2024年5月30日木曜日

1_220 月の形成 9:新しい花崗岩体

 現在継続中の中国の探査では、新しいことがいろいろ見つかってきました。以前から、月の裏側で見つかっていた特異な地域での観測で、新たな発見がありました。やはり新しい探査は必要ですね。


 月の高地に関する報告が、2023年のNature誌にセイグラー(Siegler)さんたちの共同研究による報告がだされました。
Remote detection of a lunar granitic batholith at Compton-Belkovich
(コンプトン・ベルコビッチで月の花崗岩バソリスをリモート探査で検出)
というものです。
 コンプトン・ベルコビッチとは、月の裏側の北半球にある火山地帯(北緯61.1度、東経99.5度)です。断層崖に囲まれた不規則な形の窪地があり、それはカルデラ壁となっている火山地形だと考えられています。この地域がクレータが少ないことから、新しい時代(10億年前)にできた可能性も指摘されています。ただし、その年代については、いろいろな見解がありますが。
 1998年にルナー・プロスペクター(Lunar Prospector)が、月を周回しながら探査した結果、コンプトン・ベルコビッチには、トリウム(Th)が多いところだとわかりました。
 マグマで結晶分化作用が起こると、トリウムはマグマ(液相)に残る元素です。最後まで残液に残りやすい元素なので、花崗岩のような岩石に多く含まれています。そのため、この地域には大きな花崗岩が存在していると考えられていました。
 中国の月周回衛星、嫦娥1号と2号のマイクロ波観測装置によって、熱流束が測定され、地熱の放出が多いところがわかってきました。この地域の熱量は、通常の月の高地の20倍ほどになっていました。そして、その広がりも明らかになり、この火山地帯の地下には、巨大な花崗岩の岩体(バソリスと呼ばれています)が存在すると考えられました。取得されたデータから、バソリスは直径48kmの大きさだと推定されています。
 月の高地の岩石は、月の創成期にできたマグマオーシャンが固化した斜長岩からできています。そのため、月では古い時代にできた地帯となります。もしコンプトン・ベルコビッチの火山が、マグマオーシャンのなごりの末期(35億年前)に活動した火山だとしても、現在も発熱を続けていることになります。こんなに長期に熱を発するような花崗岩があるのでしょうか。
 しかし、コンプトン・ベルコビッチの地形からみて、新しい時代に活動した火山になりそうです。月の高地の多い地域で、花崗岩質のマグマによる火成活動が、新しい時代に起こった可能性があります。
 まだまだ、月にはわからないことがあります。中国が現在も探査を継続しているので、新たな発見がありました。2年ほど計画は遅れていますが、中国の嫦娥6号が、2024年5月3日に、無事打ち上げられました。目標は、月の裏側の南極にあるエイトケン盆地のアポロ・クレーターに着陸して、53日間の探査をして、試料を持ち帰ることです。成功すれば月の裏側の試料が、はじめて入手されます。期待が湧きます。

・予約配信・
このエッセイは、予約配信をしています。
本来なら2回目の調査からは
戻っているので配信可能です。
しかし、前回、配信を忘れていて
配信予定の当時に気づいて、
慌てて配信することになりました。
調査から戻ってすぐは、
校務と講義でばたばたしているます。
忙しくて配信が大変になります。
そのため、予約配信をしておくことにしました。

・研究の継続を・
研究は、継続が必要だと思いました。
中国の、久しぶりの月からのサンプルリターンで
今までにない知見がわかりました。
しかしその比較対象となるデータが
アポロの試料からや月隕石からのものです。
より新しいデータが必要です。
今回紹介したリモートの探査でも、
新たに調べなければならない地域がでてきました。
研究には終わりがないので、
継続していくことで
新しいことが次々とわかってきます。
時には大きな発見も生まれることもあります。

2024年5月23日木曜日

1_219 月の形成 8:多様なマントル

 月の形成初期にはマグマオーシャンがありました。中国のサンプルリターンで、新しい時代に活動した地域の特徴がわかっていました。月の形成後には多様なマントルから、マグマが由来していることがわかってきました。


