2012年2月16日木曜日

5_101 隕石年代 4:水の形成

隕石の中の炭酸塩鉱物の年代が、今まで正確に決めることができませんでした。それが、今回、精密に決められるようになりました。正確な年代値によって、太陽系の母天体の形成時期、その天体での水の形成時期などが推定できるようになりました。

 隕石の中の炭酸塩鉱物の年代を求める難しさと、その解決法が見出されたと紹介ました。今回は実際の測定とその結果、意義を紹介していきましょう。
 分析は、二次イオン質量分析計を用いてなされました。二次イオン質量分析では、炭酸塩の鉱物の表面にイオンビーム(一次イオンと呼ばれています)を当てます。もちろん炭酸塩鉱物の分析した面をきれいに出しておく必要があります。イオンビームがあたった鉱物表面からは、原子がイオン(二次イオン)として飛び出してきます。電荷をもったイオンを、磁界の中を高電圧をかけて飛していきます。イオンは質量数の違いに応じて、曲がり方がかわってきます。その違いを利用して、質量数ごとの違い(同位体)を計測するものです。数個の質量数を同時に補足できるので、同位体比として精度よく測定できます。
 今回の報告は、二次イオン質量分析計の中でも、ナノシステムという最先端ものを用いてなされました。
 未知の試料の測定値を組成がはっきりわかっている試料の測定値で補正することで、より正確な測定値を求めます。組成がはっきりわかっている試料とは、前回紹介したように、藤谷さんたちが人工的に合成したものを使用されています。
 新たに開発された最先端の手法を用いて、4種類の炭素質コンドライトの分析がなされました。それまで炭酸塩鉱物は不確かな年代しかなったのですが、45億6340万年前に集中することが明らかになりました。
 この年代は、45億6820万年前といわれている太陽系の誕生後、480万年ほどあとです。それまであった年代の矛盾(太陽系誕生より炭酸塩鉱物の年代が古い)は解消され、一定の年代に収まったことになります。年代が定まったことで、炭酸塩鉱物の形成の意義が明瞭になるはずです。
 炭酸塩鉱物が、水の存在のもとで形成されると考えられていることは、前に紹介しました。炭酸塩鉱物が、小惑星のような母天体でできたとすると、天体の温度変化から、母天体の形成は太陽系誕生後350万年後であったと推定されています。
 水は生命誕生の条件として非常に重要な成分です。それが太陽系の天体において、いつできたのかを限定することは、重要な情報になります。それを限定することに、今回の成果は大きく役立つことになります。

・データ整理・
空き時間を用いて身辺整理をしています。
紙データをなんとか整理して
一杯になった書棚のスペースを空けたいと考えています。
まずは、自分自身の論文の別刷りの整理をしました。
最近の論文はPDFファイルがあります。
古い論文のPDF化をしました。
それによって別刷りの古いのを
保存分を除いて大量に処分しました。
また、大量の古い論文もあります。
最近はPDFで論文が配布されているので、
紙は最小限で済ませているのですが、
以前収集した大量の紙の状態の論文があります。
それはまだ手が出ませんが、
必要なデータだけを取り出してファイルしたものが
本棚1段半ほどあります。
それをデジタル化したいのですが、
なにせ古いので、スキャンしてもトラブルを起こし
なかなかはかどりません。
でも、思い切ってしなければと思っています。
砂の試料も保存場所がいっぱいなので
整理が必要になります。
でも、最優先は2月末の締め切り論文の執筆です。
現実逃避にならないように、
優先順位を忘れないようにしなくては。

・冬と春・
暖かい日が来るようになったのですが、
激しい吹雪、寒さも繰り返しています。
1月は寒さが増し、冬も深まっていると感じましたが、
2月も中旬になると、
着実に春に向かっていることを感じます。
大学は、現在、追試がおこなわれています。
そして企業説明会もおこなわれています。
これも冬と春の混在でしょうか。

2012年2月9日木曜日

5_100 隕石年代 3:合成鉱物

科学は、いろいろな発想でおこなわれます。その発想のなかに、既存でないものはつくれというものがあります。「つくる」という言葉は、いろいろな字があてられますが、そのすべてが科学の発想の現場では使われます。今回の発想は、「創る」でしょうか。

