2002年8月15日木曜日

4_18 霧に霞む境界:カナダ2

 今回のニューファンドランド訪問の一番の目的は、先カンブリア紀-カンブリア紀の地層境界(以下V-C境界と呼びます)を見ることでした。ここ何年か、私は、V-Cの境界の地層を見ています。では、現場で書いた文章を紹介しましょう。


・境界にて(ライブ)・
 このエッセイを、目的の露頭の前で書いています。寒いし、車の中ででも書けばいいのでしょうが、あえて、現場で書いています。
 昨日に続いて、今日も、このV-C境界の露頭の前にきました。今日も霧がかかって、灯台では、灯台守のおじさんが、霧笛を鳴らしています。昨日よりは、風が弱く、過ごしやすくなっています。
 その露頭の下に、崖にへばりつくようにして草が、3本、生えてのを、昨日、来たときには気づきませんでした。取り憑かれたように石を見ているときは、それ以外のものが目に入らないのです。こんなことでいいのでしょうか。もっと、広い視野、視点、観点、そう、パースペクティブを持たなくてはいけないのでは、と思ってしまいます。
 そこは、なんの変哲もない、いや、かつてはごみ捨て場の脇の汚い海岸の崖です。そこが、世界で、V-C境界の模式地(もしきち)とされているところなのです。模式地というのは、世界で、もっともその地層および地層境界がよく観察できる、典型的な地点だということです。英語では、stratotypeと呼んでいます。
 V-C境界は、かつては、あまりいい露頭がありませんでした。しかし、近年になって、中国の澄江(ちぇんじゃん)や、ロシアのウラル地域、グリーンランドなど、世界各地で、V-C境界の典型的な地層が発見されました。カナダのニューファンドランドのフォーチュン・ヘッド、この地もそうでした。
 模式地となるためには、まず、地層が、時間的にも空間的にも途切れることなく、連続的に出ていなければなりません。そして、その時代を決定づけるような化石をたくさん含んでいなければなりません。さらに、そのようなことを決定付けるためには、地質学者が、その地できっちりとした研究がされていなければなりません。
 いまや、ニューファンドランドが、V-C境界の模式地となっています。それは、もちろんきっちりした研究がなされています。ナルボーンほか(G. M. Narbonne et al., 1987; 発音は不確かです)の論文が、その役割を果たしました。
 フォーチュン・ヘッドは、アプローチのしやすさもあるのですが、地層が海岸線沿いで、非常にわかりやすく整然とみることができます。車できて、海岸に降りれば、すぐその露頭の前にたつことができます。
 ここの境界は、非常に地質学的には大きな境界です。しかし、地質学的時間は、断絶することかなく、継続しています。地層としても、V-C境界の下の地層は、やや緑色を帯びた灰色のシルト岩かあるいは頁岩とよばれる(砂岩より粒の細かい堆積岩)からできています。そしてV-C境界の上の地層は、やや白っぽい砂岩です。
 この砂岩より上からは、カンブリア紀の化石がではじめます。地層の堆積環境として連続しています。
 つまり、一般の地層区分では、岩相(岩石の種類)境界とはしないような境界なのです。
 でも、時代区分がおこなわれています。それも、地質学では第一級の境界です。V-C境界は、物質や時間境界があるわけではなく、古生物によって決定された、人為的境界な、時代境界なのです。地質境界とは、物質境界、時間境界、境界がなくても、人為的な時代境界を引いたものあります。それは、時と場合によって、どれかを重視して境界がひかれます。つまりは、すべては人為的、恣意的なのです。このような地質境界とは、地質学的には意味があるんですが、はたして、境界として普遍的意味があるのか疑問です。