 月の海を構成している岩石の年代は、これまで38~30億年前でした。前回紹介した最近の探査でえられた年代が、20億年前のものでした。一気に10億年も新しい年代の岩石が見つかったことになります。
 月のクレータ年代学では、嵐の海にはクレータが非常に少ないところがあり、20~10億年前と推定される地域が3つほど見つかっていまた。今回は、クレータの少ない地域の中で、北部の新しいと考えられるところの試料を回収しました。そこの岩石の年代が20億年前として実在することが証明されました。
 新しくできた大きなクレータには、溶岩流らしきものも見つかっており、10億年前ころではないかという推定もされています。ですから、他の地域の探査をし、サンプルリターンをすれは、もっと新しい岩石が見つかる可能性もあります。
 次に、岩石の特徴をみてきましょう。今回、回収されたのは、月の海の岩石でした。月には古い時代の形成された、KREEP玄武岩と呼ばれる岩石があります。KREEPとは、カリウム(K)と希土類元素(rare erarth elements: REEと略されています)、そしてリン(P)からとった略号で、これらの元素が多いのが特徴となっています。
 これらの元素は、マグマが冷却して結晶化していくと、残されたマグマの残液に残りやすい元素(液相濃集元素と呼ばれています)です。月では形成初期にはマグマオーシャンがあったと考えらえているので、KREEP玄武岩は、マグマオーシャンでの結晶分化作用の最後に形成されたものだと考えられています。これらは、地球の海洋地殻の玄武岩とは、明らかに異なった特徴があります。
 新しい年代にできた月の海の玄武岩は、マグマオーシャンとは異なった起源になります。チタン(Ti)の含有量の違いによって、多い高チタン(high-Ti basalt)系列、少ない低チタン(low-Ti basalt)系列、あるいは非常に少ない極低チタン(Very Low-Ti basalt)系列に分けられています。このような新しい時代の玄武岩にみられるチタンの含有量の違いは、それぞれのマグマの供給源(マントル)の組成が、不均質であることを示しています。
 今回の試料は、新しい時代の玄武岩になり、チタン系列と低チタン系列の中間的な組成であることがわかりました。これまで知られているのとは、異なった組成のマントルに由来している可能性がでてきました。さらに、ストロンチウム(Sr)やネオジウム(Nd)の同位体組成でも、他の玄武岩と異なっていることがわかりました。これらの同位体組成は、起源物質の違いを示す指標となります。
 少なくとも月の海の下には、履歴のことかったマントル物質が、多様性をもって存在していることになりました。
 ここまで月の海の岩石を中心にみてきましたが、高地の岩石についても新しい報告がありました。それは、次回としましょう。

・新しいルートへ・
先日の調査は、雨の日もありましたが、
幸い、日中は降られることがなく
予定通りの調査ができました。
以前から、工事中の道があり
その直前に興味ある露頭があったのですが、
その先にはいけませんでした。
前回、ひさしぶりにその地にいったとき、
新しい道が完成していることを知りました。
昨年秋は、その道を通ったのですが、
強風と雨で、車から外に出ることもできませんでした。
今回、そのルートを通って、
調査をすることができました。

・新しい露頭も・
今週末には、2回目の野外調査にでかけます。
前回は檜山・後志でしたが
今回は道南の周辺を巡る予定です。
何度も訪れているところもありますが、
しばらく出かけてないところもあります。
興味をもった露頭は、何度みても面白いです。
今回もそんな地域や露頭があります。
そして新たに興味深い露頭も
見つかるかもしれません。
楽しみにしています。

2024年5月16日木曜日

1_218 月の形成 7:若い玄武岩

 月の形成に関する次の話題になります。今回は、中国が進めている月探査からの話題です。新たにサンプルリターンによる試料が入手され、そこから新しい知見が報告されてきました。


 近年、中国は月の探査に力を入れています。嫦娥計画(じょうがけいかく)と呼ばれているもので、最終的には有人による探査から滞在までを計画をしています。
 探査は、2003年からはじまり、20年ほどかけて進めていく計画のようです。嫦娥1号からはじまり2号で、月の軌道上での周回を成功し、3、4号で着陸を成功して月面探査もしています。2020年に打ち上げられた5号では、1.7kgのサンプルリターンを成功しています。
 その試料を用いた研究がいくつか報告されています。嫦娥5号が着陸したのは月の表側の「嵐の海」の北側です。この地域は、月の海の中でも、クレータが少ない地域で、新しい火山活動があった場所となります。
 クレータ年代学と呼ばれる方法があります。表面が硬い天体でその地域の年代を、クレータ密度を調べることで推定する方法です。クレータは隕石の衝突で形成されるため、古くできた地域ほどクレータ密度は大きく、新しいほど少なくなります。高地と呼ばれるところは斜長岩からできており古く、海が玄武岩からできていて新しいことがわかります。アポロなどの試料による年代測定で検証されています。もっとも新しいクレータは、コペルニクスクレータで、約8億年前にできたと推定されています。
 嫦娥5号が着陸した嵐の海は、コペルニクスクレータもある海で、クレータ密度が小さく、月でも新しい時代にできたところになります。海は玄武岩からできているため、新しい時代まで火山活動があった地域となります。年代と岩石の特徴を調べることが、重要な科学的目的となります。
 まずは、えられた年代の報告です。2つの論文で報告され、ひとつは、2021年のScience誌に報告されたチェ(Che)らの共同研究で
Age and composition of young basalts on the Moon, measured from samples returned by Chang'e-5
(嫦娥5号によって持ち帰られた試料の測定による月の若い玄武岩の年代と組成)
と、もうひとつは2021年のNature誌に掲載されたリー(Li)らの共同研究による
Two-billion-year-old volcanism on the Moon from Chang'e-5 basalts
(嫦娥5号の玄武岩からの月の2億年前の火山活動)
というものです。
 いずれもウランによる年代測定の結果です。ひとつでは19.63±0.57億年前が、もうひとつでは20.30±0.04億年前という年代を報告しています。
 これまでえられていた海の岩石の年代は38~30億年前でした。この地域は若いとは推定されていましたので、その推定値は22~12億年前でしたが、その中でも古いものとなりました。
 えられた年代は予想の範囲内でした。しかし、岩石としてははじめて入手された年代のものなので、岩石学的には重要な意味があります。岩石の特徴については次回としましょう。

