2026年3月26日木曜日

5_218 恐竜の卵の殻の年代測定 2:現地性化石

 化石には、見つかった地層の形成時代と同時期で、同じ場所でてきたとはいえないものが大半になります。ところが、卵の殻化石は、同時代にその場でできたことが明らかです。現地性化石と呼ばれています。


 化石が示準化石であれば、相対年代が決まります。しかし、示準化石は、産出頻度は稀で、大部分の化石の年代は不明です。もし、化石のみを用いて、年代測定する方法が確立ができれば、重要な情報をえることができます。
 化石は地層の中から見つかるのですが、通常の状況では化石にはなりません。現在できる多くの野生生物の死体は、その場ですぐに食べられたり、腐敗し分解されて、ほとんどなくなってしまいます。それは陸でも海の生物でも同様です。
 化石になるには、食べられたり分解されにくい場(例えば、深海底や火山などで酸素が少ないところ)に置かれたり、地層の中に埋もれたりしなければなりません。海底や湖沼などの水底に急激に溜まった地層が、そのような条件を満たします。そのような地層の中だけで、化石が見つかります。
 結果として、貝や魚などの海棲生物の化石が多くなります。死骸が水底に沈み、土砂に埋もれて化石になったものを、「現地性化石」と呼びます。現地性化石であれば、化石の年代(示準化石)が地層の年代になります。
 海棲生物の化石でも、たくさんの化石が集まったもの(化石床と呼びます)ができることがあります。それには特別な条件が整わなければなりません。多数の生物が生息していた(生きたままでも、死体でも)が、海流や海底地すべりなどによって、土砂ごと一気に堆積場に運ばれ、そのまま埋もれてしまった場合です。陸棲の生物であっても、死体や骨、葉や枝、実などが河川で運ばれ、湖沼や海の底に溜まったものが化石になります。これらの化石は、棲んでいた場所と環境、ときは時代も異なったところで化石になるので、「異地性化石」と呼ばれます。異地性化石の中に示準化石があったとしても、化石の示した時代は、地層の年代と同じとはいえません。異地性であれば、その化石から地層の年代を確実に決めるのは困難となります。
 恐竜化石も、多くは骨が河川で運ばれて堆積したものです。陸棲生物の化石の年代を求めるのはなかなか困難です。その中でも、確実に現地性化石とわかるものに、足跡や卵の殻化石があります。
 足跡は、物質としては残っていなので、年代を決めることは困難です。一方、卵の殻化石は、その壊れやすさから、移動することなく、砂(砂嵐や流砂など)や火山灰などで、短時間にその場で埋められたものだと考えられています。保存のよいものでは、殻の中から恐竜の胎児の化石も見つかっています。ですから、殻化石を年代測定の素材するのは有効です。
 ただし、卵の殻化石は、珍しいものです。それでも、各地でいろいろな時代で、それなりの数が見つかっています。もし卵の殻化石が年代測定に利用できれば、有力な情報をえられることになります。
 化石の説明が少々長くなりました。次回から卵の殻化石の年代測定の話をしましょう。

・暴風雪・
先週末は本州は晴れたでしょうか。
北海道は、土曜日の夜半から、
発達した強い低気圧の通過にともなって、
暴風雪となりました。
ベチョベチョの雪でしたが、
かなりの積雪となりました。
夜中には建物が揺れるほどの強風でした。
その様子から、ルーティンとしている朝の
ウォーキングを早々に中止しました。
朝起きるまで、寝床で読書をしてました。

・下半身用ヒーター・
順調に日常のルーティンが確立してきました。
研究も進められるようになってきました。
ただ、研究室とは異なって、
自宅は、ペチカと呼ばれる
大きな灯油ストーブを炊いて
家全体を温める仕組みのために、
書斎のある部屋は最上階の隅にあるので
なかなか暖まりません。
それを予想して、
下半身に履くヒーターを用意していました。
快適なのですが、トイレや用事で部屋をできるとき
いちいち脱がなければならないのが不便です。
しかし、そんな寒さもあと少しで終わりそうです。

2026年3月19日木曜日

5_217 恐竜の卵の殻の年代測定 1:相対と絶対

 過去の地層や岩石で年代測定できて、地質時代が決まります。正確な年代測定は技術の進歩により、精度が上がってきました。しかし難しい素材もあります。まずは、どのような年代測定の方法があるのかをみていきましょう。


 時代区分は地質学において重要な基礎情報になります。そのために、地層や岩石、化石の年代を決めていく必要があります。岩石や地層、化石などの年代を調べる方法には、相対年代と絶対年代があります。それそれの概要をみてきましょう。
 相対年代とは、地層の上下関係を用いて、形成時代の新旧を決めていく方法です。多数の地層の連なりでは、非常に詳細な前後関係を決めることができます。離れた地域の地層であっても、同時期に堆積したとわかる根拠があれば、それを同時代層(鍵層と呼びます)として、それぞれの地域を対比して、地層で新旧を決めることができます。同時期の堆積物として、火山灰がよく使われています。
 時代のわかっている化石があれば、地層の時代を決めることができ、鍵層と同じ役割を果たせます。このような化石を「示準化石」と呼びます。示準化石となるには、時代が確定しているだけでなく、広く分布し、たくさん見つかること、種の出現、繁栄、絶滅ができるだけ短い期間であること(進化速度が速い)、種としての見分けやすい特徴をもつことなどが必要になります。
 海洋底の堆積物、あるいはそれらが陸上に持ち上げられた地層(層状チャート、深海底堆積物など)では、微小の化石ですが、大量に集まっているので、非常に詳細な時代区分がなされています。目で見えるサイズの示準化石であれば、野外調査の最中でも、即座に時代を決定することができ、非常に手軽な方法となります。
 しかし、相対年代は、どれだけ詳細な時代区分ができたとしても、新旧という定性的な区分になります。定量化された年代ではないので、鍵層のない他地域の地層とは比較できません。また、示準化石に頼ると、化石の見つからない地層や時代(カンブリア紀以前)には使えません。また、化石を含まない火成岩や変成岩では利用できな方法です。他の方法が必要になります。
 絶対年代と呼ばれる方法があります。これは、放射性元素を用いた年代測定で、定量的な値として「今から◯◯年前」と求められます。時代や地域(地球外であっても)を問うことなく、年代値を決めることができます。放射性核種の半減期(崩壊定数)を利用しているので、一定の速度で崩壊していくので、非常に正確な時を刻みます。
 ただし、その岩石や鉱物、物質など(以下では鉱物と呼ばます)ができた時、均質に放射性核種が含まれていて、外部との元素交換がない状態(閉鎖系と呼ばれます)で保存されてなければなりません。その鉱物が閉鎖系になっていても、その鉱物が経てきた年代にふさわしい半減期で、放射性核種またはその崩壊でできた核種が正確に測定できる技術と量がなければなりません。このような条件を満たした時、正確な年代測定が可能になります。
 相対年代も絶対年代も、いずれにも長所短所があり、現在では、両者が組み合わせて利用されています。その集大成として、国際体的(国際地質科学連合IUGSの国際層序委員会ICS)によって、国際年代層序表が作成されています。ほぼ、すべての年代境界の基準となる地層と年代値が決まってきました。
 どのような地層や化石でも、年代測定ができるかというとそうではありません。例えば、化石で直接、絶対年代を測定しようとしてもうまくいかないことがほとんどです。しかし、今回、化石の卵の殻を用いて、正確な年代測定できるという報告がありました。その紹介は次回から。