 炭酸塩鉱物として、方解石(炭酸カルシウム、カルサイトとも呼ばれています)がよくみられるものです。カルシウムとイオンとしてのサイズが似ているものとして、マグネシウムやマンガンがあります。カルシウムとマグネシウムが混じっている苦灰石、ほとんどマグネシウムになっているものは菱苦土石(炭酸マグネシウム)、ほとんどマンガンの菱マンガン鉱などがあります。いずれもよくある鉱物です。
 一方、マンガンには、半減期370万年の放射性核種(質量数53の53Mn)があり、クロム(53Cr)にかわります。このような放射性核種は、今の太陽系に材料をもたらした超新星爆発によって形成されたものです。短い半減期のものが、なくなるまでに鉱物とりこまれ、崩壊でできた核種も鉱物にのこされているようなものであれば、それは年代を決めるために利用できます。53Mnが炭酸塩鉱物として取り込まれた後、崩壊して53Crになっているものがあるとすると、超新星爆発後、非常に短い時間で鉱物ができており、その年代を決めることができます。
 Crには、もともとからあった53Crも含まれています。それに53Mnが崩壊して加わった分があります。この崩壊による53Crが量、過剰分を、正確に測定できれば、年代測定に利用できます。原理と実際の測定とは違います。
 まず、分析の精度を上げるために、放射性核種の比を用いることがあります。分母には8割をしめる52Crを用いて、53Crを分子で測定します。分析は二次イオン質量分析計を用いるのですが、Crの同位体比はある程度精度よく測定できます。
 Mnの量が多いと、53Crの量も多くなります。その見積もりは、Mn/Crの比によって決められるのですが、実は、この比を精度よく測定することが難しかったのです。
 違う元素同士の比であるMn/Crは、正確に比のわかっている試料(標準試料)と未知の試料の測定をして、補正して決めていかなければなりません。未知の試料が炭酸塩鉱物であれば、標準試料も炭酸塩であるべきです。ところが、Crを測定に充分な量を含んだ鉱物はありませんでした。それが、精度を上げることができない理由でした。
 今までの研究でも測定はされてきたのですが、精度が悪く、太陽系の年齢より炭酸塩鉱物の方が古いという、矛盾した結果もありました。
 藤谷さんたちの今回の研究では、クロムとマンガンを含んだ炭酸塩鉱物を、人工的に合成しています。もちろんMn/Crが正確にわかったものをつくっています。それを標準試料として分析に用いたのです。なかなか面白い発想ですが、多分、合成にはいろいろな苦労があったのでしょう。
 その結果は次回としましょう。

・雪まつり・
先日、久しぶりに2、3日、暖かい日が続き、
道路との雪が溶けて、べちょべちょになる
春のような陽気となりました。
でも、すぐに寒さと積雪で冬に戻りましたが。
札幌では今週から雪まつりです。
いつも一番寒い時期なのですが、
今回の温かさの影響はなかったのでしょうか。
我が家では、雪まつりはテレビでみることにしています。
以前、出かけたこともあるのですが、
人が多くて、寒い日だったりすると、
誰かが風邪をひいてしまいます。
だから、テレビだけで見ることにしています。

・与えられた時間・
大学では後期の定期試験も終わり、
現在は、大学の入試の時期となっています。
もちろん、大学教員はそれだけではなく、
レポートやテストの採点、評価。
来年度のシラバスの作成などが必要となります。
講義がない分、時間はあるのですが、
締め切りや大きな校務がつぎつぎとくるので、
落ち着かない時期もであります。
では、いつ落ち着いて研究ができるのかというと、
?????となりますね。
与えられた時間は公平ですから、
どう使うかだけが問題となるのでしょうね。

2012年2月2日木曜日

5_99 隕石年代 2:母天体

隕石の年代は、さまざまな手法で調べられています。技術が進めば、今まで不可能であった物質の年代も測定できます。今回紹介している報告は、技術とアイディアが加わっておこなわれたものです。