・解説・
 以上、V-C境界にて、書いたものです。補足しておきましょう。
 V-C境界は、チャペル・アイランド層の中にあります。チャペル・アイランド層は、5つに細分(member、部層)されています。V-C境界は、Member2の下の方(全厚さは430mあり、その下から2.4mのところ)にあります。
 先カンブリア紀の地層では、化石はまれですが、灰色から黒の部分からいくつか特徴的な化石や印象化石がみつかっています。それには、微貝化石(small shelly fossil)とよばれる化石も見つかっています。このような時代を示す化石の証拠から、この地層は、先カンブリア紀の最末期の時代のものだとされています。
 V-C境界の地層は、中粒砂岩で、その少し上には、塊状のシルト岩があり目立ちます。でも、その砂岩だけが、地層の違い、そして特徴となっています。その境界より上からは、カンブリア紀の化石が見つかりました。化石の証拠がなければ、ここにV-C境界あるなどと、誰にもわかりません。それは、野外で肉眼で見られる数cmほどの大きさの化石です。
 先カンブリア紀の地層は、潮汐の影響をうける場所でたまりました。カンブリア紀になると、川や氾濫原、扇状地でたまった地層になります。
 中国北京周辺でみたV-C境界付近の地層も、やはり海岸から河川の氾濫原付近の地層でした。なにか類似性があります。

memo 灯台守/霧笛を近くで聞きながら/ごみ/ライブ
・灯台守・
初日のことです。
フォーチュン・ヘッドでV-C境界の地層を見て、
その上の地層が出ている方向に沿って歩いていくと、
灯台の近くにでます。
すると、待ち構えたように、おじさんが、話しかけてきました。
そのおじさんは、この灯台守だそうです。
9時から6時まで、土曜日も日曜日も休みなく、
ここにつめているそうです。
それは、フォーチュンから、すぐ近くの島(フランス領)へ
フェリーが出ているせいでしょうか。
灯台が重要なようです。

それに、ここはすぐに霧がでるようです。
ですから、霧笛をならして知らせる必要があります。
その霧笛をならす役目があるのでしょうか。
非常に気のいいおじさんで、
私が、地層を見に来たといったら、
論文や新聞記事などの資料を、
ひとセットくれました。
ボールペンとバッチもくれました。
いらなかったのですが、断るのも悪くてもらってきました。
車に、もどると、おじさんのメモとパンフレットが
車のワイパーにはさんでありました。
メモには、こう書いてありました。
"If you need more info
Please come see the Light Keeper at the Light House"
「もし、もっと情報がほしければ、
灯台の灯台守に会いに来てください」
そして、私は、翌日、再度、V-C境界を、みに戻ってきました。

・霧笛を近くで聞きながら・
フォーチュン・ヘッドは地形と気象の関係でしょうか、
霧が出やすいようです。
2日間、V-C境界に通ったのですが、
両日とも、霧で、霧笛が近くで鳴っていました。
風向きでしょうか、霧笛の音が近くで聞こえたり、遠くで聞こえたりします。
初日は、風が強くで寒く、じっとしていれませんでした。
2日めは、風がなかったのですが、やや肌寒い程度でした。
ですから、Tシャツ、長袖のYシャツ、トレーナー、ヤッケ
を着てちょうどでした。
V-C境界のあるフォーチュン・ヘッドから、離れて国道にでたとたん、
霧から抜けでて、北国の快晴の強い日差しの中でした。

・ごみ・
フォーチュン・ヘッドが地質学的に
非常に重要であることがわかりました。
そのために、1994年に、この地はEcological Reserveに指定されて、
保護されいます。
もちろん、岩石の採集も禁止されています。
そして、今年から、この地域の保全がされています。
まずは、ここにくるための道路の保守です。
ここは、かつて、町のごみ捨て場であったのです。
それが、聞くところによると、今年から、
順次、きれいにされていくそうです。
非常にきれいな海岸線で、
地層を見るのにもいい環境なのですが、
ごみがどうしても目に付いてしまいます。
はやく、撤去されることを祈っています。

・ライブ・
メールマガジンでは、ライブはありえません。
でも、実際に、現場でエッセイを書いていくという行為は、
もしかすると、科学エッセイのライブといえるかもしれません。
まるで、私が、読者とともに、
ニューファンドランドのフォーチュン・ヘッドのV-C境界の前に立ち、
語りかけているような状態になったでしょうか。
そうなったしたら、このエッセイの試み大成功です。
感想をお待ちしています。

2002年8月8日木曜日

4_17 織り込まれた時間:カナダ1

 カナダのニューファンドランドというところを訪れました。1982年、20年前に恩師と一緒に来たことがある思い出の地でもあります。思い出の地といっても、再訪してみて、あまりにも覚えてないので、非常に新鮮でした。あまり日本の観光客は訪れないところです。そんな、ニューファンドランドを紹介しましょう。


