2005年12月16日金曜日

1_54 新生代3:気候変動(2005.12.16)

 地質時代シリーズの新生代の3回目です。今回は新生代に起こった気候変動を見ていきましょう。

 太陽は、自ら輝いています。その輝きは、核融合によって、もたらされています。核融合に関しては、さまざまな実験や研究がなされて、詳しく分かってきました。太陽が恒星として進化していくと、時間と共に太陽光度が強くなることがわかってきました。
 そのような光度の変化が、地球環境に大きな影響を与えることを最初に指摘したのは、カール・セーガンとミューレンが1972年に発表した論文でした。
 彼らの指摘がもし本当なら、地球は20億年前より古い時代は、全球凍結していたはずという計算結果がでています。
 しかし、地球には38億年前には海が存在していたという証拠があります。それは、海底で溜まった地層が、その時代にはあるのです。そして38億年前から現在まで、各時代の地層があります。つまり、38億年前以降、海がずっと存在していたことになります。
 なぜ、このような不思議なことがおこっているのでしょうか。2つの研究の結論は、矛盾したものとなっています。これを暗い太陽のパラドックス(faint young Sun paradox)と、セーガンらは呼びました。
 このパラドックスを解決するためには、地球の大気組成が、時代と共に変化してきたと、考えればいいとセーガンらは提案しています。それは、温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の大気で占める割合が、時間と共に変化してきたと考えれば、解決できるというものです。つまり、二酸化炭素が時代と共に減ってきたと考えれば、暗い太陽のパラドックスを解決できるのです。
 現在、二酸化炭素が非常に少ない状態です。20億年前以前は、二酸化炭素の温室効果で、暗い太陽を補って地表を暖めていました。20億年前以降から現在までは、二酸化炭素を減らすことによって、太陽の暑さをしのいでいるという状態です。そして現在、二酸化炭素はほとんどなくなり、温室効果が非常に少ない状態です。
 もし、太陽内での核融合のモデル計算が正しければ、太陽光度はこれからも、数十億から億年のタイムスケールで上昇していきます。そうなれば、将来、地球は温室効果をする二酸化炭素をほとんど使い尽くしたので、熱くなり、やがては海も蒸発するかもしれません。金星のような暑い星となるかもしれません。
 違うスケールで、別の気候変動の記録が読み取られました。それは、地層中に残された化学成分を使って、地層ができた当時の気温を推定する方法です。それによると、パレオジン初期(約5500万年前)から、地球の気候は寒冷化の一途をたどっていることがわかってきました。この寒冷化という気候変動は、現在も進行中だと考えられています。これは、数千万、数百万年というスケールでの寒冷化です。
 このような寒冷化の原因は、地球の冷却が考えられています。そのシナリオの基づくと次のようなストーリが考えられています。
 地球が冷却してくると、地球内部のマントルの対流が衰え、プレートの生産速度が低下します。それによって、火山活動も衰えて、火山噴火によって放出される二酸化炭素の量が減り、温室効果が低下することになります。これが寒冷化のシナリオです。
 もしこのシナリオが正しければ、今後、寒冷化はつづくことになります。
 気候変動は、不規則ですが、変動していることは、さまざまな証拠からわかってきました。しかし、このような変動が、何に由来するかはよくわかっていないのが現状です。
 太陽光度の上昇は数十億から億年のスケールの温暖化、地層に記録された寒冷化は、数千万、数百万年というスケールです。人類が気にしている地球温暖化は、数百から数十年の単位です。
 気候変動のメカニズムは、まだ解明されていません。まして、気候変動の未来予測はなかなか困難です。もっと気候変動の研究を進めていく必要があります。

・カンジキ・
先日は関東にも雪が降り、寒い日が続いています。
私の住む北海道にも、やっと本格的な雪が降りました。
このまま積もれば、根雪になりそうです。
先日の日曜日には、今年初めて吹雪いて、一気に積もりました。
湿った雪で重かったのですが、冬らしくなりました。
私は冬のスポーツはしていないのですが、
子供と一緒に新雪の森を歩くことが目標です。
昨年はまだ長男や次男が森を歩くのは無理なようなのと、
私がスキーにするかスノシューにするかなど迷っていて実行できませんでした。
今年は、いろいろ考えた結果、カンジキをはいて歩き回ることに決めました。
私と家内の分は買いました。
このカンジキが、子供たちの長靴にあるかどうかを試して
大丈夫そうなら、子供たちの分も注文するつもりです。
今年の冬は、家族で、カンジキをはいて、
新雪の森林を歩ければと思っています。