 隕石とは、太陽系のどこかの軌道をめぐっていた物体が、地球に落ちてきたものです。隕石は、地球に落ちてきた大きさ、形のまま、宇宙空間にあったわけではありません。地球に落ちてくるときに、壊れたりしていますが、隕石が由来した大きな天体がありした。その天体を、母天体と呼んでいます。
 母天体とは、太陽系初期に、多数形成されたものです。その多くは、軌道上では一番大きな天体(惑星や衛星)に合体されて、軌道上はきれいになり、なくなりました。実際に、地球をめぐる軌道には、母天体は見つかっていません。
 では、隕石はどこから来たのでしょうか。火星と木星の間にある小惑星帯には、多数の小天体があります。母天体の名残の天体が、今もあると考えられています。小惑星帯は、材料は多数あるのですが、大きな天体ができなかった軌道でした。そこには太陽系初期にあった母天体が残っているのです。小惑星帯が、隕石をもたらす場、供給源だと考えられています。
 小惑星帯の軌道をめぐっているのであれば、そこに留まるはずです。ところが、小惑星帯には多数の天体があるので、天体同士が衝突、分裂したり、ニアミスで、軌道が変わることがたびたびあるはずです。その一部は、太陽の引力に引っ張られて、小惑星より内側をめぐる軌道をとるようになります。そのような天体のうち、地球の軌道と交差し、落下したのが隕石となります。ですから、多数の隕石を調べれば、小惑星帯を構成する天体の種類の概要を知ることができます。
 一方、小惑星の表層物質を地球から望遠鏡によるスペクトル分析によって探る方法もあります。小惑星のスペクトルには、いくつかのタイプがあることがわかっています。そのタイプは、隕石の種類と対応させられていますが、実際に試料が入手できない限り、その対応関係が実証されたことになりません。
 はやぶさいってきた小惑星イトカワは、今は地球軌道の近くをまわっていますが、もともとは小惑星帯から由来した天体だと考えられています。ですから、イトカワの試料が手に入ったのは、非常に重要な情報源を得たことになりました。現在、着々と研究は進んでいます。
 隕石の中でも、もっとも原始的なものとして、炭素質コンドライトという種類があります。隕石において「原始的」とは、母天体があまり大きくなく、集まった材料が、ほとんと変化していないままの状態をいいます。炭素質コンドライトを調べれば、太陽系の起源を探ることになります。
 さて今回の報告は、炭素質コンドライトの年代測定をしたものでした。隕石の構成鉱物の年代です。炭素質コンドライトには、有機物や水も含まれていることがわかっています。中でも、炭酸塩鉱物は、母天体に水がある状態で形成されたものだと考えられています。しかし、今まで炭酸塩鉱物の年代測定で、正確な年代を求めることは、なかなか難しかったのです。その年代を、ある工夫によって正確に求めることができました。それは次としましょう。

・イトカワの試料公開・
はやぶさが持って帰ったイトカワの試料の
初期記載が終わりました。
これによって試料が研究者に公開されます。
カプセルからは、284個の微粒が見つかっています。
そのうちイトカワのものでないものや
小さいすぎるものは除かれました。
また、NASAに渡されるものと、
100μmより大きいものは保存されます。
それ以外の試料は、研究者に公開され、
リクエストして審査に通ると
試料が提供され研究できます。
初期的な研究の成果は
科学雑誌に公表されましたが、
それは、別の機会に紹介しましょう。

・イトカワの素性・
イトカワの表層物質は、
炭素質コンドライトではなく、
普通コンドライト(LLというタイプ)とわかりました。
ですから、イトカワは、どこかの大きな母天体で、
いったん変化(分化と呼ばれます)して、
その物質が再度集まってできたことになります。

2012年1月26日木曜日

5_98 隕石年代 1:誕生の年代

先日デジタル雑誌で研究成果が出されました。それは、年代の測定精度が高まったという見出しがありました。しかし、精度が高なったのは、手段であって目的ではありませんでした。では、その研究の目指したもの、得たものはなんだったのでしょうか。その論文の内容を紹介していきましょう。

