地質学に斉一説が導入され、地球には古い歴史があることが示されました。物理学でも、地球の年齢が推定されましたが、地質学の示した年代より短いものでした。この矛盾は「時間の壁」と呼ばれるものでした。
聖書の記述から、地球創成は6000年前と算出されていました。一方、斉一説を受け入れた地質学では、地球には非常に長い時間が流れていると考えました。現在みられる自然現象が、過去にも同様に働いて、地層ができたと考えられます。すると、地層ができるには、長い時間の自然現象の継続が必要となります。
地質学的に推定された長い時間は、進化に必要な時間を保証していました。ダーウィンは「種の起源」の中で、ある地方(Weald)の海蝕崖の浸食速度を斉一的に仮定してみると、3億年ほどの時間が必要という算出しました。ひとつの地域、ひとつの崖だけでも3億年もの時間が必要となるので、地球には長い時間が流れていたと考えました。
侵食や地層形成の現象は、非常のゆっくりとしか働かないこと、いくつもの仮定や推定の上での計算であること、地球の年代が間接的にしか示されていないこと、などの問題がありました。
ケルヴィンは、物理学的に地球の時間を考えました。地球初期を高温の球体と考え、内部に蓄えられた熱が、熱伝導で冷めていくと考え、現在の地殻の温度勾配(地温勾配)の実測から、熱伝導方程式を用いて、推定しましました。そこから、地球の年齢が3000万年から1億年としました。また、太陽の重力収縮から太陽の年齢が1億年未満だと推定しました。独立した方法でえられた年代が似ていたことから、信憑性がある年代だとして、地質学者たちが主張する長い年代ではないと反論しました。これが「時間の壁」と呼ばれるものでした。
ケルヴィンは、科学的方法で、再現性をもった実験や法則に基づいた定量値を示しました。現在の知見からすると、地球の内部には放射性元素という別の熱源、熱伝導ではなくマントル対流にて熱が伝わることなどが明らかになってきました。また、地温勾配の値は地表付近のもので、全地球に適用するには、大きくすぎる速度になっていました。しかし、これば後付の知識ですので、当時は、「時間の壁」は非常に大きな課題となり、以降、50年以上に渡って議論されることになりました。
化石の多数でる地層では、化石の種類の変化から、非常に細かく見分けることできるため、時代区分には利用できます。別の地域の地層で、同じ化石が見つかれば、その時代区分が適用できます。ある地層から、ある時代を示す化石(示準化石)が見つかれば、それより下の地層は「より古く」、上の地層は「より新しい」という判別ができます。このような時間の示し方は「相対年代」と呼ばれています。新旧が定性的に示されているに過ぎず、これでは「時間の壁」は突破できません。
「時間を壁」を突破するためには、直接、地層や岩石、化石などの時代を定量的に示す必要がありました。定量化できた年代を「絶対年代」と呼びますが、それができたのは、20世紀半ばまで待たなくてはなりませんでした。
・またもや大雪が・
北海道は、週末にまたもや大雪となりました。
我が家で妻は、車は使わず、
除雪のみに外にでて、
あとは、自宅にこもって
じっとしていることになります。
私は、どんなに大雪の中でも、
1時間ほど歩けば大学に着きますので、
いつもの通り歩いてきました。
ただし、ガリガリに凍って歩けないときが
今シーズン2日ほどありました。
今月は、そうならないことを願っています。
・明け渡し・
いよいよ、2月になりました。
今月いっぱいで研究室の明け渡しとなります。
それまでに研究室を
研究を継続するのに
最低限の機材は残しています。
ほぼ、片付いているのですが、
27日には、空っぽにしておかなければなりません。
24日から26日の3日間で最終的な搬出を考えています。
天気が問題ですが。