2017年3月16日木曜日

4_136 日豊の旅 5:よもやま話

 このシリーズの最後の回になります。日豊の旅で起こったよもやま話をしていきます。私は自分の野外調査では、目標を達成するために、いくつか注意は払っていることがあるのですが、いろいろ思わぬことが起こります。

 野外調査に出かけるときに、一番注意しているのは、いくつかある目的地に、優先順位をつけること、そして目的地を少な目に設定すること、トラブルを事前に極力排除することです。
 目的地に優先順位をつけるのは、その調査の目標を達成するためです。今回は3つの目的地がありました。それを今回のエッセイで紹介しました。優先順位は、1番は鶴見半島の海洋プレート層序、2番は網代島の層状チャート、そして3番が青島の砂岩泥岩互層でした。
 目的地を少なくしているのは、臨機応変に対応するためです。予定はあくまでも予定で、天候や露頭の状況によって、予定通りに進まないこともあります。そんなときに備えて、現地で予定を変更できるように、ゆったり目に立てています。たいてい、午前と午後に一つずつの目的地で調査をしていきます。天候で当時がだめになっても、翌日や別にの日に再挑戦できるかもしれないからです。
 トラブルは、「君子危うきに近づかず」で、事前に危なそうなところや場面はやめておきます。天候以上の不測の事態を排除したいからです。今回の日豊の旅で気をつけたのは、水にはいるようなところ、山の深いところに行く予定では立てませんでした。1月末の真冬なので、水に浸かるのは冷たいし、濡れてからの調査が困るからです。山の予定を入れると、九州でも雪が降ることがあります。また、レンターカーがスタットレスをつけていないので、動けなくなったり、予定通りに進めなくなるころがありうるからです。
 実は一番の問題は、天気です。天気はいかんともし難いので、雨や荒天もありうるので、予定が変わることがもあります。今回は、風の強い日、曇っている日もあったのですが、雨が降るような日はなく、予定変更はありませんでした。短い期間の調査だったので、雨が降るとほとんど調査できないことになるので、幸いでした。
 ただし、いくつか問題もありました。それは調査の最終日です。宮崎で宿を事前に予約しようとしていたのですが、空港近くのホテルや調査地の青島の近くのホテルがほとんど満室でとれませんでした。しかたなく、車で空港から1時間ほどの少々離れたところに宿をとりました。それには、理由がありました。
 私が宮崎空港についたとき、到着ロビーに記者団が行列をしていました。この時期、野球やサッカーのチームが多数、宮崎で合宿をするようです。レンタカー会社の運転手がクラブや球団の合宿リストもっていました。びっしりと予定が入っていました。帰るときにも「侍ジャッパの合宿が・・・」ということをいっていました。ファンや取材陣が宿泊するので、宮崎の周辺の宿が埋まっていたのです。
 合宿については、私の配慮には入っていませんでした。残念でした。

・選んだ道・
今週末、大学の学位授与式があります。
私の学科でも、多くの卒業生を社会に送り出します。
自身の決めた進路で、社会にでていきます。
不安、期待の入り混じった気持ちで
社会に巣立っていくのでしょう。
どこにいっても、自身の選んだ道です。
期待通りにいかない場合もあるでしょう。
予想に反する場合もあるでしょう。
しかし、そこを選んだからには、
精一杯の努力で属するの組織や社会に
対応し、貢献していくことしかありません。
できれば、選んだ道を好きになってもらいたいものです。

・早い春・
北海道のまだ雪も降っていますし、
雪も残っています。
でも、今年は積雪が少ないので、
春の訪れは例年よりも早そうです。
北海道の冬は、厳しいので、
いつでも春の訪れは待ち遠しいものです。
春が早いのは望むところです。

2017年3月2日木曜日

4_134 日豊の旅 3:海洋プレート層序

 大分県の南の佐伯市の鶴見半島に調査にきました。付加体を構成している海洋プレート層序の代表的な岩石を見ることが目的でした。予定していた露頭へのアプローチはできなかったのですが、道路沿いでいい露頭を見ることができました。他にも思わぬサプライズがありました。