・新しい日常・
少しずつ新しい日常の組み立ています。
書斎、パソコン関係、プリンターや
ネットワークのセットアップなどが
ほぼ整ってきました。
日々の早朝の散歩のルートを考え
GPSによる距離と時間のチェックも進めて
ルーティンをつくってきました。
あれこれと整備してきました。
書棚の本の入れ替え以外は
ほぼ整ってきました。
今後も継続的に調整を加えていくのですが
新しい日常がやっと整ってきました。

・カラープリンター・
自宅に置きっぱなしにしていた
カラープリンターを自宅で
2年半ぶりに動かしました。
するとインクがかすれて
きれいな印刷ができませんでした。
いろいろやったのですが、だめでした。
メーカーに相談したら、修理は可能だが、
それにかかる費用が後継機種の購入費の方が
安いことがわかりました。
カラープリンターは必要なので
新機種導入をして、セットアップしました。
新品なので快調です。

2026年3月12日木曜日

3_236 大絶滅を起こした隕石 9:稀な衝突

 K-Pg境界で衝突したのは、C型小天体でした。他の時代の衝突の天体を調べたところ、一般的なS型小天体でした。C型小天体の衝突は稀であることがわかりました。しかし、大絶滅との関係は今後の課題です。


 この論文では、他のいくつかの時代の衝突事件の天体のルテニウム組成とも比較しています。太古代から顕生代に渡る35億年前から3600万年前の8つの衝突事件で検討しています。
 古い順でみていくと、太古代の35億~32億年前のボーリングコアで見つかった南アフリカのBARB5-SL2、CT3-1-SL9、CT3-2-SL13の地層の試料です。この地層は、衝突で飛び散った粒子(顆粒、spherule)からできたものです。顕生代では、衝突構造をもったところから、クリアーウォーター東(Clearwater East、カナダ)で4億6000万年前のボーリングコア、ブレンド(Brent、カナダ)の4億5280±2700万年前のボーリングコア、ロチェチョート(Rochechouart、ロシア)の2億0100±200万年前の露頭、モロクェング(Morokweng、南アフリカ)の1億4600±16万年前のボーリングコア、ポピガイ(Popigai、ロシア)で3663万±92万年前の露頭の5つの試料を集め、同位体組成が分析されました。
 これらのルテニウム同位体組成から、すべてS型小惑星に由来する衝突であることがわかりました。
 S型小惑星とは、岩石(ケイ酸塩鉱物からできている)を中心として、金属(鉄やニッケルの合金鉱物)も含んでいるもので、隕石ではもっとも多くある石質隕石と呼ばれるタイプになります。「はやぶさ」が調査した「イトカワ」もこのタイプになります。
 S型小惑星は、小惑星帯にも多くあるのですが、「地球近傍小天体」と呼ばれるものを主に構成しています。地球近傍小惑星とは、もともとは小惑星帯にありました。小惑星帯には多数の小惑星があるため、小惑星同士がぶつかったり、接近して軌道が変わったりすることも起こります。その現象によって、太陽に向かう軌道をとり、地球の公転軌道を横切るような軌道をもった天体をいいます。そのような軌道をもった天体は、地球に衝突する確率が高くなります。地球に落下していくる隕石の多くは、地球近傍小惑星に由来すると考えられています。
 以上のことから、これまで衝突した小天体は、S型で、地球近傍小惑星に由来していることがわかります。ところが、K-Pg境界の衝突は、木星より外縁に由来した、C型小惑星によるイベントであったことになります。大きな衝突は度々おこっているのですが、K-Pg境界の衝突だけが、特殊な天体であったことになります。
 サイズは小さく、頻度は少ないですが、C型小惑星に由来する炭素質隕石の落下は起こっており、隕石もそれなりに見つかっています。稀な炭素質隕石が衝突したことと、大絶滅との関係は不明です。大絶滅との因果関係の有無が今後の課題でしょう。

・朝の散歩・
大学の研究室を退室して、
新しい日常を構築するために、
日々、試行錯誤しています。
これまでのように早朝に起きて
一人で朝食を摂ってから
散歩をすることにしました。
大学に向かう必要がないので、
あちこち、気の向いたコースをとっています。
今後どのようなコースをルーティンにするのか。
それともルーティンなど決めないのか。
試行錯誤しながら、考えていこうと思っています。

・まずは使えるよう・
書斎の片付けは、まずは、仕事道具のパソコンや
日常に的に使用していう機材を
セットアップし終わりました。
使用頻度小さい、
スキャナーやペンタブレットなどは
使う時にセットアップしようと考えています。
一番の問題は、とりあえず書棚に入れた書籍類が
バラバラになっており、整理されていないことです。
これをなんとかしたいのですが、
これも、必要になった時に、
おいおいと進めていこうと考えています。
とりあえず使えるようにすることが優先です。

2026年3月5日木曜日

3_235 大絶滅を起こした隕石 8:炭素質型小惑星

 K-Pg境界の地層のルテニウムの同位体組成から、衝突天体は、炭素質型小惑星という結論をだしています。その根拠はどのようなものなのでしょうか。少し詳しく紹介していきましょう。


