2003年1月2日木曜日

6_19 富士山:災害と防災

 富士山は、標高3,776mで、日本で一番高い山、つまり歌でうたわれるように「日本一の山」でもあるわけです。でも、富士山は、高いだけでなく、まわりの山から独立し、きれいな円錐形をしているので、姿かたちからも、「日本一の山」というにふさわしい山です。ところが、このきれいな姿は、火山活動の繰り返しでつくられたものなのです。富士山は、これからも活動する活火山なのです。

 富士山の最初の火山活動は、約10万年前です。その後、繰り返し起こった噴火と、何度かの山体の崩壊をへて、約1万年前には、今のようなきれいな姿の成層火山となりました。その火山の記録は、周辺に広がる溶岩や火山噴出物などの研究や、古文書などの記録から詳しく再現されてきています。そのような研究から、1万年前に誕生した現在の富士山は、まだ活動途中の火山で、これからもまだまだ活動する若い活火山であることがわかってきました。
 富士山の噴火としては、1707年(宝永4年)の噴火が有名です。このときの噴火によって、富士山の南東腹側の3つの火口(宝永(ほうえい)火口と呼ばれています)ができました。300年も前の噴火ですが、このときの噴火はすさまじく、また、当時日本で最大の都市であった江戸に近かったので、記録もたくさん残っています。
 その後、富士山では大規模な噴火はないのですが、2000年10月から12月、そして2001年4月から5月にかけて、低周波の地震が、富士山で多発しました。このときのことは、マスコミでも報道され、富士山が噴火するのでは、という心配がされました。しかし、地震がおさまるとともに、報道もおさまりました。まさに、喉もと過ぎれば、なんとやらです。
 実は、研究者は、それほど噴火を心配していませんでした。なぜなら、震源は浅くはなかったし、地殻変動も観測されていなかったからです。少し、それについて説明しましょう。
 火山とは、マグマが深部から地表に上昇してきて、噴出する現象です。地下にはもちろん岩石がつまっています。マグマがあがってくるには、上にある岩石を押しのけなければなりません。岩石は硬いものです。ですから、押しのける時には、岩石が割れたり、壊れたりします。これが地震です。ですから、マグマがあがってくる時には、震源がだんだん深いところから上に向かって移動してきます。そして、浅いところまで震源がきたとき、火山が噴火するのです。
 また、マグマが地表近くまで、上がってくると、地表は持ち上げられます。そこが山なら、山の傾斜に変化がおこります。
 このような現象が、今回の富士山の活動では、見られなかったのです。
 噴火の可能性がある活火山では、地震計や傾斜計(地表の傾斜を測定する装置)を多数設置して、常時、観測されています。このような観測がされているとこでは、噴火の危険性があるかどうかは、早期に予測することができます。まだ、日時や、噴火の場所、規模などの正確な予測はできませんが、精度は、かなり上がってきています。
 火山は、自然現象です。ですから、人は、観測や予測はできますが、防止することはできません。火山噴火は、とめることはできないのです。したがって、火山噴火のような自然現象に対して、人がどう対処するかが、防災という考え方によります。
 もし、火山や地震で被害がなかったとしたら、それは、たんなる自然現象にすぎなくなります。もし、被害が生まれたとき、その自然現象は、災害となります。災害とは、自然現象に対して、人がどう対処したかということが加味された、総合的な結果といえます。ですから、災害を減らし、なくすために防災に取り組めば、いいのです。
 防災をしないときは、もちろん被害は大きくなります。その時の災害は、人災の要素が多くなっています。ですから、最近では、観測のいきとどいた火山では、大量の人が被害を受けることは少なくなってきました。
 防災は、研究者、行政、メディア、そして市民が、有機的に連携することが大切です。研究者の長年の努力よって、観測により噴火の予測は、かなりの精度があがってきました。その情報に基づいて、防災の対策をどうするかについては、近年では行政側の取り組みには、目覚しいものがあります。
 あとは、その成果が、市民にどの程度伝えられ、取り入れられるかです。そのためには、メディアが、火山という自然現象への見識をもち、防災の重要さの認識し、そしてそれを市民に伝えるという責務を果たす必要があります。
 さらに、最終的には、各個人が、その危険性と安全性を理解し、緊急時の対処を常に意識していなければなりません。ですから、「喉もと過ぎれば」、というのは、まだ、その連携が不十分であるということなのでしょう。
 この統合的な結果が、火山災害になるか、あるいは火山という自然現象になるかの分かれ目かもしれません。
 富士山はまだまだ若く、これからも活動を続けるはずです。ですから、「日本一」の雄姿をみたとき、富士山は、火山噴火によってつくられ、今後もまだ富士山は活動を続けるのだ、ということを再確認する必要があります。富士山は、活火山なのです。