 大分県の海岸線を南下していくと、宮崎県に接する町、佐伯(さいき)市になります。周辺の5町3村が、2005年に、佐伯市に合併しました。祖母山から豊後水道まで、非常に広い市となりました。調べたら、九州では、最も大きな面積を持つ市町村となっているようです。
 佐伯市には、豊後水道につきでた半島があります。鶴見半島と呼ばれています。海岸の北側には県道604号線が通っていますが、南側の海岸は切り立っているので、道はほとんどありません。ただ、もっとも東に突き出た鶴御崎には、自然公園があり鶴御埼灯台がたっています。この地は、九州最東端となるところだそうです。
 県道604号線沿いに調査に入りました。事前の文献調査では、南の海岸沿いに、是非見たい露頭があることがわかっていたのですが、その場所は地図では道はありません。でも現地にいってみないとわかりません。釣り人が通るルートなどがたいての海岸にはあり、アプローチできることもあります。ただし、重要な地質調査では、船を利用して海岸沿いを調べることもあるので、一人で徒歩でいけるかどうかは、いってみるしかありません。
 現在と調査された時代とでは、道路の拡張、切り替えや、町の開発なので、岩石の露出の状況が違っていることも多いので、別の露頭が見つかることがあります。やはり現地にいってみるかありません。
 さらに、似た岩石は地質学的は、連続的に分布しているはずです。周辺を調べれば、露頭さえあれば、似た岩石を見ることができるはずです。
 この鶴見半島に来たのは、「メランジュ」をみるためでした。できれば「メランジュ」の構成要素となっている「海洋プレート層序」の岩石類を見たいと思っていました。
 海洋プレート層序とは、海洋底の岩石を構成している岩石類のことで、下の方から、海嶺で海洋地殻として形成された玄武岩、生物の遺骸が深海底にたまってできた層状チャート、極細粒の陸源物質からできた赤色頁岩、陸地から流れてきた土砂によるタービダイト層からできています。
 これらの層序は、付加作用によって断層によって分断されます。激しく乱れて混在していることもよくあり、もともとの構造が不明になっているものを、「メランジュ」と呼びます。メランジュは、スケールが大きと地質図レベルで、あるいは露頭ごとに違う岩石がでたり、小さいスケールだとひとつの露頭にいろいろな岩石が混在していることもあります。また、メランジュの擾乱の程度によって、もとの岩石すらぐしゃぐしゃになっていたり、メートルサイズでもとの産状が残されていることもあります。
 私は、産状が残された海洋プレート層序の岩石を見たいと思っていました。結局、当初目指していた露頭には近づくことはできなかったのですが、県道沿いで海洋プレート層序の各種の岩石類を、きれいな産状のまま見ることができました。こんな失望と歓喜が両方あると、この地は非常に思い出深いところとなります。

・丹賀砲台・
県道604号線沿いを車で走っていると、
丹賀砲台園地という看板がみえて
分かれ道がありましたので入ってみました。
駐車場があり、管理の人もいます。
尋ねると、現在リフトは運休中なので駐車も入場も無料だとのこと。
朝も早かったので、私しかいなかったのですが、
予定外でしたが、「無料」なので、見学することになりました。
ここには、戦時中「丹賀砲台」があったそうです。
観光については調べていないので、知りませんでした。
巨大なトンネルと長い階段、砲台の跡、
そしてその地上部にはモダンなドームがありました。
砲台として巡洋艦伊吹の大砲が据え付けられたそうですが、
事故で大爆破を起こし、多くの死傷者をだしたそうです。
一度も使用されることはなかったそうです。
ドームはなかなか見ごたえのあるもので、
海洋プレート層序の露頭と共に
サプライズのような思い出となりました。

・健闘を・
いよいよ3月です。
北海道は三寒四温が来ています。
暖かいときは、多くの雪や氷が一気にとけ
道が水浸しになります。
寒いときはかなりの雪が降り、冷え込みも厳しいものです。
温度変化の大きい、
メリハリのきいた三寒四温です。
大学は、この時期、入試、卒業、進級など
いろいろ行事が重なるので慌ただしいのですが、
人生の区切りを迎える学生たちには
新天地での健闘を願っています。

2017年2月23日木曜日

4_133 日豊の旅 2:網代島の層状チャート

 前回は、私が野外調査にできるときの下準備や、調査の日程の組み方などを紹介しました。今回からは、実際の調査で行った地域の紹介します。その地の地層の見どころや調査の目的などを紹介していきたいと思います。

