2006年5月18日木曜日

4_70 納沙布岬の輝石砂:道東の旅2

 道東の旅の2回目は、納沙布岬の話です。納沙布岬で見られる岩石を観察することが、今回の2つ目の目的でもありました。しかし、天気だけはままならず、2つの目的地とも雨にたたられての調査となりました。

 北海道の東には、2つの半島があります。北側に知床半島、南側に根室半島です。知床半島には先端に知床岬があり、根室半島には納沙布(のさっぷ)岬があります。この納沙布岬が、今回の調査の目的地のひとつでもありました。
 知床半島は世界遺産に選ばれて、多くの観光客を集めています。納沙布岬も観光地でもあり、北方四島返還の最前線としても、「北方館」や「平和の塔」などがあり、観光客を集めています。納沙布岬から見ると、歯舞諸島の水晶島はすぐ近くに見えます。北方四島が身近に思えてきます。
 私が、納沙布岬を訪れたときは、小雨が降り、霧が出ているような天気でした。そのせいかゴールデンウィークの中の休日だというのに、思ったほど観光客は来ていませんでした。雨の小降りのときを見計らって、一箇所だけ、岬の浜に降りて、石と砂を見ることができました。
 知床半島は、現活動中の活火山がある火山列ですが、根室半島はもっと前に活動した火山活動です。前回紹介したように、根室半島では、「車石」と呼ばれるような枕状溶岩を形成するようなマグマの活動が、海底でありました。根室半島は、白亜紀後期から古第三紀まで、海底で地層がたまっているところでした。そのような堆積中の地層の中にマグマが活動していった場所です。
 納沙布岬には、大きなマグマの塊が、地層中に入り込み(貫入といいます)、ゆっくりと固まったものが見られます。厚さ150mもある大きな火成岩となっています。
 火成岩の層は、冷えるときに成分を変化しながら固まりました。もともとは車石と同じアルカリ玄武岩のマグマです。マグマの大きな塊がゆっくりと冷えて、結晶を形成し集まって岩石となっていきました。結晶が集まると、残ったマグマは集まった結晶の分だけ、成分が変化していきます。このようなマグマの組成の変化(分化といいます)が、冷却に伴って起こりました。そして、マグマ全体は、組成が変化しながら岩石の層を形成していきます。そのような火成岩を層状分化岩体と呼んでいます。
 層状分化岩体は、地層に接した上下から冷えていきます。上下は、アルカリ玄武岩が固まった粗粒玄武岩で、内側に向かって重力の影響をうけながら結晶は移動して、モンゾニ岩から閃長岩へとなり、黒っぽい岩石から白っぽい岩石へと変化していきます。層状分化岩体は、地下深部で固まるマグマの過程を、地表で見ることができる非常に貴重なものです。
 アルカリ玄武岩のマグマの活動できた層状分化岩体は、根室半島では8ヶ所知られています。しかし、同じマグマの活動は、根室半島より先の歯舞諸島にも連続しているのです。マグマの活動には国境などありません。
 納沙布岬では、層状分化岩体が海岸で観察することができます。さらに、火成岩の主要構成鉱物である輝石や磁鉄鉱などが、波の浸食や風化で海岸の砂にたくさん混じっています。そして、さらに波に作用で、比重の違う暗い緑色の輝石の砂や黒い砂が、白っぽい砂とは区別されている浜があります。それは自然の妙でした。

・霧の岬・
私が納沙布岬を訪れたのは、2回目でした。
最初に訪れたのは、7年ほど前の秋のことでした。
そのときも寒く霧が出ていました。
いずれも冷たく、暗い天気だったので、
どうしても納沙布岬は暗い印象が残っています。
天気いい日に行けば、印象は違ったのでしょうが、
根室半島は冷たく、霧のかかったところの印象が強かったです。
層状分化岩体とじっくり見たかったのですが、
天気に恵まれず、海岸も一箇所しか降りれなくって、
十分な調査ができませんでした。
機会があれば、天気のいい日に、
じっくりと海岸沿いを巡りたいものです。

・土産物屋・
雨や霧のときには、野外調査はつらいものです。
野外調査だけでなく、観光旅行でもそうでしょう。
雨が降っていれば、外に出て見て回るのが億劫になります。
しかし、チャンスを考えると何度もこれないところなので、
私は、雨でも景色や石の写真が撮れないかと
外をうろうろしています。
観光地では、家内は、もっぱら土産物屋さんをうろうろしています。
実は前回もそうでした。
ですから、家内は、納沙布岬では、
土産物屋さんが一番記憶に残ったところではないでしょうか。
実は、別に霧や雨でなくても、家内にとっては、
土産物屋さんが重要なチェックポイントのようです。
まあ旅行ですから、思い出は、
それぞれの人がそれぞれにやり方で残すものです。
それをとやかく言うつもりはありません。
しかし、私の気づかない間に、どんなに短時間でも、
土産を買っていくテクニックは見上げたものです。

