2017年9月14日木曜日

5_150 光子顕微鏡 3:光子の観測

 小さいものを見る各種の顕微鏡について、これまで概観してきました。今回は、最新の「光子顕微鏡」という装置の紹介します。その原理とは、どのようなものでしょうか。

 さて、いよいよ「光子」顕微鏡の紹介です。「光学」顕微鏡と、言葉は似ていますが、「光子」と「光学」の違いがあります。光子顕微鏡とは、名称通り、光子を見る顕微鏡です。
 光学顕微鏡では、光を物質にあてて、その反射や透過した光をみていました。ですから、可視光の光であれば、色を観察することできました。ただ、小さな部分になれば、届く光の量が限られており、光が微弱になり、検出できなくなります。光量が少なくなると、色どころか、光の有無すらもわからなくなることもあるでしょう。それは検出限界で、「見えない」ということになります。
 電子顕微鏡では、電子でみていたので、凹凸やもの(原子など)の存在の有無を、ただ示すことになります。電子は可視光の範囲の性質をもっていないため、色はありません。色でみるためには、可視光で光学顕微鏡で見なければなりません。
 光学顕微鏡には小さい部分が限界がありみれない、電子顕微鏡では色の性質はわからないということが、両者の弱点でもありました。
 ところで、光には、粒子としての性質と、波としての性質の両面があることがわかっています。光子は、素粒子のひとつです。光子の検出だけであれば、有無の判定だけで、1個、2個と数えたり、有無を見ることできます。でもそれで電子顕微鏡の時同じで、色は見えません。
 観測時に、もし光子のエネルギーも測定できれば、光の別の性質を知ることができます。
 エネルギーと振動数の関係は、アインシュタインの光量子説でわかっています。アインシュタインは、
  E=hν (E:エネルギー、h:プランク定数、v:振動数)
という関係を示しました。また、振動数と波長の関係は、
  c=λν (c:光速、λ:波長)
と、わかっています。以上の関係から、
  λ=c・h/E
という式が導き出せます。ですから、光子1個であっても、そのエネルギーが測定できれば、波長を求めることができることになります。光子の波長がわかれば、それから色として示すことができます。光子顕微鏡は、この原理を利用しています。
 光子顕微鏡は、2017年4月4日に、Scientific Reportsで報告されたもので、
Few-photon color imaging using energy-dispersive superconducting transition-edge sensor spectrometry
(エネルギー分散型超伝導光センサー分析装置を用いた2、3光子によるカラー画像)
とタイトルでした。産業技術総合研究所の丹羽一樹さんたちの共同研究の成果です。
 ニュースによると、光子をひとつずつ観測することができるとのことです。ひとつの光子のエネルギーも同時に測定して、波長を知ることができるというのです。まだ開発途上のようですが、将来性を感じる装置です。
 研究グループでは、超伝導光センサーの開発を進めてきて、光子を1個を検出し、その波長を識別する光センサーをつくっていました。それを小さいものをみると「光子顕微鏡」として応用したものでした。ひとつの技術を活用していくいい例ですね。

・応用・
新しい技術ができ、それをどう活かしていくかが応用です。
通常、新技術の開発と応用は
別々進められることも多いのですが、
今回は、開発と応用が並行して進められました。
日本人は、原理発見、新技術の開発より
応用が得意とされていたのですが、
今回は原理の開発と応用を並行して進んでいます。
このような技術は、益々、応用の範囲が
広がっていくようになるのではないでしょうか。
いろいろな場での利活用が期待されます。

・野外調査・
このメールマガジンが発行されている時、
私は、南紀に調査に出てている最中です。
予約発行を行いました。
いつも、この時期に私は野外調査をするので、
年々スケジュール調整が難しくなってきています。
でも私にとって野外調査はライクワークの一環ですので、
これなしには、研究も思索もすすみません。
また、野外調査をすれば、エッセイのネタにもなります。
あとどれくらいこのような調査が続けられるかは不明ですが、
地質学の先輩は同輩たちは、ままだまだ現役で歩いています。
私も無理せず、続けられればなあと思っています。

