2025年2月27日木曜日

2_225 20億年前からの生物 4:海洋底の玄武岩

 昔の生物が外部と接することなく、生き続けられる環境とは、どのようなものでしょうか。そこに本当に生物が見つかるのでしょうか。それを調べた一連の研究があります。まずは、1億年前の岩石から紹介していきましょう。


 もともと生物がいない火成岩に生物が住み着き、継続的に住めるには、生存できる環境でき、その環境が持続していかなければなりません。そして、新しい時代になってから、外から生物で入ることなく、試料を手にする時、現在の生物の汚染もないようにしなければなりません。
 まずは生物がいない海に近くの火成岩で、生物が住める環境ができるかどうか、また採取時の汚染がなく試料が入手できるかどうかを、確認しておく必要があります。
 生物が暮らせる環境として、酸素はなくても大丈夫です。地球の酸素自体、生物が作り出したものです。酸素の有無は考えなくてもいいことになります。しかし、水と栄養は不可欠ですが、地球では海があるので、海に接近していれば、常時水が供給可能になります。問題は栄養です。
 そのような場に環境でき、生物が住んでいるのでしょうか。それを調べた研究があります。東大の鈴木庸平たちの共同研究で、イギリスのCommunications Biology誌の2020年の3号に掲載された
Deep microbial proliferation at the basalt interface in 33.5-104 million-year-old oceanic crust
(3350万~1億0400万年前の海洋地殻内の玄武岩界面における深部微生物の増殖)
という論文です。
 この研究では、海水が侵入しやすい海洋底の玄武岩を調べています。ただし掘削する時に、生物汚染が起こる可能性があるので、掘削でできたものではない玄武岩にもともとあった亀裂部分を調べることにしています。
 火成岩に割れ目ができ、そこに水が侵入したところです。水と岩石の長い時間、反応していれば、鉱物が変質していきます。このような水と岩石の反応につていは、以前から多くの研究や合成実験がなされて、さまざまな条件に応じた鉱物ができることがわかっていました。水があれば、粘土鉱物ができることがわかっていました。
 この研究で、玄武岩の亀裂中に水と反応してできた多様な粘土鉱物を見つけ、それらがどのような鉱物かを決め(同定といいます)ていきました。粘土鉱物を栄養にできれば、生物が住むことが可能になります。
 生物のDNAを染色する方法を用いれば、生物の存在を確認することができます。DNAの染色で、岩石の亀裂の粘土鉱物内に微生物が大量に密集していることがわかりました。
 この研究では生物の存在している密度も調べています。粘土を含む亀裂部分の薄片を作って、個々の細胞を見分けられるように、元素組成画像を用いて、細胞の量を調べました。その結果、粘土のあるところには、1cm3当たり100億個の細胞があることがわかってきました。この密度は人間の腸内微生物の密度に相当するとのことです。
 海洋底の深部で、それも3350万年前から1億0400万年前の玄武岩です。マグマが固化して、1000万年以上経過すると、岩石は冷たくなり、熱の供給はありません。ですから、生物が繁殖するには適さない条件ともいえます。そこに大量の生物群が暮らしていくことが明らかになりました。
 この結果を延長して考えると、海洋底は地球の7割ほどの占めています。水と栄養のみが供給される玄武岩中に、上記のような生物がいたとすると、地球全体での総量は非常に膨大だと推定できます。
 ただし、ここまでは、海底という前提での研究です。この研究には、さらに進展があります。それは、次回としましょう。

