2021年8月26日木曜日

2_199 LUCA 8:生命誕生のシナリオ

 ここまで述べてきた根拠をもとに、大胆な生命誕生のシナリオが導かれます。LUCA、天然の原子炉、CPR、OD1、白馬OD1のそれぞれの特徴が、時間を遡ることで収斂されていきます。


 白馬OD1から、生命の起源、LUCAへどう迫るでしょうか。

 CPRがその候補になっていました。CPRは、初期生命であっていいほど単純(小さい遺伝子数)だからです。CPRの中でもOD1がもっとも原始的で、超還元的な環境で水素をエネルギー源とする生きることなどから、もっとも原始的な生物ではないかと考えられています。

 このようなことから、OD1はLUCAの最も近いと生物ではないかと考えられています。では、OD1がどのようなシナリオで原始の地球で誕生したのでしょうか。

 初期の大陸は、地下の温度(地温勾配といいます)も高く、カンラン岩の組成のマグマ(コマチアイト質マグマと呼ばれています)が各地で噴火していたと考えられています。そのため、地表はカンラン岩質の火山岩が広く覆われていたと推定されます。

 一方、前に紹介したように、時代を遡ると、放射性ウラン(235U)の濃度が大きくなり、天然の原子炉となるような場も、多数あったと推定されます。放射壊変にエネルギーで温められた地下水は、まわりのカンラン岩を蛇紋岩化作用を進めていくことになります。その結果、地下水は水素を多く含んだ熱水となり、超還元的熱水が供給される場が多数できます。

 冥王代の地下では超還元的条件の熱水が多数でき、そこではOD1がもっとも生息しやすい環境なので、OD1がLUCAになるのではという仮説です。その後も時代変化を考えたシナリオは続きますが、このエッセイではここでにします。

 重要な点は、OD1がもっとも原始的な生物であること、OD1が蛇紋岩化作用に由来する還元的な場で生きていることです。過去ほど天然の原子炉が多くでき、それを熱源とした熱水とカンラン岩が反応し冥王代に、OD1の好む環境が出現します。少々複雑な条件設定ですが、これがOD1がLUCAとなるというシナリオです。

 日本の白馬の温泉という身近な場ですが、特異な温泉から見つかった微生物群が、天然の原子炉、そして最初の生命、LUCAではないかというシナリオが展開されています。なによりも、白馬OD1を発見し、そこからこのようなシナリオを考えた研究者たちの発想力に驚かされます。身近なところから、新しい学問体系が生まれつつあります。

 ここまで紹介したシナリオは、仮説や推測が多々あるのですが、理詰めで進められています。疑問もあります。最初の生物は一つ生物種に収斂するのでしょうか。もしかすると、いくつもの生物らしきものが寄せ集まって(共生)できたのではないか(ウイルスの進化説)などもあります。今後もこのシナリオは練っていく必要があるでしょうね。


・集中講義・

今週は、4日間、対面での夏期の集中講義があります。

受講者は少ないので、通常の教室を用意していたのですが、

北海道のコロナ感染拡大への対処として

大きな教室を2つ用意し、交互に使うことになりました。

広い教室で感染予防はできるのでしょうが、

少人数だと広すぎる教室は少々違和感がありますね。


・職域接種・

大学の職域接種の日程がやっと決まりました。

北海道の感染拡大の時期だったので、

タイミングとしては、少々遅い感があります。

7月に申請したのですが、何度も延期の連絡があり、

なかなかワクチンの供給が決まりませんでした。

教職員や学生には、他の職域接種や地方自治体で

すでに受けている人もいるようです。

しかし、大学所属の人みんなが受けるチャンスがあれば、

大学としては、コロナ対策がかなり進んだことになります。

しかし10月上旬までかかりそうですが。

2021年8月19日木曜日

2_198 LUCA 7:白馬OD1

 ここまで、CPRのうち、OD1がもっともLUCAに近いことを紹介してきました。今回は、日本で発見されたOD1を紹介します。そればどのような特徴を持っており、どこで見つかり、どのような意義があるのでしょうか。


 生物の多くは、他の生物に依存することなく光合成で栄養をつくて生きる植物が生態系の中心にいます。これは、現在の多くの地球生物が、太陽エネルギーを利用した体系となっています。しかし、太陽光が届かない深海でも、熱水噴出孔周辺で、光合成生物を基本としない独自の生態系が形成されることが知られています。熱水の熱エネルギーと熱水内の栄養分を利用している独自の生態系です。

 実は熱エネルギーも利用できない環境で生きる生物も知られています。地下深くのカンラン岩や蛇紋岩の中を流れる水から発見されたCPRがいることを紹介しました。MK-D1は、冷水から発見されたCPRで、真核生物への進化の鍵を握っていました。カンラン岩や蛇紋岩を通った地下水から見つかったCPRの中に、OD1が発見され、それがLUCAの探求に重要な意味をもっていることがわかってきました。