2006年5月11日木曜日

4_69 車石と節理:道東の旅1

 5月3日から7日までの休日を利用して、北海道の東部を調査してきました。その調査の話をしましょう。

 例年では、札幌はゴールデンウィークには桜前線の通過するころです。春の花々が咲きはじめる時期になります。しかし、今年の北海道の春は遅く、雪解けも、桜の開花も、農作業も遅れています。さらに寒い道東では、春はまだ浅く、世界遺産で観光客を集めている知床も、峠が雪のためゴールデンウィーク中は通行できませんでした。それ以外の主な幹線道路の路面には雪はなく、ノーマルタイヤでの通行が可能でした。しかし、朝夕の冷え込んだときには、凍結注意です。
 さて、そんな道東の旅で、今回特に見たかったところが、2ヶ所ありました。いずれも以前一度は訪れているところなのですが、再度じっくりと見ておきたいところでした。そのひとつは、今回紹介する根室にある巨大な車石というものです。
 根室市街の南ににある花崎港の海岸に、「根室車石」と呼ばれる国指定の天然記念物があります。ここは、納沙布岬へ行く道からは少しはずれ、観光地としては孤立しているので、人が訪れにくいところです。特に私がいった日は、霧と雨の降る肌寒い天気でしたので、さらに訪れる人が少なかったのかもしれません。しかし、私にとっては、2度目の訪問ですが、なかなか楽しいものとなりました。
 駐車場から灯台の脇の道を歩いていきます。この灯台は明かりだけでなく、霧笛をならします。根室地方は霧の出やすいところですから、霧笛が必要となります。私が訪れたときも、霧がでていましたので、霧笛が大きな音で鳴らされていました。その音は、耳が痛くなるほどです。
 そんな霧笛を聞きながら、階段を下りて海岸につくと、そこには異様な景観があります。黒いごつごつとした岩場があります。なかでも目を引くのは、ひときわ大きな丸い石です。この丸い巨大な石が車石と呼ばれるもののひとつです。
 見慣れてくると、その周辺にも丸い石があちこにあることが分かります。車石というのは、直径1mから3mほどの丸い石のことで、大きなものでは、7.5mにも達します。丸い石が海岸沿いに広がっています。
 この石は、枕状溶岩と呼ばれるもので、マグマが海底や海底に溜まった地層の間に入り込み、急激に冷やされてできた形です。アルカリ成分をたくさん含む玄武岩質のマグマ(アルカリ・ドレライトという種類のマグマ)で、1000度以上の高温で海底に噴出しました。その時期には根室層群の中の浜中層とよばれる地層が海底に溜まっていました。白亜紀終わり頃の6500万年前にマグマの活動が起こりました。
 車石には、自転車のタイヤのスポークの位置に放射状の割れ目(節理と呼ばれます)が多数できています。ですから、丸さがより強調され、車の車軸のようにみえます。このような丸みと割れ目から、ここの石が車石と呼ばれているのです。
 そして、車石をつくった溶岩は、花崎港の海岸付近まで連続しています。観光客には多分そちらまで足は伸ばさないようなところです。もちろん私はそちらも見に行きました。
 すると、こちらでは、溶岩は大きな塊となり地層に入り込んでいるようです。その溶岩の割れ目は柱状(柱状節理)で、さらに垂直に立った柱を水平方向の小さな割れ目がたくさんできていました。このような割れ目を板状節理あるいは平行節理と呼んでいます。同じマグマの活動なのですが、どのような場所にマグマが噴出し、そのような冷え方をしたのかによって、その見かけが大いに変わっていきます。それも不思議なことですね。
 車石の付近では、白亜紀の海底で起こった火山活動と、そこの溶岩が冷えるときにできたいろいろな節理を見ることもできるのです。

・一応順調・
今回の道東の調査の日程では、
一番みたいところを訪れる予定の5日が雨でした。
少々残念でしたが、仕方があません。
天気ばかりは、どうしようもありません。
しかし、道北の時の旅に比べて、
今回の道東の旅では、
同じ時期で、雪の多い寒い冬だったのですが
高い山に入らなかったし、
河川も深い山に源流をもたないので、
雪解けによる増水はそれほどではありませんでした。
ですから、川の調査もできました。
しかし、一応予定通りにコースを進むことができました。