 先日(2012年1月18日付)、「隕石中の炭酸塩の年代測定精度を高める」というニュースが流れました。これは、発表雑誌(Nature Communications)がそのような見出しをつけたためです。しかし、この論文の上げた成果は、その点ではありません。精度を高めたのは研究プロセスの一環に過ぎず、目的や成果は別の所にありました。それを紹介します。
 今回の研究をされたのは、東京大学の大学院生の藤谷渉(わたる)さんを筆頭著者とする、共同研究者5名での論文です。「Evidence for the late formation of hydrous asteroids from young meteoritic carbonates」(若い隕石の炭酸塩から水の存在した小惑星が遅く形成された証拠)という少々難解なタイトルです。残念ながら論文を手に入れられませんでしたので、プレス発表をもとに紹介していきましょう。
 太陽系の誕生は、年代を何らかの物質から直接求めることができません。例えば太陽や惑星の形成年代を直接求めることはできません。太陽は物質を手に入れられませんし、惑星の物質は、少なくとも惑星形成時に改変を受けています。それ以外の手がかりで年代を求める必要があります。
 年代を求めるための素材として、隕石を用います。ある種の隕石(炭素質コンドライト)は、太陽系形成直後に固体物質が集まり形成されたものです。太陽系の材料、太陽系創生期の化石とも見なせるものです。
 隕石が材料物質の化石だったとしても、隕石を調べても、太陽系誕生の直後であることはわかりますが、隕石自体が太陽系と共にできています。ですから、太陽系誕生の瞬間を示しているわけではありません。もし太陽系で固体物質が形成されるのに長い時間がかかっていたとしたら、隕石の年代のうちで、最古の年代をえることはできますが、太陽系誕生の年代を求めることはできません。近づくことはできても、その年代に達することはできません。固体物質を用いる限り、このジレンマは逃れられません。
 しかしうまくしたもので、形成年代を別の視点から狭めることが可能になります。隕石の固体の中には、特殊な成分があります。それはある種の放射性元素(核種と呼ぶほうが正確です)です。その放射性核種には、太陽系に素材を給した、一つ前の太陽の死の記録が残されています。太陽の死の記録とは、超新星爆発です。
 超新星爆発で形成された放射性核種が、隕石の構成物の中から発見されています。超新星爆発では、さまざまな核種の合成が起こり、半減期(放射壊変によってもとの量が半分になる時間)の非常に短いものもあります。隕石の中から、質量数26のアルミニュウム(半減期72万年)や鉄の放射性核種60Fe(半減期150万年)が見つかっています。
 これらの核種の発見が意味するところは、超新星爆発後、200万年ほどで、隕石の固体成分が形成されているということです。非常にあっという間に、太陽系隕石物質はできたことになります。隕石最古の年代より100万年ほど前が、太陽系の誕生の年代となります。約45億6820万年前だと考えられています。
 では、今回の発見は、その中でどのような意味を持つのでしょうか。次回としましょう。

・ネットでの成果・
インターネットが普及し、多様な利用法も開発されてきて
研究者ももちろん重宝しています。
しかし、研究成果の公表が、多様化かつ迅速化してくると、
それを追うのもなかなか大変です。
若い頃は、専門雑誌とNature、Scieceあたりをモニターしていれば、
関連する先端の情報は漏らすことなく、
大学の院生、学生、同僚たちからの情報で補強していれば
情報をほぼ押さえることができました。
今では、専門誌も多様化し、多くの種類もあり、デジタル出版もあります。
デジタル雑誌には、有料化、会員制などの規制を設け、
不特定多数の閲覧を制限しているところもあります。
専門雑誌を出版する会社では、
商的に成立しなければならないので
そのような措置も必要になることは理解できます。
科学の進歩を考えると、人類の知的資産として、
研究成果はオープンに公開されるのが理想なのでしょう。
まあ、これもジレンマでしょうか。