・師走・
師走も、もう半ばとなりました。
暮れのさまざま行事、年賀状、来年の準備、
加えて、我が家には、暮れから正月にかけて母が来ます。
久しぶりに、家族で温泉に泊まりで出かけることになります。
そんなことを考えていると、師走は、
あっという間に過ぎてしまいそうです。
今年中、12月中にやるべきこと、整理すべきこと、
いろいろやるべきことが残っています。
あわただしさが、師走なのでしょうが、
やるべきことはちゃんとやりましょう。

2005年12月8日木曜日

5_47 まだまだ見える望遠鏡

 今回で望遠鏡シリーズが最後となります。最後は電磁波では見えないものを見る望遠鏡の話です。

 素粒子と呼ばれるこの世で最小のものがあります。原子のみならず、この世のありとあらゆるものは素粒子からできています。そんな素粒子のひとつに、ニュートリノというものがあります。
 ニュートリノは、素粒子の中でも小さく、他の素粒子と反応することも少なく、なんでも通り抜けてしまうだけの素粒子です。ですから、実際に存在するかどうか調べるのが、なかなか難しい粒子でした。
 1934年に、旧ソビエトのパーヴェル・チェレンコフは、直接ニュートリノを観測するのではなく、ニュートリノが起こす現象を観測することで、ニュートリノの存在を確認する方法を発見しました。
 それは、大量の水の中をニュートリノが通り抜けると、電子と衝突して電子がはじき飛ばされることがあります。はじき飛ばれた電子は、水の中を光より速い速度で通り抜けます。そのとき青白い光が発生します。この光を、発見者にちなんで、チェレンコフ放射と呼んでいます。
 光より速いといいましたが、真空中の光はこの世で一番速いのですが、物質の中では、その物質の持つ屈折率で割った値まで光の速度は低下します。真空中で光は秒速約30万kmですが、屈折率1.33の水の中では、光は、秒速約23kmまで下がります。電子が、これより速い速度で動けばチェレンコフ放射が起こります。
 原子炉のようにニュートリノが大量に出るところであれば、チェレンコフ放射は定常的に起こります。しかし、自然界の量の少ないニュートリノを捕らえるのは現実的には困難なこととなります。反応しにくい、少ないニュートリノを捕らえるためには、大量の水を用意しておかなければなりません。
 しかしこの原理を用いれば、ニュートリノを観測できることになります。ニュートリノは、核反応で出てくるのですが、それ以外にも、陽子が崩壊するときに放出されるという考えがありました。これは、ある仮説から導きだされた予測でした。その予測によると、陽子の寿命は10の30乗から32乗年というものでした。そんなに長い時間をかけて観測できませんから、大量の陽子を集めて観測すれば、短い時間で陽子が壊れるのを観測できます。
 そんな目的で1983年に、岐阜県神岡鉱山跡地の地下1000mに、カミオカンデという3000トンの超純水に入れた装置が完成しました。現在は50000トンという大量の超純水を蓄えたスーパーカミオカンデが1996年に動き出しました。
 カミオカンデは、陽子の崩壊を観測することなく、宇宙からのニュートリノを検出しました。宇宙からのニュートリノを観測することによって、太陽の核融合の様子が探られました。それを指導的に行ったのが、ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊でした。
 そして、世界を驚かしたのは、1987年2月23日に現れた超新星爆発によるニュートリノ観測でした。南半球だけで見えた超新星爆発でした。しかし、ニュートリノは、地球の中を通り抜けてカミオカンデで観測されたのです。つまり、カミオカンデのような装置は、地下にありながら、望遠鏡としての役割を果たすことが分かってきたのです。
 カミオカンデは実は、非常に性能のいいニュートリノ望遠鏡だったのです。それ以来、ニュートリノ天文学という新しい学問分野が誕生したのです。1960年代には、宇宙から飛んで来するニュートリノを検出する試みがなされてきました。
 人類はいろいろな知恵を使って宇宙を眺めてきました。目で見るものだけでなく、目では見えないものでも観測装置を使えば、見たのと同じことになります。これからもそんな知恵がいろいろ使われて、さまざまな宇宙を見る目を生み出すことでしょう。

