2026年5月28日木曜日

4_206 北九州の旅 1:平尾台

 昨年の11月に続き、5月にも北九州にいきました。3泊4日ですが、北九州の小倉と志賀島、そして博多を巡りました。まずは、長男から景色がいいと聞いていた、平尾台のカルデラをを巡りました。


 ゴールデンウィーク明けに、九州を訪れました。幸い、千歳から福岡へな直行便があるので、一気にいけるので助かります。今回も長男に、一日、車を出してもらって、北九州を巡りました。今回は、小倉周辺の平尾台(ひらおだい)カルストにでかけたので、紹介してきましょう。
 平尾台カルストは、小倉の真南の山地に、大きな石灰岩が分布しています。日本三大カルストのひとつに数えられています。日本の三大カルストは、山口の秋吉台、愛媛と高知にまたがる四国カルスト、そして福岡県の平尾台になります。前の2個所は、何度か訪れたことがあるのですが、今回はじめて、平尾台カルストを訪れることができました。これで、やっと3つすべてのカルストを訪れたことになります。
 平尾台は、大規模なカルスト台地で、国の天然記念物にも指定されており、国定公園や県立自然公園にもなっています。侵食により、石灰岩地帯固有の景観やカルスト地形をみることができます。カルスト固有の尖ったピナクル状の風化面や、羊の群れのように見える地域(羊群原 ようぐんばる)あります。ドリーネと呼ばれる大小のすり鉢状のくぼ地や穴もあり、鍾乳洞も多数見つかっており、入ることもできます。
 平尾台の石灰岩は、約3億6000万年前〜2億5000万年前(石炭紀〜ペルム紀)に形成されたものです。南の暖かい海の海洋島の周囲にできたサンゴ礁や有孔虫などの遺骸が起源になっています。石灰岩をともった海洋島が、海洋プレートと一緒に移動して、アジア大陸の縁にまでたどり着きます。海洋プレートは海溝で沈み込むのですが、石灰岩は陸側に削ぎ取られていきました(付加といいます)。平尾台の石灰岩は、時代的にも秋吉台も同じころできました。四国カルストのでき方は同じですが、より新しい付加体となっています。
 約9000万年前(白亜紀)、平尾台の石灰岩に、花崗岩質マグマ(角閃石黒雲母花商岩マグマ)の貫入しました。花崗岩は、現在では、石灰岩台地の北東側に残っています。花崗岩のすぐ近くでは、石灰岩が変成作用を受けており、結晶質石灰岩に変化しています。時には、鉱床帯(スカルン)ができているとこもあります。平尾台カルストの石灰岩全体も、熱変成を受けて石灰岩が再結晶して、大理石となっています。そのため、あったはずの化石も消えていしまっています。
 平尾台カルデアは、きれいな景観や名勝として、保護されています。そしてカルスト特有の自然と保つために、例年2月中旬には野焼きがおこなわれています。ところが、西側では大規模に石灰岩が採掘がされています。石灰岩は、セメントの材料にもなるので、日本で数少ない自給できる資源です。ですから、露天掘りできる石灰岩は、重要な資源となります。平尾台も採掘されています。
 いずれも、平尾台の現在の姿です。平尾台には、開発、発展と保存、保護が接していました。

・施設・
カルストに至るまでの道は狭く
険しかったのですが、
カルスト台地の上まで登れば、
素晴らしい展望が開けます。
平尾台には、自然観察センターがありました。
カルストや自然の生い立ちが紹介されていました。
休息を兼ねて映像をたくさんみました。
ソラランド平尾台という施設もありました。
展望もすばらしいのですが
野外で子ども向けの施設やステージ
売店や体験教室などの施設も充実していました。
日曜日だったので、多くの家族連れが訪れていました。
この施設が入場料が無料なので驚きました。

・一席・
長男が月曜日に休みが取れれば、
日曜日に宿泊できればよかったのですが、
外せない用事がありました。
一日だけの動向となりました。
車を運転させるだけでは大変なので、
土曜日の夜に、夕食を一緒にとりました。
翌日の運転があるので、2軒めぐりましたが、
あまり飲まないようにしました。
楽しい時間となりました。
春はいろいろと仕事が忙しそうなので、
次回は秋にしようと話していました。