 カナダの東端にニューファンドランドという島があります。島といっても、大きさは、東西も南北も約500kmに達する大きなものです。面積は、11万平方メートルで、北海道の1.3倍あります。人口は54万人です。時差は、日本より11時間30分遅れです。
 ニューファンドランド(Newfoundland)とは、「新しく見つかった地」という意味です。ニューファンドランドの名称が、イギリスの記録に最初にあらわれたのは1502年で、もともと北部大西洋で、新たに発見された地域、すべてを指していたそうです。
 1492年、コロンブスがアメリカ大陸を発見し、1497年にジョン・カボットがニューファンドランド島に到達しました。このあたりまでは、世界史に詳しい人なら、ご存知でしょう。じつは、ニューファンドランドは、それより500年も前に、ヨーロッパ人に、発見されているのです。このような歴史は、この地にくると、当たり前のこととして、語られているのですが、日本では、ほとんど知られていないことです。
 約1000年前に、ヴァイキングが、ニューファンドランドの北西の半島に定住しています。それより先行して、いまから約2000年前に、古エスキモー(Palaeo-Eskimoと呼ばれています)の定住の歴史があります。さらに古い歴史として、北米大陸には、約9000年前のモンゴロイド(インデアン)のユーラシア大陸から移動があります。以上は、ニューファンドランドにおける人間の歴史でした。つぎは、大地の歴史をみていきましょう。
 ニューファンドランドの州都は、セント・ジョーンズ(St. John's)です。最初に、セント・ジョーンズのシグナル・ヒルと呼ばれているところの大地の歴史(地層)を見ることにしました。
 シグナル・ヒルでは、陸から陸の近くの海でたまった堆積物の地層がみられます。この地層は、先カンブリア紀(ここでは原生代末期のもの)からカンブリア紀にかけてできたものです。
 一番古いものは、6億3500万年前陸からきた火山灰を含む緑から灰色の海岸や海岸から少し離れたところにたまった砂岩で、つぎに川の平野でたまった赤い砂岩、そして一番新しいものが、5億4500万年前の川の扇状地でできた赤い色をした礫岩がらできています。つまり、海中から陸上で形成された地層がみられます。
 このような岩石の組み合わせは、日本でもよくみられる地層の種類です。でも、岩石の時代が、日本では見られない、大変古い時代のものです。ですから、非常に固い岩石となっています。まさに「時代を感じさせる」地層でした。
 シグナル・ヒルは、最初は、要塞の地であり、後に電波塔として役割を果たしていました。そして、今は、観光名所として役割を果たしています。シグナル・ヒルには、多くの観光客が訪れます。カナダ国立史跡にも指定されています。
 そして、私が歩いたのは、2kmほどのトレイル(遊歩道)です。多くの人が歩いています。眺めは最高です。このトレイルは、今年から始まる予定の地質巡検のコースにもなっています。この巡検は、まだ始まっていませんでした。地質調査所でパンフレットを手に入れたので、地質巡検のコースにそって、一人でそのパンフレットを手がかりに歩いたのです。私は、石を見たり、写真を撮ったり、景色を見たりして、ゆっくり歩いたので、3時間ほどかかりました。多くの人は、1時間ほど歩いてしまいます。
 さて、私は、このトレイルで、現在のこの美しい景観に至るまでの、大地の歴史から人間の歴史までの、さまざまな時代、時間を感じつつ歩きました。ほかの人たちは、どんな感想を抱きながら歩いたでしょうか。

Memo 距離感/地質学のネットワーク
・距離感・
大陸では、距離感が、日本とまったく違います。
ですから、気をつけないといけません。
今回のニューファンドランドでは、2箇所を見学する予定でした。
前半は、東端のセント・ジョーンズから日帰りで2日間通う予定で、
先カンブリア紀とカンブリア紀の境界の地層のあるフォーチュンというところ。
後半は、3泊4日で、島の西端のオフィオライトと呼ばれる岩石と
デボン紀の地層を見るつもりで
コーナー・ブルックというところに行く予定でした。