・排雪の風景・
北海道では、個人の住居では
敷地内での雪の捨て場も限られています。
業者に除雪や排雪を頼む家も多くなっています。
我が家の周りでも、そのようは家庭が増えてきました。
市では除雪はされるのですが
雪を道路脇に寄せていくだけなので
道も狭くなっていきます。
そのため自治会が費用を負担して
地域全体の排雪することが
年に一度おこなわれます。
先週、それが実施されました。
地区ごとに日程が事前に知らされ
大規模な排雪作業がされます。
ブルドーザーで捨てる雪を集め、
排雪車が行列をしたトラックの荷台に
雪を連続的に入れています。
例年、ルート上、我が家は、排雪は最後になります。
窓から、その様子を見ると
なかなか興味深いです。
雪が多い時期は、夜まで作業が続きます。
しかし、今年は雪が少ないので
帰宅前に終わっていました。
これも、北海道の冬の風物詩ですね。

2025年2月20日木曜日

2_224 20億年前からの生物 3:生き続けられる環境

 ある生物だけが生存できる環境が、長く維持されていれば、その生物種は、長い期間生き続けてきたと判定できそうです。そんな環境とは、どのようなものでしょうか。それは、達成できるようなものなのでしょうか。


 化石を用いた種の認定と、化石から見積もる生存期間には、どうしても不確かさが混入してきます。では、どのような方法であれば、そこの確実さが増すでしょうか。
 こんな条件があったなら、どうでしょうか。
 ある時代に誕生した種が、他の種に進化することなく、現在も生きているのなら、その種の継続期間は確実になるのではないでしょうか。例えば、1億万年前の地層があり、そこにある生物が住み着き、同じ環境が保持されれながらも、どの時代にも他の生物の汚染も受けることないとしましょう。その生物種は、1億年間、種が継続してきた期間といえないでしょうか。
 同じ環境が保持されている地層とは、どのようなものが考えられるでしょうか。外部から他の生物によって汚染されない状態で、1億年前の地層の中で、生き続けている生物がいればいいはずです。
 外から生物が入り込まない状態になっている地層とは、地下深部で固化したまま、外部との物質の出入りが最小限で、その物質には他の生物が入りこまない状態のものになります。
 一般に化石が見つかるのは、堆積岩の中です。堆積物中に生物が住み、その堆積物が固化して岩石になったものが、堆積岩です。もし1億年前の堆積物からできている地層があり、地層内に生物いて、現在も生存していれば、生存期間が判定できます。
 ただし、外部からの水の出入りがするとなると、水とともに他の生物が入ってくる可能性もあります。そうなると見つけた生物が、どの時代のものかを判定するのが難しくなります。また、分析する研究者の処理でも、汚染には注意が必要になります。
 同じ環境で保存され、ある時の生物種が維持されている岩石を入手するのも、そもそもその判定をするのも困難です。
 良好な保存状態を持ちうる地層として、マグマが固まった火成岩が考えられます。しかし、マグマ内には生物が住めない環境となります。もともと生物がいない岩石に、なんらかのきっかけで生物が入り込み、その生物種だけが生き続けられる特別な生存環境として維持されたとしたら、困難ですが、上記の条件を達成できそうです。
 では、古い時代の地層の中から、昔から生き続けている生物など、本当に発見できるのでしょうか。それにチャレンジした研究があります。

・次々と終わりが・
先日、今年度後期の成績登録が終わりました。
今月下旬には、次年度のシラバスの締切があります。
それもほぼ入力は終わっています。
年度末の重要な校務書類もあったのですが
それも私の担当分は、ほぼ終わりました。
あとは月末にある最終講義の準備となりますが、
概要は終わっているのであとは
内容の推敲とともに予行と要旨の作成となります。

・退職後のテーマ・
先日、退職後の研究テーマについて
整理することにしました。
これまで、南方熊楠やソクラテス、プラトン、デカルトなど、
気になる人物の思想をフォローして
気になるところを少し読んでいました。
それは現在までの研究の
延長線上で進めてきたものです。
今後のテーマも考えていたのですが、
なんのために熊楠や哲学を読むのかを
少し落ち着いて考えていくことにしました。
そのテーマは、どれくらいの規模になり、
どれくらいの期間になるのか、
アウトプットをどうするのかなど
少し整理しながら考えていこうしています。