2026年5月21日木曜日

5_226 太陽系の移動 6:障壁の突破

 天の川銀河には、棒状構造があることがわかってきました。その形成時期や運動の様子もわかってきました。太陽系が、銀河の内側でできて、外側に移動してきたこともわかってきました。


 太陽系近隣に多数ある太陽双子星のスペクトの特徴と年齢から、種族Iに区分されました。種族Iの星とは、金属量が多く(1~3%)、世代を重ねた場で形成された若い(数10億歳以下)恒星で、銀河のディスク(円盤)や渦状腕に多く見つかります。種族Iの星は、銀河の内側(中心から1万6000光年)に多く存在しています。
 太陽双子星のような種族Iの恒星は、天の川銀河では、現在の位置よりもっと内側で誕生していたようです。ですから、太陽双子星たちは、銀河の内側から、外側へ移動してきたのではないかと考えられました。もし同時期にできた恒星が、銀河内を外にむかって移動してきたとすれば、銀河全体になんらかの仕組みが働いていたことになります。
 別の研究で、天の川銀河の中心付近に棒状構造できる時には、その周辺では星の形成が活発化していき、できた星が効率的に外側に移動する可能性が指摘されていました。もし天の川銀河の中心付近の1万6000光年の辺りでできた恒星たちが移動したとすると、現在の2万7000光年まで、1万光年も距離を移動しなければなりません。
 これまで、そのような移動は困難だとされていました。なぜなら、共回転バリアがあるためだと考えられていました。共回転バリアとは、銀河の棒状構造の回転と恒星の公転の速度が一致する半径のところ(共回転半径)に、星の移動を妨げる障壁ができるという効果のことで、それが働くためでした。いったん棒状構造ができてしまうと、共回転バリアが生じるため、星が内側から外に移動することができなくなります。
 そうなると棒状構造ができた時期と恒星が移動した時期が重要になります。棒状構造ができた時期は、いろいろ議論されてきましたが、これまで80億年前以前だという説が主流となっていました。もしそうなら、80億年前にできた恒星の年齢のピークができているはずです。ところが、今回の論文では、40~60億年前の太陽双子星があることが明らかにされてきたました。棒状構造の形成時期とは一致していません。
 もし、天の川銀河の棒状構造が60~70億年前できたとしたら、その周辺には40~60億年前に多数の恒星が形成されたと考えられます。棒状構造の形成とともに、銀河の内側で多数の太陽双子星も誕生し、すみやかに大移動してきたと考えればよさそうです。
 ただし、そうなると、太陽双子星は、銀河の中を高速で移動してきたことになります。本当でしょうか。他の証拠はあるのでしょうか。さらなる探求が必要でしょう。
 もっとも身近な天の川銀河の様子も少しずつ明らかになり、いろいろな事件が起こっていたことも新たに明らかになってきました。でも、まだまだわからないことも多そうです。

・福岡の訪問・
先週、旅行で福岡を訪れました。
北九州市を中心に、博多も少し見て回りました。
ただし、体力が落ちているので、
無理はできず、少しずつ見て回ることになります。
まだまだ見残したところがありますので
北九州に長男がいるので、
これからも、案内してもらえるチャンスはあります。

・Quality of Life・
最近、医者に掛かる機会が多くなってきました。
一時的なものもありますが、
加齢による衰えは、今後一生、
飲み続けていかえればならない薬も
いく種類もあります。
外科手術ので対処できる症状もあるので、
おいおい検討していこうと考えています。
Quality of Lifeを考えると、
常用薬より、手術による根治が望ましいでしょう。
医者と相談しながら検討していきます。

2026年5月14日木曜日

5_225 太陽系の移動 5:銀河の衝突

 天の川銀河には、他の銀河が、通過(衝突)するということが、現在も起こっていました。通過(衝突)の現象は、何度かあったことがわかってきました。その銀河は、現在も恒星の筋として天の川銀河の周りを取り巻いています。