 通常の堆積岩と比べると、カンラン岩や蛇紋岩は成分としての生物の栄養分も少なく、また熱水は超還元的な環境となります。そのような過酷な環境で見つかったOD1は、生命活動に必要はエネルギーをどのようにとっているのか不思議な生命でした。

 超還元場は、カンラン岩に水が通ると蛇紋岩になる作用が起こり、化学反応で水素を発生するためです。水素が定常的に存在する超還元的な環境でOD1が多数発見されているのは、この環境に適応していることを意味します。そこから、超還元的な環境で水素を生命活動のエネルギー源にしているのではないかと考えられています。

 さて、このような特徴が明らかになってきたのは、日本で発見されたOD1の研究からでした。白馬地域の温泉水からです。この温泉を調べたところ、CPRが多数見つかりました。その中にOD1の一群も見つかりました。それは「白馬OD1」と呼ばれました。

 白馬地域には、主な温泉として白馬八方、蓮華、若栗、栂池、鞍下の5つがあります。このうち、白馬八方は、50°Cほどの温泉がしています。pHが10を超え、日本でもっとも高アルカリ性の温泉となります。地下には蛇紋岩体があり、水素ガスを多く含むこともわかっています。

 このようなOD1の特異な特徴から、Ebisuzaki and Maruyama(2017)や佐藤ほか(2019)では、LUCAの誕生とその進化過程を推定しています。詳細は次回としましょう。


・第5波・

多くの国民の反対する中、開催された

酷暑の札幌でのオリンピック。

それ以降、札幌やその周辺での感染拡大が続いています。

わが町もまん延防止等重点措置がとられました。

またまた、自粛生活にもどりました。

今回の第5波は以前より大きな波になりそうです。

そしてデルタ株に置き換わっているので

感染力もさることながら、若い人を重症化させたり、

ワクチン接種者にも感染するようになってきました。

政府の対処の問題が次々とでてきます。


・豪雨と洪水・

先週から週末にかけて線状降水帯が西日本で発達して

大きな被害を各地にもたらしました。

昨年や少し前にの被害があった地域と

重なっていることも多かったようです。

被災されたかた、お見舞い申し上げます。

北海道は、今回の大雨より少し前に

一部地域で洪水の被害がありました、

広域にはありませんでした。

2021年8月12日木曜日

2_197 LUCA 6:OD1

  LUCAの候補として、最近発見されたCPRというグループが有力であることがわかってきました。CPRは種類も多く、中でもOD1というグルークが、LUCAに近いことがわかってきました。


 CPRを調べて分類する試みがなされています。ただし、CPRは、種の培養が困難なので、充分なゲノム解析ができません。一部ですが、シングルセルゲノム解析といって、単一の細胞、あるいはごく少数の細胞から、ゲノム解析する方法も開発されてきました。しかし、多くはまだゲノム解析はできず、メタゲノムミックスでの解析(ゲノムビニング、メタゲノム分別などとも呼ばれている)の状態です。

 Yellowstoneのある池ので、CPRのメタゲノムミックスのデータから、系統解析がなされました。12の系統群(candidate division)に区分され、それらはOP1~OP12と命名され、OP11はさらに5つに細分されました。OP11のうちのひとつ、OP11-Derived 1(OP11から由来した1番目ものをOD1と呼ぶ)のゲノム解析がなされました。OD1は、Parcubacteria(つましいバクテリア)と命名されました。

 OOD1の特徴を、佐藤ほか(2019)の報告にもどついて、まとめておきます。多くは、CPR全体にも通じる特徴でもあります。

 まず、ゲノムサイズが小さいことです。CPRはもともと小さい(100万塩基対,のですが、44.5万塩基対しかありません。塩基対の英語が、base pairなので、塩基対の数をbpを単位として表します。44.5万塩基対は445 kbpとなります。

 次の特徴は、膜や自己複製のための遺伝子はあるのですが、代謝の遺伝子はもちません。これは、共生を前提とし生きていることになります。ただし、この試料では、微生物の集合(叢 そう といいます)のうち、70%以上をODが占めていたので、単純な共生関係では数のバランスがとれません。

 3つ目は、高アルカリや超還元などの過酷な極限環境になるほど、OD1の割合が大きくなります。

 4つ目は、真正細菌と古細菌の両方の特徴をもっています。つまり、両者の共通祖先に近いのではないかと考えられます。

 これらの特徴のうち、上の2つは、他のCPRにも共通していますが、下の2つはOD1固有のものです。特に最後の特徴は、生物の誕生、LUCAの追求には重要な生物群であることを示しています。

 また、OD1 の生息に必要な条件として、無酸素の超還元の環境で、栄養塩の供給をどうしているのか、物質循環の駆動力は何なのかなどを解明していく必要があります。

 さて、なぜ、ここでOD1を取り上げ詳しく紹介したかというと、日本でもOD1が見つかっており、その重要性が報告されています。それは佐藤ほか(2019)の報告にあるのですが、次回としましょう。