・新シリーズのはじまり・
あけましておめでとうございます。
1月2日発行のメールマガジンですから、
めでたいことの一つも書こうかと思って、
富士山について書き始めたら、
ついつい防災の話になりました。

これは、新企画のシリーズなのです。
もしかしたら、この企画がメールマガジンの読者に
お年玉になればと思っています。

この文章は、ERSDACというところで連載をはじめた企画です。
月一回の予定で、書きはじめました。
ERSDACの連載は、このメールマガジンと連動しています。
そして、ERSDACのホームページでは、このエッセイとともに
高精度の画像が見ることができます。

メールマガジンでは、テキストが主体です。
画像はホームページでということになっています。
しかし、私のホームページでは、
初期の頃は画像を入れていたのですが、
今では、テキストのだけです。
ですから、画像、それも高精度の画像を使って、
科学教育をしてみたいと考えていました。
そのとき、このような企画ができたので、
このメールマガジンと連動すれば、
面白いものになるのではと考えました。
そしてはじめたのが、
月一回の
宇宙、地球、人:宇宙と人のはざまにて
というシリーズです。

・新企画の説明・
ERSDACとは、
Earth Remote Sensing Data Analysis Center
の略で、
財団法人 資源・環境観測解析センター
のことです。
アメリカ合衆国NASAの地球観測衛星Terraに搭載されている
経済産業省が開発したASTERというセンサがあります。
ASTERのデータ利用技術開発と地上データ・システム開発を
ERSDACが担当しています。
ERSDACのデータ利用の目的の一つに
普及・啓発事業があります。
その目的に、私の科学教育の目的が一致し、
この連載をはじめることになりました。
ぜひ、一度ホームページをご覧ください。
http://www.ersdac.or.jp/Others/geoessay_htm/index_geoessay_j.htm
本当は、最高精度の画像(20Mb程度)を公開したかったのですが、
WEBの回線の都合で、
2Mb程度の精度のものしか掲載できませんでした。
でも、個人で楽しむには充分なものだと思います。

衛星画像としてはLANDSATが有名ですが、
ASTERは、LANDSATと同じ波長域をカバーしながら、
分解能、つまり、
どれほどの大きさのものまでが識別できるかというの力
が、格段に勝っています。
LANDSATの分解能が、80mであったのに対し、
ASTERは、15mという精度を誇っています。
さらに、センサを真下だけでなく、後ろに向けて撮影をすることができます。
その2種類の画像を組み合わせて、
標高10mほどの精度で地形データを作成することができます。
それを利用して、今回ホームページで紹介したような
3次元的に鳥瞰図を書くことができます。
私もリモートセンシングについては、興味があったのですが、
まだ、勉強していませんでした。
これから、この連載を通じて学んでいきたいと思っています。
そして、ASTERが見た画像と、
地表からみた私の感想と画像の組み合わせを楽しんでください。

