2019年10月31日木曜日

4_153 2019年残念シリーズ 6:知床

 調査にでると、天候や自然状況、その地特有の事情に左右される思い通り進まないこともあります。対策として優先順をつけていくのですが、優先度が高いものが、次々とだめになることもあります。そんな今年の残念を紹介します。

 今年は、長期の野外調査を山陰地域でおこない、休日を利用した短期の調査を、道東と道北を中心に進めています。昨年は、東北地域の調査を道南に変更し、地震でも山陰調査の予定が中止になりました。今回は、順調に調査に出ることはできています。
 前に訪れたところであっても、研究テーマが違ってくると、同じ岩石、露頭でも違った見え方がします。ですから、ひとシーズンに何度も訪れる場所、露頭もあります。
 長年北海道に住んでいますが、知床だけは一度も訪れていませんでした。その理由は、地質学的に見どころがいっぱいあるので、じっくり時間をかけて見ていきたいと思っていました。今年やっとそれが実現しました。ところが、2度いったのですが、2度とも目的が果たせず駄目になりました。
 6月の道東を調査するとき、はじめて知床を訪れました。まず、広く道東を見て回る予定をしていたので、知床では1泊して2日間の滞在期間をとっていたのですが、ざっと見る程度でしたので、次回にじっくりと調査をする予定を組んでいました。10月に知床を見るために、2泊して見ることにしました。時間があれば、斜里岳周辺も見る予定も立てていました。
 ところが、天気予報ではメインの目的を行く予定の日は、雨となっていました。しかたがないので、移動日の予定を変更し、朝6時頃に自宅をでて、昼過ぎにウトロに着き、その日に知床五湖周辺の流山地形と、さらに半島の先端部の硫黄山からカムイワッカの周辺を見る予定に変更しました。
 知床五湖は国立公園でもあり世界遺産でもあるので、自由に見ることができません。決まったルートを場合によっては、レクチャーを受けて回ることになります。6月に来たときは、レンジャーと共にいくことになるので、撮影や観察で自由に時間を使いたかったので、次回、レクチャーを受けて一人で歩くことにしました。10月、ひとりで歩くつもりでビジターセンターにいったら、5湖すべてを巡るルートは、工事中で通行止めになっていました。2湖を巡るショートカットのルートは大丈夫のはずだったのですが、2日前にクマが人を追跡し突進するという事件があったそうです。私が行った日にも、ハンターがゴム弾をもってルートの確認に入っているとのことで、立入禁止になっていました。仕方なく前回も来た木道のルートを歩くことにしました。小雨が降り、強い風が吹く中を木道ルートを歩きました。
 時間があったので、カムイワッカのルートに入ることにしました。夏はシャトルバスでしか入れないのですが、秋はマイカーで入ることができます。滝のすぐ近くまで車でいくことができましたが、硫黄山へのルートは、9月末で登山禁止となっていました。知りませんでした。ですから、カムイワッカの滝を小雨の中、登りました。
 翌日は、ウトロから羅臼に抜け、東の海岸沿いを相泊まで調査することにしていました。ウトロから羅臼にいくには、知床峠を通ることになります。前回は、霧で全く景色が見ることができませんでした。今回、知床峠を往復したのですが、行きは雲で、帰りは雲だけでなく横殴りの雨で、いずれも景色が全く見えませんでした。道中の紅葉はきれいだったのですが、羅臼岳から硫黄山あたりの山並みには、白く雪景色になっていました。知床峠に、雪でなかったことを幸いとしなければならないのでしょう。
 知床は、再度訪れたいと考えています。できれば次回は、9月の平日に来れればともっています。多分、今回見ることができなかった知床5湖の周回コースも、硫黄山も登れるだろうと思います。

・雪と紅葉・
山では、雪が積もったり、溶けたりしています。
大雪山も白く冠雪でした。
知床連山もいった日に白くなっていました。
知床峠も、10月下旬には、夜間通行止めとなります。
ぎりぎりのタイミングで訪れたことになります。
この時期は、紅葉が進んでいます。
ただし、今年の紅葉はあまりきれいに色づいていません。
それでも全山が紅葉するのを見ることできました。