 今回のシリーズでは、ふたつの論文が同時に報告されました。ひとつは、前回紹介した谷口さんたちの研究で、もうひとつ論文として、辻本さんが筆頭著者になっている共同研究になります。
Solar twins in Gaia DR3 GSP-Spec II. Age distribution and its implication for the Sun's migration
(Gaia DR3 GSP-Specにおける太陽双子星 II. 年齢分布と太陽の移動への影響)
というものです。
 谷口さんたちの研究によって、観測による偏りのない太陽双子星の年齢が正確にわかってきました。そして、この辻本さんの研究で、太陽双子星の年齢分布を調べると、いくつかの特徴があることがわかってきました。
 太陽双子星の年齢分布に偏りがあることで、約20億前のあたりに狭い年齢のピークがあり、もうひとつは40~60億前に広くゆるやかなデータの膨らみが見つかりました。
 1つ目の年齢ピークには、数千〜1万光年の範囲内の近い領域にある太陽双子星も含んでおり、銀河円盤内で星が急激に形成されたことを意味します。2つ目のゆるいピークは、太陽の形成時期(46億年前)と一致しています。これは、太陽系の近くに、太陽双子星が多数あることになります。
 若い太陽双子星があるということは、以前から知られていました。その理由として、別の銀河が、天の川銀河に通過(衝突)という、全く異なった現象で説明されるかもしれません。
 天の川銀河の周りには、小さな銀河(伴銀河と呼ばれています)ものがいくつか巡っています。大マゼラン銀河や小マゼラン銀河もその仲間です。そのうち、「いて座矮小楕円銀河(SagDEG)」もあり、天の川銀河を通過していることがわかってきました。
 その現象の詳細は、ガイア衛星のデータに基づき、シミュレーションされたもので、57億年前、約19億年前、そして約10億年前の合計3回、天の川銀河の円盤を通過したと推定されてきました。このような通過の現象が起こっている時、星の形成が、通常時の4倍ほどになることがわかってきました。
 この内、57億年前の衝突がもっとも大規模でしたが、これが恒星年齢の40~60億前のゆるやかなピークが一致し、多数の太陽双子星の形成が起こったと考えられています。約19億年前にも通過しているので、その時も星の形成が進んだと考えられています。1つ目の約20億前の恒星年齢ピークは、この銀河の通過で説明できそうです。
 しかし、それだけでは、太陽系近隣に多数ある太陽双子星を説明できないことが、この論文で指摘されています。それは、次回としましょう。

・予約配信・
このメールマガジンは、
ゴールデンウィーク中に予約配信しています。
それは、火曜日まで旅行にでているのと
帰ってきてすぐに、講義の準備と
医者にいかなければならないので
バタバタしそうなので
心配事は事前に終わられせておくためです。

・福岡へ・
今週末から来週にかけて、旅行にでかけます。
昨年秋に続いて、北九州を訪れます。
長男が住んでいるので、
日曜日に車をだしてもらい、
周辺の観光地を巡ろうと考えています。
もし月曜日に休みがとれるようなら、
日曜日に一緒に一泊できればと思っていましたが、
抜けられない業務があるようです。
できれば、土曜日の夜に
夕食でも一緒にとれればと思っています。

2026年5月7日木曜日

5_224 太陽系の移動 4:モデル駆動型

 太陽双子星のカタログをつくるため、観測に生じる偏りを減らす方法に工夫がされています。異なったモデルを複合して、偏りを取り除いていきました。信頼度の大きな太陽双子星のカタログがつくられました。