 前回、衝突天体が、炭素質型小惑星だったということを紹介しました。ルテニウムの同位体組成を根拠に決定したのですが、その詳細を見ていきましょう。
 フィッシャー・ゲッデらは、K-Pg境界に濃集しているルテニウムの同位体組成を、高精度に分析していきました。同位体組成の測定は、精度を上げるために、101Ruの値を分母にして100Ruとの同位体比でおこなわれます。その値を、比較するときは、違いが小さいために、ある基準にされている物質(標準試料)と比較した値でおこなわれます。
 標準試料としては、南アフリカのブッシュベルド(Bushveld)クロミタイト(UG2と呼ばれます)を用いられています。試料でえられた値(比)を、標準試料の値(比)で割った値(比)として規格化していきます。この値は小さいので、1万倍(1万分率)して示されます。このような比率はε100Ru(イプシロン)として表します。ほかにも1000倍にするパーミル(‰)、100倍したものは馴染みのあるパーセント(%)などの表示法があります。
 隕石でも、新たにルテニウム同位体組成を高精度に測定してε100Ruを求めています。分析された隕石としては、炭素質コンドライト、エンスタタイト・コンドライト、普通コンドライト、鉄隕石でした。その結果、K-Pg境界の試料は、炭素質コンドライトに非常に似ていることが明らかになりました。
 次に、論文タイトルにあった炭素質型小惑星についてです。炭素質型小惑星は、小惑星をスペクトル分析によって区分されたものです。スペクトル分析とは、光(天体の場合は太陽光)が天体に当たったとき、表面の物質によって、吸収されたり反射されたりする光の波長が決まっています。波長を細かく調べることで、表層の物質を区分していくことができます。例えば、ものの色などは、その物質の特徴を表していることを意味します。
 小惑星帯周辺には、小天体が多数あるので、望遠鏡を用いてスペクトル分析がされています。そのスペクトル分析をもとに小天体が分類されています。
 隕石と小惑星が対比されています。隕石は小惑星帯から飛来していることが、落下時の軌道計算からわかっています。小天体と隕石は、それぞれをスペクトル分析して比較していくことで、両者の対応関係を決めることができます。
 炭素質型小惑星とは、隕石の炭素質コンドライト(carbonaceous chondrite)と似ているC型(炭素のC)に区分されるものです。炭素質型小惑星は、木星軌道より外側に多く分布していることもわかっています。
 K-Pg境界で衝突した天体は、隕石としては炭素質コンドライトの同じルテニウム同位体組成をもち、炭素質コンドライトは、木星軌道より外側から由来した炭素質型小惑星に類似していることになります。以上のことから、論文のタイトル「衝突天体が炭素質型小惑星だった」ということになったわけです。
 さて、この論文では、地球のほかの時代の衝突クレータの物質も分析しています。それは、次回としましょう。

・三寒四温・
2月末から3月初めにかけて、
雨が降ったり雪が降ったり
根雪が溶けたり凍ったりを
繰り返しています。
冬が終わる頃なので、
三寒四温の様相を呈しています。
春先の三寒四温が終わると、
本格的な春がはじまります。
北海道の春は、雪解けの時期が長く続きます。
今年の雪解けは早く進んでいるようです。

・不足の事態・
3月になりました。
ただし、このエッセイは、
前回のエッセイでも紹介しましたが、
研究室の退去が2月末になったので、
自宅でのコンピュータや研究環境を
整えなければならないのですが
バタバタしている可能性があります。
そのため、早めに予約配信して
不足の事態に備えました。

2026年2月26日木曜日

3_234 大絶滅を起こした隕石 7:ルテニウム

 このシリーズでは、ここまで、6つのエッセイを書きました。これらは、前置きに当たるので、少々長くなりました。今回から、いよいよ大絶滅を起こした隕石の話題になります。論文の紹介からしていきましょう。


 K-Pg境界で恐竜などの大絶滅が起こった時代の話題で、論文は2024年8月のScience誌に掲載されました。
Ruthenium isotopes show the Chicxulub impactor was a carbonaceous-type asteroid
(ルテニウム同位体組成は、チクシュルブの衝突天体が炭素質型小惑星だったことを示す)
というタイトルでした。ドイツのケルン大学のフィッシャー・ゲッデ(Mario Fischer-Gödde)らの共同研究で報告されました。大絶滅を起こした衝突天体の特徴を明らかにしたという内容です。
 1980年のアルヴァレスたちの論文で、大絶滅があったK-Pg境界部の地層にだけ、イリジウム(Ir)の含有量が多いことが、衝突の重要な根拠になっていました。イリジウムは、隕石に多く含まれている成分であるために根拠となりました。
 激変説に反対する人たちからは、火山噴火による放出でもイリジウムが濃集することがありえます。これが論点のひとつになりました。隕石衝突が原因ならば、短時間で突然、一気に大絶滅が起こります。一方、火山噴火であれば、長期間(数万年)で、噴火の影響が及ぶにつれて少しずつ絶滅が広がっていくはずです。
 多種多様な観点、手法で多数の研究がなされました。各地で衝突の証拠や、短期間に一気に大絶滅が起こったことがわかってきました。これで論争に決着を見ました。
 K-Pg境界部の地層には、イリジウムの他にも白金族元素が高濃度で含まれていいて、ルテニウム(Ru)もその仲間です。今回の論文では、試料から、ルテニウムに着目して、同位体組成から、衝突した天体の特徴が探されました。
 ルテニウムは、原子番号44ですが、中性子の数が50~60まであるので、いろいろな原子量のものがあります。同じ原子の種類なのですが、多数の同位体があり、天然には7種(96Ru、98Ru、99Ru、100Ru、101Ru、102Ru、104Ru)が安定して存在しています。ルテニウムの分析値は、7種の同位体の混合物を分析していることになります。
 ルテニウムの同位体組成を詳しく調べて、由来を明らかにしていこうというものでした。隕石の衝突が原因であることはすでに判明しているので、衝突天体の特徴を明らかにしようとすることが、論文の目的です。その結果、タイトルにあるとおり、炭素質天体だったということを明らかにしました。
 その天体の詳細と判定方法は、次回にしましょう。