・好き嫌い・
今回の調査も家族連れでした。
海岸沿いの調査でしたので、
海沿いの旅館やホテルなどに泊まりました。
すると、夕食には大抵、魚介類が豊富に出されます。
何度も、ホタテやカニが食べきれないほど出てきました。
残念ながら、我が家の長男は貝とカニ、エビが食べられないのです。
アレルギーではなく、単に嫌いで食べないのですが、
一口くらいは大丈夫なのですが、あとはもうだめです。
ですから、今回の旅行の食生活では、
長男にとってはなかなか大変なものだったようです。
最終日は十勝平野の池田のペンションに泊まりました。
牛肉とカニがメインの夕食で、長男はもちろんステーキを食べました。
聞くところによると市場価格で100g980円もするような
黒毛和牛の肉を使っているようです。
我が家では、安い肉やオージービーフをもっぱら食べていますので、
このような高級な肉はめったにお目にかかれません。
長男は、それがとろけるように軟らかく
非常においしかったらしく、いたく満足してしていました。
好き嫌いがあると旅の楽しみも半減してしまいますね。

2006年5月4日木曜日

6_43 気象と人への影響

 日々の天気は、人に影響を与えます。そんな影響を間違った方向に増幅されると困ったことになります。メディアによる「異常気象」というセンセーショナルなタイトルには、そんな増幅効果が含まれているかもしれません。

 今年の冬は、各地で豪雪がニュースになりました。昨年の冬は、北海道の豪雪がニュースでした。台風の多数の上陸とその被害もありました。このような例年にない気象現象が起こると、異常気象として扱われることがあります。さらに、異常気象と、世界的な話題になっている地球温暖化や地球環境問題と連動させて考えてしまわないでしょうか。科学的根拠があることならいいのですが、どうも感覚的に話題にされていること多いようです。
 そもそも、本当に例年にない異常気象なのでしょうか。
 まず、気象現象は、一定ではなく変動しています。繰り返しの変動もありますし、長期的変動もあるでしょう。その変動のメカニズム、特に長期変動のメカニズムはよく分かっていません。ですから、何をもって異常というのかは、難しいところのはずです。
 また、異常気象とは、めったに起きない気象のことをいうはずです。めったにない気象とは、観測史上例を見ない現象、あるいは観測史上、1、2ほどしかなかったような現象をいうはずです。
 繰り返しているようにみえる気象でも、細かく見る、日々、年々、変動があります。その変動は時に大きなことがあります。めったにないことは、そんなに回数は起きないでしょう。観測史上初めてのことは、それこそ100年に一度しかないような現象でしょう。
 確率として考えれば、確率の非常に小さいものは、めったに起きないし、確率の小さいのものは時々しか起きません。そんな条件を考慮すれば、私たちは、気象のあらゆる状態を観測してきたとはいい難いはずです。気象観測されてきたほんの100年や200年ほどの歴史と比べても、まだまだ大きな変動が起こる可能性があります。
 このようなことは、深く考えなくとも誰でも、わかるはずです。しかし、「ついつい」異常気象だと思ってしまいます。そのような、「ついつい」を本当らしくしてしまうのは、権威あるものからの情報です。特にメディアは、情報に関しては、その権威を象徴ともいうべきものではないでしょうか。
 マスメディアは、「異常気象」のように「感じる」あるいは「思える」ものは、ついついセンセーショナルな見出しや書き方で、読者の注目を集めようとします。
 マスメディアとしての倫理や良識とうい責務と共に、やはり販売部数や視聴率など、企業としての存続、営利も重要な達成目標となります。この公共性(情報伝達)と営利という立場が、衝突しなければ問題はありません。しかし、もし衝突したとき、どちらが優先するでしょうか。公共性が優先している場合ばかりではないようです。
 あるいは、通常の情報収集活動で、他社に負けないために、少なくとも他者が扱う情報は、入手しておく必要があります。どこかがスクープをすれば、それを上回る情報を得て報道しなければ、他社に追いつけません。そんな競争も、切磋琢磨のうちならいいのですが、速報性だけ、センセーションだけを追求して、情報の信憑性、確実さを十分検討せずに、報道されることがないでしょうか。
 権威を持ったものが不確実な情報を流すと、大衆は簡単に意識をコントロールされてしまいます。そんな例はいろいろあります。松本サリン事件(情報源は警察)、モリエモンも寵児扱い(情報源はメディア)、民主党の偽メール事件(情報源は政治家)などなど、最近の話題だけでも実例が色々あります。
 ですから大衆も賢くなければならないのですが、いうのは簡単ですが、なかなか困難です。日常生活をするときは、多くの人(科学者や知識人、政治家でも)は、大衆となります。大衆でいるとき、異常気象の例を出したように、感覚的に判断してしまいがちです。その感覚に合う情報が、しかるべきところから出てくれば、簡単に権威のコントロールを受けてしまいます。
 科学者、政治家、メディア、公官庁は、情報を発信するときは、その届き方にも注意しておく必要があるのかもしれません。そして、間違った伝わり方をしたら、訂正することも発信者としても責任かもしれません。難しいことですが、権威になる可能性のある立場の人は注意が必要ですね。