しかし、誤算でした。
フォーチュンまで、片道350kmです。日帰りをしようとすると、
毎日700kmを走らなければなりません。
初日諸般の事情から、
夜中12時にセント・ジョーンズをたち、
フォーチュンにいって、目的地の近くまでいて、
セント・ジョーンズに帰ってきたら、12時ころでした。
休み休みですが、往復だけで、12時間ほどかかります。
ですから、日帰りで、地層をゆっくりと見ることは
不可能なことがわかりました。
コーナー・ブルックまでは、片道700kmほどです。
ですから、3泊4日だと、なか2日間は地層が見れるはずです。

でも、今回の一番の目標は、
先カンブリア紀とカンブリア紀の境界の地層をみることです。
これを見ない来た意味がありません。
それが十分見れないのなら、来た意味がありません。
ですから、予定変更をして、
西部をやめて、フォーチュンの
先カンブリア紀とカンブリア紀の境界の地層に
集中することにしました。

・地質学のネットワーク・
私たちは、地質調査にくるとき、現場を見ることも大切なのですが、
資料を集めることも重要です。
今回、私は、
GEO Centerという地質の博物館とニューファンドランドの地質調査所、
メモリアル大学にいきました。
博物館では、たいした文献も資料も手にいられなくて、困ったのですが、
地質調査所にいって、地質図をもらい、
地質学者に紹介してもらい、
話をして、フォーチュンに関する情報を得ました。

そこを調べている地質学者は不在でしたが、
岩石を研究している研究者が、相手をしてくれました。
彼は、非常に親切で、
論文と巡検案内書(これは他では入手不可能)のコピーをくれました。

そして、文献を探している間、古生物学者が相手をしてくれたました。
彼は非常にシャイで、言葉は少なかったのですが、
私が、露頭のどの部分がわかるかと質問したら
インターネットで、フォーチュンに関するデータを集めてくれ、
その境界が、こことわかる情報を教えてくれました。
がんばれば、日本でも自分自身でも情報は得られたはずです。
もで、実際にはそのサイトにたどり着けませんでした。
地質調査所のホームページと地質図にはたどり着いたんのですが、
そんな地層境界の写真のでているサイトがあるとは知りませんでした。
やはり、これも現地にいったから得られた情報です。

ですから、私は、境界を案内者なく知ることができました。

大学は、夏休みで、書籍も入手することはできませんでした。
そして、大学の図書館のインターネットでしらべても、
シャイな古生物学者が教えてくれた情報以上のものは得られませんでした。
もしかしたら、私が得たものは、地質学という共通の職業をもつ、
人間同士のネットワークだったのかもしれません。
幸運でした。