2017年9月7日木曜日

5_149 光子顕微鏡 2:微小を見る

 小さいものを見るには、光学顕微鏡では限界がありました。もっと小さなものを見るための方法は、どんなものがあるでしょうか。代表的装置の特徴と弱点を見ていきましょう。

 前回は、光学顕微鏡の理論的な限界を紹介しました。光学顕微鏡以外で、それより小さいものを見る方法はないのでしょうか。いくつかの方法が実用化されています。その代表的なものとして、電子顕微鏡があります。
 電子顕微鏡とは、光のかわりに電子をあてて見る方法です。電子を連続的に照射して(電子束とか電子銃と呼びます)、反射した電子(二次電子と呼ばれています)や通り抜けた電子(透過電子)を見る方法です。
 ただし、電子線を絞っているので、分解能を上げるためには、微小の部分に当て、そこからの反射となります。像として見る場合は、電子束を左右に移動させ、少しずらして左右に移動を繰り返して、面、つまり二次元的に合成して画像とします。テレビの走査線のように操作するわけです。
 その結果、凹凸や二次電子や透過電子の性質によって特徴を知ることもできます。成分分析に特化したものを電子線微小分析装置(EPMA)として利用されています。
 電子顕微鏡の弱点として、電子を飛ばすために、空気などの分子は邪魔になので、装置内は真空にしなければなりません。そのため装置は大掛かりになります。真空なので、生体なのど水分を含んだものは変形、変質してしまうので、分析にはあまり向きません。また、電子は電荷をもっているため、電子線があたり続けると、物質の表面が電気を帯びてしまいます(帯電といいます)。帯電すると、電子が反発してしまい、目的のところに当たらなくなってきます。それを避けるために、試料をあらかじめ伝導性のある物質(炭素など)で薄くコーティングし、帯電を除去するようにしておく必要があります。
 私も、電子顕微鏡やEPMAを用いたことがありますが、コーティングが疎かだと、電子が跳ねていい画像が得られません。コーティングは、できるだけ薄く、まんべんなくしなければなりません。そのためには、カーボンの削り方もコツがあったのですが、最近はそのあたりはどうなっているのかは知りません。
 透過型電子顕微鏡では、透過させるために、試料はできるだけ薄くしていかなければなりません。電子顕微鏡では、透過型の方が分解能が高く理論的には0.1nm程度の小さなものも見ることができます。原子サイズのものを観察できます。
 他にも、小さいものを見る装置があります。物質を同士を近づけた時に流れる電気(トンネル電流と呼ばれます)を用いるトンネル顕微鏡があり、分解能は20~30nmだとされています。また、物質を近づけたときに働く原子間力を用いる原子間力顕微鏡があります。その分解能は、数nmとされています。原子間力ではなく発生する磁気を用いる磁気力顕微鏡、発生する電気による電気力顕微鏡などもあり、目的や物質の特性によって使い分けられています。
 これはらの顕微鏡は、可視光ではないでの色はわかりません。まあ、そんな小さい世界に色はありませんので、人工的に着色すればいいのでしょう。しかし、そんなごく微小の世界に、色が見える装置が発明されました。物質の特徴に基づいた色が見えるとわかりやすいので、楽しみな装置となります。詳細は次回に。

・まだ見ぬ分析値・
電子顕微鏡などの分析は、
大きな装置ですが、一人で使います。
そこは、暗室になるようになっていました。
また、X線を発生する装置があると、
重い鉛の壁、ドアに囲まれた部屋になっていました。
そこは、とても静かな環境になります。
装置が貴重な大学などでは、24時間、順番に使用してきます。
私も、何度も、真夜中にひとりで、装置を使って分析してました。
そんな時、小さな岩石の微小部分の中に、
まだ見ぬ分析値に思いを馳せていました。

・ノスタルジー・
私が使っていた頃は、装置も未熟で、
ほぼ手作業で分析をしていました。
後半には、補正計算はコンピュータ処理が
できるようになってきましたが。
今では、装置の性能がよくなり、
多数の分析ポイントを覚えさせて、
あとは、装置任せで、結果を待つだけとなっているのでしょう。
分析値1つ当たりに対する手間が以前と比べて格段に楽になりました
でもその分、データの値打ちが低くなってきたような気がします。
これは、昔を懐かしむ、ノスタルジーでしょうかね。

2017年8月31日木曜日

5_148 光子顕微鏡 1:光学顕微鏡

 顕微鏡は、小さな世界を大きくして見せてくれます。鏡下には、今まで見たことのない、不思議な世界が広がっています。倍率が上がれば上がるほど、見慣れない景色が見えてきます。そこに魅力を感じます。

