最初の大陸はいつごろ形成されたのでしょうか。大陸に残された過去の大陸の断片、つまり石ころにその証拠を求めることになります。
大陸にはいろいろな時代に形成された「もの」があります。一番古い「もの」は、オーストラリアのジャックヒルからみつかった最古の鉱物の粒で、44億0400万年前のものです。カナダのアカスタというところでは、約40億年前の「岩石」が見つかっています。グリーンランドのイスアというところからは、38億年前の最古の「堆積岩」が見つかっています。
44億0400万年前に形成された最古の鉱物は、岩石としてみつかったのではありません。20億年前の堆積岩の中に含まれているある砂粒が、42億年前に形成されたものでした。たった一つではなく、何個か似た年代の粒がみつかっています。その鉱物はジルコンと呼ばれるもので、花崗岩を形成するようなマグマからできるものです。また、大量の花崗岩のマグマは、水が存在しなければできないと考えられています。ただ、これはいくつも仮定をたてられた上での可能性ですから、確実ではありません。誕生したての頃の地球の表面は、どろどろに溶けた状態(マグマオーシャンと呼ばれています)でしたが、約44億年前には、固い地表を持つまでに冷めてきたことになります。最初の地面、あるいは大地が形成されたのは、約44億年前まで遡ることができそうです。
40億年前の最古の「岩石」は、マグマが固まってできた火成岩で、トーナル岩と呼ばれています。トーナル岩は、大陸を構成している主要な岩石です。40億年前が最古の大陸の証拠と考えていいわけです。トーナル岩は、水がないと大量のマグマとして形成されませんから、海もあったと推定されます。ただし、直接の海があったことを示しているのではありませんから、海があったと確定したわけではありません。しかし、40億年前のトーナル岩は、大陸地殻が形成されていたことの確実な証拠になります。
堆積岩ができるためには、水の存在が不可欠です。堆積岩の存在は、海の存在を証拠づけるものです。グリーンランドの堆積岩には、丸く円摩された石ころがたくさん含まれています。このような堆積岩を礫岩と呼びます。礫岩は、河川や海岸で丸くなりますから、川や海岸があった証拠となります。
38億年前以降も、堆積岩はいろいろな地域、いろいろな時代から見つかっていますから、海が継続的に存在していたことになります。つまり38億年前には、現在と同じような海と陸、川という現在の地表と同じ営みがスタートしており、それが現在まで継続しているということになります。
地球の歴史は、45.6億年前ころに始まりました。地球誕生から、長くても8億年、短ければ1.6億年で、海と陸という地球の特徴が形成されたことになります。
・発見のラッシュ・
最古のものを求めるということは、
なかなか大変なことです。
なぜなら石に、直接年代が書かれているわけではなく、
分析してみないとわからないからです。
ところが、見つかる時期には、
次々と古いものが発見されていきます。
1990年前後から2000年代にかけて、
最古の岩石の発見が相次ぎました。
それは、実は年代測定の技術において
革新的な進歩があったためです。
一粒の結晶の数10μmの部分の
年代測定をする装置が開発されました。
それを利用して、今までできなかったサイズの鉱物の
年代測定ができるようになったのです。
古そうだと考えられている岩石があっても、
それまで調べる手段がなかったのが、
あるときから年代測定ができるようになりました。
その結果、古いものが続々と発見されるようになりました。
その後、発見ラッシュは一段落してきました。
その装置は、だいぶ普及して、
年代測定も各地でできるようになりました。
・後期の講義・
大学の講義が正月明け7日から始まりました。
その後すぐに、後期の講義が終わり始めます。
ただ、祝日の関係で再来週まで続く講義があります。
どうも曜日によって、講義の進行が違ってくるのは困りものです。
今度の金曜日には月曜日の振り替えとなります。
月曜日の講義は、同じ週に2回行うことになります。
講義内容によっては、教員も学生も苦労することになります。
振り替え休日、ハッピーマンディなどの制度は、
学校教育ではあまり歓迎できません。
ただ、それを楽しみにしている人もいますから
いまさら変更はしづらいでしょうが。
2009年1月15日木曜日
2009年1月8日木曜日
1_69 海と陸の違い:大陸の形成1(2009.01.08)
私たちの住んでいる陸地は、海と比べて狭い面積です。そこにあふれんばかりの生命が棲んでいます。その陸の形成過程に、どのような秘密があるのでしょうか。まずは、海と陸の違いから見ていきましょう。
地球は、表面積で3分の2が海、残りの3分の1が陸となっています。海と陸の大きな違いは、海には水があり、陸は海より高い位置にあり、水に浸かっていないことです。しかし、水の有り無しだけが、海と陸の違いではありません。もっといろいろな、そして本質的な違いがあります。
その違いを探るために、海と陸のつくりをみていきましょう。
海になっている地域は、なんといっても陸と比べて、低くなっています。低いがために液体である海水が、たまっているのです。低いところが海ということになります。では、なぜ、海のあるところは低いのでしょうか。たまたまでしょうか。
それを調べるためには、海水の底(海洋底といいます)の状態を見る必要があります。海の底は、玄武岩というマグマが固まった岩石、火山岩からできています。深くなれば、マグマもゆっくりと固まり、大きな結晶からできている斑レイ岩とよばれる深成岩になります。でも、岩石の化学組成は似ています。ですから、海洋底は玄武岩のマグマからできているといえます。
玄武岩のマグマは、中央海嶺という海底に長く伸びた山脈の中央部でつくられ、左右に広がりながら、新しい海洋底が形成されていきます。広がる海洋底は、移動して海溝に沈みこみます。
このようなメカニズム(プレートテクトニクスと呼ばれています)は、常に新しいものができ、古いものは地球内部に戻っていくという「新陳代謝」をしています。そのため、玄武岩の形成年代は、大陸に比べて新しいものばかりになっています。
一方、陸は、海と比べて高いところになります。高まりをつくっていのは、多様な岩石です。岩石の種類は多様ですが、その平均的な化学組成は火山岩でいえば安山岩、深成岩でいえばトーナル岩(花崗岩の一種)となります。安山岩マグマからできた火成岩が大部分を占めています。しかし、そのような陸をつくっている岩石が、侵食によって海に運ばれたまったものが、やがては固まり堆積岩になります。また、地球の深部にもぐりこんだ岩石は、温度や熱によって変成岩になります。このような作用が継続的に起こることで、非常に多様が岩石からできています。
それらの多様な岩石の形成時期も、40億年前くらいの古いものから、今現在つくられているものまであります。陸を構成する岩石は、多様で非常に複雑な生い立ちをもっていることが特徴です。
海洋底は、重い玄武岩が常に更新されながら形成されているので、高まりを作ることなく、低いままであり続けます。トーナル岩は、玄武岩より密度が小さく、海洋底のように沈み込むメカニズムもないため、古いものも地表付近に残っています。そのため、大陸の岩石は、いったんできると変化することはあっても、なくなることなく増え続けます。
水の有り無しだけが海と陸の違いではなく、岩石の性質やその形成メカニズムが、違いの本質だといえます。このような本質的な違いが、海底を低く、陸を高くしているのです。低いところには水がたまり海となります。
陸をつくる岩石は、増えるだけの仕組みのようです。では、陸は、昔から今までどのように増えてきたのでしょうか。一様に増えてきたのでしょうか。そもそも、そのような過去にできた陸の量を調べる方法など、あるのでしょうか。それは次回としましょう。
・わかりやすさ・
このエッセイでは、陸と海といういい方をしましたが、
陸は大陸地殻、海は海洋、あるいは海洋地殻
