2001年12月27日木曜日

5_13 宇宙とは

 宇宙とは、一体どこまでを指す言葉なのでしょうか。その実態は、私たちは正確に把握しているのでしょうか。宇宙とは何かについて、そのもともとの定義について、考えていきましょう。

 天文学事典によれば、「すべての天体を含む全空間」とあります。天文学の対象としている天体を含む場として、宇宙が規定されています。
 理化学事典によれば、宇宙とは、「存在する限りの全空間、全時間およびそこに含まれている物質、エネルギーをいう」とあります。つまり、物理や化学が対象とする、全空間、全時間、全物質、全エネルギーを、すべて含んでいるものが、宇宙なのです。
 一方、日常語としては、広辞苑によれば、「世間または天地の間。万物を包容する空間」とあります。つまり、この世に存在するありとあらゆるものが、宇宙には含まれます。あるいは「森羅万象」ともいわれています。「森羅万象」、素晴らしい言葉ではないでしょうか。もちろん、私たちが、まだ知りえない事柄も、宇宙には含まれます。
 日本語の宇宙は、西洋では、英語ではcosmosとuniverseが使われ、フランス語ではunivers、ドイツ語では、KosmosとUniversumが使われます。つまり、西洋では、英語でいうcosmosとuniverseの2つが、宇宙として使われているのです。
 cosmosの語源は、ギリシア語の「秩序と調和の現れとしての完全体系」を意味するものです。命名者はアルキメデスという説があるようですが、定かではありません。ギリシア時代の象徴である秩序、調和、美しさというような、人間にとって意味のある価値観が、cosmosという言葉には含まれています。cosmosの反対語は、chaos(混沌(こんとん))という言葉です。
 もう一つのuniverseとは、ラテン語が語源で、"uni"は「単一(one, single)」という意味の連結形で、"verse"はラテン語の「(turn)」という意味の単語の複合語です。統一や普遍の意味こめられています。
 西洋でできた言葉であるcosmosもuniverseも、現在の宇宙の意味とは少し違っています。
 日本の宇宙という言葉は、中国(過去の中国大陸の国名は、不適切だとは思いながらここではすべて中国と呼びます)から来たものです。宇宙という言葉は、紀元前2世紀(前漢時代)、淮南子(えなんじ)によって書かれた「斉俗訓」の中に、「往古来今謂之宙、天地四方上下謂之宇」という一文があり、それを宇宙という言葉の始まりとしているようです。日本語に読み下しますと、「往古来今これ宙という、天地四方上下これ宇という」となります。つまり、宇とは時間、宙とは空間を意味するということです。「淮南子」は奈良時代に日本に伝えられていますので、日本人も8世紀には、宇宙という言葉を知っていたわけです。
 西洋のcosmosとuniverseには、空間の意味も時間の意味はありませんでした。でも、淮南子の「宇宙」という言葉には、空間と時間を網羅した意味を持っていました。特に、時間をも宇宙の定義の中に取り込んだのは、見事でした。そして漢字文化圏で使われている「宇宙」という言葉は、現在使われている宇宙という意味に一番近い言葉です。それを2000年以上前から使っていたのです。
 昔の中国人の考えた言葉が、現在の科学に通用するものであったとは、素晴らしいではないですか! 近代科学の源流は、すべて西洋にありと思うのは、大きな間違いです。東洋人の、あるいは中国人の考えたことにも、素晴らしいものがたくさんあります。そして、もしかするとそこにこそ、新しい科学の真理が垣間見れるかもしれません。

2001年12月20日木曜日

3_17 核

 地球の中心部。そこには、核(かく)と呼ばれる層があります。核は、まさに地球の芯にあたります。地球の各層について、今まで、その概要を述べてきました。今回がとうとう最後の層となりました。では、その地球の最深部を覗いてみましょう。