・紅葉の盛り・
わが町では、先週から今週にかけて
木々の紅葉が盛りとなっています。
今年は、色づきがバラバラの紅葉なのですが、
最後の紅葉は一気にきました。
落葉拾いをする授業があったのですが、
快晴の中、落葉だらけのなかを
学生と歩くことができました。
学生は、楽しげに落葉を拾っていました。
一番いい時期に講義が当たり幸いでした。

2019年10月24日木曜日

4_152 2019年残念シリーズ 5:宗谷の周氷河地形

 周氷河地形は、氷河時代に、氷河に覆われた大地の周辺にできるものです。寒冷によって、大地が凍ったり溶けたりするという、繰り返しによってできます。長い年月のと大地の特性によって形成されたものです。

 前回に続いて道北での残念シリースです。今年は、道北の調査は5月に2度、9月に1度、計3回行っています。これくらい繰り返し調査に出かけると、ある時、天候に恵まれなくても、別の時にはなんとか目的の調査はこなせることになります。
 ところが道北で、果たせなかった目的もあります。それは、周氷河地形の観察です。日本の地形で、周氷河地形の典型としてあるのが、宗谷岬の周辺とされ、北海道遺産にも指定されているものです。典型的な地形があり、なおかつ樹木の植生がなく、見やすい地域でもあります。それが、まだ見れていません。
 周氷河地形とは、氷河期にできた地形のことです。氷河地帯の周辺で生じたものです。形成の条件として、地中の温度が氷点下になり、凍結することで土壌に破砕が生じること、植生が少ないこと、さらに地表面で凍結と融解が繰り返されることなどです。注意が必要なのは、現在ではなく、氷河期のときの条件がそれを備えていたかどうでかです。
 凍結、融解の繰り返しによってできる構造土、地表面が盛り上がったピンゴ(pingo)やパルサ(palsas 泥炭地の丘)などと呼ばれる丸い丘ができます。ピンゴが陥没してたアラス(alas)と呼ばれる凹地もできます。
 北海道の山岳地帯は、氷河に覆われていました。硬い岩石で土壌が少ないところ、急峻な地形では条件を満たさず形成できません。宗谷の丘陵地帯は氷河の周辺にあたっていて、土壌もあり、植生も少なかったようです。そのため上記の条件が揃ってたため、周氷河地形ができました。
 氷河期に終わってからは、宗谷は森林限界は越えていないので、林がありました。ところが、明治に起こった山火事により、樹木がなくなったそうです。その後も、低温と強風のため、樹木が回復していません。現在、草原地帯になっているため、周氷河地形がよく現れて見ることができるようになっています。
 周氷河地形は、ゆるい傾斜の丘が広ろがっているところに、船底状や皿状の谷(デレ dell)が、急な切り込みとして刻まれます。見ようによっては、典型的な北海道の酪農地帯の風景になります。実際に酪農に利用されていますので、周氷河地形が酪農地帯の典型となっているでしょうか。
 この周氷河地形の典型的なものを宗谷周辺で見たい、記録したいと思っているのですが、まだ出会っていません。事前のリサーチで周氷河地形の典型とされている地点があり、そこにいきましたが、どうも満足できません。部分部分では周氷河地形はあるのですが、地上に立って典型なところは、まだ見つけていません。多分、違った場所に行けば、「これぞ周氷河地形」とわかるところがあるはずです。今後も探すことになりそうです。

・ロシアに近い街・
道北の街、稚内は大きな街です。
そして、北には宗谷海峡があり、
樺太が近く見みえます。
樺太はロシア領なので、
ロシアに最も近い街といえます。
道路の表記にはロシア語も併記されています。
夏には稚内からサハリンの連絡船もあり
ロシア人も多く訪れるためでしょう。
今回の調査では通り抜けただけなので
ロシアの人を見かけることはありませんでしたが。