 小さいものを見る技術として、顕微鏡があります。だれもが一度は覗いたことがあるはずです。レンズを使ってものを拡大していくのですが、レンズの倍率を上げていけば、いったいどこまで拡大できるのでしょうか。まずは、そこから考えていきましょう。
 「ものを見る」ということは、ものに光が当たって反射し、その反射光が人の目に入ることで見えます。小さいものを見るために、小さい部分に当たった光だけを、レンズを用いて集めることで拡大していきます。これが顕微鏡の原理です。
 原理は簡単です。ですから、レンズの倍率を大きくしていけば、小さい部分を大きくしていくことができます。この原理を用いて、永遠に拡大を続けていくと、どこまでも拡大していけるはずです。しかし現実は限界があるはずです。
 皆さんが学校で使っていたものは、光で見る部分を拡大していく顕微鏡です。このような顕微鏡を、「光学顕微鏡」といいます。
 光学顕微鏡での拡大を考えていく時、拡大の能力を倍率ではなく、分解能として示していきます。倍率は相対的なもので、その絶対的な拡大率を示しているものではありません。例えば、1mmのものを顕微鏡で視野一杯にして見たとしましょう。その視野の画像をディスプレイで示したとしましょう。横幅10cmの画面と、20cm、30cmとすると、もともと1mmのサイズのものが、画面サイズによって、拡大率100倍、200倍、300倍が変わってきます。ですから倍率ではなく、絶対的な値を示すために分解能という表記を用います。分解能とは、近接している2点で、その違いがどの距離まで識別できるかを示すものです。識別できる距離を、分解能と呼んでいます。
 光学顕微鏡の分解能は、可視光を用いますので、その波長に依存します。可視光の波長は、紫から赤までで380~750nmとなっています。色を識別するには700nmが限界となるでしょう。形態だけなら、最小のものでは、300から400nmものまで見分けられるでしょう。
 光学顕微鏡で小さいものをみるとき、分解能を技術的にどこまであげられるか、あるいは鮮明に見分けられるかが競われることになります。でも理論的には、100nm以下のウイルスや分子などは見ることはできません。光学顕微鏡の限界は、技術的限界ではなく、原理的な限界となります。
 その限界を越える画期的な技術が、今年の4月に日本の研究者たち報告されました。詳しく次回以降にしましょう。

・薄片・
学生時代、顕微鏡の実習時間に
長期にわたって岩石の薄片を顕微鏡で
長時間観察を行っていました。
小さな数cmに満たない小さな面積ですが、
毎日何時間も、スケッチしながら眺めていると、
その世界に入り込んでしまいます。
薄片の世界は、やがて住み慣れた町のように、
景色を覚えてしまいます。
ある特徴のある鉱物の隣には、あの鉱物があるなあ、
と通い馴れた町並みのように覚えてしまいます。
鉱物の種類や、そこから読み取れることが
見えてくると、顕微鏡の世界が、面白くなってきます。
でも、一気に目を悪くなってしまいましたが。

・夏の終わりに・
今日で8月も終わりです。
いつもなら31日が夏休みが終わりですが、
最近の学校では、夏休みを短くする地域もあると聞きます。
北海道では、以前から、短い夏休みとして
スケジュールが採られています。
そのかわり、冬休みが長くなっています。
寒い北海道では理にかなっているように見えます。
でも、実際の冬は、1月下旬から2月に一番寒くなりますので、
少々実体とはズレています。

2017年8月10日木曜日

2_150 オルドビス紀末の大絶滅 4:水銀の濃集

 水銀が地層に濃集しているという現象が、なかなか厄介な問題です。それは、異常な現象だと思われます。なぜ地層に濃集するのかを考えるために、通常の作用ではないことを示しておく必要があります。