 核は、金属の鉄からできています。鉄は、岩石より密度が大きい物質です。だから、地球の一番深部にあるのです。つまり、核でも、地球の層構造の原則、重いものは下、にしたがっているのです。
 核を構成している鉄は、金属のままで、酸化されていません。つまり、核には酸素がないのです。地殻やマントルを構成する岩石にも、鉄が含まれています。でも、岩石内の鉄は、多くが酸化物となっています。酸化物でなくても軽い元素と結びついて酸化状態になっています。ですから、比重の大きな鉄が、地表やマントルに留まっていられるのです。
 さて、鉄でできている核は、地震波で見ると、2層に分かれていることがわかります。核の外側(外核)は、溶けた鉄からできています。内側(内核)は固体の鉄からできています。成分は同じなのですが、相としては全く違うものです。このような固相と液相の違いがあることによって、現在の地球の境界と地球の歴史に影響を与えています。
 液体の鉄は、地球の自転に伴って動きます。金属鉄の流動によって、電流が生じると考えられています。電流が生じると、そこには磁場が発生します。つまり、地球が巨大な発電機となり、発電機は電磁石の作用をするのです。その結果、地球全体が、磁場を持ち、巨大な磁石として振舞います。それが、地球磁場となり、方位磁石(コンパス)が北を指す理由とされています。このような考え方を、地球ダイナモ理論と呼んでいます。
 地球の形成直後は、高温であったと考えられています。現在は、だいぶ冷めていますが、火山活動がおこるということは、地球内部にはまだまだ熱を持っていることを意味します。そのような地球内部の熱源として、核は重要な働きをしていると考えられています。
 一般に液体から結晶ができると熱(潜熱といいます)の放出がおこります。核では、液体の鉄が結晶化することによって、熱が放出されています。その熱は外に向かって、つまりマントルに向かって放出されます。外核の固体化はゆっくりですが、進んでいるのです。外核で形成された鉄の結晶は、まるで雪のように内核の表面に向かって降っています。そして、雪だるまが成長するように、内核が成長していきます。
 熱をもらったマントルは、暖められます。暖まったマントル物質は、周りの暖まってないマントル物質より、比重が軽くなります。そして、あるとき暖まったマントル物質が上昇を始めます。上昇して抜けた場所には、上部から冷たいマントル物質が降りてきます。このような大きな物質の移動が、数1000万年から2億年くらいのサイクルで起こってきたと考えられています。このようはメカニズムをプルームテクトニクスと呼んでいます。
 プルームテクトニクスは、上部マントルの上の方や地殻では、プレートテクトニクスを生みます。そして、火山が発生したり、山脈が形成されたり、大陸が移動したりという現象を生みます。層と層は相互作用をもっています。層には相があり、それぞれの違いがまた、相互作用を生みます。

2001年12月13日木曜日

3_16 マントル

 よくある例えですが、卵を固体地球に例(たと)えると、地殻は卵の殻にあたり、白身がマントルに当たり、黄身が核(コア)に当たります。白身のマントルと黄身の核は、成分が全く違います。成分でいえば、マントルは地殻に似ています。でも、よくよく見ると、マントルと地殻も違いがあります。


 マントルは、地殻より下にあります。ですから、地表に住んでいる私達には、直接見ることはできません。どうすればマントルを「見る」ことができるでしょうか。間接的に見る方法としては、地震波を利用したり、高温高圧岩石合成実験をする方法があります。しかし、一番いい方法は、なんといってもマントルの物質を手に入れることです。地表を丹念に地質調査すると、マントルから持ち上げられてきた物質(それは岩石です)を、少しですが見つけることができます。そのようなマントルの切れ端から、マントルを「覗いて」みましょう。
 前回の「3_15 地殻」で紹介したように、大陸地殻を構成する岩石は花崗岩で、海洋地殻を構成する岩石は玄武岩でした。そして、それは、「重いものが下」という原則で、並んでいました。マントルもやはり、その規則にそっています。マントルを構成している岩石は、花崗岩や玄武岩より重いかんらん岩という岩石からできています。
 かんらん岩は、花崗岩や玄武岩より比重が大きく、主としてかんらん石という鉱物からできます。かんらん石は、オリーブ色をしたきれいな結晶で、英名はその色の通りオリビン(olivine)といいます。かんらん石は、きれいな色から飾り石としても利用されています。かんらん石は、玄武岩にも含まれていますが、かんらん岩では、その岩石名通り、大部分がかんらん石からできています。
 マントルは、地表30kmの深さから2,900kmの深さまでを占めます。温度圧力の条件では、マントルの一番上は温度600~1,000℃、圧力1GPa、一番深いところでは4,600℃、140GPaになります。多分、想像もできないほどの高温高圧だと思いますが、地球の深部とはそんな所なのです。
 かんらん石も、高温高圧条件に置かれますと、かんらん石のままでいられません。つまり、かんらん石が、かんらん石でいられるのは、ある決まった温度圧力の範囲なのです。その範囲を越えてより高温高圧になると、もっと密度の大きな結晶に変化します。このような結晶の変化を相転移といいます。マントルでは、相転移が起こる温度圧力の条件、つまり深さがあります。その境界は、400kmから670kmの範囲で、遷移帯と呼ばれています。その遷移帯を境界として、浅いほうを上部マントル、深いほうを下部マントルといいます。下部マントルは、もちろん、もはや、かんらん石はなく、全く違う種類の鉱物(ペロフスカイトと呼ばれるスピネルの一種)になっています。このような深部の岩石は、天然では見つかりません。でも、高温高圧岩石合成実験において少量ですが作られています。
 地球の体積(全地球の82%をマントルが占める)でも重さ(68%)でも、マントルは重要な構成物であるマントル。その実態は、深くなればなるほど、分かりにくくなります。つまり、手に入いる情報は、私達人類が住んでいる地表から遠くなればなるほど、減っていきます。でも、その情報不足を補うのが、人類の知恵であり想像力なのです。