・放散・

CPRの中のradiationは、このシリーズでも紹介してきたように

「放射線」という意味があります。

しかしCPRでは、「放散」という意味で使われています。

今回のOD1の報告からCPRの名称を見つけたので、

radiationを放射線という意味で捉えていました。

それでは意味が通じないので、

放散という意味だと判断しました。

ところが、このCPRは、次回から紹介していきますが、

放射線(radiation)と関係がでてきます。

不思議なめぐり合わせですね。


・ラテン語・

生物の分類名にはラテン語が用いられます。

ラテン語は、現在は使われてはいない言語なのですが、

ヨーロッパでは学術的な記載は

ラテン語でなされていた時代ありました。

その名残が生物分類には残っています。

生物の分類をおこなう研究者はラテン語が必要になります。

さて、Parcubacteriaのparcuは

ラテン語のparcusで

「質素な、つつつましい、節約した」

などの意味があります。

この名の由来は、遺伝子の数が非常に少ないため

つけられたのでしょうね。

2021年8月5日木曜日

2_196 LUCA 5:渾身のMK-D1

 今回紹介するのは、CPRの培養に成功した研究です。その研究には12年という長い歳月がかかりました。ドメインの誕生という生物進化に重要な情報が得られました。


 CPRは、世界各地の極限環境からも発見されています。例えば、アメリカ合衆国カリフォルニア州のpH11以上もある強アルカリの水からも、CPRが発見されました。もちろん、ありふれた場所からも見つかっています。

 現段階でわかっているCPRの特徴として、生物として必要最小限と考えられる遺伝子の数(1000個)よりかなり少ない(400個)、いくつかの重要なタンパク質や脂肪などをつくるための遺伝子がない、核酸を合成する能力もたない、などがあります。栄養源もまだよくわかっていないのですが、子孫を残せることは確かです。そのため、他の生物に依存した生き方(寄生や共生)をしているようです。

 CPRが謎となっているのは、種類が多いのですが、遺伝子解読ができないためでした。それは培養が難しいためDNAを集めることができなかったからです。しかし、MK-D1と呼ばれるCPRの培養に成功しました。

 MK-D1は、紀伊半島のコアの中から2006年に発見されました。CPRは培養が難しのですが、MK-D1は増殖のスピードが大腸菌などと比べる1000分の1ほどしかなく、大きさも0.55μmしかなく、嫌気性の生物でした。しかしアミノ酸をエネルギーとして利用していますが、他の微生物に依存しているため、その微生物を見つけて一緒に培養しなければなりません。

 このような特性から、培養は非常の困難だったのです。海洋研究開発機構(JAMSTEC)の井町寛之さんたちが、12年の試行錯誤の結果、やっと培養に成功しました。そして、MK-D1の全ゲノムの解読ができました。

 MK-D1のゲノムには、真核生物に特徴的な遺伝子(アクチンやユビキチンなど)があることがわかりました。培養によって、生態もわかってきました。MK-D1は単純な構造なのですが、成長していくと触手のようなものもを多数伸ばし、小さな粒(小胞と呼ばれます)を多数放出していていました。

 MK-D1の遺伝子解析と生態から、真核生物の誕生について、新しい進化説(Entangle-Engulf-Endogenize model)が提案されました。巻き込み(entangle)、飲み込み(engulf)、内部に発達させる(endogenize)という3つのEが特徴なので、E3 modelと呼ばれています。

 真核生物は酸素を利用できるのですが、それはミトコンドリアの祖先となるバクテリアを細胞内に取り込み、共生する過程が起こったためだと考えられています。MK-D1では、E3 modelで、この取り込み、共生が起こることがわかってきました。非常に重要な発見でした。これは2020年1月に科学雑誌「Nature」で報告されました。タイトルは、

 Isolation of an archaeon at the prokaryote-eukaryote interface

 (原核生物と真核生物の境界に位置するアーキアの分離)

というものでした。

 MK-D1は真核生物の誕生の謎に迫りましたが、CPRは他にもいろいろな種類があります。身近な日本の温泉にもいます。そのCPRが生命の誕生につながるのではないと考えられています。それは、次回にしましょう。


・渾身・

今回紹介した研究成果は、

12年という長い研究期間が必要でした。

そこから生まれた成果は、非常に意義深いものでした。

ひとつの成果ではなく、

いくつもの重要な内容をもったものになっている。

それを一つの論文として報告されました。

研究のこれまで成果を集大成した内容でした。

まさに渾身の論文だったのでしょうね。


・ワクチン接種・

札幌で実施されているオリンピックの最中ですが、

札幌ではまん延防止等重点措置が

8月2日から31日まで適用されることが決まりました。

あまりに何度も繰り返される重点措置や緊急事態に

市民はもうすっかり疲れてきました。

市民は政府のいうことに従う気が

失せているのではないでしょうか。

感染症には、ワクチン接種が重要な対策ですが、

日本では国民全員の接種には、

まだだいぶ時間がかかりそうです。

政府の対策はすべて後手に回っているように見えます。