・卒業する学生に・
わが学科の卒業研究の発表会が先日終わりました。
4年の学生はもちろん、教員も一段落です。
ほっとして学生たちにメールを送りました。

(以下、私のゼミの学生へに送ったメール)
全員、無事、発表を終えることができました。
内容や充実感、達成感は、人それぞれだと思いますが、
卒業研究およびその発表会まででえた経験は
社会に出た時、きっと役に立つと思います。
卒業研究が4年間で最後の大きな試練となりましたが、
諸君らの努力をたたえます。
次回お目にかかるのは、卒業式になると思います。
それまで(その後も)に進路の決定や変化があれば、
メールでいいですからお知らせ下さい。
これは指導教員として最後の指示です。
何かあったら、いつでも連絡をください。
諸君らの母校は、いつでもオープンしています。
連絡、来訪を楽しみにお待ちしています。
本当に4年間お疲れ様でした。
社会で諸君らの健闘を祈っています。
(以上)

2012年1月19日木曜日

2_103 首長竜の赤ちゃん 2:プレシオサウルス

ひとつの化石も、詳しく調べると新たな発見がなされることもあります。これが、実物もっている重要さの一つです。胎児と認定するには、それなりの根拠が必要です。なぜなら化石は骨しかなく、押しつぶされているため、体内になったのかどうかが不明瞭になっているからです。

 陸上の首長竜のプレシオサウルスの体内から胎児の化石が見つかりました。この発見によって、プレシオサウルスが胎生であったことがわかりました。そこに至るプロセスを紹介しましょう。
 実はこのプレシオサウルスの化石は、アマチュアの古生物学者のボナー父子が、1987年にアメリカのカンザス州の北で見つけていたものです。彼らは、頁岩から平らな骨がでているのに気づきました。やがてその化石が、プレシオサウルスの骨盤であることがわかりました。地層の時代は白亜紀後期でした。その後、発掘によって、四つのひれ、肋骨、腰、脊柱と首の骨を発見しました。化石の全長は4.7mあり、大型のイクチオサウルス(魚竜)よりひと周り大きいものでした。
 2008年に、ロサンゼルス自然史博物館の新しい恐竜ホールで紹介する前に、以前からあったこの化石を詳しく調べてみることにしました。調べた結果、その化石の体内から、小さなプレシオサウルスの化石が見つかりました。化石は、重なってでることもあり、胎児かどうかの認定は、慎重におこなわなければなりません。
 まず、骨の形が似ていることは重要な情報です。これによって同じ種類の化石であることがわかります。大人の体内の位置から見つかっていること、そして詳しく見ると、胎児の骨盤が、母親の肩の骨の内側面にかかっている位置であったことが母親の内部で成長していたことを示していました。他にも、胃酸による骨の摩耗がない(食事をした経験がない)ことも根拠とされています。以上の情報から、胎児だと認定されました。その結果が、新発見として、昨年の夏に報告されたのです。
 海に完全に適応したイクチオサウルスやプレシオサウルスは卵を陸上で生むことは不可能です。ですから、海中で子孫を残すために、胎生は持っているべき重要な性質であったのです。イクチオサウルスだけが胎生の証拠があり、他の種については、今まで謎であったのが、この度やっとプレシオサウルスもの証明されたわけです。また、イクチオサウルスは複数の胎児を出産していたのですが、プレシオサウルスは一匹の赤ちゃんを産み落としていました。胎生における多様性も同時に認められたのです。
 胎児の化石は体長が1.5mもあり、非常に大きいものだといえます。親が4.7mですから、大きくなるまで体内で成長させてから出産したことになります。クジラのようにプレシオサウルスも、ある程度成長した子供を生み、それを育てていたことになります。もしかすると、出産後も親が子育てをしたり、群れで育てていたかもしれません。これは、鳥類や哺乳類の子育てと似ています。
 恐竜の仲間の少なくとも一部の目、首長竜目と魚竜目では、胎生であったことがわかりました。では、胎生は恐竜のどの分類までもっていたのか、陸上恐竜で胎生はなかったのかなどが、今後の課題となるでしょう。きっと、新たな化石から答えが見つかることでしょう。