・研究室退去・
研究室退去の日程を
担当職員の方と調整しました。
2月27日(金)が平日としての末日になります。
当初はその日に退去の予定にしていました。
ところが、大学の来年度の講義のシラバスが
28日が締め切りとなっています。
また、2月25日(水)が後期の評価に対する
学生からの問い合わせ期間となっており
対処が必要になるかもしれません。
28日土曜日まで猶予をもつことにしました。
3月1日(日)に、残しておいたパソコン関連の
荷物を搬出していくことにしました。
その事情を職員に説明して了承をとり、
3月2日(月)の午前中に退去することにしました。
退去は、職員立会いのもと、研究室のチェックがあり、
鍵を渡して、終わりとなります。

・新しい生活パターン・
長きに渡り、この研究室を利用してきました。
起きている時間の大半を、ここで過ごしたと考えると
感慨深いものがあります。
3月からは、新しい生活をスタートしなければなりません。
自宅での研究環境の確立、
健康のための運動方法、
日常の生活パターンなど
いろいろな変化に対応していかねればなりません。
それも楽しんでいけければと思います。

2026年2月19日木曜日

3_233 大絶滅を起こした隕石 6:激変説の復活

 年代測定で、地球には長い時間が流れていたことが明らかされました。斉一説によって、科学は、宗教の激変説の呪縛が解かれました。しかし、20世紀後半、科学の世界に激変説が復活してきます。


 年代測定により、地球創成が、聖書に記された数1000年前ではなく、何桁も古いことが明らかになってきました。現在の年代測定で、地球創成は45.6億年前となっています。
 年代測定は、宗教的呪縛を破るとともに、斉一説が激変説に勝利したことも意味しました。ケルヴィンが示した科学的推論による「時間の壁」が、別の科学的結果によって更新されたことになります。この科学の自己修正機能が、科学的方法論のよさでもあります。
 科学的方法論は、斉一説すら、置き換えられることになります。
 1980年、アルヴァレスたちは、中生代と新生代の時代境界(K-Pg境界)に起こった大絶滅が、巨大隕石の衝突が原因だと発表しました。ところが、アルヴァレスらの研究は、隕石の衝突による大絶滅は、ノアの洪水に匹敵する天変地異でした。これには、西洋の科学者たちは、大きく反論しました。もちろん地質学者たちの多くが反論しました。
 それまで、20世紀までの激変説と斉一説の論争が、放射性元素を用いた年代測定によって、斉一説が勝利したのに、このアルヴァレスたちの論文は激変説の復活となります。
 多くの地質学者が、反論のためもあって検証作業をすすめたところ、地球全域で、隕石衝突の痕跡が見つかってきした。年代測定も正確になされ、当時もっとも精度のよい時代境界が、K-Pg境界といえるほどになりました。議論の末、大絶滅と環境の激変、つまり天変地異が起こっていたのことが確定されました。これは激変説の復活、あるいは新激変説の登場となりました。
 他の時代境界の大絶滅も、天変地異が起こったのではないかと再検討されてきました。生物史上最大のペルム紀と三畳紀(P-T 境界)の大絶滅は、隕石の衝突ではありませんが、シベリア・トラップと呼ばれる巨大な火山活動によることがわかってきました。これも天変地異によるものだとわかってきました。現在のところ、他の時代の大絶滅についてはまだ不明ですが、これまでの斉一説では説明できない激変が起こっていたことも明らかになってきました。
 科学的方法論によって、地球史には斉一説だけではなく、激変説による事象も存在していることを証明したことになります。これも、科学的方法論の自己修正機能でしょう。

・非常勤講師・
寒波の中の雪まつりも終わり、
大学も一般入試も終わり、
後期の成績評価も終わりました。
次は、来年度のシラバスの締切が2月末に来ます。
これで今年度の大学での
校務がすべて終わりとなります。
4月から、継続となりますが、
非常勤講師として、
週1日ですが、勤務することになります。
前期は新キャンパスで1講
後期には今のキャンパスで2講
全部で3つの講義を担当します。

・開け渡し・
2月末に、研究室の開け渡しがあります。
処分の困っていた書棚も
大学に頼んで処理をお願いしました。
元は大学に備品だった机やテーブル類もあるのですが、
これも同じように処理を
お願いしようと思っています。
引き渡しまで、最低限の研究環境を
維持したと考えています。
着実に準備を進めています。
最後の週にすべての搬出をするのですが
できるだけ研究に停滞が起こらないように
作業が進められばと思っています。

2026年2月12日木曜日

3_232 大絶滅を起こした隕石 5:年代測定の確立

 20世紀になってから、放射性核種の発見とその計測法の開発によって、年代測定が確立されました。年代値の確定によって、「時間の壁」が突破されました。それは、宗教の呪縛からの解放でもありました。


 過去の事象を探求する地質学では、化石による古さの順序(層序区分)や古さの区分(相対年代区分)ができ、化石が豊富な地層ではかなり詳細な区分ができていきます。しかし、化石のない地層、あるいは化石が見つからない時代には、この方法は適用できません。
 過去の物質を対象とする地質学において、定量的な年代測定は念願でした。この念願を達成するためには、原子核、放射性元素の研究、そして各種ごとの測定技術が確立されるまで待たなくてはなりませんでした。
 19 世紀末、ベクレル(Antoine Henri Becquerel)が放射能を発見し、ラザフォード(Ernest Rutherford)らが放射性崩壊が一定の速度あることを示したことから、年代測定の可能性がでてきました。
 ボルトウッド(Bertram Boltwood)が、ウランを含む鉱物中の鉛の量から、年代が計算できることを、1907年に示しました。この方法は、ウランが放射壊変して鉛ができることから、もともと鉛を含まない鉱物(ウラニナイトなど)で、鉛の量を測定すれば、その鉱物が結晶してからの時間が計測できるはずだという考えです。この論文では、世界各地から43個の試料を集めて分析して、年代を計算しました。その年代は、4億1000万年から22億年になりました。
 しかし、この年代値には問題がありました。少ないとはいえ鉱物にもともと鉛(初期鉛と呼ばれます)が含まれていた場合の区分ができていませんでした。また、ウランには2種の放射性同位体(238Uと235U)があり、鉛にもいくつもある同位体が区分されていませんでした。ただし、当時はこれらの同位体については、まだ未発見でした。
 ホームズ(Arthur Holmes)は、1911年(当時21歳)に、ボルトウッドのアイディアを改良して、ウランが鉛に変わる速度(崩壊定数や半減期と呼ばれます)を精度をよく決定して、初期鉛や風化の効果なども配慮しました。そこで、3億7000万年、10億2500万年、16億年の年代値を示しました。1930年代以降には同位体を測定する装置(質量分析計)をもちて、より正確な年代測定の方法を確立しました。ホームズが示した最古の岩石は、1913年には16億年前でしたが、1930年代には30億年前でした。理論的に推定した地球の年齢は、1946年には鉛の同位体の比率から理論的に地球の年代を約33億5000万年前となりました。
 各種の放射性性元素による年代測定法として、14C法、K-Ar法、Rb-Sr法、Nd-Sm法などが開発されてきました。放射年代の測定法の確立によって、絶対年代が測定でき、「時間の壁」が突破できることになりました。地球創成の時代は、聖書に書かれた時代に比べて、古いことが確定しました。
 しかし、化石による相対年代が不要になったわけではありません。化石が多産する地層では、年代区分の精度の方がよいことがあります。相対年代と絶対年代が両者を加味して、年代区分がなされています。
 また、年代測定には、いろいろな方法があるのですが、年代測定できる物質(岩石や鉱物)が限定されることです。含まれる放射性核種の種類と年代にふさわしい半減期、その核種を測定する技術も伴わなければなりません。
 現在、測定する技術の改良が進められて、微小の部分、微量の成分などの測定も可能になってきました。それでも、すべての岩石や地層の絶対年代が測定されているわけではありません。