・アイスキューブ・
現在、ニュートリノ望遠鏡は、世界3台あります。
日本のスーパーカミオカンデ。
カナダのサドベーにある、ニュートリノ天文台。
南極大陸の氷の下のAMANDAと
それを拡大した2009年完成予定のアイスキューブ。
アイスキューブは壮大な国際共同計画です。
現在AMANDAという装置が稼動しており、
水の代わりに氷をニュートリノ検出装置に使っています。
氷の下1400mから2400mに60個の光センサーをつけ下ろします。
そのような穴を何個も開けてセットした全体が
ニュートリノ望遠鏡を構成します。
南極の氷は大量で、望みさえすれば
いくらでも大きな観測装置にできます。
毎年80個のケーブルを下ろして、6年かけて完成する予定です。
日本でも、千葉大学の吉田滋さんが参加されています。

・師走・
師走というのは、あわただしい月で、
あっという間に過ぎていくような気がします。
気をつけていないと、すぐに今年が終わってしまいます。
今年中にしなければならないこと、やり残していることを
忘れずにやっておきましょう。
そうそう年賀状もそろそろ考えなければなりませんね。
人ごとではなく自分のこととして考えなければなりません。
そんなことをあれこれ考えている時間があれば、
やるべきことをやりましょうか。

2005年12月1日木曜日

5_46 電波でみた宇宙と地球

 望遠鏡の進歩を概観しているシリーズです。今回は電波望遠鏡の思わぬ使い方を紹介しましょう。

 電波は、波の性質を持っています。その波の性質を利用して、電波望遠鏡では、奇抜で面白い観測ができるようになりました。そのいくつかを紹介しましょう。
 星から来る波を2つの電波望遠鏡で、同時に受け取ったとします。もし、電波の発信源の天体が一つのものであれば、同じ波として合成しても一つの波になります。ところが、もし波にずれがあると、干渉という現象が起きてわずかの違いも見つけやすくなります。
 干渉とは、波を重ね合わせたとき、同じ波であれば、山と谷が一致し、強めあう効果のことです。少しでもずれると、ずれに応じた縞模様が現れます。大きくずれると、干渉は起こらず、でたらめな波となります。ニュートンリングは、干渉のいい例です。
 この干渉という作用を利用すると、ほんの少しの波の違いが区別できます。前回、電波望遠鏡では、電波の波長が長いので、可視光の望遠鏡に比べると精度が悪くなると言いましたが、この干渉という効果を利用すると、観測の精度を格段に上げられる場合があります。
 ずれは、いくつかの原因によって生じます。一つは、届く波に変動がある場合と、もうひとつは受け取る側が変動している場合です。
 一つに見える天体が、実は2つの近接した天体である場合、天体と地球上にある2箇所の望遠鏡までの距離が、ほんのわずかですが違ってきます。するとその距離の違いが、電波の波のずれとして干渉として観測できることがあります。地球の遠く離れた場所の2つの望遠鏡で、同時に同じ天体を観測すればいいわけです。もし干渉が起これば、その天体は、2つの天体であったことがわかります。
 この方法は、1946年、マーティン・ライルたちが開発たものです。電波の受ける素子を開口と呼んでいたことから、開口合成と呼ばれている技術です。また電波望遠鏡を干渉を計る干渉計として用いることから、超長基線電波干渉計、VLBI(Very Long Baseline Interferometer)と呼ばれています。
 この干渉計の精度を上げるには、望遠鏡の間隔ができるだけ離れていた方がいいわけです。できれば、地球の直径より離せれば理想的です。つまり、地球外に電波望遠鏡の一つを置けば、非常に長い距離を取ることができます。そうすれば、より遠くの2つの天体の分離して見分けることができます。
 実際に、干渉計として用いるために、電波望遠鏡が、人工衛星はるか(HALCA)として1997年2月12日に打ち上げられ、遠くの銀河やクェーサーという特殊な天体の観測に利用されています。
 この技術を地球に転用すると、面白い観測装置になります。一つの星を地球の2箇所で測定します。もともと一つの天体から発信された電波ですから、電波望遠鏡の2つの間隔に応じた干渉が常に起こるはずです。しかし、ある時間間隔をおいて、同じ測定をしたとき、もし時間差によって干渉にずれが生じたとすると、電波望遠鏡の2つの間の距離が変化したことになります。そのずれは、非常に小さなものでも検出できるはずです。つまり、地球の2地点の距離を非常に正確実測できるということです。
 別々のプレートにある電波望遠鏡を用いて、その距離の時間変化を調べれば、プレート移動を正確に測定したことになります。このようにして、プレートの移動速度が実測されています。
 電波望遠鏡は、他にも、いろいろな利用がされています。ビックバンのときの光が、宇宙の背景放射として電波の波長領域で観測されたり、太陽のフレアから電波が出ているいことがわかったり、電離していない水素原子が発見されたり、パルサーと呼ばれる高速で自転する中性子星が発する非常に正確な周期の電波を発見したり、可視光では得られない情報を、つぎつぎと電波望遠鏡から得ています。