・実物の重要性・
実物はいろいろな意味で重要さがあります。
実物しかない迫力、貴重さがあります。
博物館は実物を永久保存する場でもあります。
そんな保存の場があるからこそ、
再発見もできるのでしょう。
実物を読み取る技術は進みます。
新たな技術やアイディアで読み取るためには、
実物が不可欠です。
今回の発見もその一例でしょう。

・多忙に埋没・
センター試験も終わり、
大学では、後期の講義の終盤となります。
我が大学では、来週で講義が終わり、
その次の週は定期テストです。
そして大学の入試となります。
1月から2月は慌ただしく過ぎています。
正月気分はあっという間に吹き飛んで、
日常の多忙に埋没してしまいます。
そんな毎日が続きます。

2012年1月12日木曜日

2_102 首長竜の赤ちゃん 1:イクチオサウルス

胎生の首長竜化石が発見されました。昨年の夏のことです。魚竜の胎生は以前から知られていましたが、今回の発見は、新たなタイプです。首長竜の赤ちゃんの化石を紹介しましょう。

 化石は、いろいろな地域のいろいろな時代からみつかります。新たに見つかった化石からは、今まで知られていなかった事実が発見されることがあります。それら多数の事実が積み重ねられて、より確かな生命の歴史が編まれていきます。
 恐竜の新発見についても、このエッセイでも何度か紹介しました。今回は、胎生の恐竜化石の新発見についてです。
 赤ちゃんを産む胎生の恐竜(分類上は恐竜ではありません)がいることは、以前から知られていました。海生の爬虫類には、胎生であることを示す化石がみつかっています。
 胎生の海生爬虫類は、魚竜、イクチオサウルス(Ichthyosaurs)とよばれているものです。手足はヒレになっていてイルカのような体型をしていています。海に完全に適応した生物となっています。爬虫類ですから、もとともは陸上生物であったものが、海で生活するようになり、適応していったものです。このような進化を収斂(しゅうれん)と呼んでいます。
 イクチオサウルスは、2億5千万年前(三畳紀前期)に出現し、9000万年前(白亜紀後期)に絶滅しています。体長は2mから4mほどあり、体重は1トン弱です。ジュラ紀に繁栄し、海では最強の捕食者になっていたと考えられます。イクチオサウルスの化石は、1699年にウェールズから出た化石片から記載されています。大英自然史博物館に非常の保存のよいものが飾られています。
 その後、白亜紀になると、首長竜、プレシオサウルス(Pliosaurus)が、海の生態系の頂点の座をうばったと考えられています。プレシオサウルスは、手足はヒレとなっていますが、首が長いのが特徴です。プレシオサウルスは、三畳紀後期に出現し、白亜紀末まで生きつづけました。
 プレシオサウルスと恐竜は、じつは別のグループです。どちらも、爬虫綱、双弓亜綱に属しているのですが、ペルム紀から別系統して分かれました。恐竜は竜盤目や鳥盤目ですが、首長竜は首長竜目で、お互いに違った分類体系になります。ちなみにイクチオサウルスは魚竜目で、やはり違ったグループになります。爬虫類や双弓亜綱で大くくりにすれば、いずれも同じですが、違った進化をしてきたグループになります。
 プレシオサウルスは、その生態がよくわからなかったのですが、2011年夏、プレシオサウルスの体内から胎児の化石が見つかりました。その詳細については次回としましょう。

・メアリー・アニング・
私は化石が専門ではないのですが、
イクチオサウルスの化石は、
私が以前勤めていた博物館にもありました。
また、大英自然史博物館の有名な化石もみたので
少々馴染み深いものです。
大英自然史博物館の化石は、
1811年にメアリー・アニングが
英国南部の町、ライム・リージスで
発見したといういわれをもったものです。
イクチオサウルスの化石のわきに、
メアリー・アニングの解説が、
写真とともにつけられています。
メアリー・アニングは、化石収集家で
12歳のとき、イクチオサウルスの化石を発見しています。
その後、さらに2体のイクチオサウルスの化石を発見しています。
さらに、今回のエッセイと関係するのですが、
1821年には最初のプレシオサウルスの化石を発見しています。
彼女の化石は、古生物学に多大な貢献しました。