という意味で使っています。
大陸には日本のような列島(正確には島弧という)も入ります。
海洋地殻には、海の中の島や海底の山
(正確には海山や海洋島という)もはいっています。
このエッセイでは、このような流布された表現で
書くことが多くなっています。
ですから、科学的には、あいまいな表現になりますが、
わかりやすさを重視してのことです。
正確な名称は、対象を限定したり、
正確に指し示すために必要です。
しかし、初めての人には、
その用語を毎回説明しなければなりません。
あまりそれが続くと、
読んでいてわずらわしくなる場合があります。
ですから、地球科学に詳しい人には、
不正確に映るかもしれませんが、
わかりやすさを重視したためと思ってご容赦ください。
・連休は・
まだ正月気分が残っているのようですが、
長い休みボケは抜けたでしょうか。
学校も冬休みが終わり、
いよいよ通常の生活に戻ってきます。
私たちの大学は、7日から通常授業がはじまりました。
しかし、北海道の小・中学校は、
19日から3学期がはじまります。
我が家の子供たちは、長い冬休みでのんびりしています。
ただし、雪なのでその遊びをあまりしませんが。
世間は今週末は連休ですが、
我が家は変わりありません。
私も12日はゼミの学生と
施設見学に出かけることになっています。
私の回りには、休みと平日の気分が混在しています。
地球は、表面積で3分の2が海、残りの3分の1が陸となっています。海と陸の大きな違いは、海には水があり、陸は海より高い位置にあり、水に浸かっていないことです。しかし、水の有り無しだけが、海と陸の違いではありません。もっといろいろな、そして本質的な違いがあります。
その違いを探るために、海と陸のつくりをみていきましょう。
海になっている地域は、なんといっても陸と比べて、低くなっています。低いがために液体である海水が、たまっているのです。低いところが海ということになります。では、なぜ、海のあるところは低いのでしょうか。たまたまでしょうか。
それを調べるためには、海水の底(海洋底といいます)の状態を見る必要があります。海の底は、玄武岩というマグマが固まった岩石、火山岩からできています。深くなれば、マグマもゆっくりと固まり、大きな結晶からできている斑レイ岩とよばれる深成岩になります。でも、岩石の化学組成は似ています。ですから、海洋底は玄武岩のマグマからできているといえます。
玄武岩のマグマは、中央海嶺という海底に長く伸びた山脈の中央部でつくられ、左右に広がりながら、新しい海洋底が形成されていきます。広がる海洋底は、移動して海溝に沈みこみます。
このようなメカニズム(プレートテクトニクスと呼ばれています)は、常に新しいものができ、古いものは地球内部に戻っていくという「新陳代謝」をしています。そのため、玄武岩の形成年代は、大陸に比べて新しいものばかりになっています。
一方、陸は、海と比べて高いところになります。高まりをつくっていのは、多様な岩石です。岩石の種類は多様ですが、その平均的な化学組成は火山岩でいえば安山岩、深成岩でいえばトーナル岩(花崗岩の一種)となります。安山岩マグマからできた火成岩が大部分を占めています。しかし、そのような陸をつくっている岩石が、侵食によって海に運ばれたまったものが、やがては固まり堆積岩になります。また、地球の深部にもぐりこんだ岩石は、温度や熱によって変成岩になります。このような作用が継続的に起こることで、非常に多様が岩石からできています。
それらの多様な岩石の形成時期も、40億年前くらいの古いものから、今現在つくられているものまであります。陸を構成する岩石は、多様で非常に複雑な生い立ちをもっていることが特徴です。
海洋底は、重い玄武岩が常に更新されながら形成されているので、高まりを作ることなく、低いままであり続けます。トーナル岩は、玄武岩より密度が小さく、海洋底のように沈み込むメカニズムもないため、古いものも地表付近に残っています。そのため、大陸の岩石は、いったんできると変化することはあっても、なくなることなく増え続けます。
水の有り無しだけが海と陸の違いではなく、岩石の性質やその形成メカニズムが、違いの本質だといえます。このような本質的な違いが、海底を低く、陸を高くしているのです。低いところには水がたまり海となります。
陸をつくる岩石は、増えるだけの仕組みのようです。では、陸は、昔から今までどのように増えてきたのでしょうか。一様に増えてきたのでしょうか。そもそも、そのような過去にできた陸の量を調べる方法など、あるのでしょうか。それは次回としましょう。
・わかりやすさ・
このエッセイでは、陸と海といういい方をしましたが、
陸は大陸地殻、海は海洋、あるいは海洋地殻
という意味で使っています。
大陸には日本のような列島(正確には島弧という)も入ります。
海洋地殻には、海の中の島や海底の山
(正確には海山や海洋島という)もはいっています。
このエッセイでは、このような流布された表現で
書くことが多くなっています。
ですから、科学的には、あいまいな表現になりますが、
わかりやすさを重視してのことです。
正確な名称は、対象を限定したり、
正確に指し示すために必要です。
しかし、初めての人には、
その用語を毎回説明しなければなりません。
あまりそれが続くと、
読んでいてわずらわしくなる場合があります。
ですから、地球科学に詳しい人には、
不正確に映るかもしれませんが、
わかりやすさを重視したためと思ってご容赦ください。
・連休は・
まだ正月気分が残っているのようですが、
長い休みボケは抜けたでしょうか。
学校も冬休みが終わり、
いよいよ通常の生活に戻ってきます。
私たちの大学は、7日から通常授業がはじまりました。
しかし、北海道の小・中学校は、
19日から3学期がはじまります。
我が家の子供たちは、長い冬休みでのんびりしています。
ただし、雪なのでその遊びをあまりしませんが。
世間は今週末は連休ですが、
我が家は変わりありません。
私も12日はゼミの学生と
施設見学に出かけることになっています。
私の回りには、休みと平日の気分が混在しています。
2009年1月1日木曜日
6_72 ガリレオへの謝罪:世界天文年
明けましておめでとうございます。今年最初のエッセイとして、今年が世界天文年であることを紹介しながら、宗教とガリレオの科学の関係と、その重要性を考えていきましょう。
2009年は「世界天文年」とされています。「世界天文年」は、2008年12月11日に国連の総会決議として定められました。国連教育科学文化機関のユネスコや国際天文学連合も共同して、さまざまな活動に取り組まれます。
「世界天文年」の目的は、「天文学と基礎科学の持続可能な開発にとっての重要性について世論の認識を高め、天文学という学問が生む刺激を通じて、基礎科学の普遍的知識へのアクセスを促進する」というものです。少々わかりにくい表現です。国連の総会決議の表現はもっとわかりにくいものですが、少しはわかりやすくされています。これは、天文学を通じて、多くの人が科学の知識に触れ、地球規模の問題に取り組んでいこうという趣旨です。
2009年が「世界天文年」に選ばれたのは、1609年にガリレオが天文望遠鏡で観察を始めて400年の節目に当たる年だったからのようです。
国連の総会決議に呼応するように、12月22日にローマ法王のガリレオにかんする言葉を世界上のメディアが報道しました。ローマ法王ベネディクト16世は、記念行事という場で、信者を前に「彼の研究は(キリスト教の)信仰に反していなかった」と演説しました。これは、ローマ法王が公式の見解として、ガリレオに下された以前の教会側の判断を訂正したことになります。
1633年、ガリレオは、宗教裁判で彼の地動説が、キリストの教義に反する異端だとして、有罪とされました。ガリレオは、公の席でその説を撤回させられました。ガリレオは、その後フィレンツェの郊外の丘にある村に軟禁されて異端者の汚名を着せられたまま、この世を去りました。