2001年12月6日木曜日

3_15 地殻

 固体部分の地球で、一番外側にあるのが、地殻です。つまり、地殻が、固体部分では、一番軽い物質です。さらに、地殻は、固体部分で、一番、私たち生命や人類に馴染み深いものであります。地殻を、概観していきましょう。


 地殻は、岩石からできています。地殻の岩石は、種類によって、さらに2つに区分できます。花崗岩(かこうがん)と玄武岩(げんぶがん)の2つです。花崗岩と玄武岩には、さまざまな違いがあります。花崗岩は、白っぽい色で、粒が粗く、比重は小さいです。一方、玄武岩は、黒っぽい色で、粒が細かく、比重は大きいです。玄武岩の方が比重が大きいので、玄武岩が下(あるいは地球の中心に近い内側)にあり、花崗岩が上にあることになります。そして、その一番の現れが、大陸と海洋の地殻となっています。海洋地殻は玄武岩からできています。大陸地殻の上部は花崗岩からできおり、花崗岩の下(大陸地殻下部)には玄武岩な仲間の岩石があると考えられています。
 花崗岩は、古い時代に形成されたものから、最近できたものまで、さまざまな時代ものがあるのに対し、玄武岩は、花崗岩のように古いものは海洋地殻には見当たりません。大陸地殻には、新しい時代にできた花崗岩が付け加わり、地表に残されているのに対し、海洋地殻は常に更新されているのです。
 このような花崗岩と玄武岩、あるいは大陸地殻と海洋地殻の関係は、どのように説明されているのでしょうか。現在の大陸地殻と海洋地殻の関係は、プレートテクトニクスで説明されています。海洋地殻と大陸地殻の接点には、海溝(かいこう)が形成され、そのさらに大陸側には、島弧(とうこ)と呼ばれる火山活動の活発な地域が形成されます。島弧の地下深部では、花崗岩が形成されていると考えられています。つまり、大陸地殻と海洋地殻の境界では、新しい大陸地殻が形成されているのです。つまり、大陸地殻は常に、増えているのです。
 つぎに、大陸地殻と海洋地殻の関係が、いつごろ成立したのか、みていきましょう。最古の海洋地殻が、38億年前のグリーンランド、イスアにあります。グリーンランドは大陸地殻でできてますが、そこには、玄武岩でできた海洋地殻の小さな断片が残されています。同時期の花崗岩もあります。ですから、最古の大陸地殻と海洋地殻の関係、つまりプレートテクトニクスの証拠が、そこには残されています。その関係は、現在の関係と同じです。地球の地殻の歴史は、38億年前から現在まで、ずっとプレートテクトニクスが重要な働きをしてきたことがわかります。そして、その結果、大陸は常に増加していると考えられます。
 最古の鉱物は、ジルコンと呼ばれているもので、約44億年前(正確には44億0400万年前)まで遡ります。ジルコンが、プレートテクトニクスの直接の証拠となるわけではありません。でも、ジルコンから海やプレートテクトニクスの匂いが漂ってきます。その理由は以下の「風が吹けば桶屋が儲かる」式論法によります。
 ジルコンは、花崗岩に普通に含まれている鉱物です。大部分の花崗岩は、水の存在下で形成されています。水の存在は、海の存在を匂わします。海の存在は、海洋地殻の玄武岩の存在を匂わしっます。海洋地殻の存在は、プレートテクトニクスの匂わします。ほんの微かな匂いです。でも、少ない証拠から夢は広がります。

2001年11月29日木曜日

3_14 生命

 地球には、生命がいます。人類も、その生命の一種です。地球は、現在知られている唯一の生命のいる星です。生命の量は、地球全体から見れば、取るに足らないものです。でも、一つ一つばらばらの個体ですが、生命全体としてみますと、生命圏と呼べるほどの、重要な構成要素となっています。その重要性を見ていきましょう。