 前回、谷口さんたちの研究で、膨大なデータベースから太陽双子星を探すに当たり、恒星パラメータ(温度・重力・金属量・年齢など)の推定が重要になることを紹介しました。しかし、このような作業を進めていく時、明るい星、近くの星ほど見つかりやすく、集まったデータに偏りが出てしまいます。そのような偏りを取り除いてくための方法が重要になります。
 推定の方法として、大きくモデル駆動型とデータ駆動型の二通りのやり方があります。2つは、理論をどの程度重視するかの違いとなりますが、もう少し詳しく見ていきましょう。
 モデル駆動型とは、理論からか恒星のパラメータを計算し、恒星の大気モデルから、理論的に恒星スペクトルを多数の計算していきます。理論からえられた仮想の恒星スペクトルと、実際の観測データと比較していきます。観測値ともっとも合っているパラメータを抽出していきます。
 この方法は、観測データと理論的に求めた恒星パラメータとが一致しているので、観測データの意味が解釈しやすくなります。ただし、理論に基づいて計算しているので、えられた恒星パラメータは、理論に依存していきます。そのため、他の理論で説明できる可能性が常に存在しています。また、理論計算にも、大量の観測データを扱わなければならないので、コンピュータのパワーや多くの計算時間を要します。
 一方、データ駆動型とは、観測データからの恒星スペクトルや恒星パラメータとの関係を、機械学習をしていきます。ガイア衛星のデータベースが大量にあるので機械学習には適しています。学習の結果でえられた恒星パラメータを、未知の恒星に適用していきます。
 この方法は、実際の観測データで学習しているので、推定の精度がいいものになります。ただし、精度が保証されているのは、学習したデータの範囲内だけです。そのため、学習範囲を越えた場合は、類似性がわかっても、その結果に対する信頼性の判断が困難となります。
 この論文では、巧みな方法を用いています。モデル駆動型で理論的にスペクトルで恒星パラメータを決めていきます。モデルから、7万5588個の人工的な太陽双子星を計算して、模擬カタログをつくって、実際の観測データと比べています。さらに恒星パラメータの精度を上げていくため、正確な観測値がある太陽類似の天体で補正していきます。この観測データとの比較という方法は、データ駆動型でパラメータの改善をしていったことになります。
 モデル駆動型による恒星パラメータを求めて、データ駆動型によって、より適用範囲を広げて検証されたことになります。このような方法によって、観測データによる偏りの影響の少なく、信頼性の高い恒星パラメータをえたことになります。
 そこから、年齢が高精度に求められた6594個からなる太陽双子星のカタログができました。太陽双子星の年齢を見ていくと、広い範囲に渡っていることが明らかになりました。この詳細は次回としましょう。

・春なのに・
北海道の桜は、
ゴールデンウィークのはじまる前に
満開を迎え、近隣のあちこちで眺めることができました。
ゴールデンウィーク以降からは
一気に花の季節になってきます。
5月だというのに、天気の悪い日は、
少々肌寒く、ストーブを短時間ですが
つけてしまいました。
夫婦ともども、高齢者になってきたので
無理をせずに、体が望む方向に
向かっていこうと思います。

・ゴールデンウィークは・
例年、ゴールデンウィークは、
近隣でも観光地では、人出が多くなるので
例年、自宅や周辺で、
のんびりとしていることにしています。
今年は、天気が不安定な日もあったので、
外出はあまりできませんでした。
自宅や餅つきやパン焼きをして、
天気のいい日には
近隣でサイクリング、散策など
こじんまりと楽しみました。

2026年4月30日木曜日

5_223 太陽系の移動 3:双子星の条件

 今回のシリーズでは、膨大なデータベースから、太陽と似た恒星「太陽双子星」を、どのように見つけ出し、太陽の移動を推定していくかを考えています。2つの論文が報告されています。まずはひとつ目から紹介していきましょう。