・繰り返される寒波・
1月下旬から2月上旬にかけて
何度も寒波の襲来がありました。
地域によっては、大雪による交通の混乱もありました。
JR北海道の雪の脆弱性が問題になりました。
とくにインバウンドへの影響が大きくなったので
ニュースにもなりました。
安全性への配慮も背景にあるのではないでしょう。
しかし、以前から大雪があるの列車の遅延は当たり前で
北海道の人はしかたがないと思っていました。
現在は、時間通りに物事が進まないと
批判されることになるのですね。

・荒天の日はひっそりと・
我が家は、悪天候の日は、
自宅でじっとしているのが原則です。
毎日徒歩で大学に来ているので
大雪でも問題ではありません。
今年は以前に体験したひどい吹雪と比べると
それほど大変ではありませんでした。
大雪だと自宅での除雪は大変ですが。
徒歩による通勤も
今月一杯で研究室の明け渡しになるので
終わりになります。

2026年2月5日木曜日

3_231 大絶滅を起こした隕石 4:時間の壁

 地質学に斉一説が導入され、地球には古い歴史があることが示されました。物理学でも、地球の年齢が推定されましたが、地質学の示した年代より短いものでした。この矛盾は「時間の壁」と呼ばれるものでした。


 聖書の記述から、地球創成は6000年前と算出されていました。一方、斉一説を受け入れた地質学では、地球には非常に長い時間が流れていると考えました。現在みられる自然現象が、過去にも同様に働いて、地層ができたと考えられます。すると、地層ができるには、長い時間の自然現象の継続が必要となります。
 地質学的に推定された長い時間は、進化に必要な時間を保証していました。ダーウィンは「種の起源」の中で、ある地方(Weald)の海蝕崖の浸食速度を斉一的に仮定してみると、3億年ほどの時間が必要という算出しました。ひとつの地域、ひとつの崖だけでも3億年もの時間が必要となるので、地球には長い時間が流れていたと考えました。
 侵食や地層形成の現象は、非常のゆっくりとしか働かないこと、いくつもの仮定や推定の上での計算であること、地球の年代が間接的にしか示されていないこと、などの問題がありました。
 ケルヴィンは、物理学的に地球の時間を考えました。地球初期を高温の球体と考え、内部に蓄えられた熱が、熱伝導で冷めていくと考え、現在の地殻の温度勾配(地温勾配)の実測から、熱伝導方程式を用いて、推定しましました。そこから、地球の年齢が3000万年から1億年としました。また、太陽の重力収縮から太陽の年齢が1億年未満だと推定しました。独立した方法でえられた年代が似ていたことから、信憑性がある年代だとして、地質学者たちが主張する長い年代ではないと反論しました。これが「時間の壁」と呼ばれるものでした。
 ケルヴィンは、科学的方法で、再現性をもった実験や法則に基づいた定量値を示しました。現在の知見からすると、地球の内部には放射性元素という別の熱源、熱伝導ではなくマントル対流にて熱が伝わることなどが明らかになってきました。また、地温勾配の値は地表付近のもので、全地球に適用するには、大きくすぎる速度になっていました。しかし、これば後付の知識ですので、当時は、「時間の壁」は非常に大きな課題となり、以降、50年以上に渡って議論されることになりました。
 化石の多数でる地層では、化石の種類の変化から、非常に細かく見分けることできるため、時代区分には利用できます。別の地域の地層で、同じ化石が見つかれば、その時代区分が適用できます。ある地層から、ある時代を示す化石(示準化石)が見つかれば、それより下の地層は「より古く」、上の地層は「より新しい」という判別ができます。このような時間の示し方は「相対年代」と呼ばれています。新旧が定性的に示されているに過ぎず、これでは「時間の壁」は突破できません。
 「時間を壁」を突破するためには、直接、地層や岩石、化石などの時代を定量的に示す必要がありました。定量化できた年代を「絶対年代」と呼びますが、それができたのは、20世紀半ばまで待たなくてはなりませんでした。

・またもや大雪が・
北海道は、週末にまたもや大雪となりました。
我が家で妻は、車は使わず、
除雪のみに外にでて、
あとは、自宅にこもって
じっとしていることになります。
私は、どんなに大雪の中でも、
1時間ほど歩けば大学に着きますので、
いつもの通り歩いてきました。
ただし、ガリガリに凍って歩けないときが
今シーズン2日ほどありました。
今月は、そうならないことを願っています。

・明け渡し・
いよいよ、2月になりました。
今月いっぱいで研究室の明け渡しとなります。
それまでに研究室を
研究を継続するのに
最低限の機材は残しています。
ほぼ、片付いているのですが、
27日には、空っぽにしておかなければなりません。
24日から26日の3日間で最終的な搬出を考えています。
天気が問題ですが。

2026年1月29日木曜日

3_230 大絶滅を起こした隕石 3:論争

 斉一説、それを元にした進化論は、発表当時には、社会や学界から激しく批判されました。それらは、やがて受け入れられ、科学的方法論やその概念が、現在の科学の基礎となっていきました。