・センター試験・
センター試験がこの週末に行われます。
わが大学も会場になっているので、
大学を挙げて、準備と監督にあたります。
金曜日は、その準備のために、全学休講となっています。
昨年のカンニング事件があって、
より一層、複雑で慎重な手順が組まれています。
教員は、ただただ真摯に手順に則って
遂行していくのみです。
それが受験生のわずらわしさや
負担にならなければいいのですが。

2012年1月5日木曜日

6_96 漱石枕流

明けましておめでとうございます。今年の年明けは、この言葉を使うのも憚(はばか)られる気がします。でも、年のはじめは、やはりこの言葉がふさわしい気がします。最初のエッセイは、地質とは少し離れて、故事からはじめましょう。一年の始まりですから、ゆるいスタートでいいのでないでしょうか。

 「漱石枕流」という言葉をごぞんじでしょうか。夏目漱石(本名は夏目金之助)の「漱石」という号(ごう)も、この言葉からとっています。「漱石枕流」は、なかなか興味深い故事です。石にまつわる「漱石枕流」という故事を紹介しましょう。
 もともと中国には「枕石嗽流」(漢字の順番が違っています)という故事がありました。「石に枕(まくら)す」とは、石を枕にすることで、「流れに嗽(くちすす)ぐ」とは、川のせせらぎで口をすすぐという意味です。読んで字のごとく、自然のままの生活のことで、俗事とはかけ離れた暮らしをするという意味で用いられていました。
 西晋(せいしん)の孫楚(そんそ)は、才能があり、学問も優れていました。楚は、若いとき、隠遁したいという気持ちを持っていました。あるとき、宰相の王済(おうさい)に向かって、その故事を引用して伝えようとしました。ところが、「枕石嗽流」を「漱石枕流」といい間違えてしまいました。
 済がその間違いに気づき、「石では口をすすぐことのできないし、せせらぎは枕にはならではなかいか」とひやかしました。負けず嫌い楚は、自分のいい間違いを正すことなく、いい返しました。「石に嗽ぎ」とは、石で歯を磨くことで、「流れに枕す」とは、俗事を聞いた耳を洗うためだといい返しました。
 この楚の負けず嫌いのこじつけが、故事として残ったのです。言葉の本来の意味とは違ったほうが故事として残ってしまいました。言い間違いの出来事が由来となって、負け惜しみが強いという意味につかれています。中国の人びとも、こんなささやかな言い間違いを故事として残しました。
 夏目漱石の号も、もちろんこの故事に由来しています。彼は、このような性格になりたかったのでしょうか。それともそのような自分の性格を自嘲するつもりで使ったのでしょうか。その理由は知りませんが、ユーモアのセンスと知識に裏付けされた号といえます。
 以前、どこかの国の宰相の間違いもニュースになり、多くの人の心に残りました。いずれは、故事になるのでしょうか。昨年の原発事故の当事者側が用いた言葉には、「漱石枕流」のような言い回しが、至る所でありました。庶民は大いに惑わされました。庶民は、それを中国の故事のように、揶揄していくもの一興でしょう。主流メディアにあまり期待できないのなら、庶民が本来もっているユーモアセンスで、笑い飛ばしてしまいましょう。そして、少しでも世の中を明るくしていきましょう。

・祈り・
北海道も小雪は降っていますが、
穏やかや年明けを迎えました。
いつものように家族と、
いつものような正月を
穏やかに過ごせることの
幸せを、ありがたさをかみしめています。
ひとりでも多くの人に、
こんな当たり前の幸せが
行き渡ることを祈っています。

・今年の決意・
お気づきなったでしょうか。
今までのエッセイとは
少々味付けが変わっています。
気づかなければいいのですが。
気になった方は、その意味を別のエッセイに書きましたので
http://terra.sgu.ac.jp/monolog/2012/120.htm
を御覧ください。
3.11で私も思うとことがありました。
それを少しずつ実行に移すというのが
年頭の決意でもあります。