 太陽系の移動を考えるとき、今回の報告では、「太陽双子星」を手がかりにして、検証していきます。そのためには、太陽双子星を見つけていくことが、重要になります。まずは、その方法が、2026年3月12日発行のAstronomy & Astrophysics(天文学と天体物理学)誌に、2つの論文として掲載されています。
 谷口さんが筆頭著者になっている共同研究として報告された、
Solar twins in Gaia DR3 GSP-Spec I. Building a large catalog of solar twins with ages
(Gaia DR3 GSP-Specにおける太陽双子星 I. 太陽双子星の年齢別の大規模カタログの構築)
から見ていきましょう。谷口さんたちの研究では、ガイア衛星のデータベースから、太陽双子星の年齢別のカタログを作成したというものです。
 太陽と似た恒星の条件として、有効温度、表面重力、金属量をもとに比べています。
 「有効温度」は、天体そのものの表面温度(太陽は6000℃)とは異なった考え方で、少々難しい概念なのです。恒星が放射する総エネルギーをもとにして(同半径の黒体からの放射)計算された温度(約5500℃)のことです。恒星の放射エネルギーを比べるための基準となり、星の色に反映されます。太陽の温度と比べて±200度の範囲のものを太陽双子星としていきます。
 「表面重力」は、恒星の表面における重力の値です。ただし、重力加速度(g)では示さず、その対数(log g)で示されます。その理由は、星の種類によって重力加速度の値の桁が異なるほどの差となります。そのため、logをとることで桁で比べていきます。太陽の表面重力のlog gは4.44です。巨大な星(例えば、赤色巨星)になるほど、半径が大きくなるため、log gは小さくなります(0~2程度)。データベースから、log gで±0.2のものを太陽双子星とします。
 「金属量」とは、恒星の金属量(Metallicity)の意味なのですが、少々誤解されそうな表現です。元素としての金属ではなく、天文学では恒星の化学組成において、水素・ヘリウムより重い元素を、すべて「金属」と呼んでいます。ですから、星の金属量(M)と水素(H)の比(M/H)として、やはり対数の値を用います。太陽と同じ値なら0、金属が多ければプラスの値、少なければマイナスの値となります。対数スケールで±0.1となるものを太陽双子星と判断します。つまり太陽の0.8倍から1.25倍までの範囲です。
 恒星で金属量(重い元素)が多くなるのは、恒星の材料ができた場に、重い元素が多くなっていることになります。重い元素は、恒星の超新星爆発で形成されていくので、世代を重ねた星であること、つまり古い星になります。
 恒星は金属量によって、種族に区分されます。種族Iとは、金属量が多く、世代を重ねた場で形成されたので、年齢が比較的若い恒星になります。種族Iは、銀河のディスクに多く見つかり、太陽もこれに属します。種族IIは、金属量が非常に少ない星です。世代を重ねることなく、宇宙ができてすぐに形成された年老いた恒星になりますです。銀河では、ハローや球状星団を構成しています。
 有効温度、表面重力、そして金属量の3つで比べると、恒星の特徴が把握でき、そこから太陽双子星を見つけることになります。ただし、この論文では、データ駆動型だけではなく、モデル駆動型という方法を組み合わせています。その詳細は次回としましょう。

・桜の満開・
北海道の暖かくなってきて、
桜が咲きはじめました。
今週には満開になります。
4月上旬に横浜で桜を見たのですが、
今年二度目の花見ができればと思っています。
いつもでかけている神社の桜を
晴れた日に見に行ければと思っています。
桜の花は青空に映えるので。

・ゴールデンウィーク・
ゴールデンウィークがはじまります。
遠くに出かける予定はありません。
ただ、毎年、この時期に開演する
植物園を訪れたいと考えています。
ゴールデンウィーク中になるので、
人出が多くなりそうです。
出かける日は天気したいで、
変更するつもりです。

2026年4月23日木曜日

5_222 太陽系の移動 2:ガイア衛星

 太陽系は、銀河系の中を公転しているでなく、内側から外側に移動していると推定されてきました。その様子を確かに示すため、膨大なデータを用いた研究が進められてきました。