・秋も深まる・
北海道は寒くなってきました。
同じ種類の木であっても、紅葉の進みがどうもなだらで
例年のように一気に紅葉になっていません。
何が紅葉の進み方を左右していのでしょうか。
紅葉はまだらでも、季節はめぐります。
雪虫も一斉にではないですが、
何度か飛んでいます。
近々里でも初雪が降るでしょう。
そうなると秋も終わりになります。

2019年10月17日木曜日

4_151 2019年残念シリーズ 4:歌登のデスモスチルス

 北海道では、化石が多数見つかります。恐竜化石の産地としても有名ですが、他にもいくつかの大型化石が見つかっています。恐竜の時代よりもっと新しい時代にいた、大型哺乳類と、その化石の産地を紹介しましょう。

 9月下旬に道北の調査にいきました。初日は幸い晴れていて、順調に調査をすることができました。最初の目的地に向かう途中に、歌登を通ることにしました。今年、道北を調査するのは3度目だったのですが、毎回ルートを変えるようにしてきましたので、歌登を通るのは初めてでした。
 歌登は、デスモスチルスの化石の産地として有名です。できればその産地を見たいと思っていました。幸い道道(北海道が管理する道のこと)120号を走っている時、カーナビでデスモスチルスの産地の表記がありました。それは、徳志別川の橋を渡ったところでしが、幸い看板があるのが目に入りました。車を止めて見学することにしたました。その看板には「デスモスの里 デスモスチルスの化石発掘跡」と書かれていました。
 デスモスチルス(Desmostylus)という学名なのですが、Desmosとは束(たば)という意味で、tylusは柱(はしら)という意味です。合わせて、柱を束ねたような歯をもつ生物であることから命名されました。体長に2m以上にもなる大型の哺乳類です。新生代の中新世中期から後期にかけて生息しました。
 全身骨格は2体しか見つかっていません。1933年に当時日本領であった樺太(からふと)から最初の化石が見つかり、産地の地名から気屯(けとん)標本と呼ばれています。気屯標本は、現在、北海道大学博物館に保管されています。しかし、その実体は不明で、さまざまな復元図がつくっれました。陸上生活に適したバクのようなものから、陸棲だが水辺にも適応したカバ、トドやアシカのように完全に水棲のものまで、多数の想像図が描かれました。
 1976年、歌登で2つ目の全身骨格の化石が見つかり、「歌登標本」となりました。既知の生物に合わせた復元ではなく、骨格に筋肉をつけて解剖学的復元がなされました。これが現在のデスモスチルスの復元図となっています。
 デスモスチルスの仲間(束柱類)の化石は、日本からカムチャッカ半島、アメリカ太平洋岸まで見つかっていますが、日本で多数の化石が見つかっています。似た仲間のパレオパラドキシアは関東から西で見つかっています。デスモスチルスは、本州でも見つかっていますが、北海道から多数見つかっています。中新世の日本、特に北海道を中心にした海岸では、多数のデスモスチルスが付近で暮らしていたようです。なかなかにぎやかな海岸であったようです。
 このエッセイでデスモスチルスに関する情報を紹介できたのは、枝幸市の南にある「オホーツクミュージアムえさし」という新しい博物館の見学ができたからです。デスモスチルスの化石や発掘の様子などが展示されていたので、詳しく知ることができました。
 ただ、発掘地を示す河原の看板は色あせ、草もかなり生えていて、近づきがたい状態でした。河岸に出てみたのですが、詳しい説明があるかと思ったのですが、どこが産地なのかわかりませんでした。残念でした。でも、その後の発掘調査で、デスモスチルスの産地は一箇所ではなく、歌登周辺で多数の産地があることがわかりました。そして、博物館は充実していたので満足できました。