2002年8月1日木曜日

6_14 8月の誕生石

 暑い8月の誕生石は、メノウとペリドットです。宝石の輝きは、夏の暑さを忘れさせてくれるでしょうか。

 メノウは、一つの結晶からできているのではなく、石英の結晶がたくさん集まったものです。ですから、性質は、石英と同じで、化学組成はSiO2、モース硬度7、比重2.60です。
 模様がなく単色ものメノウを玉髄(カルセドニー、chalcedony)と呼び、縞模様があるものをメノウ(アゲート、agate)と区別して呼ぶこともありますが、多くは、両方をいっしょにして、メノウと呼んでいます。
 メノウは、瑪瑙という字があてられています。それは、原石の形が、馬の脳に似ているところから、馬脳すなわち瑪瑙とつけられたようです。
 メノウの模様が、景色や人物、動物、形にみえたりするため、古くから、形象石(lapides figurati)として、珍重されました。ヨーロッパでは大プリニウスは「博物誌」や、日本でも「和漢三才図会」に、メノウの模様に関する記述があります。
 メノウは、小さいな石英が集まっているため、結晶の間に隙間があります。その隙間に、人工的に化学成分を入れることによって、着色することができます。天然できれいな色をもたないものは、ほとんど着色されています。しかし、人工的につけた色も、安定しているため、天然石と同じ商品価値をもつものとして扱われています。
 着色は、炭素をもちいて黒色に、酸化鉄で赤色、酸化クロムで緑色、クロム酸で黄色、シアン鉄で、青色、酸化コバルトでコバルトブルーにされています。
 ペリドットは、鉱物名は、オリビン(olivine)で、日本名はかんらん石です。かんらん石は、オリーブ色(緑色)をした透明感のある鉱物です。
 英語のオリビンは、オリーブの実の色に似ていることから、付けられました。一方、日本語のかんらん(橄欖)石は、オリーブとは別種の植物である橄欖と誤訳され、それがそのまま鉱物名も「橄欖石」と訳されました。いまでは、字が難しいので、ひらかなで書かれることが多いようです。
 かんらん石は、モース硬度7~6.5、比重3.222~4.392で、岩石をつくる鉱物の中でも、重いものになります。
 かんらん石の化学成分は、(Mg,Fe)2SiO4です。この化学式で()の意味は、MgとFeを加えた合計が2になるという意味です。かんらん石は、鉄の多いもの(鉄かんらん石、fayalite、Fe2SiO4)から、マグネシウムの多いもの(苦土かんらん石、forsterite、Mg2SiO4)まで、いろいろな成分のものがあります。
 かんらん石は化学成分によって、色が少し変化します。マグネシウム(Mg)の成分が多いと、緑色になります。
 宝石としては、濃い緑色のものがいいとされています。最高級品質のものは、紅海のセント・ジョンズ島(ゼビルゲット、Zebirget島)と北ミャンマーからとれます。セント・ジョンズ島のものは、3500年以上も採掘され、ヨーロッパには中世時代、十字軍によってもたらされたといわれています。
 かんらん石は、マグマからできた黒っぽい岩石(玄武岩や斑れい岩など)によくみられます。しかし、白っぽい岩石にはほとんどありません。かんらん石は、地殻の岩石の中には多く含まれていない鉱物ですが、マントルの岩石は、半分以上がかんらん石でできています。ですから、マントルをつくる岩石をかんらん岩とよんでいます。
 かんらん岩は、マグマに取り込まれて地表に持ち上げられたり、大地の営みによってめくれ上がって地表にでることもあります。

memo
・メノウの模様・
石できれいなものや珍しいものは、
水石、珍石として日本では珍重されてきました。
メノウもその一つです。

「和漢三才図会」の「馬脳」の項には、
「其ノ中ニ人物、鳥、獣ノ形有ルモノ最モ貴シ」
とあります。

大プリニウスは「博物誌」第37巻の記述で、
「それは1個の瑪瑙で、
その表面に9人のムーサ(ミューズ)たちと
竪琴を手にしたアポロンの姿が見える。
ムーサたちはそれぞれ持物をもった姿で描かれているが、
これを描いたのは人間の手ではなく、
自然に生じた宝石の石理(いしめ)が、
そのような形に見えるのである」

石の切断面に
いろいろな物の形が見えるのがなぜかのかについて、
16、17世紀の博物学者によって
何度となく論議されてきたそうです。

2002年7月25日木曜日

2_22 6500万年前の大絶滅(その2)