しかし、誰もが知っているように、ガリレオは、後に科学や技術の進歩するにつれて、世界では英雄となっていきました。本人が死んでしまえば、それで話は終わりとなりなるはずのですが、ガリレオは異端の汚名をままでした。
この有罪は、逆にキリスト教の過去の過失を示すことになります。遅ればせながら、ローマ法王がガリレイの宗教裁判の結果を撤回したのです。しかし、今回が最初の判決撤回ではありませんでした。前法王ヨハネ・パウロ2世は、1992年、当時のバチカンが下した有罪の決定が非があったことを認め、公式に謝罪しました。
しかし、現法王ベネディクト16世は、枢機卿という地位にあった1990年当時、自身の演説で、ガリレオへの弾圧を支持する発言をしていました。それ以降、ベネディクト16世は、1992年の前法王の判断を下した時も、2005年4月19日に第265代ローマ法王になっても、公に謝罪をしたことがありませんでした。そのような流れの中で、今回の公式表明となりました。
その表明の背景に何があったかはわかりません。しかし、世界的な宗教の一つであるキリスト教が、再度、公式にガリレオの判決を取り消しました。これによって科学の流れが変わることはないでしょうが、人々の注目が天文学や科学に集まることになるでしょう。ですから、「世界天文年」にとっては、大きな力を得たことになります。
ガリレオの望遠鏡は、口径4cmほどでした。その望遠鏡の能力は、今ならば、子供の入門用に使うものにも劣るほどの性能しかありませんでした。それでも、ガリレオは、大発見をし、科学を進めました。科学とは、道具はもちろん必要ですが、それ以上に必要なものをあることを、ガリレオを教えてくれました。ガリレオの偉業を思い起こしながら、「世界天文年」の目的を、再度、かみしめましょう。
・家族だけで・
明けましておめでとうございます。
昨年は本メールマガジン「地球のささやき」の購読をいただき、
ありがとうございました。
本年も引き続きよろしくお願いいしたします。
皆さん、どのような元旦を迎えられたでしょうか。
北海道のわが町は、年末になって何度も雪が降り、
白い正月を迎えました。
例年になく遅い雪でしたが、いつもどおりの白い正月となりました。
今年は、いつもと違って親子4人だけで、
のんびりとした正月を迎えています。
昨年までは、母が我が家に滞在していました。
そして一番すいている正月に母を空港まで送りにいくという
あわただしい正月を迎えていました。
そのわけは、我が家と母の自宅の両方で
母が正月を迎えられるようにするためでした。
しかし、今年は、1週間早く母が滞在して帰りました。
ですから、今の家に住んで初めて
親子だけで年末年始を迎えることになりました。
元旦には初詣に出かける予定です。
今年は、家族の健康を願ってお参りしたいと思っています。
とはいっても、私は神仏には祈りませんが。
・不可知論・
私は、科学と宗教は決して
相容れないものではないと思っています。
日本では宗教的な束縛は少ないのですが、
それでも、科学を貫くことは、
宗教的振る舞いには注意が必要と
感じている人も多いと思います。
私もその一人です。
しかし、一人の人間の中に共存できると考えています。
これは、以前から私が考えていた
感性と理性の融合にもかかわることです。
そのようは問題は、宗教に薄い日本より
西洋の科学者が切実に感じるものだと思います。
ですから、科学者は、無神論か不可知論になることが多いのですが、
私の尊敬する科学者のステファン・ジェイ・グールドは、
「神と科学は共存できるか?」(ISBN978-4-8222-4572-6 C0095)
の中で、相容れないものではなく、
すみわけのできるものであるとしています。
科学と宗教を共存するためには、
NOMA(Non-Overlapping Magisteria)原理で
「密度の濃い対話を伴う非干渉」という立場で
臨もうという提案です。
まあこれも、一種の不可知論的立場ですが。
でも、その境地はなかなか達するのが難しいようです。
2009年は「世界天文年」とされています。「世界天文年」は、2008年12月11日に国連の総会決議として定められました。国連教育科学文化機関のユネスコや国際天文学連合も共同して、さまざまな活動に取り組まれます。
「世界天文年」の目的は、「天文学と基礎科学の持続可能な開発にとっての重要性について世論の認識を高め、天文学という学問が生む刺激を通じて、基礎科学の普遍的知識へのアクセスを促進する」というものです。少々わかりにくい表現です。国連の総会決議の表現はもっとわかりにくいものですが、少しはわかりやすくされています。これは、天文学を通じて、多くの人が科学の知識に触れ、地球規模の問題に取り組んでいこうという趣旨です。
2009年が「世界天文年」に選ばれたのは、1609年にガリレオが天文望遠鏡で観察を始めて400年の節目に当たる年だったからのようです。
国連の総会決議に呼応するように、12月22日にローマ法王のガリレオにかんする言葉を世界上のメディアが報道しました。ローマ法王ベネディクト16世は、記念行事という場で、信者を前に「彼の研究は(キリスト教の)信仰に反していなかった」と演説しました。これは、ローマ法王が公式の見解として、ガリレオに下された以前の教会側の判断を訂正したことになります。
1633年、ガリレオは、宗教裁判で彼の地動説が、キリストの教義に反する異端だとして、有罪とされました。ガリレオは、公の席でその説を撤回させられました。ガリレオは、その後フィレンツェの郊外の丘にある村に軟禁されて異端者の汚名を着せられたまま、この世を去りました。
しかし、誰もが知っているように、ガリレオは、後に科学や技術の進歩するにつれて、世界では英雄となっていきました。本人が死んでしまえば、それで話は終わりとなりなるはずのですが、ガリレオは異端の汚名をままでした。
この有罪は、逆にキリスト教の過去の過失を示すことになります。遅ればせながら、ローマ法王がガリレイの宗教裁判の結果を撤回したのです。しかし、今回が最初の判決撤回ではありませんでした。前法王ヨハネ・パウロ2世は、1992年、当時のバチカンが下した有罪の決定が非があったことを認め、公式に謝罪しました。
しかし、現法王ベネディクト16世は、枢機卿という地位にあった1990年当時、自身の演説で、ガリレオへの弾圧を支持する発言をしていました。それ以降、ベネディクト16世は、1992年の前法王の判断を下した時も、2005年4月19日に第265代ローマ法王になっても、公に謝罪をしたことがありませんでした。そのような流れの中で、今回の公式表明となりました。
その表明の背景に何があったかはわかりません。しかし、世界的な宗教の一つであるキリスト教が、再度、公式にガリレオの判決を取り消しました。これによって科学の流れが変わることはないでしょうが、人々の注目が天文学や科学に集まることになるでしょう。ですから、「世界天文年」にとっては、大きな力を得たことになります。
ガリレオの望遠鏡は、口径4cmほどでした。その望遠鏡の能力は、今ならば、子供の入門用に使うものにも劣るほどの性能しかありませんでした。それでも、ガリレオは、大発見をし、科学を進めました。科学とは、道具はもちろん必要ですが、それ以上に必要なものをあることを、ガリレオを教えてくれました。ガリレオの偉業を思い起こしながら、「世界天文年」の目的を、再度、かみしめましょう。
・家族だけで・
明けましておめでとうございます。
昨年は本メールマガジン「地球のささやき」の購読をいただき、
ありがとうございました。
本年も引き続きよろしくお願いいしたします。
皆さん、どのような元旦を迎えられたでしょうか。
北海道のわが町は、年末になって何度も雪が降り、
白い正月を迎えました。
例年になく遅い雪でしたが、いつもどおりの白い正月となりました。
今年は、いつもと違って親子4人だけで、
のんびりとした正月を迎えています。
昨年までは、母が我が家に滞在していました。
そして一番すいている正月に母を空港まで送りにいくという