・道東調査・
ゴールデンウィークに皆さんはどちらかへお出かけでしょうか。
私は、現在、北海道の東部を調査しています。
今年のゴールデンウィークは5連休となりましたので、
私にとっては4泊5日の野外調査旅行ですが、
家族旅行も兼ねています。
しかし、道東は遠く、行くの1日、帰るのに1日かかります。
ですから、実質の調査期間は3日しかありません。
天候に恵まれなければ、調査ができません。
この時期、北海道は比較的安定してるはずなのですが、
今年はなかなか「異常気象」のようで、安定するかどうかはわかりません。
それに、今年の冬は積雪も多かったので、
残雪もありそうです。
多分河川は増水していて川原の調査は大変かもしれません。
こればかりは、どうしようもありません。
ただ行くのみです。

・人が感じること・
野外調査の時は、直接天候に左右されます。
しかし、デスクワークや室内での授業をしている時でも
私には、自宅から職場までの間を徒歩か自転車かでいきます。
その選択が変わります。
授業への学生の出席率などにも影響を受けます。
そんな影響は、農業や漁業に従事する人と比べれば、
ささやかな影響かもしれません。
一見たいしたことのない影響のようですが、
心理的変動として、多くの人に共通の影響を与えます。
春のこの時期だと、雨だと心もうっとうしく、
晴れだとなんだかうきうきします。
多かれ少なかれ、天候は人に影響を与えます。
そんな気候が、平年と違うと、その変化が多くの人に影響を与えます。
それが、上で述べた「人が感じること」というものに現れるのでしょう。
感覚は大切ですが、それ以上に理性との連動も大切ですね。

2006年4月27日木曜日

4_68 登別:活火山であることを忘れずに

 3月下旬の春休みを利用して、登別に出かけました。登別は火山で、現在も活発な噴気が温泉湧出が起こっています。そんな登別の話です。

 登別のある噴火湾は沿岸は、北海道でも暖かいところで、雪もあまり降りません。私は、以前クッタラ湖には行ったことがありましたが、調査をしていませんでした。噴煙を上げている地獄谷があったのですが、横目で見ただけで、通り過ぎてしまいました。今回の目的は、登別の火山をよく見ることでした。
 3月の下旬は、雪の少ない年なら、クッタラ湖までいけたのかもしれませんが、今年は雪が多く、ダメでした。上り口の道路を行ってみたのですが、通行止めで柵がしてありました。しかし、登別の観光地である地獄谷は、一部積雪がありましたが、運動靴でも回ることできました。
 地獄谷には、自噴する各種の温泉があります。温泉ごとに溶けている化学成分が違うため、流れる温泉の沈積物が変わっていき、色の違う川底となり、不思議な色の流れとなっていました。
 地獄谷の中には木道があり、観光客はその木道沿いに歩いていきます。木道の行き止まりには、間欠泉があります。間欠泉とは、温泉が時間をおいて噴出すす現象です。温泉が直径1mほどの池から湧いているのですが、その池の縁が少し盛り上がっています。普段はその縁を温泉はあふれることはないのですが、ある時間になると温泉が湧き出しあふれていきます。あまり激しい噴出ではないので、木道の周りの木枠から間近に覗くことができます。
 しかし、訪れたときは寒い日で、温泉の湯気がすごくカメラやメガネが曇ってよく見えなくなりました。一段の間欠泉の迫力がありました。温泉の池の中には、沈殿物の結晶がきれいに並んでいるのが印象的でした。
 地獄谷からひと尾根越えたところに、大湯沼と奥の湯というやはり温泉の池があります。尾根道には雪があったのですが、踏み跡があったので、行くことにしました。高台から眺めるところがあったので、そこから大湯沼を見たのですが、大きな池から湯気があがるので、なかなか迫力がありました。また大湯沼の背後にそびえる日和山(377m)の山頂からは、水蒸気の噴気が上がっています。
 この登別の火山で、一番最近の噴火活動は、約200年前以降の噴火であることがわかっています。現在30ヶ所以上の温泉の湧き出し口(源泉)がありますが、その活動の名残となります。最新の火山噴火は、かつては火口が1つだと考えられていたのですが、2006年4月24日の北海道新聞によりますと、室蘭工業大学の後藤芳彦さんたちが、昨年から登別市の防災マップをつくるために調査したところ、火口は7ヶ所以上のある大規模な噴火であったことがわかりました。
 日本では火山が観光地になります。噴気も間欠泉も、熱水の涌く泉も、噴気たちの殺伐とした景観は、奇異で珍しいため観光の目玉となります。しかし、火山の登別の周辺の火山活動は、デイサイト質から流紋岩質のマグマの活動によるものです。このようなマグマは、激しい噴火を起こる危険性があります。クッタラ湖は丸形の池ですが、これは火山活動でできたカルデラに水が溜まったものです。日和山は現在も水蒸気の噴火を上げていますが、溶岩が上昇してできた溶岩円頂丘です。
 登別の火山は、どれくらいの頻度で噴火がおこるかは詳しくわかっていません。しかし登別は、現在活動中の活火山であることを、忘れてはいけません。