 白亜紀末のK-T境界と呼ばれる時代の大絶滅は、隕石衝突が原因であったと考えられています。その説に落ち着くまでに紆余曲折がありました。それを紹介しましょう。
 K-T境界の大絶滅の原因で、いちばん確かだとされているのは、隕石衝突説です。その説の概要を見ていきましょう。
 直径約10kmの彗星か小天体が落下し、衝突によって、大津波が発生し、またちりやこり、ガスなどが、成層圏までたくさん舞い上がり、太陽光をさえぎって、地球を寒冷化させました。そして植物が大打撃をうけました。食物連鎖の基礎となる植物が大打撃を受けると、それを食べる草食動物も打撃を受けます。変温動物であった恐竜たちは、寒さと飢えで絶滅していったたと考えられています。
 ことの起こりは、1977年、アルバレスが、イタリアのグッピオと呼ばれる地域で、K-T境界の地層を見つけたことでした。この地層は、白亜紀には化石がたくさんあるのに、境界から上の第三紀の地層には化石がほとんどないなものでした。そして、K-T境界の地層は、1cmほどの粘土層で、黒っぽく、ススがたくさん含まれているものでした。アルバレスは、そのK-T境界の岩石の化学分析しました。するとそこには、地表にはほとんどない元素がみつかりました。
 その元素は、イリジウム(Ir)とよばれる白金(プラチナ、Pt)の仲間の元素です。イリジウムは、K-T境界のところに、濃集していました。その量は、まわりの地層の数倍というものでした。
 イリジウムは、地殻つくる岩石にはほとんど含まれません。ですから、K-T境界では、イリジウムをたくさん当時の地表に濃集させる事件があったはずです。その事件を、アルバレスたちは、隕石の衝突と考えたのです。なぜイリジウムかというと、隕石には、地殻の含有量にくらべて、10万倍もおおくイリジウムが含まれています。白金の仲間の元素は、地殻にはほとんど含まれず、なかでもイリジウムがその差がいちばん大きくなっています。
 隕石には、イリジウムを比較的多く含みます。ですから、供給源として合格です。しかし、それをK-T境界の大絶滅の原因とするには、いくつかの条件が必要でした。
 まず、K-T境界の時代の隕石によるクレータが見けること。隕石の衝突によるほかの証拠、傍証をだすこと。隕石の衝突によって大絶滅があったとすると、その絶滅までは生物の絶滅の兆しはなく、その日が来れば、絶滅が突然におこったという証拠をだすこと。以上の条件を満たす必要がありました。
 現在、メキシコのユカタン半島に、隕石の衝突のクレータがみつかっています。そして、そのクレータは、人工衛星による探査でみつかり、現地では各種の物理探査によって確認されました。その衝撃でできたクレータは、直径180kmもあることが、わかってきました。でも、データはすでに存在していたのでした。現地の人が利用していた泉が、クレータの形にそって、点々とあったのです。また、石油探査でも、今ではだいぶ埋まっていますが、大きなくぼみ(クレータ)の存在は知られていました。
 衝突の証拠として、衝撃でできた石英の鉱物も特殊な組織、衝突のときに溶けた岩石のガラス、巨大津波でできた地層、衝突で起こった大火災によるスス(煤)などがみつかりました。それに、世界各地のK-T境界からも、イリジウムの濃集が確認されました。
 衝突の事件も、いままでK-Tの大絶滅は、その時代より前から絶滅が始まっていたとされたいた地層を調べなおしたところ、K-T境界までその生物は生存していたことが確認されました。そして、絶滅は非常に短い期間で起こったことが確認されていきました。

2002年7月18日木曜日

2_21 6500万年前の大絶滅(その1)

 さて、いよいよ、私たちがいちばんよく知っている恐竜の絶滅についてです。この絶滅は、多くの研究者が、その原因をいろいろな視点で研究してきました。でも、その原因はなかなかわからず、不明のままでした。でも、あるとき、とんでもない新説が現れました。そして、それが今や定説となっています。
 6500万年前は、中生代と新生代の時代境界です。K-T境界と呼ばれています。K-Tの意味は、時代の略称です。中生代の最後の時代は白亜紀で、ドイツ語でKreide(英語ではCretaceousです)でKと、新生代の最初の時代は第三紀でTertiaryのTと略されています。それで、中生代と新生代の境界を、K-T境界と呼んでいるのです。
 中生代は、三畳紀(2億4500万年~2億0500万年前)、ジュラ紀(2億0500万年~1億3800万年前)、白亜紀(1億3800万年~6500万年前)に区分される、1億8000万年間も続いた時代です。また、中生代は、古生代末にあった超大陸パンゲアが分裂する時代であったともいえます。大陸の分裂、つまりプレートテクトニクスによって、南半球では、南極とオーストラリアが分裂し、北半球では海洋底が拡大し、北大西洋を広げ、北アメリカとグリーンランドが分裂しました。
 中生代は、温暖な時代で、恐竜の仲間たちが栄えるには、いい時代でした。中生代は、恐竜が栄えた時代として有名ですが、そのほかにも、裸子植物が繁栄し、海ではアンモナイトが栄えました。ジュラ紀には、哺乳類や被子植物も出現しましたが、哺乳類は白亜紀になっても、10cmに満たないような小さな生き物にすぎませんでした。それは、恐竜が栄えていたからです。
 そんな恐竜たちが、ある日、忽然と、みんな消えてしまったのです。K-T境界で絶滅したのは、恐竜だけでは、ありませんでした。陸上の動物や海生の動物もたくさん絶滅しました。さらに、植物も多数絶滅しました。セコウスキーとラウプの見積もりによりますと、当時の全生物種の60から75パーセントが絶滅したと推定しいます。原生動物や藻類にいたっては、属という分類で、90パーセント絶滅したといわれています。
 P-T境界、つまり古生代と中生代の大絶滅と比べると、少しましというべきですが、それにしても、大変な大絶滅です。地球生命が遭遇した、史上2番目の大絶滅になります。
 P-T境界と同様に、K-T境界の大絶滅の原因は、長らく定説がありませんでした。恐竜の絶滅の原因に関しては、多くの研究者が、多くの仮説を提出してきました。たとえば、海水準の変化、気候帯の移動、火山噴火、超新星爆発、地球磁場の逆転、太陽活動の激変、などなど、いろいろな説が唱えられました。しかし、これぞ、という説はなかなかありませんでした。
 K-T境界の大絶滅の原因として、いまでももっとも有力な、隕石衝突説が、ある化学分析から生まれました。それを説明すると長くなりそうです。以下は次回にしましょう。

