地球での「最初の出来事」は、すべて冥王代(45.6億~40億年前)に起こりました。地球で、最初の大気ができたのも、最初の海ができたのも、そして最初の固い物質ができたのも、最初の陸ができたのも、冥王代という時代です。冥王代をいう時代を探るにあたって、まず、地球最初の大気について見ていきましょう。
最初の大気とはどのようなものでしょうか。2つの候補があります。
一つは、地球だけでなく、太陽系全体に共通する大気です。それは、水素(H2)とヘリウム(He)を主成分とする大気です。原始太陽系ガスと呼ばれます。これは、太陽系ができるときにあった成分です。水素とヘリウムは、宇宙でも、もっとも多い、つまりありふれた成分でもあるわけです。固体成分は、惑星をつくり、残りが惑星の原始的な大気となりました。
太陽系の内側にある惑星(水星、金星、地球、火星)の水素とヘリウムの大気は、ある時期に吹き飛ばされました。なぜなら、今の金星、地球、火星にはこのような大気が残っていないからです。太陽ができて間もない頃、非常に明るく輝く時期があります。その時に、太陽に近い惑星の原始太陽系ガスが、吹き飛ばされた可能性があります。いつ吹き飛ばされたかは、現在の太陽系形成のモデルでは、まだ結論はでていません。
もう一つの大気は、原始的(隕石の世界では始源的という)隕石に含まれていた成分が、原始的大気をつくったというものです。
始源的隕石には、二酸化炭素(CO2)あるいは一酸化炭素(CO)や、水蒸気(H2O)、窒素(N2)などの成分が含まれていす。惑星がつくられるとき、このような隕石が、惑星の材料として、衝突したり合体したりして、惑星が成長していくと考えられています。衝突したとき、始源的隕石が、高温高圧条件になり、ガスの成分が抜け出て、それが大気をつくったというものです。このような説は、衝突脱ガス説と呼ばれています。
上で述べた2つのモデルには、大きな違いがあります。最初の大気の主成分が、原始太陽系ガス説では水素とヘリウムで、衝突脱ガス説では、二酸化炭素と水蒸気です。
成分以上に2つのモデルには、大きな違いがあります。それは、原始太陽系ガス説では、大気に水素が大量にあることになるため、還元的な大気といえます。一方、衝突脱ガス説では酸化的な大気となります。この違いは非常に重要です。大気にさらされているものは、還元的な環境では酸化物は還元しますし、酸化的な環境では酸化物はさらに酸化します。ある環境の下に置かれたものは、その環境に応じて、より安定したものへと、変化していきます。環境が、還元的か酸化的かでは、全く別の方向に進むことを意味します。
2つの説は、どちらか一つだけが起こったのではなく、両方が起こったかもしれません。もしそうなら、その時期や順番がどうであったかが、問題となります。でも、両モデルがどちらがいいか、まだ決着をみていません。
地球のはじまり、それは私たち自身のはじまりを意味します。「私たちは、どこから来たのか」に対する答えは、まだ成分すらわからない霧の中なのです。
2001年9月27日木曜日
2001年9月20日木曜日
5_12 万物の年齢を調べる
宇宙や地球は、いつ生まれたのでしょうか。そして、現在、何歳なのでしょうか。私たちは、宇宙の中で宇宙の一部として、地球の中で地球の一部として生まれました。宇宙や地球の一部として存在する私たちが、どうすれば自分より古いものの年齢を知ることが出来るのでしょうか。年齢の調べ方を紹介します。
「5_4 年代決定の原理(2001年2月22日)」のエッセイで、ジルコンという鉱物の1個からも年齢を決めることができるということを紹介しました。今回は、もっと広く、年代を知るには方法を考えましょう。
時間を知るためには、一般に、時計を利用します。宇宙や地球の「時」を測るには、2種類の時計を利用することが可能です。
最初の時計は、ずっと動き続けている時計です。それは、過去も現在も、そして将来も動いている時計です。その時計を用いて、生まれた時の「時刻」を記録や、記憶しておけばいいのです。人間の年齢は、両親が、自分の生年月日・時刻を覚えてくれているために、その「時刻」から現在までの期間が、自分の年齢として測ることができます。これが第1の時計です。
人間のように時刻を記憶できないものは、どうすればいいのでしょうか。石ころや、地層、化石などの年齢は、どうして求めるのでしょうか。それが、第2の時計です。この時計は、生まれたものの中でスタートする時計です。あるいは死ぬとスタートする時計です。そのような時計を探し出して、その時間を読取るという方法があります。
両方の時計において、「放射性核種」と呼ばれる元素が、時を刻む役割をします。
元素には、同じ元素なのに少し重さの違う同位体(どういたい)と呼ばれるものがあります。同位体の違い区別して元素を呼ぶ場合、核種(かくしゅ)という呼び方をします。同位体の中には、放射能を出す核種があります。放射性核種が、年齢を知りたい石ころにあれば、その時間を読取ることが可能です。
放射性核種は、一定の時間がたてば壊れて、別の安定な類種に変わります(崩壊(ほうかい)あるいは壊変(かいへん)といいます)。ですから、放射性核種(親核種)と、壊れてできた安定核種(娘核種)の量が正確にわかれば、放射性核種ができてからどれくらい時間がたったかわかります。
放射性核種が目的のものの中に見つけることができれば、時計を手に入れたことになります。
放射性核種は、宇宙ができた時と、超新星爆発によってできます。地球を計るときは、太陽系が形成されるもととなった超新星爆発になります。これが第1の時計にあたります。また、太陽の放射や宇宙の放射によって、常にある一定(平衡状態といいます)の放射性核種が形成されていて、その形成の作用が何らかの理由でストップした時に、放射性核種の平衡状態から壊変が進む場合が第2の時計です。