 前回のエッセイで、オルドビス紀末の大絶滅に、新たな原因を示した論文があり、そのキーワードとして、米中、3層準、水銀があったことまでを紹介ました。
 米中、3層準、水銀とは、オルドビス紀に大きく離れた地点(米中)で、それぞれで共通に3つの違った時代(3層準)に、水銀が地層中に濃集するという現象(水銀)が見つかったという事実を、キーワードにしたものでした。これらのキーワードに示された事実を、どう説明するかが課題となります。
 水銀濃集が3つの層準で起こっていました。地殻で水銀は(0.08~0.05ppm)と非常の少ない成分ですが、濃集部は地層の値と比べて、数倍多くなっています。周囲の地層と比べると水銀の濃集は、目立ったピークになる値を持っています。ただし、そこにはいくつかの特徴があります。データを見ると、この増加は少々複雑なものになっています。
 最初(もっとも古い)の濃集は、南中国のデータは試料がなくてわかりませんが、アメリカでは起こっており、時代名称よりオルナタス異常(Ornatus Anomaly)と呼ばれています。この異常は、何度も繰り返して水銀の濃集がおこっています。少なくとも目立ったピークは2つ、小さなピークがいくつかあります。
 次は、オルドビス紀末期(ヒルナンティアン期、Hirnantian)にヒマンティアン(Hirnantian)氷河期があるのですが、はじまる直前(後期カティアン期、late Katian Age)に短期間で急激な増加が、アメリカでも南中国でも起こっていています。一度だけの現象ですが、明瞭で急激な濃集で、時代名称より「上部パシフィカス異常(Upper Pacificus Anomaly)」と呼ばれています。
 最後が、氷河期の間に、南中国では水銀の濃集が度々おこっています。ところが、アメリカでは小さな濃集はあるのでは、明瞭ではありません。
 3つの濃集といっていますが、単純な濃集ではなく、分析のグラフをみると何度かの繰り返しのピークや、短期間で強烈なピークなど複雑な濃集のパターンが含まれています。その濃集メカニズムでは、このような不規則のパターンを説明できなければなりません。
 では、水銀が、なぜ濃集したのか、そのメカニズムを考えていきましょう。
 通常の堆積作用では、水銀の濃集は起こっていません。水銀を堆積物に濃集するメカニズムとして、論文では、一つの可能性を示しています。海洋では有機物の水銀が結合することで濃集するという報告があることを紹介しています。堆積物中に有機物が増えることで、水銀が増加することがあります。有機物が多く堆積していれば、水銀の濃集の原因が解明されたことになります。
 その効果を見るために、論文では、有機物の堆積量の指標として全有機炭素(total organic carbon、TOC)という値を用いられています。調査された時代では、TOCの量の変化はバラバラで、水銀の濃集とあまり相関はないように見えます。その相関を明瞭にするために、水銀とTOCの比(Hg/TOC)もグラフにされています。水銀の濃集時にHg/TOCが変化せずTOCだけが増加すれば、有機物の増加が原因となるはずですが、そうはなっていませんでした。3つの水銀濃集層では、Hg/TOCも大きな値をもっています。このことから、水銀が海洋中に多く供給されたためと結論付けられたことになります。
 では、水銀はとこから来たのかという疑問となります。次回としましょう。

・水銀・
水銀は、常温で液体の金属で、
熱による膨張率が大きく、
かつては体温計などに使われていました。
ただし、毒性の強い金属なので、
漏れると危険な物質となります。
現在では、デジタル体温計が普及したので、
家庭ではほとんど見られなくなりました。
身近なところでは、医療用の機器やランプに使われています。

・帰省中・
現在、私は、帰省中です。
このエッセイは予約送信をしました。
家族で家内の実家の横浜と、
私の実家の京都に連続して帰省してます。
家内と長男は横浜で1泊のみで帰宅。
次男と私は、私の横浜から京都へ移動しての3泊となります。
飛行機のチケットは入手しているのですが、
横浜の京都のJRがのチケットは
まだ購入していませんでした。
お盆直前の帰省ラッシュで乗り物が混みそうなのですが
失念していました。
急いで購入したいと思っていますが、
どうなるでしょうか。
無事に京都までたどり着けているでしょうか。

2017年8月3日木曜日

2_149 オルドビス紀末の大絶滅 3:米中、3層準、水銀

 オルドビス紀末の大絶滅の原因として、水銀が関係していたのではないかという報告がありました。なぜ、あまり多くない水銀という元素に着目されているのでしょうか。報告の概要を見ていきましょう。