2002年7月11日木曜日

6_13 7月の誕生石

 7月の誕生石は、ルビーです。ルビーは、赤く、まさに深紅、真紅ともいうべき、きれいな色の宝石です。

 ルビーは、コランダムという鉱物です。コランダムは、酸化アルミニウム(Al2O3)という化学組成をもちます。酸化アルミニウムは、アルミナとも呼ばれます。コランダムは、灰色、または青みがかった灰色、茶色などの結晶で、等粒状の塊として出ることが多いです。
 ルビーは、モース硬度が9、比重が4.0~4.1、六方晶系の結晶です。ルビーの多くは、六角形短柱状の結晶として変成岩中でみつかります。ルビーは、比重が大きいので、風化して、砂礫として川を流れると、沈みやすくなり、堆積物として、川底に集まりやすくなります。そんな砂礫の堆積物から、効率的に、ルビーが採掘されます。
 9月の誕生石、サファイアもコランダムという鉱物です。赤いものだけをルビーといって、それ以外の色のものをサファイアといいます。赤くても、透明なものや淡い赤のものは、ピンクサファイアとして、ルビーとはルビーは、赤い宝石という意味の紅玉という和名をもちます。ルビー(ruby)という言葉も、中世ラテン語のrubinus(赤い)からきています。日本語も、英語も、ルビーの赤にちなんで、名づけられています。
 ルビーの赤色は、少し含まれるクロム(Cr)という元素のためです。ルビーでは、深みのある赤がよいものとされています。ミャンマーでとれたルビーは、ほかの産地のものよりも、クロムの含有が多く、しかもそれ以外の不純物が少ないために、美しい濃赤色を示す。最高級のルビーは、ミャンマーのモゴーク地域からとれるもので、ピジョン・ブラッド(ハトの血)とよばれるものです。区別しています。
 コランダムの中に、ルチルとよばれる鉱物の非常に小さい針状の結晶が、多数ふまれていることがあります。そのとき、ルビーを表面にまるみをつけてカット(カボション・カット)すると、星状に光り輝くことがあります。これをスター効果といいます。そのようなルビーは、スタールビーとよばれ、珍重され、高価になります。
 ミャンマー、タイ、カンボジア、スリランカ、タンザニアなどが、ルビーのおもな産地となっています。
 11世紀のフランス「宝石の書」には、ドラゴンの額のまんなかには赤味を帯びた一個の目があって、「カルブンクルス(carbunculus)」と呼ばれています。カルブンクルスは、どんな宝石よりも赤い燃えるような光を放っていて、いかなる闇をもってしても、この光を消すことはできない、とされいます。このカルブンクルスは、まさに、ルビーを代表とする赤い色の宝石を意味していました。しかし、14世紀には、カルブンクルスは、しだいにその意味を変えて、架空の宝石となり、やがては「賢者の石」と同じと考えられ、錬金術の象徴となりました。
 ルビーは、宝石としても利用されますが、時計や精密機器の軸受などにつかわれたり、レーザーの素子としても活用されています。ルビーは、物理的・化学的性質が安定していることから、1960年に、はじめて、固体レーザー、ルビーレーザーとして使われました。
 合成ルビーは、1904年にその製造法は発明されました。当初の火炎溶融法によってつくれていましたが、最近では、フラック法や熱水法による新しい方法によってつくられるようになり、天然ルビーに近いものができるようになりました。そのため、天然石と合成石との区別が、困難になってきました。