あわただしい正月を迎えていました。
そのわけは、我が家と母の自宅の両方で
母が正月を迎えられるようにするためでした。
しかし、今年は、1週間早く母が滞在して帰りました。
ですから、今の家に住んで初めて
親子だけで年末年始を迎えることになりました。
元旦には初詣に出かける予定です。
今年は、家族の健康を願ってお参りしたいと思っています。
とはいっても、私は神仏には祈りませんが。
・不可知論・
私は、科学と宗教は決して
相容れないものではないと思っています。
日本では宗教的な束縛は少ないのですが、
それでも、科学を貫くことは、
宗教的振る舞いには注意が必要と
感じている人も多いと思います。
私もその一人です。
しかし、一人の人間の中に共存できると考えています。
これは、以前から私が考えていた
感性と理性の融合にもかかわることです。
そのようは問題は、宗教に薄い日本より
西洋の科学者が切実に感じるものだと思います。
ですから、科学者は、無神論か不可知論になることが多いのですが、
私の尊敬する科学者のステファン・ジェイ・グールドは、
「神と科学は共存できるか?」(ISBN978-4-8222-4572-6 C0095)
の中で、相容れないものではなく、
すみわけのできるものであるとしています。
科学と宗教を共存するためには、
NOMA(Non-Overlapping Magisteria)原理で
「密度の濃い対話を伴う非干渉」という立場で
臨もうという提案です。
まあこれも、一種の不可知論的立場ですが。
でも、その境地はなかなか達するのが難しいようです。
2008年12月25日木曜日
2_74 DNAの解読:マンモス5
今年のエッセイも、今回が最後となります。マンモスシリーズも、今回が最後です。マンモスのDNAの解読からわかったことを見ていきましょう。
アメリカとロシアの研究グループが、マンモスのDNAを大部分を解読したと、Natureという科学雑誌の11月20日号に発表しました。今回の報告では、2頭のマンモスの毛の細胞から、核の中のDNAが採取され分析されました。以前にマンモスの毛から採取したミトコンドリアのDNAを解読したという研究はありましたが、細胞の核の中のDNAの解読は、今回が初めてのことでした。
マンモスのDNAの分析に用いる素材として、毛を用いたことが、DNAの破損や他のDNAの汚染を回避する決め手になったようです。その理由は、マンモスの毛は、プラスチックのようなもので、細胞の入れ物として非常に頑丈なようです。そのような頑丈の入れものに入っている毛の細胞は、分解することなく、他の生物の細胞によって汚染されることからも保護されていたようです。
さて、解読されたマンモスのDNAを見てみていきましょう。
マンモスのDNAは約40億対の塩基から構成されていました。このようなDNAのサイズは、現生のアフリカゾウでも見られる特徴と同じでした。今までもいわれてきたのですが、現生のゾウとケナガマンモスは、DNAレベルで非常に似ています。ヒトとチンパンジーが似ているといわれていますが、その違いは1.24%なのに対し、ゾウとマンモスの違いは0.6%となり、その類似性がわかります。
2個体のマンモスのDNAを比べると、遺伝子の多様性が非常に乏しいことがわかってきました。たった2頭のデータから結論を下すのは少々危険な気がしますが、もしこれが全マンモスの特徴を現しているとすると、ある重要な推定ができます。
遺伝子における多様性の大小と、その種全体のもっている環境変化への適応性の大小が、対応する可能性があるからです。もし、この推定が正しければ、マンモスの絶滅が、遺伝子の多様性の少なさに由来するかもしれません。
遺伝子の多様性が大きければ、もしなんあらかの環境異変が起きたとすると、その異変に対処できた遺伝子を持つ個体が生き延びて、なんとか種を維持していくことができます。ところが、遺伝子の多様性が小さい種は、病気や環境変化などに対して弱く、一気に絶滅してしまう危険性を秘めていることを意味します。
前に紹介したように、マンモスの絶滅の時期は、氷河期が終わって暖かくなっていくという気候変動が起こった時代であります。一般的に考えれば、マンモスのような草食動物には、草がいっぱい生えて棲みよい環境に変わっていったはずです。マンモスは繁栄してもいいはずなのに、なぜか絶滅しました。だから、環境変化ではなく、別の原因で絶滅したのではと、今まで考えられていました。
しかし、今回の報告で、遺伝子の多様性の乏しいことがわかったので、環境変化によって、たとえば植生の変化や病原菌の発生などが起これば、マンモスはすぐに絶滅する危険性をはらんでいたことになったのです。
遺伝子の多様性が大きいということは、異端も含むことになります。平時には、異端は種にとって波乱を起こし、ありがたくないことも存在かもしれません。しかし緊急時にこそ、そのような異端が種の継続に重要な役割を果たす可能性もあります。そのような異端や多様性のなさが、マンモスを絶滅に追いやったのかもしれないのです。つまり、マンモスの純血さゆえに、滅びさったのかもしれません。
・ほぼすべて・
前回、マンモスの全DNAを解読したと紹介しましたが、
私の勘違いで、ほぼすべてのDNAの解読の間違いでした。
全DNAの内、5分の1ほどは、まだ解読されていませんが、
あと数回の装置によるスキャンをおこなえば、
数年後には解読されるはずだとされています。
しかし、絶滅種の核のDNAが解読されたのは、
今回が初めてのことでした。
これは十分、意義のあることです。
他の絶滅種でも、適切な素材さえあれば、
DNAの解読ができることが証明されたのです。
・DNAとゲノム・
本エッセイではDNAという言葉を使いましたが、
ゲノムという言葉が使われることがあります。
DNAは核やミトコンドリアなどにある塩基の対から構成されるものです。
DNAは、4種の塩基ができていますが、
その3種の組み合わせで遺伝情報が書かれています。
その遺伝情報が発現すると何らかの形質を生みます。
もちろん遺伝情報は、複製可能です。
このようなDNAの中で意味を持つ遺伝情報が
遺伝子と呼ばれています。
ゲノムとは、DNAに記録されている遺伝子全体のことです。
DNAとゲノムが混在すると、呼んでいて混乱するので、
本文では、ゲノムではなくDNAに統一して書きました。
・来年は・
今年は、夏から秋にかけて、体調不良でした。
11月あたりから体調は戻ってきたのですが、
ぱっとしない一年だったような気がしました。
いまさら、それを悔やんでも仕方がないのですが、
来年こそは、体調に気をつけて過ごしていこうと思っています。
今回が今年最後のエッセイです。
よいお年をお迎えください。
アメリカとロシアの研究グループが、マンモスのDNAを大部分を解読したと、Natureという科学雑誌の11月20日号に発表しました。今回の報告では、2頭のマンモスの毛の細胞から、核の中のDNAが採取され分析されました。以前にマンモスの毛から採取したミトコンドリアのDNAを解読したという研究はありましたが、細胞の核の中のDNAの解読は、今回が初めてのことでした。
マンモスのDNAの分析に用いる素材として、毛を用いたことが、DNAの破損や他のDNAの汚染を回避する決め手になったようです。その理由は、マンモスの毛は、プラスチックのようなもので、細胞の入れ物として非常に頑丈なようです。そのような頑丈の入れものに入っている毛の細胞は、分解することなく、他の生物の細胞によって汚染されることからも保護されていたようです。
さて、解読されたマンモスのDNAを見てみていきましょう。
マンモスのDNAは約40億対の塩基から構成されていました。このようなDNAのサイズは、現生のアフリカゾウでも見られる特徴と同じでした。今までもいわれてきたのですが、現生のゾウとケナガマンモスは、DNAレベルで非常に似ています。ヒトとチンパンジーが似ているといわれていますが、その違いは1.24%なのに対し、ゾウとマンモスの違いは0.6%となり、その類似性がわかります。