 前回のエッセイで、太陽系が銀河の中を公転していること、その移動速度から一周に約2億2500万から2億5000万年ほどかかっていることから、これまで約20〜25周していることになると紹介しました。
 ところが、太陽系が、円軌道や楕円軌道であることは確かめられてはいません。ですから、不確定な仮定の上の推定となっていました。太陽系の形成場が、現状の軌道(銀河からの距離)をとっていれば、上の推定が正しいことになります。
 前回紹介したように、銀河を構成している星は、形成年代や化学組成には、その位置に系統的な違いありそうでした。太陽と、他の恒星の形成年代や化学組成(重い元素の比率)を比べて、銀河系のどのような位置でできたかを推測していきます。もちろん大雑把にしか推定しかできませんが。
 これまでの推測では、太陽系は、現在よりもっと銀河の中心に近いところ、おおよそ中心から約2万光年より内側の軌道で形成されたと考えられてきました。もしそうであれば、現在の公転軌道が2.7万光年なので、1万光年ほど、内側から外側へ移動したことになります。では、いつ、どのようなメカニズムで起こったのかを明らかにしていく必要があります。
 その方法を、東京都立大学の谷口さんと国立天文台の辻本さんたちの共同研究で示しました。その方法とは、銀河系の恒星に対して、形成年代や化学組成を、精度を上げて大規模におこなっていくことでした。太陽と似た形成年代と化学組成の恒星のデータ大量に集めて、比較検討していこうという研究です。
 ガイア(Gaia)衛星の観測データを用いました。ガイア衛星とは、欧州宇宙機関(ESA)が2013年に打ち上げた観測衛星で、目的は銀河系の最も精密な3次元地図をつくることでした。それぞれの恒星の位置と運動と、同時にスペクトルも観測していました。
 ガイア衛星のデータから、表面温度、重力、大気の化学組成(主に重元素量に着目)など比べていき、太陽に似ている星(論文では太陽双子星と呼んでいます)を見つけていきました。
 ガイア衛星の成果として、大規模なカタログが作成されています。運用期間で観測した恒星は、20億個ほどになります。2022年版のカタログ(DR3、EDR3)では、約18億個の恒星の位置と明るさが精密に測定され、約14億7000万個が太陽からの距離とその運動も詳しくわかりました。他にも、銀河系外の天体(クエーサーなど)が約155万個、太陽系内の小惑星の数も約15万個も観測しました。これまでの観測とは桁違いの膨大なデータベースとなっています。
 現在公開されているデータは、観測データの一部に過ぎません。今後も解析が進み、数も増え、精度も上がっていくことになるでしょう。予定では、2026年12月にDR4が公開され、2031年以降に最終版としてDR5が出る予定です。
 現状の大規模カタログから、谷口さんたちは、太陽双子星をピックアップしていきました。その結果、太陽系から1000光年以内で6594個が抽出され、年齢も正確に求められ、その精度も格段によくなっています。
 その内容は次回としましょう。

・データ解析中・
ガイア衛星以前にも、ヒッパルコス衛星が
似た観測をしていました。
ガイア衛星は、100倍以上の精度をもっていましたが、
2025年に観測活動を停止しました。
10億個以上の恒星を観測する予定でしたが、
20億個以上も観測しました。
予定以上の成果を上げました。
データ解析は、現在も進行中で、2026年12月には
DR4として66か月分(前半の約5.5年分)のデータが
まとめて公開されるはずです。
DR3の約2倍の観測期間にあたります。
DR5では、10.5年の全期間のデータが
網羅されて公表されるはずです。

・ラグランジュ点・
ガイア衛星は、ラグランジュ点(L2)と
呼ばれる地点で観測していました。
太陽、地球、月、衛星が一直線に並ぶ位置で、
なおかつ重力的に釣り合っているとこです。
太陽や地球の影響を受けないため、
宇宙望遠鏡を置くには適したところとなります。
現在、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡も
この軌道で観測をしています。
この軌道上は貴重なところになるので
そこでデブリになることを防ぐために、
使用が終わった衛星は太陽周回軌道に移動ます。
ガイア衛星も活動を停止したので、
この位置からはずれて、地球から少し離れた
公転軌道をめぐることになりました。
今後100年間は、地球から
1000万km以内には近づかない
安定した軌道に投入されました。

2026年4月16日木曜日

5_221 太陽系の移動 1:天の川銀河

 地球は、太陽系の中を自転しながら、公転しています。太陽系自体も天の川銀河の中を公転しています。運動していることはわかっているのですが、その詳細が、最近わかってきました。