・未知の世界・
望遠鏡シリーズが続きます。
当初こんなに長くなるとは思っていませんでした。
概略は知っていたつもりですが、
調べていくと、つぎつぎと面白いことが分かってきます。
私たちの地球の外を見る目は、非常に多様になったということです。
そして、面白ことに、今回紹介したように地球の観測に
電波望遠鏡が使える技術が出てきました。
人は、本当にいろいろなことを思いつくものです。
人の知恵とは、尽きることがないのでしょうか。
そして、そこには新たな未知の世界が広げていくのです。
外をみる技術が、中をみる技術となったのです。
地球外の宇宙を知ろうとすること、
それは、実は自分とは何ものなかを知ることなのかもしれません。

・冬モード・
いよいよ師走となりました。
北海道は連日、変化の激しい日々が続いています。
基本的に寒い日が続いているのですが、
風がなく快晴であれば、ガラス越しの室内は暑いくらいになります。
でも、雪がしょっちゅう降り、朝夕は道路が凍ります。
まだ根雪には早いのですが、冬到来です。
子供たちは、冬靴と冬服で、冬の帽子で毎日出かけています。
自転車を乗ることもできなくなりました。
衣替えも終わりました。
我が家は、完全に冬モードです。

2005年11月24日木曜日

5_45 電波をみる望遠鏡

 宇宙のかなたから、はるばる地球にやってく来るのは、目で見える光だけではありません。電波もやってきます。そんな電波を見る望遠鏡もあります。

 前回まで、望遠鏡の発展の歴史を見てきました。それは、私たちが常に見ている光を、どうすれば、よりよく見ることができるかということが、焦点となりました。ところが、他にも改善の余地があります。それは、見える光以外のものを観測することです。
 見える光(可視光)を含めてすべての電磁波を詳しく調べてみると、地表に届いているのは、可視光だけでなく、可視光よりもっと波長の長い赤外線や電波も、たくさん地表に達していることがわかります。電波とは、赤外線より波長の長い電磁波のことです。地表でも電波を使えば、私たちが見ている可視光以上の情報を、手に入れることができるはずです。そんな試みが、天文学ではなされています。
 実際に地表に届くのは、すべての波長の電波ではなく、ある限られたものとなります。40m以上の波長の電波は、大気中にある電離層で反射されてしまうので、地上に届きません。また、3cm以下の波長の電波は、大気中の水分子や酸素分子によって吸収されるので、地上にあまり届きません。ですから、波長でいうと40mから3cmの間の電波が、電波のでの観測の対象となります。
 可視光の望遠鏡では、レンズで屈折させて光を集めたり(屈折望遠鏡)、反射鏡を使って光を集める方法(屈折望遠鏡)がありました。電波は、屈折することがほとんどできないため、反射だけで集めるしかありません。そのため、電波望遠鏡の形は、すべておわんのようなパラボラになります。
 可視光を反射をさせるには、反射率の高い鏡面持つものでなければなりませんでした。しかし、電波は金属であれば、どんなもので反射できるので、さまざまな素材を利用することができます。さらに、電波の波長より小さければ、パラボラの反射面に隙間があっても反射できます。隙間を適切に取れば、望遠鏡が大型化しても、重さを軽くすることができます。波長が長ければ、金網でも反射鏡の役目を果たします。
 ここまで、電波望遠鏡の良い点ばかりをあげましたが、もちろん弱点もあります。反射鏡の形は、目的とする波長の4分の1以下のズレにしなければ観測精度が悪くなります。そのため、電波望遠鏡としてパラボラをつくると、ある波長の範囲の電波しか、精度良く測れないことになります。また、波長の長い電波を測定しようとすると、大きな反射鏡が必要となってしまいます。
 さらに、一般に望遠鏡の精度(分解能といます)の限界は、望遠鏡の直径に比例し、なおかつ観測する波長に反比例します。電波の波長は、可視光の波長の1万倍以上もありますから、電波望遠鏡の精度は、光学望遠鏡と比較すると、非常に悪いものとなります。
 このような欠点があるのですが、それでも、やはり電波望遠鏡が使われています。それは、可視光で見えないものが見えるからです。可視光は、星間ガスがたくさんあるようなところでは、光が散乱してしまって通過できません。つまり、星間ガスが多いところでは、雲がかかったような状態になり、星間ガスの向こうが見えません。ところが、電波は波長が長いので、星間ガスであまり散乱することなく、通り抜けることができます。つまり、雲に左右されることなく、雲の中や向こう側が観察できるのです。そのような星間ガスの多いところは、星の誕生の場所となります。電波を使えば、星の誕生を覗き見ることができるのです。
 その他にも、電波望遠鏡はいろいろな利用方法がありますが、それは次回としましょう。