2個体のマンモスのDNAを比べると、遺伝子の多様性が非常に乏しいことがわかってきました。たった2頭のデータから結論を下すのは少々危険な気がしますが、もしこれが全マンモスの特徴を現しているとすると、ある重要な推定ができます。
遺伝子における多様性の大小と、その種全体のもっている環境変化への適応性の大小が、対応する可能性があるからです。もし、この推定が正しければ、マンモスの絶滅が、遺伝子の多様性の少なさに由来するかもしれません。
遺伝子の多様性が大きければ、もしなんあらかの環境異変が起きたとすると、その異変に対処できた遺伝子を持つ個体が生き延びて、なんとか種を維持していくことができます。ところが、遺伝子の多様性が小さい種は、病気や環境変化などに対して弱く、一気に絶滅してしまう危険性を秘めていることを意味します。
前に紹介したように、マンモスの絶滅の時期は、氷河期が終わって暖かくなっていくという気候変動が起こった時代であります。一般的に考えれば、マンモスのような草食動物には、草がいっぱい生えて棲みよい環境に変わっていったはずです。マンモスは繁栄してもいいはずなのに、なぜか絶滅しました。だから、環境変化ではなく、別の原因で絶滅したのではと、今まで考えられていました。
しかし、今回の報告で、遺伝子の多様性の乏しいことがわかったので、環境変化によって、たとえば植生の変化や病原菌の発生などが起これば、マンモスはすぐに絶滅する危険性をはらんでいたことになったのです。
遺伝子の多様性が大きいということは、異端も含むことになります。平時には、異端は種にとって波乱を起こし、ありがたくないことも存在かもしれません。しかし緊急時にこそ、そのような異端が種の継続に重要な役割を果たす可能性もあります。そのような異端や多様性のなさが、マンモスを絶滅に追いやったのかもしれないのです。つまり、マンモスの純血さゆえに、滅びさったのかもしれません。
・ほぼすべて・
前回、マンモスの全DNAを解読したと紹介しましたが、
私の勘違いで、ほぼすべてのDNAの解読の間違いでした。
全DNAの内、5分の1ほどは、まだ解読されていませんが、
あと数回の装置によるスキャンをおこなえば、
数年後には解読されるはずだとされています。
しかし、絶滅種の核のDNAが解読されたのは、
今回が初めてのことでした。
これは十分、意義のあることです。
他の絶滅種でも、適切な素材さえあれば、
DNAの解読ができることが証明されたのです。
・DNAとゲノム・
本エッセイではDNAという言葉を使いましたが、
ゲノムという言葉が使われることがあります。
DNAは核やミトコンドリアなどにある塩基の対から構成されるものです。
DNAは、4種の塩基ができていますが、
その3種の組み合わせで遺伝情報が書かれています。
その遺伝情報が発現すると何らかの形質を生みます。
もちろん遺伝情報は、複製可能です。
このようなDNAの中で意味を持つ遺伝情報が
遺伝子と呼ばれています。
ゲノムとは、DNAに記録されている遺伝子全体のことです。
DNAとゲノムが混在すると、呼んでいて混乱するので、
本文では、ゲノムではなくDNAに統一して書きました。
・来年は・
今年は、夏から秋にかけて、体調不良でした。
11月あたりから体調は戻ってきたのですが、
ぱっとしない一年だったような気がしました。
いまさら、それを悔やんでも仕方がないのですが、
来年こそは、体調に気をつけて過ごしていこうと思っています。
今回が今年最後のエッセイです。
よいお年をお迎えください。
2008年12月18日木曜日
2_73 昔の生物のDNA:マンモス4
Natureという科学雑誌にマンモスのほぼ全遺伝子配列が解読されたという論文が発表されました。それがニュースとして、いくつかのマスコミに取り上げられました。そのニュースの意味を探っていきましょう。
今年になってマンモスのDNAが解読されました。解読には、シベリアから発見された氷漬けのマンモス2体から得られた毛を用いられました。これが、マンモスでは最初のほぼ全遺伝子配列、つまり大部分の全DNAの解読でした。今まで、マンモスの氷漬けは、いっぱい見つかっているのに、いまごろ解読されたのかと思われる方もいるかも知れません。しかし、実は古い時代の生物のDNAの解読は、なかなか難しいのです。その理由は、DNAの保存と技術的問題、そして汚染問題があるためです。
DNAの保存の問題とは、DNAは長期保存に適さないということです。DNAは細胞の中にありますから、死んだ細胞ではDNAは通常破損される(酸化してくずれる)か、他の生物に食べられてしまいます。DNAが保存される可能性は、時間がたてばたつほど、古くなればなるほど、少なくなります。まして、全DNAの保存されることは、非常に難しくなります。古い時代のものは、特殊な条件でない限り、保存はされません。特殊な条件とは、外気と遮断された状態で、長期保存可能なものです。樹脂詰め(コハクの中に封じ込められたもの)やタール漬け、氷漬けなどです。このような条件にあったとしても、長期になるとDNAは分断されて、情報は消えていきます。ですから、何1000万年前、何億年前の生物の全てのDNAの解読は不可能となります。
技術的問題とは、DNAの情報は膨大で、その解読には時間も機材、そして費用がかかります。ヒトのDNAも大変でしたが、おおまかな配列は2001年前半になんとか解読されました。そのスピードは日進月歩で進み、予想以上に早く読み終わることができました。それは、超並列合成DNA配列解読という技術の進歩があったからです。このようにヒトに限らず、遺伝子(ゲノム)情報を体系的に取り扱う研究分野を、ゲノミックスと呼ばれます。
ヒトの全DNAを解読するのに、一人のヒトのDNAを世界中の研究者が協力してやっと読み取ったのです。ところが、技術にさらに進み、個人のゲノムが読める時代になりました。アジア人とアフリカ人のある個人のDNAが解読されたという報告が、Natureの11月6日号の個人ゲノム特集で報告されました。つまり、いまや個人ゲノミックス(Personal Genomics)の時代に入りつつあります。短時間にヒトのような長い全DNAを解読できるようになったのです。その技術が、マンモスなどの過去の生物に導入されるようになってきたのです。
もう一つの汚染の問題は、DNAが混入するという問題です。死んだ生物の体(DNAを含めて)は、土壌生物や微生物が餌として利用します。その結果、地上は死体であふれることなく、生物は分解され地表はきれいになっていくという効用があります。しかし、過去の生物では、たとえDNAが残っていたとしても、現生生物の汚染がどうしても起こることになります。
今回、そのような問題をすべてクリアして、2体のマンモスのDNAが解読されました。その内容は、次回としましょう。
・コハク・
コハクは宝石ではないのですが、
飾り石として、宝石に準じる価値があります。
透明感のある暖かい色合いは、
それなりの美しさがあります。
虫入りのコハクは、あまり気持ちいいのいいものではありませんから、
価値がありませんでした。
コハクの中の虫やDNAが有名になったのは、
スチルバーク監督の映画「ジュラシックパーク」によってでした。
その後、なんと虫入りコハクの価値が出てきたのです。
むしろ何も入っていない透明のコハクより
高いものすらありました。
装飾品は、需要と供給によってその価値が決まります。
普通の製品のように、原価と利益から決まるのではなく、
付加価値が価格を決めていくのです。
・慌しい年末・
いよいよ大学の今年の授業も終わり冬休みとなります。
実際には、来週も講義がある週なのですが、
振り替え、補講の時間に割り当てられていて、
私の担当する講義は、今日で終わりとなります。
ですから、一息つける気分です。
ただし、来年7日から講義が始まるのですが、
その1講目に私の講義があります。
印刷物をたくさん使う講義なので、
今年中に印刷原稿を用意して頼んでおかなければなりません。