 オルドビス紀という日本ではあまり馴染みのない時代におこった大絶滅について、これまで紹介してきました。その大絶滅の原因として、新たな説が提唱されました。
 2017年5月に、Geology(地質学)という雑誌に、
A volcanic trigger for the Late Ordovician mass extinction?
Mercury data from south China and Laurentia
(後期オルドビス紀の大絶滅は火山がきっかけか?
南中国とローレンシアからの水銀のデータ)
というタイトルの論文が掲載されました。発表者は、アメリカのアマースト大学やワシントン大学、そして東北大学の研究チームが発表したものです。
 この論文では、試料をアメリカと中国のオルドビス紀の堆積岩から採取し、水銀(Hg)に注目して分析しました。その結果、地層の中で3つの層準で水銀が濃集していることがわかりました。
 この論文において重要な点は、「アメリカと中国(米中)」「3つの層準」と「水銀の濃集」ということです。
 「米中」とは、現在、太平洋を挟んで2つの離れた位置ということです。アメリカの位置はMonitor Rangeというところで、中国はWangjiawanというところです。現在は遠く離れているのですが、オルドビス紀き形成された地層ですので、その時代にどのような位置関係にあったが重要になります。
 大陸の移動は、それぞれの時代で復元されています。オルドビス紀には、アメリカのMonitor Rangeは、ローレンシア大陸の東海岸で赤道付近に位置していました。中国のWangjiawanは、南極やその周辺に広がっていたゴンドワナ大陸から離れた赤道の少し北に南中国大陸(大きな島)にありました。両大陸の間には、パンサラッサという大きな海洋が入り込んでいました。つまり、両地点は、赤道付近ではあるのすが、地球の反対になるような位置関係でした。遠く離れた地点でした。
 「3つの層準」の層準とは、時間の違いを意味します。地層が形成される時、新しいものが上に堆積しているので、地層の一枚一枚の上下関係は、時間の違いを意味します。層準が違うとは、上下の違う位置の地層のことで、地層の形成時代が違っているという意味で使われます。この論文では、3つの層準とされているので、3つの時代で水銀が濃集が見つかったことになります。
 「水銀の濃集」の水銀は、もともと地表に少ない元素です。通常の堆積岩からできている地層は、水銀が少なくなります。ではなぜ、もともと地層に含まれていないような水銀が、濃集するようになったのでしょうか。その原因の推定が、この鍵となるところです。
 離れた2地点で、3度にわたって、地表でできた地層に、なぜ水銀が濃集したという謎を探る必要があります。そして、なぜ、それらが大絶滅と関連するのでしょうか。その謎解きは次回としましょう。

・努力・
現在、私の学科の学生が
教員採用の2次試験にむけての対策を
自主的に取り組んでいます。
いろいろなタイプの試験があるのですが、
いくつか訓練しておいたほうがいいものがあります。
教員もあいている時間で、協力しています。
学生たちも練習を繰り返すことで上達していきます。
またそこでした努力は、きっと将来報われすはずです。
でも、学生は将来より明日の結果に
向かって努力しているのでしょうが。

・帰省・
8月になりました。
北海道は、夏らしい日が続きます。
日中の研究室は暑いですが、
日陰は涼しいですし、
朝夕は窓を閉めなければ肌寒いくらいです。
そして、なんといっても大学の講義が
すべて終わり、あとは定期試験と採点です。
そのドタバタも今週で終わらせます。
来週は家内と私の実家に家族で
帰省することになります。
暑い時に横浜と京都です。
バテなければいいのですが。

2017年7月27日木曜日

2_148 オルドビス紀末の大絶滅 2:絶滅と大絶滅

 絶滅と大絶滅との違いはどこにあるのでしょうか。基本的なことですが、大絶滅とは何かを見ていきましょう。大絶滅は何度ありますが、オルドビス紀末の大絶滅の位置づけを見ていきます。