2002年7月4日木曜日

2_20 2億4500万年前の大絶滅(その4)

 さて、P-T境界(2億4500万年前)の古生代と中生代の時代境界の大絶滅の話も、第4回となり、最終回です。P-T境界の事件とは、いったいどのようにして起こったのでしょうか。やはり、東京大学の磯崎行雄さんたちのグループの研究成果を参考にして、見ていきます。
 P-T境界の古生代と中生代の境界時代(2億4500万年前)おこった事件は、当時、一つしかなかった超海洋パンサラサに、その記録が残っていました。陸から遠く離れた深海底でできたチャート、そして、その海洋のやはり陸から遠く離れた浅海の海山にできた石灰岩にも、その絶滅の記録は残っていました。
 深海底では超酸素欠乏事件として、浅海では火山灰として記録が残されていました。その火山は、どうも中国大陸の付近かそれより西でおこった酸性のマグマによる大規模な火山噴火でした。
 P-T境界の時代には、超海洋パンサラサとパンゲアと呼ばれる一つ超大陸だけがありました。現在の大陸と海洋の配置から考えると、非常にへんな分布をしていたことになります。どうも、超大陸ができると、なにか大変な事件が起こるようです。
 大量絶滅は、一つの原因で起こる場合と、いくつもの複合した原因でおこる場合があります。一つの原因は、巨大隕石の衝突や、巨大火山の噴火などの大事件によって起こる場合です。いくつもの複合した原因でおこる場合は、超大陸などの形成によって、複雑な因果関係によってさまざまな事件が短期に起こったために大絶滅になったということです。ただし、この複雑な原因を考えるとき、本当に原因となったのは、何かをはっきりさせることが重要です。
 たとえば、地球の内部に大規模な異変があった場合、地表では各種の事件がおこったはずです。そのうちのどれが、絶滅の原因となったかを、はっきりする必要があります。
 大規模絶滅は、当然、大規模な事件によるもののはずです。そのような事件は、多くの別の事件を引き起こしたはずです。推理小説に例えるなら「殺人事件はあった。犯人は誰だ」ということです。
 動機を持る者が一杯いたとしても、その殺人が起こしやすくした関係者が何人もいたとしても、直接手を下した犯人は、何人かに絞れるはずです。それを見極めることが重要です。また、殺人事件によって生じた変化が引き金として、直後に別の事件が起こっているかもしれません。それに惑わされず、因果関係をはっきり見極めることが重要です。
 超大陸の形成も、遠因では、あるでしょう。でも、超大陸があると、なにが起こるのか、大規模な火山活動や深海底の超酸素欠乏事件をどう説明するのでしょうか。
 じつは、まだこれという原因が定まっていないのです。磯崎さんのモデルもまだ、完成していません。でも、仮説は出されています。「プルームの冬」という仮説です。それは、次のようなものです。
 超大陸パンゲアができると、大陸のまわりに沈み込み帯が、多数できます。そして、やがて、沈み込んだプレートの反作用として、地球深部から「スーパーホットプルーム」と呼ばれる熱いマントル物質が、上がってきます。このプルームが、激しい火山活動を起こします。
 激しい火山活動のときに噴出した火山灰が、光合成をストップさせたのではないかと、磯崎さんは、考えています。成層圏にまで吹き上げられた火山灰によって、まるで「核の冬」のように、地表に光が届かなくなり、光合成をする生物が、極端に少なくなります。当時の酸素を活用する生物が、主要なものだったのです。酸素を供給する生物が大量絶滅すると、大気や海洋の酸素が少なくなり、生物全体は、大打撃つまり大絶滅がおこります。
 以上が、磯崎さんが考えているシナリオです。まだ、証拠が不十分です。現在、いろいろ智恵を絞って、犯人探しの真っ最中です。