 今回、調査の最初の目的地は、大分県津久見市の網代島でした。網代島は、満潮のときは島になっていますが、干潮のときは陸地が現れ、歩いて渡ることができます。干潮は午後でしたので、その時間帯にここに来て、網代島に渡り、調査をしました。
 網代島は、層状チャートが非常に見事にでているところで、以前にも来たことがあるのですが、再度、調査に来ました。陸側にはジュラ紀後期の砂岩が分布しており、黒色頁岩に変わっていきます。ちょうど海峡のところに断層があり、島側は三畳紀前期の地層になっています。三畳紀の地層は、最初は珪質の砂岩とチャートの繰り返し(互層といいます)で、やがて層状チャートに変わっていきます。島は層状チャートからできています。
 陸側の地層のジュラ紀後期(約1億6000万年前)と網代島の三畳紀前期(約2億5000万年前)の間には、大きな時代の違いあります。この間にある断層は、非常に大きな時代の境界になっています。
 また、地層の種類もだいぶ違っています。ジュラ紀の地層は、陸から由来している堆積物(砂岩や黒色頁岩)からできており、三畳紀は深海(層状チャート)から、やや陸に近い深海の堆積物(珪質砂岩とチャートの互層)となっています。
 ここに来たのは、層状チャートの中に隕石の衝突の痕跡があるので、それを観察するためです。実際には目で見ても、痕跡は非常に小さいものなので、よくわかりません。隕石の衝突の痕跡とは、宇宙塵と呼ばれる小さい隕石のカケラが多数見つかっていることです。同じ時代の岐阜県犬山の層状チャートにも、宇宙塵が、多数、見つかっています。ですから、この時代に、大きな隕石衝突が起こったことがわかります。
 層状チャートは、海面付近で暮らしていた珪質の殻をもったプランクトンの遺骸が、深海底にたまったものです。層状チャートは大きな海洋の深海底で形成されたものです。地球上でもっとも安定した環境です。そこに衝突の影響が記録されているということは、非常の大きな異変が起こっていたことになります。
 そんな目に見えない、天変地異の様子を、網代島に観察しにきたのです。

・確定申告・
確定申告の季節になりました。
住基ネット時代から、私はe-taxで納税しています。
そして、毎年、その処理の煩わしに
いらいらしながら、申告をしています。
昨年は、Windows10になったせいでしょうか、
従来のやり方で認証ができずに、
最終的にはe-taxで作成したものを印刷して郵送しました。
これでは、なんのためのe-taxかわかりません。
今年は、マイナンバーになって、やはり手こずりましたが、
なんとかe-taxで送信することができました。
集計は家内がおこなうのですが、申告は私が行います。
ですから、毎年、私は、イライラしながらの確定申告です。
次こそは、すんなりいくことを願っています。

・三寒四温・
先日、非常に暖かい日がありました。
暖かい日は、一気に雪や氷を溶かし、
道を水浸しにしてしまいました。
洪水のような道になっていました。
かと思うと、また寒い日が来て、吹雪がきました。
三寒四温にしては、温度変化が激しすぎます。
体調には気をつけなければなりませんね。

2017年2月16日木曜日

4_132 日豊の旅 1:スケジュールの決め方

 今回の旅シリーズは、私がどのようにして調査日程を組んでいくのか、そして調査にどのようなドラブルがあるのかなど、少々思い出話しめいた内容も組み込みながら、紹介していきたいと思っています。