 前回、生物種の出現の消失が、生存期間になるといいました。過去の生物は、化石の出現と消失を生存期間とみなしました。次の話題として、今回、話題にする、絶滅と大絶滅の違いです。
 実は、絶滅には、大絶滅との関係で、2つの意味を持つようになってきました。一つ種の消失という、前回説明したもともとの意味のものと、もうひとつ、大絶滅に比べて、種数は複数ですが規模が大きくない「小」絶滅を意味することがあります。大絶滅とは、それまでいた種が大量に絶滅することです。しかし、その際、何%以上の種が絶滅したら「大」というのかは、厳密な定義がありません。ただ多いという意味合いに使われています。ですから、「小」絶滅も、どの程度と定量的にいうことはできません。相対的、あるいは感覚的なものになります。
 地質時代を通じて、それまで生きていた種が、どの程度絶滅したかを数値化することはできます。その時代で消失した化石種の数を数え、全体の種数と比べれば、定量化できることになります。その数値をもとに、絶滅の規模をランキングすること可能で、上位の大絶滅を定義することができます。
 上位5位を、大絶滅の「ビック5」と呼んでいます。オルドビス紀末(O-S境界)、デボン紀後期(F-F境界)、ペルム紀末(P-T境界)、三畳紀末(T-J境界)、白亜紀末(K-Pg境界)の5つになります。
 生物の大絶滅で有名なのは、白亜紀と古第三紀の境界の事件ですが、この絶滅では、地上から恐竜がいなくなり、哺乳類が陸地のいい環境を支配して繁栄するという交代劇を起こした事件でした。K-Pg境界の絶滅は、規模が大きかったので「大絶滅」と呼ばれ、その全生物の絶滅率は、70%に達すると見積もられています。
 しかし、K-Pg境界の絶滅率は、実は「ビック5」の5番目となります。ペルム紀末のP-T境界が最大の大絶滅で、海棲生物では最大では96%が、全ての生物種で見ると90から95%の種が絶滅したと見積もられています。2番目がオルドビス紀末で全生物の85%で、デボン紀後期で82%、三畳紀末で76%、最後が白亜紀末となります。
 P-T境界の話は、このエッセイで何度か取り上げました。今回は、オルドビス紀末の大絶滅が話題です。
 オルドビス紀は、古生代のカンブリア紀の次の時代で、4億8540万年前から4億4340万年前の4200万年間の時代です。カンブリア紀からオルドビス紀にかけては、三葉虫のような節足動物、オウムガイに代表される腕足類が全盛期を迎えます。また、ウミリンゴ、筆石筆石のような半索動物、コノドントが繁栄しました。本格的なサンゴ礁が形成されるようになったことである。オルドビス紀後期には顎をある魚類が登場し、サンゴ類は床板サンゴ類や原始的な四射サンゴ類や層孔虫が繁栄して、礁性石灰岩が形成されるようになりました。オルドビス紀末には、それらの多くが絶滅しました。
 オルドビス紀には、大陸が南極域にあり、寒冷な時代で氷河に覆われたこともあります。氷床の形成と消滅による海水準の低下、上昇が2回起こったことがわかっています。しかし、これが大絶滅と同関係していたかはよくわかっていませんでした。そこに新しい説が出されました。その詳細は次回としましょう。

・主観と歴史・
科学とはいえ、人が行うものなので、
どうしても人間的な判断、主観が入ることがあります。
絶滅の規模も、大きいものであれば、
今回紹介したような手を使えば、順位付けから
客観性をもたせることができます。
ところが、中、小の規模の絶滅となると
どこに線を引くかは、主観的なものとなります。
絶滅率の数値で定義してもいいのですが、
それがどのような意味を持つかは不明です。
すべての時代境界で大絶滅あったわけでないことは、
デボン紀後期の大絶滅が
時代境界になっていないことからもわかります。
時代境界にも主観的な判断がはっています。
科学は人間が行い、そして進めてきました。
主観に他にも知的活動の歴史的経緯も刻まれています。
それが、現状でもあります。

・前期終了・
大学もいよいよ今週で講義が全て終わります。
その後は定期試験に入っていきます。
定期試験が終われば、待ちに待った夏休み
といいたいところですが、
教員は、いつものようにバタバタします。
定期テストのあと、採点と評価が必要になります。
今年は、私事で、お盆前に帰省することになりました。
横浜と京都です。
暑い時期に暑いところに行くのは少々気が重いですが、
まあ、やむおえないことなので行きます。
その前にすべての校務を終えなければなりません。

2017年7月20日木曜日

2_147 オルドビス紀末の大絶滅 1:種の出現と消失

 オルドビス紀とは、古生代の中頃、カンブリア紀の次の時代です。オルドビス紀末に大絶滅がありました。今回はその大絶滅に関する話題です。その前に、種の絶滅とは何かを考えていきます。