 教義に則った激変説と科学的方法論による斉一説との論争は、イギリスとフランスで激しく起こりました。その様子を少し見ていきましょう。
 イギリスでも、当然ながら、当時は地質学者も激変説を信じていました。斉一説は、18世紀末にハットン(1726~1797)が最初に唱え、その考え方は「現在は過去の鍵である」といわれていました。その後、ライエル(1797~1875)も、詳細な地質現象をもとに、斉一説に基づいて大著をしたためました。
 ダーウィン(1809~1882)も、ライエルの著書をビーグル号に乗っている時に入手して、斉一説の存在を知り、受け入れていました。ダーウィンは、自然淘汰という現象の積み重ねで、生物は進化してきたと考え、1859年に「種の起源」で進化論を提唱しました。進化論には、長い時間が必要になります。地質学的な斉一説を受け入れれば、聖書に示された時間(6000年程度)より、もっと長い時間が、地球には流れていたことを意味しました。
 ダーウィンの進化論は、「種の起源」出版直後から、かなり話題になりました。しかし、宗教界からも、恩師(アダム・セジウィック)や科学界からも激しい批判を受けました。ダーウィンは、その批判や書評に敏感になり、第2版では修正を加えています。
 ダーウィンは、公開の場での討論は避けました。その討論の代役をかってでたのが、ハクスリーで「ダーウィンのブルドッグ」とも呼ばれていました。もちろん、一部の地質学者や生物学者、若い人からの支持はあり、やがては科学界に受け入れられていきました。
 フランスでは、キュビエとラマルクが。生物進化について論争していました。キュビエ(1769~1832)は、各地から産する動物化石、とくに脊椎動物化石を研究し、「比較解剖学」の手法を確立しました。そのため、脊椎動物古生物学の祖ともいわれています。キュビエは、激変説によって古生物の変化を説明しました。
 キュビエは、生物は進化しないと考えていました。何千年前にも、犬、猫、人間はいるが骨格の変異も進化もしておらず、変種でさえ骨格は近似していることを比較解剖学で示しました。斉一説に対して、化石種から見られるように絶滅種は多数存在するが、生物連鎖(生物進化)があるなら、なぜ絶滅があり、連鎖が途切れているのかという批判をしました。
 一方、ラマルク(1744~1829)は、斉一説で生物進化を考えました。無脊椎動物化石の研究から、生物は無生物から自然発生し、単純なものから、複雑なものへと「前進」する、つまり進化してきたと考えました。自然界には、発生時期の違いによって、発展段階の違うものが階層的に存在すると考えていました。生物は、現在用いている器官(キリンの首)が、必要に応じて(高い木の葉を食べる)、優位に働く(首が長い)であれば、それが子孫に遺伝すると考え、「用不用説」の提唱しました。獲得形質(使って変化した形)が遺伝するという考えでした。
 キュビエの考えは、当時は多くの支持を受けていたのですが、ラマルクやライエルに反対され、やがて斉一説を受け入れました。ダーウィンにも影響を受け、進化説も受入れることになりました。

・大雪・
先週末には、全国的寒波や大雪で
大混乱となりました。
今回の寒波は厳しいものでした。
雪に慣れている北海道でも、
混乱はおきました。
わが町より、札幌の方に雪雲が伸びて
大雪となりました。
幸い日曜日だったので、
交通量が少なかったのが幸いでした。
交通の乱れは、しばらく続きました。

・影響や乱れ・
大学は月曜日は大雪のため、
一日休講となりました。
月曜日から、後期の定期試験期間に入るため
試験日がずれることになりました。
どうなるかは別途、連絡があるのでしょう。
このメールマガジンは月曜日の朝に
予約配信しています。
そのため火曜日以降の状況はわかりませんが、
これで寒波や大雪が
一段落すればいいのですが。

2026年1月22日木曜日

3_229 大絶滅を起こした隕石 2:造形力説

 現在の科学は斉一説に基づいて進められているので、地層も、化石のでき方も現在の現象や生物をもとに考えられていきます。では、中世から近世のキリスト教が支配的な世界では、どのように考えられていたのでしょうか。


 中世から近世のキリスト教が支配的な世界では、聖書に記載された内容が正しいと信じられていました。自然現象も、聖書に書かれていることで説明されてきました。
 創世記には、生物の出現も多様な生物も、神がつくったと書かれていました。地層の形成も、生物の絶滅も、聖書にあるノアの洪水のような天変地異で説明されてきました。
 科学的知見が増えてくると、地層の中から見つかる化石は、多様で、現在はいないような形態の化石も、多数見つかってきました。地層の順に、化石の形態が変化していくこともわかってきました。このような化石の多様性や変化は、聖書の中の出来事だけでは説明できませんでした。
 自然に内在する「造形力(形成力)」という神秘的な作用があったと考えられました。これは、神が、混沌から秩序をもたらし、生物や人間に固有の形を与えるという考えです。生物の形態は、造形力によって、一定の秩序や方向性をもって生み出されると説明されました。化石も、造形力の表現様式の一環で、石が生命の形を模して石化し、成長したと考えられます。地層内の生物種の消滅(絶滅)も様式の転換として説明されてきました。
 造形力説であれば、神秘的な作用で、化石や生物の形態の変化など、どのような形態や、どのような形態変化も説明できました。造形力説で、生物や化石の問題は解決できそうでした。しかし、造形力自体の解明は困難でした。
 ところが、問題はまだありました。それは時間でした。聖書に書かれている時間は、天地創造が今から6000年ほと前で、地球の歴史は、それ以降にすべて起こっていなければなりませんでした。
 科学が発展してくると、斉一説が生まれてきました。斉一説とは、地質現象は、現在見られる自然現象の集積によって進んでいくという、ごく素直な考えでした。
 例えば、河川が氾濫したら、川に堆積していた土砂が一気に海に流れ込み、海底に堆積します。洪水は稀な現象ですが、数十年、数百年に一度は起こります。ただし、この洪水という稀な現象は、人間にとってであり、地球の時間にとっては、「しょっちゅう」起こっている現象となります。海底には、このような堆積物が繰り返し溜まっていきます。山をつくっている地層の存在は、地球には非常に長い時間が流れていたことを意味しています。
 斉一説では、造形力のような神秘的な作用ではなく、化石の多様性や変化も説明できました。山をつくっている地層中に貝化石には、現在の海に生きている貝に似ているものもあります。もともとは海で生きていた貝が、土砂が洪水にで海底に運ばれた時、貝も土砂に埋まったと考えれば、山の地層内の化石も説明できます。
 斉一説に従えば、地層も化石も、現在起こっている自然現象によって説明できます。斉一説で地層や化石の形成を考えるには長い時間が必要となります。ただし、何年くらいの時間が流れていたかは、不明でした。過去の時間の定量化はできていませんでした。
 激変説と斉一説は激しく論争しました。激変説は、これまでのキリスト教の信仰の中で考えればよく、当時の教義や常識に叶っていました。一方、斉一説では、論理的ではありますが、教義に反する異端となる考え方でした。斉一説を唱えるのは、それなり勇気も必要でした。
 その論争については、次回としましょう。