・北海道と台風・
私が住む北海道の街では、
関東から東北に大きな被害を出した台風19号の影響は
幸いながら受けませんでした。
今年は、本州に被害を与える台風が多いようです。
通常の台風は北海道に上陸する頃には、
温帯低気圧になっていることが多く、
被害はあまり受けません。
しかし、台風の勢力を保ったまま上陸すると
これまで台風の被害を受けることが少ないため、
被害は本州より大きくなります。
特に大木の倒木などが問題になります。
北海道では、昨年9月にひどい被害を受けました。

・今年の紅葉・
北海道は秋も深まり、紅葉が進んでいます。
例年は一気に紅葉が進んでいくことが多いのですが、
今年は、例年に比べて、色づき方がばらばらです。
夏から秋にかけて、暖かい日や寒い日の温度変化が
不規則で、激しかったように思います。
その影響でしょうか、紅葉が綺麗ではありません。
来週末は、道東に再度でかけます。
秋が深まっているので、
そろそろ雪が心配になってきました。

2019年10月10日木曜日

4_150 2019年残念シリーズ 3:津和野のメランジュ

 津和野は、島根県の南西部の山間にあり、山口県と接しています。津和野は古くからある町で、江戸時代には津和野藩でした。日本で最も古い岩石が見つかっていましたので、見に行くことにしていたのですが・・・・。

 津和野は島根県のもっとも南西に位置しています。山間の狭い盆地ある町です。小さな町ですが、古い町並みは整備されていて観光地となっています。この津和野に、8月末に訪れました。もちろん観光名所をめぐるではなく、石をみるためです。
 津和野では、今年、報告された最古の花崗岩類が分布している地でもあります。この最古の花崗岩については、前回までの「日本最古の岩石」のシリーズで紹介しました。その岩石を含む舞鶴帯に属する地質体も分布しています。
 津和野周辺には、他にも古い時代(ペルム紀から三畳紀)の付加体が分布しています。この地域の付加体は、鹿足(かのあし)層群と呼ばれています。鹿足層群は、石灰岩、チャート、玄武岩、タービダイト層などと、そしてそれらが擾乱されたメランジュなどが見ることができます。鹿足層群の付加体は、日本がまだアジア大陸の縁にあったときに、海洋プレートの沈み込みによって付加してできたものです。
 最古の花崗岩類はもちろんのこと、津和野付近の鹿足層群のいくつかの露頭で観察する予定をしていました。深海底で形成された層状チャートを津和野商人(あきんど)で、益田市長沢町の匹見川上流でメランジュの産状(泥岩中に堆積岩の礫を含んだもの)などを観察するつもりでした。ところが、津和野についた日、そして翌日は、記録的な豪雨でした。そのため調査はできませんでした。
 南南西から津和野へ流れ込んでくる津和野川は、まっすぐな流路を持っています。この流れは、断層によって形成された直線的な地形によってできています。断層は、47kmも連続する弥栄(やさか)断層の南西の端にあたります。
 津和野は断層とはもうひとつゆかりがあります。日本の断層研究は、小藤(ことう)文次郎が先駆者でした。文次郎は、1891年に濃尾地震で形成された根尾谷断層を最初に研究し報告しました。その小藤文次郎は、津和野の出身です。
 大雨で津和野川、それが合流して町を流れる高津川は増水していました。恐さを覚えるほどの水位になっていました。津和野には、地質に関する見どころ、人物もいました。でも、雨のため、ほとんど露頭は観察することはできず、残念でしたが、安全を優先しました。

・秋の訪れ・
北海道には、もう秋が訪れています。
朝夕の冷え込みが強まってきました。
大雪では、すでに初雪の報告があり、
我が家でも、9月からもう何度かストーブもたきました。
毎日ストーブをたくほどではないですが、
ストーブが必要な時期になってきました。
木々の紅葉もはじまりました。
これから秋が深まっていくことでしょう。