マグマからできた岩石では、もう一つ巧妙な仕組みの放射性核種を用いた時計が、利用できます。マグマは、岩石が溶けて形成されます。もとの岩石の中ではバラバラであった親核種と娘核種の量が、マグマという液体になると均一の値になります。そして、マグマが固まって各種の結晶ができる時、結晶の種類、あるいは岩石の種類によって、親核種の量が変化します。岩石ができて長い時間たつと、親核種の量が違うので、そこからできる娘核種の量も違ってきます。ですから、同じマグマからできた、岩石や結晶をいくつか集め、その親核種と娘核種の量から経過した時間を測ることができます。
こうしてみていくと、「時」を計るということにも、科学者の努力のあとがうかがわれます。まさに、人類の知恵の集積がみれて、非常に興味深いことです。
「5_4 年代決定の原理(2001年2月22日)」のエッセイで、ジルコンという鉱物の1個からも年齢を決めることができるということを紹介しました。今回は、もっと広く、年代を知るには方法を考えましょう。
時間を知るためには、一般に、時計を利用します。宇宙や地球の「時」を測るには、2種類の時計を利用することが可能です。
最初の時計は、ずっと動き続けている時計です。それは、過去も現在も、そして将来も動いている時計です。その時計を用いて、生まれた時の「時刻」を記録や、記憶しておけばいいのです。人間の年齢は、両親が、自分の生年月日・時刻を覚えてくれているために、その「時刻」から現在までの期間が、自分の年齢として測ることができます。これが第1の時計です。
人間のように時刻を記憶できないものは、どうすればいいのでしょうか。石ころや、地層、化石などの年齢は、どうして求めるのでしょうか。それが、第2の時計です。この時計は、生まれたものの中でスタートする時計です。あるいは死ぬとスタートする時計です。そのような時計を探し出して、その時間を読取るという方法があります。
両方の時計において、「放射性核種」と呼ばれる元素が、時を刻む役割をします。
元素には、同じ元素なのに少し重さの違う同位体(どういたい)と呼ばれるものがあります。同位体の違い区別して元素を呼ぶ場合、核種(かくしゅ)という呼び方をします。同位体の中には、放射能を出す核種があります。放射性核種が、年齢を知りたい石ころにあれば、その時間を読取ることが可能です。
放射性核種は、一定の時間がたてば壊れて、別の安定な類種に変わります(崩壊(ほうかい)あるいは壊変(かいへん)といいます)。ですから、放射性核種(親核種)と、壊れてできた安定核種(娘核種)の量が正確にわかれば、放射性核種ができてからどれくらい時間がたったかわかります。
放射性核種が目的のものの中に見つけることができれば、時計を手に入れたことになります。
放射性核種は、宇宙ができた時と、超新星爆発によってできます。地球を計るときは、太陽系が形成されるもととなった超新星爆発になります。これが第1の時計にあたります。また、太陽の放射や宇宙の放射によって、常にある一定(平衡状態といいます)の放射性核種が形成されていて、その形成の作用が何らかの理由でストップした時に、放射性核種の平衡状態から壊変が進む場合が第2の時計です。
マグマからできた岩石では、もう一つ巧妙な仕組みの放射性核種を用いた時計が、利用できます。マグマは、岩石が溶けて形成されます。もとの岩石の中ではバラバラであった親核種と娘核種の量が、マグマという液体になると均一の値になります。そして、マグマが固まって各種の結晶ができる時、結晶の種類、あるいは岩石の種類によって、親核種の量が変化します。岩石ができて長い時間たつと、親核種の量が違うので、そこからできる娘核種の量も違ってきます。ですから、同じマグマからできた、岩石や結晶をいくつか集め、その親核種と娘核種の量から経過した時間を測ることができます。
こうしてみていくと、「時」を計るということにも、科学者の努力のあとがうかがわれます。まさに、人類の知恵の集積がみれて、非常に興味深いことです。
2001年9月13日木曜日
6_9 ヒトとは
私たちヒトは、他の生物に比べて、何が優れているのでしょうか。もしどこかが優れているとすると、人は地球を代表する生き物と呼べるのでしょうか。古くから現在まで生きている古細菌のような、「古い家系」の生き物のほうが、代表としてはいいのではないでしょうか。ヒトとはなにかついて考えてみましょう。
私たちの根源的な疑問として、「私たちは、どこから来たのか」、「私とは、何か」、「私たちは、どこへ行くのか」というものがよく挙げられます。ヒトについて考えるとき、ヒトとは何かを、決めておかねばなりません。まず、「ヒト」についてです。どういうものを人と呼びましょう。まずは地球人についてみていきましょう。
ヒトを文化を持っている生物としましょう。でも、サルには、イモを洗う文化や、石でクルミを割る文化を伝え継続するものもいます。鳥の求愛のディスプレイなんかは、すばらしい文化のように見えます。
ヒトを文明をもっている生物としましょう。文明を農業をすることとしますと、サキリアリは、葉を切り取り巣に運んでそこで菌類を栽培しています。まさに農業をする生物です。共生関係なくかは飼育や牧畜のような文明のようにみなすこともできます。
ヒトを文化ではなく言語を用いる生物にしましょう。言語によってヒトはコミュニケーションします。でもコミュニケーションする言語は多くの哺乳類や鳥類で見られます。言語を用いてヒトとコミュニケーションするチンパンジーがいます。言語を用いてヒトとコミュニケーションするチンパンジーがいます。
その言語も文字としましょう。そうすれば他の生物にはできないことかもしれません。ただし、書けないにしても、人に訓練されたチンパンジーには、文字を理解しているものもいます。京大霊長類研究所のアイというチンパンジーは文字を理解しています。
文字を書くこと、そしてそれを他の個体や子孫に伝える手段を持つことそれが重要です。
しかし、ヒトの特徴を持っていることが、実はヒト固有のものは少なく、他の生物でも同じようなことをしていたり、もっと特殊化したものにまで発展させていることもあります。つまり、ヒトとはそんなに特殊、特別なことをあまりしていないということです。ヒトは、特殊化していないこと、特別でないこと、そして、他の生物が、それをすることを種が多大な変化(進化)をしていることもあります。