・共通テスト・
このエッセイは、19日に配信しています。
大学入学共通テストが先週末に終わりました。
交通の乱れがあると、
受験生も試験会場の担当者も
大変な思いをすることになります。
札幌の一部会場で開始時間繰り下げがありましたが
無事に終わりました。
北海道では、週半ばには
寒波が来るとの予報がでています。
何度も寒波は来ているのですが
今回の寒波は、かなりの降雪が
週末まで続くとの予報です。
試験と重ならずによかったです。

・研究室の使用期限・
先週、研究室の使用期限に関する連絡がきました。
2月末までが期限となっており、
それ以降の延長は認めないというものでした。
27日に退去することにしました。
現在、日々使う最低限のものだけを
研究室に残して、
毎日持てるものを運んで帰っています。
ほぼ片付きつつあります。
現在、研究の必要な最低限のものになっています。
日々、静かに研究できる環境は
捨てがたいものがあります。
3月からは、自宅が研究の場となります。
緊張感の継続が重要かと思っています。

2026年1月15日木曜日

3_228 大絶滅を起こした隕石 1:斉一説

 恐竜絶滅が隕石の衝突によるものというのは、多くの人が知っています。ところが、その隕石は少々異なった性質をもっていることがわかってきました。隕石の性質が、どのようなものだったのかを紹介していきます。


 このシリーズでは、恐竜を大絶滅に至らせた隕石の種類に関する論文を紹介していきます。ただし、まず、恐竜大絶滅が隕石衝突によるものだという説に至るまでの、いろいろな論争を紹介しながら、説明していくことにします。
 中生代白亜紀と新生代の古第三紀の境界は、生物の大絶滅によって区分されています。K-Pg境界と略されて呼ばれています。時代境界は、両側の時代名の略号を用いて示されます。Pgは英語の古第三紀(Paleogene)の略号です。白亜紀(Cretaceous)は、CではなくKとなっているのは、Cは石炭紀(Carboniferous)の略号としてすでに用いられているので、ドイツ語のKreidezeitからKが使われています。
 さて、K-Pg境界では、恐竜の大絶滅は有名ですが、それ以外の生物種も同様に大絶滅しています。その原因となったが、隕石衝突という事件であることは、多くの人が知るようになりました。大絶滅を起こすのですから、隕石衝突の規模が、いかに大きかったのかが想像されます。
 K-Pg境界の隕石衝突が、はじめて科学的に確定された大絶滅の原因になります。それ以前は、K-Pg境界の大絶滅や他の時代の大絶滅でも、これという定説がありませんでした。いろいろな説があり、地球内部からの現象(巨大火山噴火、プレート運動など)や、地球環境の変化(気候変動など)、激しい生物同士の生存競争のような、現在でも起こりうる自然現象で説明していくことになっていました。
 地球内で起こる自然現象による説明は、「斉一説」と呼ばれる考え方で、現在の科学でも重視されているものです。斉一説が、科学のいろいろな分野で利用されるようになると、生物の進化、新種の出現や大絶滅など、化石としてみられる種の変化は、地球内で起こる現象で、説明することになっていました。また、各種の地層形成や地層変化、火山活動なども、現在みられる自然現象の繰り返しや蓄積でできると考えれれるようになってきました。
 ところが、隕石は地球外に由来するもので、その衝突は偶然に起こる現象になります。隕石衝突による大絶滅は、天変地異によることになり、激変説と呼ばれるものです。原因としては起こりえますが、不定期に突然起こるものです。激変説は、斉一説に対抗する説になります。
 激変説と斉一説は、近世ヨーロッパで激しい論争を巻き起こしました。その論争を次回から紹介していきましょう。

・科学史・
現在、科学と宗教に関する論文をまとめています。
激変説と斉一説の論争は
近世のヨーロッパの科学史においては
重要なものになります。
ですから、このシリーズでも、
科学史の内容に触れながら
隕石の性質に関する
論文の紹介もしていくことにしました。

・嵐・
週末から祝日にかけて、
北海道は大荒れとなりました。
金曜日から土曜日の午前中までは暖かく、
非常に珍しいのですが雨が降りました。
日曜日の早朝も小雨で
道路の氷が濡れてツルツルになっており
雨で溶けて水たまりになっていました。
いったん自宅をでたのですが、
危なくて歩けず、大学にでるのを断念しました。
日曜日の昼にはいったん晴れたのですが、
午後からは一転、雪になりました。
月曜日には嵐となり、降雪も激しく、
あちこちに吹き溜まりができていました。
雪が深いので長靴を履いてきたのですが、
大学に着いた時には、
長靴の中まで雪が入り込んでいました。
大変な思いをしました。
ところが昼にはおさまってきました。
激しく変化する天気でした。

2026年1月8日木曜日

4_205 志賀島 2:トンボロ

 陸繋砂州はトンボロとも呼ばれ、島と陸が砂州で繋がった地形です。砂の供給源と、その砂を陸側に運ぶ海流や風などの条件が必要となります。志賀島と海の中道は、その条件を満たしていました。