・遠い接点・
新聞に登場した室蘭工業大学の後藤さんは、私の後輩です。
大学の時の指導教官が一緒でしたから、
同じ研究室にいて、よく知っている間柄でした。
彼は大学院の途中で就職が決まったので、
長い付き合いではありませんでしたが、
山岳部の彼は、卒業論文で知床半島の火山を研究していました。
険しい地域の野外調査をこなし、
研究成果を挙げていた彼の才能は、多くの人が気づくところでした。
大学を離れてからは、彼と私は専門が違っていたので
まったく顔を合わす機会はありませんでした。
彼が所属していたのは火山学会、
私は地球化学学会や地質学学会、あるいは地学教育学会でした。
学会で会う機会もありませんでした。
そして彼も私の職場を転々としてったので、
地理的にも離れていました。
彼は今、登別の近くの室蘭の大学で、私は江別です。
近いようですが、なかなか接点はありません。
現在も、まだ会っていません。
しかし、顔見知りの人だと、その研究成果も
ついつい馴染みあるように感じてしまいます。
でも、現在では、その専門もだいぶ離れてきました。
ますます、接点は遠のくようですね。

・マリンパーク・
春休みでしたの登別へは家族で出かけました。
私は登別の火山を見ることが目的でした。
家族は、温泉に入り、登別マリンパークを見学することを
楽しみにしていました。
マリンパークでは、事前の申し込みで、
アシカとイルカの裏方を見学させてもらえることになっていました。
1日限定5名のツアーでしたが、
運良く家族4名で参加することができました。
子どもは大喜びで、いろいろ事前に調べて質問していました。
裏方を見て、もう一度イルカショウをみると、
その芸をするまでの苦労やかかった時間を感じてしまいます。
そして、さっき上げてもらったステージで
案内し下さった人がショーをしているのを見るのは
なかなか感慨深いものでした。
帰ってからも、そのときの絵を描いて、
し忘れていた質問も一緒に書いて送ったら、
担当の人から丁寧な回答がありました。
子ども限定のツアーで保護者として参加したのですが、
大人も楽しめるものでした。
感謝しています。ありがとうこざいました。

2006年4月20日木曜日

2_47 生物の分類6:分類から進化へ

 生物の分類のシリーズが、今回で終わりです。当初3回ほどの予定をしていたのですが、6回にもなってしまいました。まだ述べ足りない気もしますが・・・。最後は、分類から進化の解明への道をみていきましょう。

 現在、生物の分類では、前回紹介した分子系統学と、もう一つの主流である分岐分類学というものがあります。
 系統学とは、生物間の類縁関係から、進化の道筋を探ろうとする学問です。その主流が生体分子を利用した分子系統学です。分析した分子を比較し、統計処理したものを分かりやすく示したものが、系統樹とよばれるものです。
 もう一つの主流である分岐分類学とは、生物の種は、ひとつの祖先からの分かれたものだとみなして、進化の過程をおいかけるものです。そのために類縁関係を積極的に類推する考え方を用いています。
 分岐分類学で種を比べるときは、共通の特徴を見つけていきます。たくさんの特徴がありますから、どの特徴に注目するかが問題です。そこに研究者ごとに違った主観が入ってはいけません。分岐分類学では、共通する特徴がどれくらい祖先まで遡れるかを目安にします。
 遠い祖先と共通する特徴(共有原始形質)と、祖先にはなく分岐した種だけが共通してもつ特徴(共有派生形質)を見分けていきます。そして、共有派生形質から、分かれた(分岐した)時期を考えていくのが手法となります。
 共有派生形質を持つものは、近いグループになり、その共有派生形質が誕生したときが、祖先から分かれた時となります。そのような作業を多くの種で繰りかえしていくと、枝わかれを図で示すことができます。この図を分岐図と呼んでいます。
 しかし、どれを共有派生形質に選択するかには、主観が入る余地があります。その主観を排除するために、多数の共有派生形質を求め、もっとも矛盾の少ない分岐図をコンピュータに描かせるという方法が取られています。これによって主観が入るという弱点をカバーしています。
 このシリーズで述べてきた生物の分類するために各種の方法を用いて、12カ国の200人におよぶ科学者たちが、5年間にわたる研究をして、1999年8月4日にその成果を発表しました。
 それは植物に関する研究でした。その結果は、植物は1つのグループ(界という分類)ではなく、3つに分けるべきだというものでした。植物は、緑色植物、赤色植物、褐色植物の3つに分けられるというもののです。
 そしてもうひとつ重要な成果がありました。それは、植物の陸上進出への歴史がわかってきたのです。
 以前は、海水に生息する単細胞の緑色植物が陸上へ進出したと考えられてきました。ところが、研究の結果、緑色植物は何度も地上に進出してきたのですが、最終的に現在の地上植物の祖先となったのは、淡水で多細胞生物に進化し、4億5000万年以上前に、地上へとして進出してきたというものです。
 このシリーズでも示してきたように、生物の進化を探る方法は、いろいろ進歩してきました。もちろん、まだまだ進歩の余地もあるでしょう。しかし、生物の進化には、いまだに分からないことがたくさんあります。進化に関する科学は進んでいるので、生物の進化のプロセス(歴史)は着実に解明されていくことでしょう。もちろん、過去の生物の資料は化石に頼るしかありません。化石は気まぐれにしか出てきません。ですから、過去の記録は断片です。それでも、ジグソーパズルを解くように研究は着実に進んでいくことでしょう。