生物としていて、ヒトは一つ一つの能力では一番ではないかもしれません。しかし、多くのことを器用に、多機能にこなすこと、ヒトの特徴かもしれません。そのために、特別な変化を用いずにおこなってきたことが、今後も変化をもたらす可能性を秘めていると思います。つまり、ヒトは、特別でないことも、将来性の一つと考えられます。
私たちの根源的な疑問として、「私たちは、どこから来たのか」、「私とは、何か」、「私たちは、どこへ行くのか」というものがよく挙げられます。ヒトについて考えるとき、ヒトとは何かを、決めておかねばなりません。まず、「ヒト」についてです。どういうものを人と呼びましょう。まずは地球人についてみていきましょう。
ヒトを文化を持っている生物としましょう。でも、サルには、イモを洗う文化や、石でクルミを割る文化を伝え継続するものもいます。鳥の求愛のディスプレイなんかは、すばらしい文化のように見えます。
ヒトを文明をもっている生物としましょう。文明を農業をすることとしますと、サキリアリは、葉を切り取り巣に運んでそこで菌類を栽培しています。まさに農業をする生物です。共生関係なくかは飼育や牧畜のような文明のようにみなすこともできます。
ヒトを文化ではなく言語を用いる生物にしましょう。言語によってヒトはコミュニケーションします。でもコミュニケーションする言語は多くの哺乳類や鳥類で見られます。言語を用いてヒトとコミュニケーションするチンパンジーがいます。言語を用いてヒトとコミュニケーションするチンパンジーがいます。
その言語も文字としましょう。そうすれば他の生物にはできないことかもしれません。ただし、書けないにしても、人に訓練されたチンパンジーには、文字を理解しているものもいます。京大霊長類研究所のアイというチンパンジーは文字を理解しています。
文字を書くこと、そしてそれを他の個体や子孫に伝える手段を持つことそれが重要です。
しかし、ヒトの特徴を持っていることが、実はヒト固有のものは少なく、他の生物でも同じようなことをしていたり、もっと特殊化したものにまで発展させていることもあります。つまり、ヒトとはそんなに特殊、特別なことをあまりしていないということです。ヒトは、特殊化していないこと、特別でないこと、そして、他の生物が、それをすることを種が多大な変化(進化)をしていることもあります。
生物としていて、ヒトは一つ一つの能力では一番ではないかもしれません。しかし、多くのことを器用に、多機能にこなすこと、ヒトの特徴かもしれません。そのために、特別な変化を用いずにおこなってきたことが、今後も変化をもたらす可能性を秘めていると思います。つまり、ヒトは、特別でないことも、将来性の一つと考えられます。
2001年9月6日木曜日
1_10 星の輪廻(2001年9月6日)
形あるものはやがてなくなります。星も例外ではなく、やがて死にます。死んだ後に、その屍は他の星の材料になります。まさに輪廻転生です。星の死は、星の再生でもあります。星の再生は、全くといっていいほどのオーバーホールがなされます。それは星の死のすざましさに由来してます。
星は、自分自身の物質による引力と、核融合によって発生する熱による張力のもとに安定しています。そのバランスがくずれる時、星の終わりが訪れます。その最期は、星の大きさが大きいほど激しくなります。一番激しい終わり方が、超新星爆発と呼ばれるものです。
星の中では、水素(H)が核融合して、ヘリウム(He)となります。つまり、星の燃料は水素です。
大きな星は、引力が強力な分、核融合による熱の発達も多くなります。つまり、熱く明るくなります。星は温度が高くなるにつれて、赤から黄色、白へと変化していきます。大きな星では、核融合が早く進むので寿命が短くなります。
水素が不足してくると、核融合による張力が足りなくなります。つまり、星としてのバランスが崩れます。引力による縮もうとする力が優ります。そして、縮むと、引力によってヘリウムより大きな元素の核融合が起きます。星の引力に応じて、核融合によって重い元素ができます。しかし、星の中で核融合できるのは鉄(Fe)までです。
それは、鉄より重い元素は、核融合がおきても熱を放出しないからです。核融合するには、エネルギーをつぎ込まなければなりません。つまり「熱える」は鉄までの元素で、鉄より重い元素は「熱す」必要があるわけです。
元素が「熱される」は、超新星爆発のときです。バランスのくずれた星が最期に大爆発をする時、重い元素が合成されていくのです。そして、爆発によって重い元素が宇宙にバラまかれます。
宇宙が始まった時、重い元素はありませんでした。ほとんど、水素とヘリウムだけでした。星の中に星の爆発によって、重い元素が宇宙に増えていったのです。
私たちの体は、水素と酸素つまり、水を主成分として、炭素(C)、窒素(N)、リン(P)などの重い元素があります。また、地球には鉄や鉄より重いウランまでの元素が含まれています。太陽にも同じように重い元素が見つかっています。つまり、私たちの太陽を構成している元素を見ても、超新星爆発が事前に必要だとわかります。
私たちは、宇宙開闢当時に作られた元素、星の中で作られた元素、超新星爆発で作られた元素からできています。私たちは、まさに「星の子」といえます。そして、私たちの太陽の死は、新たな星の誕生へと継がります。
星は、自分自身の物質による引力と、核融合によって発生する熱による張力のもとに安定しています。そのバランスがくずれる時、星の終わりが訪れます。その最期は、星の大きさが大きいほど激しくなります。一番激しい終わり方が、超新星爆発と呼ばれるものです。
星の中では、水素(H)が核融合して、ヘリウム(He)となります。つまり、星の燃料は水素です。
大きな星は、引力が強力な分、核融合による熱の発達も多くなります。つまり、熱く明るくなります。星は温度が高くなるにつれて、赤から黄色、白へと変化していきます。大きな星では、核融合が早く進むので寿命が短くなります。
水素が不足してくると、核融合による張力が足りなくなります。つまり、星としてのバランスが崩れます。引力による縮もうとする力が優ります。そして、縮むと、引力によってヘリウムより大きな元素の核融合が起きます。星の引力に応じて、核融合によって重い元素ができます。しかし、星の中で核融合できるのは鉄(Fe)までです。