2025年2月13日木曜日

2_223 20億年前からの生物 2:種の継続期間

 個体の寿命から種の寿命の話になります。種の寿命とは、その種が継続してきた期間を意味します。ではその種の継続期間は、どのように定義して、その定義はどの程度確かなのでしょうか。


 個々の生物の寿命を見てきましたが、生物の多様性を考えると、「寿命」という概念が、必ずしも適用できない種類もあることもわかってきました。では、生物「種」としての寿命は、どう調べればいいのか考えていきましょう。
 種の寿命とは、ある「種」から別の「種」として分化した時が、種の誕生となります。そこから種の寿命がスタートしてから、種がすべていなくなる時(絶滅)までの期間が、種の寿命となります。種の誕生の前と絶滅の後は、種は「不在」となります。不在の証明は難しいものとなりますが、絶滅の判定については定義があります。現生の生物種においては、信頼できる調査によって一定期間(50年間)、生存が確認されない場合を「絶滅」としています。
 ただしこれは、人為的定義によるもので、その種が本当に「不在」となったかどうかの判定ができるものではありません。なぜなら不在の証明は、論理的に不能だからです。一方、種が継続、あるいは生存している証拠は、簡単に示すことができます。その種の個体がひとつでも確認できれば証明できます。有名な例として、シーラカンスがあります。
 シーラカンス(目という大きな分類群レベル)は、古生代から中生代まで生存していことが化石からわかっています。しかし、中生代(白亜紀)と新生代(古第三紀)の境界(K-Pg境界と呼ばれています)以降、化石が見つかっていないので、絶滅していたと考えられていました。ところが、生きているシーラカンスが見つかりました。化石と現生の種の間で、形態的な差異がほとんどないことから、同じ種だとされました。
 長期間、化石が見つからなかったので定義に基づき絶滅と判断しされたのですが、生きている種が見つかったことで、生存期間が一気に6500万年も延長されました。6500万年間も化石が見つからないという不思議は残されていますが、生存の証拠が優先されます。
 種の出現はどのように判定するのでしょうか。種の誕生は、過去の出来事になるため、多くの場合「化石」で、新種と認定された時が、「出現」となります。それは古生物学的手法によって、それまでにない種の化石が見つかったとき、新種の出現と判断されます。少数の化石では、生存の証拠にはできますが、新種の出現とするのは困難です。なぜなら、その化石が、最初の種の誕生の化石とはいえないからです。
 生存期間の判別には、目的の種の化石が、大量にそして連続した多数の地層から見つかるような条件が必要です。そのような条件を満たするのは、深海底に堆積したプランクトン化石の集合物となっている珪質粘土や、それが陸地に持ち上げられた層状チャートがあります。
 ところが、一般の地層で、長期間に渡って、そのような条件を満たす地層は、あまりありません。ある種の化石が見つかり、別の場所の別の時代の地層で似た種の化石が見つかったとしても、全期間を示していないし、種の連続性も保証されないことにもなります。
 化石の同種の認定は、形態の特徴が似ていることを前提としています。化石は、生物の一部で、岩石中に残された部分(骨、歯、種子、葉など)や痕跡(体の一部の印象、形態、別の物質に置き換わったものなど)になっています。そのため不完全な部分同士で、同種として認定していくことになり、その判断は困難でしょう。その上、時代をまたいだり、あるいは地域を超えて同種の判断は、信頼性が落ちていきます。
 他にいい方法はないでしょうか。次回としましょう。

・老人力・
出張時には、レシート類を2日分を紛失しました。
あちこち探し、ホテルにも問い合わせたのですが、
結局は行方不明となりました。
ところが、提出すべき領収書が
財布に入れていたのを失念していました。
かろうじて事なきを得ました。
このようは加齢による能力の変化を
赤瀬川原平が「老人力」と呼びました。
少し前にその本を読み直しました。
耄碌(もうろく)などといわず、「老人力が増した」と
プラス思考で考えていく姿勢がいいですね。
幸い、妻も老人力が増しているので
お互い様となっています。