・連載の目的・
以下は、私が、「宇宙、地球、人:宇宙と人のはざまにて」という連載をはじめる動機を書いたいものです。

 黒い宇宙空間に浮かぶ青い地球。人類として最初に宇宙に飛び出した宇宙飛行士ガガーリンは「地球は青かった」といいました。日本人として二度も宇宙を旅した毛利衛さんは「国境線はみえません」といいました。こんな宇宙からの視点が、私たちに重要なことをいくつか教えてくれました。そんな中でも、私には、相反する2つの視点が、大切に思えます。
 一つは、ひと目で全体を見わたす、という視点を提供してくれました。多くの人にとって地球のイメージは、現在では、宇宙からみたものになっています。それも、アポロ宇宙船がとった、地球の全景だ多いのではないのでしょうか。それほど、宇宙からの情報は、共通の知識、あるいは常識として、私たちの日常生活にはいりこんでいるのです。つまり、「宇宙から見た地球」が身近な存在になっています。
 宇宙空間に浮かぶ丸い地球をみせれば、誰でも、地球が丸いことがわかります。また、その地球が、青いこと、国境線がないことも、一枚の衛星画像からわかります。まさに「百聞は一見にしかず」です。宇宙から見た一枚の画像に非常に多くの情報が盛り込まれていたのです。視点を変えること、それも今まで見れなかった全体像を提供することによって、だれでもひと目で理解できるということを、たった一枚の衛星画像が象徴的に示してくれたのです。
 地球が、丸いこと、青いこと、国境線がないことを知るためにわざわざ宇宙に行く必要はないのです。地球の表面からでも、十分知ることができます。私たちは、日ごろ、自分の足で歩き、自分の身長程度の高さの視点で身のまわりを見ています。これが、日常的な私たちの視点です。そんな視点でも、地球がまるいこと、そして国境線がないこと、そして青いことも知ることができます。しかし、それは一目瞭然とはいきません。多くの知恵や知識の積み重ねで、それがわかってきます。まさに「地道(じみち)」な積み重ねです。
 でも、宇宙からの視点では、誰もが、一見して納得できる知恵を授けてくれたのです。これは地道に対して「天道(あまみち、と呼びましょう)」とでもいうべきことかもしれません。一瞬にして、全体を、誰でも理解させてしまうような方法だってあるのです。宇宙からの視点は、「地道」のほかに、「天道」があることを教えてくれたことのではないでしょうか。
 もうひとつ、宇宙からの視点が教えてくれることは、自分たちの生(なま)の視線と宇宙からの視線には、大きな開きがあるということです。「地道」と「天道」には大きな開きがあるのです。
 「宇宙から見た地球」は、身近なものといいましたが、本当に身近になっているでしょうか。もしかしたら、それは、テレビやメディアから伝えられるその他多数のニュースの一つ、あるいは自分とはあまりにもかけはなれた現実と、思っていないでしょうか。現実の情報なのですが、「地道」と「天道」とは、あまりに離れているので、現実感がないのです。それは、自分たちの生の視線とは、等身大の視点、つまり「人道(ひとみち、と呼びましょう)」というべきもだからでしょう。
 宇宙空間に浮かぶ地球を見た瞬間に、地球とは、宇宙と人の狭間(はざま)に存在するものとなったのではないでしょうか。
 図鑑で、ライオンやキリン、ゾウをいくらみても、実物をみなければ感じられないこともあるのです。宇宙から見た地球も、図鑑のライオンと同じはずです。でも、それを補って実在化させるのが、上で述べた方法、「地道」な方法です。多くの知恵や知識の積み重ねでつくりあげる「地道」な方法を、今こそ使うべきです。
 このページでは、宇宙からの画像と、地表からの画像が掲載されています。宇宙の画像は、「天道」にあたり、地表からの画像は「地道」にあたります。それに加えて、それぞれの地域にまつわる私自身の考え、経験、見方、そして地質学的な情報も加味して、エッセイも掲載します。いってみれば、私個人の視点ではありますが、「人道」の視点というものにあたるかもしれません。もし、このエッセイという視点(人道)と、地上からの視点(地道)、宇宙からの視点(天道)が、なんらかの形で融合して、読者や閲覧者に、さまざまな視点で見た地球に興味を抱いていただいければ、このページの目的は達成できます。
 ぜひ、宇宙から見た地球、人から見た地球など、そして宇宙と人とはまざにいる地球のさまざまな姿を味わってください。