それは、鉄より重い元素は、核融合がおきても熱を放出しないからです。核融合するには、エネルギーをつぎ込まなければなりません。つまり「熱える」は鉄までの元素で、鉄より重い元素は「熱す」必要があるわけです。
元素が「熱される」は、超新星爆発のときです。バランスのくずれた星が最期に大爆発をする時、重い元素が合成されていくのです。そして、爆発によって重い元素が宇宙にバラまかれます。
宇宙が始まった時、重い元素はありませんでした。ほとんど、水素とヘリウムだけでした。星の中に星の爆発によって、重い元素が宇宙に増えていったのです。
私たちの体は、水素と酸素つまり、水を主成分として、炭素(C)、窒素(N)、リン(P)などの重い元素があります。また、地球には鉄や鉄より重いウランまでの元素が含まれています。太陽にも同じように重い元素が見つかっています。つまり、私たちの太陽を構成している元素を見ても、超新星爆発が事前に必要だとわかります。
私たちは、宇宙開闢当時に作られた元素、星の中で作られた元素、超新星爆発で作られた元素からできています。私たちは、まさに「星の子」といえます。そして、私たちの太陽の死は、新たな星の誕生へと継がります。
2_12 地球生命の代表
地球を代表する生き物とは、何でしょうか。ヒト、それも一つの答えです。文明や科学などの尺度で見れば、そうかもしれません。でも他の尺度で見れば、ヒトは地球の代表とはいえません。地球を代表する生命は何か、考えてみましょう。
地球から無作為に地球生物から1つの個体を選んだとしましょう。あなたが、代表に選べるのは、世界人口の60億分の1でしょうか。いえいえ、多分、あなたも私も、いやヒトは地球生命の代表になれません。
代表になるための予選をしましょう。公平になるように、箱の中に0から46までの番号が書かれた玉が入っているとしましょう。その中に00と書かれて玉も入れておきましょう。
これは、地球生命のうちで、ヒトという種類を引き当てることができるかどうかというゲームです。
地球生命の生存期間が、玉に書かれた番号とします。各番号は、地球における1億年の歴史(期間)を表わすことになります。例えば、1という番号は1億年前から2億年前までの時代で、35は35億年前から36億年前まで時代を意味します。ただし、0は1億年前から200万年前で、00は200万年前から現在までとします。
このゲームでは、ある生物のグループが、その時代に生きていれば予選に勝ち残れます。つまり、より長く地球上に存在していたものが、断然、有利となります。
0~46までのうち、39~46は、生命のいない、地球生命全体が負けのところです。38~36は、生命がいたかどうかは灰色ですので、引き分けで再度玉を投げましょう。0~35は、私たち以外の生物が予選を突破します。00が出たとき、始めて私たちヒトが予選突破できます。生存期間で見る限り、ヒトは予選突破は非常に困難です。多分、地球生命の代表とはなれそうにありません。確率的に代表になりやすいのは、最初に生まれ、現在も生きている古細菌とよばれる微生物の仲間です。いってみれば、私たち、ヒトは、こんなに短い時間しか、地球に存在していないのです。
低い確率ですが、00を引いたとしましょう。次は2次予選です。箱に1億個の玉を入れます。その中から、1個抜いて、引かれたものが決勝に残れるとしましょう。何個抜いても良いですが、とりあえず10個にしましょう。玉には、生物の種名が書かれています。これは、種数による選択です。
現在の生物種は、150万種といわれています。でも、それは、ヒトが知っている生物種の数で、本当は数千万種とも1億種ともいわれています。ですから、1億個の玉としました。10回引いた時、ヒトがその中に含まれているいる確率は、1000万分の1です。ずるをして、現在生きているホモ(ヒト)に加えて、アウストラロピテクスなどの化石種も、ヒトと見なして10個ばかりヒトと書いて加えてもおきましょう。それでも、ヒトの仲間が選ばれるのは、100万分の1です。多分、種数でいっても、古細菌や細菌などの微生物が選ばれるでしょう。
さて、決勝です。10種の生物すべて集めて、個体数の数に見合った玉を入れておきましょう。玉には個体ごとの種名を書いておきましょう。多分、ヒトが選ばれる確率は、限りなくゼロに近いものでしょう。なぜなら、微生物は非常に小さいですが、その数たるや、膨大なものだからです。そこに、大型の哺乳類が多数を占めていたら、もしかしたらヒトが勝つ確率があがります。でも、ネズミのような小さな哺乳類なら負けます。
このような予選や決勝を勝ち抜いたものを、地球の代表とすることが、一番、フェアな選択です。でも、どうしても、身びいきをして、ヒトを代表とする理屈を、私たちヒトは付けようとします。本当に妥当性があるのでしょうか。それは別のエッセイで考えましょう。
ここでいいたかったのは、ヒトが地球時間に占めてきた割合においても、全生物種の数においても、個体数においても、非常に微々たる存在であるということです。ですから、ヒトは、だれも賭けそうもない大穴というほどの存在であるということです。
地球から無作為に地球生物から1つの個体を選んだとしましょう。あなたが、代表に選べるのは、世界人口の60億分の1でしょうか。いえいえ、多分、あなたも私も、いやヒトは地球生命の代表になれません。
代表になるための予選をしましょう。公平になるように、箱の中に0から46までの番号が書かれた玉が入っているとしましょう。その中に00と書かれて玉も入れておきましょう。
これは、地球生命のうちで、ヒトという種類を引き当てることができるかどうかというゲームです。
地球生命の生存期間が、玉に書かれた番号とします。各番号は、地球における1億年の歴史(期間)を表わすことになります。例えば、1という番号は1億年前から2億年前までの時代で、35は35億年前から36億年前まで時代を意味します。ただし、0は1億年前から200万年前で、00は200万年前から現在までとします。