 生命は、たった一つの細胞で生きている小さいものから、鯨のように多数の細胞からなる巨大な生物に至るまで、すべて共通性をもっています。それは多様性に富むことです。生命の多様性は、他の層(大気、海洋、地殻など)のものより、はるかに勝っています。その多様性を生む仕組みを、進化といいます。多様性と進化は、生命を特徴付けるものです。まあた生命の多様性と進化は、他の層へも大きな影響を与えます。生命は、大地や、大気、海洋との相互作用をし、お互いに変化してきています。だから、生命は、地球の構成要素として重要な役割をになうのです。
 生命のほとんどは、地表付近と海洋表面付近にいます。例外的に、高山や深海にもいますが、その量は少しです。例外的な場所を含めたとしても、生命は他の層に比べて、量や分布としては、少しです。また、生命は、他の層、つまり、大気、海洋、地殻などなくしては、存在し得ません。大気は、呼吸をするために、海洋は生きる場所、地殻は栄養補給、などとして、他の層がなくてはならないものなのです。つまり、生命とは、他の層への依存のもとに存在し得るのです。
 生命は、一方的依存だけでなく、相互作用をしています。それが、他の層に大きな変化を与えました。一番の変化は、生命という新たな物質循環を生み出したことです。その一番の事例が、地球の表面を酸化的環境に変えたことです。酸化的環境とは、原子や分子が酸化されやすい状態です。原始の地球は、金星や火星と同じような環境で、今ほど酸化的環境ではなく、太陽系の惑星としては、普通の環境でした。でも、今の地球は、非常に酸化的環境です。それは、大気や海洋に酸素分子(遊離酸素といいます)をたくさん含んでいるからです。酸素は、他の原子や分子を酸化させる機能をもっています。このような酸素が大気や海洋にあるという状態は、他の惑星には見られない特徴です。
 生命が誕生するまで、大気には多くの二酸化炭素が、海洋には炭酸イオンが含まれていました。初期の生命も、そのころの環境に適応した生活をしていました。つまり、原始の海洋の酸化還元環境に適応していたのです。しかし、生命を特徴付ける多様性と進化が、別の道を選びました。
 約20億年前に大量の発生したシアノバクテリアは、光合成を利用してより効率的は養分を得る仕組みを利用していました。そのころのシアノバクテリアは、ストロマトライトといいう岩石として大量に見つかります。シアノバクテリアの生活の廃棄物として、酸素が、大量に海洋に投棄されました。それまでの環境に適応していた生物には、とんでもない環境破壊が起こったのです。酸素は、それを解毒できない生物にとっては、猛毒でした。酸素は強力な酸化能力を持っています。生物の体を酸化して、有機物を分解してしまいます。そのため、当時きていた大部分の生物種は、絶滅したはずです。想像を絶する大絶滅が、20億年前には起きたに違いありません。
 そのころの酸化的環境への変化の産物として、約20億年前に形成された大量の縞状鉄鉱層が、世界各地の大陸から見つかっています。その量は、数100mの厚さの地層として、何10km、数100kmにわたって分布しています。縞状鉄鉱層は、海に溶けていた鉄のイオンが、酸素の供給によって、サビとして沈殿したものです。それを、私たち人類は、文明にはなくてはならない鉄資源として利用しています。
 酸化的環境への激しい環境変化を生き延びたのは、ほんの一握りの生物だったに違いありません。昔のままの環境を残す深海や、地殻深くなどのかろうじて絶滅を免れた生物がいたにすぎません。光合成をする生物と酸素を解毒できる生き物だけが生き延びました。その種類数は少なかったはずです。でも、持ち前の進化によって再び多様性に富む生物圏を作り上げました。やがて、酸素を解毒するだけでなく、エネルギーとして有効に利用する生物がでてきました。それが、私たちの祖先となるわけです。
 生命には、大量の炭素が使われています。その炭素は、かつて大気や海洋、地殻にあったものが、生命の材料として利用されました。そして、死んだ生物の炭素は、再び他の層にもどり、あるものは他の生物のものとなります。地球全体の生命の量(バイオマス)が、変化しない限り、ある一定量の炭素は、生命という層の中にあります。他の生命を構成している元素や物質についても同様のことがいえます。
 地球誕生のころ、地球には生命がいませんでした。あるとき生命ができ、そして長い時間と進化によって、現在のような大量の生命が形成されました。物質循環という視点からすると、生命は、酸素や炭素など元素の層移動の重要な原動力なっています。それは、生命だけでなく他の層をも巡る循環なのです。