・野外調査・
先日まで調査にでていました。
檜山・後志の周辺を回りました。
今シーズンはじめての調査になりました。
天気も雨の日もあったのですが、
露頭をみているときは振られずにすみました。
肉体的には疲れますが、
精神的にはリフレッシュします。
野外調査はやはりいいですね。

・観光地とはずれたところ・
今回の調査は、檜山・後志でも
かなりマイナーなところを多くまわりました。
土・日曜日も入っていましたが、
人出は少なく、のんびりと回ることができました。
ただし、積丹半島の周辺は、
平日にも関わらず、観光地なので、
観光バスも乗り付けてくるようなところも多く
外国人観光客も多かったです。

2024年5月9日木曜日

1 _217 月の形成 6:イルメナイト

 定期通信で1回間が空いたのですが、「月の形成」のシリーズの再開です。マントル・オーバーターンがおこったということは前回示しましたが、その詳細を紹介していきましょう。


 月では大規模な溶融を起こしたことは、いろいろ証拠から明らかになってきました。その熱源として、かつては重力エネルギーの開放が考えられました。そのときの事件として、マントル・オーバーターンが起こった考えられたことがありました。証拠がなくて、あまり話題にならなかったのですが、今回紹介している論文で、その可能性が再訴指摘されました。
 天体の中心に金属鉄の核があり、その外側にマントルがあるのですが、そこで少し粘性が小さいところがありました。粘性が小さいということは、一部融けている可能性があります。
 融けている部分には、イルメナイト(ilmenite、チタン鉄鉱)と呼ばれるチタンと鉄の酸化物(FeTiO3)と考えました。ただし、実際にその部分がイルメナイトであることが、確認されているわけではありません。
 なぜイルメナイトだと推定されるのでしょうか。それは、月の内部構造をいろいろと想定して、密度や熱力学的シミュレーションから、どのモデルが一番観測に合うかをチェックしていきます。すると、低粘性のところには、イルメナイトが多く含まれているというモデルだけが合うことがわかりました。
 そのイルメナイトは、どのように形成されたのでしょうか。月の地殻には、火成作用による結晶分化で、鉄やチタンの多い鉱物が含まれていきます。一方、マントルは、マグマが抜けたカンラン岩や、もともとのマントルを構成していたカンラン岩からできています。
 カンラン岩は、マグネシウムが多い岩石があります。元素としてマグネシウムは、鉄やチタンより密度が小さくなります。マグネシウムの多いマントルは密度が小さく、鉄やチタンが多い地殻は密度が大きくなます。イルメナイトが多く集まったところは、特に密度が大きくなります。
 イルメナイトの多いところが、マントルの下部にあるということは、地殻にあったものが、入れ替わったと考えられます。これがマントル・オーバーターンの傍証となります。
 以上が、論文の内容ですが、イルメナイトが低粘性の部分に相当するという必然性がありません。物理的観測に合うモデルとしてイルメナイトを選定していますが、低粘性は部分溶融でもいいし、起源物質の組成変化、物理的条件(温度、圧力、密度など)の違い、溶融によってマグマポケットの形成など、非常の多様なものが想定可能です。多様な可能性があり、他にも説明できるものが出てくるかもしれません。岩石を研究していると、マグマの分別結晶作用によってイルメナイトはできますが、その量は少なく集めることは困難だと思えます。可能性としてはあるでしょうが、今後の検討も必要でしょう。