このゲームでは、ある生物のグループが、その時代に生きていれば予選に勝ち残れます。つまり、より長く地球上に存在していたものが、断然、有利となります。
0~46までのうち、39~46は、生命のいない、地球生命全体が負けのところです。38~36は、生命がいたかどうかは灰色ですので、引き分けで再度玉を投げましょう。0~35は、私たち以外の生物が予選を突破します。00が出たとき、始めて私たちヒトが予選突破できます。生存期間で見る限り、ヒトは予選突破は非常に困難です。多分、地球生命の代表とはなれそうにありません。確率的に代表になりやすいのは、最初に生まれ、現在も生きている古細菌とよばれる微生物の仲間です。いってみれば、私たち、ヒトは、こんなに短い時間しか、地球に存在していないのです。
低い確率ですが、00を引いたとしましょう。次は2次予選です。箱に1億個の玉を入れます。その中から、1個抜いて、引かれたものが決勝に残れるとしましょう。何個抜いても良いですが、とりあえず10個にしましょう。玉には、生物の種名が書かれています。これは、種数による選択です。
現在の生物種は、150万種といわれています。でも、それは、ヒトが知っている生物種の数で、本当は数千万種とも1億種ともいわれています。ですから、1億個の玉としました。10回引いた時、ヒトがその中に含まれているいる確率は、1000万分の1です。ずるをして、現在生きているホモ(ヒト)に加えて、アウストラロピテクスなどの化石種も、ヒトと見なして10個ばかりヒトと書いて加えてもおきましょう。それでも、ヒトの仲間が選ばれるのは、100万分の1です。多分、種数でいっても、古細菌や細菌などの微生物が選ばれるでしょう。
さて、決勝です。10種の生物すべて集めて、個体数の数に見合った玉を入れておきましょう。玉には個体ごとの種名を書いておきましょう。多分、ヒトが選ばれる確率は、限りなくゼロに近いものでしょう。なぜなら、微生物は非常に小さいですが、その数たるや、膨大なものだからです。そこに、大型の哺乳類が多数を占めていたら、もしかしたらヒトが勝つ確率があがります。でも、ネズミのような小さな哺乳類なら負けます。
このような予選や決勝を勝ち抜いたものを、地球の代表とすることが、一番、フェアな選択です。でも、どうしても、身びいきをして、ヒトを代表とする理屈を、私たちヒトは付けようとします。本当に妥当性があるのでしょうか。それは別のエッセイで考えましょう。
ここでいいたかったのは、ヒトが地球時間に占めてきた割合においても、全生物種の数においても、個体数においても、非常に微々たる存在であるということです。ですから、ヒトは、だれも賭けそうもない大穴というほどの存在であるということです。
2001年8月30日木曜日
5_11 カオス
カオスは、物理学だけのではなく、経済学、生物学、社会学、情報科学などさまざなま分野で研究されています。カオスは、より広く、複雑系と呼ばれています。複雑系の中にカオス、カオスの縁、フラクタルなどがあります。今回はカオスについて紹介します。
カオスとは、日本語では混沌(こんとん)といいます。でも、かなり日常語的になってきました。科学におけるカオスとは、初期条件を少し変えると、その後の結果が全く予測がつかなくなる現象のことです。特別なものではなく、身近に一杯起こっていることです。
例えば、有名なところでは、バタフライ効果というものがあります。ブラジルで蝶々が羽ばたくと、それが増幅されてアメリカで嵐が起きるというような比喩から生まれた言葉です。ほんのちょっとしたできごとが、最後にはとんでもないことに発展するということです。ジュラシックパークで、この原理を紹介し、使っています。でてくる数学者は、その説明を原作ではしています。余談ですが、この数学者は、第2作のロストワールドでは、主人公になっています。
川の流れを見ていますと、大体同じようなところに同じような渦ができます。でも、毎回少しずつ違います。雲は似たものがたくさんありますが、けっして同じものがありません。海岸線も似たものがありますが、決して同じでありません。鍾乳洞でみた鍾乳石も規則正しい模様ができており、ここにもカオスが働いているなと感心したことがあります。このように複雑に見える現象が、実は簡単な仕組みできているようなのです。少し詳しく説明しましょう。
こんな想像をして下さい。しっかり閉まらない蛇口があるとします。そこからは、いつも、ぱたぽたと水滴が落ちているとします。このような蛇口を使って頭中で実験しましょう。これを、思考実験といいます。
蛇口を絞めて、水滴の落ちかたを1分間、観察したとしましょう。何度も何度もこの実験を繰り返したとします。すると、1分間の水滴の落ち方には、何通りかのパターンがあることが、わかったとします。
パターン1は、ぽたぽたの水滴が規則的(一定のリズム)に落ちます。
パターン2は、水滴ではなく水が線のようにつながって水流となって流れます。
パターン3は、ぽたぽたの水滴と水流が規則的(一定のリズム)に出てきます。
パターン4は、ぽたぽたの水滴が不規則に出てきます。
パターン5は、ぽたぽたの水滴と水流が不規則に出てきます。
パターン1と2、3は規則的です。ところが、パターン4と5はカオスと呼ばれるものです。
この実験の初期条件は、蛇口の絞め方だけです。ですから、絞め方の違いによって、こぼれる水の量、つまり初期条件が違うのです。簡単な仕組みなのに、結果がいろいろな状態に変わりうるという例です。
この蛇口の思考実験では、蛇口の閉まり方が、毎回似ているようで、実は違っているということがミソです。その結果が、どれになるかは、「蛇口の絞めぐわい」をみれば、わかるかも知れません。しかし、パターン4や5のときは、不規則なカオスなので、つぎが雫か水流かは、予測できません。カオスになるかならないかは、「蛇口の絞めぐわい」を正確に計れれば分かるかもしれません。でも、カオスになると、これは次に何が起こるかわからない状態つまり、予測不能になります。
この蛇口の例でもわかるように、仕組みがわかっているのに、結果や次の状態が予測不能というものが、この世にはたくさんあることに、科学はやっと気付いたということです。