・安全第一・
午前中を見る予定をしていたのですが、
津和野が大雨なので、早々に別の目的地に移動しました。
山口県の県境を越えたとたん、
持っていた携帯電話の警報がなりました。
山口市内の河川で洪水警報が出たとのことです。
ラジオのニュースをつけたら、
津和野でもいくつかの地域で河川の増水のため、
避難警報がでているとのことでした。
場所によっては、足止めをくっていたかもしれません。
それを考えれば、露頭を見ることより
安全に移動できたことに感謝すべきでしょうね。

2019年10月3日木曜日

4_149 2019年残念シリーズ 2:秋吉台

 秋吉台は、以前にも訪れたことがあります。学会のついでできたので、公共の乗り物を使ってきました。秋芳洞内と博物館を見て、周辺の地形を散策で見ただけでした。

 8月の野外調査では、レンタカーを使っていたので、秋吉台周辺の地形、秋芳洞の再訪を考えていました。他にも2つの鍾乳洞もあったので、だいぶ様子が違っているようで、入ろうと思っていました。秋吉台を訪れたのは、大雨が少し小休止になった時期でした。時々晴れ間も見えることもあり、悪天候に時期ではあったのですが、野外の調査が少しはできるほどでした。
 秋吉台で一泊したのですが、初日は鍾乳洞が増水のため入ることができませんでした。2日目は少し水が引いたとのことで、コースの半分ほどは入ることができるので、入洞することにしました。料金は半額になっていましたが、いけるところまでいって、あとは同じコースを戻ることになります。まあ、車があったのでそうするしかなかったのですが。
 秋芳洞には、正面入口(最も下流)、エレベーター口、そして黒谷口(最も上流)の3つの入口があります。今回は、上流側の黒谷口とエレベーター口が空いていました。エレベーター口から先に、橋があるのですが、増水で危険なので進めませんでした。ルートとしては、黒谷口から入り、エレベーター口へ抜けるか、その逆かのコースです。私は車があったので、黒谷口から入り、同じコースを戻ることにしました。本来なら、正面入口に近くにある「千町田」や「百枚皿」は秋芳洞を象徴するものなので見たかったのですが、増水でいくことができませんでした。「傘づくし」まで行けましたが、その先の「千町田」にはいけませんでした。
 「傘づくし」は広い洞になっており、川の流れも大きところで、その川を橋で渡ることになります。洞内は激しい轟音が響き渡っていました。私が訪れた時には、橋は見えるようになっていたのですが、昨日は水没していたようです。通常では見れない、鍾乳洞の増水の状況を見学することができたことになりました。
 鍾乳洞は、石灰岩の侵食と沈殿によりできたものです。鍾乳石は沈殿によるものですが、洞自体は侵食による作用が大きなもので、化学的な侵食は定常時に少しずつ進みます。しかし今回ような大雨で、洞内での物理的、機械的侵食が激しく進むことになるのでしょう。そんな様子を今回垣間見ることができました。稀な状況を見ることができたのです。
 地表でも、いくつか珍しいところを見ることできました。カルスト地形で谷状ところを「ウバーレ」と呼びます。通常は単なる地形的くぼみに過ぎないところですが、雨が降ったときだけ水が貯まる「帰り水」と呼ばれる池があります。また、雨が降ったときしか流れない川で、増水しているとこも見ることができました。通常では見られないものも、大雨のために見ることができました。

・ジオパーク・
秋芳洞を含め、美祢(みね)はジオパークになっています。
そのため、地質や地形の見どころでは
解説パネルができているので見学しやすくなっています。
各地の市町村で、地質学的名所を持っているところは、
町おこしの一貫でジオパークを目指すようになっています。
ジオパークがあるところは、
地質に興味をもって見学する人にとってても、
助かるものになります。
今後も増えることが期待しています。

・道北調査・
9月の中旬から、急激に秋めいてきました。
9月下旬に道北に3度めの調査に出ました。
実はこのエッセイは、出発前に書いて、
予約して配信しています。
道北は、寒そうですが大丈夫でしょうか。
今年の調査は、まだ道北と日高が
予定に入っているのですが、
寒さは大丈夫でしょうか。
この寒さだと雪が心配です。