2006年7月27日木曜日

3_45 マントルの水1:地球の構造

 地球のマントルに水があることが実験で示されました。それは、重要な意味を持ちます。今回は、そのマントルの水の意味について考えていきましょう。


 東北大学の大谷栄治さんたちのグループが、「ネイチャー」というイギリスの一流科学雑誌の2006年1月12日号に、マントルの遷移帯にマグマがあり水が含まれることを実験にて証明したという報告を載せられました。これは非常に重要な意味を持っています。それを説明していきましょう。
 まずは、地球の構造から話をはじめましょう。地球は、大きく見ると、固体と液体、気体の部分があります。気体とは大気のことで、液体とは海のことです。海は水を主成分としています。固体とは、岩石と鉄からできています。
 もちろん、水は空気より重く、岩石は水より重くなっています。鉄は岩石より重いものです。このように地球の構造の概要をみていくと、重いものは下、軽いものは上という、非常に単純な規則にしたがって構成されていることがわかります。
 水はH2Oですが、地球の環境では、水蒸気、固体も存在しますが、液体として存在しやすい条件となっています。ですからH2Oの大部分が水、つまり海としてあるわけです。地球はできたから長い時間経過していますから、地球の内部の岩石の中に含まれたいたH2Oの成分は、ほとんど外に持ち出されて、海となっている考えられます。
 固体の部分は、外側から、地殻、マントル、核という名称で呼ばれています。地殻は、他の部分の比べて非常に薄いものです。地球の構造をよく卵にたとえられますが、核は卵の黄身の部分に、マントルは白身に、地殻は、卵の殻にたとえられます。しかし、地殻の実際の比率はもっと薄いものです。
 その薄さを数値で示しましょう。地球の半径は6380kmです。これを半径2.5cmの卵に対応させるのです。地殻は平均すると30kmほどですが、大陸地域では厚く50km以上のところもあります。多い目に見積もって100kmとすると、地球の半径の1.5%となります。卵でみると、0.4mmとなり、これでは殻としてちょっと薄すぎます。実際の3倍ほども多い目に見積もっていますから、地殻を卵の殻にたとえるのは、あまりよくないかも知れません。まあ、いずれにしても地殻は非常に薄いものです。
 さて、地殻の下にあるマントルは、カンラン岩という岩石からできています。地殻も岩石ですので、似ているのですが、岩石の種類が違います。地殻は、さまざまな時代に活動したマグマや大地の変動によって多様な岩石ができています。しかし、おおざっぱに見て花崗岩の仲間と玄武岩の仲間が主要な構成岩石となっています。そのような地殻の岩石と比べて、マントルのカンラン岩は、密度の大きい岩石です。ですから、その違いは地震波を用いた地球深部の探査でも見分けることができます。その境界部分をモホ面と呼んでいます。
 カンラン岩の構成鉱物は、カンラン石(オリビンとよばれる鉱物)、輝石(2種類あります)と、少量の長石(深さによってザクロ石、スピネルというものに変化します)があります。
 このような鉱物は、どれも緻密につまった結晶構造をもっていて、結晶の中に水を含むことはありません。ですから、マントルには水は存在できないと考えられてきました。水があっても、非常に特殊な条件や状態のところだけで、全体に占める割合は非常に小さいと考えられていました。
 なのに今回、マントルの遷移帯というところに水が含まれることがわかったのです。その意味については次回としましょう。

・マントルの水シリーズ・
この内容は論文を見て以来、書こうと考えていたのですが、
なかなか機会に恵まれず、ついつい先延ばしになりました。
やっと今回から何回に分けて報告していきたいと考えています。
「マントルの水」シリーズです。
マントルの水については、現在の地球の仕組みや
地球の歴史において、いくつか重要な意味を持つのですが、
それを実際に書くとどれくらいになるかはまだ見当がつきません。
ですから、書き進めていかないと全体像が見えてきません。
お付き合いください。

・自然な生き方・
いよいよ夏休みです。
北海道の夏休みは本州よりは短いですが、
子供たちにとっては、大切な日々の始まりです。
しかし、今年は、全国的に天候不順で
梅雨前線の停滞による大雨で各地で被害をもたらしました。
北海道も、天候不順で、農作物に影響がでないか心配されています。
ここ数日やっと晴れ間が見えてきました。
しかし、スカッとした快晴になかなかなりません。
晴れてもすぐに雲がかかります。
日本だけでなく、世界の各地で異常気象がいわれています。
でも、異常気象とは人間側の言い分で、
気候の変動も自然の営みの一部です。
人間は自然の営みには逆うことはできません。
ただ受け入れるしかありません。
そして時には耐えなければなりません。
それが人間が昔から行ってきた、
自然との付き合い方ではないでしょうか。
あるがままの自然を受け入れること、
それは時にはつらい状況になるのでしょうが、
いちばん「自然な」生き方なのかもしれませんね。