 1月末、講義と校務の合間をぬって、5日ほど調査に出かけていました。通常では、この時期は寒いので、出かけることはありません。しかし、今年度の研究費申請で、ゴールデンウィークに大分ー熊本の調査、9月に和歌山の調査で申請していました。しかし、ゴールデンウィークの調査は熊本地震のため中止せざるえませんでした、北海道内の他の地域にもいったのですが、予算の執行も目的に遂行もできずにいました。
 そこで当初の目的通り、大分を中心に調査にいくことにしました。大分南部(豊後)から宮崎(日南)北部にかけて、いくつかみたい地層がありました。日程は、定期試験の期間なのですが、私が担当する業務のない日程と、土・日曜日を組み合わせて都合をつけました。それが、今回の日豊地域の調査になりました、それに、あと一箇所、青島での地層の観察を加えたいと思っていました。本来ならもう少し南にも足を伸ばしたかったのですが、日程的に無理となりました。
 私は、調査の日程を移動と目的地を選定して考えて組んでいきます。今回の日程は、5日間でした。北海道からでかけますので、飛行機の乗り継ぎがあります。初日と最終日は移動が中心の日となり、正味の調査日程は、3日間となります。
 今回の3日間の調査では、一日ごとにメインの目的を定めて、そして次の目的地に移動していきました。1箇所目は、津久見地域の層状チャート、次が佐伯地域のメランジュ、最後が青島の宮崎層群を調査することでした。あとは移動の途中に、時間とチャンスがあればいろいろ見ていくことにしていました。
 佐伯以外のところは、以前にもいったことがありました。しかし、津久見では重要な露頭を再度調査することと、前回は日程の都合でいけなかった場所があったので、そこにいくという目的もありました。今回は津久見では、うろうろしながらこまめに見て回ったので、予期せぬ露頭を見つけることができました。
 はじめての佐伯地域で、文献で調べていたところでは、目的の露頭は海岸でアプローチが容易ではなさそうで、たどり着けない可能性があるところでした。しかし、地域内であれば、地質学的には、同じ地層がでているはずです。他のところで似たものが見られるかもしれません。いってみるしかありません。
 青島へは何度かいっており、かなり細かく調査していたのですが、再度、行ってみることにしました。
 このような予定を立ててはいるのですが、実際には、天候が悪いと予定通り進めるかどうかはわかりません。今回は幸いにも天候には恵まれ、予定通りに調査が進みました。また、予期せぬ素晴らしい露頭があったのですが、予定を変更するまでには至りませんでした。いい記録を撮るために、時間帯を変えて訪れることもありました。津久見の網代島は、干潮でないと渡れません。干潮に時間は午後2時でした。朝一番に満潮の状態を見ておき、他のところを調査して、午後に再度じっくり時間をかけて調査して、次の目的近くの宿に移動することにしました。
 このように野外調査をするときは、いろいろを考えていくのですが、最終的には現地いってみないと、どうなるかはわかりません。今回のように日程が短い場合、天候が悪いと、予定がほとんどダメになることもありますが、今回は天候がよくて、救われました。

・宮崎空港から・
今回の調査地への出入りを考えるとき、
大分空港から宮崎空港からかを迷いました。
青島の地層をみる予定がないのなら、
大分空港の方が楽なのですが、
青島を見ることを考えると宮崎空港が効率的です。
初日に高速を使って一気に津久見までいくことにしました。

・研究の季節・
大学は入試のシーズンです。
我が大学のいとつめの入試は終わり、
3月に次の日程が入ります。
また、在学生の成績と進級判定、4年生の卒業判定など
この時期に目白押しの予定となります。
いろいろ不規則な会議がありますので、
なかなか落ち着かないのですが、
時間が一番とれる時期でもあるので、
研究に没頭したいところなのですが・・・・

2017年2月9日木曜日

1_155 チバニアン 3:地磁気の逆転

 千葉には、第四紀の更新世中期の地層がでており、GSSPとして名乗りをあげています。もし認められれたら、更新世中期の時代名は、「チバニアン」となるはずです。さて、どうなるでしょうか。

 千葉県市原市田淵の「千葉セクション」は、第四紀の更新世中期の地層が連続してでています。前期と中期の境界も連続露頭の中で見えているため、「国際標準模式層断面及び地点」のGSSPになるべく、申請がされています。もし認められたら、更新世中期の時代名は、「チバニアン」となるはずです。日本の地層で、時代名がつけられるのは、はじめてのことになります。
 千葉セクションの地層では、環境を示すデータも揃っており、境界には火山灰層もあり、わかりやすい露頭となっています。また、時代区分として重要な事件として、地磁気の転換が起こっています。
 地磁気の転換とは、現在、磁石のNは北を指します。地球の地場(地磁気という)は北極にS極があることを意味します。地磁気は、核で溶けた鉄が流動することで磁場を発生している(地球ダイナモ説)と考えられています。流動は乱れることがあり、地場が反転すること(逆磁極と呼びます)が起こります。過去に何度も起こっており、少なくとも360万年の間に、11回は逆磁極の時期があったことが知られています。もっと以前にも地磁気の転換は、何度もおこっています。
 現在の地磁気と同じを状態(正磁極)になったのが78万年前のことです。そのような特徴的な事件があったため、地層境界として考える時、地磁気の転換のデータが重視されることになります。
 千葉の地層がGSSPとして選ばれるかと、そうは簡単にはいかないようです。ライバルがいます。イタリアで2カ所の地層が名乗りを上げているため、3つの地点での争いとなっています。
 イタリアの地層は、イタリア南部のバレ・ディ・マンケとモンテルバーノ・ジョニカのイオニコにあるものです。バレ・ディ・マンケは、目立った長所がなく、不利な状況のようです。一方、モンテルバーノ・イオニコは、地磁気のデータはないのが弱点だったのですが、放射性年代によって、間接的ですが地磁気逆転を推定できたと主張しています。イオニコは、環境データなどが千葉より充実しており、なかなか手ごわいライバルとなっているようです。時代名は、地中海のイオニア海に由来する「イオニアン」を主張しています。
 日本列島は大地の変動の激しい場です。連続した地層や露頭が少ない日本列島で、時代を代表する地層が見つかり、国際的な名称になることは素晴らしいことです。決着は、今年から来年にかけて見られそうですが、どうなるか見守っていこうと思っています。