・植物園へ・
ゴールデンウィークの後半の祝日に
家内と一緒に植物園にいきました。
数年前にいったはのですが、
コロナ禍以降、久しぶりに訪れました。
サクラは終わっていたのですが、
新緑と春の花の季節がはじまっていました。
緑と花に囲まれて、リフレッシュできました。
訪れている人も多かったのですが
広大なので、人の多さを気にせずに
落ち着いて見て回ることができました。

・レストランへ・
札幌は、海外からの観光客は多く、
駅周辺のレストランは、
食事時には、どこでも行列ができています。
家内と植物園に行く前に
昼食を摂る予定をしていました。
あらかじめ店を決めて、
開店直前にいきました。
他のレストランは、どこでも
外国人観光客が行列をしていましたが、
SNSの情報からもれていたためでしょうか、
なぜがその店だけは、だれも並んでいませんでした。
幸い、最初に入店できて
ゆっくりと食べることができました。
美味しかったです。

2024年5月2日木曜日

4_183 横浜:県立歴史博物館

 以前の職場でもあった県立博物館は、現在では、自然系と人文系の2つに分かれ、横浜馬車道には歴史博物館があります。古巣の博物館を久しぶりに訪れることにしました。


 4月の中旬に、久しぶりに横浜にいきました。神奈川、横浜には11年間、定住しました。家内は、横浜生まれ、横浜育ちです。いわゆる浜っ子です。
 2000年3月初頭に、家内の親族に会うために、横浜に出かける予定をしていました。新しくできたホテルも予約していましたが、COVID-19による北海道で緊急事態宣言が発令されたため、急遽、訪問を中止しました。以降、一度も訪れていませんでした。
 今回、4年ぶりの訪問となりました。家内の親族と会うのも久しぶりでした。施設でのお見舞いも、墓参りもやっとできました。幸いなことに、今年は桜も遅く、名残の桜をみることができました。
 横浜では、親族に会うほかにも、時間をつくって、以前の職場であった県立博物館を久しぶりに見学しました。県立歴史博物館は、明治時代(1904年)に横浜正金銀行本店として石造りの由緒ある建物を利用しています。関東大震災で屋上のドームと内部は焼失したのですが、石組みの部分は残りました。1967年に県立博物館として開館しました。その後、国の重要文化財・史跡に指定されました。
 もともと県立総合博物館であったものを、手狭になってきたので、自然系と人文系の2つに分ける計画が持ち上がりました。その企画が進行中の1991年、基本設計に着手されて半年後に、自然系の要員として博物館に勤務することになりました。県立博物館クラスの展示企画、資料収集、施工から完成に参画するという、得難い経験をすることができました。また、1995年3月に生命の星・地球博物館として完成してからは、小田原に勤務することになりました。そこでは、完成後の博物館活動のスタートとして企画から実施まで、経験することもできました。現在の大学に転職するまで、2002年まで11年間勤務することかできました。
 今回、歴史博物館を久しぶりに見学しました。もう開館から、30年近くたっています。外観は、横浜の馬車道でも、もっとも風格のある建物のひとつです。展示されている資料もすばらしいものでした。
 ただし、博物館の建物は、重要文化財の旧銀行をそのまま使っているため、大きく改造することができず、改変のときも、苦労されてきたのですが、やはりそのハンディは大きいようです。一番残念なのは、見学の動線が複雑になり、展示室も入り組んでいる点です。新しい博物館、改装された博物館、あるいはみなとみらいの開発されている新しい施設と比べると、どんよりとした暗さが気になりました。やはり古い建物を利用するというハンディが大きいことを感じました。
 横浜も時間がなくて、あちこちを見ることはできませんでした。今後は、時間があれば、あちこちを見学していきたいのですが、どうなることでしょうか。

・桜の季節・
北海道も桜の季節がきました。
今年の桜の開花は、どうも不揃いで、
なかなか一斉に満開とはなりません。
同じソメイヨシノで、同じ時期に
同じ並木道に植えられたはずのものでも
開花の時期が、大きくずれています。
バラバラに咲くのは、
少々風情がないような気がしています。

・横浜で中華を・
横浜で中華というと中華街となります。
務めていた頃は、毎日のように、
中華街で昼食を食べていました。
今回の旅行は2泊しかできませんでしたが、
夕食は中華街に出かけるつもりでした。
しかし外国からの旅行者が多いと思い、
どうしようかと迷っていました。
馬車道周辺でも、よく食事をしていたので
周辺での中華の店があるはずなので
散歩をしながら探していました。
以前いっていた店は、見つかりませんでしたが
新たなた中華の店を何軒か見つけて、
2晩とも、馬車道で中華を別の店で食べました。
横浜中華を、人の少ない店で、
お手頃価格で、夫婦でのんびりと、
久しぶりに味わうことができました。