・電波・
電波とは、赤外線より波長の長い電磁波のことです。
これは一般論で、電波法というものでは、
周波数が3,000,000MHz(= 3000GHz = 3THz)以下
波長ではいうと0.1mm以上の電磁波のこととされています。
しかし、すべての波長が利用されているわけではなく、
利用目的によって、非常に需要の多い波長帯もあります。
たとえば、テレビのVHFでは1m~10mを、
UHFでは10cm ~1mあたりの波長を使っています。
携帯電話は波長10数cmを使っています。
そこにたくさんの利用が殺到していますので、
それを混信なく早く使いこなすために、
デジタル化などのさまざまな手法が開発されています。
そのような電波を管理するところが、各国にあり
日本では、総務省となっています。
そしてそので定められているのが、電波法というものです。

・巨大パラボラ・
日本で最大の電波望遠鏡は長野県南牧村の八ヶ岳のふもとにある、
野辺山宇電波天文台の直径45mのパラボラです。
10数年前の一般公開で見に出かけたことを思い出します。
世界最大の電波望遠鏡は、
プエルトリコにあるアレシボ天文台の直径305mのパラボラです。
このパラボラは、自然のくぼ地にパラボラを設置したものです。
ですから望遠鏡は動かすことができません。
しかし、地球が自転しているので、
地球の自転を使って観測すことができます。
私は訪れたことがないのですが、
カールセーガン原作の映画「コンタクト」の
最初の場面でアレシボの電波望遠鏡が出てきました。
それがすごく印象として残っています。

2005年11月17日木曜日

5_44 望遠鏡の工夫

 地球を調べるシリーズの2回目です。前回に続いて光学望遠鏡の話題です。

 望遠鏡でより多くの天体、つまり暗い天体まで見るには、弱い星の光を、できるだけたくさん集めた方がいいわけです。そのためには、望遠鏡の口径を大きくして、光をたくさん集めればいいことになります。その結果、望遠鏡の口径が大きくされていきました。
 望遠鏡を大きくしていくと、レンズを正確に作る技術にも限界があります。屈折望遠鏡では、1m以上になると、精度の良いレンズは、非常に製作が難しくなります。そのため、大きな口径の望遠鏡は反射望遠鏡になりました。
 反射望遠鏡は、屈折望遠鏡の大きさをはるかにしのぐ、10mほどの口径にまで発展しました。しかし、レンズが大きくなれば、レンズが自分の重みで歪んできます。やはり限界がでてきたのです。
 現在は、次世代の望遠鏡として、小さなレンズの集合体として大きなレンズをつくり、レンズ自身の歪みを、コンピュータを使って小さなレンズを動かして補正するという技術が生まれました。能動光学と呼ばれる技術です。
 口径の大きい望遠鏡をつくりより、能動光学で十分調整された性能のいいレンズの望遠鏡をつくる方が今では主流となっています。その口径は、6mから8mほどのサイズです。日本の誇るハワイにあるすばる望遠鏡も、このような能動光学を駆使したものとなっています。この技術が。確立され、進歩してくれば、数十mというサイズの望遠鏡の建築も可能になるかもしれません。
 望遠鏡の精度を上げられない要因が、もう一つあります。それは、大気の乱れです。星が瞬いて見えるのは、大気が動いているため、その中を通る光が乱れるからです。
 大気の乱れを避けるためには、大気のない大気圏外がいいわけです。そのような理由でつくられたのが、ハッブル宇宙望遠鏡です。しかし、地球外にものを、それも巨大で精密な望遠鏡を持っていくのには、ものすごい手間と費用がかかります。ですから、そう容易にできるできることではありません。
 地表で何とかできないでしょうか。そんな思いで生まれたのが、補償光学という技術です。
 原理は、明るい星を一つ決め、その明るい星の光の乱れから、大気の乱れを瞬時に計算して、補正するというものです。大気の乱れを観測し、その乱れを補正するために、100分の1秒以下の単位で、小さな鏡を変形していく技術です。
 現在、そのような補正に使える星の数が、限られていることが問題となっています。空の1%くらいにしか、そのような星がなく、あと場所では、この技術が使えないのです。
 しかし、人間はあきらめないのです。大気の乱れを測定するための星がなれば、人工的に星に変わるものをつくればいいと考えたのです。
 ハワイ・マウナケア山にあるケック望遠鏡で、補償光学をするために、人工的に「明るい星」に変わるものをつくったのです。レーザで上空95kmにあるナトリウム原子の層を照らし、その層が9.5等星の明るさで輝くようにしたのです。つまり人工的に明るい星に変わるものをつくり出したのです。その輝きを利用して、空気の乱れを測定しようということです。
 この技術が確立されれば、ケック望遠鏡は、ハッブル宇宙望遠鏡の4倍の解像度が出ると考えられています。
 人間の知恵には、限界がないのでしょうか。このような最先端の技術を見ていると、そう感じてしまうのは、私だけでしょうか。

