2010年3月18日木曜日

3_84 水平か上下か:マントル2

 かつて、大地の営みは上下運動によって説明されていました。プレート・テクトニクスの登場によって、水平運動によって説明されるようになりました。プレートの運動は、地表で見ると水平運動に見えますが、マントルまで含めてながめると水平運動だけでなく、上下運動も含まれています。

 マントル最上部と地殻が、硬い岩石(リソスフェア)のプレートとして振舞います。プレートの下にあるマントルは、可塑性がある岩石からできているアセノスフェアと呼ばれています。アセノスフェアの上を、プレートがスムースに動くことができるます。リソスフェアとアセノスフェアによるプレートの動きが、プレート・テクトニクスとして体系されて、地球の表層における大地の営みの原理だと考えられています。
 プレート・テクトニクスは、地向斜とよばれるテクトニクスのアンチ・テーゼとして、1960年代後半に登場してきました。テクトニクスとは、大地の営み(運動)の仕組みのことで、運動論とも呼ばれています。
 地向斜テクトニクスとは、大陸内で堆積物がたるような盆地(これが狭義の地向斜のことです)の沈降運動から始まります。地向斜が堆積物がたまってくると、その重さで地向斜はますます沈降します。堆積物が厚くなってくると、地向斜の深部が高温高圧になり火成作用や変成作用がおこします。マグマの活動で、地向斜は上昇運動へと転換します。この上昇運動が山脈を形成していきます。このような山を形成する運動を造山運動と呼びます。地向斜形成に端を発し、造山運動にいたる運動論を、地向斜テクトニクスと呼びます。
 一方、プレート・テクトニクスは、地表では、プレートが水平運動するという考えで、大地の営みを説明することになります。プレート同士の衝突で造山運動を説明することになります。厚い堆積物は、沈み込み帯における付加体で説明されます。プレート・テクトニクスの提唱当初は、地向斜テクトニクスと論争が起こり、水平運動と垂直運動の対立ともいわれました。
 地向斜テクトニクスに対して、新しくプレート・テクトニクスが提唱されるに当たり、いくつかの理由がありました。
 ひとつは、地向斜テクトニクスでは説明できない現象があったことです。たとえば、上下運動の原動力の問題です。地向斜の下降運動や花崗岩の上昇運動の原動力を、浮力(もしくはアイソスタシー)で説明しようすると、どちらかの運動で矛盾をきたします。
 もうひとつは、新しい証拠として、海底探査によって得られたデータありました。海嶺やトランスフォーム断層などの海底固有の地形が発見されたり、海底の古地磁気の探査によって海嶺に対して対称な縞模様が発見されたりしました。
 地向斜かプレートかで、当初いろいろ論争があったのですが、上述のような理由に加えて、超長基線電波干渉計(VLBI:Very Long Baseline Interferometer)と呼ばれシステムで、年間数cmから十数cmという非常に小さいなプレートの動きが、測定できるようになりました。まさに、プレートの水平運動が実測されたのです。
 これらの証拠や根拠によって、プレート・テクトニクスは、その地位を不動のものにしました。
 プレート・テクトニクスの原動力は、地球内部の熱が外に出ようとする、対流という単純な原理に基づいています。プレートの動きは、地球表層では、水平運動にみえますが、地球全体を通してみると、マントル物質の対流による上下運動が不可欠なものになります。ですから、マントル深部まで考えると、プレート・テクトニクスは、マントル物質の上下と水平の両方の成分を持った運動ということになります。
 ところが、肝心のマントル対流は、なかなか見ることができませんでした。地震波を用いた地震波トモグラフィーと呼ばれる手法ができて、やっと対流の証拠となるようなものが見えるようになってきました。それは次回としましょう。

・旅立ちの季節・
いよいよ3月も半ばが過ぎて
卒業のシーズンとなりました。
今日は長男の卒業式ですが
私は所用で出席できません。
明日は、大学の卒業式です。
それには、校務ですから出席しなければなりません。
その後の、謝恩会が2つも連続でありますが、
いずれも出席することになります。
3月は旅立ちの季節です。
皆さんの周りでは、
旅立ちがあるのでしょうか。

・年度末・
今週末から、京都への帰省をします。
途中大阪に立ち寄ります。
そして、3月最後の週は、
引越しがあり、どたばたになりそうです。
3月下旬の帰省とどたばたのために
原稿を書きだめておかなければなりません。
また、研究費の申請も取り急ぎすることになりました。
まあ、いつものごとくあわただしい年度末になりそうです。