 金印の見つかった志賀島(しかのしま)は、現在は、九州と陸続きになっています。陸の東から志賀島に伸びる海の中道があります。海の中道から砂嘴が東西に伸びて、志賀島まで繋がっています。陸繋島とも陸繋砂州(りくけいさす)、あるいはトンボロとも呼ばれています。現在は、砂嘴の上に道路が整備され、1928(昭和3)年に志賀島のと間に橋(志賀島橋)が架けられて、安定して陸続きとなっています。
 志賀島はもともとは島なのですが、山地になっています。一方、海の中道はのっぺりとした平地になっており、長さは約8km、幅は最大約2.4kmにも達しています。海の中道北側の海岸には砂丘ができています。それぞれ全く異なった地形となっています。これは大地を形成した地質が異なっていたためです。
 志賀島は、主に白亜紀の花崗岩類からできています。花崗岩類は、マグマが深部でゆっくりと冷え固まった深成岩類で、花崗閃緑岩(花崗岩と閃緑岩の中間的な深成岩)という岩石に分類されます。北部は南東の海岸沿いには、花崗閃緑岩に貫入している斑れい岩があります。斑レイ岩も深成岩類となります。
 つまり、志賀島は、マグマが深部で冷え固まった岩石からできていることになります。深成岩なので地下深部で形成されたので、周辺にはなんらかの岩石類があったはずです。それらは、長い時間、侵食を受けたため、現在では残っておらず、花崗閃緑岩と斑レイ岩が露出している島となっています。非常に古い時代に形成され、侵食を受けたところとなります。
 海の中道は、第四紀に堆積した砂礫からできています。この堆積物は、砂浜でたまったものが、砂丘を形成しています。砂丘の堆積物は二層あり、氷河時代以前に形成された「奈多(なた)砂層」、その上に「海の中道砂層」がたまっています。この砂丘の形成の作用が継続したことで、志賀島とつながっていきました。
 砂丘をつくった大量の砂は、志賀島の花崗岩類が供給源だと考えられています。花崗岩類は、風化や侵食に弱い岩石なので侵食されやすく、砂状の「真砂(マサ)」となって海に流れ込みます。海に流れ込んだ砂は、志賀島の東側を回り込んだ海流に運ばれ、海の中道に海岸に打ち上げられます。ただし、砂丘の形成は、少々複雑な歴史をもっています。
その砂が、日本海からの北風で陸に持ち上げられます。その作用が長く続くことで、志賀島と陸地の海の中道をつなぐ砂州、そして砂丘となっていきました。
 氷河期には海面が低下して、奈多砂層が砂丘として形成されていました。ところが、1万5000年前の温暖化で海面上昇が起こり、海の中道の奈多砂層が侵食を受けました。海面上昇がもっとも大きかった4700年前(縄文中期)ころには、かなり北側に砂丘ができていました。その後、3100年前(縄文晩期)ころには寒冷が起こり、現在と同じくらいの海面になると、海の中道に砂丘で再度形成されました。
 現在は、侵食と堆積が均衡して安定化しています。ただし、人間の時間スケールでの安定にすぎません。地球環境において、気候変動は常に興っている現象なので、今後、どうなっていくは不明です。

・新年のスタート・
大学の講義も昨日からはじまりました。
1月4日から大学にはでていました。
年末年始の休みの期間は、
暖房が最低限にしか入っていません。
そのため研究室も寒い状態となっています。
その対策としては、まずは厚着で
あとは小さな電気ストーブで
なんとか寒さを凌いでいいます。
昼過ぎまでは仕事をしていましたが
長時間は寒いです。

・再訪・
今年の、5月の連休明けに
福岡に旅行することにしました。
再度、長男に1日車を出してもらう予定でいます。
主に北九州を見ていく予定でいます。
博物館や景勝地を見るつもりです。
車のない日は、宿泊施設の近くの
博物館などをみていくつもりです。
そして今回も、志賀島に宿泊することにしています。

2026年1月1日木曜日

6_215 年齢と時間の感じ方

 毎年、年末になるとこの1年があっという間に過ぎ去ったことを思います。それは年々短く感じています。ほんの1日の差しかありませんが、年始には新しい年の1年の計を考えています。時間の感じ方についてい考えました。


 年齢ととともに、時間の経過を速くなっているように感じてしまいます。多くの人が、同じように感じていることではないでしょうか。脳の働きが関係しているとは考えられますが、これまで仕組みがよくわかっていませんでした。その感じ方が、科学的に解明されてきました。
 イギリスのルグトマイヤー(Lugtmeijer)らの共同研究で、その仕組を明らかにしてきました。2025年10月8日、Communications Biologyという科学雑誌に
Temporal dedifferentiation of neural states with age during naturalistic viewing
(自然な視聴中に加齢に伴う神経状態の時間的脱分化)
というタイトルで報告されました。
 タイトルの中の「時間脱分化(temporal dedifferentiation)」という言葉が、とてもわかりにくいものにしています。歳を取ると、脳が体験を区切る「境界線」(分化)が減っていきます。これが「脱分化」となります。その時間的分化が減っていき、出来事が一つにまとまって感じられるようになることを意味しています。
 自然な視聴中の体験とは、ケンブリッジ老化・神経科学センター(Cam-CAN)の577名の参加者(18~88歳)に、8分間の映画を視聴するという実験のことです。参加者の34の年齢グループに分けて、映画を見て、イベントの終了と別のイベントのはじまりと感じたときにボタンを押すことにしました。その実験中、脳の神経状態の変化を機能的磁気共鳴画像法(fMRI)で観測しています。
 その結果、視覚野と腹内側前頭前野に、神経状態が加齢とともに有意に長くなることがわかりました。これも難しい内容です。
 イベントの境界は、脳の状態変化と重なっているのですが、年齢には影響はありませんでした。ところが、加齢とともに、脳は出来事を細かく区切らなくなり、より大きな流れとしてまとめて処理していることがわかりました。同じ時間でも、記憶される時間感覚が、加齢とともに長くなっていくことになります。つまり、加齢によって脳が時間の流れを細かく区切るのをやめ、体験を大きなまとまりとしているのです。そのため、時間の流れが速く感じられる現象となっていることになります。加齢による時間の流れの速さは、錯覚ではなかったのです。
 もしこの仮説が正しければ、老人になるほど、1年が早く経つことは、拒めないということになります。しかし、見方を変えれば、全体をまとめて理解し大局を掴むための「効率化」がされていることにもなります。これは年の功ともいえるのではないでしょうか。

・来し方行く末・
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
とはいっても、今年も、年末まで大学にいて、
暮れに、この1年の来し方を考えていました。
そして、今年はどのように過ごすかの行く末、
1年の計も、年末に立ています。
正月から三ヶ日は休むことしています。
このメールは2025年末に配信しています。

・コホート研究・
この報告は、疫学研究の手法となる
コホート研究の対象者を参加者にしています。
コホート研究とは、定まった参加者集団を
長期追跡し、生活習慣や病気の関係を調べる
研究手法となっています。
日本でも、国立がん研究センターで
「多目的コホート研究」が実施されています。