それに今週末から母がきます。
その相手で大学には25日まででられません。
ということで、年末まで忙しい日々が続きそうです。
今年になってマンモスのDNAが解読されました。解読には、シベリアから発見された氷漬けのマンモス2体から得られた毛を用いられました。これが、マンモスでは最初のほぼ全遺伝子配列、つまり大部分の全DNAの解読でした。今まで、マンモスの氷漬けは、いっぱい見つかっているのに、いまごろ解読されたのかと思われる方もいるかも知れません。しかし、実は古い時代の生物のDNAの解読は、なかなか難しいのです。その理由は、DNAの保存と技術的問題、そして汚染問題があるためです。
DNAの保存の問題とは、DNAは長期保存に適さないということです。DNAは細胞の中にありますから、死んだ細胞ではDNAは通常破損される(酸化してくずれる)か、他の生物に食べられてしまいます。DNAが保存される可能性は、時間がたてばたつほど、古くなればなるほど、少なくなります。まして、全DNAの保存されることは、非常に難しくなります。古い時代のものは、特殊な条件でない限り、保存はされません。特殊な条件とは、外気と遮断された状態で、長期保存可能なものです。樹脂詰め(コハクの中に封じ込められたもの)やタール漬け、氷漬けなどです。このような条件にあったとしても、長期になるとDNAは分断されて、情報は消えていきます。ですから、何1000万年前、何億年前の生物の全てのDNAの解読は不可能となります。
技術的問題とは、DNAの情報は膨大で、その解読には時間も機材、そして費用がかかります。ヒトのDNAも大変でしたが、おおまかな配列は2001年前半になんとか解読されました。そのスピードは日進月歩で進み、予想以上に早く読み終わることができました。それは、超並列合成DNA配列解読という技術の進歩があったからです。このようにヒトに限らず、遺伝子(ゲノム)情報を体系的に取り扱う研究分野を、ゲノミックスと呼ばれます。
ヒトの全DNAを解読するのに、一人のヒトのDNAを世界中の研究者が協力してやっと読み取ったのです。ところが、技術にさらに進み、個人のゲノムが読める時代になりました。アジア人とアフリカ人のある個人のDNAが解読されたという報告が、Natureの11月6日号の個人ゲノム特集で報告されました。つまり、いまや個人ゲノミックス(Personal Genomics)の時代に入りつつあります。短時間にヒトのような長い全DNAを解読できるようになったのです。その技術が、マンモスなどの過去の生物に導入されるようになってきたのです。
もう一つの汚染の問題は、DNAが混入するという問題です。死んだ生物の体(DNAを含めて)は、土壌生物や微生物が餌として利用します。その結果、地上は死体であふれることなく、生物は分解され地表はきれいになっていくという効用があります。しかし、過去の生物では、たとえDNAが残っていたとしても、現生生物の汚染がどうしても起こることになります。
今回、そのような問題をすべてクリアして、2体のマンモスのDNAが解読されました。その内容は、次回としましょう。
・コハク・
コハクは宝石ではないのですが、
飾り石として、宝石に準じる価値があります。
透明感のある暖かい色合いは、
それなりの美しさがあります。
虫入りのコハクは、あまり気持ちいいのいいものではありませんから、
価値がありませんでした。
コハクの中の虫やDNAが有名になったのは、
スチルバーク監督の映画「ジュラシックパーク」によってでした。
その後、なんと虫入りコハクの価値が出てきたのです。
むしろ何も入っていない透明のコハクより
高いものすらありました。
装飾品は、需要と供給によってその価値が決まります。
普通の製品のように、原価と利益から決まるのではなく、
付加価値が価格を決めていくのです。
・慌しい年末・
いよいよ大学の今年の授業も終わり冬休みとなります。
実際には、来週も講義がある週なのですが、
振り替え、補講の時間に割り当てられていて、
私の担当する講義は、今日で終わりとなります。
ですから、一息つける気分です。
ただし、来年7日から講義が始まるのですが、
その1講目に私の講義があります。
印刷物をたくさん使う講義なので、
今年中に印刷原稿を用意して頼んでおかなければなりません。
それに今週末から母がきます。
その相手で大学には25日まででられません。
ということで、年末まで忙しい日々が続きそうです。
2008年12月11日木曜日
2_72 絶滅の原因:マンモス3
マンモスのシリーズでは、マンモスの最新情報を数回にわたって紹介しようと考えています。しかし、そもそもマンモスとは、どのような生物なのでしょうか。そしていつごろまで生きていて、どうして絶滅したのでしょうか。
マンモスをだれもが知っているかのように、このシリーズを書き始めましたが、でも、本当にマンモスのことを、よく知っているのでしょうか。
マンモスは、今、生きているゾウとは、違う種類のものです。分類学上、ゾウには、アジアゾウ属、アフリカゾウ属、マンモス属の3つの属があります。アジアゾウ属で現在生きているのはアジアゾウ1種だけで、アフリカゾウ属はアフリカゾウとマルミミゾウの2種がいます。一方、マンモス属は、すべて絶滅した種(10種ほどある)ばかりで、マンモスはその総称となりす。
北アメリカには、コロンビアマンモス、インペリアルマンモスがいて、ヨーロッパ(イギリス・ドイツ)には、史上最大のステップマンモスがいました。そして、シベリア、ヨーロッパ、北アメリカ、日本など広い地域に中型のケナガマンモス(ウーリーマンモス)がありました。
ケナガマンモスは、30~60万年前に生息したステップマンモスの直系の子孫だと考えられています。ケナガマンモスが、私たちが一般的に想像しているマンモスのイメージになります。シベリアで氷漬けなって見つかるリューバなどは、ケナガマンモスいなります。寒い地域の大型のマンモスというイメージは、インペリアルマンモスやステップマンモスなどの大型のものと、ケナガマンモスが混在したものです。
マンモスは、1万年前ころには絶滅していますが、その時期や、原因もまだ定まっていません。
コロンビアマンモスが、最後まで生存していたマンモスいう考えや、一説には3700年前(B.C.1700年)頃に、東シベリアの沖合にある北極海のウランゲリ島で狩猟された体高約1mほどの小型のコビトマンモスが、最後の記録とされています。しかし、まだそれも定説とはなっていません。
マンモス絶滅の原因も、まだ不明です。
一般的な説は、氷河期が終わって気候変動が起こり、草食のマンモスに大きな影響を与えたというものです。それまでマンモスは、イネ科の植物を主として、キンポウゲやヨモギなどを食べていました。しかし、温暖化によって降雨量が増え、大量の雪が降るようになり、食料の植物が育たない環境になり、食糧不足で絶滅したいう説です。
よく聞く説として、ヒトが絶滅させたというものがあります。それは、マンモスが生きていた時代と、私たちの祖先が活動していた時期と重なります。実際に、ヒトとマンモスのかかわりの証拠があります。
アメリカのアリゾナ州では、約1万2千年前のコロンビアマンモスの化石の骨の間から、石でできた槍の穂先が見つかっています。また、フランスの洞窟には旧石器時代に描かれたマンモスの壁画や、ドイツの遺跡ではマンモスを描いた石板、ウクライナやポーランドではマンモスの骨で作られた住居跡が発掘されています。このようなヒトがマンモスを狩っていたという証拠は、7件ほどあるようです。
アメリカ大陸には、1万年前ころにヒトがユーラシア大陸から地続きとなっていたベーリング海を移動していきました。新大陸では、マンモスが狩猟対象になっていたようです。あるシミュレーションによると、1000年もたたずに、ヒトによってマンモスを絶滅させるというものがあります。もしこれが本当なら、マンモスだけでなく大型哺乳動物にとって、武器を手にしたヒトは、脅威の存在となっていたのかもしれません。これは今も同じですが。