・教員希望の学生・
我が大学は、入試の第一陣が終わり、
採点、評価作業にはいっています。
また、大学の教務的な作業としては、
成績評価の提出が終わり、
卒業や進級の判定作業に入っています。
4年生は、大学の講義は終わったので、
あとは卒業式を待つのみでしょうか。
教員志望で採用試験に合格した学生は、
どこに配属されるのかは
3月にならないとわかりません。
臨時採用の教員を目指す学生は、
どこで呼ばれるのか不明です。
いずれにしても教員希望の学生は、
落ち着かない時期を過ごすことになります。

・2月の月日は・
2月の月日の流れは一段と速いようです。
大学の授業は終わっているのですが、
教職員には、つぎつぎと大きな校務があるので、
あっという間に一日が空き去ってしまいます。
気を引き締めて、日々研究に対して
精神を集中していないとなりません。

2017年2月2日木曜日

1_154 チバニアン 2:ゴールデンスパイク

 時代境界はこれまで混乱があったので、地質学界では合意のもとで決定していきます。科学的証拠と議論のもとづいて、露頭のレベルと決めていきます。決まったところは、ゴールデンスパイクと呼ばれる杭が露頭に打ち込まれます。

 時代境界としてIUGSが確定したものは、GSSP(Global Boundary Stratotype Section and Pointの略)は「国際標準模式層断面及び地点」と呼ばれます。その場所は露頭で、模式的な地層境界として現れているところです。認められた露頭に、青銅の杭が打ちこまれます。その杭をゴールデンスパイクと呼んでいます。GSSPとなったところは、地質時代層状表にもそのマークが記録されていきます。
 研究が進んできているので、多くの時代区分においてGSSPが決まってきました。しかし、まだ時代境界が決まっていないところがあります。さらに、境界だけでなく時代名もまだ正式に決まっていないところもあります。もちろん時代名が決まっているのに、境界が定まっていないところもあります。
 今回話題にしているのは、第四紀(258万年前から現在)は、更新世(258万年前から1万1700年前)と完新世(1万1700年前から現在)に分けられています。完新世にはGSSPがあります。更新世の初期のジュラシアン(Gelasian、258万年前から180万年前)とアラブリアン(Calabrian、180万年前から)は決まっているのですが、中期の下限境界と後期の下限境界が、まだ決まっていません。そして両方とも時代名もまだ決まっていません。
 このような時代名は、時代境界を決定した人たちが申請して決めていくことができます。そのときに、前回紹介した条件を検討して、GSSPにふさわしいかどうかが判断されます。ただし、その認定は、IUGSがしていきます。
 今回、千葉県市原市田淵の養老川沿いにある地層がでてていて「千葉セクション」と呼ばれています。約77万年前に御嶽山から飛んできた火山灰の層を挟んでいます。そして、重要なことに、この時代境界に地磁気の逆転が起こっています。これが時代境界の重要な出来事になります。火山灰と地磁気の逆転は、時代決定の重要な指標になります。茨城大、国立極地研究所などのグループがここを研究して時代境界にすることを提案してます。
 その結果は、どうなるでしょうか。

・野外調査・
1月31日まで調査にでていたました。
幸い天気には恵まれて、
順調に調査をすすめることができました。
半分ほどが、以前みたころがある露頭の再訪でした。
それでも充分目的が達成できました。
すべてが予定通りではありませんでした。
いちおう露頭の記載はあるのですが、
船を使わない行けそうもないところでしたので、
無理はしないようしていました。
それを補えるような露頭があったので、
助かりました。