2001年11月22日木曜日

3_13 海洋

 地球は、よく「水惑星」と呼ばれます。その理由は、地球の表面には、海が広く分布するからです。その広がりが、地球を青く見せているのです。「青い地球」の青の海では、どのようなドラマが繰り広げられたのでしょうか。


 海。それは、大部分が水からできています。水とは、H2Oです。でも、H2Oの液体が存在するには、非常に限られた条件を満たさなければなりません。それを、地球が満たしていたのです。そして、液体のH2O、水が存在したから、私たち生命が地球に存在できるのです。水と生命には切っても切れない関係があります。
 原始の地球の材料に、H2Oが含まれていました。そのおかげで、地球には、初まりからたくさんのH2Oがありました。H2Oというのは、太陽系だけに固有のものではなく、宇宙では比較的たくさんある成分なのです。ですから、太陽系の惑星には、もともとH2Oが含まれていたり、今もたくさん含まれています。材料を見ると、地球は選ばれた星ではなっく、ごくありふれた星なのです。
 H2Oがたくさんあっても、H2Oは温度によって、冷たければ(地表では0℃以下)固体の氷になり、熱ければ(地表では100℃以上)気体の水蒸気になります。太陽系の惑星の表面温度を決定する一番大きな要因は、太陽からのエネルギー量です。太陽に近いと熱く、遠いと冷たくなります。その中間的な位置では、H2Oが液体の水となるのです。
 地球は、水が存在できるような太陽から位置にあったのです。でも、地球だけでなく、火星も、液体のH2Oが存在できる条件を備えていました。ですから、かつては、火星の表面には、地球のように、海があったと考えられています。火星が小さかっため、引力が弱く、大気がだんだん宇宙空間へ抜けていって、薄い大気の冷たい星になったと考えられています。さらに遠い惑星では、H2Oは氷になっています。逆に、地球より太陽に近い、金星や水星は、熱さのため、液体の水は存在しません。
 隕石の衝突で熱かった原始の地球は、隕石の衝突が収まってくると、冷めてきます。すると、大量にあった水蒸気は、雨となって降ってきます。それが、やがて海になります。
 海は、水が主成分ですが、その他の成分も混じっています。それは、水が、他の成分を非常に溶かしやすいという性質を持っているからです。海水には、ナトリウムイオン(Na)と塩素イオン(Cl)が大量に溶けています。NaとClは、しょっぱさのもとである塩(しお)(NaCl)となります。次いで多いのが、マグネシウムイオン(Mg)です。マグネシウムはニガリのもとです。さらに、イオウイオン(S)、カルシウムイオン(Ca)、カリウムイオン(K)が、溶けている(溶存)成分として続きます。
 海の水の歴史は、まだ解き明かされていません。海水の量は、昔から現在ほどの量があったのでしょうか。また、海水において、上で述べたような成分は、いつごろからあったのでしょうか。成分やその濃度に、変化はなかったのでしょうか。このような素朴な疑問に対する仮説はあるのですが、まだ定説まで至っていません。
 でも確かなことがあります。それは、生命が、35億年前には、海の中で生まれていたということです。そして、生命の中には、体液として海の記憶があります。生理食塩水の塩分濃度は、3.5%です。これは、海水の塩分濃度と同じです。だから、もしかすると塩分濃度は、今も昔も変わらないのかもしれません。すると、生命は、非常に薄い溶液の中で生まれたことになります。
 実は、そこが問題なのです。現在のような海水があるだけの条件では、生命は誕生できません。生命誕生には、生命にいたるための分子をつくるのに、エネルギーも必要だし、成分も濃集されている必要があります。エネルギーの供給の多いところは、環境としては、苛酷で、変化が激しいところです。そんな環境が、今もあるのでしょうか。
 少しですが、現在もあります。それは、熱水の噴出口です。中央海嶺と呼ばれるマグマの活動の激しいところでは、多様な成分が溶けこんだ熱水が噴出を続けています。そのような環境は、過酷ですが、特殊な成分の濃集や、激しい化学変化やおこっています。ですから、多くの科学者は、生命の誕生の場が、深海の熱水噴出口ではないかと考えています。
 その有力な証拠として、35億年前の化石が見つかった環境が、地質学的調査から、海嶺の熱水噴出口だったとされています。また、傍証として、原始地球の表面は冷めたとしても、内部はまだ熱ければ、火山活動が激しかったと考えられます。となれば、熱水噴出口も地球の各地にあったと考えられます。そこでは、生命の合成実験が日夜繰りかえされていたのです。そして、少なくともその一つは成功して、それが、私たち生命の祖先となったのです。