・冬の到来・
いよいよ私の町にも、初雪が降りました。
平年より2週間ほど初雪が遅かったようです。
初雪の前までは、暖かかい日が続き、
雪虫もいつもりたくさん飛び交っていました。
庭の木々には、もうすでに雪囲いが施されています。
公園のベンチもまとめてビニールがかけられています。
ブランコも取り外されました。
我が家の車も、スタットレスの冬タイヤに変えました。
みんながそれぞれ雪に備えてきました。
いよいよ冬の到来です。

・年の功・
大学では、若者たちが、薄着で冬を迎えています。
彼らはどうしてあんな薄着で耐えられるのでしょうか。
いつも不思議で仕方がありません。
確かに彼らも外に出ると寒そうにしています。
それでも、彼らは薄着で済ましています。
私にはもう寒さに耐える気力、体力がありません。
ですから、早めに厚着をして対処しています。
これは、老化でしょうか。
それとも年の功でしょうか。

2005年11月10日木曜日

5_43 大気の障害を越えて

 「調べる道具」シリーズをはじめます。今回は、宇宙の眺める望遠鏡についてです。

 地球には、大気があります。大気は地球の大きさと比べると、あまりに薄く、か弱いように見えます。しかし、この薄い大気が、地球の外から来るさまざまな電磁波を吸収して、地表に届かないようにしてしまいます。そのおかげで、地表で生命が安心して生きてるのです。
 地表から地球の外の宇宙を見ようとすると、この大気が多くの電磁波を吸収してしまうという効果が、逆に障害になります。夜に空を見ても、赤外線の一部と可視光だけが、観察できる部分となります。どんなに道具や技術を工夫しても、届かないものは、調べることができません。でも、可視光を詳しくみれば、星の観測は十分できるはずです。それが望遠鏡の歴史でもあります。
 遠くのものを見るには、目を凝らします。しかし、どんなに目の良い人でも、見えるものには限界があります。目より遠くを見る道具として、望遠鏡が登場しました。
 望遠鏡を最初に天体観測に利用したのは、ガリレオでした。ガリレオは、レンズの原理を研究して、いくつかの望遠鏡を作り、月、太陽の黒点、木星、土星、さらには、天の川まで調べていきました。
 ガリレオの望遠鏡は、対物レンズに凸レンズ、接眼レンズに凹レンズを用いました。ケプラーは、対物レンズも接眼レンズも凸レンズを使いました。これらは、光を屈折させるので、屈折望遠鏡とよばれています。その後、ニュートンは、対物レンズの変わりに凹面鏡を使う反射望遠鏡をつくりました。
 屈折望遠鏡で、より遠くを見るには、大きな対物レンズが必要になります。そのためには、大きなレンズをつくる技術が必要です。1879年アメリカのヤーキス天文台の口径1.02mの望遠鏡をピークにして、製作の簡単な反射望遠鏡に取って代わりました。ヤーキス天文台の望遠鏡は、現在使われている最も大きなものです。
 反射望遠鏡では、19世紀中ごろに、凹面鏡のガラスの表面に銀のメッキをする技術が実用化されました。その結果、20世紀になると、倍率が大きくて、より多くの光を集める口径の大きな反射望遠鏡が、次々と作られました。ハワイにあるケック望遠鏡は、口径1.8mの鏡を36枚組み合わせたもので、合成した口径が10mとなり、世界最大の反射望遠鏡となっています。
 小さな望遠鏡で、天体を見ている分には、口径を大きくすることはいいことでした。しかし、望遠鏡の性能が上がり、大きな望遠鏡になってくると、どうしてもクリアできない問題がでてきました。
 それは、空気のゆらぎとレンズの歪みでした。
 大気のゆらぎの中を光が通ると、光もゆらいでしまいます。星が瞬いているのは、大気のゆらぎのためです。望遠鏡が大きくなれば、望遠鏡の中の光の通り道のゆらぎが問題となってきます。
 また、反射鏡でも、レンズが大きくなると、レンズが自分の重みで歪んできます。こんなささやかに見える反射面の歪みも、解像度に大きな影響を与えます。このようなゆらぎと歪みは、どんなに精度よく見ようとしても、星の姿をぼやけませますつまり、どんなに口径を大きくして、光を集めても、良く見えための限界があります。
 大気のゆらぎやレンズの歪みを克服するために、新しい望遠鏡はさまざまな工夫を凝らしています。それは次回としましょう。