他の説として、伝染病説が提唱されています。コロンビアマンモスでは、発見される8割近くの化石に、病によると考えられる大腿骨の変形が認められるそうです。伝染病の原因として、ヒトが移動の時に連れてきた家畜に由来するものではないかと考えられています。
また最近、超新星爆発によって絶滅したという説が出てきました。マンモスの骨から磁性を帯びた小さな金属球が発見されたこと(地球外から飛来したもの)、石器に含まれる放射性同位体のカリウム40の比率(超新星爆発で多く作られる)、海底堆積物中の放射性同位体の炭素14(超新星爆発で増える)などの証拠が挙げられています。
マンモスは、絶滅動物とはいえ、比較的ヒトとは関係の深い生物です。そして、化石もたくさん見つかっています。そのようなマンモスでも、その絶滅の時期や原因がわかっていないです。他の生物の絶滅の原因などは、推して知るべしです。
・アイスエイジ・
マンモスを扱った映画にはいろいろなものあります。
我が家の子供たちが好きな映画に
「アイスエイジ」(氷河期という意味)があります。
この映画の主人公はマンモスで、
2万年前の氷河期の始まりの時代の話です。
動物たちが、温かいところに移動しようというものです。
その時、ヒトの赤ちゃんがでてきます。
このような映画でも、ヒトとマンモスのかかわり、
あるいは、氷河期と生き物の関係が描かれています。
・人類共通の財産・
先日講義で使うためにApollo計画の動画や画像を探していました。
まずは、NASAのサイトから動画や画像を探しました。
すると、ほぼすべての動画や画像が公開されていました。
私は、Apollo11と14号の動画のDVDを以前に購入していたのですが、
今回はApollo15号のものが必要となって探したら、
すべて見つけることができました。
膨大すぎて探すのが大変ですが、見つけることができました。
アームストロングの月面へ最初の一歩画像も、ありました。
ケネディの月へいくという演説はまだ見つけていないのですが、
たぶんあるはずのところは見つけました。
ただ、あまりにデータが膨大すぎて、まだ見つけることができません。
このような人類共通の財産が、だれもが使える形で、
だれもが使えるところにあるのは非常にいいことですね。
マンモスをだれもが知っているかのように、このシリーズを書き始めましたが、でも、本当にマンモスのことを、よく知っているのでしょうか。
マンモスは、今、生きているゾウとは、違う種類のものです。分類学上、ゾウには、アジアゾウ属、アフリカゾウ属、マンモス属の3つの属があります。アジアゾウ属で現在生きているのはアジアゾウ1種だけで、アフリカゾウ属はアフリカゾウとマルミミゾウの2種がいます。一方、マンモス属は、すべて絶滅した種(10種ほどある)ばかりで、マンモスはその総称となりす。
北アメリカには、コロンビアマンモス、インペリアルマンモスがいて、ヨーロッパ(イギリス・ドイツ)には、史上最大のステップマンモスがいました。そして、シベリア、ヨーロッパ、北アメリカ、日本など広い地域に中型のケナガマンモス(ウーリーマンモス)がありました。
ケナガマンモスは、30~60万年前に生息したステップマンモスの直系の子孫だと考えられています。ケナガマンモスが、私たちが一般的に想像しているマンモスのイメージになります。シベリアで氷漬けなって見つかるリューバなどは、ケナガマンモスいなります。寒い地域の大型のマンモスというイメージは、インペリアルマンモスやステップマンモスなどの大型のものと、ケナガマンモスが混在したものです。
マンモスは、1万年前ころには絶滅していますが、その時期や、原因もまだ定まっていません。
コロンビアマンモスが、最後まで生存していたマンモスいう考えや、一説には3700年前(B.C.1700年)頃に、東シベリアの沖合にある北極海のウランゲリ島で狩猟された体高約1mほどの小型のコビトマンモスが、最後の記録とされています。しかし、まだそれも定説とはなっていません。
マンモス絶滅の原因も、まだ不明です。
一般的な説は、氷河期が終わって気候変動が起こり、草食のマンモスに大きな影響を与えたというものです。それまでマンモスは、イネ科の植物を主として、キンポウゲやヨモギなどを食べていました。しかし、温暖化によって降雨量が増え、大量の雪が降るようになり、食料の植物が育たない環境になり、食糧不足で絶滅したいう説です。
よく聞く説として、ヒトが絶滅させたというものがあります。それは、マンモスが生きていた時代と、私たちの祖先が活動していた時期と重なります。実際に、ヒトとマンモスのかかわりの証拠があります。
アメリカのアリゾナ州では、約1万2千年前のコロンビアマンモスの化石の骨の間から、石でできた槍の穂先が見つかっています。また、フランスの洞窟には旧石器時代に描かれたマンモスの壁画や、ドイツの遺跡ではマンモスを描いた石板、ウクライナやポーランドではマンモスの骨で作られた住居跡が発掘されています。このようなヒトがマンモスを狩っていたという証拠は、7件ほどあるようです。
アメリカ大陸には、1万年前ころにヒトがユーラシア大陸から地続きとなっていたベーリング海を移動していきました。新大陸では、マンモスが狩猟対象になっていたようです。あるシミュレーションによると、1000年もたたずに、ヒトによってマンモスを絶滅させるというものがあります。もしこれが本当なら、マンモスだけでなく大型哺乳動物にとって、武器を手にしたヒトは、脅威の存在となっていたのかもしれません。これは今も同じですが。
他の説として、伝染病説が提唱されています。コロンビアマンモスでは、発見される8割近くの化石に、病によると考えられる大腿骨の変形が認められるそうです。伝染病の原因として、ヒトが移動の時に連れてきた家畜に由来するものではないかと考えられています。
また最近、超新星爆発によって絶滅したという説が出てきました。マンモスの骨から磁性を帯びた小さな金属球が発見されたこと(地球外から飛来したもの)、石器に含まれる放射性同位体のカリウム40の比率(超新星爆発で多く作られる)、海底堆積物中の放射性同位体の炭素14(超新星爆発で増える)などの証拠が挙げられています。
マンモスは、絶滅動物とはいえ、比較的ヒトとは関係の深い生物です。そして、化石もたくさん見つかっています。そのようなマンモスでも、その絶滅の時期や原因がわかっていないです。他の生物の絶滅の原因などは、推して知るべしです。
・アイスエイジ・
マンモスを扱った映画にはいろいろなものあります。
我が家の子供たちが好きな映画に
「アイスエイジ」(氷河期という意味)があります。
この映画の主人公はマンモスで、
2万年前の氷河期の始まりの時代の話です。
動物たちが、温かいところに移動しようというものです。
その時、ヒトの赤ちゃんがでてきます。
このような映画でも、ヒトとマンモスのかかわり、
あるいは、氷河期と生き物の関係が描かれています。
・人類共通の財産・
先日講義で使うためにApollo計画の動画や画像を探していました。
まずは、NASAのサイトから動画や画像を探しました。
すると、ほぼすべての動画や画像が公開されていました。
私は、Apollo11と14号の動画のDVDを以前に購入していたのですが、
今回はApollo15号のものが必要となって探したら、
すべて見つけることができました。
膨大すぎて探すのが大変ですが、見つけることができました。
アームストロングの月面へ最初の一歩画像も、ありました。
ケネディの月へいくという演説はまだ見つけていないのですが、
たぶんあるはずのところは見つけました。
ただ、あまりにデータが膨大すぎて、まだ見つけることができません。
このような人類共通の財産が、だれもが使える形で、
だれもが使えるところにあるのは非常にいいことですね。
2008年12月4日木曜日
2_71 リューバの死因:マンモス2
シベリアで見つかった氷漬けのマンモスの赤ちゃん「リューバ」の最新機器を使った分析が、日本で行われました。その分析からわかったことを、紹介しましょう。