・分ける・
長く続いた生物の分類のシリーズも、今回で終わりです。
もの(ここでは生物)を分けるということは、
人は当たり前のこととしてやってきました。
そして分けたものには名前をつけます。
これも当たり前のこととしてやっています。
分けるときには、似たものがあれば、同じか違うか、
違うにしても何が違い、似ているところはどこか
ということを考えていくはずです。
分けるとは、人に備わった生来的な能力なのかもしれません。
分類学とそこで分けられたものは、そんな能力の結晶ともいえます。
しかし、対象物のによって、その分け方はの流儀は違います。
流儀は違っても分ける方法のよしあしは、
だれでも、いつでも、どこでやっても、同じ分け方になることです。
そんなものを目指して、日夜、人は分け続けているのです。

・フキノトウ・
私の住む町では、雪はほとんど融けました。
もちろん軒下や除雪によってできた雪山は、
まだ雪が残っていますが、道路、畑などはあらかた融けました。
雪が融けるとすぐに、フキノトウが芽吹きます。
その成長スピードは早く、
一日で葉の影から全身が見えるほど伸びます。
最初のかわいいのですが、畑の畦一面に生えていき、
最終的には人の背丈を越える大きさまでに成長します。
そこまで大きくなると、恐ろしさを感じるほどです。
でも、まだかわいいものですし、
春を告げるかのような淡い緑は目に新鮮です。
こんな時、春という季節のありがたさを感じています。

2006年4月13日木曜日

2_46 生物の分類5:分子による分類

 生物の分類に生物を定量的に計測するという思想とが進化という考えが導入されるようになりました。そんな状況をみていきましょう。

 生物の種類を分けるのに、リンネはその種に特徴的な形や他の種と区別しやすい特徴(形質といいます)を選んで分類しました。このような分類方法は人為分類と呼ばれていました。
 人為分類では、選ぶ形質に決まりはなく、研究者が任意に選んでいました。人為分類は、研究者(人間)の都合によって選んだ特徴によるものであって、生物が持っている本来の特徴によるとは限りません。かつては、植物分類するとき、大きく木(木本といいます)か草かという、分け方がありました。木か草かは、人間にとっては見分けやすい特徴でありましたが、植物の本質にかかわる特徴ではありません。
 人為分類は、形質を選ぶ人によって、分類の体系が変わっていきます。ですから、あまり普遍性がありません。そこで、より生物の本質に基づいた自然な分類として、系統分類が必要となってきました。
 系統分類とは、生物が進化してきた道筋にしたがって分けていく方法です。現在の生物学の分類は、この自然分類を目指しています。しかし、まだ完全はありません。なぜなら、系統分類を完成させるには、すべての生物の進化が明らかにならなければなりません。私たちが解明した生物の進化は、ほんの少しです。まだまだ分からないことが多く、系統分類は推定の域を出ません。
 系統分類は、人為分類の主観性という欠点を補っているなずなのですが、研究者によって分類内容は変わってきます。人によって分類内容は変わるという点では、人為分類と変わらないのですが、進化に基づくという考え方は進歩しています。分類の目指すべき目標が生物の進化過程の解明ということも明確になってきました。
 系統分類には、大きく2つの方法があります。数量分類学と分岐分類学と呼ばれるものです。
 一つ目の数量分類学は、人為分類の欠点をなくすために、可能な限り多くの形質を調べて、統計的に類似性を定量化する方法です。コンピューターの発展に伴って、定量化の精度は上がってきています。
 数量分類学から派生して、現在では、分類において非常の重要な研究分野となっている分子系統学があります。
 分子系統学とは、生物の細胞をつくっている分子(生体分子といいます)から、類縁関係を推定する方法です。分子系統学の特徴は、目で見た形質ではなく、生体分子の配列の分析を用いて、非常に客観性、定量性をもった方法であります。
 生体分子には、DNA(デオキシリボ核酸)、RNA(リボ核酸)およびタンパク質などがあります。DNAはミトコンドリアの中にあるアミノ酸配列がよく使われています。タンパク質としては、チトクローム、ヘモグロビン、フィブリノペプチドなどのアミノ酸配列が使われます。
 分子系統学は、生体分子が一定の速度で変化してきたという考え方に基づいています。生体分子の違いが小さければ近い仲間で、違いが大きければ遠いものとされています。
 このような考えかたをつきつめていくと、生物は一つの共通の祖先から誕生してきたことになります。そのような最初の生物を、コモノートと呼んでいます。分子系統学は、コモノートからすべての生物は枝わかれしてきたとする進化の考えかたを前提としています。
 分子系統学にも欠点があります。それは、もちいる生体分子の種類によって、系統関係が違ってくることがあります。正確を期するためには、生体分子も1種類だけでなく、できるだけ多くの種類で比較することが重要になります。そして、それらの比較したものをいろいろな統計的方法で近縁関係を調べていかなくてはありません。
 もうひとつの分岐分類については、次回としましょう。