 生物の絶滅を考える場合、別種との区別のために「種(しゅ)」の認定が必要になります。種とはなにか、も重要な問題なのですが、今回はそれを抜きで話しを進めます。まず、生物種の区分があるところから出発しましょう。
 絶滅とは、ひとつの生物種のすべての個体が死に絶えてしまうことです。そのため、種が継続できなくなることを意味します。しかし、どこにも個体が存在しない、「不在」を証明するのは、非常に困難です。科学的、原理的には、不在の証明は不可能です。そこで、環境省では「過去50年前後の間に、野生において信頼できる生息の情報が得られていない種」を野生絶滅と定義しています。
 50年間、専門家が探し続けた結果、見つからないのであれば、それなりの信頼度があるでしょうが、通常、ある種を探す調査を長年継続されることはありません。研究者は成果がでることを研究テーマとします。ですから、このような調査は、研究としてはあまりおこなわれません。
時々、レッドデータ調査のように、一斉調査がおこなわれることもあります。調査をすれば、その時点でかなり正確に不在を示すことができます。これが種の確認として非常に重要なデータとなります。しかし、すべての地域、すべての種で、一斉調査をおこなうことは難しいもので、文献に頼ったものや、限定した地域での調査で済まされることもあります。
 このような調査には漏れや先入観などもあり、見落としや漏れもあります。少し前、「クニマス」の再発見のニュースを覚えている方もいるでしょう。クニマスは、田沢湖では1940年年代に絶滅したとされて以来、環境省のレッドリストの1991年、1999年、2007年で「絶滅」とされていました。しかし、2010年に、山梨県の西湖で現存個体群の生息が確認されました。これは人為的に田沢湖から放流されたものが生き残っていたので、野生での絶滅は、変わりありません。クニマスの場合は、人為的に放流された記録があったので判明しました。もし、記録がなければ、野生での固有種なのかどうかはわかりません。このようなこともあるので、50年という期間も本当にいいのかどうかは問題になる場合もあるはずです。
 さらに、植物は種(たね)であれば、長期間保存され、個体が一時的に絶滅しても、環境さえ整えば、復活することが可能になります。年限を切って絶滅をする定義が、適用できない場合もありそうです。
 現世種でも難しい絶滅の判定なのに、過去の生物種で、どう判定するのでしょうか。過去の生物は化石でその存在を知るしかありません。そして、化石での出現と消失を、種の出現と消失とみなします。化石として発見された最初の時代が、種の出現となります。そして、化石が見つからなく消失の直前の時代を、種の絶滅となります。出現と消失の間が、その生物種の生存期間とみなすことになります。
 ここまで読んで、化石による絶滅は、現世種より不確かだと思われたことでしょう。なぜなら、今まで見つらかなかった時代から、同じ化石が発見された、種の生存期間が簡単に変化するからです。でも、これが現状での限界でもあります。
 通常の絶滅と大絶滅との違いは、どうなるでしょうか。大絶滅と絶滅との間には、どのような区分があるのでしょうか、それともないのでしょうか。それは次回としましょう。

・不確かさと時間・
現世種の絶滅の判定や化石の絶滅の期間の認定などのように、
科学には精度を上げようとしても
そこに限界が存在するものもあります。
精度が上がらないから、
研究をストップさせるかというと、
そうはなりません。
不確かさを取り込んで、
その程度の精度であることを認めた上で、
研究を進めていくことになります。
不確かさ(誤差)以上に明瞭な出来事が見つかれば、
その出来事の存在は、事実とできます。
精度と事実認定の間に存在する過去の時間は
不確かさを十分飲み込む長さでもあります。
そこから地球や生命の歴史が読み取られます。

・猛暑・
北海道も7月上旬の暑さも一段落でしょうか。
先週末から少し、暑さがおさまりました。
7月上旬に北海道を旅行をされた方は
涼しい北海道に期待してきたでしょうが、
さぞかし暑い思いをされ、びっくりされたことでしょう。
北海道にも暑い時期があります。
大抵は7月下旬から8月上旬に
耐えられないほどの暑い日があるのですが、
今年は、1ヶ月早く、猛暑が来ました。
連日、暑い日が続くと、
実は北海道の住民の方がずっとバテてしまっています。
冷房のない家も多いため、
本州の暑さに慣れた旅行客よりは
北海道民の方が、ずっとこたえているのです。
ということで、私は、バテバテでした。