・年度の混在・
後期の成績評価を提出しました。
研究費で購入した備品類を返却作業や
パソコンの初期化などを進めて
大半を返却しました。
また、初期化できないものと、
大学のSEの人に頼んだものが残っています。
講義で使う消耗品類も次の担当者に託しました。
校務の報告書の提出も今週締切です。
次々と今年度の業務が終わっていきます。
先週は入試に関する出張がありました。
今月中に次年度の講義シラバスの締切りもきます。
これらは、次年度に関わる業務です。
今年度と次年度が混在している時期です。

2025年2月6日木曜日

2_222 20億年前からの生物 1:生物の寿命

 まず生物の寿命について考えていきます。人間や動物などを基準にすると、寿命というは当たり前の概念です。しかし、多様な生物に寿命という概念をあてはめようすると、一筋縄ではいかないことがわかってきます。


 生物として、どれくらい生きられるのでしょうか。一個体として、寿命はどれくらいあるのでしょうか。生物種ごとによっても、同じ種でも置かれている環境や条件によって、寿命の長さは異なってくるはずです。
 人類でも、その寿命は大きく変化してきました。幸若舞の「敦盛」(あつもり)では「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」とうたわれています。当時、50年ほどが日本人の寿命だと考えられていました。ところが、厚生労働省の2023年の簡易生命表によりますと、日本人の平均寿命は、男性が81歳、女性が87歳となっています。日本では、「人生100年時代」といわれるようになりましたが、まだまだ100年には及びませんが、80歳以上となり50歳よりは大幅に伸びています。
 人類の寿命より長い哺乳類もたくさんいます。体の大きなゾウやクジラは長寿命で知られていますが、体の小さいネズミなどは短くなっています。一説によると、一生の心臓の鼓動数は、それぞれの生物種において大差がないと考えれるようです。ただし、人類だけが例外で、鼓動数の割に長生きとなるようです。
 哺乳類でない動物であれば、ゾウガメやシーラカンス、大型のカニなどは長生きします。昆虫のように1年に満たないものもいます。
 植物でも、数1000年の寿命をもった屋久杉やレバノン杉もある一方、毎年生え変わるヒマワリやアサガオなどもあります。
 微生物の単細胞生物の寿命は、少々ややこしくなります。細胞分裂によって、短期間に増えていきます。一つ個体が2つに分かれていくので、そこには親子関係がなく、個体の寿命という概念の適用が難しくなります。
 中には、現在生活している環境が悪化すると、生物としての活動を低下させエネルギー消費を抑えたり、完全に停止してエネルギーを使わない状態、仮死状態になる生物もいます。植物の種子は、長期間保存しても、条件が整えば発芽して植物としての活動を再開できます。
 そのよう多様なタイプの生物の寿命は、どう見積もればいいのでしょうか。人間や哺乳類などを基準にした寿命という概念は、わかりやすいのですが、多様な生物に広げていくと、判断に迷うものできてきます。

・難しい判断・
今回紹介する一連の論文は、
なかなかおもしろい挑戦だと思います。
しかし、その処理についても、
処理した結果の判断についても、
慎重にならなければなりません。
なぜなら、非常に困難な条件を
いくつもクリアしなければらならないからです。
その判断においても、いくつかも前提を
設ける必要もありそうです。

・大荒れの天気・
今週は校務で2泊3日の出張となりました。
2日間の夜を、地元の魚介類を出してくれる店で
担当者一同で美味しい夕食を摂りました。
ところが、十勝周辺は豪雪となり
交通機関の運休、道路の通行止め
学校の休校などがありました。
それらの地域への校務出張のグループは
大変な状況となりまし。
幸い私たちは順調に校務も帰還もできました。