・調べる道具シリーズ・
今回から「調べる道具」シリーズをはじめます。
いろいろ調べる道具があります。
そんな道具に秘められた
さまざまな工夫、苦労をみていきたいと考えています。
まず今回は、望遠鏡からでした。
予想通り1回では終わりませんでした。
続きは次回のお楽しみです。

・大学の値打ち・
今年は、秋が暖かくていいのですが、
落ち着かない日々が始まりました。
それは、大学は推薦入学の申し込みがはじまったからです。
少子化の時代ですから、推薦入試の申し込み数が
多い少ないで、大学関係者が一喜一憂する季節となります。
推薦入試の次がセンター試験、その次が一般入試となります。
あわただしい時期が始まります。
そんなとき、ふと次のようなこと考えました。
私立大学は、学生が入学することで運営されています。
学生にたくさん受験をしてもらって、
大学にあった学生だけを選抜していくことが
大学にとって大切なことです。
それが入試であります。
そのためには、学生にとって魅力のある大学を、目指さなければなりません。
それを、大学自身が常に模索しています。
時代や社会、大学によっても魅力は違うでしょう。
大学教員として単に教育熱心だけではダメなようです。
つまり教員がどんなに熱心にいい教育をしても、
無駄ではないのですが、集客力を発揮しないのです。
自慢とする良い教育を、少なくとも、高校生やその父母に、
評価してもらうためには、宣伝が必要です。
他の大学の比べて違っている点、
勝っている点を明確に打ち出し、
いろいろ考え出してアピールすることになります。
しかし、それは多くの大学でやっています。
アピールできる点が、ある年あったとしたら、
次の年には、他の大学もそれをマネてきます。
イタチゴッコのような気がします。
高校生やその父母は、そんな宣伝を、
多数の評価の一つとして見ているに過ぎないようです。
やはり、教員として、誠意を持って今いる学生の教育をすること、
そしてそれを真摯に飽くことなく繰り返すことが
大学教員としての基本はないでしょうか。
それを当たり前でも、対外的に示すしかないのではないでしょうか。
良い教育のないところに、大学の存在意味がないのですから。
多分、これは理想論でしょうね。

2005年11月3日木曜日

1_53 新生代2:新しい生物の出現(2005.11.03)