・新入生・
いよいよ大学の講義が今週からはじまりました。
新しい学科での専門科目の講義も始まります。
新学科なので、新入生の1年生だけです。
みんな、まじめに講義を受けています。
真剣に取り組んでいるのが、ひしひしと伝わります。
高校生でもない、まだ大学生らしくなく、
ちょうど過渡期のような状態です。
これから、大学という新しい環境で、
彼らは日々変化していき、大学生になっていくことでしょう。
いい変化、悪い変化、いろいろな変化が起こるでしょう。
変化の良い悪いは、外部の人間が判断すべきことではないでしょう。
自分で判断べきでしょう。
自分自信の判断も、その時でなく、後に判断することも多いでしょう。
あのときこうしておけばよかったということだけは、
できれば避けたいですね。
後悔先に立たずです。
こんなことを考えるのも、やはり新入生が入ってきたからでしょうか。

・水泳教室・
我が家の2人の子どもたちが、新しいことをはじめました。
水泳教室に通うようになりました。
昨年の夏に短期間、水泳教室に通いました。
そして夏の間、開放されていた小学校のプールに
毎日のように通い、水泳が好きなったようです。
今年の春休みにも4日間、水泳教室に通ったのですが、
次男が水泳を習いというので、週2回通うことになりました。
長男も次男に泳ぎで負けるのは嫌なようで、
週1回ですが通うことになりました。
先週からはじまったのですが、
冬の間の運動不足のためでしょう、
帰ってくるとかなり疲れているようです。
しかし、子どもは回復が早いので翌日にはけろっとしてます。
北海道で温水プールというのも、あまり地球に優しくないのですが、
子どもにとっては、北海道の野外で泳ぐ機会は非常に少なくなります。
しかし、どこかに出かけたとき、泳げる方が楽しいに決まっています。
それに、泳げないことで嫌な思いをするより、
泳げることで楽しい思いをするほうがいいと思っています。
好奇心をもっていろいろ経験をしてみて、
そこから自分の好きなこと嫌いなことを
判別していけばいいと思っています。
経験してみないことには、好きか嫌いかも分かりません。
そんな経験がたくさんあったほうが、
いろいろなことに対して、自分なりの判断ができるのでしょう。
まあ、いろいろいってはみても、親ばかなのでしょうね。