このようは現象は、簡単な仕組みで作れます。あるいは数式でも簡単につくれます。ちょっと、数式を出します。頑張って読んでください。これは、ロジスティック写像と呼ばれるものです。
y=ax(1-x)
という簡単な式があります。aはある定数です。4以下の値としましょう。xは変数で、yは、xによって決まる値です。なお、xは1から0の間の値にします。
この式のa=3.5とします。まず、xに0.3を入れます。すると、
y=3.5x0.3(1-0.3)=0.735
となります。これが1回目の計算となります。
次に、2回目の計算では、このyの0.735という値を、xの次の値とします。計算式は、
y=3.5x0.735(1-0.735)
となります。これを何回も繰り返していきます。すると、aの値によって、yの値の変化が、複雑な振る舞いをします。
マイクロソフトのエクセルなどで簡単に計算できます。多くの読者はエクセルをお持ちだと思いますので、エクセルのファイルを紹介します。ダウンロードしてみて下さい。
http://www.cominitei.com/koide/5Research/chaos.xls
このファイルでは、aに3.5699456という値を入れた例を示しています。この表のaとxの値を、いろいろ変えて遊んでみてください。aに数値を入れると、自動で1000個の計算をし、グラフを書きます。グラフは、横軸に計算の回数、縦軸はyの値をとっています。カオスになるかならないかの微妙なところになると、もっと計算をたくさんしなければなりませんが、このままでも結構楽しめます。
結果を紹介しましょう。
aが0より大きく、1以下(0<a≦1)のとき、xは0(x=0)になります。
aが1より大きく、2以下(1<a≦2)のとき、xはすんなりと(a-1)/aという値になります。
aが2より大きく、3以下(2<a≦3)のとき、xは振動しながら(a-1)/aという値になります。
aが1+√6以下(3<a≦1+√6)のとき、xは少しずつ値を大きくしながら、最終的には、ある2つの値を行ったり来たり(周期的)します。
aが1+√6以上のとき、xはでたらめな値、つまりカオスとなります。
aが3.5699456…いう値(1+√6)の時、カオスと規則性の境界となります。カオスの縁です。
初期条件として決まった数値であればいいのですが、決まった値ではなく「カオスの縁」あたりの時、水滴に例で出てきた、規則と不規則が入り乱れた不思議な現象が起きるのです。こんな簡単な式ですが、そこにカオスという現象が隠れていたのです。
このようにカオスは複雑系の研究は、最近になって発達した学問分野です。そして、非常に身近なところに、カオスは潜んでいたことがわかってきたのです。
カオスとは、日本語では混沌(こんとん)といいます。でも、かなり日常語的になってきました。科学におけるカオスとは、初期条件を少し変えると、その後の結果が全く予測がつかなくなる現象のことです。特別なものではなく、身近に一杯起こっていることです。
例えば、有名なところでは、バタフライ効果というものがあります。ブラジルで蝶々が羽ばたくと、それが増幅されてアメリカで嵐が起きるというような比喩から生まれた言葉です。ほんのちょっとしたできごとが、最後にはとんでもないことに発展するということです。ジュラシックパークで、この原理を紹介し、使っています。でてくる数学者は、その説明を原作ではしています。余談ですが、この数学者は、第2作のロストワールドでは、主人公になっています。
川の流れを見ていますと、大体同じようなところに同じような渦ができます。でも、毎回少しずつ違います。雲は似たものがたくさんありますが、けっして同じものがありません。海岸線も似たものがありますが、決して同じでありません。鍾乳洞でみた鍾乳石も規則正しい模様ができており、ここにもカオスが働いているなと感心したことがあります。このように複雑に見える現象が、実は簡単な仕組みできているようなのです。少し詳しく説明しましょう。
こんな想像をして下さい。しっかり閉まらない蛇口があるとします。そこからは、いつも、ぱたぽたと水滴が落ちているとします。このような蛇口を使って頭中で実験しましょう。これを、思考実験といいます。
蛇口を絞めて、水滴の落ちかたを1分間、観察したとしましょう。何度も何度もこの実験を繰り返したとします。すると、1分間の水滴の落ち方には、何通りかのパターンがあることが、わかったとします。
パターン1は、ぽたぽたの水滴が規則的(一定のリズム)に落ちます。
パターン2は、水滴ではなく水が線のようにつながって水流となって流れます。
パターン3は、ぽたぽたの水滴と水流が規則的(一定のリズム)に出てきます。
パターン4は、ぽたぽたの水滴が不規則に出てきます。
パターン5は、ぽたぽたの水滴と水流が不規則に出てきます。
パターン1と2、3は規則的です。ところが、パターン4と5はカオスと呼ばれるものです。
この実験の初期条件は、蛇口の絞め方だけです。ですから、絞め方の違いによって、こぼれる水の量、つまり初期条件が違うのです。簡単な仕組みなのに、結果がいろいろな状態に変わりうるという例です。
この蛇口の思考実験では、蛇口の閉まり方が、毎回似ているようで、実は違っているということがミソです。その結果が、どれになるかは、「蛇口の絞めぐわい」をみれば、わかるかも知れません。しかし、パターン4や5のときは、不規則なカオスなので、つぎが雫か水流かは、予測できません。カオスになるかならないかは、「蛇口の絞めぐわい」を正確に計れれば分かるかもしれません。でも、カオスになると、これは次に何が起こるかわからない状態つまり、予測不能になります。
この蛇口の例でもわかるように、仕組みがわかっているのに、結果や次の状態が予測不能というものが、この世にはたくさんあることに、科学はやっと気付いたということです。
このようは現象は、簡単な仕組みで作れます。あるいは数式でも簡単につくれます。ちょっと、数式を出します。頑張って読んでください。これは、ロジスティック写像と呼ばれるものです。
y=ax(1-x)