 私たちの太陽系は、銀河(天の川銀河と呼ばれています)の中にあります。天の川銀河の中とはいっても、中心ではなく、中ほどあたりになります。まず、天の川銀河の特徴をまとめておきましょう。
 天の川銀河の中に地球があるので、地球からの観測では、天の川銀河の全体の姿を見ることはできません。しかし、太陽系近傍の星の分布をみることで、天の川銀河は渦巻型で、その渦の腕の中に太陽系はいると考えられていました。
 アンドロメダ銀河が似たものとして、それが天の川銀河のイメージになっていました。ところが研究が進むにつれて、少しずつ天の川銀河の実体が明らかになってきました。姿も少し変わってきました。
 銀河の中心には、大質量の天体として超巨大ブラックホールがあることが観測されました。他の銀河の中心にも巨大ブラックホールがあると考えれています。
 また、銀河の中心の周辺には、球状に古い年代の恒星が、多数集まっています(バルジと呼ばれます)。天の川銀河のバジルは、球状ではなく、約2万7000光年の長さを持つ棒状の古い赤い星の集まりがあることがわかってきました。棒構造は、太陽系とは斜め(44度ほど)の角度で伸びています。
 バジルの周辺には、円盤状に星が薄く分布(ディスク)しています。ディスクの半径は5万3000光年ほどあり、厚さは中心部では約1万5000光年、周縁部で約1000光年あり、全体として凸レンズ状の形になっています。
 このディスクには、渦状に星やガス、塵が集まった部分が、中心から伸びた渦状腕があります。腕は太いものが4本、小さいものが少なくとも2本かあります。ただし、銀河中心の向こう側が、うまく観測できないので正確なところはわかっていません。太陽系は、小規模なオリオン腕の中にあります。位置は、中心から2.7万年光年のところになります。
 腕は、銀河の自転と星やガスが、一時的に集まる密度波という現象でできます。星やガスが公転する時、場所によって密度が大きい場所ができ、そこに星やガスが一時的に集中して明るく見えます。一種の交通渋滞のような現象が起こり、そこが腕となります。
 さらにディスクの周辺には、約130個の球状星団などからなる直径約25万から40万光年の球状の星の集まり(銀河ハロー)があります。
 天の川銀河は、棒渦巻銀河というタイプに分類され、約2000億から4000億個の恒星があると推定されています。これが天の川銀河の最近の全体像となります。
 一般の星の運動はニュートン力学に従い、ケプラー運動として、外の軌道ほど遅く移動しています。ところが、銀河系内の恒星は、外側の恒星は中心からの距離によらず、ほぼ同じ速度(秒速210から240km)で運動しています。なぜこのような運動しているのかは、まだ十分解明されていないのですが、暗黒物質の影響していると考えられています。
 恒星は、腕の中にずっと留まっているわけではなく、通過していきます。通過した後ろには、新たな渋滞域(腕)ができていきます。交通渋滞が起こるのと同じような現象となります。腕とは、ガスが圧縮され密度の大きな場となっているのところで、新しい星ができる場になります。
 太陽系が銀河を一周するに、約2億2500万から2億5000万年ほどかかり計算なので、約20〜25周していると考えられています。太陽系も銀河内を移動しているのですが、きれいな円軌道ではなく、楕円軌道であること、また同じ軌道を巡っていたのではないことがわかってきました。次回としましょう。

・横浜・
3泊4日の横浜への帰省から戻ってきました。
義父は体調不良で会えなかったのですが、
義兄の案内で、義母の墓参りと、
新しく購入した墓を見学にいきました。
また、義兄や妻の育った地を見にいきました。
私も何度も訪れていた実家のあったところも
その後の開発で大きく変わっていました。
夫婦で住んでいたところを巡るのは
天気が悪いので諦めて、
横浜の山下公園の周辺を見学しました。

・不調からの脱出・
出かける前から不調だったのですが、
帰省中も無理をしないでいました。
戻ってきてからも、
2、3日は不調でしたが、
やっと調子が戻ってきました。
不調から回復すると、
健康のありがたさがよくわかります。