2005年9月15日木曜日

1_49 中生代から新生代へ2:論争(2005.09.15)

 前回は、K-T境界の隕石衝突説の提唱にまつわる話をしました。今回はその説に関する論争を紹介しましょう。

 中生代と新生代の時代境界(K-T境界)の絶滅は、隕石衝突説によるものだということが唱えられたとき、大論争が起こりました。整理すると、その論点は、絶滅のスタートのタイミングと、絶滅に要した時間の2点になります。
 第1の論点の絶滅のスタートのタイミングとは、生物の絶滅が、K-T境界で起こったのか、それともそれ以前から起こっていたのか、ということです。
 これを検証するには、白亜紀後期にいた生物が、本当にK-T境界直前まで生存していたかを確かめれば、答えがでるはずです。アンモナイト、植物、恐竜などは、多様性があり、研究もたくさんあるので、それらの化石を用いて検証されました。
 衝突説が出てくる前までは、アンモナイトはK-T境界よりかなり前に絶滅していたと考えられました。アンモナイト研究の第一人者のウォードは、「証拠の不在は、不在の証拠ではない」といって、10年間、野外調査を継続しました。その結果、1994年に「最後のアンモナイトはK-T境界粘土層の直下で回収された」と報告しました。
 植物は、ほとんどがK-T境界を生き延びたと考えられていました。それは、植物には、種や根など体の一部が残っていれば、長い時間生活していなくても、生き延びて、次に生活できる環境ができれば、復活できるためです。
 K-T境界を詳しく調べると、被子植物の花粉はほとんど姿を消し、その代わり、シダ植物の胞子が突然出現することがわかりました。このような変化を「シダのスパイク」と呼んでいます。「シダのスパイク」の意味するのは、何かの原因ですべての植物が絶滅したあと、最初に荒廃地に生えた植物がシダ植物であったということです。「シダのスパイク」は、巨大火山などによる絶滅も起こっています。ですから、K-T境界で「シダのスパイク」が発見されたということは、急激な絶滅を意味しているのです。
 恐竜も、かつてはK-T境界の2~8万年前に絶滅していたと考えられていました。恐竜化石の情報は少ないのですが、K-T境界で恐竜化石を含む地層を、徹底的に調べていけば、決着を見るはずです。
 そのような調査が各地でなされました。アメリカのモンタナ州北東部のヘルクリークでは、K-T境界の60cm以内で恐竜化石を発見されました。コロラド州のレートン層では、K-T境界下37cmでハドロサウルスの化石が発見されています。中国ではK-T境界のすぐ近くで発見され、インドのデカンではとうとうK-T境界で恐竜の卵の化石が発見されてました。
 以上のことから、K-T境界で突然多くの生物が絶滅したということがわかってきました。
 K-T境界で突然多くの生物が絶滅があったとしても、巨大火山爆発でも同じような大絶滅を起こすことが可能です。巨大火山爆発説が隕石衝突説の対案として出てきました。火山でも、イリジウムの濃集が可能です。問題は、絶滅が突然か、それともだらだらとか、という第2の論点、つまり絶滅に要した時間に移りました。
 もし、衝突説では起きて、火山説では起きないものがあれば、衝突説を証明できます。イリジウムの濃集は火山からも見つかっているし、巨大な火山なら、イリジウムを地球全体にばら撒くことも可能かもしれません。
 しかし、細かい灰の成分は、火山で広くばら撒けますが、重い元素や鉱物をばらまくことはできません。衝突石英やスフェルールは重くて、地球全体に広がることはできないというのが、火山説の問題点です。
 火山の候補としてインドのデカン・トラップの火山があげられていました。しかしこの火山では、イリジウムの濃集は火山活動の間に見つかっています。また、火山活動はK-T境界より100万年前から始まり、K-T境界以降も100万年は続いています。
 この火山活動の前半100万年にわたって恐竜は生き延びていました。それは上で述べたK-T境界で恐竜の卵の化石のことです。以上のことから、今では火山説より衝突説のほうが有利となっています。
 いろいろ論争を紹介しましたが、今のところK-T境界の大絶滅は、隕石衝突説が一番有力です。多くの議論を経てきましたので、多くの研究者は隕石衝突説を受け入れるようになってきました。

・存在するということ・
アンモナイトの研究者のウォードは、
アンモナイトがたくさんでるスペインのビズケー湾で研究していました。
その後、ビズケー湾に続くフランスの海岸沿いで研究を続けました。
範囲を広げながら、K-T境界付近のアンモナイト探しをしたのです。
10年という歳月をアンモナイト探しの野外調査に費やしたのです。
この誠意、熱意、あるいは執念というものには頭が下がります。
調査の初期には、最後のアンモナイトは、
K-T境界より10mも下であったと発表しました。
しかし、彼は、「証拠の不在は、不在の証拠ではない」といって
10年間を野外調査をしたのでした。
その結果、1994年に
「最後のアンモナイトはK-T境界粘土層の直下で回収された」と報告しました。
この成果は、隕石衝突説に大きな支持を与えました。
そして私は、研究者の誠意と熱意を感じました。

・シニョール・リップス効果・
シニョール・リップス効果というものがあります。
存在することは一つの証拠で十分証明できますが、
存在しないことはすべてを網羅しなければ証明できません。
一般には存在しないことは証明するのは非常に困難です。
シニョール・リップス効果は、それに基づいた考えで提唱した、
2人の研究者の名前から付けられたものです。
それは、次のような考え方です。
・ある化石の出る地層が広ければ、
たくさんの種類が見つかり、
少なければ、化石の多様性が少なく「見える」
・化石の種類数が少ないほど、
絶滅の真の時代をみつけることはできなくなる
というものです。
恐竜やアンモナイトも、本当に数が多ければ
よりK-T境界に近いところまで見つけることができるでしょう。
しかし、実際にはそれほどたくさん見つかるわけではありません。
見つからなかったからといって、
いないということにはなりません。
シニョール・リップス効果が働く限り、
化石から本当の絶滅の時期を調べることは
困難で不確かになります。
この効果をなくすには、
K-T境界の地層をできるだけ広く探していくしかありません。
言うのは簡単ですが、実際にするのは大変です。
ウォードはそれを成し遂げたのです。