2001年11月15日木曜日

3_12 大気

 大気。それは、地球の周りに、ほんの少しだけ、本当に薄くまとわりつくベールのようなものです。スペースシャトルからの映像を見ると、その儚(はかな)さがよくわかります。そんんな薄い大気ですが、われわれ地球生命にとっては、なくてならないものです。そして、大気は、長い地球の歴史の中で、変化を遂げ、今の姿になったのです。


 地球の大気は、空気と呼ばれています。空気は、8割の窒素(N2)と2割の酸素(O2)、そして少量のアルゴン(Ar)と二酸化炭素(CO2)からできています。と、よく言われますが、正確には、いくつかの前提を話すべきです。まず、この比率は、地表付近のものであること、そして大気組成は、体積や重量での比率を区別することが重要です。地球付近の窒素の体積比は78.088%、重量比は75.527%で、酸素の体積比は20.949%、重量比は23.143%で、アルゴンの体積比は0.93%、重量比は1.282%で、二酸化炭素の体積比は0.035%、重量比は0.0456%となります。窒素や酸素は、主成分であることと、分子量に大きな差がありませんので、窒素と酸素が、8割と2割で体積でも重量でも差があまりでません。ですから、あいまいな表現でもよかったのですが、例えば、分子量(正確には原子量)の大きな(83.7)クリプトン(Kr)は、体積比では0.000114%で、重量比では0.000330%となり、値としては3倍あるいは3分の1もの違いが生じます。話が脱線しました。戻しましょう。
 さて、なにげなく吸っている空気。これは、いつからあったのでしょうか。地球誕生の時からでしょうか。それとも、あるときにできたのでしょうか。
 前回も少し紹介したのですが、実は、地球形成の歴史から考えられる最初の大気は、今とは全く違ったものだと考えられています。地球の素材である隕石から出てくるガスは、水蒸気(H2O)や二酸化炭素(あるいは一酸化炭素)、窒素を主成分とするものです。水蒸気は、原始の地球が冷めてくると、液体の水となり、集まってやがて、海洋になります。ですから、冷めた地球では、二酸化炭素(あるいは一酸化炭素)と窒素が、原始の大気(空気ではありません)の主成分となっていたのです。
 今の大気と比べて、原始地球の大気は、酸素がなく、二酸化炭素が多いものだったのです。これは、隣の金星や火星の大気が、二酸化炭素と窒素を主成分とすることも、傍証となります。ということは、何らかの作用で、原始地球の大気に、酸素が加わり、二酸化炭素が抜けていったことになります。駆け足になりますが、45億年のストーリを紹介しましょう。
 酸素は、生物がつくったのです。浅い海にすんでいたシアノバクテリアが、その役割を果たしたのではないかと考えられています。シアノバクテリアは、光合成をする生物です。光合成とは、葉緑体という器官で、光のエネルギーを使って、二酸化炭素と水から、炭水化物などの有機物と酸素をつくる作用です。シアノバクテリアが長年にわたって、光合成を続ければ、やがて、大量の酸素が大気中に蓄積されます。
 大気中の二酸化炭素は、ある比率で海の中にも溶け込みます。その溶けた二酸化炭素が、光合成には利用されています。そのほかにも、化学的に炭酸カルシュウム(CaCO3)として沈殿したり、生物の殻や骨など(これも多くは炭酸カルシュウム)、あるいは有機物(最終的には炭素)として固体となれば、気体の二酸化炭素よりコンパクトに(小さい体積)になります。減った海水中の二酸化炭素は、大気から即座に補充されます。このような炭素の固化作用を長い期間続ければ、大気中の二酸化炭素を、海をへて、生物と地球自身の作用によって、取り除くことができます。
 駆け足でしたが、地球の大気の空気へいたる履歴を見ていきました。生物、海洋、大気の相互作用による酸素の合成と、二酸化炭素の固化は、現在も続いています。でも、人類による急激な、二酸化炭素の大気への添加、熱帯雨林の破壊や海洋汚染による光合成の阻害などが進めば、地球の大気環境は、変化するかもしれません。それは、大気だけにとどまらす、海洋や、やがては生物自身へと、その変化の輪は広がるかもしれません。