という簡単な式があります。aはある定数です。4以下の値としましょう。xは変数で、yは、xによって決まる値です。なお、xは1から0の間の値にします。
この式のa=3.5とします。まず、xに0.3を入れます。すると、
y=3.5x0.3(1-0.3)=0.735
となります。これが1回目の計算となります。
次に、2回目の計算では、このyの0.735という値を、xの次の値とします。計算式は、
y=3.5x0.735(1-0.735)
となります。これを何回も繰り返していきます。すると、aの値によって、yの値の変化が、複雑な振る舞いをします。
マイクロソフトのエクセルなどで簡単に計算できます。多くの読者はエクセルをお持ちだと思いますので、エクセルのファイルを紹介します。ダウンロードしてみて下さい。
http://www.cominitei.com/koide/5Research/chaos.xls
このファイルでは、aに3.5699456という値を入れた例を示しています。この表のaとxの値を、いろいろ変えて遊んでみてください。aに数値を入れると、自動で1000個の計算をし、グラフを書きます。グラフは、横軸に計算の回数、縦軸はyの値をとっています。カオスになるかならないかの微妙なところになると、もっと計算をたくさんしなければなりませんが、このままでも結構楽しめます。
結果を紹介しましょう。
aが0より大きく、1以下(0<a≦1)のとき、xは0(x=0)になります。
aが1より大きく、2以下(1<a≦2)のとき、xはすんなりと(a-1)/aという値になります。
aが2より大きく、3以下(2<a≦3)のとき、xは振動しながら(a-1)/aという値になります。
aが1+√6以下(3<a≦1+√6)のとき、xは少しずつ値を大きくしながら、最終的には、ある2つの値を行ったり来たり(周期的)します。
aが1+√6以上のとき、xはでたらめな値、つまりカオスとなります。
aが3.5699456…いう値(1+√6)の時、カオスと規則性の境界となります。カオスの縁です。
初期条件として決まった数値であればいいのですが、決まった値ではなく「カオスの縁」あたりの時、水滴に例で出てきた、規則と不規則が入り乱れた不思議な現象が起きるのです。こんな簡単な式ですが、そこにカオスという現象が隠れていたのです。
このようにカオスは複雑系の研究は、最近になって発達した学問分野です。そして、非常に身近なところに、カオスは潜んでいたことがわかってきたのです。
2001年8月23日木曜日
4_13 カンブリアの怪物達
カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州の東部にヨーホー(Yoho)国立公園があります。ここは、地質学者にはその名を知られたバージェス動物化石群の産地があるところです。その化石の産地は、世界遺産にも指定されているところで、ガイド付きのツアーでないと見ることができません。そのツアーに参加しましたので紹介します。
ツアーの当日、低く雲がかかっていました。念願の地を見るには、あまり好ましい天気ではありません。しかし、今回のカナダの旅の主目的は、このツアーに参加することでもあったのです。そのツアーは、カナディアン・ロッキー山脈のヨーホー国立公園の中にある、バージェス頁岩を見るツアーです。
バージェス頁岩は、ヨーホー国立公園の中心地のフィールド(Field)という小さな村から出かけます。この村は、それまでカナダ横断鉄道の駅があるだけの小さな村だったのですが、バージェス頁岩が有名になったので、それと共に、この村も有名になりました。
バージェス頁岩は、カンブリア紀の初期(5億1500万年前)の化石を多数含むことで有名です。現在は、ヨーホ-国立公園には内には、2ヶ所、世界遺産に指定された地域があります。一つはバージェス動物化石群の産地と、もう一つは三葉虫の化石を多数含む地層のあるところです。両方とも15名が上限のツアーでしか、入ることができません。
バージェス頁岩の露頭のツアーは、8時に集合して、車で15分ほどのところから、歩いていきます。約10キロメートルほどの行程ですが、標高差700メートル、時間にして約10時間かかるツアーです。実際には健康な人が歩けば10時間ですが、私たちのツアーでは、11時間かかりました。年配の人は、12時間くらいかかっているのではないでしょうか。帰りは、自分の体力に合わせて自由でしたので、最後に降りた人の時間はわかりませんでした。
なぜこんなに苦労までして行くかというと、バージェス動物化石群が非常に貴重で珍しい化石だからです。カンブリア紀の海生動物が120種も含まれています。バージェス動物化石群には、現在の動物のすべての祖先が含まれているのです。オーストラリアのエディアカラ、中国の澄江に続く時代の化石で、カンブリア紀の初期に多様な生物が一気に進化したと考えられています。それを「カンブリアの生物の大爆発」と呼んでいます。
午後2時ころ、標高2280メートルにあるウォルコットの石切り場(Walcott's Quarry)というところに着きました。ウォルコットはバージェス動物化石群の発見者です。そこでやっと昼食です。そこはあまりに小さい露頭でした。絶壁にへばりつくようにある、幅数メートル、長さ10メートルもないような石切場でした。こんな小さな露頭が世界的に有名で、世界遺産にまで指定されているのです。
こんな小さな狭いガケですが、1909年にスミソニアン研究所のウォルコットが発見して以来、何度も発掘調査が行われています。1910年から1913年にかけてと、1917年にウォルコットは5シーズンをかけて、この地の発掘をし、65,000個の標本を採集しています。1930年には、ハーバード大学のレイモンド(P. Raymond)が2週間かけてウォルコットの石切り場と12メートル上の第2の産地を発掘しました。1966年から1969年かけてカナダ地質調査所が2ヶ所の石切場で発掘をおこないました。続いて、1975年に王立オンタリオ博物館のコリンズ(P. Collins)が、偶然化石のたくさん入っている転石を見つけたことによって、1981年から1982年にかけて、2ヶ所の新しい化石産地が少し上で見つりました。1988年から1995年にかけて王立オンタリオ博物館は、6度に渡って発掘調査をおこないました。