2006年4月6日木曜日

2_45 生物の分類4:分類の基本

 分類についての話が続いています。今回は、種の名前の付け方についてみていきます。

 生物の分類は、種(しゅ)が最小の単位、基準になっています。種には、地域、国ごとに違った名前が付けられています。日本では和名(正式には標準和名と呼ばれる)も付けられているものもありますが、これは日本独自の呼び方となりますす。
 その種の名前のつけ方(命名といいます)が、研究者によってばらばらだと、混乱を招きます。また、一つの種について、国や地域ごとに違った名前がつけられると、種の比較をすることができません。ですから、世界で統一された命名の方法が必要となります。現在は、命名規約として、国際的に統一されたものが定められています。命名規約に基づいて決められた世界共通の種の名称を、学名と呼んでいます。
 学名は、種の名称と、種より上の分類基準である属の名称をあわせて付けることになっています。順番は属名の次に種名(正式には種小名と呼ばれます)となります。正式には、その後に命名者の氏名と記載した論文の出版年が付けられます。ただし、分類学以外の論文では、命名者や年号などは省略してもいいことになっています。さらに、学名は、ラテン語で表記することになっています。
 このような2つの分類名を用いて名前を付ける方法は、「二命名法」と呼ばれ、スウェーデンの博物学者リンネ(カール・フォン・リンネ、1702年~1778年)が、1758年に「自然の体系(Systema Naturae)」という著書で提唱したものです。その方法が、現在も使われています。
 リンネは、当時知られていた動物と植物について整理して、分類表を完成させました。リンネは、属と種の名称をあわせて用いること、ラテン語を用いることの他にも、重要なことを定めました。それは、分類の階層構造です。種、属の上に、目、綱という分類の階層を設けました。現在では、分類の階層は、下位から、種、属、科、目、綱、門、界の7つとなり、より詳しいものになっています。
 これらの分類の階層の中で、同じところに属するものは、同じ祖先から進化してきたものと考えられています(単系統と呼ばれる考え方)。ただし、このような進化に基づいた考え方は、リンネより後に付け加えられたものです。なぜなら、リンネが生きていたころには、まだ、進化という考えがなかったからです。ダーウィンが進化論を提唱した「種の起源」の出版は、リンネの「自然の体系」より100年後の1859年のことです。
 種を決めるのには、その種についての「記載論文」が報告されなければなりません。それが出版されてはじめて、種が認定されることになります。一度命名された種名は、分類が変更されない限り変更できません。もし、種名の発表時に誤植があっても、そのままの種名が使われることになります。ですから、この「記載論文」は、非常に重要なものとなります。
 さらに重要なのが、その「記載論文」に用いられた生物の標本(模式標本)です。それ以降の種の基準となるものですから、永久保存されることになっています。そして、似たものが同種なのか新種なのかは、模式標本をしらべて結論が出されことになります。
 しかし、人間のやることですから、間違いはあります。同じ種について、別の名前が付けられることがあります。たとえば、同じころに同じ生物の記載を、別々の研究者が発表したり、先人が記載していたのを知らずに新たに新種として記載してしまう、などのような場合が生じます。
 そんな時は、先に発表されたものが、優先されます。これは、先取権の原則と呼ばれています。先に記載されていても、誰も気づくことのなく、後発の学名が広く使われてしまった場合は、学会で審査を受け学名とされることがあります。古い誰も気づかなかった種名を遺失名と呼び、使えない学名はシノニム(同物異名)と呼ばれます。
 種は、現在も新しいものが次々と見つかっています。さすがに大型の哺乳類では、めったに新種は見つかりませんが、昆虫や海洋生物では、毎年、実にたくさんの新種が発見されます。私達の記載してきた種の数は、実は現在生きている生物のほんの一部に過ぎないという見方もあります。まして過去に生きていた生物(古生物)の種の数ともなると、ますます知っている比率は少なくなることは、簡単に予想できます。まあ、どれだけの過去に生物がいて、今どれだけ生物がいるかもわからないのですから、比率を考えること自体が、無駄なことなのかもしれませんが。
 私達が自然について知っていることは、すべてでないこと、いやほんの一部であることを、心しておく必要があるようです。

・L・
二命名法は、実はリンネより200年前に
ボーアン兄弟によって最初に用いられたことが
現在ではわかっています。
しかし、リンネが二命名法を普及させたため、
リンネの業績と考えられています。
学名には記載者の名前がつけられるのですが、
正式な氏名を記さなければなりません。
しかし、記載者でL.と略称で書ける人が一人だけいます。
それはリンネで、L.はCarl von LinneのLなのです。
ただし、種名として、リンネの記載が、
現在も生き残っている場合だけですが。

・進化の考え・
リンネの分類の研究は、最初は植物からはじまり、
動物へと広がっていきました。
リンネは人間を分類学上に組み入れました。
人間は、属名をホモ、種名をホモ・サピエンスと命名されます。
ホモとは人という意味で、ホモ・サピエンスは賢明な人という意味です。
やがてその分類は、鉱物にまで広がりました。
鉱物は、現在ではまったく違った概念で分類されています。
しかし、リンネの時代には、進化という考えはなかったのです。
リンネは、自然界を構成するものを細分していき、
たどり着いた要素に、分類を適用していったのかもしれません。

・新学期・
いよいよわが大学でも、入学式が先日終わりました。
わが校の卒業生であるカーリングの小野寺歩さんがゲストで呼ばれました。
昨年は日本ハムファイターズのヒルマン監督でした。
いずれも夢を持ち、追い続けることの重要性を話されていました。
私も同感であります。
今週は在学生と新入生に対してのガイダンスがあります。
週末には、1泊2日の合宿オリエンテーションがおこなわれます。
あわただしい一週間の後の来週の月曜日からは、
いよいよ新しい学期の講義がはじまります。
私は、新学科で、はじめての講義となります。
準備がなかなか大変ですが、がんばっていくしかありません。