 地質時代シリーズの新生代の2回目です。今回は生物に起こった変化を見ていきましょう。

 前回、新生代の特徴として、哺乳類の多様化・大型化、被子植物の多様化、寒冷化、人類の誕生の4つを挙げました。今回は、動物と植物で起こった変化みていきましょう。
 新生代に入って生物に起こった変化の原因は、中生代末のK-T境界と呼ばれる隕石の衝突という事件によって、引き起こされた大絶滅でした。
 隕石の衝突によって、中生代に繁栄していた多くの生物が絶滅しました。種(しゅ)の数で見ると、中生代に生きていた生物のなんと70パーセントが絶滅したと考えられています。個体数のデータはありませんが、個体数で見るともっと多くの絶滅が起こったはずです。つまり、地上の生物の数は、極端に少なくなっていたに違いありません。
 中生代の陸上を支配していた恐竜も滅びました。海ではアンモナイトが絶滅し、海面近くで暮らす有孔虫という微生物の仲間もたくさん絶滅しました。
 何とかこの危機を生き延びたももは、力が強かったわけではありません。大きかったからではありません。良い場所をたくさん占有していたものでありません。必ずしも強いものが生き延びたわけではないのです。生き残ったのは、隕石の衝突によって訪れた過酷な環境を、細々とでも、冬眠してでも、種としてでも、根としてでも、何でもいいから、少しの数でもいいから、生き延びたものたちだけでした。
 突然に訪れた苛酷な環境は、回復して、もとの状態にもどっていきます。すると、そこには、海でも陸でも、ほとんど競争相手のいない自由に使える環境が広がっていることになります。生き延びた少数の種の少数の個体は、その環境を好きなように利用できるのです。
 陸上で繁栄していたのは、動物では哺乳類、植物では被子植物でした。
 哺乳類の祖先は、古生代には古いタイプのものはすでに誕生していました。中生代にも生きていましたが、恐竜の仲間が繁栄していたので、小さな体で、ほぞぼそ暮らしていました。新生代になり、恐竜の生き残りたちと競争をして勝ったのは、哺乳類でした。恐竜の生き残りたちは、陸地を追われ空を生活の場としました。それが鳥類です。やがて哺乳類が大繁栄をして、陸地の支配者になりました。そして海をも生活の場とするものまで生まれました。これは、恐竜がたどった道と同じでした。
 植物でも交代劇はおこりました。中生代はイチョウやソテツなどの裸子植物が陸地を支配していました。花を咲かせる被子植物は中生代白亜紀に登場したのですが、新生代になって大繁栄します。
 隕石の衝突による環境変化は一時的なものでした。衝突の影響から回復した新生代は、中生代の温暖な気候がまだ続いていました。温暖な環境の下で、哺乳類と被子植物は、繁栄していきました。南極にも熱帯林がみられるほどの暖かさでした。ですから地球の陸地のほとんどが温かい気候となり、生物たちはその中で進化しました。
 ところが、約5500万年前の古第三紀初期から、地球の気候は寒冷化しいきます。それは、とどまることなく寒冷化の一途をたどります。寒冷化が始まって約4000万年前には、オーストラリア大陸が南極大陸から分裂します。約3000万年前には、南極大陸は氷で覆われるほど寒くなりました。
 寒冷化によって、暖かいところから寒いところまで、陸地には多様な環境が生まれてきました。寒冷化によって生まれた多様な環境に、生物は適応していきました。その結果、生物の多様性を生み出しました。
 新生代の気候変動については、次の機会としましょう。

・過ぎ行く秋・
北海道では、あちこちの山ですでに初雪の便りを聞きました。
まだ、私の住む里には初霜も初雪もありません。
今年の秋は、少し暖かいようです。
しかし、確実に季節は、冬に向かっています。
木によっては、紅葉が、もう盛り過ぎたものもあります。
先日、初雪前に飛ぶという雪虫の大量発生がありました。
私の家でも、冬に備えて、いろいろ変化がありました。
夏に使う網戸もはずしてしまいました。
家内が、漬物用の大根をたくさん買いました。
新しいスタットレスタイヤを購入しました。
こんな秋の光景を目にすると、季節の移ろいを感じます。
冬を目前にすると、過ぎ行く秋が惜しくなります。

・新メールマガジン・
再度、新しいメールマガジンの告知をします。
それは、「Terraの科学」というものです。
Terraに関する広範な内容を
深くそして多様な見方で紹介しようと考えています。
Terraとは「地球」という意味ですが、
この講義ではもっと広く地球に関係するすべてものととらえます。
大人も考えさせられ、子供にも分かる内容にします。
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でお願いします。
「地球のささやき」のようなエッセイではなく、
大学で私が実際に行っている講義を同時進行でお送りします。
大学生レベルの内容ですが、
小学生や中学生でもわかるものを目指しています。
よろしくお願いします。