バージェスの化石は、現在も研究中です。重要なのは大きさや広さではなく、化石の量と種類です。私たちが行っても、石の割れた面に変わった化石を一杯見つかります。多くは破片ですが、変わった化石であるということは、化石の専門家でない私でも分かります。その最たるものがアノマノカリスと呼ばれる怪物のような生き物です。今からは想像もつかない、奇妙でまさに怪物と呼ぶべき生き物達が見つかっています。
翌日、もう一つの三葉虫化石が大量にでるステファン山へのツアーに行きました。こちらも大変くたびれるツアーで、800メートルの標高差を、2時半くらいで一気に登っていくものです。その露頭もたいして大きないのですが、三葉虫化石が、まさにざくざく出ます。非常に保存もよく、石の割れ目にはすべてといってほど三葉虫の化石が含まれています。時々、アノマノカリスの化石も見つかります。
両ツアーともガイドは、古生物や地質を専門としている大学院生がおこなっています。自分の専門を活かしながら、ボランティアとアルバイトとしてやっているようです。このような国立公園での活動における欧米の人材の多さ、システムの有効さには感心させられます。まさに自然史に対する欧米の底力が、このようなところに現れているようです。
ツアーの当日、低く雲がかかっていました。念願の地を見るには、あまり好ましい天気ではありません。しかし、今回のカナダの旅の主目的は、このツアーに参加することでもあったのです。そのツアーは、カナディアン・ロッキー山脈のヨーホー国立公園の中にある、バージェス頁岩を見るツアーです。
バージェス頁岩は、ヨーホー国立公園の中心地のフィールド(Field)という小さな村から出かけます。この村は、それまでカナダ横断鉄道の駅があるだけの小さな村だったのですが、バージェス頁岩が有名になったので、それと共に、この村も有名になりました。
バージェス頁岩は、カンブリア紀の初期(5億1500万年前)の化石を多数含むことで有名です。現在は、ヨーホ-国立公園には内には、2ヶ所、世界遺産に指定された地域があります。一つはバージェス動物化石群の産地と、もう一つは三葉虫の化石を多数含む地層のあるところです。両方とも15名が上限のツアーでしか、入ることができません。
バージェス頁岩の露頭のツアーは、8時に集合して、車で15分ほどのところから、歩いていきます。約10キロメートルほどの行程ですが、標高差700メートル、時間にして約10時間かかるツアーです。実際には健康な人が歩けば10時間ですが、私たちのツアーでは、11時間かかりました。年配の人は、12時間くらいかかっているのではないでしょうか。帰りは、自分の体力に合わせて自由でしたので、最後に降りた人の時間はわかりませんでした。
なぜこんなに苦労までして行くかというと、バージェス動物化石群が非常に貴重で珍しい化石だからです。カンブリア紀の海生動物が120種も含まれています。バージェス動物化石群には、現在の動物のすべての祖先が含まれているのです。オーストラリアのエディアカラ、中国の澄江に続く時代の化石で、カンブリア紀の初期に多様な生物が一気に進化したと考えられています。それを「カンブリアの生物の大爆発」と呼んでいます。
午後2時ころ、標高2280メートルにあるウォルコットの石切り場(Walcott's Quarry)というところに着きました。ウォルコットはバージェス動物化石群の発見者です。そこでやっと昼食です。そこはあまりに小さい露頭でした。絶壁にへばりつくようにある、幅数メートル、長さ10メートルもないような石切場でした。こんな小さな露頭が世界的に有名で、世界遺産にまで指定されているのです。
こんな小さな狭いガケですが、1909年にスミソニアン研究所のウォルコットが発見して以来、何度も発掘調査が行われています。1910年から1913年にかけてと、1917年にウォルコットは5シーズンをかけて、この地の発掘をし、65,000個の標本を採集しています。1930年には、ハーバード大学のレイモンド(P. Raymond)が2週間かけてウォルコットの石切り場と12メートル上の第2の産地を発掘しました。1966年から1969年かけてカナダ地質調査所が2ヶ所の石切場で発掘をおこないました。続いて、1975年に王立オンタリオ博物館のコリンズ(P. Collins)が、偶然化石のたくさん入っている転石を見つけたことによって、1981年から1982年にかけて、2ヶ所の新しい化石産地が少し上で見つりました。1988年から1995年にかけて王立オンタリオ博物館は、6度に渡って発掘調査をおこないました。
バージェスの化石は、現在も研究中です。重要なのは大きさや広さではなく、化石の量と種類です。私たちが行っても、石の割れた面に変わった化石を一杯見つかります。多くは破片ですが、変わった化石であるということは、化石の専門家でない私でも分かります。その最たるものがアノマノカリスと呼ばれる怪物のような生き物です。今からは想像もつかない、奇妙でまさに怪物と呼ぶべき生き物達が見つかっています。
翌日、もう一つの三葉虫化石が大量にでるステファン山へのツアーに行きました。こちらも大変くたびれるツアーで、800メートルの標高差を、2時半くらいで一気に登っていくものです。その露頭もたいして大きないのですが、三葉虫化石が、まさにざくざく出ます。非常に保存もよく、石の割れ目にはすべてといってほど三葉虫の化石が含まれています。時々、アノマノカリスの化石も見つかります。
両ツアーともガイドは、古生物や地質を専門としている大学院生がおこなっています。自分の専門を活かしながら、ボランティアとアルバイトとしてやっているようです。このような国立公園での活動における欧米の人材の多さ、システムの有効さには感心させられます。まさに自然史に対する欧米の底力が、このようなところに現れているようです。
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