2007年12月末に日本に届いたマンモスは、その直後から東京慈恵会医科大学の高次元医用画像工学研究所で、CTスキャンによるの分析が進めらました。それと呼応して、読売新聞社、東京慈恵会医科大学および科学技術館の共催で「奇跡のマンモス「リューバ」~3万7000年の時を越えて~」緊急企画展が、2008年1月2日から2月3日まで行われました。私はその展示を見ていないので、ホームページで当時の様子を伺うしかありません。
ところで、のCTスキャンによるの分析に当たられた東京慈恵医大の鈴木直樹教授でした。鈴木さんは、先端医療画像の技術を開発をおこなわれている研究者で、脊椎動物、特にマンモスの画像解析で多くの実績をあげておられます。「愛・地球博」でも、マンモスの展示指導や学術研究の委員長をなされていました。私は、「愛・地球博」にも残念ながら私はいったことがなく、同時期に開催された北海道大学博物館でのマンモスの冷凍「お尻」を見学しただけです。
鈴木さんたちは、2008年の4月には研究の途中段階の成果を公開しました。それによると、マンモスの赤ちゃん「リューバ」が死んだときの様子がかなりはっきりわかってきたようです。その成果を紹介しましょう。
リューバは、生後3から4カ月の雌の赤ちゃんマンモスでした。死ぬまでは、外傷や病気の跡がないことから健康に育っていたことがわかりました。ところが、彼女は、湖か川で溺れて死にました。それは、鼻や口、消化管から泥が出てきたこと、腸に食べたものがそのままのこっていること、などからわかります。
リューバが溺れた死んだ泥の中は、酸素が少ない条件であったため、皮や毛、尻尾も腐ることなく、非常によい保存状態に置かれることになったのです。その後、リューバは、永久凍土として氷漬けになりました。
鈴木さんたちのCTスキャンで、氷漬けのマンモスを切り刻むことなく、そのままの状態で、内部を調べることができます。心臓や肝臓などの内臓や、筋肉、骨などをCGによって立体画像として再現されていきました。
その後、リューバは、サンクトペテルブルグの動物学博物館に移送され、筋繊維および骨の研究が行われる予定です。また、新しいことが、いろいろとわかってくることでしょう。
さて、リューバは泥沼からはい上がれずに溺れ死にました。リューバは赤ちゃんであっため溺れたのでしょう。他のマンモスたちが、同じような死に方をしたわけではありません。しかし、何らかの共通の原因で多くのマンモスは死に、やがてすべてのマンモスは地上から消え去りました。つまり、絶滅です。では、なぜ、マンモスは絶滅したのでしょうか。マンモス絶滅について、次回は考えていきましょう。
・リューバの価値・
ロシア科学アカデミー動物学研究所の
アレクセイ・チホノフ副所長はリューバに強い関心を寄せています。
「古代のウイルスが保存されている可能性」を考えています。
しかし、マンモスの生きていた時代は、
それほど過去ではありません。
ですから、ウイルスが見つかったとしても、
生物の進化に関わるような情報はなかなか得られないでしょう。
また、シベリアが氷河期にどのような状態であったのかを
「腸内の花粉や胞子などから探ることができるかもしれない」
といっていますが、これも、わざわざマンモスを使わなくても
泥を調べればいいことです。
リューバは、その体自体に意味があると思います。
今はいない生物の肉体として、存在自体に価値があるのです。
その価値を引き出すのは、科学者たちです。
私は、それに期待しています。
・師走・
いよいよ師走です。
大学の推薦入試も終わりました。
現在採点集計中です。
大学では、来春四月以降のための準備が始まったわけです。
まだ、後期の講義がだいぶ残っています。
気を抜くことはできません。
しかし、忘年会が次々とあり、
持ちつき大会が小学校ではあります。
こんな年中行事があると、心もそわそわし始めます。
師走とはそんな季節なのでしょう。
2007年12月末に日本に届いたマンモスは、その直後から東京慈恵会医科大学の高次元医用画像工学研究所で、CTスキャンによるの分析が進めらました。それと呼応して、読売新聞社、東京慈恵会医科大学および科学技術館の共催で「奇跡のマンモス「リューバ」~3万7000年の時を越えて~」緊急企画展が、2008年1月2日から2月3日まで行われました。私はその展示を見ていないので、ホームページで当時の様子を伺うしかありません。
ところで、のCTスキャンによるの分析に当たられた東京慈恵医大の鈴木直樹教授でした。鈴木さんは、先端医療画像の技術を開発をおこなわれている研究者で、脊椎動物、特にマンモスの画像解析で多くの実績をあげておられます。「愛・地球博」でも、マンモスの展示指導や学術研究の委員長をなされていました。私は、「愛・地球博」にも残念ながら私はいったことがなく、同時期に開催された北海道大学博物館でのマンモスの冷凍「お尻」を見学しただけです。
鈴木さんたちは、2008年の4月には研究の途中段階の成果を公開しました。それによると、マンモスの赤ちゃん「リューバ」が死んだときの様子がかなりはっきりわかってきたようです。その成果を紹介しましょう。
リューバは、生後3から4カ月の雌の赤ちゃんマンモスでした。死ぬまでは、外傷や病気の跡がないことから健康に育っていたことがわかりました。ところが、彼女は、湖か川で溺れて死にました。それは、鼻や口、消化管から泥が出てきたこと、腸に食べたものがそのままのこっていること、などからわかります。
リューバが溺れた死んだ泥の中は、酸素が少ない条件であったため、皮や毛、尻尾も腐ることなく、非常によい保存状態に置かれることになったのです。その後、リューバは、永久凍土として氷漬けになりました。
鈴木さんたちのCTスキャンで、氷漬けのマンモスを切り刻むことなく、そのままの状態で、内部を調べることができます。心臓や肝臓などの内臓や、筋肉、骨などをCGによって立体画像として再現されていきました。
その後、リューバは、サンクトペテルブルグの動物学博物館に移送され、筋繊維および骨の研究が行われる予定です。また、新しいことが、いろいろとわかってくることでしょう。
さて、リューバは泥沼からはい上がれずに溺れ死にました。リューバは赤ちゃんであっため溺れたのでしょう。他のマンモスたちが、同じような死に方をしたわけではありません。しかし、何らかの共通の原因で多くのマンモスは死に、やがてすべてのマンモスは地上から消え去りました。つまり、絶滅です。では、なぜ、マンモスは絶滅したのでしょうか。マンモス絶滅について、次回は考えていきましょう。
・リューバの価値・
ロシア科学アカデミー動物学研究所の
アレクセイ・チホノフ副所長はリューバに強い関心を寄せています。
「古代のウイルスが保存されている可能性」を考えています。
しかし、マンモスの生きていた時代は、
それほど過去ではありません。
ですから、ウイルスが見つかったとしても、
生物の進化に関わるような情報はなかなか得られないでしょう。
また、シベリアが氷河期にどのような状態であったのかを
「腸内の花粉や胞子などから探ることができるかもしれない」
といっていますが、これも、わざわざマンモスを使わなくても
泥を調べればいいことです。
リューバは、その体自体に意味があると思います。
今はいない生物の肉体として、存在自体に価値があるのです。
その価値を引き出すのは、科学者たちです。
私は、それに期待しています。
・師走・
いよいよ師走です。
大学の推薦入試も終わりました。
現在採点集計中です。
大学では、来春四月以降のための準備が始まったわけです。
まだ、後期の講義がだいぶ残っています。
気を抜くことはできません。
しかし、忘年会が次々とあり、
持ちつき大会が小学校ではあります。
こんな年中行事があると、心もそわそわし始めます。
師走とはそんな季節なのでしょう。
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