能か(可採年数)が計算できます。単純な割り算をするだけです。
 ただし、この可採年数には、「現状では」という但し書きをつけなければなりません。それは、総埋蔵量も確認可採埋蔵量も変動するからです。
 変動の理由は、いくつかの要因があります。科学技術と経済の要因があります。探鉱技術の進歩によって、新しい鉱床の発見があれば、埋蔵量は増えます。また、採掘技術の向上によっても、今まで採掘できなかったところも採掘可能になることもあります。今までコスト高で採算がとれなかった品位や地域(輸送コストなど)の鉱床が、価格が上がれば、採掘可能となる経済原理に基づく要因があります。ですから、技術の進歩や経済状況が変化すれば、埋蔵量は変化するということが起こります。年間使用量も、経済状況や省エネの装置の導入が世界的に進めば変動します。
 以下に、「現状では」という但し書きつきでデータを示します。ウランも参考のために載せておきましょう。
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    年間使用量  確認可採埋蔵量 可採年数
石炭   51.3億トン   9845億トン   192
天然ガス 2.62兆m3   175.78兆m3    67.1
石油   280億バレル  11477億バレル  41
ウラン  5.40万トン    459万トン   85
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 いかがでしょうか。この数字をみると、危機感を覚えるのではないでしょうか。数字は、将来も変動するでしょう。でも、おおよその値として考えればいいわけです。一桁ずれることはないにしても、40年が、30年や80年になることはあるでしょう。早ければ私たちの代、遅くても子供や孫の世代には、エネルギー危機がくることは確実です。その危機を如何に回避するかがエネルギー問題の本質でしょう。
 危機感を煽るつもりはありませんし、ここで示した数字は、「現状どおり進めば」という但し書きつきです。本当に、石油がなくなってくれば、省エネの技術も進むでしょうし、石油が高くなれば個々の家庭で節約への心がけも強くなるでしょう。
 やがてくる、エネルギー危機を、私たちは子孫のために、どのように迎えればいいのでしょうか。その危機が多くの人に身近に迫っているのに、見て見ぬ振りをしているかのように、同じ生活が営まれています。皆で真剣に考えなければならない時期が差し迫っています。手遅れにならなければいいのですが。

・寒波・
昨日北海道は強い寒波に見舞われました。
昼間も氷点下の真冬日です。
今冬一番の冷え込みだそうです。
1月は暖かい日が多かったので、
一気に冷え込むと寒さもより強く感じます。
私は、朝6時前後に、自宅を出るのですが、
寒波が来ることを知らずに、昨日も出ました。
「今日はいつもになく、冷え込むな」
と思って歩いていました。
しかし、風はなかったので、
しばらく歩いていると体が温まってきて
いつものように大学にたどり着きました。
室内は暖房が効いているので
寒さを感じることはありませんが、
外に出ると凛とした寒さです。
そんな中、大学では定期試験が行われています。

・通信費・
皆さんの通信費は
月々どれくらいかかっているのでしょうか。
通信費といえば、
以前は電話代と少しの切手代くらいでした。
ところが現在では、
切手代はほとんどいらなくなりましたが、
一人に一台となるほどの携帯電話と、
インターネットの通信費などが
その主流を占めているのではないでしょうか。
以前にはなかった便利さを得たのですが、
その分、通信費がかかるようになりました。
我が家の通信費を見直してみると、
ほとんど通信費を
無駄に払っていることに気づきました。
なぜなら、我が家では
無料の家族間通信が大部分だからです。
それを見直して、一気に数千円も
安くなるような内容に変えることにしました。
先日、申し込んだのですが、
乗り換えの人も多く、
順番待ちの状態です。
でも、1月もすれば、我が家の通信費の負担が
だいぶ減ることになるでしょう。