・宮崎では・
野外調査では、宮崎空港から出入りしました。
この時期、宮崎は、スポーツチームの合宿で賑わっています。
おりたったときも、到着ロビーがごった返していました。
出発するときは到着ロビーは見ませんでしたが、
西部ライオンズや侍ジャパンなどの到着があるとのことでした。
そういえば、かなり早く旅館を探したのですが、
宮崎での予約が難しかったのはそのためです。
この時期の南九州は要注意ですね。

2017年1月26日木曜日

1_153 チバニアン 1:時代境界の決定

 地球史における時代の名称は、どのように決まっていくのでしょうか。新しい時代名称の決定をめぐる話題を紹介することで、考えていきましょう。時代名に日本の地層に由来しているものは、今までにありませんでした。もしかすると日本由来の名称がつくかもしれません。

 「チバニアン」という言葉があります。チバニアンは、同当地キャラでも、ポケモンでもありません。時代名です。ただし、まだ正式には認められていないものです。現在有力な時代名の候補のひとつとしてあります。
 チバニアンは、千葉が由来となっています。
 そもそも時代名とはどのようにして決まっているのでしょうか。昔は正式な決め方はなかったのですが、現在では、ユネスコの機関である国際地質科学連合(IUGS)が時代名を国際的に定めています。
 時代境界は、化石などを含みうる、そして連続的に試料が入手しやすい堆積岩で地層となっているものを用いています。そのため、地層として必要な条件として、つぎのようなものがあります。
1 連続した整合層であること
 不整合や断層などの地層の欠損がないことです。そして調べるためには、変成・変質を受けていな地層が望ましいです。
2 地層へアプローチが容易なこと
 アプローチがいいというのは、誰にとってもいうことなので、陸上の露頭であることが条件となります、そして露頭も広く観察しやすいことが望まれます。
3 海成層で化石が豊富なこと
 時代を決めるのためには時期が限られた化石(示準化石といいます)が多くでること必要です。化石は、海でたまった地層(海成層といいます)に多く、陸でできた地層にも化石が多いこともありますが、広がりが期待できません。それは次の条件とも関係しますが、海でたまった地層には、広く分布している海生生物の化石があります。
4 凡世界的化石が多産すること
 示準化石を使って各地の地層を対比していきます。そのため、化石が世界的(汎世界的)で、なおかつ種類が多いことが重要です。
5 堆積速度の速い泥質堆積物
 堆積速度が速いということは、一定期間内に多くの堆積物がたまるので、時間的な分解能がよくなります。粗粒の堆積物が多くたまっていても時間分解能がよくありません。細粒の泥岩が有効です。
6 研究が進んでいること
 時代を正確に決められていて、根拠が十分確認されていることが必要になります。そのためには、査読されている論文として成果が公表されていることが必要になります。できれば、いろいろな研究者が、いろいろな研究手法で調査されていることが望ましいのです。
7 年代がいくつかの方法で決定できること
 年代決定は、化石では相対年代になって数値が決まらない場合もあります。時代の正確さをチェックするためには、複数の方法によって調べられ、その正しさが検証できることが確かさを増していきます。
 以上が、時代境界を決めるための条件です。時代や地層の状態によっては、正確さがさまざまなものになります。その正しさを十分検証して置きたいとして、IUGSがその検証作業をしています。確認されたものをゴールデンスパイクと呼ばれています。その説明は次回にしましょう。

・大学では・
大学は講義が終わりました。
しかし、学科の卒業研究の発表会と
定期試験期間がはじまり、
2月に入ると大学入試がはじまります。
教員はなかなか落ち着かない時期です。
その間に成績評価もしていかなければなりません。
なかなか忙しくて時間をつくれないのですが、
2月になれば研究も進めていきたいと思っています。

・野外調査・
明日(1月27日)から野外調査にでています。
私は、野外調査を冬にいくことはあまりしません。
それは寒いので、海岸沿いや川沿いで
水にはいるのは厳しいからでです。
雪でも降ると車でアプローチできないところもあります。
でも、今年度はしかたがない事情があり
この時期になりました。
時期的にはあまりよくないのですが、
見たいところがいくつかあるので
そこをしっかりみてこうようと思っています。